夢で逢えたら
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■ショートシナリオ
担当:霜月零
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月02日〜08月09日
リプレイ公開日:2005年08月10日
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●オープニング
『あなたは、どんな夢を見ますか?』
ランチュイエの見る夢は、いつだって最愛の恋人のことだった。
この春に結婚するはずだった、ずっとずっと大好きだった人。
けれどもう、二度と会うことの出来ない人‥‥死んでしまった恋人。
だからランチュイエは夢を見るのだ。
夢の中でだけなら、誰にも邪魔される事なく最愛の人と共にいられるから。
そしてその日もランチュイエは夢を見ていた。
いつものように、彼と出かけた過去の日の夢。
草原を歩いていると、ランチュイエの白い帽子が風に飛ばされる。
(「このシーン、覚えているわ。このあと彼は駆けて行って帽子を取ってきてくれて。そうしてこう言うのよ。『はい、きちんと抑えていなくちゃ駄目だよ。今日は風が強いからね』って」)
記憶の通り、駆けて行き、ランチュイエの帽子を取ってきてくれる彼。
しかし、なかなかランチュイエに帽子を手渡してくれない。
辛そうに、ランチュイエを見つめている。
「どうしたの? 帽子、ありがとう」
記憶と違う夢の中の彼の行動に戸惑うランチュイエ。
不意に、彼はランチュイエを抱きしめた。
「?!」
「‥‥ずっと、一人にしていてごめんね。悲しませてごめんね。でも、もう離さないから‥‥」
「エディット‥‥エディットなのっ?!」
「やっと、君の側に戻ってこれたんだよ。これからは、ずっと一緒にいようね‥‥」
魔性の瞳でランチュイエを見つめる彼。
ランチュイエはうっとりと頬を染め、
「ええ、ええ、もう決して離れないわ。ずっといっしょよ‥‥」
最愛の彼に頷いた。
冒険者ギルドに身なりの良い婦人が訪れたのはこの数日後のことだった。
「娘の意識が戻らないんです。ずっと眠ったまま、目覚めないんです。このままでは死んでしまいます、どうか娘を助けてください!」
最近恋人を亡くしたランチュイエという婦人の娘が、もう何日も眠ったまま目を覚まさないらしい。
しかも、婦人の話によれば、夜になると決まって何か恐ろしい影が娘の部屋を訪れているようなのだ。
「夜になると現れる恐ろしい影、ですか?」
羽ペンを顎に当てて、眉間に皺を寄せる万年一人身受付係。
なにかとても嫌な予感がする。
「ええ、そうですの。わたくしもはっきりと目にしたわけではございませんわ。ですがその影が現れると娘は眠りながらでもとても嬉しそうに名前を呼ぶんです‥‥エディットって。娘の恋人の名前ですがエディットはもう亡くなっているんです。もう、どうして良いやら‥‥お願いです、娘を助けてください!」
「ええ、わかりました。大至急冒険者を集めましょう」
いつに無く真剣に、新たな依頼書を作成する万年一人身受付係だった。
●リプレイ本文
●まずは聞きこみ〜きっと時間がもう無いの!
「以前に似たような事件は無かったかしら?」
依頼人である眠りつづけるランチュイエの母親に、そう尋ねるのはマリー・プラウム(ea7842)。
憔悴しきった顔で首を振る母親。
「いいえ‥‥今回が初めてです。娘は、恋人を失ってからよく眠るようにはなっていました。でもっ、目覚めないなんて一度も無かったんです!」
母親は娘とは逆にもう何日も眠っていないのかもしれない。
「ランチュイエさんが寝込む前に手に入れた物とかはないですか?」
箕加部 麻奈瑠(ea9543)は眉間にしわを寄せ、少し焦り気味に尋ねる。
何日も眠りつづけているというランチュイエ。
(寝るって意外に体力が要るから、もう限界じゃないかな)
母親の前で口に出して言うことははばかられたが、依頼期間が1週間あるからといって、それはそのまま1週間ランチュイエが生きているという保証にはならないのだ。
なにか少しでも眠りから覚ます手がかりを一刻も早くつかまなくては。
「手に入れたものですか? ‥‥いえ、特には無いと思います。あの子は、恋人から送られた白い帽子をずっと大切にしていましたから、それ以外の物には興味をあまり示さなかったんです」
「その恋人だったって言うエディットさんについて詳しく教えていただけますか?」
夏だというのにブルーグレーのフードを目深に被ったままティファ・フィリス(eb0265)。
母親は明らかに不審そうに、
「あなた、何故そのような格好を? ここは室内ですよ、お取りなさい」
すっと手を出してティファのフードを取ろうとする母親。
咄嗟に後に引いてその手を逃れたティファは、
「‥‥幼い頃に負った顔中酷い火傷の跡が‥‥」
と嘘をつく。
本当は火傷なんてない。
ハーフエルフであるティファはその特徴的な耳を隠しておきたかっただけなのだ。
依頼人は大切な娘を失いかけているのだから、とてもピリピリと気が立っているようだし、ハーフエルフとばれて無用な疑いや争いをする事はさけたかった。
ティファと同じくハーフエルフのレア・ベルナール(eb2818)もその耳が決して人目に触れないように長く柔らかな自慢の銀髪と、ヘアバンド風に巻いた布で隠していた。
母親に次々と出来る限りの情報を得ようと質問を重ねる冒険者達。
そうして、問題の夜が訪れる‥‥。
●ランチュイエの部屋〜影〜
日が落ち始めた頃。
得られる情報は出来うる限り聞き出した冒険者達は、母親に案内されてランチュイエの部屋を訪れていた。
ランチュイエは、それはそれは幸せそうに眠っていた。
既にその身体は精気というものが感じられず、白い肌はよりいっそう青白く、唇はその色を失っていた。
それでも。
「エディット‥‥」
時折恋人の名前を呟いては、本当にしあわせそうにランチュイエは眠りながら微笑んでいる。
母親の言う『なにやら恐ろしい影』というものの気配はまだない。
ランチュイエはただただ最愛の恋人の夢を見ているのだろうか?
「眠ったまま死んでしまうと残された人達が喜ぶことが出来ないよ。それに夢の中では幸せかもしれないけどそれは本当のことじゃないもの‥‥」
死の淵へと足を踏み入れかけているランチュイエを見つめ、レアは頑張ろうと決意する。
「『死んだ恋人に逢いたい』というのは理解できるけどね」
麻奈瑠は、やはり眉間にしわを寄せたまま呟く。
「アルルから聞いたんだけど、これと似たような事件を報告書で読んだらしいわ。相手が悪魔なら銀製武器や魔法じゃないと駄目だって言ってたから気をつけて」
友人から聞いた話を皆に伝えるマリー。
「了解です‥‥。でも影に通常武器が効かない場合はあまりお役に立てないかもしれません‥‥」
相手に銀の武器や魔法しか通用しないとなると、通常の武器しか持っていない自分は足手まといになるかもしれないと不安になるレアに、
「あら、それなら銀のダガー使ってよ。わたしじゃ重くて扱えないしね」
マリーがウィンクして依頼人の家の側に繋いである驢馬の背から銀のダガーをレアに貸し出す。
ロングソードほどの威力は無いものの、悪魔やアンデットには効果がある。
「ランチュイエさんにここまで愛されてるんだからエディットさんはとってもいい人だったんだと思う‥‥もし影が本人だったら彼女を愛してるんだったらもうこれ以上彼女を苦しめて欲しくないし、ランチュイエさんの気持ちを利用しようとしてる他者のものなら絶対に許せない!」
ヘキサグラム・タリスマンを握り締めて、祈りを捧げ出すティファ。
もしもランチュイエを苦しめている影がデビルなら、ヘキサグラム・タリスマンの効果があるはずだ。
「影はあからさまに一緒に居ると現れないかもしれないし、不意を付かれるかも知れないから物陰に隠れて見張ってるね」
マリーはフワリと飛んで、部屋に飾られた花瓶の裏に身を潜める。
「そうね。わたしたちも隠れていましょう」
麻奈瑠が頷き、麻奈瑠とティファはランチュイエの眠るベットの下へ、レアはクローゼットの中に身を潜める。
どのくらい、そうして身を潜めていただろうか?
「エディット‥‥エディット‥‥逢いたかったわ‥‥!」
ランチュイエがまるで起きているかのように話し出す。
そうして。
「遅くなってごめんね‥‥なにか、凄く嫌な気配がして‥‥でも、もうすぐずっと一緒にいられるようになるよ‥‥」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか?
ランチュイエの声とはまったく違う、見知らぬ男の声が部屋に響く。
冒険者の間に緊張が走る。
声は、ランチュイエのすぐ側から聞こえている。
けれどその姿はどこにも見当たらない。
意を決して、麻奈瑠はベットの下から飛び出した!
「そこにいるのは誰なの? ランチュイエさんから離れなさい!」
レアも、マリーも、ティファも、隠れていた場所から飛び出して体制を整える!
ランチュイエの身体に、なにか霧のような影のようなものが覆い被さっている。
「デティクトアンデット!」
正体を確かめる為に麻奈瑠が呪文を唱える。
白く輝く魔法は確かにその影がデビルである事を麻奈瑠に知らしめる。
「君たちはなんだい‥‥? どうして僕とランチュイエの仲を裂こうとするのかな‥‥ねえ、ランチュイエ。君は僕といたいよね‥‥」
霧のような影が、ランチュイエの身体に溶けこんでいく!
「ええ、エディット‥‥ずっとずっといっしょにいたいわ‥‥やっと逢えたのに‥‥離れるなんて、嫌よ!」
ゆらり。
眠りつづけ、衰弱しきったランチュイエがベットの上に立ちあがる。
けれどその瞳は堅く閉じたままだ。
「『あなたたちなんか‥‥消えてしまえば良いの‥‥』」
デビルの声と、ランチュイエの声が重なり、呪文が響き渡る!
瞬間、ティファの足もとの影が爆発する!
「きゃああっ!!」
「シャドゥボム?! なんてこと、ランチュイエさんにとり憑いてこんな事をさせるなんて!」
歯噛みするマリー。
マリーもシャドゥボムが使えたが、ランチュイエの身体にデビルがとり憑いている限り、ダメージはランチュイエに降りかかる。
これでは迂闊に手が出せない。
そしてティファは咄嗟にフードをよりいっそう目深に被り、足元を見ないようにしていた。
大量の血を見てしまったら、自分は間違いなく狂化する。
ランチュイエを人質に取られている今、自分まで狂化してしまったらもうどうにもならない。
ずきりと痛む足は、立っているのがやっとなほどで、心臓が鼓動を打つたびに生暖かい血が傷口から零れ出すのを感じる。
「ランチュイエさんにとり憑く邪悪なるモノよ、聖なる母の裁きの元、この場を去りなさい‥‥ホーリー!」
麻奈瑠の体が白く輝き、聖なる呪文がランチュイエに降り注ぐ!
「『う‥‥くっ!』」
ぐらり。
ランチュイエの身体が傾ぎ、その身体から霧のような影が離れる。
「ランチュイエさんをこれ以上苦しめないで‥‥!」
レアが、銀のダガーでその霧を切りつける!
『ぎ、ギャアあああっ!!』
掴み所のない霧が悲鳴を上げて苦しむ。
間髪いれず、麻奈瑠が再び聖なる魔法を唱えようとした瞬間、
「エディット、エディット!」
意識を失っていたはずのランチュイエが目を覚ました。
もう殆ど立ちあがる力もないランチュイエは、しかし、恋人への想いから立ち上がり、苦しむ霧に向かってよろよろと腕を伸ばす。
「だめよ、あれはあなたの大切な恋人なんかじゃないの。目を覚まして!」
マリーがランチュイエの耳元に舞い降りて叫び、ティファが痛む足を無視してランチュイエを抱きしめて抑える。
「あなたは、してはいけない事をしたのよ‥‥消え去りなさい、ホーリー!」
再びランチュイエにとり憑く事の無いように、麻奈瑠が渾身の力を込めて霧に向かって呪文を放つ。
邪悪な霧は、為す術も無く消え去った。
そうして、ランチュイエは。
「エディット‥‥どうして再び失わなければならないの‥‥!」
胸を抑え、消えてしまった霧を見つめて泣き叫ぶ。
「貴女が何時までも悲しんでいると、エディットさんが死に切れないよ。そのまま悲しみの果てに貴女が亡くなったら、同じ思いを家族にさせるんだよ。人は誰もが生を全うする義務が有るの。私達“白”が救済を行うのは、“生きる”ことを手助けするためなのよ」
生きる気力を失い、今にも命を絶ちそうなランチュイエを説得する麻奈瑠。
「愛する奥さんを失い‥‥その奥さんに似てたって理由だけでハーフエルフである事に苦しみ続ける私に希望をくれた友人‥‥そしてその人はその悲しみを乗り越えて今は愛する女性と強く優しく生きてる。ランチュイエさん。あなたに恋人を忘れなさいなんて言いません。ただ、どうか生きてください。あなたの愛したエディットさんの為にも」
俯き、全てを拒絶しようとするランチュイエの前に、不意に、エディットが現れた。
「エディット?!」
『ありがとう、目覚めてくれて。君が眠りつづけていると、僕は旅立つことが出来なかったんだ‥‥。僕はずっと君を愛している‥‥でも君が死んだから悲しいよ。どうか、頑張って、生きぬいて‥‥』
エディットの言葉に、泣きながら、けれど頷くランチュイエ。
それは、もちろん本物のエディットではなかった。
マリーのイリュージョンが見せた幻影。
けれど、ランチュイエにとってそれは本物だった。