●リプレイ本文
●準備
「少年が来れば嬉しいのですが、多分来ないです」
残念そうに大宗院亞莉子(ea8484)に言うのは甲賀銀子(eb1804)。
「やっぱりお茶会にぃ、子供はこないよねぇん。それにしてもぉ、よく考えるとぉ、お淑やかにって得意じゃないってカンジィ」
そう返す亞莉子はどうやら銀子とは顔見知りのようで、そんな風に話ながら、お茶会の準備をしている先生に沢山お菓子を頼んだりしています。
「おお、先生とご隠居は休んでてくれぃ♪ これは『依頼』なんだからな」
そう言って縁台を運んでいる嵐山虎彦(ea3269)が先生へと声をかけ通りかかると、その後ろを毛氈を抱えて高槻笙(ea2751)が歩いてきます。
「これは見事な桜ですね‥‥」
庭に出て桜を見上げ感心したように声を漏らす高槻。それは八重桜で、葉をつけたままに幾重にも重なった花びらが鮮やかな桃色に色付いています。
「お招き頂き有難うございます。せめてものお礼に準備と後片付けもお手伝いさせて下さい」
暫し見上げていた高槻は顔を戻すと先生へと言い、先生も宜しくお願い致します、と頭を下げるのでした。
「それじゃあ、私はぁ、衣装を用意するってカンジィ?」
亞莉子はそう言うと、先生の所にある衣装や自身の持っている礼装の確認をしに行き、先程まで共に話していた銀子はお茶の先生から預かったお金を持ってお茶菓子を追加で買いに行きます。
倉から木箱を取り出して、手伝いに来た天螺月律吏と共に屋敷へと運び込んでいるのは白河千里(ea0012)。
高価な物が多いように見受けられ、2人は気を落ち着けて運び込むと、屋敷の一室で受け取り箱を開け、丁寧に洗い清めるのは高川恵(ea0691)です。
丁寧に荒い拭うと用意されている大きい盆に並べていくと、中には可愛らしい図柄の物から、落ち着いた色合いの物などさまざまあり、それを見るのも楽しいもので、恵は小さく口元へと笑みを浮かべます。
「お茶席だというのに、酒が飲みたいなどという者がいてね〜。どこか端っこのほうを使わせてもらえないかね〜」
一通り準備を終え、久凪薙耶の作った食事を食べつつ尋ねるトマス・ウェスト(ea8714)。その言葉に先生は軽く考える仕草をします。
「お酒を飲まれるとなると、そうですね‥‥こちら側で宜しいですか?」
やはり見事に咲いている桜の下辺りを示してそう聞く先生にドクターはそこでよいと答え、そこにも席が用意されていきます。
「こう見えても体力にはそこそこ自信あるから、思い切りこき使っちゃって良いわよ。ただ、お茶の知識はないから実際は雑用ぐらいしか出来ないと思うけどね」
そう僅かに胸を寄せて挨拶を終えた後、先生に言うのは東雲魅憑(eb2011)。魅憑は色っぽい仕草でお茶の先生に言うのですが、先生はと言うと穏やかに笑いながらそれだけでも十分感謝しておりますよ、と笑います。
「いっそ、お茶の先生に手取り腰取り教えて頂こうかしら?」
「ははは、老体には少々骨の折れる仕事ですねぇ」
ちらりと流し目をする魅憑の言葉も、この辺は長い人生経験の先生、柔らかく微笑んで話を流すのでした。
手伝いと各々の家から来ている者が帰る前に、白河は律吏と共に桜湯を頂き少々のんびりしてから、気を付けて帰るようにと言って律吏を帰すと、なかなか一緒にいられない、と苦笑混じりに桜を見上げるのでした。
●お茶会初日〜二日目
「そうですか、お宮参りの時のご隠居とは‥‥」
「申し訳ないのぅ‥‥そのお孫さんの名前は?」
「凛太君です」
少し残念そうにご隠居と話すのは高槻。孫の名前を聞かれてそう答えた高槻に少し考える様子のご隠居ですが、十二単でつと頭を下げて案内する恵に案内されて奥へと入っていきます。
恵の十二単は『やっぱりぃ、形って大事ってカンジィ』とその口調似合わず手早く亞莉子が着付けていた物で、恵が姿を表すとぱっと場の雰囲気が華やぎます。
茶室では恵がクリエイトウォーターで作った水を沸かしてお茶を点てていた先生が顔を上げます。
既にお客が何組か入れ替わりでやって来ていますが、皆桜を見上げてはほうと溜息をついてお茶を楽しんでいる様子。
「これは‥‥何とも春らしい陽気の中で、清しく良いですな」
そう言って目に留めるのは大振りの皿に載せられた氷漬けの桜の花びら。恵が水瓶に桜の花びらを入れ、水を作り出して入れて軽くかき混ぜ、それをクーリングで凍られていた物で、氷の中を舞う花びらが何とも言えない幻想的な絵を作り上げています。
高槻が客へと出す茶菓子にはそっと桜の花が添えられていて、その心をほんわかとさせるような心遣いが何とも素敵な贈り物でした。
「おう、ドクター。お前さんジャパンの文化にでも興味があるのか?」
「風流なことは結構好きだと思うが‥‥」
嵐山の問いかけにそう答えるドクターですが、お茶を口にしてから僅かに眉を寄せます。
「この苦いお茶はちょっと苦手でね〜」
そう言いながらもけひゃひゃと笑うドクター。
「へぇ、ドクターはどんなのが好みなんだ?」
「エゲレスではよく『紅茶』を飲んでいたものだが、それとは違う味わいがジャパ〜ンはあっていいね〜」
そう言って方と見上げれば一面広がる青空と薄紅が鮮やかな桜。どうやらこの天気は暫く続きそうです。
2日目、白河と高槻がお茶の先生と弟子の青年に教わりつつ茶の点て方を習い覚えているときでした。受付をしていた弟子が高槻を呼ぶのに首を傾げてそちらへと行くと、見覚えのある品の良い商家のご隠居と若い女性が居ます。
「いつぞやは‥‥」
「あ、お久し振りです」
そう答える高槻は、女性が抱いている赤ん坊へと目を向けます。首もしっかりと据わりきゃっきゃと笑い声を上げる凛太は高槻のことは分からないのでしょうが、嬉しそうに笑って手を伸ばします。
「思っていた通り‥‥この桜のように健やかに育って‥‥」
母親に薦められてだっこをするとずっしりと重いのですが、高槻は思わずそう言って言葉を途切れさせ凛太に笑いかけるのでした。
「少年と言うには若すぎるわねぇ‥‥」
そう銀子が残念そうに呟いたとか。
余興で占いをしてお客を楽しませていた魅憑ですが、ちょっぴり不服そう。
「本来は鞭でこう、背中をピシーッとやってその痕で占うんだけど、今回は穏便に水晶占いかな。お爺ちゃんにはちょっと刺激が強すぎると思うしね」
それはきっと老人でなくとも刺激が強いと思うのですが、魅憑にとっては些細なことなのかも知れません。
「なぁなぁ、先生。その茶器はお気に入りなのか?」
嵐山の言葉に、黒くどっしりとした構えの茶碗を手に先生は笑って頷きます。
「はい、素敵なお嬢さんからの贈り物ですよ」
その言葉に嵐山もその茶碗が誰から送られた物かを思い出すと、なるほど、と笑って頷くのでした。
●お茶会三日目
3日目は尋ねてくるお客も昼過ぎには全て終わり、一同は寛いだ時間を過ごしていました。気が付けば桜の下でお酒や菓子、それに料理が並べられて和やかな会食になっています。
「先生、頼まれていたお酒持ってき‥‥うわっ!?」
どこぞの丁稚がお酒を運んで来たのですが、少年に飢えかけた銀子に捕まってじたじた。でも、お菓子を貰うと少し突っ張りつつもついつい長居してしまう少年。
「亞莉子ちゃん可愛い〜‥‥あら、旦那さんがいるの? ごめんなさいね☆」
和服に簪をつけた亞莉子をめざとく見つけて抱き付く魅憑ですが、夫があると聞きちょっと残念そう。その後弟子の青年を掴まえて色っぽく酌などをしてどぎまぎさせていたようです。
一角では気が付けば茶室で二人羽織の対抗戦が始まりました。
どこか心配そうな表情の高槻と、羽織を被って背中から手を回しているのは白河。もう一方は嵐山と、おんぶ状態でひっついているドクター。じたじたと手を伸ばしていますが料理を手に取るのは大変そう。
始まって直ぐに、早さに差がつき始めます。素手で掴んで容赦なくここだろうと思える辺りに大福を押し込んでいくドクターと、摘んでこの辺りかなぁ、と暑さでだれながらやっている白河では早さが違います。
「我が輩の手は食べないでくれたまえよ〜」
しかし、その声が聞こえていないかのよう。座っている人間はというと、そろそろ飲み込めずに顔色を変えている嵐山と、何とか食べてはいるもの顔が粉や餡がくっついて目を白黒させている高槻。
早さはドクター・嵐山が圧勝ですが、大福を口いっぱいに詰め込んで青い顔をして轟沈してしまった嵐山が勝利したかと言えば微妙。ある意味ドクターの一人勝ちかも知れません。
顔を拭ってよたよたとお茶の先生の元へと戻った高槻は、一服先生に点てさせて貰えないだろうかと言い、それに驚いたような、嬉しそうな表情を浮かべる先生。
ドクターが昨日の家に用意しておいたカステラという西洋菓子が更に切り分けられ配られ、その間に高槻は手順を思い出しながら一生懸命にお茶を点てます。
暫くして一同に振る舞った高槻のお茶は、少し苦いかも知れませんし、底に微かに御抹茶が玉になって残ってしまったようですが、なんだかとても美味しいような、そんな不思議な感じを覚えます。
「結構なお点前でした‥‥美味しかったですよ」
「いえ、そんな‥‥」
まだ未熟であることを感じる高槻ですが、お茶の先生は微笑みながら言います。
「技術はまだ拙いかも知れませんが、お茶は心で点て心で飲むものです。私は美味しいと思いましたよ」
先生の言葉に高槻が何を思ったかは分かりませんが、きっとその言葉の暖かさは伝わった事でしょう。
●後片づけ
各々が片づけを手伝う中、沢山買って日持ちのする残ったお菓子などはそれぞれに配られました。
「このお菓子おいしいからぁ、帰って透と一緒にたべよぉ」
ちょっぴり微笑ましい光景を見せながら、桜の下でのお茶席は幕を閉じるのでした。