●リプレイ本文
●ご隠居大奮発
「古稀の祝、か。いやはやなんともご長寿、それだけで実にご立派だ」
微笑みを浮かべつついうのは天螺月律吏(ea0085)。一同はご隠居の家で準備などの相談をしていました。
この場にいないのは先程から洗い場で鯛の下拵えをしている夜神十夜(ea2160)とその手伝いに忙しいリゼル・メイアー(ea0380)です。
「古希か、めでたいことだな♪ ‥‥ところで古希ってなんだ?」
「人生七十古来稀也。つまり70の祝いの事だ」
嵐山虎彦(ea3269)の言葉に阿武隈森(ea2657)がその祝いの意味を説明すると、なるほど、とばかりに嵐山は頷きます。
「あの青年の話では花はやはり梅か桜が春に好まれるそうだが‥‥茶碗も、落ち着いた色合いなら使うほどに味が出ると。香りはこの季節は梅香が好きのようだな」
「お茶の先生の屋敷にある離れには大寒桜が見られる場所があった。いっそその離れで祝いをするというのも手だな」
律吏が青年に確認した事項を説明すると、阿武隈も先程確認してきた事を説明してそう勧めます。
「後は料理ですな」
茶を運んでやって来たご隠居。夜神の料理の腕は聞き及んでいるのか、どことなく楽しそうに言いながらそれぞれに茶を配ると、嵐山がにんまりと笑います。
「おお、桜鯛かぁー! 貧乏人にゃ食えないお魚だから嬉しいぜ〜。ご隠居、今回は奮発したねぇ♪」
「うむ、こんなめでたい席にはやはりこれじゃろうのう」
すっかりと食べる気満々の嵐山ですが、ご隠居も余程浮かれているのか嬉しそうにそう頷きます。心なしか話が微妙にずれているのはご愛敬でしょう。
洗い場では夜神がちょうど鯛を小太刀で捌いているところでした。手慣れた様子で下拵えの必要な時間のかかる物を色々としているようで、時折感心したようにリゼルがその手元へと目を落としたりします。
「とりあえず、今日の下拵えはこれぐらいだな‥‥」
「うん、今日出来るのはこれぐらいだね」
そう言って出した道具の手入れを済ませると、夜神は洗い場を出ようとします。
「じゃあ、後は任せた」
きょとんとしながら見送るリゼル。夜神はどうやらそのまま気分転換に女性へと声をかけに町へ出て行った様子でした。
●江戸の意気
「ふむ、これは良い香りだ‥‥これを頂こう」
店の主が香を包むのを見ると、律吏は共に出かけてきたリゼルへと目を向けます。
「次は‥‥」
「あのね、私、先生がお茶に使うお茶碗を見たいの」
「ふむ、ではあちらの方に良い店がある」
勘定を済ませて香を受け取ると、律吏とリゼルは茶器を扱う店へと向かいます。愛想の良い店主が予算と用向きを確認して、茶を従業員に出させると、奥から幾つかの茶碗を持って戻ってきます。
片方は淡い白地に花を思わせる焼き模様の茶碗で細身の様子。もう片方は黒くどっしりとした構えの物ですが、不思議と落ち着いた感を与えます。
「先生の古稀のお祝い事ですか。それは目出度い。こちらなどは上方からつい先日入った物で、京の気品と粋を感じさせる物‥‥あと、こちらはこの江戸らしい、実直な様子の江戸の意気を感じさせますでしょう?」
「ほう、これはなかなか‥‥」
主が持ち出してきた茶碗は、律吏の目から見ても明らかに見事な一品。普通に店に並んでいる物と少々違い、値段もそこそこ良い物でしょうが、主は『先生にはいつもお世話に‥‥』といってリゼルの提示した予算で譲ってくれるとの事。
「綺麗なのはこの白い方だけど‥‥」
そう言ってリゼルは前の依頼で一緒になったときのお茶の先生の様子を思い浮かべると、そっと黒い茶碗の方を手に取ります。
「お茶の先生にはこちらの方が合うと思うの」
そう言うリゼルに主も満足そうな笑みを浮かべるとそれを丁寧に包み、木箱へと収めると薄紅の布で包んでリゼルへと渡しすのでした。
一方屋敷の方では、嵐山がご隠居の家の空き部屋を借りて何やらごりごりと音を立てて行っています。ふうっと息を吹きかけては何かを掲げてじっくりと長め、再び手元へと降ろしてごりごりと作業を再開する嵐山。
その手にはジャイアントの大きな手には小さすぎると思われるような、小さな彫刻刀が握られており、何やら熱心に彫り込んでいる様子。
大分長い時間そうしているようで、その小さな木の固まりは、何時の間にか人の形をもしている事が見て取られます。
どうやら当日前に間に合わせるようで、珍しく真剣な面持ちでその木の固まりをじっと見据えながら、嵐山は作業を続けているのでした。
当日にお茶の先生の所へと料理など、色々と運ぶ準備をしていたのは秋月雨雀(ea2517)。秋月は準備の段階から少々何か気負っている様子で、一休みとなるとお茶を飲んでほっと一息ついてから直ぐに、何やら着物の吟味へと移っている様子。
色々と迷った挙げ句に、何やら白地の着物に決めたようで、その次に自分の持ち物を確認していたようでした。
●お茶の先生とお出かけ
プリュイ・ネージュ・ヤン(eb1420)は先程から色々と困っていた様子で、お茶の先生を誘って江戸の町を歩いては居たのですが、何しろ華国から割ったって来たのが最近とのことで不案内。
「‥‥ですので、ジャパンの茶道というものに興味がありまして‥‥」
「そうですか‥‥お茶の楽しみ方はそれぞれ‥‥貴女に一番合った楽しみ方を見つけて頂ければ何よりですよ」
穏やかな微笑みを浮かべて言うお茶の先生に、悪い事もしていないのに僅かに罪悪感を覚え、嘘のつけない性格もあって少し慌て気味のプリュイ。
「あぁ、そちらには何もありませんよ」
「あ、済みません、私はつい前日まで華国におりまして‥‥こちらには最近着たばかりで」
苦笑気味にそう言うごプリュイに、それは仕方がないですよね、と申し訳なさそうな笑みを浮かべて言う先生。
暫く黙って歩いていましたが、このままでは予定以上に早く屋敷へと戻ってしまう事に気が付くと、慌てたようにプリュイはお茶の先生へと声をかけます。
「あの‥‥もう少しゆっくりしていきませんか? ‥‥どうしてと問われると困りますが‥‥」
「? 構いませんが?」
そう聞くお茶の先生ですが、何やら困った様子のプリュイに優しく笑いかけて頷くと、一軒の茶屋を指し示します。
「では、少しあそこで休憩がてらにゆっくりしましょうか?」
プリュイはその言葉にほっとした様子で、2人はそこで暫くお茶と茶菓子を頂いてのんびり時間を潰すのでした。
その頃、お茶の先生の屋敷にある離れでは、置いてあった物を倉へとしまったり片付けを済ませて卓や酒の支度をしていました。
当然洗い場では鯛飯を炊いたり料理の仕上げで夜神とリゼルはくるくると忙しく動き回っています。
準備が出来たのはお昼時、一同がほっと一息入れている間、秋月と夜十字信人(ea3094)にとって、ここからの短時間が戦場となります。
屋敷の通いの人に手を貸して貰って白地に梅の花を裾へとちらした着物を着て、自分の紅小鉢を取り出して唇へとさす秋月に、異国の女給の姿へと着替える夜十字。
秋月が気合いを入れていたのは『女装美人』の座を守るためだとか。夜十字の姿を前もって聞いて、何やらライバル心を呷られたようでした。
●素敵な古稀の祝い
プリュイが頃合いを見て親の先生と戻ってきたとき、既に準備は出来ていました。
「‥‥もしかして、これのために?」
プリュイへとそう言って目を向けるお茶の先生の表情は、それは嬉しそうなもの。
離れに誂えたれた席では、ほのかに薫る梅香とその宅に並べられた料理に酒、そして、参加してくれた一行の姿を見ると、珍しくお茶の先生がどこかはしゃいだ様な、そんな表情を浮かべるのでした。
「ほら、こうした方がもっと愛らしいぞ」
そう言いながら夜十字の髪を結う律吏に、酒の給仕をする秋月を見て、嵐山は思わず吹き出します。
「‥‥ぶはっ! 何だその格好! どう見ても信人の格好は女じゃ‥‥ってか、雨雀もか?! 女形が大量発生だなぁ」
「ふふっ‥‥悪いけど、元祖女装美人はこの私でしてよ」
「ん? この服をくれた友人曰く、外国の給仕の時の正装だそうなんだが?」
秋月の言葉に、その友人からからかわれていたのに気が付かず大まじめにそう言う夜十字と笑う嵐山。
「女装美人の雨雀に男装の麗人の律吏‥‥さらには異国の衣装の信人‥‥華々しいことはたしかだな♪」
そう言ってからお茶の先生の所へと贈り物を届けに行く嵐山。嵐山の贈り物を受け取るとそれを開いてみて、先生は笑みを浮かべます。出てきたのは、頭の長い老人の像。長寿の祈りの込められたその品物に、先生は改めて礼を言います。
「はい、先生☆」
そう言って木箱とそれに添えられた紙をリゼルから受け取り、出てきた物を受け取って、驚いたようなそれで居て何とも嬉しそうな顔でリゼルに礼を言ってその頭を撫でる先生。
紙には似顔絵が描かれていて、茶碗も先生はいたく気に入った様子。
「酒はいつ飲もうが美味いが‥‥今日のは格別、だな」
「本当に‥‥長生きはするものですね」
「次は喜寿の祝いだな、センセイ?」
互いに酒を注ぎながらにっと笑い合う阿武隈と先生。先生はその後も律吏に過去の話を聞かれて元は侍だったとか話したり、リゼルの肩たたきに幸せそうに笑みを浮かべたり。
瞬く間に食べ尽くし、飲み尽くされていく料理。目の前で塩釜焼きが割られたりして驚いたり、その祝いは盛り上がり、夕刻から夜に、料理から酒や茶菓子に移っていきました。
若干2名、秋月と嵐山ですが、この2人が山葵入りの鯛を模した菓子と食べて大騒ぎ、などと楽しい時間が過ぎていきます。
「ま、たまにはこういうのも悪くないかねぇ‥‥女相手が一番だが」
そんな事を言いながら、1人少し離れたところでのんびりと酒を飲む夜神。
阿武隈が頃合いを伝えるまでの時間、楽しい祝いの席は続くのでした。