●リプレイ本文
「雲の様なお菓子‥‥フワフワでモコモコしたのを目指すぞ〜♪」
依頼人のお屋敷の厨房に集まった冒険者達。
荒巻とフェイマス・グラウス(eb1999)が街を駆けずり回って手に入れてきた新鮮かつ貴重な材料のうち、まずは卵を手に取る箕加部 麻奈瑠(ea9543)。
ボウルを数個使い、卵の黄身と卵白を手馴れた手付きで器用に分けていく。
卵白だけを用いてメレンゲを作るのだ。
調理器具は依頼人である執事のピエールの許可でどれでも自由に使うことが出来ることになっていたし、厨房に有る食材も使用許可が出ているから、器具にも材料にも困る事は無い。
しかし、麻奈瑠だけではとてもメレンゲを作ることは出来なかった。
ボウルの中で白身をしゃかしゃか泡立て器でかき混ぜればメレンゲは作れるのだが、凄まじく体力を消耗するのだ。
「麻奈瑠さん、お手伝いさせて頂きます。こんな感じでよろしいですか?」
ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)が、麻奈瑠に教わりながらメレンゲ作りの手伝いに参加する。
その隣で頭から煙を吹きそうな勢いでうんうん悩んでいるのはノリア・カサンドラ(ea1558)。
「白くてふわふわのくものお菓子かあ‥‥んー、なんだか難しい、どうすればー?」
「まあまあ、悩んでも始まりませんし。とりあえずなんか作っちゃいましょう」
悩むノリアにニコニコと語りかけるのはレイ・コルレオーネ(ea4442)。
どう見ても20代にしか見えないけれど実は30代。
「あれ? 男性のあなたは何しに来たの?」
「一人くらい男手があった方がいいんじゃないかな〜と思って、料理は出来ないんですけど依頼受けちゃいました♪」
「じゃあ、雑用でコキつかわさせてもらうね」
「‥‥お手柔らかにお願いします」
さくっとノリアに言い切られてちょっぴり腰が引けるレイ。
「うーん、お菓子を作るには甘いものが必要ですね‥‥砂糖をどうにか手に入れたほうが良いでしょうか?」
集められた材料を見ながら、甘味が足りない事に気付き呟くカレン・シュタット(ea4426)
甘味をつけるには砂糖が一番手っ取り早い。
だが砂糖は高級品。
そう安々と買える品物ではない。
(「蜂蜜で代用できるかしら? でも砂糖のほうが確実ですし5Gで買えるかしら?‥‥子供の笑顔を見るためにも頑張りたいです」)
砂糖の代金を自腹で払おうとお財布を見つめるカレン。
「砂糖かぁ。確かに甘いんだけど高いからね。そうそう、結晶蜂蜜を煮詰めるといい甘味にならない? すごく繊細な作業だけど。上手く行けばお砂糖の代用になるけどね」
悩めるカレンにフェイマスが提案する。
「蜂蜜から砂糖が作れるのですか? それでしたら、是非作りましょう」
意気統合する2人。
早速、蜂蜜から砂糖を作ろうとする。
だがしかし。
2人とも学問には長けているものの料理は素人。
繊細かつそれなりの腕を必要とする蜂蜜からの砂糖作成など出来るのだろうか?
もしかしたら蜂蜜を大量に駄目にしてしまうかもしれない。
不安になるカレンに、しかしフェイマスはドンと強気。
出来るか出来ないかの微妙な賭けはギャンブル好きの血が騒ぐ!
「ふん、世の中は出来るか出来ないかの2捨択一だよ。つまり出来る時は出来るってことだね。あんた蜂蜜を冷やす事は出来る?」
さばさばと思いっきり良く蜂蜜を鍋に入れて、カレンに尋ねる。
「いいえ。私の魔法では出来ません‥‥ごめんなさい」
風と水の魔法を操る事の出来るカレンだったが、物品を冷たくする魔法は習得していなかった。
「でも蜂蜜から砂糖を作るには高温で熱さなければならないのですよね? 何故冷たくするのでしょう?」
「うーん、アタシも料理は門外漢だから良くわかんないんだけど、結晶蜂蜜って、蜂蜜が結晶した物なんだよね。これって、ある程度自然に蜂蜜の中に出来る物なんだけど、蜂蜜を冷やすと作れるんだ」
どこかで聞いた雑学だから、あんまり当てには出来ないかもしれないんだけどねと呟いて、鍋に移した蜂蜜の中から自然に結晶となった粒を探し出すフェイマス。
しかし、通常蜂蜜は今の時期には自然には結晶しづらい。とろりと滑らかな鍋の中の蜂蜜からは、小さな結晶がいくつか取れただけだった。
「それなら、菜種蜂蜜が良いと思います。確か先ほど見た時には固まっていたと思います」
そういって、材料が置いてある場所から結晶化している菜種蜂蜜を持ってくるカレン。
「ほかの蜂蜜はさらさらしているけど、これは随分と固まって良い感じだよね。これならいけそう♪」
ご機嫌にカレンから結晶蜂蜜を受け取って、さっきとは別の鍋に移し変えるフェイマス。
だが、その表情が不意にしかめっ面に変わる。
結晶蜂蜜が手に入ったのだから、後は熱するだけ‥‥なのだが、それがかなりの難問なのだ。
釜戸に入れれば熱する事は出来るが、微妙な火加減を要するのに釜戸では不適当。
ではどうやって熱するか?
「キミ達、何かお悩みなのかな? 僕で良かったらお手伝いするんだよ」
爽やかな笑顔と共に手伝いを申し出るレイ。
「あんたノリアさんのお手伝いをしていたんだよね。あっちは終わったんだ?」
「彼女なら、あちらで麻奈瑠さん達とメレンゲを使ったパンを製作中なんだ。あっちでは私はもう手伝える事がないからこっちのお手伝いに来たんだよね」
言われてノリア達を見ると、麻奈瑠を中心にメレンゲの作成を終え、次の作業に取り掛かっている。
「ふうん、なら存分にこっちを手伝ってもらうとするか。あんた、火を扱えるよね?」
ニヤリ。
何かを思いついて不適に笑うフェイマス。
その笑みに何か嫌な予感がしながらも頷くレイ。
「ちょっとその拳に火を灯してみて」
「拳にですか? こんな感じでいいのかな?」
言われるままに呪文を唱えてボシュっと拳に松明のように火を灯すレイ。
「うんうん、良い感じだね。じゃあ拳を開いてもらって、はい」
火を灯したまま手を開いたレイのその上に、結晶蜂蜜が入った鍋をポンと置くフェイマス。
「あのー‥‥もしもし?」
「うん。熱するの手伝ってね。砂糖が出来あがったら麻奈瑠達に渡しておいて。アタシはその間にテーブルのセッティングをしてくるわ」
一方的に宣言して、フェイマスは厨房から食堂へと立ち去る。
(「私は確かにパシリでもなんでもこなして見せる気だったけど‥‥けど〜〜〜〜〜〜〜っ!!」)
「あの、重くはありませんか?」
と少しずれた心配をしてくるカレンに「大丈夫だよ、私は体力には自信の有るウィザードだから」とニコニコ笑顔で答えて心で泣いて。
自分の手の上でコトコトと煮詰められてゆく結晶蜂蜜を見つめながら火のウィザードである自分というものについて小1時間悩みたくなるレンだった。
「お菓子、できた?」
ひょこん。
甘い香りの漂い出した厨房に、幼いお嬢様が現れる。
手で結晶蜂蜜を煮詰めるレイを見て「冒険者さんってすごいのね」と何か間違った感動をしつつ、お嬢様はニルナの側へ。
「きれいな金髪なの。素敵なの!」
「金髪がお好きなのですか? 妹も金髪なんですよ」
「うん、大好き! 金髪はお母様と同じなの。とってもとってもお母様はおきれいだったのよ」
碧の瞳を輝かせて、金髪のニルナに亡き母の面影を重ねる幼いお嬢様。
(「私もこんな可愛い子が欲しいですね」)
いつかは出来るかしら?
最愛の恋人を脳裏に思い浮かべ、可愛いお嬢様と妹、そして恋人の為にさらに菓子作りに力を入れるニルナ。
「ねぇ、お嬢様。あなたは夕焼けにはどうして雲が赤くなるか知っているかな?」
麻奈瑠が蜂蜜を使って作った甘めのパンの、茶色い耳の部分を綺麗に取り去って、色々な雲の形をパンで作っているノリアが尋ねる。
わかんないとノリアを見上げてふるふる首を横に振るお嬢様に、
「夕焼けがなぜ赤くなるかというとね、お日様があたしたちから見えなくなるのが悲しくて真っ赤になるって聞いたことが。夕焼けの雲は一緒になって悲しんでるかも。ほら、夕方に雨降ることってあるし」
「あめはくものなみだなの?」
「そうかもね。ほら、夕焼けの雲のできあがり」
雲の形にした白いパンに、苺を潰したものをトッピングして、麻奈瑠が先ほど白身と黄身に分けた卵の黄身を焼いて夕日に見立てて苺のトッピングをした雲と一緒に皿に盛る。
ピンク色の雲の間から覗く黄身だけの目玉焼きは、本当に夕焼けの空を写したようだった。
「うわあ、うわあ、きれいー!」
ぱちぱちと拍手をしてはしゃぐお嬢さまを見て、ノリアは(「やったね!」)と微笑んだ。
「こちらも出来あがりましたよ〜」
蒸し器から少しクリーム色に染まったふわふわの蒸しパンを取り出す麻奈瑠。
レイから受け取った砂糖をふんだんに使用したその蒸しパンは、甘い香りを周囲に漂わす。
「こっちも美味しそうなの。ほんとにくもみたいなの!」
麻奈瑠の作ったパンにも、お嬢様は大満足の様だ。
「ふむ。出来あがったようですな。あちらの食堂にて試食するといたしましょう。フェイマス殿もお待ちですぞ」
執事のピエールがタイミング良く現れて、冒険者達を食堂へ促す。
食堂のテーブルには、フェイマスが選んだ真っ白いテーブルクロスに青い大空を思わせるシノグロッサムが飾り付けられていた。
カレンは席につきながら、飾られた花を見つめる。
「素敵です。シノグロッサム‥‥別名勿忘草ですね」
「青くて綺麗でしょ? でも今日の美味しいお菓子の作り方は忘れないようにしないとね」
と悪戯っぽくカレンにウィンクするフェイマス。
「レシピを後で頂けますでしょうか? 妹と恋人にも作ってあげたいんです」
その場にいるみんなに許可を求めるニルナ。
それぞれの席についた冒険者達に、先ほど作ったパンと、お屋敷のお抱えシェフの作った料理が出される。
そして幼いお嬢様は。
「あまくって、ふわふわなの。くもってやっぱり美味しいの」
冒険者達の作った数種類の雲のお菓子を嬉しそうに頬張って、幼いお嬢様はにっこりと微笑んだ。