大切な君の大切な名前
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■ショートシナリオ
担当:霜月零
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月01日〜08月08日
リプレイ公開日:2005年08月09日
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●オープニング
「ねえ、ピエール? お母さまって、本当にこんなにお綺麗だったの?」
子犬を抱きしめながら、お屋敷の廊下に飾られた亡き母の肖像画を見上げてポツリと呟く幼いお嬢様。
「ええ、マルガリータ様はとてもお美しい方でしたよ。この肖像画のように、自然をこよなく愛し、優しく、聡明で、誰からも好かれるお人でした」
「‥‥わたし、ほんとうにお母さまの娘なのかなあ‥‥」
ぎゅうっと、子犬を抱きしめて俯くお嬢様。
その大きな碧の瞳には涙が浮かんでいる。
「お嬢様、いきなりなんてことを仰るのですか! 正真正銘、お嬢様はマルガリータ様の娘ですぞ!」
「‥‥だって。お母さまはこんなに綺麗な金髪なのに、わたしの髪は茶色いし、お顔だってぜんぜん似てないし、名前だってへんだって言われたわ!」
「どこの誰がそんな失礼な事をお嬢様に仰ったのです? このピエールがきつく叱っておきますぞ」
「ダリアンが言ったの! ダリアンはいつもわたしをいじめるの、きらいよっ!!」
ぷっくりとほっぺたを膨らましてぽろぽろと泣き出す幼いお嬢様。
そうして全てに納得がいく執事のピエール。
ダリアンは、幼いお嬢様に何かとつっかかってくるお嬢様の乳母の息子で、きっと今日もいつものようにからかわれたのだろう。
「お嬢様、ダリアンにはピエールが後ほどきつく叱っておきます。お嬢様はマルガリータ様のお小さい頃にそっくりです。マルガリータ様のお小さい頃から仕えさせて頂いているこの執事のピエールが言うのですから間違いありません。そしてお嬢様のお名前はどこに出しても恥ずかしくないそれはそれはすばらしいお名前ですよ。マルガリータ様を魔物から守った冒険者達がつけられたお名前なのですから」
「冒険者? わたしのお名前はお母さまじゃなくて、冒険者たちがつけてくれたの?」
「ええ。それはそれは勇敢な者達でありました。6年前、マルガリータ様はお嬢様を身篭られて別荘にて療養されていたのです。マルガリータ様はあまりお身体が丈夫な方ではありませんでしたから、このお屋敷で過ごすよりも自然豊かな森の別荘で過ごされたほうが良いだろうとの旦那様のご配慮からでした。そして数人の冒険者を護衛として雇い、別荘の警備に当たらせていたのです。
もちろん、このピエールもごいっしょさせて頂いておりました‥‥」
そうして目を細めると、ピエールは幼いお嬢様に6年前のある日の出来事を思い浮かべ、ふと、思いつく。
冒険者達に、お嬢様のお名前がどんなにすばらしいか語らせてみてはどうだろうかと。
一番良いのはお嬢様の名付け親たちである6年前の冒険者達を集める事が出来れば良いのだが、何せ相手は冒険者。一つ所にとどまる事を知らず、連絡はつきそうもない。
けれど彼らと同じ冒険者という立場の者達なら、お嬢様のお名前がどんなにすばらしいか、ピエールが語るよりも説得力を持ってお嬢様に伝えられるかもしれない。
思い立ったが吉日。
ピエールは大切なお嬢様をおなぐさめするべく、冒険者ギルドに依頼を出すのだった。
●リプレイ本文
●お嬢さまのお名前は?
「こちらがアオイお嬢様でございます」
依頼人の執事のピエールに連れられて、幼いお嬢様――アオイに会う冒険者達。
お嬢様は子犬を3匹も抱きしめて、冒険者をみると「‥‥こんにちは」と一言だけ話し、あとはまた、黙ってしまった。
執事のピエールがふうっと心配気に溜息をつく。
「自分の名前が気に入らない!? うむ、そういうことならこの超肉体派の魔術師であるこの私に任せるのだ!」
名前が変だとからかわれて子犬を抱きしめて落ちこんでいる幼いお嬢さまを前にして、メリル・エドワード(eb2879)が元気いっぱいに請け負う。
お嬢さまをなぐさめる事と超肉体派は激しく関係ないし、ましてやメリルは間違っても肉体派などではないのだが、明るく元気なメリルはそこにいるだけで周囲に元気を与えてくれる。
「私はキルレインと言う。よろしく、可愛らしいお嬢さん。お嬢さん‥‥アオイは自分の名を気にしているようだが、私からすれば少しもおかしい響きは感じない。むしろ綺麗で素敵な名前だと思うよ」
キルレイン・エルク(eb3074)は微笑みながらお嬢さまの頭を撫でる。
「人をからかって遊ぶのが好きな性格ですが、それは大人相手であって、小さなお嬢様をいぢめても仕方がないので、真面目に依頼を果たします。レディには優しいのです」
アオイお嬢様を前にして、ちょっぴり物騒な事を言いう香椎 梓(eb3243)
そしてアオイお嬢様をじっと見つめているのはジュリアン・パレ(eb2476)
(‥‥以前のご依頼で、父君はエルフと伺いましたが、エルフの髪は金、銀、白。エルフを親に持ち、髪の色が茶となるものは‥‥6歳でこの活発さも、エルフにしては少し成長が早く思えますし‥‥)
悩みながら、お嬢様のその耳を見てほっと溜息をつく。
この依頼を受けた時から、ジュリアンは少々気になる事があったのだ――アオイお嬢様がハーフエルフなのではないか、と。
もちろん、わざわざ執事のピエールに確認を取るつもりも無かったし、差別するつもりも微塵も無かった。
ただ、ハーフエルフかもしれないお嬢様の将来を想うと、不安だったのだ。
だがどうやら取り越し苦労だったらしい。
「ピエールさん、厨房、借りれますか?」
イギリス王国出身のディ・ファナール(eb2711)は、覚えたてのゲルマン語で少したどたどしく訊ねる。
「ふむ。よいですぞ。厨房はこちらでございます」
ピエールが頷き、厨房へと案内する。
ディとキルレインの2人は予め計画しておいた作戦の為にピエールのあとをついて行く。
「ねえ、お嬢様。ダリアンはいまどこにいるのかなぁ?」
ちょっぴり舌ったらずな口調でそう尋ねるのはミュウ・クィール(eb3050)。
アオイお嬢様はミュウの足首まである長く豊かな金髪を羨ましそうに見つめて涙ぐみながら、
「ダリアンなんて知らないもん‥‥」
ぎゅう。
3匹の子犬をよりいっそう強く抱きしめる。
「うーん困ったのー。ダリアンに聞きたい事があるのにー」
ほっぺたに人差し指を当てて悩むミュウ。
「おや、あの少年は?」
メリルがドアに隠れるようにしてこちらを覗いている少年に気がつく。
少年は気がつかれた事に気がつくとパッと扉から離れて逃げていった。
「グットタイミングなの〜。きっと今の子がダリアンね! よーし、追いかけちゃうの〜」
逃げていく少年をダリアンだと当たりをつけて、追いかけて行くミュウ。
香椎とメリル、ジュリアンは顔を見合わせて、ミュウと、そして厨房へ行ったディとキルレインを待つことにした。
●マロウのお茶〜心を込めて煎れるから
「このお茶は、マロウ‥‥目の色、似てる。薬草で、健康に良い」
厨房から、アオイの別名であるマロウのお茶を全員分煎れて戻ってきたディとキルレイン。
ディの提案で、マロウのお茶は少し薄めにキルレインが煎れてある。
薄い方が、よりいっそうアオイお嬢様の瞳の色に近くなるからだ。
たどたどしく、お嬢様の瞳とお茶の共通点を伝えるディ。
「趣味でね、毎日こうして紅茶を楽しんでいるものだから。ふむ‥‥このマロウも良いものだな。綺麗なブルーだろう? アオイの瞳の色と同じだ。それに‥‥このマロウには美肌効果もあると聞く。これを飲んだらますます美しくなるだろうね、アオイは」
お嬢様が元気になれるように心を込めて煎れたマロウのお茶をお嬢様に手渡すキルレイン。
「このお茶を煎れた者、お主の名前を名付けた者、お主の名前を素晴らしいと思う者の思いが篭ったお茶なのだ。必ず美味しいはずだからちゃんと飲むのだ。‥‥‥‥まあ、ついでに摘んで来た者の思いも混じってるのだが‥‥」
初めて見るマロウのお茶を受け取り、おっかなびっくり見つめている幼いお嬢様に、メリルがちょっと照れて促す。
お茶に使ったマロウは、お屋敷に来る前に事前にメリルが近くの森を探して摘んできたのだ。
メリルに促されて、そうっとマロウのお茶を飲むお嬢様。
薄めに煎れ、さらに蜂蜜を垂らしたマロウのお茶は、幼いお嬢様にも飲みやすかったようだ。
美味しいと微笑むお嬢様に、
「『葵』という言葉は、ジャパンではとても高貴なものとして使われています。ジャパンに伝わるお話では、とても尊い血筋の女性の名前なのです。そして、ジャパンでは、黒髪(ブルネット)は女の命。『緑の黒髪』という言葉は、美人の代名詞。6年前の冒険者たちは、きっとあなたの美しい碧の瞳に心奪われたのでしょう。そして、『葵』という美しい名前が頭に浮かんだ。あなたのその髪、その名前‥‥ちっとも恥じることなどありません。誇りに思ってよいのですよ‥‥アオイ」
香椎は葵の尊さ高貴さ、そして優雅さを、アオイお嬢様に伝える。
「‥‥ほんとに、変じゃない?」
うりゅり。
まだちょっぴり涙目で香椎を見上げるアオイお嬢様。
「さっき、ピエールさん、聞いた。マロウ、別荘近くにも咲いてる。魔物が出ても、別荘で、母君はお腹の君のために頑張った。アオイの花言葉は‥‥『母の愛』。だから、ジャパンの冒険者がつけた‥‥君の名は『アオイ』。この花のように可愛らしく。気高く。健康に、成長するように。母の愛が、生涯、君に届きますように‥‥」
厨房に行っていたときにピエールに確認した事実と、マロウのお茶を入れるのに使った葵の花をお嬢様に手渡す。
その青い花は、お茶やお嬢様の瞳よりもずっと濃い青だったけれど、可憐で愛らしかった。
「こんなに綺麗なお花が、わたしの名前なのね‥‥なんだか、うれしいの」
ほっぺたをほんのりと赤くして、お嬢様は笑った。
●ダリアンの気持ち
お嬢様が元気を取り戻しつつあるその頃、屋敷の外までダリアンを追いかけていたミュウは。
「お前、なにやってんだよ‥‥」
なんにもない所で盛大に転んで地面にめり込んでいた。
「わざとじゃないよぅ。あたしはよく転ぶの!」
よろよろとたちあがるミュウに手を貸すダリアン。
「ねえ、ダリアン。どうしてお嬢様をいじめるのー?」
直球勝負!
駆け引きも打算も何もなく、ずばっと聞いちゃうミュウ。
これにはダリアンも驚いた。
「な、な、な、なんだよ、急に! お前に関係ないだろう!」
ずべしゃ!
立ちあがり掛けていた所を急に手を離されて再び地面に激突するミュウ。
「うわっ、ごめん!」
慌ててミュウを今度こそしっかりと抱き起こすダリアン。
「えへへ。ありがとう。ダリアンって優しいね♪ なのになんで、お嬢様をからかうのかなぁ? やっぱり、ラヴ?」
「!!」
真っ赤に、とことん真っ赤になるダリアン。
どうやら図星だったらしい。
「お嬢様とっても泣いてたよー?」
「知ってるよ、俺が泣かしたんだから‥‥でもいいじゃん。あいつはお嬢様だし、お前たちが慰めるんだし」
ぷいっとそっぽを向くダリアン。
どうやら先ほどドアを覗いていたのは泣かしてしまったお嬢様が気になっていたからのようだ。
「お嬢様とかそうゆうの、関係無いよ〜? やぁっぱり、男の子たるもの女の子を悲しませるよーなことはダメだよね★」
「だってあいつが悪いんだ! ピエールばっかり褒めるから! 俺だって頑張ってるのに‥‥」
「お嬢様はどんな事を言ったの〜?」
「ピエールが格好良いって。強くて優しくて大好きだって!」
「でもでも、ピエールはお爺ちゃんだよ〜?」
「それでも嫌なんだよ! あいつを守るのは俺だって決めてるんだから。‥‥まだ一度も剣も武術もピエールに勝ったこと無いけど、それでもいつか勝つんだ!」
ぐっとこぶしを握り締めて熱く語るダリアン。
「素敵だね★ でも、お嬢様に嫌われちゃったら意味ないよ。傷つけたりしちゃった事、ちゃんとあやまろ?」
にこにこと子供の自分と同じ目線で裏表なく話すミュウに、ダリアンは、
「ってゆーか、お前、一人で屋敷に帰れそうにないしさ。送っていってやるよ。‥‥ついでに、アオイにもあやまってやるよ」
やっぱりそっぽを向いたまま、ミュウの手を引いて屋敷へと帰るのだった。
●素敵な名前と仲直り?
「ダリアン‥‥」
ミュウに手を引かれ、部屋に戻ってきたダリアンを見て怯えるお嬢様。
「ごめん。変だっていって、ごめん。」
アオイお嬢様を見つめて、謝るダリアン。
「もういじめない‥‥?」
うるうる。
子犬を抱きしめて、ダリアンのことも見上げるお嬢様。
「うん。俺が守ってやるから。お前が大きくなるまで、俺が守ってやるから!」
ピエールをチラッと見て、何気に宣戦布告しているダリアン。
きっと二人は良い関係を築き上げて行くのだろう。
帰り際。
香椎はピエールを呼びとめた。
「ところでピエールさん‥‥6年前の冒険者たちの顔と名前を覚えてはいらっしゃいませんか? わたしは以前、兄から聞いたことがあります。異国の地で、美しい姫の名付け親になったと嬉しそうに申しておりました‥‥もしかして」
驚きに目を見開くピエールに、香椎はふふっと微笑んだ。