印判師の鬱懐

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月30日〜02月04日

リプレイ公開日:2005年02月08日

●オープニング

「手を貸して頂きたく‥‥何とかと思いこちらを伺いました次第で‥‥」
 そう言うのは60過ぎた細身の老人です。
 その老人がギルドを尋ねてきたのは昼下がり、仕事の手が空いた頃を見計らってのことでしょう。
「わたくしの主人は印判師をしております。ですが、ここ数日で、少々問題が起きまして‥‥近頃得体の知れない男達が入れ替わり立ち替わりやって来て、そのたびに主人は男達を追い返すのですが‥‥」
 そう言うと男は手拭いで額を拭ってから話し出しました。
 印判師とは、印を彫ることを生業としている人のことです。
 主人は40代半ばの、元は侍らしく、旅先で命を救われてからと言うもの、老人は主人に仕え、主人と2人でひっそりと暮らしていたようです。
 上方の方で修行を積んでいたと聞くだけあり、主人の印判師としての腕で2人が暮らすには十二分な程の収入もあり、主人も老人も身寄りがないことから、どこか互いに父と子のように思い合ってきていたようすでした。
 そんな日々を過ごしていた2人の前に、若い侍らしき男が現れて、何やら印を彫ってくれと言い出し、茶を入れに老人が席をたった僅かのうちに、主人が烈火の如く怒りこの若者を追い出したそうです。
 以来、店の回りを怪しげな男達がうろつき始めたとのこと。
「普段は穏やかな主人が怒ったわけを根気よく聞き、その話を聞いているうちに、主人が国元を出奔した理由が、町人に無理をふっかけ無礼討ちと称して切り捨てようとしていた上役を止めるために、これを殺めてしまったからとわかりました。その若者は、その上役の息子、とか‥‥」
 仇討ちのための果たし合いならいざ知らず、その若者は場合によっては見逃してやって良いから、言われたとおりに印を作れと言ったそうです。
 その印も、ただ若者の印を作るだけならいざ知らず、贔屓にしてくれているお客の印を彫って寄越せと言い、聞かなければ後悔することになると脅しつけて帰っていったそうです。
「主人は『仇討ちも武家の習いならば、それを返り討ちにするも武家の習い。なればこそ覚悟もあったものを、他人の印を作らせるなど、何に使う気か‥‥』ととても怒り、何か問題が起きる前に調べ、魂胆を聞き出し、それに邪心あらば役所へ着き出し、ただ主人を討ち果たすための動揺を誘うだけならば、幾らでも受けて立つ、と‥‥」
 そこまで言うと、老人は再び手拭いで汗を拭います。
「お願い致します、なにとぞ、なにとぞお力を‥‥」
 そう言って、老人は這いつくばるように頭を下げるのでした。

●今回の参加者

 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1883 橘 由良(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6982 レーラ・ガブリエーレ(25歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea7310 モードレッド・サージェイ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9848 紀勢 鳳(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9916 結城 夕貴(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0406 瓜生 勇(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●目論見
「人を殺めるのは悲しい事ですが、それが常に悪と言う訳じゃありません。ご主人は罰を逃れて逃げた訳ではなく、罪を償い、結果此方へいらっしゃったというだけなんですから‥‥」
 そう小さく呟くのは橘由良(ea1883)。
「そのお侍が本当に被害者の身内であるにしてもそうでないにしても、脅しなんて汚いです。正々堂々勝負! ‥‥も嫌いですけどね、血が流れるんなら‥‥」
 溜息混じりにそういう橘に、氷雨雹刃(ea7901)が軽く眉を上げます。
「‥‥本当に仇討ちが目的なのか? そいつは? 全く関わりの無い奴が何処で事情を聞て、他所の印目当てに脅して来たとしか思えん」
「他人の印を使うって事は、それ使って偽の証文を作るだとか、せこい悪事に利用する目的なんだろうさ」
 モードレッド・サージェイ(ea7310)が若者のことを想像したのか、呆れたように苦笑します。同じく呆れた様子なのは紀勢鳳(ea9848)。ほうっと息を吐きつつ口を開きます。
「見逃してやっても良いから贔屓にしてくれている客の印を作れとは‥‥見目は若者でも破落戸の様な物言いですねえ」
「しかもやり口は下の下。はっきり言って稚拙。だが‥‥何をしでかすか分からん危うさがある。応じぬ様なら‥‥闇討ち、押し込み、はたまた火付け‥‥そんなところか。早めに押さえた方が良さそうだ」
 氷雨の言葉は最悪の想定にも聞こえますが、なぜかそれを否定できる気はしません。
「とりあえず情報収集‥‥目立つから苦手じゃん!!」
 お気楽ともとれる口調で元気よく言うのはレーラ・ガブリエーレ(ea6982)。
「だから、護衛が仕事じゃん♪ 印判師のご主人にくっついて、仕事を見学しながら護衛じゃーん!」
「若者と繋がるであろうゴロツキ達が印判師である元侍に言う事を聞かせようとするなら、たしかに依頼主の老人が狙われる可能性が大ですね。あたしも依頼主様を護りたいと思います」
 瓜生勇(eb0406)がレーラの言葉を聞いてそう言いました。
「じゃあ、僕は町娘に変装して、町で情報収集してきますね」
 結城夕貴(ea9916)は立ち上がると部屋を出て行くのでした。

●徘徊する輩
「贔屓の客というのは‥‥?」
「うむ、どこ、とまでは言えぬが、一度ならず聞いたことのある御店から、ごく普通の、読み書きのできぬ者のための、ほんに安い物まで、様々。作れと言われたのは両替商と呉服屋のものだった」
 紀勢が聞く言葉に印判師はそう答えます。
「殺めてしまった上役の息子ですか‥‥印判師殿が印を作るのを断ってから店の周りを怪しい男が彷徨きだしたと言うし、動揺を誘う為だけにやって来たという事ではないと思いますが‥‥」
「うむ、仇討ちの旅というのは長く辛いもの。援助を受けられる討ちは良いが、次第に追いつめられ落ちてゆく者も多いだろう‥‥」
 そう言いながら表情を曇らせるのに、紀勢は少し考え込んだ様子です。
「人相など、分かると有り難いのだが‥‥」
「へい、それでしたら、わたくし、人相書きを言いつけられ受け取って参った物がございます」
 老人が懐から布に包まれた紙を取り出すと、中から高価な紙にどこか陰気な様子の若者が描かれた人相書きを取り出して、それをモードレットに差し出すのでした。
「お嬢ちゃんみたいなのが近づいたら、どんな因縁をふっかけられるか分からないよ」
 夕貴にそう言うには、若者が泊まっていると聞いた宿の側にある長屋に住むおばさんです。
 おばさん曰く、あそこの若者の元に、しょっちゅう目つきの悪い男たちが出入りをすること、日が高くなるまでは大抵宿にいて、昼を過ぎてからぶらぶらと辺りを回っては辺りの者たちに迷惑をかけているそうです。
 モードレッドは依頼人の老人から聞いた宿へと足を向けると、裏通りにある小さな宿の前に辿り着きます。辺りの者の話を聞いて回っていると、ごろつきの一人がとある廃寺の賭場に出入りしていることを聞き、そちらへと向かいます。
「ちょうど良かった、偉い迷惑しているんですがねぇ、こういう家業じゃ届け出られず困っていたんですよ」
 モードレッドが訪ねるとそう言ってにやりと笑う老獪な賭場の顔役。その様子は、もう少し遅ければこちらでバラしていた、と暗に匂わせています。
「若い侍らしき男の背後に誰かいるのか、それとも‥‥」
「はは、後ろ盾がいればもっと上手くやるでしょうな。あのひよっこが、楽して金を手に入れられるなどと唆され、それを聞いて甘い汁を吸おうと手を出した奴らと連んでいるだけでしょう」
 顔役にすれば何かあって巻き込まれたらと偉い迷惑のため、そろそろ消えて貰おうとしていた矢先のようでした。

●捕獲
「印かぁ‥‥仕事が終わったら俺もひとつ作って頂きたいです。夏だったか、福袋で根付が当たったんですよ。けど俺、印はなんとなく持ち歩くのが怖くて、うちに置いてあるのだけだったんで‥‥欲しかったんですよね」
 橘が根付けを揺らして見せます。少し時間がかかるが構わないと言われて微笑む橘ですが、はっと気がついて付け足します。
「‥‥あっ、あ、えーと、でも‥‥一番お安いので」
 その言葉に印判師は笑って頷くのでした。
「ぉぉ、すごーいじゃん! 綺麗ー」
 レーラは印判師が器用に印を彫っていくのに、思わず大きな声を上げてはしゃぎます。身内が老人以外にいないという印判師は、まるで息子でも出来たかのように頷きながら丁寧に手順を説明していきます。その様子は心なしか嬉しそうです。
「旦那様もレーラ殿も、こちらでお茶はいかがですか?」
 そう言って老人がお茶と菓子を持ってくると印判師は手を止め、レーラは早速お菓子に飛びつきます。しばらくほうっと茶を頂いているところに戻ってくると、勇は印判師の前に腰を下ろして声をかけます。
「軽くあたしの剣に稽古つけてもらえますか? あたしはまだ未熟ですから」
「剣の道より離れて久しいが‥‥それでよろしいかな?」
 そう言って庭に出て互いに屋敷にあった木刀で構えますが、どうして、勇は本当に稽古を受けることになります。
「はっ!」
「もう少し肩の力を抜いて、もっと楽に構えなさい」
 鋭く繰り出された突きを綺麗に受け流すとこつを教える印判師。それは、仇に付けねらわれていることを知っての、日々の鍛錬の成果とも言えるもののようです。
「依頼主の為にも生きてください。あんなに慕われる貴方をなくしたくはないです」
「‥‥」
 勇の言葉に、印判師はどこか覚悟を決めているかのような、少し困ったように笑みを浮かべるのでした。
 そうこうしているうちに夕貴が帰ってくると、勇は夕貴と徘徊している人間の捕獲に乗り出したようです。
「ふーむ、怪しい奴らがうろついてるんかー‥‥たまには見回って探すじゃん! 愛馬のぽちょむきんといっしょにー」
 そう言ってレーラが辺りをかっぽかっぽと長閑に見回っているのに、裏口からは夕貴が外に出て回ります。それにそれぞれ気をとられる男たちですが、夕貴をいぶかしげに窺っていた男の不意を打つ形で勇が打ち倒すと、勇が倒した男を捕まえている間に、夕貴はレーラの方へと駆けつけ、こちらも不意を打つ形で叩き伏せて捕獲するのでした。
 紀勢は辺りを窺い、男たちが3人いることを確認していました。2人を捕らえる夕貴たちに気がついて最後の一人が逃げ出すのに、紀勢がその前へと立ちはだかって構えます。
「ち、畜生、どきやがれっ!」
 匕首を手にそう言って斬りかかる男ですが、紀勢はそれを容易く短刀で匕首を弾き飛ばすと、刀の峰で叩き伏せるのでした。

●武家の習い
 宿の前に集まったのは氷雨・モードレッドに、準備万端にした橘です。側の長屋のおばさんに聞いてみたところ、今日も見かけて居ないそうで、まだ宿で寝ているだろうと言うことを聞くことが出来ます。
 氷雨が宿に忍び込むのを見て、宿の前で待ち構えて辺りを確認しているモードレッドと橘。
 部屋の前までやって来てから声をかける氷雨は、人の気配を感じつつも起き出さない若者に聞き耳を立てると、ちょうどもぞもぞと起き出して来たのを感じ、戸が開いた瞬間にスタンアタックを叩き込み、崩れ落ちた若者を抱えて下の階へと降りていきます。
「邪魔したな‥‥こいつは借りてくぜ」
 店の者が出てきたのを見てちらりと十手を見せて通り抜ける氷雨に、お役目のための十手と区別のつかない宿の親父は泡を食ったように頷いて送り出すのでした。
「貴方は武士の名をかけ果し合いをなさるのか? それともただの小悪党として悪事を認めるのですか? 答え次第ではあたし達の行動も替わりますよ」
 そう言って微笑を浮かべて言う勇。ここは印判師の屋敷で、若者は印判師の前に引きあされて青い顔で目を向けています。
「さあ! お答えを。敵討ちか奉行所に突き出されるか、他に道はありませんよ」
「‥‥おい。他の奴は吐いたぞ‥‥受けるのか? 受けないのか?」
 氷雨が凄んで連れてきた男たちを見て、若者はさらに顔を青くさせます。レーラが呼んだ与力がそれに付き添って居るのに、生きた心地もない様子でした。
「浅知恵は身を滅ぼすんだぜ、坊ちゃん? ‥‥悪事は甘い蜜も吸えるが、それだけ返しも大きいってこった」
 そう言って、印判師へとどうするかとばかりに目を向けるモードレッド。印判師は若者が立ち会う気があるならば相手になる、と答えます。
 それを聞いて顔色を変える若者。
「かっ‥‥勝てるわけないだろっ!? し、死にたくねぇっ!」
 わめき散らす若者に、一行は呆れた様に若者へと目を向けます。確かに端から見てどう考えても腕の差は歴然です。
「フン、馬鹿らしい‥‥話にならん」
 吐き捨てるように言うと、氷雨はさっさと背を向けて歩き出してその場を去っていきます。
 他の者が若者達を連れて行くのに手を貸す中で、老人が印判師にしがみつき嗚咽を漏らしているのでした。