●リプレイ本文
●まはらと青龍
依頼人宅に一行がやってきたのは、依頼人が丁度旅に出るその日のことでした。ギルドからぞろぞろ連れ立って、腕の立つ人間が向かうのですから、ちょっとした注目を浴びていて、見張っていた人間がいたとしても、狙うのは不可能そうに感じられるでしょう。
「ところで、娘さんは『まはら』とおっしゃるのか?」
「はい、変わった名前といわれるのですが、主人が馬原と決めたときに、女の子にそれはと頼み、平仮名にして貰ったんですよ」
奥方とそう言葉をかわすのは天螺月律吏(ea0085)。律吏はにこにこと見上げるまはらに目を細めてその頭を撫でます。
「うん利発そうな良い子だな。私にも年の離れた妹がいるのだが、その幼い頃を思い出すよ。‥‥あぁ、私の事は『律吏』と呼び捨てにしてもらえると嬉しいな。せっかく友達になったのだから」
「ながりはまはらの友達かや?」
ぱっと嬉しそうに笑うまはらに大宗院鳴(ea1569)と火乃瀬紅葉(ea8917)も歩み寄って挨拶を交わします。
「楽しく雛祭りができるといいですね、まはらちゃん」
「うむ、ともだちがたくさんで祝うのはきっと楽しいのじゃ♪ 青龍はおのこじゃがきっと青龍も楽しむのじゃ」
そう言ってととととまはらに寄ってきた黒い仔猫を抱き上げると、見せるかのように持ち上げます。
「可愛らしい子にございまするね‥‥紅葉ともうしまする」
先ほどまはらにやったように頭を下げると青龍の喉元を優しく撫で、ゴロゴロと喉を鳴らすのに目を細める紅葉。その様子を、どこか微笑ましげに見守っている神楽聖歌(ea5062)。
「うむ、行ってよいぞ、青龍」
紹介した後に嬉しそうに言いながらお雛様のしまってある箱へと、まはらは3人を引っ張っていくのでした。
●のんびり準備
みぃ、と鳴きながら青龍が歩み寄ったのは菊川響(ea0639)の側です。ちょうど菊川は南天輝(ea2557)や逢須瑠璃(ea6963)と、雛を飾る台が庭に面した暖かい部屋の、ちょうど直接日が当たらない場所に置いてあるのを確認していたところでした。
そこから見える位置に、なかなかに立派な桃の木もあります。
「猫〜やっぱり可愛いわ、ふわふわだし、うう見ていると飼いたくなるわ」
瑠璃はそう言いながら屈んで青龍を撫でると、青龍も嬉しそうに喉を鳴らしながらすり寄ってきます。抱き上げれば暖かく、大人しくだっこをされながら幸せそうに目を瞑ってゴロゴロと喉を鳴らす様子に、すっかり瑠璃は青龍を気に入った様子でした。
部屋で嬉しそうに箱から雛人形を出して貰うまはら。段になっている人形の多い物ではなく、お内裏様とお雛様ですが、その人形の細工や雛人形に添えられてる調度品は職人技の粋を極めたもので、表情も穏やかで気品に満ちたものです。
「これは父上と婆上が決めて買ってくれたものじゃ♪ 母上も一目で気に入ったそうなのじゃ」
胸を張って言うまはらに断ってから手にとってまじまじと眺めて溜息をつくのはデュラン・ハイアット(ea0042)。その細工は詳しくなくともどれほど手のかかった物かが一目で分かるため、感心したように見てから台に戻すと、そこに律吏や鳴の手を借りて飾られた雛人形と調度品が一種の別空間に感じられるようです。
「ほほう‥‥これはこれは。さながら小さな宮殿だな」
まるで宮殿の一室を思わせるその様子にデュランは素直に感銘を受けた様子、頻りに頷いては眺めているのでした。
「何を見ているのかや?」
大体の準備を終え、菊川と太鼓での合図などを打ち合わせした後、縁側でのんびりと腰を下ろし、琵琶を手に取った輝に、まはらは興味津々に近付いてきてそう聞きますが、手に琵琶を持っているのを見るとぱっと表情を輝かせます。
「楽器なのじゃ、聞きたや」
まるでねだるかのように輝に顔を向けて言うまはらに、輝も顔に柔らかい笑みを浮かべて頷くと調律をし、直ぐに静かで穏やかな音色を奏で始めました。それを聞いているうちにうたた寝を始めるまはらに、聖歌は笑みを浮かべると上掛けをまはらの直ぐ側で穏やかに微笑みつつまはらの寝顔を見下ろしている律吏へそっと手渡すのでした。
隣の部屋で、演奏を聴きながら眠る用意をしていた菊川は、青龍が自分が寝る布団の隅で丸くなるのに気が付くと、ひょいと抱き上げて顔を覗き込みます。
『青龍殿、もし不審な人物がいたら教えてくれないかな?』
オーラテレパスでそう言う菊川に、青龍は了承したようにみぃ、と鳴くのでした。
●楽しい雛祭り
雛祭り当日、デュランや菊川が注意をしていたこともあり、『日頃と違い人が多いというだけでも信念がない奴は手出しできまい』という輝の読みも当たったようで、何事もなく雛祭りを迎えることが出来ました。
「まはらちゃんの素敵なお雛様を見ていると、幼い頃を思い出しまする‥‥紅葉もよう祝って貰いました。誕生祝いと一緒ではございましたが‥‥」
そこまで言って、ふと恥ずかしそうな表情を浮かべて慌てて付け加える紅葉。
「あっ、勿論今は心根は男にございますゆえ。祝う方にございまするが」
そう言う紅葉は十二単を着込んで扇を手に持っています。
「そうなのかや? 誕生日とはめでたいのじゃ」
にこにこしながらそう言うまはらは、お雛様に衣装と良く似た着物を律吏に着付けて貰い嬉しそうに飛び跳ねながらそう言います。その近くには巻沿いを喰らって立派なお内裏様のような衣装を着せられた菊川も姿もあります。
「ふむ、紅葉にもお内裏様が必要なのじゃ‥‥そうじゃ、ながりー」
とてとてと律吏の側へと向かうまはらは、何やら隣の部屋に行ってごそごそと立派な衣装を引っ張り出してきます。
「ながりがお内裏様なのじゃ♪」
嬉しそうに笑って言うまはらに、律吏も断り切れなかったようです。
庭の桃の木の下には敷物が引いてあり、輝の横笛に合わせて瑠璃の神楽舞が披露されており、デュランや奥方はそれを楽しげに眺めています。
「ふう‥‥まさかこっちの服で、踊るとわね〜久し振りだから、上手く踊れるか? 不安だけど‥‥」
そう言っていた瑠璃ですが、輝の巧みな笛の音に任せ、鈴を鳴らして踊る様は、舞い落ちる桃の花びらと合わせて神秘的とも感じられます。
舞が終われば使用人夫婦から振る舞われる鰆の寿司や西京味噌漬け、それに白酒が振る舞われました。
「美味しそうですね」
まはらの側でそう言って出されるご馳走を凄い勢いで消費していく鳴に使用人は目を丸くしますが『よく、母に食べないと大きくなれないと教えられたので』と言うのに笑いながらご馳走を追加してくれました。
「まはらちゃん、雛祭りは楽しい?」
「うむ、とても楽しいのじゃ♪」
お姉さんを気取り微笑みながら優しく聞くと、鳴の言葉にまはらは元気良く頷きます。
「雛祭りは昔は『上巳の節句』といって、水辺に出て不祥を除くための禊、祓を行い、宴会を催すものでしたのですよ。現在は『桃の節句』といい、女の子のお祭りですね」
「昔はとても大事なことだったのかや?」
目をぱちくりさせてそう聞くまはらに、鳴は笑いながら頷きます。
日当たりの良い席を菊川に勧められて座っていたまはらは、菊川の膝の上で日向ぼっこをしている青龍を撫でつつ頻りに感心したような顔で周りの話を聞いているのでした。
「紅葉、お誕生日おめでとう」
直ぐ隣でのんびりとお雛様を眺めていた紅葉に、そう菊川が祝いの言葉を言うと、嬉しそうに頬を染めて笑う紅葉。
「一緒に楽しむのじゃ。さ、喰うのじゃ♪」
自分の分のお饅頭を差し出され、それまでまはらを守るように見守っていた聖歌は一瞬驚いたように目を瞬かせますが、直ぐに微笑んで受けとりますと、それを見て嬉しそうに律吏の側へと戻っていくまはら。
この日のお祝いは夕暮れまで続きました。
鳴はこの日は夕刻に急いで自宅に戻って、家族と雛祭りを改めてお祝いしたようです。
●お片づけとまた来年
次の日、いそいそとお雛様を片付けるのを手伝いながら、まはらは少し残念そうです。
片づけをしている中、何やらそわそわとしつつ奥方に近付いたのはデュラン。何やら気になることが有るらしく、口を開きます。
「‥‥‥時に奥方。雛人形を片付け忘れると、恐ろしい呪いがあると小耳に挟んだのだが‥‥一体どんな恐ろしいことが起きるというのだ?」
何やら恐ろしそうな事を聞くと思ったのか深刻な顔をして聞くデュランに、一瞬奥方は思いつかなかったようですが、直ぐに笑って頷くと答えるために口を開く奥方。
「女性にとっては深刻かもしれませんね。雛人形をしまい忘れると、婚期を逃す、と良く言われているのですが、そのことかしら?」
言われた言葉にもっと恐ろしいことを想像していたデュランは目を瞬かせますが、恐ろしい話でなかったことにほっとした様子です。気になって眠りが浅かったデュランは、きっと今夜は安眠できることでしょう。
すっかり仲良しになった瑠璃と菊川に甘える青龍を名残惜しそうに撫でる瑠璃。
「はぁ、やっぱり飼いたいわね‥‥」
しみじみそう言う瑠璃に、やはり青龍はみぃ、と答えたのでした。
「留守の間、本当に何から何までお世話になったようで‥‥忝なく思います」
そう頭を下げる依頼人にと奥方、そしてまはらと青龍に見送られて一行は屋敷を出ました。
「フフ‥‥楽しかったわ、またみんなでひな祭りができるといいわね?」
そう言う瑠璃に、離れがたいのか律吏の袖をぎゅっと握ったまはらがぐずぐずしながら顔を向けます。
「きっと、きっとまたするのじゃ、約束なのじゃ!」
そう言うと律吏の袖を離すと、ごしごしと袖で目元を拭ってからまはらは顔を上げてにっこりと笑います。
まはらは、一行の姿が見えなくなるまで手を振って見送っていたのでした。