●リプレイ本文
●武家屋敷と庭師
「しずと言う名に心当たりはないかしら?」
シュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)が尋ねると、近所の人間は窺うように見ます。
「私たちは屋敷に手紙を届けに来た方に頼まれて、宛名のしずという方を捜しているのですわ」
潤美夏(ea8214)の言葉に納得がいったのか、おばさんは申し訳なさそうな表情を浮かべシュテファーニと美夏を見て口を開きます。
「ごめんよ、あそこの旦那さんがいなくなった後、嫌な感じの奴らがいたもんだからつい‥‥しず様は確かにあそこのお屋敷の奥様で、ご夫婦揃って本当に良い方だったんだけどねぇ‥‥」
しみじみそう言うおばさん。行き先を知っている人間は元々働いていた人ぐらいで苦労しながらも手仕事をして暮らしているそうだよと教えてくれます。
「あの屋敷に訪れるのは‥‥そうだな、植木屋の参次と、あの屋敷で夫婦の世話をしてたばーさんが様子を見にかな」
「良かったら、そのばあさんとやらが住んでいるところを教えてくれないか?」
近所を聞いてまわっていた御神村茉織(ea4653)が屋敷への出入りを聞いているとそう教えてくれる職人風の男が。男に聞いてみると少し考えた素振りを見せてから直ぐに口を開きます。
「‥‥あぁ、確か参拝道の側にあるぼろ家に今は住んでるんじゃなかったかな。何とか金を作って食べ物を手に入れてはどこかに持って行っているようだが‥‥」
「では、そのばあさんに聞きゃあ知っているかも知れないってことかい?」
御神村の言葉に頷く男。礼を言ってその場を離れ、聞いた老婆のぼろ家へ足を向けるのでした。
「ふぅん、がらの悪そう人達がいられないようにしちゃったんた」
アウレリア・リュジィス(eb0573)が竪琴を手に歌を歌うと、珍しさも手伝って集まってきた近所の人達。ごろつき浪人達に脅されそれでも突っぱねていたようなのですが、使用人の一人が怪我をさせられる事態が起き、奥方は使用人達のためにも身に覚えのない借金を払うことを仕方なしに同意したとのこと。
奥方に会うには屋敷へ来る庭師に聞くのが早いだろうと近所の人達は口々に言うのでした。
「ふぅん‥‥随分庭だけ手入れされてるじゃないか」
その荒れ果てた門をくぐって屋敷内へと入ってきた来須玄之丞(eb1241)は、庭をぐるっと眺めて呟くようにそう言います。
屋敷自体は荒れ果て、人のいない建物がいかに脆いかを感じさせるのですが、それに反し庭は手入れが行き届き、庭の緑は萌え花は咲き誇っています。
「つまり手入れをしている人間がいるという事ですわね」
少し考えるような仕草をしながら言う美夏。
「行方を知りそうなのは、庭のお手入をたまにしに来る方ですわね」
「つまり待っていると会えるって事?」
美夏に軽く首を傾げて聞くのはレーラ・ガブリエーレ(ea6982)。暫く待つとやがて一人の男が屋敷の門を潜り入ると、3人に気が付きぎょっとしたように立ち竦みます。
「な、なんでぃあんたら‥‥」
「あ、きっとこの屋敷の丁稚さんじゃん♪」
「丁稚じゃねぇ、庭師だっ!」
レーラの言葉に反応する庭師に、玄之丞は事情を話すために歩み寄るのでした。
●奥方の身の上
「確かに‥‥旦那様の字ですわ‥‥」
受け取った手紙を読みつと涙を零すのは、すっかり痩せ窶れてはいますが、品を感じさせる美しい女性。
貧しい者達が集まる長屋の一角、一間しかない部屋で質素な着物に身を包み尋ねてきた一行に茶を出す奥方。
「‥‥帰れぬ、連絡さえ取れぬ事情‥‥其れを差し引いても、未だ御主人を信じ想う気持ちはお有りでしょうか?」
リュー・スノウ(ea7242)の言葉に顔を上げる奥方は迷う様子もなく頷きます。
「旦那様が生きておられた、それに優る喜びはありません。便りがなかったとしても、わたくしは旦那様を信じておりますゆえ‥‥」
「さっきこの辺りをうろついていた連中は旦那の友人とやらの‥‥?」
「ああ、奴らぁホントろくでもねぇ‥‥奥様の回りにまとわりついてっ」
老婆が奥方へ差し入れを運ぶのについてやって来た御神村はちらりと奥方を見ながら問うと、屋敷にいた一行を連れてきた庭師の参次が吐き捨てるように言います。
それを聞いてから玄之丞はじっと奥方を見てから口を開きます。
「おしずさん、あんたはどうしたい? 事の真相知りたいなら‥‥あたしら雇うかい?」
驚いたように顔を向けるしずは、玄之丞の口元に浮かぶ笑みに微かに笑むとつと一行へと手をついて頭を下げます。
「なにとぞ、お願い申し上げます」
「どうもその友人ってのがきな臭くある、借金の話も眉唾。借金の証文はあんのかい?」
それには首を振るしず。ごろつきを捕まえて、と言って表へと出て行く御神村。
外から聞こえてくる短い悲鳴に一行は立ち上がり、レーラとケイン・クロード(eb0062)を残して出て行きます。
「ご主人が戻るときのため‥‥もう少しの辛抱ですわ」
奥方と参次に美夏がそう声をかけると、戸口のところで振り返って参次へと庭の手入れの行き届いた様を褒めてから出て行きます。
「今まで酷い生活だったでしょうからね」
そう言い水場に立つケイン。奥方は長屋の子供達の手習いを見、その代わりに食べ物や、本当に僅かのお金を手に入れて日々を凌いでいたそうで、それでも夫の衣服と刀、そして僅かな思い出の物を手元へと残して暮らしていたそう。水仕事は少しずつ出来るようになってはいたものの、ケインの料理の腕には及ばず、ちゃっかりご相伴にあずかるレーラと3人で囲む食事を、そして一人でない事柄も噛みしめるようにしています。
「ん、手紙にはどんなことが書いてあったの? ‥‥いやいや、手紙の内容を聞くのは騎士に相応しくないじゃん」
「いいえ、大丈夫ですよ。生きていること、『江戸に戻るだけの物を用意するのにまだ時間はかかるが、必ず戻る』と‥‥」
奥方に思わずケインも目を細めて手紙の内容に笑みを浮かべますが、直ぐに聞こえる裏口の物音に日本刀を手に立ち上がります。
裏口から乗り込んでくる男が2人。ケインの繰り出す素早い一撃を見切れずに倒れる男と、逃走を図るもう一人の男ですが、直ぐに打ち込まれるソニックブームに倒れ込み、その手からは僅かに残されていた金になりそうな小太刀を掠め取ろうとしていたことに気が付きます。
「ここで死ぬか、全てを話して暫く牢屋に居るか‥‥私はどちらでも構わないんだけどね♪」
突きつけられる刀と笑みを消さずにそうあっさりというケインに顔色を変えるごろつき。奥方が借金返済を迫るも今までお金を用意してかわしてきたため、返せなくなるように金目の物を完全にこの家から奪い取るよう友人に指示されていたことを吐くと、レーラが呼んできた役人にしょっ引かれるのでした。
●その友人
御神村が屋敷を探り納戸の長持ちの中からあちこちに斬りつけられ血らしき黒い染みが付いた衣服と刀を見つけたのは長屋が襲われたのとほぼ同じ頃でした。
奥方から聞いた当日の出で立ち。こういう物は処分するのが難しいからしまっておいたのかも知れません。
御神村はシュテファーニが友人の悪事を聞いた範囲で歌にして歌い注意を引いている為か、思いのほか容易く進入出来たよう。
正面から堂々と乗り込んでいるのは玄之丞と美夏、それにアウレリア。
「尋ねてきた覚えはないがな」
「‥‥あたしはあちらの当主にあってこちらへと尋ねてきたんだがね」
ぎろりと睨み付ける友人。近所の噂ではこの屋敷の家人や出入りしているごろつきに因縁をつけられて怪我をさせられた町人は多数、大体は後の報復を恐れて泣き寝入りです。
「そうですわね、人に言いがかりをつけて斬りつけ怪我をさせた御家人も、当然記憶有るように思えませんわね、覚えられるように見受けれませんもの」
美夏の言葉にぎっと睨み付ける友人ですが、家人がシュテファーニとの追いかけっこで出払っているため、もごもごと後で覚えていろと呟く友人。あくまでいなくなった旦那の事は意地でも認めない様子。
席を立つ3人ですが、部屋の入口で立ち止まりイリュージョンを唱えるアウレリア。
「ひっ、ひいぃっ!」
奇声を発して部屋の中を這って逃げる友人を見届けて屋敷を後にする一行。
長屋へと戻りレーラとケインに話を聞くと、どうやら役人達はごろつき達の話から友人をしょっ引けるように厳しく取り調べをするという事になったよう、友人宅で見つかった衣服なども証拠となることでしょう。
●旅立ち
「離れて想うより、近くがいいだろ?」
玄之丞の言葉に頬を染めて頷く奥方。旅装束に身を包み、屋敷を参次と老婆に任せ、大切にとって置いた物を幾つか処分しお金を用意したよう、船は依頼人が手配しました。
「大した額じゃありませんが、色々と物入りでしょうから」
ケインが包みを強引に渡すようにし、その中にケインの全財産が入っているのに慌てて断ろうとする奥方ですが笑いながら『大切な人と幸せになってもらいたいから‥‥それだけですよ』と言うケインに涙を零して何度も礼を言い、せめてと小太刀をケインに渡す奥方。
「二人無事再会出来たら取材させてね! それでチャラにするよー」
同じくお金を渡すアウレリア。シュテファーニとケインから受け取った御札を大切にしまい、リューと目が合うと微笑む奥方。
「件の男性に港で出逢えるとは限りませんが、書簡の行方を気にし周辺におられる可能性も有るかと」
「本当に何から何まで‥‥」
「出逢う為に‥‥その想いは何れ実を結びましょう」
リューの言葉に深く頭を下げる奥方。
奥方は船に乗る前に振り返ると再び深く頭を下げ依頼人と並んで乗り込んで行きます。
「さて、これで帰国はまた遠退いたけど‥‥私の大切な人はいつまで信じて待ち続けてくれるかな?」
遠ざかる船を見送りながら、ケインは呟くようにそう言うのでした。