●リプレイ本文
●お久し振りと初めまして
一行が兄弟の屋敷へと向かうと、入れ替わりでそそくさと立ち去る使用人達と擦れ違い、玄関のところでなんだかしょぼんとした様子でしゃがんでいる幸満と、弘満の兄弟が見えます。
「弘満殿に幸満殿、お久しぶり、元気にしてたか?」
そんな兄弟に菊川響(ea0639)が声をかけると顔を上げた2人の表情にぱっと笑みが浮かびます。
「二人のお祝いってことで来たけど、家の厄払いなら父上殿や兄上殿の為にもなるし、一緒にがんばろう♪」
「はい、宜しくお願いします」
嬉しそうに笑って言う弘満に、同じくにこにこしつつこっくりと頷く幸満。
「幸満、随分お兄ちゃんになったな」
「うん、僕、よいこにしてたんだよ♪」
貴藤緋狩(ea2319)がそう言って頭を撫で回すと、幸満は前に会った時の事を思い出してか嬉しそうに貴藤の着物の裾を掴んでにこにこと見上げます。
「わざわざ皆様有難うございます」
ぺこりと一同に頭を下げてから幸満に顔を向ける弘満。
「幸、初めての人には、ちゃんとご挨拶、出来るよね?」
「うんっ。‥‥えっと、は、はじめまして‥‥」
弘満に促されて貴藤の着物の裾を掴んだままおずおずと初めて会う人達に頭を下げて真っ赤になる幸満に、屈んで目線を会わせてご挨拶となるのは松浦誉(ea5908)。
「私は松浦誉と申します。宜しくお願いしますね。おじさんにも郷に幸満君と同じくらいの息子がいるんですよ」
「僕いつつ。僕とおなじぐらい?」
くいと首を傾げる幸満にうんうんと頷きながら頭を撫でる松浦。
「家の息子の方が幸満君より少し上ですが、娘よりはお兄さんですね」
「弘満殿に幸満殿。本日はよろしくな。ところで、出かける前に一つ聞いておきたいのだが、良いかな?」
「なんでしょうか?」
えへへと笑う幸満にしみじみとした様子で撫でる松浦。そこに歩み寄って天螺月律吏(ea0085)が問いかけると、弘満が首を傾げつつ口を開きます。
「お二人の父上はどちらにお勤めでらっしゃるのだろうか?」
言葉に困ったように小さく俯いてからちらりと貴藤にだっこをされて冴刃歌響(ea6872)とも真っ赤になりつつご挨拶をしている幸満へと目を向けると、弘満は困ったように律吏とその隣に立つ白河千里(ea0012)へと目を戻します。
「その、父上は北の方に馬で何日かかかるところ、としか‥‥上の兄は今上方ですし、次兄は難しいお役目故、戻れなく‥‥」
この日にいられない家族を庇うかのように言う弘満に、白河と律吏は目を見合わせるのでした。
●お弁当造り
「折角風も気持ち良く天気の良い時期ですから、外へ出掛けましょう」
冴刃はそう言うと他の面々も同じ事を考えていたのか頷いて笑います。
「良い考えですね」
庭で弘満の稽古を見ていた山本建一(ea3891)がそう言うと、稽古の手を休めて弘満も嬉しそうに頷きます。
「皆でお弁当を作りたいと思うのですが弘満君、幸満君も手伝って貰えますか?」
「うんっ♪」
始めは恥ずかしそうにしていた幸満も、子供は可愛がってくれる人は分かるもの、直ぐに松浦や冴刃に懐いたようで、お手伝いと聞いて嬉しそうに頷きます。
「卵焼きは甘い味付けで。これだけは譲れないぞ♪」
早速準備にかかると白河はこだわりがあるのかそう言い、律吏は一瞬どこか遠くを見てから口を開きます。
「‥‥ふっ、唯一の女がこんなんで申し訳ないな。私は台所に近付かぬのが皆への優しさになるらしい」
「‥‥皆への優しさ、ですか?」
不思議そうに首を傾げる弘満ですが、律吏を良く知る者達はその意味を、身をもって知っているのか頷いたりしているのでした。
「ちょっとした怪我は勉強の内ですが‥‥」
そう言いながらお弁当造りで弘満と幸満に作業を教えているのは冴刃。その横でははらはらした様子で並んで野菜を切る松浦。
「歌響さんが教えて下さる通りにすれば大丈――これは悪い見本ですからっ」
「刃物もあるので派手に怪我しないよう気を付けて‥‥って誉さん、何で貴方が怪我してるんですかっ」
「いたい?」
「‥‥二人が気になって、つい」
慌てる兄弟にこの前あれほど、と言いつつ手当をする冴刃に、照れ笑いの松浦は、心配そうに覗き込んで聞く幸満の頭を撫でると苦笑混じりに呟きました。
「正直料理の腕に自信がないので、他は皆に任せた。しかし握り飯も、異様にでかくて真ん丸くなるんだよな‥‥三角に結ぶのってどうやるんだ?」
「あ、握り飯なら得意です、幸のおやつに時々作りますので」
握り飯を用意していた貴藤は、手鞠程になりかけるその塊に首を捻ると、弘満がこう、ときゅっきゅっと小振りの握り飯をゆっくりと目の前で握り、貴藤も見よう見まねできゅっきゅっと握っていきます。
程なく、大振り小振りの握り飯がお重の一つに並んで納められると貴藤と弘満は顔を合わせてにっと笑い合うのでした。
「これはここに詰めて、こっちはこう。で‥‥これはっと‥‥」
楽しそうに出来上がって運ばれるおかずをお重に詰めているのは白河。白河は卵焼きの一つを箸で半分にするとひょいっと自分の口に入れてもぐもぐ。ほんのり甘くほこほこの卵焼きが口の中に広がるのに目を細めると、煮付けをお盆に載せてゆっくりと持ってきた幸満がそれに気が付いてとてとてと近付いてきます。
「あーっ、たまご‥‥むぐむぐ‥‥」
白河がひょいと半分に切った残りを箸で口にひょいと放り込むと、思わずむぐむぐと食べてにこぉっと笑う幸満。
「これで幸満も共犯だ、だから秘密だぞ?」
悪戯っぽく笑って言う白河に頷くと幸満はとてとてと戻っていきますが‥‥。
『いっしょにたべたの、だけどひみつなの♪』
水場の方で嬉しそうに松浦と冴刃に報告する幸満の声が聞こえてくるのでした。
●薬草を摘みに
「え〜っと今回採集するのが端午の節句に関係深いヨモギと菖蒲だね」
そう言いながら愛馬の早風に幸満を乗っけるのは風御凪(ea3546)。馬の背中でおっかなびっくりにきょろきょろする幸満ですが、風御が引いて歩き出すと次第に楽しくなってきたのか嬉しそうに笑います。
「えっと、これがヨモギ、こちらの菖蒲は分かりますよね?」
「はい、菖蒲は分かります。‥‥これが、よもぎですね」
風御に教わってヨモギを確認する弘満と、松浦に手を引かれて菖蒲を摘みに行く幸満。
「随分大きな籠になるんですね」
「茹でるとえらい少なくなってしまうから、結構量が必要なんだよな」
早速着いた先で採取を始めると、籠にどんどんヨモギを選んで摘んでいく貴藤に弘満が驚いたように目を瞬かせ聞き、貴藤は茹でたらこの量がこれぐらい、と説明をします。
沼の方では白河が袴をたくし上げて菖蒲の根を切って幸満に渡していました。
「葉で手を切らぬよう気をつけるのだぞ。菖蒲は花が咲く場所が変わっていてな、小さな花の穂をさり気無くつけるんだ、ほらあそこ、一見、空中に浮いているように見えぬか?」
「うん、みえる」
指される場所を見て驚いたように目をぱちくりさせる幸満に笑う白河。沢山摘んでそろそろお弁当の時間、と松浦に肩車をしてもらい幸満は嬉しそうにはしゃぎます。
集まるとお重を開けてみんなで食べ始めるのですが、ひょいと蓋を外してから菊川が取り皿に取るのは自分が手を入れたおかず。
「さてお弁当‥‥焼魚が真っ黒に近いが、まぁ喰えないことはない‥‥」
そう言ってこんがりと本当に良く焼けたお魚を捕るのに、幸満が覗き込んできょとんとしたように首をかしげたりしています。
「今日は食材はムダにしなかった‥‥でも人には食べさせられないからなぁ」
そう言いつつ苦いお魚を食べると苦笑する菊川に、何となく幸満は頭を撫で撫で。
「これは幸満殿と響の分だ」
そう言って律吏が折った兜に花菖蒲を添えて渡すと、せめてもの祝いだと言います。みれば弘満と貴藤も貰って被っている様子。
「この昆布巻兜の形しているんですね」
そう言って取り皿にとって十分堪能した後に食べる弘満。すっかりとお弁当がからになったところで、松浦が菖蒲を刀に見立ててのチャンバラに弘満を誘います。
「菖蒲は葉をこうして刀のように束ね‥‥さあ勝負です!」
弘満はなかなか頑張って練習をしているようでなかなか筋が良く、ついつい相手をしている松浦もうきうきとした様子で楽しそうに葉を打ち鳴らす2人。
兄がチャンバラをしているのに興味を持ったのかとてとて近付いていった幸満が躓いて転がると、2人の手は止まるのですが、じわっと目に涙を溜めた幸満、袖でぐいっと目元を拭ってにこおっと笑って見せます。
「はい、傷口は綺麗に洗い流して‥‥良い子だね」
風御が擦り剥いた膝の手当をするとそう言って幸満の頭を撫でて、幸満もそう言われたのが嬉しかったようにえへへと笑います。
すっかり遊んで夕暮れ時の帰り道、貴藤に肩車されてご満悦の幸満。
「腕前が上がったな」
貴藤がそう側を歩く弘満に声をかけると、弘満は嬉しそうに笑って有難うございます、と言い、嬉しそうに笑うのでした。
●楽しいお節句
屋敷に戻ってから、満兄弟は屋敷の今に飾ってある堂々とした鎧飾りを驚いたように見ていました。
それは岩峰君影が、一行が出かけている間に飾り付けをして帰っていったようで、幸満と弘満はきらきらとした目でそっとその鎧を撫でたりしています。
その日から風御が持ってきた遊び道具で遊び倒し菖蒲を吊したり色々な事をして過ごす一行。
端午の節句当日、幸満は菊川に手を借りてお餅をついていました。貴藤が餡を沢山用意し、弘満が時折餅を捏ね、やがてほこほこのよもぎ餅が出来上がると、早速みんなでお祝いをしつつお餅を頂くことに。
「那須では蒼天隊って言うのがあってね、その一員として戦ったんだよ」
「‥‥凄いですね、もっとお話聞かせて頂けませんか?」
「私の方だと、こういう事がありましたね」
風御と山本にギルドでの仕事を交互にしてもらうと、弘満はその話を聞いて子供らしいわくわくとした様子を見せてお話をせがみます。
幸満は喉に詰まらせないように、と気を付けて貰いつつみんなに囲まれて楽しそうにはしゃぎまわっています。
「さて、幸満君、一緒に菖蒲風呂に入りましょうか?」
「うん♪」
すっかり松浦に懐いた幸満、滅多に戻れない父親と松浦を重ねているのか、湯殿へと手を引かれて向かうと、菖蒲の強い匂いがするお風呂へと入って手で作った水鉄砲でお湯のかけっこなどをして大はしゃぎ。
すっかり2人がはしゃぎ疲れて眠った頃、それぞれが思い思いの時間を過ごしていました。
「‥‥この兄弟には父上に祝って貰いたいと思ったのだが‥‥」
そう小さく言うのは律吏。白河と酒を酌み交わしながらそう言うと夜空を眺める律吏。
「御二人のこれからの健やかな成長を願いつつ――」
そう言い杯を交わすのがもう一組。松浦と冴刃です。
「誉さん‥‥寂しいからって泣いちゃ駄目ですよ」
そう言いながらも自身も目元を潤ませる冴刃。
互いに郷里に妻子を残してきている2人には、戻れない兄弟の父親の気持ちが痛い程分かるに違い有りません。
友人達は、どこか寂しげに笑うと互いに杯を軽く掲げるのでした。