献残屋の溜息

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月22日〜03月29日

リプレイ公開日:2005年04月01日

●オープニング

 縹色の着流しに藍色の羽織、すらりとした20代半ばか後半の男性がギルドを訪れたのは、日差しに春の訪れを感じ始めた頃のことでした。
「実は、偉く困っているのですが‥‥どなたか、捜し人をするために人をお借り出来ないものでしょうかねぇ?」
 どこかほわっとした様子の男性は、ほぅと困ったのかそうでないのか、よく分からない表情をして、息を付いて頬に手を当てます。
 ギルドの人間も言われた言葉に首を傾げつつ、伺うように見ながら席を勧めて茶を出します。
「家で働いている娘さん、近くの長屋暮らしの浪人さんの娘さんで、働き者で明るくて良い子なんですよ。‥‥‥‥‥‥ええ、本当に良い子ではあるのですが‥‥」
 そこまで言って、眉を寄せて深く溜息。漸く表情には深刻そうな色が浮かんで来ます。
「あ、申し遅れました、わたくし献残屋をしております引袖屋由比右衛門‥‥ひくそでや、ゆいえもんです」
 変わった名前だという自覚でもあるのか、わかりやすく繰り返して言う男性、由比右衛門。
 献残屋とは武家を主な対象とした、献上品・贈答品・付け届けなどといったものが余ったりいらなくなったりした場合、それを買い取って売るという、いわば再利用店、平たく言ってしまえば中古屋です。多いのは、あわびのしやうに、からすみなどの珍味で日持ちのする物が多かったとか。
 由比右衛門は再び溜息混じりに続けます。
「たばこ、宜しいでしょうか? 有難うございます。えぇと‥‥そう、その娘さん、良い子なのですけれど、そそっかしくて、うっかりさんで‥‥ええ、まだ修繕もしていない品物をうっかり、売ってしまったのですね」
 小粋な煙草入れから刻み煙草を煙管に詰めてぷかっと輪を一つ作ると、深々と溜息をつく由比右衛門は、困ったように溜息をもう一つ。
「もっと悪いことに、それを売られた方‥‥その、とある御武家の奥方なのですが、この方の勘違いと嫉妬で売りに来たらしく、ご亭主が慌てて取り戻しに来られて‥‥売ってしまったという言葉に半狂乱、うちで働いてくれている娘さんもそれですっかり怖がっちゃって御店に出てきてくれなくなってしまって」
 そういうと、はぁ、と溜息をついてからギルドの人間へと目を向けます。
「なんとか、人をお借り出来ないものでしょうかねぇ?」
 どこか困ったような、笑うしかないといったような様子で、由比右衛門はギルドの人間へと問いかけるのでした。

●今回の参加者

 ea3318 阿阪 慎之介(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4870 時羅 亮(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6945 灰原 鬼流(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7798 アミー・ノーミス(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8861 リーファ・アリスン(27歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0993 サラ・ヴォルケイトス(31歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●売り子の娘さん
「2人が人形を買っていったとき、何か話してなかったか?」
 氷雨雹刃(ea7901)がそう尋ねると、思い出すように引袖屋の売り子をしている娘さんは頬に手を当てますが、少しずつ思い出した事を話します。
「ええっと‥‥そう、確か『女の子なんですから、ちゃんとお祝いして上げないと可哀相ですよ』とか言っていたと思います。たしか始めに同じ物を頂いてしまったって言う器を売りに来て、だったのですが、雛人形を一目見て、お二人とも気に入ったようで、いわくとかも聞いてなかったので、そのまま‥‥」
 娘さんの前には雛人形と買っていった人間の特徴を聞きに来た面々が居て、その所為か、娘さんは少し緊張気味。
「値段は幾らだったの?」
「はい、確か‥‥20ぐらいだったかしら‥‥」
 時羅亮(ea4870)が聞く言葉に思い出すような困ったような顔をしてそう言います。余程その後に乗り込んできた武家が怖かったのでしょう、暫く考えてからうんと頷いてさっきの値段で間違いないと言います。
 実際、それを倍の値段で買い戻すとしたら、かなり大きな痛手となります。それを考えてか、娘さんはしょんぼりとして肩を落とします。
「買っていった2人の年格好は? その2人はどんな関係に見えたんだ?」
 そう娘さんに灰原鬼流(ea6945)が尋ねると、その2人を思い出したのかどこかにこにこしながら口を開きます。
「お二人の歳は親子程は違うと思いますよ。40ぐらいの男性に二十歳行くか行かないかの綺麗なお嬢さんでしたから。でも、親子っぽくはなかったですし、凄く親密そうでしたし♪」
「では、おまえの目からは親子ではなく夫婦に見えた、という訳か?」
「はい、雛人形も、娘さんへ買っていったんじゃないかな、なんて‥‥」
 氷雨の確認に頷く娘さん。
「お店を出てから、どちらに向かったか分かりませんか? 雛人形は小さな物ではないようですし、そのまま持って行ったとは思えませんし」
直ぐにリーファ・アリスン(ea8861)が言う言葉に、そうですね、といって暫く考え込む娘さん。
「ええっと、武家屋敷が並ぶ方へ行ったのは確かなんですが‥‥そう言えば、近くの酒場のご主人の、省治さんが荷台に載せてお二人の後をついていたはずだから‥‥聞けば分かるかも知れませんね」
 そう言ってから、それぞれが捜しに出て行くのを、何度も礼を言って、娘さんは見送るのでした。

●立腹した武家
「何故この様な事をしてしまったか、ご自身はどうお思いです?」
「あの人はそれはそれはあの雛人形を大事にしていましたわ。ええ、このわたくしよりも」
 アミー・ノーミス(ea7798)の問に、未だに武士が妹の形見と偽りを言っていると、どこか妄信している妻はそうきっぱり答えます。
「ご主人は本当にたった一人の妹さんを亡くされ、雛人形を大切にしておられたそうです」
「‥‥」
「浮いた噂がなかったのは、妹さんについていてあげたから、そして、妹さんを亡くした悲しみから立ち直れなかったからだそうです」
 アミーに言われる言葉になかなか信じられない様子を見せていた奥方ですが、きつそうな性格を表したその表情にも、僅かに教戒するような色が浮かびます。
「不安は一人で抱え込まず、怖くても言葉で伝えてみれば?」
 その言葉に、奥方は僅かに唇を噛むと一筋涙を零すのでした。
「無礼なっ! そちらの手違いで売り渡していき、儂に待てだとっ! さっさと持ってこぬかっ!」
 それと同じ時刻、客間では激昂した武家の主が片膝で立ち上がり手元の湯飲みを掴んで投げつけますが、怒りのため手元が狂ったか阿阪慎之介(ea3318)に当たらず、その横を通り過ぎ、がしゃんと壁に当たり音を立てて砕けます。
 礼服に身を包み湯飲みを投げられても微動だにせず、阿阪は背筋を伸ばして見据えると、苛ついた様子の主もどこか気圧されたような、それはどこかで後ろめたさを感じるからかも知れませんが、どこか不機嫌そうに目を背けるとどっかりと座り直します。
「引袖屋は奥方が正式に売りに来た品を見、適価で買い取ったのであり、一度買い取った品を売ったことに罪はない。罪がないにも関わらず旦那の返還請求に答えるために人を雇い買い戻すために資金も用意し東奔西走している誠意ある商人である」
 それを全く理解していない訳ではないようで、忌々しそうに鼻を鳴らしつつも異論を挟めない武家。阿阪は更に続けます。
「武士は庶民の暮らしの安寧を図るのが使命。それゆえ高い身分を持ち高禄を得ることができる。にも関わらず、誠意ある商人を理不尽に苦しめるのは間違いであろう。家中の過ちを外部に転化したした点は詫びを入れ、今後懇意にすれば誠意ある引袖屋との関係は貴殿にも利となろう」
 その言葉に、いちいち正論で気に入らなかったのかもごもご口の中で不快そうに何か言うのに、すと部屋に入ってきた人影が一喝します。
「大の大人がぎゃあぎゃあ喚くなッ!!」
 そこに立っていたのは氷雨でした。
「‥‥見苦しい。人形が戻った暁には‥‥お前等も幾らか払うんだろうな? 引袖屋はな‥‥人形が見つかり次第、倍の値を付けてでも買い戻すと言ってるんだ」
 氷雨の言葉に武士がちらりと阿阪を見れば、阿阪はその通りといわんばかりに小さく頷きます。
「奴の顔に免じて‥‥少しは大人しくしてろ」
「発端は、奥方との行き違いであり、それは互いの理解の不足から来るもの。奥方が嫉妬するのも旦那を愛するが故の事、怒りは静めて、人形が戻ったあかつきには二人で愛を深めるために湯治なり、参拝なりの旅をされてはどうか」
 氷雨と阿阪に言われて、武家はただ黙り込むしかないのでした。

●買って行った人は‥‥
「人探しも大変ですねえ。小鬼退治も大変でしたが」
 そう言って、どこか暢気そうに腕を組んでぶらぶら歩いているのは神田雄司(ea6476)。神田は呑み友達とその店の主から聞いて、客の心当たりを教えて貰うと、昼になるのを待って出てきたのでした。
 少し後に神田の姿はとある長屋の井戸端会議の中にありました。そこで壮年男性から良く小遣いを貰ってお手伝いをしているという酒場を教えて貰うと話を聞きに、再びぶらぶら暢気そうに歩いていくのでした。
「いやいや、暫く忙しくてな、何度も来て頂いたようで」
 そうにこやかに言うのは壮年男性。サラ・ヴォルケイトス(eb0993)は壮年男性が留守だったため何度かで直し、漸く対面となったようです。
「その節は本当に世話になり‥‥」
 そう言って部屋へと茶を持って入ってきたのは美しい娘さん。彼女からの依頼でサラは壮年男性を調べ、後押しをし、結果結納を済ませて後は祝言となったため、2人はそれは心の籠もった持てなしをします。
「ところで‥‥近頃を献残屋から買った覚えはありませんか?」
「おお、耳が早い、わしもこれも一目で気に入ってな、ただ、しまっておかねば美名が嫁に行きそびれると、倉にしまうところだったのだが‥‥」
 世間話も一段落ついて話を切り出す更に、あっさりと認める壮年男性。その傍らに座る許嫁は不思議そうに首を傾げています。
「実は‥‥あの雛人形なんですが‥‥」
 サラが事情を話し始めると、驚いた顔で話を聞く2人。そこへ客が、と通されてきたのは亮とリーファ、それに由比右衛門を連れてきた鬼流と、屋敷の前で合流した神田でした。
「実は雛人形を、こちらの不手際ですので2倍の値で‥‥」
 そう言う由比右衛門に僅かに眉を寄せる壮年男性。それを見て鬼流が口を開きます。
「買った物返したくねぇのは分かるが‥‥逆に聞こう、もしあんたの大切なもんを誰かが無断で売ったとしよう、あんたはそれを取り戻したい、だが相手は返したく無い‥‥さてあんたはどうする?」
「‥‥あぁ、いや、そう言うわけではござらん。2倍も払わせるなどとんでもない、わしからもお願いする。あの雛人形を先方へ戻しては頂けぬか。なぁ?」
「ええ、それほど大切な物ならば当然の事にございましょう」
 壮年男性が言うのに許嫁もそう頷くのでした。

●献残屋の溜息
「わざわざ依頼を出して私たちにまで手伝ってもらってでもお客さんの要望を叶えて、しかも返却までしに来た人にこの国の上位階級はこんな仕打ちするんだ! あなた先に奥さんと話し合うべきでしょ! 感情に任せて行動するの!?」
 由比右衛門と娘さん、それについていった一行が雛人形を返しに行った先で早速先方がごね始め、どれほどの苦痛を味わったか、こんなに人形を痛めてなどと由比右衛門を詰るのを見かねたサラが割っていました。
「なんだとこの小娘っ!」
「いい加減になさいませっ!」
 手を振り上げた武士にぴしゃりと言い放つのはその奥方。
「お手数をお掛けし申し訳ありません。確かに売ったときのまま。頂いたお代はこちらに包んでおります」
 そう言って袱紗で包まれた代金を由比右衛門へと返す奥方を睨み付ける武士ですが、『私がお売りしたために起きた事、申し訳なく思います』と由比右衛門へと頭を下げると、なおも言い募ろうとする武士を『見苦しい』と一蹴。
「本当は、やっぱり物は使ってこそ生きる物だから、物まで死なせてしまわなくてもいいと思うんだけどね」
 死なせる、という言葉にびくっと小さく反応する武士ですが、そこまで思い切れるようでもなく、その言葉に奥方は小さく頭を下げます。
「‥‥この人にはまだ時間が必要のよう‥‥此度の事も含め、ようく話し合おうと思います」
 そう言って非礼を詫びて一行を送り出す奥方。
「本当に助かりました。皆様、有難うございます」
 そう言って、屋敷を出てからほっと息を付いて頭を下げる由比右衛門。
「本当にごめんなさい、次はきっと気をつけますっ」
 そう言う娘さんに、その言葉は既にすっかり聞き慣れてしまっていた言葉のようで、引袖屋は苦笑混じりに溜息を一つ吐くのでした。