●リプレイ本文
●雪道を行き
「さっむいってカンジィ」
大宗院亞莉子(ea8484)が名目上の夫・大宗院透(ea0050)にそう言ってぎゅっと腕に掴まるのも無理はありません。辺りは一面、真っ白な世界だからです。ですが、抱きつかれている透はまるごとネズミーを着て何やら不思議な光景ではあります。
「おぃ透。冬だってのに熱いねぇご両人〜♪」
そう冷やかすのは嵐山虎彦(ea3269)。賑やかな一行が江戸を抜けて歩いていくと、街道沿いには足を踏み入れていない真っ白な雪の積もる森が見えます。雪が両脇に寄せられていたものの、夜のうちに薄く積もった雪に、さくさくっと真新しい足跡を付けながら、リゼル・メイアー(ea0380)は嬉しそうに口元へ手を当てて笑います。
「ふふっ、真っ白な、綺麗な雪を歩くのはなんだか楽しいの♪」
そう言いながらはしゃぐ様子に、孫程の異国の少女を見る老人2人の目は優しいものです。
道行きの安全は嵐山の巨体や山本建一(ea3891)・リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)の姿が見えるだけで、護衛と分かるその様子に手を出してくる愚か者も今のところ見あたらず、デュラン・ハイアット(ea0042)が時折リトルフライで上から警戒すればそれはなおのことでした。
潤美夏(ea8214)が話し相手になっているのはお茶の先生の方、ご隠居は先ほどから嵐山と何事かを喋っては互いに大笑いをしていたり。お茶の道具を載せたデュランの驢馬やリゼルの愛馬リンドなど、考えてみれば動物も一緒に移動しているので、ちょっとした集団になっています。
そのまま木々の間の細い道を通り進むと、視界が開けた先には一面を白に覆われた、大きくはありませんが風情のある佇まいの宿が見えてきました。
『白華亭』と言う名のその宿は、数年前代が変わったとき、異国のお客様にも親しみをといった理由で付け直されたようで、デュランやリーゼ、リゼルといった金髪で傍目からも異国人と分かる3人にも驚くことなく迎え入れます。
「ようこそお越し下さいました」
女将さんに露天風呂や入浴場、離れにある茶室などの説明を受けつつ、各人の部屋へと案内され荷を置くと、後は自由行動となり、お茶の先生とご隠居は暫し2人で茶を飲みつつ道中の疲れを癒している様子でした。
●雪兎
雪兎を作ろう、そう言いだしたのは誰だったでしょうか、気が付けば庭に積もった雪の中に人影が見えます。
「ま、いいだしっぺとしては参加‥‥おお、無駄にでかいぞ!」
ジャイアントの嵐山が作った雪兎は手の大きさにあった大きなもので、ちょこっと不格好。その横で、リゼルが見よう見まねで雪を手に取り形を作ろうとしています。
「ん、冷たい♪ 後は耳と目ね」
思いのほか綺麗に出来た雪兎の身体に嬉しそうに笑いながら言うリゼル。
「ユズリハが耳で、ナンテンが目だぞ〜」
嵐山がそう言うのに、一緒に雪兎を作っていた透がリゼルへと葉と実を渡してから、自分が作った兎のお尻のあたりから出ている紐を引っ張ってみせると、譲り葉の耳がピコピコ動きます。
「わ、可愛い」
リゼルが透の雪兎を見て思わずそう言います。器用に細工を施したようで、糸をくいくい引くだけで動くその耳に、嵐山も面白がって糸を引かせてもらって遊んでいます。
リゼルは葉と南天の実を受け取ると、少し真剣な顔をして雪兎の体とにらめっこした後、目と耳の位置を自分なりに考えて、ちょこんとそれを付けて満足げに笑います。
そんな姿を尻目に黙々と雪兎を作っていた美夏は、その雪兎を宿で借りた朱塗りのお盆に乗せてその場を歩き去るのでした。
「ほう、これはこれは、可愛らしい」
そう目を細めるのはご隠居。お茶の先生は赤い盆に良く映える白い可愛らしい雪兎にふむふむと何かを考えていた様子でしたが、しばらくして宿の方へと何かを言いに行っていたようでした。
●雪見の席
「入手元が越後屋の福袋と言うのが胡散臭い限りだが‥‥」
そういって自分の茶碗を使って茶を点ててもらっているのはデュラン。
出発前にご隠居やお茶の先生とすでに顔見知りの嵐山と、ジャパンの心と聞いていたらしいデュランが茶の席を用意してもらいたいと申し出たらしく、リゼルとリーゼ、美夏も参加して、宿に備え付けの小さな茶室に集まっていました。
先に大まかな作法を聞いてはいるものの、待つ時間になれない正座に苦労している様子のデュランとリゼルに、はじめから正座をするのを放棄して胡座をかく嵐山。
美夏はそんな様子に何かを期待するかの様子で茶が出てくるのを待っていて、そのそばの丸窓からリーゼは降りしきる雪と湯の沸く音を、目を閉じて微かに笑みを浮かべながら楽しんでいました。
「お茶は作法にこだわるのも大事でしょうが、私などになると、楽しんで飲んでいただけるのが一番なんですよ」
お茶の先生がそう笑いデュランの茶器で茶を点てている間に、宿で働く少年がお盆に薄紅色の小皿を乗せて部屋へと入ってきました。
薄紅色の小皿には白いお餅が。その白い餅には赤のねりきりで作った目と、緑のねりきりで作った葉の形をした耳、それに高価といわれている砂糖を軽く雪を降らせたようにした菓子が乗せられており、それぞれに振る舞われます。
「皆様の雪兎を見て、茶請けにはこれがいいと思いましてね」
そういうと、デュランへと点てた茶をだし、次のお茶へと取りかかります。
「これがジャパンの心か‥‥苦い‥‥」
茶を飲んでそういうデュランですが、茶請けと不思議と合う味わいに軽く首をかしげます。
「うーむ、言葉では表せないが、とにかく不思議な感じだ」
「せっかく結構な茶器をお持ちなのですから、もし機会があればもっと使ってあげると、きっと味わい深いものへとなると思いますよ」
「そういうものなのか‥‥」
そういうデュランですが、茶も菓子もいただいてほっとしたあたりから、なにやら足に不思議な感覚を覚えていたようでした。
「器は‥‥そう、優しく包み込むように。足がきつかったら、無理をしないでもいいのじゃよ?」
リゼルにそうご隠居が教えると、リゼルは少し緊張したようにお抹茶をいただきますと、思ったよりも飲みやすいことに気がつきます。
「これだけ可愛いと食べるのがもったいないなぁ」
お茶を飲んでから菓子を見てそういうリゼルですが、食べてもらえないお菓子もかわいそうですよ、とお茶の先生が笑みを浮かべて言う言葉に意を決して口へと運ぶと思ったよりも甘さは控えめでこちらも非常に食べやすいものでした。
「ふーむ、こういうのが風流っていうのかねぇ?」
そう言いぺろりとお菓子を食べ終えた嵐山の横を、そろそろ限界を超えた様子のデュランがずりずりと這って茶室の出口へと進むのですが、その様子を愉快そうに見ていた美夏は、ちょん、とご隠居から借りた扇子で足をつつき、茶室には声にならない悲鳴が上がるのでした。
●落ちる粉雪
「ふぅ、大変な目にあった」
そういうデュランの杯へと酒を注ぐ山本は、少し前から先に露天風呂へとやってきたようでした。随分と宿の中でのんびりや閉めていたようで、今も後からきたデュラン、嵐山とともに酒を酌み交わしていたところでした。
「しかし温泉に酒に、ほんと極楽だねぇ」
金を貰ってこれで良いのかね、などと冗談めかして言う嵐山から酒を注いで貰い、山本は笑いながら口を開きます。
「そうでなければ依頼人さんもくつろげないでしょうからね」
「その通りだ」
頷いて杯をゆっくりと干すデュランは、ほろ酔い加減で雪の降り積もる庭へと目を転じたのでした。
「温泉は話で聞いたことはあったけど、実際に行った事はないから‥‥ドキドキするの」
「私も温泉は入ったことないな。最近の疲れを癒すためにもゆっくり入ろう」
リゼルの言葉に微かに笑みを浮かべて言うリーゼ。男湯と同じように、仕切りと岩に囲まれたすぐ側にある女性用の露天風呂に足を踏み出すと、温泉の湯気が程良く暖かくて肌に気持ちよいです。
二人が湯を掬ってかけ湯をしていると、どたどたと騒がしい足音共に亞莉子が飛び出してくると、どぶんと温泉へと飛び込むように入ります。
「きもちいいってカンジィ!」
何やら面妖な言葉で騒ぐ亞莉子を見て、リーゼはわずかに引きつった笑みを浮かべつつも湯に入るときに側を通りかかると、すとんと綺麗に手刀を叩き込みます。
少しの間静かになる亞莉子をよそにリゼルと髪の手入れをし始めるリーゼは、傍らに桶をおいておいたのですが、とっさに桶を手にとって投げつけると、直撃したらしい音が聞こえます。
騒がしさに手ぬぐいを手に様子を見に来たらしい嵐山が、それを顔面に受けてすたこら男性用の温泉へと戻っていったようでした。
老人二人が入浴場から戻ってきたとき、透もともに戻ってくると暖かな格好をして外へと出て行き、それを亞莉子が追っていきます。
老人二人がなにやら用意し始めるのにリーゼが覗き込むとなにやら将棋のよう、チェスト同じ感覚で教えて貰うと、中将棋と呼ばれるそれは思った以上に駒が多くややこしいものではありましたが、ご隠居に決まりを見て貰いながら嵐山と対戦を始めていました。
「ふむ‥‥なかなか難しいな」
そういいながらも的確に嵐山を追いつめていくリーゼに、煙を吐きつつ盤をひっくり返して手刀を食らってうずくまる嵐山。
縁側でそれを眺めつつリゼルに肩たたきをして貰い嬉しそうに笑うお茶の先生。
宿の外では護衛をと外に出ていた透が篝火に映し出された雪景色をみながら駄洒落の雰囲気ではないと感じているようです。
「今度、来るときは依頼でなく、来たいです‥‥」
そう呟く透へ亞莉子が甘酒を手にやってきます。
「これ、暖まるよ」
そういってそれを差し出す亞莉子。
「綺麗だよね」
そういって亞莉子も透へと寄り添って篝火に照らし出された雪景色を眺めているのでした。