拙者をお江戸へ連れてって

■ショートシナリオ


担当:霜雪

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月10日〜09月16日

リプレイ公開日:2005年09月22日

●オープニング

 京都のとある大店の主人は、ここのところずっと娘のことを心配していた。
「可愛い可愛いうちの志野は一体、いつになったら欧州から帰ってきてくれるのだろう‥‥!?」
 娘の志野は主人の大事な一粒種。見聞を広めるために欧州を見て回りたいというお願いを一も二もなく聞いてやったはいいが、よほど旅行が楽しかったのか、一度帰ってきたあとすぐまた向こうへとんぼ帰りしてしまった。それきりちっとも帰ってくる様子はなく、向こうで何かあったのではないか、いや悪い男に引っかかったのではないかと気が気ではない。
 折しも欧州の商人との取引の話が持ち上がっており、試しにジャパンの品をいくつかノルマンに運んでみてくれないかという申し出があったところだった。これはいい機会かもしれない。さて誰を使いに出すか。志野に帰ってくるよう説得するなら、使用人ではなく家族にやらせたいのだが‥‥と考えたところで、店に居座っているいまいましい冷飯食いに目が留まった。
「こういうときぐらい役に立て! 志野を連れて帰ってくるまで、店の敷居は跨がせんからな!」
 持たされたのは最低限の路銀と、ノルマンへ運ぶためのたくさんの荷。そして志野の好物である甘葛。きんと冷えたかき氷に、この甘葛を煎じた汁をたらして食べるのが、あの娘はたいそう好きだった。これを食べてくれれば、彼女も家を懐かしがって帰ってきてくれるのではないだろうか?
「だからって、血を分けた兄弟を家からたたき出すでござるか普通!?」
「うるさい、さっさと行けこの穀潰し!」
 そんなわけで、実家を放り出されたひとりの男の、ノルマンへの長い長い旅が始まった。

「毎度おおきに〜」
 深々と頭を下げる寺田屋・お登勢を後にして、暖簾をくぐって店を出る男が一人。
「ん〜! 久しぶりの温かい白飯は、美味かったでござるなぁ」
 頬に飯粒をつけた男は満足げに腹を擦ると、腰に差した小太刀をそっと抜いた。
「それに、良い刀も手に入れたし。拙者も、ようやく忍者らしくなったでござる」
 この男、橘 有志(たちばな・ゆうじ)は幼き頃から忍びの里で修行をしていたにもかかわらず。手裏剣を投げさせては味方に当て、忍び足をさせては派手な音と共にすっ転び、捜索させては途中で探し物を忘れ、伝令に出しては迷子になり。十六になったときに『‥‥いいから、実家でも見張ってろ(嘆息)』と里から厄介払い、もとい左遷、いいや密命を受けて早や二十余年。当然、商才があるはずも無く。西陣織の大店である実家の橘屋にて、長男でありながらも二代目橘屋である弟に、『穀潰し』と呼ばれ続ける所以である。
 ‥‥閑話休題。そんな過去を持つ有志だからして、形から入ることは致し方無いことであろう。
「そう言えば、何か忘れているような‥‥?」
「お客は〜ん! 忘れ物どすえ〜!!」
 寺田屋を出てから暫くして。どうも両手が軽くなっていることに気付いた有志の後ろから、大声で走り寄るお登勢の姿があった。
「ん?」
 有志がその声に気づいて立ち止まり、後ろを振り向くと。お登勢は荒げる息を整えながら、後ろで布にくるまれた反物を抱えている店の者を呼び寄せた。
「お客はん。こない高そうな反物、忘れとったらホンマあきませんわ」
「いやはやどうも、すまんでござる」
 店の者から受け取った反物をお登勢が差し出すと、エヘラエヘラと笑いを浮かべて有志はその反物を受け取った。
「ほな、気ぃつけて行ってらっしゃいまし」
 今度こそ、お登勢に見送られて有志は‥‥‥‥。
 『もと来た道を引き返し始めた。』

「馬を借りたい‥‥?」
 数日後の冒険者ギルドに現れた有志を前に、ギルド員は首をかしげていた。
「いや、馬を借りたいわけでは無くて‥‥、いや、馬も借りたいのでござるが。馬に乗れる人も借りたいのでござるよ」
「‥‥?」
 ギルド員と有志との間で暫く問答が行われた後。ギルド員が有志から取り付けた依頼は『江戸までの馬による荷物(有志含む)の運搬』ということだった。
「それで、報酬は?」
「いや、その‥‥。金は使ってしまったでござる」
 照れ笑いを浮かべてボリボリと後ろ頭を掻きながら、有志は懐から何かを取り出した。
「金は出せないでござるが、代わりにコレを」
「‥‥甘葛‥‥ですか」
 有志がギルド員に差し出したのは、志野に渡すはずの甘葛。半分を残したのは、阿呆なりの考えか。ともかく、受け取ったギルド員は高級甘味料である甘葛を見つめ、しばし考え込む。
「‥‥解りました。引き受けましょう」
「ありがとうでござる!」
 小さく頷いて依頼を引き受けることにしたギルド員の手を取り、有志は何度も頭を下げたのだった。

「おい」
「ぅぐッ!?」
 有志がギルドを去り、姿が見えなくなった所で。依頼を受けたギルド員の首根っこを、一人の男が後ろから掴んだ。
「さっきの依頼。ちょっと貸せ」
「あ、永倉さんッ!!」
 先ほどまで、ギルドの隅で魔術書を読み耽っていた男−−新撰組二番隊組長・永倉 新八が、ギルド員がまとめた有志の依頼の書付をひょいと取り上げた。
「甘葛とあっちゃぁ、黙って見てらんねぇな」
「ちょっ、永倉さん!?」
 永倉はギルド員の手から甘葛を取り上げ、筆を取ると。報酬の『甘葛』と書かれた所に思い切り『×』と上書きするのであった。
「そういや、こないだの夕立で。街道が土砂崩れになったって話じゃ無かったか‥‥?」
 ‥‥え?

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1462 アオイ・ミコ(18歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 eb1258 森山 貴徳(38歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3155 七坐 慶太(35歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

七枷 戒(ea1502)/ 狭霧 氷冥(eb1647

●リプレイ本文

●出発前
「まだ、依頼人は来ないのか?」
 寺田屋の片隅で、二杯目の白湯も飲みきろうかという頃。鷹見沢桐(eb1484)は何度も机を人差し指で叩き、依頼人である橘有志の到着を待っていた。
「俺も急ぎの仕事って聞いてたんだけど‥‥」
 机に肘をつきながら、桐と同じく有志を待っている森山貴徳(eb1258)が欠伸をしたところで。
「依頼人が、到着なされたぞ」
 軒先で有志を待っていた七坐慶太(eb3155)が、当人(と思しき人物)を伴って店内に顔を覗かせた。
「お、どうやら着いたみたいですよ」
 貴徳は桐に声を掛けると、席を立ち戸口へ急ぐ。
「いやいや、つい寝坊してしまったでござる」
 遅刻の理由を口にすると、有志は満面の笑みでポリポリと頭をかいた。あまりにも直球の言い訳に、皆反論することは出来なかった。
「そ、そうじゃ。有志殿は荷物が多いようでな。誰か、引き受けてもらえる者はおらんかの?」
 沈黙を脱するかの如く。上ずった声で、慶太が皆に尋ねた。確かに、有志は沢山の反物を両手に抱えている。
「じゃぁ、私が馬に乗せておくよ」
「ふむ。荷物は俺が引き受けよう」
 慶太の問いに答えたのは、シフールのアオイ・ミコ(ea1462)とマナウス・ドラッケン(ea0021)。
「普段ならレディファーストと言いたい所だが。今日は俺に任せてくれ」
 二人は一瞬顔を見合わせたが、マナウスがミコにウィンクしてみせた。有志に荷物を渡すよう促すと、マナウスは受け取った反物を自らの馬に積んでいく。
「‥‥そうだ、依頼主殿にはこれを」
 反物を積み終わったところで、マナウスが自分の荷から一組の草履を取り出した。
「有志殿は『足』がないと聞いていたのでな。この草履なら、歩くつもりで走るほどの速度が出る」
「拙者、『足』は付いてるでござるよ?」
 マナウスから説明を聞いた有志は着物の裾を引き上げ、褌から伸びた二本の太い足を見せ付ける。
「い、いや。そういう意味では無くて‥‥」
「‥‥『長距離移動の手段』のことじゃよ」
 額に手を当てたマナウスを見て、慶太が有志に助け舟を出す。何やら慶太は、有志と自分に相通ずるところを感じたらしい。
「そうでござったか!」
 ポンと手を打つと。有志はマナウスから草履を受け取り、脛毛の広がる両足に履き始めた。
「えーと、申し訳ないんじゃが」
 小さく、咳払いを一つすると。口元に手を当てた慶太は貴徳に耳打ちする。
「あぁ、アレ、ね」
 言わんとすることを汲んだ貴徳は小さく笑いながら、慶太を大凧に括り付けていく。
「それでは、わしは先に‥‥」
「ちょっと待って」
 準備が整い、先行せんと飛び立とうとする慶太を貴徳は呼び止めた。
「大凧ってさ、強い風が吹いた時は風に流されるんだ。土砂崩れが起きるような夕立があったばかりだし、気をつけて」
「かたじけない。では」
 越後屋の印が入ったてるてる坊主を凧の端に結びつけると。慶太は貴徳に一礼して飛び立っていった。
「時間が惜しい。早速出発することにしよう」
 皆の準備が整ったのを見計らって、桐は声を掛けると。先頭になって駿馬を駆り、寺田屋を後にするのだった。

●野営地到着
「そろそろ、今日は休むとするか」
 時間が無いということで、日が沈んでもしばらく走り続けていたのだが。流石に視界が利かなくなってきたので、先頭を走っていた桐は馬を下り。後ろについてきたマナウスに声を掛けた。
「それじゃ、俺は鳴子でも仕掛けておくか。荷物が高級なもののようだし、夜盗がいないとも限らないしな」
 無いよりまし、という程度のものであるが。苦笑しながら、マナウスは釣り道具から糸を取り出す。
「行ってらっしゃい」
 ひらひらと手を振るミコに見送られ、マナウスは糸と細工道具を片手に闇の中へ消えていった。
「? そういえば、依頼主はどうした?」
「え?」
 馬を木に繋げながら、桐が尋ねると。ミコが驚いたような表情を浮かべた。一行は、大凧で先回りしている慶太を除き。桐とマナウスを先頭に、有志と貴徳を挟んで最後尾にミコ、という配置であったはずなのだが。
「私てっきり、先を行ってるんだと思ってたんだけど‥‥」
 ミコの言葉に、二人は顔を見合わせた。あまり表情を見せない桐も、額に冷や汗を浮かべる。
「探しに行った方が、いいのかな‥‥?」
 有志(と一緒のはずの貴徳)を探そうと飛び立とうとしたところで、
「キャッ!」「おぉぅ!」
 ミコは突如現れた肉の壁に衝突した。いや、正しくは肉の壁ではなく、有志の胸である。
「いたた‥‥」
「スマンでござる」
 地面に落下したミコの羽根をつまんで拾い上げると、有志は服に付いた砂埃を息を吹きかけ払ってやった。
「どこ行ってたんだ?」
「どこも何も‥‥。『いろいろ』だよ」
 桐に聞かれ、貴徳はその場に座り込む。
「気が付くと、有志さんがいなくなってるから。それを追って、あっちへ行ったりこっちへ行ったり‥‥」
 マナウスの持つ韋駄天の草履を履いているため、有志の歩く速度は速く。ちょっと横道に逸れると、一瞬のうちに貴徳の視界から消えてしまっていたのだった。
「あれ? マナウスさんは? 一緒じゃなかったんですか‥‥?」
「夜盗避けに鳴子を仕掛けに行くと、少し前に出て行ったが」
 桐の返答に、青ざめる貴徳。
「ま、まさか‥‥!」
「お、皆集まってるな」
 鳴子を仕掛けてきたマナウスが、小脇に薪を抱えて戻ってきた。
「何処行ってたんですか‥‥」
「どうせだから、薪でも集めておこうと思ってな。‥‥暗さもあって、少々迷ってしまったが」
 安堵の溜息をついた貴徳へ、マナウスは事も無げに笑う。
「さて。火でも焚いて、食事にするか」
 マナウスが貴徳の恨めしそうな視線には気付かずに保存食を取り出すと、他の皆も食事の用意を始めた。
「‥‥美味しそうでござるな」
 ミコが準備した保存食を見て、有志が指を咥えて呟いた。皆、同じようなものなのだが。大きさの対比の関係で、彼女の持っていたものが有志には一番美味しそうに見えたらしい。
「少し、あげよっか?」
 干し肉を千切って差し出しすミコに、有志は顔の前で手を振った。
「いや、拙者は『断食の術』で何も食べなくても大丈夫で‥‥」
 しかし、有志の意思に反して。『ござるよ』という言葉に被せるよう、腹の虫が大きく鳴いた。
「頂くでござる」
 頬を染めておずおずと出した有志の手に、小さな干し肉が乗せられる。有志は大事そうにそれを摘むと、口の中でそっと離した。
「‥‥火は、まだか?」
 隣で幸せそうに口をモゴモゴさせている有志の隣で、桐が荷物を探り続けるマナウスに尋ねた。
「いや、それが。火打石が無いのだよ」
「誰か、持っている者はいないのか?」
 他の皆に問うてみるが、一様に首を横に振った。
「誰も持って無いのか」
 干し肉を焙って食べようと考えていた桐は立ち上がり、肉を片手に自分の荷を器用に探る。しかし、提灯はあれども火打石は無く。
「仕方ない。‥‥‥‥‥‥‥‥先に寝る」
 桐はそう呟くと。手にしていた肉を口にして、すぐに横になってしまった。
「ホントに、俺達大丈夫なのか‥‥?」
 これから江戸に着くまで毎日この調子なのかと考え、貴徳は軽い頭痛と眩暈を覚えるのだった。

●土砂崩れ現場
「どうやら、ここのようじゃな」
 一方。有志達一行より先んじていた慶太は、半日ほど早くギルドが示した現場へと到着していた。
「確かに、これは通るのに苦労するのぅ」
 大凧から降りた慶太は裾をめくりながら、現場を見て歩く。山の斜面にあった土砂が夕立で滑落し。なるほど、人や馬が通るに通れないことは無いが。片付けなければこの道を通る者にとって、快適な旅とはいえなくなるだろう。
「‥‥さて、始めるとするかな」
 手荷物からスコップを手にした慶太は、張り切って土砂撤去に向かったのだが。自分の選んだ道具が判断ミスだったことを、すぐに気付くこととなる。
「これでは埒が明かぬな」
 慶太は使っていたスコップを後方に放り投げた。というのも、持って来たのは携帯用の小型スコップ。本人は『わしは小柄じゃ』と言ってはいるが。世間一般で言えば、慶太は大柄な部類に属し。その大きな手には、持って来たスコップがむしろ使い辛かった。
「やはり、わしにはこちらの方が似合うな」
 服の袖を肩までめくり、太く灼けた腕を覗かせ。慶太は転がり落ちてきたのであろう岩に手を掛けた。
「道が通れぬなら、周辺の村人達も困っておるであろうて。村人が喜ぶなら、遣り甲斐もあるのぅ」
 フゥンと鼻息荒く腰に力を入れると、裾から伸びた太股の筋肉が盛り上がり。慶太は素手で岩を持ち上げる。
「よぃせぇッ!」
−−ドゴォッ!
 派手な音を立て、慶太から放たれた岩は道の端の方へと投げ飛ばされた。
「皆が来る前に、少しでも何とかしておきたいのぅ」
 慶太は肩を大きく回すと、次なる岩へと向かっていった。

「おッ。やってるな」
 昼飯を軽く済ませ、再び作業に向かっていた慶太へマナウスは声を掛けた。
「何をしたら良いかな?」
「大きな岩はわしが退ける故、あまり大きくないものを頼みたいのじゃが」
 額から滴り落ちる珠の汗を腕で拭いながら、慶太は答える。
「了解」
 マナウスは頷くと、ミコを呼んで辺りの状況を上から確認させる。桐は既に、黙々と崩れた土砂をスコップで掘り起こしていた。
「私も手伝うよ〜」
 ミコは空を飛び、マナウスに上空から様子を伝える。遅れてやってきた貴徳も、早速作業に就いた。
「拙者も手伝うでござるよ」
 貴徳と共にやってきた有志が、慶太の隣で意気揚々と岩を持ち上げる。
「有志殿。気をつけて下され」
「大丈夫でござるよ!」
「!?」
 ドン、と胸を叩いた有志の横で、慶太は慌てて飛び退った。その直後、有志の持っていた岩が先程まで慶太の足があった場所へと落下する。
「ゆ、有志殿!」
「面目無い‥‥」
 慶太の小さな雷が落ち、有志は大きな背中を小さく丸めて頭を下げた。

「粗方、片付いたか」
 時が過ぎ、日も暮れようかという頃。桐はフゥと息を吐くと、その場に座り込む。
「最後の仕上げだよ☆」
 ミコは斜面へと飛んでいくと、持ってきていた一枚の巻物を取り出した。
「えぇい! 固まれ〜ッ!」
 巻物に秘められた術、『ストーン』。ミコはその術を使って、斜面を次々と固めていく。
「こ、これで良し‥‥」
 術を数回使って精神力を使い果たしたミコは、フラフラと落下すると。肉体変化の術で伸ばした貴徳の腕に受け止められた。
「お疲れ様」
 貴徳はミコに微笑みかけると、そっと膝の上に寝かしつけた。
 
●江戸
「急いだ方が、良いかもしれんな‥‥」
 更に数日が経ち、江戸の町が目前となったところで桐は呟いた。行程には遅れは殆どないが(若干の遅れは有志の放浪癖? が原因)、月道の時間は待ってもらうことが出来ないのが心配だった。
「有志殿」
 馬を止めた桐は、後方を走っていた−−いや、歩いていた‥‥?−−有志に声を掛けた。
「何でござる?」
 立ち止まった有志は聞き返すと、桐は荷物からスッと縄を取り出した。
「忍の修行の一つに、馬に括り付けた縄を自身の胴にも巻き、共に走らせるというものがあると聞く。どうだろう?」
「どうだろうと言われてもでござるな‥‥」
 事態を把握できない有志を無視して、桐は自らの馬に縄を縛りつけると。もう片方の端を持って、有志の腰に縄を回していく。
「舌を噛まないように、気を付けて頂こう」
 有志のどっしりとした腰に縄を巻きつけた桐は、結び目を確認し。再び馬上へと戻っていく。
「有志殿。参る!」
 瞬間。有志の悲鳴が響き渡った。

「い、いや、その‥‥。助かったでござるよ」
 有志の服は砂埃にまみれ、腕などは擦り傷になりながらも。月道が開く数刻前に、一行は江戸へと到着していた。
「あ、忘れるところでござった」
 有志は懐に手を突っ込むと、小さな包みを差し出した。
「報酬でござる。皆で分けてくだされ」
「かたじけない」
 なにやら感慨深げに頷きながら、慶太が包みを受け取ると。代わりに、マナウスが引き受けていた反物を有志に渡した。
「これで、全部かな?」
「すまないでござる。それでは、お世話になったでござる」
 両手いっぱいに反物を抱えた有志は、深々と頭を下げると。元来た道を‥‥。
「わーーーッ! 有志さん、逆、逆ッ!!」
 有志の扱いに慣れてきてしまった貴徳によって、引き返さずにすんだのだった。

「甘葛かぁ」
 月道の開く施設へと向かった有志を見送った貴徳は、早速報酬に思いを馳せる。
「普段は口に出来ない高価な甘味料だし、たまにはそんな報酬も良いかも」
 思わず笑みをこぼして呟いた貴徳を見て、報酬を手にした慶太は首をかしげた。
「報酬の『甘葛』には、×の印がついていたと思ったんじゃが‥‥?」
「‥‥‥‥え?」
 ほれ、と慶太は包みを開き。中に入っていた金を貴徳に見せたのだった。