●リプレイ本文
●練習
「今日は、七人ッスか。良かったッス〜」
集まった冒険者達を見渡し。シフールの青年は、安堵のため息をついた。
「それじゃあ、まず。競技を始める前に、皆さんには練習してもらうッス。弓とか、借りる人は言ってくださいッス」
「一つ、質問を良いかな」
スッと手を挙げたのは、白瀬由樹(ea6435)。
「射るというか、投げるというか。順番は決まっているのかな?」
「あ、順番ッスか? 順番は、直前にくじ引きで決めるッスよ」
「ついでに俺も〜!」
森山貴徳(eb1258)も、由樹に続いて手を挙げる。
「『ミミクリー』の呪文を使って腕を伸ばして投げるってのは、認められるのか?」
「そ、そんなんダメッスよ! 的のトコまで伸ばしたら、誰でも当たるッス!!」
青年がとんでもないといった表情で首を横に振ると、貴徳は慌てて先ほどの言葉を訂正した。
「いや、そういう意味じゃなくて! 俺、短槍を最後に投げようと思ってるからさ。そのまま投げたら、牛車の中で引っかかっちゃうかもしれないけど。腕を伸ばして牛車の外で投げれば、そんな心配する必要無いだろ?」
「‥‥まぁ、そういう使い方なら。『姫』様も納得すると思うッスよ」
チラリと、青年は『姫』が乗る牛車−−当然、競技用の物は別に用意されている−−を見やった。
「それじゃぁ、練習を始めるッス!」
「すいませーん」
貸し出し用に並べられた弓の前で、品定めをしている参加者達に向けて。白拍子装束の少女、緒環瑞巴(eb2033)が声を張り上げた。
「誰か、弓を使ったことのある人いますかー? いたら、とりあえず。形だけでも教えてもらいたいんですけどー」
「‥‥それなら、僕が」
顔を見合わせあう面々の中で、瑞巴の前に由樹が名乗り出た。
「とは言っても、僕も少々かじった程度なんだが」
「いいっていいって! さっきも言ったけど、『とりあえず形だけ』でいいんだから!!」
瑞巴は由樹の袖を引っ張ると、弓の選定を始める。
「ん〜と、どれが私に丁度いいかなー?」
「そうだな‥‥。瑞巴さんだと、この辺りかな」
由樹が瑞巴の弓を見立てている隣で、浅葉由月(eb2216)は大きく深呼吸をした。
「初めてギルドのお仕事をするから、緊張してきちゃったよ‥‥」
緊張のあまり、由月は瑞巴の呼びかけに応えられなかったのだ。
呼吸を整え、志士である由月は精霊魔法の呪文を唱え始める。
「‥‥よし、出来た!」
由月が使用したのは、『アイスチャクラ』。魔力を帯びた薄氷の戦輪が、由月の掌に現れた。
「弓も習ってはいるけど、アイスチャクラをうまくなりたいからね」
手の中の氷輪を放ち、由月は練習を開始した。
−−ボキィッ!
その後方で、派手な破壊音を立てたのは椿蔵人(eb1313)。
「大きさが丁度良さそうに見えたんで、試しに引いてみたんだが‥‥」
ばつが悪そうに、蔵人はシフールの青年に両手を差し出した。
「‥‥すまん」
頭を下げる蔵人のその手には、弦が真ん中で千切れた中弓が握られていた。取り敢えず、中ほどの大きさの弓を手にとってはみたのだが。ジャイアントである蔵人が加減を知らずに引いたため、その膂力に弦が耐えられなかったのだ。
「しょうがないッス。代わりの弓、使っていいッスから‥‥」
青年は額に汗を浮かべながら、蔵人から弓を受け取った。
「やはり、長弓か鉄弓になるか」
後頭部を掻きながら。蔵人は再び、弓の選定に戻っていった。
●開始
「そろそろ、練習は終わりッス〜!」
程なくして、皆をシフールの青年が呼び集めた。そこには『姫』の乗る牛車と、競技用の特注牛車(車輪が射の邪魔にならない程度の大きさで、片側が開かれている)。それに。
「ま、的。デカッ!?」
普通行われる流鏑馬のものよりも、二倍はあろうかという的を見て。天道椋(eb2313)は大きく仰け反った。
「あんまり当たらなかったら、面白くないッスからね。『姫』様の配慮ッス」
答えながら、シフールの青年は首をかしげ。椋を見上げる。
「そういえば、さっき。練習してなかったッスよね?」
「あ、俺?」
自分を指差すと、椋はニコッと笑ってみせた。
「俺、流鏑牛はやらないつもりだけど?」
椋の言葉に、その場にいた全員の頭の中で疑問符が浮かんでいた。
「さぁ〜、大変長らくお待たせしました! 流鏑馬なら聞くことあれ、古今東西探しても流鏑牛を見ることが出来るのは今日このときだけ!!」
籤引きで射の順番が決まったところで、的の向かい側にいる椋が大きな声を張り上げた。
「えー、この度。司会進行させていただきますは、叡山の僧。『騒がし鳥の椋』こと天道椋。お耳汚しの点もあると思いますが、しばらくの間よろしくお願いします」
誰に向けてかは解らないが、椋は頭を下げた。
「ここで、今回の競技のポイントを聞いてみたいと思います。解説のシフールさん、いかかでしょう?」
「え、えッ? 自分ッスか!?」
椋に突然振られ、慌てる青年。
「いや、その。これ、自分が考えた競技じゃないんスけど‥‥。そ‥‥そうッスね。やっぱ、『慎重に良く狙って撃つ!』のが大事だと思うッス」
「どうも、当たり前のコメント有難うございました。それでは、第一回流鏑牛始まりで〜〜す!」
「振っといて、そりゃないッスよ‥‥」
●明月の場合
「牛車で流鏑馬とは‥‥珍しい競技もあるものだな」
北宮明月(eb1842)は牛車に乗り込みながら、小さく独りごちた。
「‥‥これなら怪我をすることはなさそうだが、流鏑馬本来の緊迫感等はなさそうだ」
動き出した牛車の緩やかなスピードを感じ、奇妙な納得を得た明月は持ち込んだ短弓を手に取った。
「まぁ、やれるだけのことはやるつもりだ。競技である以上は、全力でぶつかるのが礼儀というものだろう」
明月は左手で弓を構え、右手は呪印を結び。唇からは月精霊を使役する呪文が紡がれた。印を結んだ右手が弦を弾くと同時に、淡い光の矢が弓から放たれる。
「全力でやれば負けても悔いは残らない。勝った者を称えるのも必要なことだ」
光の矢は、狙い違わず命中した。そして、明月は二射目、三射目も呪文を使い。三射とも紛うことなく中心を当てていった。
●由月の場合
「牛さん、今日はよろしくね!」
由月は繋がれている牛に声を掛けると、頭をそっと撫でてから牛車に乗り込んだ。勿論、その指には魔法の氷輪が挟まれている。
「ゆっくり、慎重に‥‥」
狙いを定め、氷輪を放つ。
「当たった!?」
氷輪は的の端を掠め、由月の手元に戻ってきた。続いて二射目。
「あーん、失敗」
二射目は的を、大きく外れた。そして、三射目は。
−−カッ!
「やったぁ!」
最後は見事、由月の放った氷輪は的を突き抜け。真一文字に穴を穿った。
●蔵人の場合
「何とか入ったな」
牛車に乗った蔵人は、目と鼻の先にある天井を見上げて苦笑した。競技用に作られた特注の牛車は、大き目に作られており。ジャイアントである蔵人でも、なんとか入れる大きさだった(それでも、多少狭く感じるのは否めないが)。
「よし」
牛車の外に腕を出し、蔵人は引き絞られた鉄弓から矢を放つ。
−−ビュッ!
風を切り、矢は勢い良く的へ向かったのだが。一射目は外れ。慌てず、二射目。今度は的の端に矢が突き刺さった。
「これも、当てられれば」
弦を引く手に力を込めながら。蔵人の待つ鉄弓から、最後の矢が放たれる。
−−カッ!!
「すごいすごいー! 上手いー!!」
思わず、見ていた瑞巴から感嘆の声が上がるほど。蔵人の三射目は、的の中心を見事に射抜いていた。
●貴徳の場合
「おーい、皆ーッ! 的から離れておいてくれよー!!」
小柄、短刀、そして短槍を持ち込んだ貴徳は、牛車に乗り込みながら外に向かって叫んだ。
「何処に飛んでいくか、解ったもんじゃないからな」
自嘲気味に笑う、貴徳。牛車が動き出すと、まずは一番軽い小柄を握って的へと投げつける。
「やべッ!」
投げた小柄は、大きく的を外れて飛んでいった。
(「やっぱり、皆を避難させておいて良かったな」)
変な安心感を抱きつつ、貴徳は次の得物である短刀を手にした。
「今度こそ!」
二射目は言葉の通り、短刀が的のやや端に当たってカコッという乾いた音を立てる。そして、三射目。貴徳はあらかじめ唱えておいた『ミミクリー』の効果を使い、短槍を掴んだ腕を牛車の外へと伸ばしていく。長くなった腕から、放たれた槍は。
−−ゴスッ!
「‥‥‥‥」
貴徳は赤面した顔を、伸びきった腕で覆って隠した。伸びた腕の感覚に、貴徳は上手く合わせられず。槍はすぐ目の前の地面に突き刺さっていた。
●由樹の場合
「フゥ‥‥」
牛車を前にして、由樹は気を落ち着けるために大きく深呼吸した。
「さて、参りましょうか」
借り受けた弓を携え、牛車に乗り込んだのだ由樹。練習とは異なり、牛車の中という慣れない状況に戸惑いはあるが。それでも弓を構えると、しっかりと的を見据えて狙いを付けていく。
−−ヒュッ!
まずは一射目。矢は空を切って飛んでいったが、的には当たらず。続く二射目。
「ま、またか‥‥」
二回続けての失敗に、動揺を隠せない由樹だったが。改めて深呼吸をし、冷静さを取り戻すよう自分に言い聞かせる。
「最後ぐらいは‥‥!」
−−コッ!
由樹の想いが届いたか。最後の一射は、なんとか端の方に当たったのであった。
●瑞巴の場合
「それにしても、世の中には訳の解らないことをする人もいるんだね〜?」
最後の参加者、瑞巴は首をかしげながら牛車に乗る。
「流鏑馬って牛車でやったら勢いに欠けるっていうか、迫力が足りないって言うか‥‥。そうだ!」
何やら思いついた瑞巴は、徐に呪文を唱え始める。やがて、牛車が動き始めたところで瑞巴の魔法−−『ムーンアロー』は完成し。
−−ブモォォォッ!!
瑞巴の元から放たれた光の矢は、狙い違わず牛車を引く牛の尻に命中し。驚いた牛は御者を振り払って暴走を始めた。
「わぁぁぁッ!」
叫ぶ瑞巴は、牛車から落とされないように捕まるので精一杯であり。瑞巴を乗せた牛車は、あろうことか、『姫』のおわす牛車へと‥‥。
「ぅおぉぉぉぉッ!」
いや、雄たけびと共に牛車と牛車の間に躍り出た蔵人が、暴走した牛の角を両手で掴んでそれを食い止める。
「誰かッ! なんとかしろッ!!」
蔵人は筋肉を盛り上げて力を込めるが、ジリジリと押されていく。
「もう少しだけ、辛抱してくださいッ!!」
そんな中、ハッと我に返った明月が呪文を口にする。そして。
「‥‥なんとか、間に合いましたね」
額に汗を浮かべた明月が、呟く。暴走していた牛は、明月の魔法『シャドウバインディング』によって動きを絡め取られていた。
暫くしてから、瑞巴の競技は再開されたが。精神的な動揺があってか、三射とも外してしまったのだった。
●結果発表
「さーて、これにて六人の競技が終わったわけですが。一体、勝利の栄冠は誰の手に!?」
全ての射が終わると。椋の煽りを受けて、『姫』の牛車が並んでいる参加者へ向かって動き出す。そして。
「俺、か?」
牛車が止まったのは、蔵人の前だった。
「解説のシフールさん?」
「えーっとッスね。椿さんと浅羽さんが二射当たってたんスけど、椿さんの方が中心近くに当たってたッス」
「しかし、白瀬さんは三射とも当たってたように思うんですけど‥‥?」
「あ、アレはッスね。やっぱ、魔法はダメってコトッス」
ボソボソと話す、シフールの青年と椋の二人を尻目に。『姫』が牛車の物見から金貨を差し出した。
「悪いな」
頭を下げて、蔵人が金貨を受け取ろうとすると。
「ん?」
ヒョイッと、その金貨が物見の中へと戻っていった。
「これはどういうことでしょうか?」
椋に促され、シフールの青年は牛車の中へと飛んでいく。
「言い難いんスけど」
程なくして、牛車の中から青年が現れる。
「折っちゃった弓の弁償代と、差し引きってコトッス」
「‥‥そうか」
言って、蔵人は満足そうに頷いた。確かに金はもったいないとは思ったものの、一つ確かめられたことがある。というのも、金貨を受け渡す際に目にした、物見から伸びてきた腕。その褐色の肌が、生まれ付いてのものかはともかく、骨太の指と、蔵人ほどではないが筋肉で出来ており。
(「あれは確かに‥‥」)
女のものではない。少なくとも、蔵人にはそう思えたのだった。