●リプレイ本文
●落ち着かない青年
「‥‥拐かし? ほう‥‥」
そう言うと顎に手を当てて何やら考え込む氷雨雹刃(ea7901)。
「ほ、ほうって‥‥」
「まあ待て‥‥とりあえずだ。とりあえず落ち着け。調べはこちらでしっかりつける。お前は此処でじっとしてろ。いいか? 勝手に動いたりするなよ? オイ‥‥聞いてるのか? いいな?」
氷雨の様子に慌てる青年ですが、ぴしゃりと言われて屋敷で待つことを約束させられます。
「連れ去られたっていう甥子の名前は?」
そわそわと落ち着かなげに立ったり座ったりを繰り返している青年に、そう問いかけたのは日向大輝(ea3597)。大輝は続けて聞き募ります。
「ギルドで言った以外に特徴があったらそれ、あと背格好。背は‥‥俺より大きいよな、やっぱ‥‥」
「あ、ああ、君より少し高くて‥‥名はアーネストという」
「恨みとか、金銭要求とかは?」
「‥‥恨みは多分無いと‥‥金銭要求も今のところない」
大輝にそう答えつつもそわそわとしているのに、リュー・スノウ(ea7242)も宥めるように口を開きます。
「御自身で足を運びたい気持ちもお有りでしょうが、今暫く心に留めおいて下さいませ」
「あ、ああ‥‥」
「ぶらこん同士、其処はよしなに‥‥先走られる事の無い様留めて下さいませね、旦那様?」
そう言ってリューは共にやってきた渡部不知火へと青年を託し、同じく助太刀でやって来た天津蒼穹も青年へと行方の知れない甥御さんのことなどを聞きながら、屋敷に留まるように諭すのでした。
●怒った娘さん
「うう〜ん、お医者さんすか? 異国のお医者さんというと白い人なら結構有名な気がするっす」
それは明らかに違う意味で有名だろう、知っている人間が聞いたらそう言いたくなるようなことを口にしながら茶屋の縁台に腰を下ろしてほわ〜っとのんびりしているのは太丹(eb0334)。
その側で川沿いの草に何やら話しかけているのはお手伝いをしに太の手伝いをしに来ていたハロウ・ウィンで、直ぐに太の所へと近寄って話しかけます。
「どうやら、本当に倒れている人を通りかかって担いで行ったようだね」
「そうっすかぁ‥‥あ、お姉さん、お茶一杯にお団子十本、お願いっす」
強制的に連れて行かれた様子が無いのを確認してそう告げるハロウに頷くも、更に追加でお団子を頼む太は、その縁台の隅に既に何枚かお皿を重ねています。
直ぐにお茶十段を運んでくるお店の娘さんは、太の頼んだお団子の数などから、おまけですよ、とハロウにもお茶を振る舞います。
「江戸も異国の人がいっぱいっすね。この辺にも異国の人がいるっすか? え、自分? ああ、自分も華国人、ジャパンの人からしたら異国の人っすね〜。あ、お団子もう十本お願いするっす」
「近頃は異国のお客様は増えてきたとは言え、やはりちょっと見えだちますよね。あ、はい、ただいま♪」
さくっと団子を食べ終える太に、直ぐにお団子を運んで来る娘さん。
「最近ではこの辺を良く通るお医者様とかでも、異国の方もいらっしゃいますよ」
「名前とかって分かるっすか?」
「確かラースさん、だったと思いますよ、金髪で評判が良いとは聞いてますけど‥‥」
そう言って思い出すように言う娘さん。この後、どれぐらいお団子のお皿が積み重なったかはあえて考えない方が良いでしょう。
「本物の誘拐だった事を考えるなら茶店の娘さんの警護もしておきたいですが‥‥一応、殊更に人攫いうんぬんの話をしないようにお願い出来ませんか?」
『本日団子売り切れ』と、団子と書かれた札の下に貼り付けられた茶店やって来たミィナ・コヅツミ(ea9128)は、少年を抱えて歩き去ったのを見ていたという娘さんを呼んで貰ってそうお願いをしていたのですが‥‥。
「失礼じゃないですかっ!? 私、見かけなかったかと聞かれたのでそう答えただけで、その様子を言いふらしたわけでもありませんし、まるであたしが悪評を広めているみたいじゃないですかっ!」
娘さんの怒りは相当なものです。言い方が悪かっただけなのでしょうが、青年に聞かれて答えただけにも関わらず話が広がっていたことで、責められていると感じてしまったよう。
娘さんは怒って店の奥に入ってしまい、その日は部屋から出て来ないのでした。
●異国の医者
医療局の勧誘をする為にリサーチと称して聞き込んだカイ・ローンと、偏見だと知っていても慣れた者の方が落ち着くという理由で異国人の医者を聞いていたバルバロッサ・シュタインベルグの情報は、仲間に体調が悪い奴がいるんだが外国の奴で、人見知りするんだ、と言って聞き込んでいた桐沢相馬(ea5171)の情報とほぼ一致しました。
医者の名はラース・フィラーと言い異国から流れてきた者で、長屋に住み始めてからお金がないという近所の者の病気や怪我などを見てやって治療したりしているらしく、慕われているそうです。
「先日、此方のお屋敷へ届け物を頼んだのですが、うっかりして荷物を落として探し回っていたそうなのです」
依頼人の屋敷の周りで留守にしている間に人がいなかったかを聞き込んでいる最中、怪しまれないようにとそう言って誤魔化していたのは嵯峨野夕紀(ea2724)。
「あぁ、たしか、どっかの若いのがうろうろとしたり、玄関先で待ってたりってしてたけど、その日は返ってこなかったからって感じで、困ったようにとぼとぼ帰って行ってたねぇ‥‥もしかして、その荷物を無くしたって言うの、伝えるために待ってたのかねぇ、あの兄さんは?」
「どんな様子の方でした?」
「どこかの大工か何かの見習いらしくて‥‥うん、あっちの方に帰っていったけど」
人の良さそうな近隣のおばさんに話を聞いて、依頼人が屋敷を留守にしている間に誰かがうろうろしていて、やはり異国の医者がいるという長屋の方へと去っていった様子なのでした。
●誤解
一行が聞き込みで分かった長屋へと尋ねていくと、長屋の人達も訝しげに見ますが直ぐに異国人の長屋を教えてくれ、声をかけて貰うと直ぐに金髪で長身の男性が戸を開けて一行を迎え入れます。
「わざわざこんな片隅にあるような所まで‥‥さ、どうぞお入りを。少々奥に病人が寝ております故、たいしたおもてなしも出来ませんが‥‥」
そう言って一同を迎え入れて、ちょっとした診療所のようになっている部屋へと通すと、長屋の人間から野菜や卵を受け取る異国の医者、ラース。
「済みません、この子を此方で保護されてはおりませんか?」
そう言ってラースに少年の似顔絵を見せて確認するリュー。
「小僧‥‥迎えだ。お前の伯父貴が心配してる。戻って来い」
大輝がじっとラースの人柄を見極めようと見ていると、病人が、と言われる言葉に氷雨が少し声を大きくして奥へと声をかけます。
「おや? ‥‥もしかして、小吉さんに任せた伝言を受け取られてお迎えに?」
氷雨の言葉にそう聞きながら奥の襖を開けると、そこでぼうっと赤い顔で微かに目を開けたまま布団に横たわっている銀髪の少年が。
「う〜ん、でも溺愛っぷりからすると女の子、だったりしてとは思ったっすけど‥‥」
そう太が言う通り、少女と言っても通じそうなその少年は、ラースに手を借りて何とか身体を起こすと、ぼんやりとした様子で不思議そうに小さく首を傾げます。
「大丈夫かね? お迎えが来たらしいんだが、戻れるかね?」
「んみゅ‥‥大丈夫、なのです‥‥」
「あの、良かったらこれ食べさせて上げて下さい」
身体のことを心配していたミィナが持ってきていた消化の良さそうなものを受け取ると、礼を言って食べさせるラースに、氷雨は声をかけます。
「で‥‥お前さんはどうする? 一緒に来て‥‥話をつけるか?」
「‥‥? 話をつけるとは‥‥?」
氷雨に聞かれてもぴんと来ない様子のラースに、氷雨は小さく息を付いて言葉をを続けます。
「いや、実はな‥‥疑われてるんだ‥‥お前さんは」
「疑われている、ですか?」
「ああ、大事な甥を拐かしたと‥‥コイツの伯父貴にな」
少年へと目を移しながら言う氷雨の言葉に、嘘でしょうとばかりに一行を見るラースですが、ぐるっと見渡しそれぞれがそれを真実だと伝えているのに、呆然とするのでした。
●無事に帰宅
その数刻後、何故か人助けをしたはずのラースが助けた相手の伯父に怒られるという不思議な光景が、先程から続いていました。
「全く持って申し訳ない‥‥そそっかしいが信頼出来る男に伝言を頼んだのですが‥‥」
詳しく聞けば、アーネストは依頼人の屋敷の場所を朦朧としている様子で言ったものの、家の名を言う前にまたすぐに寝込んでしまったため、確認しようと待ち構えていたらしいのです。ただ小吉も勿論自分の仕事もありますのでそれにかかり切りになれるわけもなく、ラースも看病で手一杯となり連絡が遅れてしまっていたとか。
「身内がどれだけ心配していると思って‥‥」
「それぐらいで宜しいのでは?」
更に言い募ろうとする様子を見かねたリューが割って入ります。誤解を解くため直接逢うよう勧めただけに余計に心苦しかったのかも知れません。
「しかしっ!」
「おい‥‥これ以上何が不満だ? ‥‥それともなにか? 冷たくなって帰って来た方が良かったか? アイツが‥‥」
そう言ってちらりと隣の間への襖に目を向けてから再び目を戻してぎろりと睨む氷雨。
隣の部屋ではラースの看病の甲斐あって、快方に向かってるアーネストが休んでいます。
「生きていたんだ‥‥十分だろうが? それだけでも有難く思え‥‥」
言い捨て立ち去る氷雨を見送る依頼人は、ちらりとラースを見ると、ラースも困ったように笑いながら小さく頷きます。
「確かに至らなかったと思います。申し訳ありません」
その言葉に困ったように項垂れる依頼人。やがて気が急いたため申し訳なかったと言い、甥を助けてくれた礼を言って深々と頭を下げるのでした。