●リプレイ本文
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「鮟鱇か‥‥。日ごと春が近づいてきているとは言え、この時期の海での漁は相当に辛いものがあるだろうに‥‥」
そうどこかしみじみ言うのは天城烈閃(ea0629)です。
「せっかくの貴重な食材の持ち込みだ。存分にもてなして見せなくてはな」
「人の良い御主人と、しっかり者の丁稚君を助けるために接待成功させないとね。‥‥鮟鱇‥‥見るのも食べるのも初めてだから、なんだかワクワクするね。あはは」
頷きながら続けて言う天城にケイン・クロード(eb0062)もどこか楽しそうにいって頷きます。
先ほどから話している面々は、離れを掃除している最中で、星神紫苑(ea7030)が天城が商人に言って一本切らせて貰った竹を鉈や小刀で割ったり形をっとのえたりしているのを見て、竹の皿を同じように作っていきます。
「下手に下拵えに手を出すと、失敗する可能性があるからな」
星神はそう言うと自分が形を整えた皿を天城が作ったものと見比べています。どうやらきちんと形を揃えているようです。
「鮟鱇の料理なら、私は茶碗蒸しが食べたいです‥‥」
ぼそりと大宗院透(ea0050)が言うのを、ケインがそれは美味しそうだね、と言いながら鍋を置く卓を綺麗に拭いていきます。山本建一(ea3891)が綺麗に畳の上を掃き清めたので透と一緒に部屋の真ん中へと卓を戻すと、どうやら一通りの準備は出来たようです。
「ふむ、こんなものかな‥‥」
器と椀を作り終え、小さな欠片で箸置きを誂えてて満足そうに言う天城。
一方厨房では、夜神十夜(ea2160)・沖鷹又三郎(ea5927)・潤美夏(ea8214)が下拵えに追われていました。
粗塩で鮟鱇のぬめりを取っているのは沖鷹。なかなかに重労働のようですが、流石は料理人、その手際の良さには目を見張るものがあります。
その横ではだしを取ったりという、全体的な味付けを夜神が受け持っているようで、その2人の手伝いとして、美夏は鍋の他の具を用意したりとしたことをしているようです。
もっとも、味噌鍋は沖鷹のこだわりがあるようで、特製の鍋を用意している様子です。
「相手はむさい男‥‥綺麗な女とかならやる気も出るんだが‥‥ふぅ」
そうぼやきつつも鍋の具合を見ていた夜神に、縄のついた鉤爪を用意していた沖鷹はそれに笑ってから、今度は自家製の豆腐を取り出し、美夏に手伝って貰ってピュリファイをかけたりしているようです。
一通りの準備を済ませると、夜神は分量を確認してから丁稚の少年を呼んで何やら用意させている様子。少年は頷いてから急いだ足取りで厨房を後にするのでした。
●何はともあれおもてなし
客が来たのはそろそろ昼時、丁稚の少年が案内して庭へとやってくると、そこで見目麗しい女性に人遁の術を使って化けた透に案内を任せます。
「こちらへ‥‥」
無口なだけのこの様子も、言葉少なで控えめと人は取るもの、どうやらやって来た侍達も満足げに透の後をついて行き、離れへとやって来ました。
客一同が席へ座ると、手伝いの面々が膳を運び込み、そこには程良い温度の燗と小皿に載せられた酒菜が品良く載せられていて、直ぐに運び込まれる鮟鱇が目の前で下にたらいを置いて吊される鮟鱇にほうと小さく息を漏らします。
吊した鮟鱇にピュリファイで清めた水を中へと流し込んで安定させると、沖鷹は手を合わせてから包丁を手にとり、的確に開いていきます。
外皮、肉と切り離されるのを皿に受け、それを手早く厨房へと丁稚の少年が運び、夜神が調理をしたものをそれぞれが給仕する、と言う様子になっていきます。
その際、大皿に鍋の具を選り分けるのは忘れません。
「鮟鱇を華国ではその容姿から『蛙魚』と呼びます」
侍達に色々と注釈を入れるのは美夏。間がある度に講釈を入れるようで、鍋の準備がすっかり整うとその鍋を勧めるようにして微笑んで口を開きます。
「鮟鱇は別名『華臍魚』とも、その姿から『琵琶魚』とも言われていまして、丁度、今が鮟鱇を美味しく食べられる最後の季節になりますわ」
これからもっと春らしくなると産卵が始まり、途端に味の落ちる鮟鱇、その言葉を受け、竹の取り皿の風情を楽しみつつ食事が始まりますが、端から見ているとそれぞれ表向きは礼儀正しく食しているのですが、どことなく具の取り合いに熾烈な様子を見せています。
「いや、まこと、此処は風情があるとは聞いておったが、何やら至れり尽くせりだな」
客の一人がぐいのみをくっと開けてから上機嫌にそう言います。
この調子で夕暮れまで談笑をしながら食事を取った侍達は、満足した様子で帰って行ったようでした。
●振る舞い鮟鱇
夕刻、こんな時間だというのに、商人の店の前では鮟鱇が吊され、それを楽しみに来た様子の町人達が集まっていました。
鮟鱇を振る舞おう、そう言う話になったため、急遽夜神が丁稚の少年経由で商人へと足りなさそうな分の材料や、鮟鱇を用意させたようでした。
一匹でも侍達が食べ尽くすには十分な量でしたが、振る舞う上に一行も楽しもうというのですからどうしても必要になると思い金を払うつもりで言ったのですが、商人は手に入るのが分かるとお金は受け取らずに必要な材料を集めておいていました。
「いやぁ、調理の心配さえなければ、こういうお祭り騒ぎは好きなんですよ」
にこにこと楽しそうに言う商人。仲間内で食べる分と振る舞う分で2匹になった鮟鱇を、沖鷹と夜神が集まった町人の前で捌きます。
「たまには、武闘派料理人らしい事してみるかね」
沖鷹が的確に綺麗に切り取っていく中、隣の夜神はそう言うと、集まった人間を楽しませるためにでしょうか、普段使い慣れている包丁とは別のもう一つの得物、刀で出来うる限り派手に鮟鱇を捌いていきます。
出来上がってきたものを、仲間の分と振る舞う分に分けながら調理を続けるのは美夏で、思った以上の重労働に小さく息を付きながらその様子を横目で見るのでした。
「いやぁ、こいつは美味しいねぇ‥‥旦那も思いきったことをする、鮟鱇ってのぁ高いんだろうに」
「そうそう、前にも色々と振る舞ったり、本当に、商人だって言うのにがめつくなくて良い旦那だよ」
口々に言いながら幸せそうに鮟鱇料理を食べる町人を見て、沖鷹は満足そうに笑います。
捌き終えて休憩をしつつ酒を一杯引っかけている夜神。
「ふむ、これでいい女の酌でもあればいいんだが‥‥どっかに揉み甲斐のある美人でもいないかねぇ」
そう言って辺りを見回すと、ふと振る舞いで鮟鱇汁の締めとして雑炊を配られている列の中に見覚えのある、20代のすらりとした女性が目に留まります。
「美味しいですねぇ」
受け取った器を店先に出された椅子に座りどこか幸せそうに言って食べていた娘さんに夜神は近付くと、ごく当たり前のように娘さんの胸へと手を伸ばします。
「っ!」
真っ赤になって顔を上げる娘さんにぐいとお銚子を差し出す夜神。つい受け取ってしまった娘さんは赤い顔でどこか困ったような様子で続いて差し出されるぐい飲みにお酒を注ぐのでした。
●鮟鱇に舌鼓
「さて、仕事はこれで終わりだな。それでは、俺達も‥‥」
「よし、ドンチャン騒ぎだ!」
そこまで天城が言って、星神が嬉しそうに声を上げます。すっかり出来上がった料理に、二つ用意された鍋はぐつぐつと音を立て良い匂いをさせています。
卓の上に並ぶ料理のかずかすは、目でも鼻でも楽しませてくれているようです。
「鍋は戦争です‥‥」
透のその言葉通り、一行が食事を始めると、途端に卓上は熾烈な争奪戦へと展開しました。材料はたっぷりあるのですが、やはり一番人気はあん肝でしょう。
透などはねらい澄ませたかのように次々と美味といわれる具を自分の皿に掠め取っていきます。
「不細工な魚ほど美味しい‥‥なんて話を聞いた事があるが、こいつを食べると納得してしまうな」
「本当に、これは美味しいですね」
天城が言う言葉に、山本も嬉しそうに笑って頷くと、刺身を口元へと運びます。
「御主人のために頑張っているんだから、彼にも楽しむ権利はありますよね? あはは」
お酒を運んできた丁稚の少年を手招きして呼び寄せると隣へと招き入れるケイン。丁稚は不思議そうな顔をして歩み寄ると首を傾げてケインを見ます。
「何かご入り用ですか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ。えっと、名前は?」
「荘吉です」
「そっか、荘吉君も食べなよ、美味しいよ。あはは」
笑いながら取り皿を差し出されて恐る恐るといったように受け取ると、丁稚の少年は出された共酢和えを口へと運んで、吃驚したように目を瞬かせます。
「あの魚って、こんなに美味しいんですか」
いつの間にかすっかり中に溶け込んで食べる荘吉。一通りの争奪戦が終わると、だんだんまったりとお酒を飲む方に移っていきます。
「『鮟鱇』の『餡子』包み焼きは美味しいかもしれません‥‥。美味しいはずないです‥‥」
希望通りに作った貰った鮟鱇の茶碗蒸しを食べながらぼそりと言う透の言葉に、言われた言葉を想像して青くなる者がいたりいなかったり。そんな風に駄洒落を言っていた透ですがふと何かに気が付いたように首を傾げます。
「そういえば、また、年を取りました‥‥」
「誕生日だったのですか?」
透の言葉にそう聞く山本に、もう過ぎてしまいましたが、と頷く透。
「それは目出度いでござる」
「よし、ついでに祝うか」
沖鷹と星神はそう言って口々に祝いの言葉を言います。
食事を終えて人心地付いた美夏は、そんな様子をお茶をのんびり飲みながら眺めているのでした。