●リプレイ本文
●まずは情報収集
「やっぱり、カーラさんは屋敷に入っているようだな」
依頼人―マリエラから、行方不明のその姉・カーラの特徴をアリアドル・レイ(ea4943)が聞き出し、その情報を元にカーラがメイドとして勤めていたという屋敷の周辺で聞きこみ調査を行っていたイオニス・ツヴァイア(ea0674)が調査結果を報告する。
「カーラさんは住み込みのメイドではありませんでしたが、カーラさんが行方不明になられる数日前に、急に里帰りをされたメイドさんがいらしたそうです。行方がわからなくなった日、カーラさんは友人でもあった里帰りをしたメイドの代わりに夜遅くまで屋敷に残られていたようです」
屋敷から出てきたメイドの一人にそれとなく話し掛け、その育ちのよさそうな顔立ちと類稀なる話術によってメイドの警戒心を解きほぐして事情を聞き出した霧島 奏(ea9803)がイオニスの説明にさらに補足する。
「姉は‥‥カーラ姉さんは無事だったんですか?! まさか‥‥死んだりはしていないですよねっ?!」
居ないといわれていた屋敷に姉が行っていた事、それなのにもう何日も前から姉からの連絡が何一つ連絡もなく行方が知れない事。
その事実が告げるカーラの未来はどう考えても無事とは思えない。
泣き崩れる依頼人に、しかし霧島は厳しかった。
「あなたが泣けば、カーラさんは無事に戻られるのですか? 戻らないでしょう。今は気をしっかり持って頂いて、1日でも早くお姉さんを見つけることが出きるように僕達に協力してください」
「‥‥姉は‥‥生きて‥‥?」
「生きているとの確証を得る事は出来ませんでした。でもまだ死んだという確証も得られていません。ですからどうか希望を持ってください‥‥」
イオニス、霧島と共に屋敷周辺で聞きこみを行っていたシルフィア・レイブンス(eb1223)はマリエラの肩を支える。
『死んだという確証も得られていない』それは事実だった。
ここ数日、カーラさんらしき方を見かけた者はおらず、同時に近隣の身元不明者の死体リストのなかにもそれらしい人物を見つける事はなかったのだから。
(「アリアドルさんと護堂さんのお二人が、無事にカーラさんを見つけてくださると良いのですが‥‥」)
シルフィリアは一足先に問題の屋敷へと潜入しているはずのアリアドルと護堂 熊夫(eb1964)に思いを馳せた。
●屋敷の中
「吟遊詩人じゃとな‥‥?」
客間で片眉を上げて胡散臭げにアリアドルと護堂をねめつける屋敷の主人。
その隣にはフードを目深にかぶっているため、顔立ちはわからないのだが魔術師と思われる風体の男が控えていた。
アリアドルと護堂は旅の吟遊詩人と偽って屋敷を訪れたのだが、本当に吟遊詩人であるアリアドルはともかく、護堂の方はかなりの無理があった。
ジャイアント特有の2mを超える長身、褐色の肌。そしてとどめに禿げあがった頭。
普段着なれない旅のマントを身につけて、華奢な吟遊詩人であるアリアドルの横に並ぶと、護衛兼友人という設定でも違和感が強烈だ。
そんな怪しげな2人が門前払いを食らうことなくメイドに客間に通されたのは、アリアドルのメロディーのおかげだった。
白く繊細な指先から爪弾かれる竪琴の音色に合わせ、歌うアリアドルの声には魔力が宿り、対応したメイドを好意的にさせたからだ。
「一曲、披露させて頂けますか? ご主人の繁栄と栄光を願って」
「うむ‥‥まあ良いじゃろう。じゃがわしの耳は肥えておるぞぇ? 生半かな歌では満足などせぬ」
おぬし等にわしを満足させることなど出来るのかのぅ?
深く皺の刻まれた顔を意地悪く歪めて嘲笑う主人に、アリアドルは深々と一礼し、竪琴を奏でだす。
高く遠く、どこまでも澄み渡るその音色は、メロディーを使わずとも十分に魅力的だった。
(「本当ならメロディーを使用してこの屋敷への滞在許可もとりつけたいところですが‥‥」)
予定では、屋敷の主人にメロディーを使い、アリアドルと護堂を屋敷へ留まらせたい気分にさせ、この屋敷への滞在許可を得る予定だった。
滞在できれば、この屋敷を調べることが出来る。
屋敷には行ったきり、戻らないカーラさんを探し出す事が出来るかもしれない。
しかし、主人の側には魔術師らしき男が控えている。
いまここでメロディーを使えば、その魔術師に感づかれてしまう。
だからアリアドルは、魔法を使わずに己の技術のみで勝負に出たのだ。
―風の舞う悠久の丘 久遠の月―
―枯れる事の知らぬ木々 遠く照らす―
―永久の日々は美しく 黄金の光ー
―母なる大地の恵み 丘にもたらす―
旋律に合わせて紡がれるアリアドルの歌は、川のせせらぎのように優しく流れ、屋敷の主人の心に染み渡る。
「美しいのぅ‥‥? ほんに、美しい‥‥。良かろう、褒美をとらせようぞぇ。何が望みか言うが良い」
「お褒めに預かり光栄で御座います。もしも許されるのであれば、わたくし達2人のこの屋敷での滞在許可を頂きたく存じます」
「ふむ、そんな事で良いのかぇ‥‥? ならば好きなだけ滞在するが良い。後ほど、部屋を用意しよう。自由にくつろぐが良かろうて」
くつくつと笑い、上機嫌で客間を去る主人とそれに付き従う魔術師。
部屋から遠ざかる足音を確認して、ほっと息をつく護堂。
「アリアドルさん、やりましたね! 魔術師らしき男を見たときは冷や汗ものでした」
「油断は禁物ですよ。この屋敷に魔術師が居るとなると、迂闊に魔法は使えません。カーラさんを探すには魔法を使う予定でしたが、これは新たに何か対策を考えませんと‥‥」
まあ、なるようになるでしょう。
最後は小声で呟いて、アリアドルはピンッと竪琴を爪で弾いた。
●その頃、依頼人の周辺では‥‥
「いったい、どうしてこの人達は私を‥‥?!」
霧島、イオニス、シルフィアによって捕らえられた見ず知らずの男達を前にして、マリエラは青ざめる。
3人の男達は人気のない路地裏にはいって行くマリエラと、その友人の女性に扮したイオニスに襲いかかったのだ―罠とも知らず。
霧島の提案により、依頼人の周辺を監視しているらしき者達を捕まえるべく、マリエラに囮になってもらったのだった。
男達はすぐ側に隠れ潜んでいた霧島とシルフィア、そして女装したイオニスによって一瞬で捕らえられ、今こうして霧島のロープで縛り付けられている。
「マリエラさん、この方々に見覚えは?」
「いいえ、知らない方々です‥‥あっ、でも、あなたはカーラ姉さんのお屋敷であった‥‥?」
記憶の糸を手繰りよせ、眉根を寄せて思い出そうとするマリエラ。
どうやら男達のうちの一人に見覚えが合ったようだ。
「あんた、なんでマリエラさんを襲ったんだよ? 答えろよ!」
ぐっいっと手前の男の襟首を女装のまま締め上げるイオニス。
「く、苦しい…ぷふっ」
縛り上げられた状況だというのに、男はつい吹いてしまう。
女装をしたイオニスは、エルフ独特の線の細い身体つきをしていたし、腰まである艶やかな金髪も女性的で、また、マリエラもイオニスほど高くはなかったがそれなりに背の高い女性だったので、二人が並ぶと遠目には女性同士に見えた。
しかし間近で見ればその性別は一目瞭然。
女装をした男性に詰問されてもそれはもうコメディにしかならない。
「くそっ!」
笑われたイオニスは真っ赤になって女装を脱ぎ捨てる。
その瞬間、悲鳴が響いた。
「ぎゃあああああああっ!」
霧島が男の手を掴み、その人差し指を手の甲側に反らせている。
本来曲がるはずのない方向に曲げられた指は、霧島が手を離すとぶらりと力なく垂れた。
「うあっ、うわあああああっ?!」
それを見た別の男も悲鳴を上げる。
指をありえない方向に何の前触れもなく折られた男はすでに気を失っていた。
「ご自分たちの置かれた状況は理解できましたか? では、僕達の質問に素直にお答え頂きましょう。なぜマリエラさんを狙ったのですか?」
たった今、見ず知らずとはいえ男の指を折った霧島は顔色一つ変えずに淡々と問う。
その姿は仲間ですら恐ろしいものだった。
「霧島さん、止めてください! 何もここまでなさる必要はないでしょう?」
シルフィアが見かねて男達と霧島の間に割って入る。
「ならばあなたにこの男達を調べて頂きましょう」
そうして。まだ意識のある男達は、霧島に問われるまま何もかも洗いざらいに喋り、さらにシルフィアがリードシンキングを用いてその情報の正否を調べる。
マリエラ襲撃の理由、その姉カーラの生死、屋敷の謎‥‥全てを聞き出した霧島は、用の済んだ男達の首に軽く手刀を加えて気を失わせ、路地裏のごみ箱に隠した。
その霧島の黒い服から、ポロリと白い何かが零れ落ちる。
「おい、なんか落ちたぜ‥‥って、指っ?!」
拾い上げたその物体を思わず投げ捨てて飛びのくイオニス。
「良く見てください、手品に使われるレプリカですよ」
「何だってこんな時にそんなもん持ってるんだよ‥‥」
げっそりと力尽きるイオニスに、
「そんなことを言っている暇はありませんよ。男達の話によれば屋敷の主人はかなり良いご趣味をお持ちのご様子‥‥アリアドルさんと護堂さんが危険です。早く屋敷に向かいましょう。マリエラさん、ご協力を有難う御座いました。ですがここから先はとても危険です。あなたはすぐに自宅に戻って待っていてください。もしも僕達が今日中に戻らなかったら、今聞いた事実を騎士団に話すんです。いいですね?」
イオニスを嗜め、マリエラに自宅に戻るように伝えると一瞬だけ縛り上げた男達に目線を向け、すぐさま屋敷に向かいだす霧島。
その目線に気づいたシルフィアが男達をよくよく見ると、折られたはずの指は何ともなっていなかった。
先ほどの拷問は霧島の手品だったようだ。
ほっとして、イオニスと霧島の後を追いかけるシルフィアだった。
●決戦!
屋敷の夜。
「のおおおおおおおおおっっ!」
護堂の叫びが響き渡る。
「護堂さん、護堂さんっ!!」
アリアドルが必死に呼びかけるがその身は既に石化していた。
屋敷の主人に用意された部屋で、不意に二人は襲われたのだ―屋敷の魔術師によって。
「どうして、どうしてこんなことを‥‥!」
ドアの向こうには屋敷の主人の姿があった。
咄嗟に自分を庇い石化した護堂を背に庇い、混乱する頭で主人を問い詰めるアリアドル。
「美しいのぅ‥‥? そなたの声はほんに美しい‥‥美しいものを永遠に残そうとするのは人の性とは思わんかね‥‥?」
「こんなこと、狂っていますよ!」
「ふむ、理解を得られぬとは残念じゃ‥‥やれ!」
主人の命に従い、呪文を唱え出す魔術師。
逃げ場はない。
しかし魔術師の呪文詠唱が完成するまさにその瞬間、窓から部屋の中にイオニスが飛びこみ魔術師にダガーを投げつけた!
呪文詠唱を妨害され、舌打ちする魔術師。
「イオニスさん、シルフィアさん、来てくださったのですね? でも護堂さんが‥‥!」
「解ってる、畜生遅かったか! こいつら、カーラさんの事もどこかに石化させて居やがるんだ!」
「カーラさんだけではありません、美しい少女達を常に石化させて美術品として飾っているんです!」
「くくくっ、そこまで知られておるのなら生きて帰すわけにはゆくまいよ‥‥」
キイイイイインッ!
聞き取る事の出来ない刹那の呪文が魔術師の口から紡がれ、アリアドルに襲いかかる!
「うわあああああっ!」
為す術もなく石化するアリアドル。
「くっ、高速詠唱かよっ?!」
これでは魔術師を倒すどころか近寄る事すら許されない。
イオニスはショートソードを油断なく構えるが、絶望的だった。
(「神様、どうかご加護を‥‥」)
レイピアと盾を構えて心の中で祈るシルフィア。
ピンと張り詰めたその空気を破ったのは、霧島の一声だった。
「そこまでです!」
姿の見えなかった霧島が、いつのまにか屋敷の主人を捕らえ、その首筋に忍者刀を押し当てている。
「き、貴様、卑怯じゃぞぇっ!」
額に脂汗を滲ませて叫ぶ主人。
「卑怯? 目的の為なら手段を選ばずどんな卑怯なことでもする。これがキリシマ流です」
「あっ、魔術師はどこだ?!」
イオニスの声にはっとして周囲を見渡すシルフィア。
主人のほうに気を取られ、魔術師から目を離した隙に逃げたようだ。
「美少女の彫像といい、主人の危機に逃げ出す魔術師を雇う事といい‥‥良い趣味をしていますね。クックッ‥‥」
にっこりと微笑んで言い切られ、屋敷の主人はがくりとうな垂れた。
そうして。
屋敷の主人には全ての石化した人々の治療費を支払わせた上で騎士団に引き渡し、依頼人の元には無事、カーラを送り届ける事が出来たのだった。