水の楽園〜2人の時間〜

■ショートシナリオ


担当:霜月零

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月27日

リプレイ公開日:2005年07月26日

●オープニング

「海の中って、本当に綺麗なのよ。ジャンも一緒にいこう?」
 海。
 夏の日差しにキラキラと輝く水面から顔を覗かせて、彼の最愛の少女が呟く。
 パシャリと銀の髪をなびかせて、海へと泳ぎ去る彼女。
 彼はそんな彼女を見送って、ふうっと溜息をつくジャン。
 彼女を追いかけようにも、彼はカナヅチだった。
 幼い頃、彼は海で溺れかけたらしい。
 覚えていないから、両親から聞いた話だけれど。
 しかし、脳の記憶には残らずとも、身体はその時の事を覚えてしまっているらしく、恐怖で泳ぐ事が出来ないのだ。
 海水につかる程度のことは出来るのだが、潜ろうとすると身体が硬直する。
 顔を水につけることが出来ない。
 だから、最愛の彼女と共に海の中へ行くことが出来ない。
 彼女は海が大好きなのに。
 彼女の語る海は、それはそれは素敵だった。
 オレンジ色の愛らしい魚達。
 一度でいい。
 彼女とゆっくりと水の中で過ごしてみたい。
 彼女の愛する海の中を見てみたい。
 それが彼の夢だった。
 そうして。
 彼は意を決して冒険者ギルドの扉を叩くのだった。
 最愛の彼女と海の中で過ごす為に。

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●始まりはジャイアント 
 冒険者とは、かくも奇妙な人達だったのだろうか?
 依頼人、ジャン少年は集まった冒険者を見て冷や汗をたらす。
「ファーォ☆ 我輩こそ、イギリスからやってきた波打ち際の妖精! その名もラヴリーな、マスク・ド・フンドーシ!! 生粋のハンマーボーイであるジャン少年を見事スイマーに変身させてあげようではないか。フォーゥ☆」
 マッチョムキムキムッキンキーン☆
 マッチョなポーズを取って自慢の筋肉を強調しつつ、褌一丁、とどめにド紫の蝶々仮面で怪しさアフロ大爆発のマスク・ド・フンドーシ(eb1259)。
 そしてその隣では、「私は鯨」と泣き笑いしながらまるごとホエール君を頭からすっぽりかぶっている護堂 熊夫(eb1964)。
 濃すぎるジャイアントの男性二人を見上げて、くらくらと眩暈を起こしそうになるジャン。
「海か‥‥久しぶりだなぁ‥‥」
 潮の香りに目を細めて呟くのはリョウ・アスカ(ea6561)。
 そしてなんだか棒読みで「ガンバレ君ならきっと出来るさ」とあんまり頼りにならなさそうな応援をジャンにする。
「海でデートか‥‥羨ましいもんだな。俺はちょっと調べものがあるから、先に訓練していてくれ」
 フワリと羽を羽ばたいて、どこかへ消えて行くのは劉 蒼龍(ea6647)。
「こんにちは、ウィザードのイリア・アドミナルです。海の中は、とっても綺麗で素敵だよ、素敵なデートの為に頑張ろうね」
「依頼人さん‥‥がんばってくださいね‥‥僕も‥‥がんばりますから‥‥」
 水のことならお任せあれ☆ 水のウィザードのイリア・アドミナル(ea2564)と、自分もジャンと一緒に泳ぎを習いたいというアルフレッド・アーツ(ea2100)。
 唯一頼りになりそうに思えるイリアに、ジャン少年はひしっとしがみつき、「よろしくお願いします!」と頭を下げた。


●本当に恐いんだってば!
「まずは顔を水につけることから始めましょう」
 見た目は鯨なのだが、言うことはまともな護堂がジャン少年の前に海水を汲んだ桶を差し出す。
 ごくりと唾を飲みこむジャン。
 その額には脂汗が滲んでいる。
「本格的に泳げはせんでも水への恐怖心は除かねばならんの! さあ、頑張ってこれに顔をつけるんだ」
 マスクもジャンの肩を叩いて応援する。
 2人の濃ゆいジャイアントに挟まれて本来ならば別の意味で倒れそうなシチュエーションだが、ジャンはそんなことにかまっていられなかった。
 水。
 桶の中で揺らぐ水。
 その水に顔をつけようとすると、胸が急に苦しくなった。
 息が、出来ない。
 苦しい。
 苦しい苦しい苦しい苦しい‥‥!
 ジャンは、すうっと意識が遠のいていくのだった。


●恐怖心を取り除こう。貴方の為に歌うから。
 額にひやりと気持ちいい感触があり目覚めるジャン。
 どうやら水を見つめたまま気を失ってしまったらしい。
「目、覚めましたか?」
 ほっとした顔でジャンを覗きこむイリア。
 その手には水で濡らしたハンカチが握られている。   
 ジャンが額に手を当てると、同じように濡れたハンカチが置かれていた。
 イリアが倒れたジャンの為に濡らしてきてくれたのだろう。
「ファーォ☆ 無理させてすまなかったねボーイ」
「まさか桶の水でも倒れてしまわれるとは‥‥すみませんでした」
 筋肉ペアが平身低頭に謝る。
 ジャンは2人に首を振って、「大丈夫です、頑張ります」と答えて再び桶の水を見つめる。
 水は、見るだけならまだ恐くは無いのだ。
 潜るとか、顔をつけようなどと思うと拒絶反応が起こるらしい。
 ジャンと同じく泳げないアルフレッドは、ジャンの隣で同じように桶の水に顔をつける訓練をしていたのだが、こちらは既に水の中で目を開けられるようになっていた。
 しかし、進み過ぎないように、置いていかれないように。
 ジャンと同じ速度で習おうと心に決めていたアルフレッドは、ジャンと一緒に桶の水に顔をつける訓練を続けてる。
「ジャンさん‥‥僕も‥‥顔をつけれるようになったんだよ‥‥。僕‥‥ずっと泳げなかったんだよね‥‥でも‥‥ジャンさんと一緒になら‥‥泳げるようになると思うんだよ‥‥」
 ジャンの耳の側にふわりと浮かんで囁くアルフレッド。
 そんなアルフレッドに頷いて、ジャンはもう一度、桶の中の水を見つめる。
 どくんどくんと心拍数が早くなる。
 再び苦しくなってくる胸。
(「また、駄目なの‥‥?」)
 意識が遠くなりそうな中、不意に、歌が流れ出す。
 それは、イリアが紡ぐスクロール魔法のメロディー。
 
 ♪魚の様に、泳ぐ猟師も最初は、皆素人さ
  初めての時は、緊張するけど、胸思うは、心に秘めしあの人や、自分の中に眠る勇気さ
  水の力は怖いけど、立ち向かう事は、不可能じゃないさ
  だから、一緒に飛び込もう、其処にはきっと夢の未来が待っている♪
 
 ジャンの中にある勇気を信じ、呼び起こそうとするその歌は、ジャンの中に暖かく灯る。
 ジャンは動機が収まっていくのを感じた。
(「いまなら‥‥できる!」)
 バシャン!
 桶の中の水に思いきって顔をつけるジャン。
 さあ、次は海だ!


●本物の海と優しい嘘。
 パシャパシャパシャ。
 ピシャピシャピシャ。
 泳げないアスカとアルフレッドが護堂にそれぞれ手を繋がれて、海の中で泳ぐ練習をしている。
 そして肝心のジャン少年は。
「むふぅ、ハンマーボーイ返上はほど遠そうだねぇ」
 マスクに手を引かれながら、そっと海へと入ったジャンは、きちんと脚のつく浅瀬だというのに身体が凍ったように動かなくなってしまったのだ。
「くっ!」
 悔しそうに自分の足を叩くジャン。
 けれど竦んだ足はジャンの意思とは裏腹に少しも前に進まない。
「なあ、おたくはなんで水が恐いんだ?」
 そんなジャンに、いつの間にか用事を済ませて戻ってきた劉が首をかしげながら聞く。
「それはっ、小さい頃海で溺れかけたから‥‥」
「それが原因で水に入って身体が動かないなんておかしいな? だっておたく、子供の時に溺れたなんて事、ないんだぜ?」
「えっ?」
「俺はさっきおたくの親におたくが泳げなくなった原因を聞いてきたんだ。親が『溺れた』なんて言ったのは、子供のおたくが海に近付かない様にする為の嘘だったんだ。港町だし、子供の水の事故とかも多いだろうから、不安だったんだろう‥‥」
 溺れた時の記憶の無いジャン。
 もしかしたら、本当に溺れた事なんて無かった?
 揺らぐジャンの気持ちと共に、足も揺らぐ。
 パシャリ!
 揺らいだ足が、前に出る。
「あれほど叩いても動かなかったのに!」
 驚くジャンに、劉はフッと微笑む。
 本当は、嘘なのだ。
 街でジャンの両親に逢い、事情を聞いたところジャンは確かに溺れた事があるらしい。
 けれどジャンが今もその時のショックで泳げなくなっている事を劉はジャンの両親に話し、ジャンのトラウマを克服すべく『溺れた事実は無い』という嘘に口裏を合わせてもらうことにしたのだった。
  

●水中デート
 アスカとアルフレッド、そしてジャン。
 日々練習し、泳げなかった3人がなんとか息継ぎも出来るほどに上達したある日。
「むっふぅん。大分泳ぎも上達したしそろそろジャン少年の愛しの彼女とデートを決行だのぅ。ファーォゥ!」
 相変わらずムッキムキな肉体美を夏の日差しに晒すマスクがそう提案する。
「ええっ、まだ早いです‥‥期限まで、あと数日あるじゃないですか!」
「むふ〜、若い! 若くて青いの〜!! 最終日に失敗したら取り返しがつかないではないか。我々がいるうちにチャンスは逃さない方がグーットなのだよ」
 チッチッチッと、人差し指を左右に振ってジャン少年の反論を却下するマスク。
「わかった。じゃあ取っておきの口説き文句を伝授しよう。多少泳ぎが下手だって、この口説き文句ならどんな彼女もイチコロさ。なあに、俺が過去に実証済みのヤツだから大丈夫」
 自信満々にジャンに口説き文句を伝授するアスカ。
「あちらの海流はなだらかで、綺麗な魚も豊富でしたよ」
 泳ぎがあまり上手くなくともスクロールのウォーターダイブと身に付けた航海術を用い、尚且つデートに最適なスポットを探してきてジャンに伝えるイリア。
 冒険者達に説得されて、ジャンは彼女を迎えに行くのだった。


●水中デート〜2人の時間
 ジャン少年が、銀髪の日に焼けた少女を連れて海辺に戻っている。
 きっと彼女がジャン少年の彼女なのだろう。
 冒険者達は、そっと岩陰に隠れて二人を見守っている。
 まず彼女がなんのためらいも無く海に飛び込む。
 続いてジャンが、飛び込んで行く。
 固唾を飲んで見守る冒険者。
 イリアのアドバイス通り、余り潮の流れの速くないデートスポットに泳いでいく二人。
 適当な岩と岩の間を隠れるように、二人から適度に距離を取ってそっと泳いでついて行く冒険者達。
 目的の場所につくと、ジャンと少女の2人はどこまでも深い蒼の中へ潜って行く。
 しかし、ジャン少年はすぐに水面に顔を出してきょろきょろしている。
 不審に思い、まるごとホエールをつけ鯨に扮している護堂がジャンの元へ泳いで行く。
「どうしました?」
「水の中、何も無いんだ‥‥」
 いわれて護堂はテレスコープで海の底を覗くと、時間帯が悪かったのか色とりどりの魅力的な魚たちが見当たらない。どこかへ移動してしまったようだ。
 そして銀髪の彼女は海の底の貝殻拾いに夢中になっているようだ。
「わかりました。少し待っていてくださいね」
 護堂は懐からゴールドフレークを取り出して、テレスコープで魚たちの居場所を探し当てると、その場所へ泳ぎ、ジャンたちの元へ魚が移動するようにゴールドフレークを少しずつ蒔いて誘導する。
 彼女に見つからないように冒険者達の元へ戻る護堂。

「うわあっ、凄いわ、綺麗!!」
 極彩色の魚たちが一斉に自分達の周りに集まり出したのを見てはしゃぐ彼女。
 いつも海に潜り魚など見なれていただろうけれど、自分達の回りにこんなにも大量に現れるのを見るのは初めてだったらしい。
 ジャンに抱きついて喜ぶ彼女。
 それを見て笑う少年。
 若い二人を見守って、冒険者達はそっとその場を泳ぎ去るのだった。