●リプレイ本文
●氷漬けにされた村
氷漬けに去れた村を救うべく集まった冒険者達。
その村だけ、夏の暑さを忘れさせる氷の世界に、
「‥‥なんというか、物凄く豪快な方っすねぇ」
と以心 伝助(ea4744)がしみじみと村を見まわして呟く。
村は確かにそれほど大規模なものではなかったが、それにしたって村一つ氷漬けにするのは凄まじい。
「ほんとに見事に氷付けにされていますね! さてどれから解凍しましょうか?」
ノア・キャラット(ea4340)が、スクロールを広げて念じ、その両手にヒートハンドの魔法をかけて手に熱を纏わせ、氷付けになっている食物をまず解凍していく。
「ふむ、この村では小麦も栽培しておるのだな」
村の、まだ凍っている畑を見て何か考えながら呟く毛 翡翠(eb3076)。
「大気に宿りし精霊たちよ、炎と成りて我に力を与えよ! 爆炎となり周囲の氷を蹴散らせ! ファイヤーボム!」
力を加減しながら決して黒焦げにしないように、凍らされた建物やら木々やらを炎の熱で溶かしていくノア。
この事件を起こしたアクアメリルを説得すれば自然と解凍されるのだろうが、寒さで震える家畜や村人達のためにも早めに解凍しておいた方がいい。
もっとも、アクアメリルに気付かれると厄介だから、村の入り口、アクアメリルの家から離れた場所ぐらいでしかまだ出来ないが。
「あら? 依頼受けたのって四人だったかしら? 誰か先行してなかった?」
ふと、人数不足に気付いて首を傾げるノア。
てっきり先に来ていると思ったのだが、さっきからそんな姿は見当たらない。
「何か抜けられぬ急用じゃろう」
毛が村の外と中の急激な気温の変化で白い霜のついた自慢のコールマン髭をピンと弾く。
「急用じゃ仕方ないっすよね。あとはあっしらで頑張りましょうや」
以心がにかっと笑って、寒いので風邪をひかないように着ぐるみヤギさんな『まるごとレヲなるど』をいそいそと着込む。
真っ黒いヤギ姿になった以心を見て、リョウ・アスカ(ea6561)は、出発前に倒れてしまった別の仲間を思い出す。つまり今回、当初の予定より2人も足りない。
来られなかった2人の分も合わせて、早くこの凍らされた村を何とかしようと、ノア、以心、毛、アスカはこの事件の元凶である水の魔術師・アクアメリルの元へと急ぐのだった。
●いっちゃってる魔術師・アクアメリル
「なーに、あんた達? アタシになんか用ー?」
うふっと氷漬けにした花にほお擦りしつつ、自宅の庭で氷で作った椅子に優雅に腰掛けて微笑むアクアメリル。
黙って座っていればそれなりに見栄えは良いのだが、思わず着ぐるみ着たくなるほどの寒さの中で微笑んでいるのだからやっぱりいっちゃっているとしか。
「アクアメリルさん、暑いのはわかりますが、村中を氷付けにするのはやめてもらえないでしょうか?」
単刀直入。
ノアがずばっと言いにくいことをアクアメリルに言いきる。
「イヤよ。ってゆーかあんたにカンケーないでしょー?」
「食物まで氷付けにされると、生活が困難になってきます。アクアメリルさん、食べ物はどうなさっているのですか?」
「そんなの、スクロール魔法で隣村まで飛んでいけば手に入るじゃなーい。行商人だって近くの街道をとおるしぃ、いっくらだって手にはいるわよーう」
かったるそうに、『そんなこともわっかんないのー?』といいたげな顔でふんぞり返るアクアメリル。
「君の気持ちもよ〜く分かるけど、他の人が迷惑してるから止めた方がいいよ。村の皆も迷惑してるから止めてくんない?」
アスカも身体を資本とするファイターだから、暑さの厳しいこの季節は本当に嫌いだった。
特に身体を動かした後の汗が服にまとわりつくあの不快感を思い出すと、アクアメリルが回り中を氷漬けにする気持ちも理解できるのだ。
けれど村人達のためにも説得しなくてはならない。
「アタシの気持ちがわかるんだったらさぁ、さっさとどっか行ってくんなーい? 人に近寄られると暑苦しいのよね」
あーうるさいといわんばかりに片耳に小指を突っ込んでこしょこしょと弄るアクアメリル。
その人を小馬鹿にした態度にアスカのこめかみもピクピク。
「‥‥そんなに暑いのがいやなら海でも行って泳げば?」
顔面が怒りで引き攣りそうになりながら冷たくアクアメリルを突き放すアスカ。
「はあー? アンタなにいってんのー? ここはもう快適なんだもん。わざわざ海なんかに行く必要ナイじゃなーい。バッカみたい!」
しかしアクアメリルは少しも気に留めることなくキャハハッと口の橋を歪めてアスカを嘲笑う。
「いい加減にしろ!!」
バキーン!
傍若無人なアクアメリルの振る舞いに、ついにアスカもぶっち切れ。
手近にあった氷塊をスマッシュEX+バーストアタックで破壊して、アクアメリルを冷たい視線で睨み付ける。
ノルマン王国の実力者として知られるアスカのその視線は対峙した相手の心を鷲掴みにし、心の底から恐れられるものだった――本来ならば。
運の悪い事にアクアメリルはそんじょそこらのチンピラ風情はもちろんの事、常識の範囲をはるかにぶっ飛んだ精神の持ち主だった。
アスカに怖気づいて冒険者や村人に詫びるはずのアクアメリルは、しかしアスカの予想を大きく裏切って、ふふっと笑って瞳を細めると、刹那の聞き取れない呪文が一瞬にしてその唇から紡がれて、次の瞬間、
カキーンッ!
アスカは氷の彫像と化していた。
「うわわっ、アスカさんしっかりするっす!」
氷の美青年と化したアスカを氷の上から抱きしめて慌てる以心。
「ちょおっとアンタ、アンタよアンタ。アンタが一番暑苦しくてムカつくのよねー?」
見ず知らずの冒険者達によってたかって文句――正論なのだが――を言われ、機嫌最悪のアクアメリルが以心の着ぐるみ姿に怒りを更にヒートアップさせる。
いまにも以心を氷漬けにしそうなほどだ。
「あっ、すいやせん、失礼しやした。すぐに脱ぐっす!」
物陰にすぐさま駆けていき、アクアメリルに従って着ぐるみを脱いでくる以心。
「ふぅん? 結構可愛いじゃない♪」
怒り心頭だったアクアメリルはちょっぴり機嫌を直す。
その期を逃さず、以心はアクアメリルを褒め出した。
「それにしてもアクアメリルさんはすごいっすね! 村中を氷漬けに出来る魔力を持った魔法使いにはそうそうお目に掛かれないっすよ。あっしも暑いのは苦手でやんすが、凍らせる事なんて出来ないっすから、ほんと、尊敬っすよ!」
「んふふー、やっぱりー? アタシも、アタシったら超天才だと思うワー♪」
以心の素直な賞賛に、ご機嫌に笑うアクアメリル。
「あっしがジャパンにいた時に、もしもアクアメリルさんがいらしたら、きっと涼しかったっすねー」
「そうねー。アタシがいたらアンタの事もいつだって涼しくしてやれるわよ♪」
「そうだ! アクアメリルさんはジャパンでの暑さのしのぎ方をご存知っすか?」
「さあ? 聞いた事ないワ。暑い時は凍らせる力のない奴はただ我慢するしかないんじゃないのー?」
「アクアメリルさんのようにすばらしい魔力のある方ばかりじゃないっすから、力のない者はないなりにどうにかして涼を取ろうとない知恵をしぼったんすよ。あっしが好きだったのは、粉々の氷に蜜かけて食べる甘味っすね」
「あら? 美味しいの、それ?」
ジャパンの涼の取り方など対して興味のないアクアメリルだったが、やっぱり女性。
甘いものには目がないようだ。
「そりゃーもう、美味いっすよ! 冷たくて涼しくて見た目もキラキラと綺麗っすよ。それといっしょに、冷たい氷水に足だけ浸すとか、団扇で扇ぐとかもするとぐっと雰囲気が出てよりいっそう涼しくなるっす!」
話ながら身振り手振りを交えて楽しげな以心に、アクアメリルは興味津々。
十分にアクアメリルの興味を惹いた頃に、
「でも‥‥そういう物は暑い時期でないと体験出来ないから、氷漬けのこの村では体験できなくて、ちょっと勿体無いっすね‥‥」
以心はポツリと呟く。
アクアメリルはもう、以心の話に出てきたジャパンの涼を取る方法をどれもこれも試してみたい気分でいっぱいだったから、氷漬けの今の状況がちょっと邪魔に思え始めた。
人差し指を口元に当てて「うーん‥‥」と悩むアクアメリルに、
「せめて氷付けにするのは、村の一部分にしてもらえないでしょうか? そうすればアクアメリルさんもジャパンの涼法が楽しめますし、その様にしていただけると村人も涼が取れてよろこびます」
「‥‥今は暑くてしょうがなくて周りに目がいっておらんと思うが‥‥よく周りを見ていただけぬか? ‥‥自然の理に外れた行いで自然が壊れつつある‥‥。私は貴殿に悪役になってほしいとは思わぬ‥‥、村人の方々は貴殿に感謝を意を示し、尊敬の念を持っておるであろう。‥‥しかし、もしこのような一時の行いで、貴殿が悪く思われたのであれば貴殿にとってもつまらぬ損だ‥‥」
ノアと毛が、悩めるアクアメリルを再度説得する。
いままで一切村の状態を気にかけたりはしなかったアクアメリルだが、落ちついて辺りを見まわせば、毛の言う通り随分とダメージが入っていたようだ。
「わかった、わかったわヨ。もう村を氷漬けにするのは止めてあげるわよ。ただーし! アタシにさっき言ってたジャパンの涼法、きっちりご馳走してもらうわヨ?!」
人差し指をビシッと以心につきつけて、高らかに宣言するアクアメリル。
「いいっすよ、あっしにまかしておくんなせぇ!」
以心はドンと胸を叩いて請け負った。
●エピローグ〜冷たいのはお好き?
「やはり暑い季節は、夏ばてにもなるし‥‥、こういう料理はいかがであろう?」
アクアメリルによって解凍された村の食料庫から村人達に小麦を分けてもらって、それからちょっとした麺を作り、冷たくてのど越しの良い料理を作った毛がアクアメリルに感想を求める。
「素敵ねー! アンタ、やるじゃなーい♪ つるつるとしたこの喉越しが最高だわ! それにこの甘味も毎日食べたくなっちゃうじゃなーい♪」
ちゅるんと麺を飲みこんで、毛をべた褒めし、ジャパンの甘味をあいまあいまにぱくつきつつご機嫌なアクアメリル。
ジャパンの甘味はアクアメリルに協力してもらい、以心の指示で手ごろな大きさの氷の塊をまず作ってもらい、その氷をアスカに拳でとことん粉砕してもらい、深みのある涼しげな器に盛って蜜をかけたのだ。
足もとの桶に水をたっぷりと入れ、氷を程よく入れてパシャパシャと子供のようにばたつかせて喜ぶアクアメリル。
「この甘味、本当に美味しいですね。シャリシャリとした食間が私も癖になりそうです」
ジャパンの甘味を食べながら、ノアも呟く。
「毛さんの作った麺も涼しさが増しますね。さっぱりとしていて暑さも吹き飛びます」
ちゅるるんと、こちらも美味しく麺を頂くアスカ。
よもやまさか氷漬けにされるなどと欠片も思っていなかったアスカだが、それはそれ。
美味いものは美味いのだ。
「毛さーん、あっしにももっとくださいっす!」
一口サイズに麺を汁につけてパクパクと食べる以心。
その以心のテーブルの前には山ほどの皿が盛られている。
かれこれ3人前は軽く食べているだが、まだまだ食べれるようだ。
「うむ、次々と作っていくからな。華国自慢の味じゃ、心して食べられよ」
ざっと茹で上がった麺の汁気をザルで切って、毛は満足げに呟いた。