椿姫〜男殺油地獄〜【麦】

■ショートシナリオ


担当:霜雪

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月28日〜03月03日

リプレイ公開日:2005年03月09日

●オープニング

「頼もー!」
 背後から響く元気な青年の声に、ギルド員が振り向いた。だが、声はすれども姿は見えず。彼は首をかしげながら手を止めていた作業に戻ると、再び先ほどの呼び声がした。
「頼もー!」
 年のころは二十代だろうか、青年らしき者の声。あまり馴染みは無いが、魔法か何かでのいたずらかとも思いつつ。訝しげな表情でギルド員が立ち上がったところ、彼は足に妙な違和感があるのに気づいた。視線を落としてみれば、何やら羽根妖精−−シフールが一人。服の裾をつかんでいた。
「さっきから声かけてるのに、無視とは酷いッス‥‥」
 ガックリと肩を落としつつ、フラフラとシフールが彼の眼前まで浮かび上がってきた。一体何をしにここへきたのかと尋ねると、シフールは思い出したように声を上げた。
「そうッス。悲観的になってる場合じゃ無かったッス! ‥‥実は‥‥」
 シフールは腰に下げていた布袋をつかみ、ギルド員に突きつけた。
「コレで、冒険者を雇って欲しいんス」
 まさか、木の葉か木の実でも入っているのではないか。見た目から判断するのは良くないとは言え、不審に思いながらギルド員が中身を探ると、確かに幾人かの冒険者を雇える分の金が−−依頼の内容にもよるが−−入っていた。
「自分は、さる御方の命により依頼を持ってきたッス。受けてもらえるッスよね?」
 聞けば、今回の依頼は『麦踏み』だという。それならば十分に冒険者を雇えるとギルド員が伝えると、シフールは冒険者に注意して欲しいことを解説し始めた。
「『麦踏み』っていっても、ただ普通に麦を踏むんじゃなくて。その‥‥。逆立ちで踏んで、しかも競い合って欲しいんスよ。‥‥『姫』のたっての希望で」
 ため息を一つ、シフールは吐いた。シフール曰く、雇い主であるところの『姫』は病弱で、たまにしか屋敷の外に出ることが無いのだが。何かの行事にかこつけて外に出ることにしており、その際には彼女の目に楽しめるモノを所望するというのだ。
「与えられた場所を如何に早く、キレイに踏むかで勝負を決めるッス。一番良かったヒトには報酬を上乗せするッスけど、その代わり。一番良くなかったヒトには‥‥‥‥うぅん、何でもないッス!」
 シフールは突然、何かに怯えた様にプルプルと首を振ってうずくまってしまった。ギルド員が心配になってシフールに声をかけると、『大丈夫ッス』と言って立ち上がる。
「迷惑かけて申し訳なかったッス。‥‥それじゃ、依頼の件。よろしくッス!」
 深々と一礼すると、シフールはギルド員を残して駆け去っていった。
「そういや、『麦踏みが見たいんじゃねぇ。俺は苦しんでるオトコが見てぇんだ』とか姫が言ってたの、伝え忘れちゃったッスけど‥‥。まぁ、いいッスかね!」
 悩んだような表情を浮かべて立ち止まるも、たった一瞬のこと。再びシフールは、元気良く走り出していた。

●今回の参加者

 ea2933 愛染 愛(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9844 黒木 雷(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1258 森山 貴徳(38歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1313 椿 蔵人(59歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

「もう、皆揃ったッスか?」
 早朝。シフールの青年が集まった冒険者たちに尋ねると、その中の一人であるジャイアントが首を横に振った。
「いや、ギルドからはもう一人来るって聞いてるんすけど‥‥」
 そう、太丹(eb0334)が言い掛けたところで。何かの音が近づいてくるのを感じた。
「何者‥‥?」
 背後から近づきつつある音にいち早く気づいたのは、ギーヴ・リュース(eb0985)。振り返るとその視線の先には、馬を駆る黒木雷(ea9844)の姿があった。
「申し訳ない。依頼に必要なものを準備するのに、手間取ってしまってな」
 馬から降りた雷は、後ろに縄でくくりつけてある丸太を指差した。
「ま、丸太‥‥?」
「どう使うんですやろか?」
 丸太を見て首をかしげる森山貴徳(eb1258)と愛染愛(ea2933)に、雷は不適に笑って見せる。
「ともかくも、これで全員揃ったということだな」
 椿蔵人(eb1313)が再度確認を取ると、シフールの青年を先頭に。一行は依頼の場である麦畑へと向かっていった。

「ここが、麦踏みしてもらう場所ッス」
 6人が連れてこられた場所には、4組の男女。そして広大な麦畑が広がっている。
「どこを踏むかは、この方たちの指示に従ってもらうッス」
「‥‥あそこにある牛車は?」
 少し離れた場所に止まっている牛車を指差し、蔵人がシフールの青年に尋ねた。
「あの牛車には『姫』が乗ってるッス。皆が踏むところを、中から見てるっスよ」
「やはり、か」
 一人納得し、うなずく蔵人。それを聞いて貴徳は、中にいるという『姫』を見ようと目を凝らすが。距離がある上に御簾越しであって、ここからでは中を確認することは出来なかった。
「麦踏みが終わったら、自分も『姫』のところにいるんで報告に来るッス。全員が集まったところで、『姫』が順番に出来具合を見て回って。最終的に順位をつけるッス」
 何か質問は、という声に反応が無いことをシフールの青年が確認すると。いっせいに麦踏みが開始された。

●元気いっぱいの若者夫婦の場合
「こ、これは、酷いな‥‥」
 若者夫婦には聞こえないような声で、ギーヴは小さくつぶやいた。ギーヴが連れてこられたのは、石が随所に転がっていたり。凹凸があったりといった、土地が整地されているとは言いがたいほど荒れ果てた麦畑だった。
「どうもスンマセンねぇ。こんなトコで」
 ヘラヘラ笑いながら旦那の方がギーヴに向かって頭を下げるが、その表情と語調からはあまり誠意を感じられなかった。どうやら、まだまだ遊びたい盛りらしく。旦那は農作業を適当にこなしているようである。
「ところで、二人は夫婦だそうだが。結婚生活の方は、順調なんだろうか?」
 気分を少しでも変えようと、ギーヴが二人に尋ねてみると。
「そりゃぁもう‥‥」
「何が『そりゃぁもう』? アンタ、また。昨日も昼間っから飲んでたでしょ!」
「ぅグッ!」
 ヘヘヘと頭をかいた旦那の脇腹に、嫁が肘鉄を綺麗にめり込ませていた。
「‥‥さて、始めるか」
 逆効果になったことを痛感しながら、ギーヴは早速その場で横になり。匍匐前進のような形で麦踏みを始めたのだったが。
「痛ッ!」
 ほったらかしの小石が肌に突き刺さり、思わず声を上げる。
「結構、キツいな‥‥」
 痛みに顔をしかめながらも、ギーヴは麦踏みを続けていった。

●にこやか老人夫婦の場合
「結構広いですな」
「えぇえぇ。今年も豊作だといいんですけどねぇ」
 貴徳のつぶやきに、老夫婦の妻の笑顔が返ってきた。
「よし、始めるか」
 言って、懐から足袋−−といっても、農作業用の皮足袋−−を取り出し。それを貴徳は、両手にはめた。
「よっと」
 皮足袋で器用に麦を踏んでいく貴徳の横で、雷が腰に下げていた竹筒に手をかけた。
「すまんが、流石にシラフでやるのは恥ずかしいので一杯引っ掛けさせてくれ」
 竹筒の栓を抜き、中身の酒を煽る雷。見る見るうちに、その表情は赤く染まっていく。
「だ、大丈夫かいのぅ?」
「おぅ! どんと任せろ」
 心配そうに見つめる夫婦の主人に向かって、雷は拳で己の胸をドンと叩き。フラフラとした足取りで愛馬に跨ると、おもむろに上着を脱ぎだした。何をするのかと思えば、持ってきていた縄で自らを縛り始めている。
「ん‥‥っ、くっ、ふぅんッ!」
 しかし、酒の酔いが回って手先がおぼつかなく。本人は罪人縛りをするつもりなのだが、上手くいかずに鼻息を荒くするだけだった。
「チッ! 仕方ない‥‥」
 舌打ちすると、ある程度縛れたところで諦め。腰に差してあった短刀で肌を軽く切りつけて罪人の姿に近付けると、雷は馬を走らせた。馬には縄で丸太をくくりつけてあり、麦を押し付けていくのだが。
−−ヒヒーーーーン!
「ぐォッ!」
 畑の端まで行ったところで折り返そうとしたのだが、雷は縄で縛られているだけでなく酒に酔っているために手綱を上手くさばけず。馬の嘶(いなな)きとともに、雷は地面へと放り出された。
「想えども‥‥届かぬものよ。死者の寝屋。堕ちし自分を、笑う閻魔か‥‥!」
 そう、辞世の句を残して朽ち果てる雷(注:死んでません)。そして、主を失って無目的に駆け回る馬と丸太。
「おぉっと!」
 逆立ちをやめて馬の突進をかわした貴徳は、両手の皮足袋を脱ぎ捨てて呪文を唱えた。
「頼むから、俺の邪魔だけはしないでくれよ‥‥」
 貴徳は伸ばした腕を折り曲げて踏める麦の数を増やし、再び逆立ちをしていった。

●腰を痛めた爺の場合
「うちが頑張るさかい、お爺さんは籾殻を集めて下され」
 どうやら自分ひとり暮らすための土地らしく、思ったよりは狭かった土地に少なからず安堵しながら。愛は老人に頼み込んだのだが。
「籾殻‥‥?」
 それを聞いた老人は、困ったような表情を浮かべた。
「まだ、穂が出てもいねぇから拾うモンはねぇべよ。それに」
 バンバンと、愛の背中を叩く老人。
「稲と違って、麦は籾が出ないべ」
「そ、そうだったのか‥‥」
 膝を折り、その場に崩れ落ちる愛。しかし、いつまでもそうしていたところで勝負は始まっており。しばらくの後、愛はムクリと立ち上がる。
「‥‥さて、やるかのぅ‥‥」
 なんとなく気恥ずかしくなって、老人と視線を合わせないようにしながら。麦踏みを始めていく。
「我ながら、セコイと思うが仕方ない」
 逆立ちを普通にやりながら、腕が我慢出来なくなった時点で前転−−いわゆる前回り受身−−をし。愛は微妙に踏む数を稼ぐのだった。

●意地悪そうな婆
「オス!」
 響くような大声で、丹は元気に挨拶した。
「そんな大声出さんでも。こんなに近いんだから、聞こえるよッ!」
「自分、『フトシたん』こと太丹(たいたん)っす。よろしくっす」
 抗議には耳を貸さず。丹は老婆と握手を(一方的に)交わす。
「痛たたたたた‥‥」
「あ、す、すまんす!」
「ちったぁ、力の加減ってモノを知っておくれ!」
 慌てて手を離す丹を睨み付けながら、老婆は真っ赤になった手に息を吹きかける。
「ここの畑は、可もなく不可もないっすね〜?」
「文句はいぃから、早く麦踏みをおし!」
「はぁぃいっす!」
 老婆の激昂に、冷や汗をかきながら麦畑へ駆けていく丹。
「行くっすよ〜!」
 掛け声とともに、畑で横になった丹の巨体が転がっていく。
「め、目が回るっす〜‥‥」
 丹命名『ジャイアント横にごろごろローラー作戦』が開始されるが、目が回ってしまい。畑の境の畦(あぜ)を通り越し、丹は回りながらその先の畑へと突入していく。
「若いねぇ」
 勢い良く担当外の畑を転がり続ける丹を見て、同じく老婆の麦畑に来ていた蔵人はつぶやいた。
「ここ最近ギルドの依頼なんて受けてないからなぁ。腰にこたえるぜ」
 腰を気にしてかしっかりと腰をほぐすと、蔵人は汗をかいてもいいよう上着を脱いだ。そこに現れたのはまもなく五十路に入ろうとは思えないほどの、鍛え抜かれた鋼の肉体。
「さて、と。俺は面白い事なんて出来ないからな‥‥」
 豪快な丹とは対照的に、黙々と蔵人は麦踏みを行うのだった。

●結果発表
「皆、お疲れ様ッス!」
 全員の麦踏みと、『姫』による各畑の判定が終わったところで。六人は再び、シフールの青年の元へと集まっていた。
「それじゃ、『姫』様から。一番の人に褒美をお渡しするッス」
 青年が牛車の御簾の陰から何かを受け取った後、貴徳の目の前に駆け寄ると。その手から一枚、金貨を渡すのだった。
 青年が言うには、以下の結果を基準とし。あとは『姫』の独断と偏見で決めたとのコトである。

 >愛
 丁寧であり範囲も狭かったが、体力が無いためか少々時間が掛かった。

 >雷
 本人は殆ど酔いつぶれていたが、制御不能の馬が幾ばくかは効果を残した。

 >丹
 他人の畑に行ってしまいほぼ測定不能。

 >ギーヴ
 当たった土地が悪かったか、少々時間と出来具合が若干悪かった。

 >貴徳
 >蔵人
 出来も時間も良く、甲乙付けがたかった。

「さて、最下位の人ッスが。『姫』様直々に、お言葉を受け賜るッス」
 シフールの青年が頭を下げると、その先の牛車がゆっくりと動き始める。音を立てながら進む牛車がゆっくりと止まったのは。
「じ、自分っすか!?」
 丹の前だった。
「そ、それにしても、シフール殿も自分と同じしゃべり方っすね〜? シフール殿のお姫さんも可愛いっすか?」
 シフールは牛車の御簾のそばに寄ると、視線を泳がせている丹に『姫』からの言葉を伝える。
「えー、『姫』様より一言。『馬鹿な野郎は、嫌いじゃねぇぜ』」
 緊張する丹の前で、シフールの青年がそう言い終るや否や。
「のぅわぁッ!」
 突如、御簾の隙間から放たれた光線に。丹の胸は撃ち抜かれたのだった。