加味の味噌汁〜大好きだから作りたい〜

■ショートシナリオ


担当:霜月零

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月04日〜10月11日

リプレイ公開日:2005年10月13日

●オープニング

 遠い島国ジャパンには、味噌汁というものがあるらしい。
『らしい』というのは、ノルマンで生まれ育ったクワイエリッタ・鳩中は、一度も見たことがないからだ。
 酒場に行けば『O・NA・BE』というジャパン風の料理を食す事は出来るのだが、流石に味噌汁まではなかった。
 主人の鳩中清三郎の話では、味噌汁というものは腐った豆がどろどろになった『味噌』という茶色い物体をすり鉢ですって適量鍋に入れ、お湯で溶かす。
 そして、適当な野菜をどぼどぼと入れれば完成‥‥のはず。
 けれどノルマンではそもそも『味噌』がそう安々とは手に入らないし、野菜だって味噌汁に合うものとあわないものがきっとあるだろう。
 けれどクワイエリッタはどうしても味噌汁が作りたかった。
 ジャパン出身の主人、鳩中清三郎はクワイエリッタとは再婚で、太一郎というそれはそれは可愛い男の子がいるのだ。
 太一郎は継母となるクワイエリッタを嫌う事なくすぐに懐いてくれて、クワイエリッタも太一郎が大好きになった。
 だから、クワイエリッタは太一郎がジャパンにいた頃良く飲んでいたという味噌汁を作ってあげたいのだが、見た事も食べた事もない物を作るのは至難の技。
 それほど料理が得意というわけではないクワイエリッタに作れるはずもなく、似たような材料を集めて作った味噌汁もどきは全て失敗。
 可愛い太一郎にも「お母さん、無理しなくていいぜ? 俺、別にシチューも好きだし」と慰められる始末。
 シチューは確かにクワイエリッタの得意料理で、滅多に失敗しないどころか他人に自慢できる唯一の料理だったりするのだが、それはそれこれはこれ。
 大切な一人息子に美味しいお味噌汁を飲ませてあげるべく、クワイエリッタは冒険者ギルドに依頼を出すのだった――『お味噌汁の作り方、教えてください』と。

●今回の参加者

 ea3952 エルウィン・カスケード(29歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea9764 神谷 潮(34歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb1165 青柳 燕(33歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb2411 楊 朱鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3076 毛 翡翠(18歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●竹薮の中のお家
 その家は、一風変わっていた。
 いや、家自体はごく普通なのかもしれない。
 白い壁の家は、ノルマンではよく見かけるものだから。
 けれどその家には竹薮があったのだ。
 ジャパン特有の植物であるそれは、ノルマンにはあまり見かけず、ましてやこのように大量に生えているところなどそうそう見られるものではない。
 唖然と竹薮を見上げるエルウィン・カスケード(ea3952)。
「ジャパンにはこんな植物もあるんですねえ」
 腕に抱いた愛猫も、みゃーと鳴いて不思議そうにみつめている。
「ジャパンだけでなく、華国にもあるな。ただ、少し種類は違うようだけれど」
 華国出身の楊 朱鳳(eb2411)が竹を撫でながら懐かしそうに呟く。
「うむ。筍も生えておるな」
 同じく華国出身の毛 翡翠(eb3076)は自慢のコールマン髭の先っぽを風にプルプルと震わせながら、なにやら地面からにょっきり生えている筍を調べている。
「懐かしいのだ。この渋い緑の色合いといい、まっすぐに天に伸びる姿といい、ジャパンにいたころを思い出すのだ」 
 神谷 潮(ea9764)は懐かしそうに目を細める。
「少々風が出てきたようじゃな‥‥」
 さわさわと風に擦れる葉音を心地よく聞きながら、青柳 燕(eb1165)は着物の襟を正す。
 先日この家を訪れたときは竹薮はこの家すべてを覆うほどで、夏のうだるような暑さの中、青柳は刀で竹を切っていったのだが、家主の鳩中清三郎は青柳や他の冒険者の助言通り竹が増えないように気をつけていたらしい。
 心地良い秋風の中、冒険者たちは依頼人のクワイエリッタと打ち合わせした後、それぞれ味噌汁の材料調達に向かうのだった。


●味噌の入手
 冒険者酒場。
 そこには世界中からノルマンに訪れた冒険者たちが集う場所。
 ここならば味噌を扱う商人も見つかるかもしれないと、青柳と楊は情報収集に来ていた。
 味噌は実を言えば青柳もジャパンからノルマンに渡ってくるときに持ってきてはいる。
 その味噌を使えば今回の依頼はすぐに片付くだろう。
 しかし、継続して味噌を使うならば安定した入手先が必要だ。
 依頼人のクワイエリッタは、愛する息子においしいお味噌汁を出来ればいつも作ってあげたいに違いないのだから。
「ほおっ、販売しておる店があるとな?」
 青柳はジャパン出身の冒険者の言葉に顔を輝かす。
「それって、やっぱり高いのかな?」
 楊が少々心配げに尋ねる。 
 ジャパンからの品物となると、月道渡りが主だ。
 元々の値段がそれほど高くなくとも、月道を使うとその値段は一気に跳ね上がる。
 少し高くても身銭切って購入しようかと思っていた楊だが、クワイエリッタが今後継続して購入するには月道渡りの品は難しいかもしれない。
 しかし、心配する楊にジャパン出身の冒険者は豪快に笑い、「心配するこたぁねえだよ。その店じゃ味噌を作って売ってるんでな、たいした値段じゃねぇだよ」と太鼓判。
 青柳と楊は、すぐさま場所を教えてもらうことにした。


●好きな食べ物
「太一郎殿と清三郎殿の出身地や、良く食べていた具材はなんなのだ?」
 神谷の問いに外遊びから戻ってきた太一郎は元気に「タケノコ!」と言い切る。
「筍なら、外に沢山生えておったな。私の用意した食材との相性もよさそうだ」
 毛が抱えた籠の中の食材を見せる。
 鶏肉や各種野菜は、神谷と共に市場と商人ギルドを回って出来るだけ安価で仕入れた食材だ。
 いま旬の茸なんかも入っていたりする。
「太一郎はずっと山の傍で育ちましたからな。筍や茸、山菜は親子で好物ですな」
 息子の元気良さに笑いながら、清三郎。
「‥‥あれ? この臭いはなにかしら?」
 エルウィンがあたりに漂いだしたなんともいえない臭いに首を傾げる。
「おいおいおいっ、煙も出てきたぞ?!」
「まさか‥‥クワイエリッタさん?」
 怪しげな臭いと家に充満し始めた煙にむせりながら、慌ててキッチンへ向かう冒険者たち。 
 キッチンでは、クワイエリッタが額に冷や汗を流しつつ、必死に煙を木窓から外に追い出そうとエプロンで煽っていた。
「貴殿は何をしておるのだ‥‥?」
「そんなことをしたらエプロンに火が燃え移ってしまうのだ!」
「とにかく鍋を火から下ろさないとっ!」
 毛は目の前の出来事に半ば呆然とし、神谷がクワイエリッタを煙の立ち上る鍋から慌てて引き離し、楊はその隙に鍋を火から下ろす。
 鍋の中にはなにやらいろいろな食材が入っていたようなのだが、ぐりぐりとかき混ぜたのか、こなごなに潰れつつ焦げるというとても奇妙な状態になっていた。
「ええっと、『O・NA・BE』を作ろうと思いましたの。みんなで囲って食べるのに最適の料理だと聞いていましたし、一度食べたこともありますから作れるかと思ったのですけれど‥‥」
 えへ?
 笑ってごまかすクワイエリッタの肩をエルウィンはぽむっと叩き、
「まあ、あたしもジャパンの料理ってあんまり食べた事ないから、どこまで上手くいくか分からないんだけどね。がんばってジャパンの料理を覚えましょうね」
 と励ました。
 
 
●加味の味噌汁
 見たことがある、作り方を知っているということと、実際に作れるということは別物らしい。
「ほう、これは珍妙な」
 ぐつぐつごとごとと煮立ってしまった味噌汁を見つめ、首を傾げる青柳。
「煮立っておるようだな」
 毛も鍋を覗き込む。
 楊と青柳が買い付けてきた味噌は、ノルマンの食材に比べれば多少高いものの、月道渡りほど高くはなく、そして味噌は早々腐るものではないことから多めに購入しておいたから、多少失敗しても困りはしないのだが。
「1.湯を沸かし、火の通りにくいものから具材を入れていく。
 2.具材が煮えたところで一旦火を止め、別の器やお玉の中で味噌を充分に溶いて一気に流し込む
 3.弱火で再度加熱し、ひと煮立ちさせて出来上がり。
 シチューなんぞは時間をかけてゆっくり煮込むんじゃが、味噌汁ちゅうのは手早さが命じゃよ。味噌を充分に溶かずに放り込んだり、煮立たせ過ぎたりすると味が落ちるからそれだけ注意すれば難しくはないはずなんじゃが‥‥」
 お鍋の中では青柳のそんな説明をさくっと無視して味噌汁が煮立っている。
「うーん、これだとちょっとしょっぱいのだ」
 味見した神谷は、煮立って味が濃くなってしまった味噌汁に顔をしかめる。
 作り直すしかないようだ。


「味噌を炙ってから擂ると香りが良いと師匠から聞いたのだが本当だろうか」
 楊が新しい鍋に味噌を適宜入れ、周りに尋ねる。
 家庭料理は多少出来る楊なら、味噌汁を飲んだことも作ったことがなくとも、周りに聞きながら作れるかもしれない。
「うむ、悪くはないのである。使用量すべてを炙るのではなく、半分ぐらいを軽く炙れば香り付けにはちょうどいいであろう」
 毛が腕を組んで頷く。
 毛は、家事が得意だった。
 今回集まった冒険者の中で、実は毛が一番料理上手。
 だから本当なら毛がキッチンに立って料理をしたほうが確実なのだが、いかんせん、身長が足りなかった。
 生粋のノルマン人のクワイエリッタはもちろんのこと、ジャパン出身のクワイエリッタのご主人・鳩中清三郎も毛に比べてかなり背が高いのだ。
 その背にあわせてキッチンは作られていたので、小柄なドワーフの毛には背伸びしないと料理が作れなかったのだ。
 台の上に乗って料理をする方法もあったが、不安定な足場で火を使うよりも、背の高い楊にさせたほうが安全だったから、毛は楊の指導に当たる。
 ちなみに楊の横ではクワイエリッタがワンテンポ遅れて同じように味噌汁を作っている。
 楊が作るのをそのまままねて作っていくのだ。
「筍の切り方は、こんな感じかしら?」
 エルウィンが採りたての筍を味噌汁用に、低めのテーブルで食べやすい大きさに切りながら、薪を割ってきてくれた神谷に尋ねる。
 調理と家事をある程度出来るエルウィンは、見たことのない食材である筍も、それなりに上手に切れていた。
「ジャパンで飲んだ味噌汁にもそんな感じの筍が入っていたな。美味そうだ。それなら筍独特の食感を残しつつ美味しく頂けるんじゃないか?」
 ジャパンで飲んだ味噌汁を思い出してごくりと喉を鳴らす神谷。
 ノルマンに着てからというものの、縁遠かった味噌汁が久しぶりに飲めそうだと頬を緩める。
「じゃあ、具材入れるね」
 少しどきどきしつつ、楊は炒め終わった味噌を置き、別の鍋に沸かしておいたお湯にちょうど良い大きさに切られた具材を青柳の指示通りに煮えにくいものから順に入れてゆく。
「うむ、灰汁が出はじめたな。その灰色の泡のような物をおタマですくって捨てるんだ」
 毛に言われながら、浮かんできた灰汁をそれぞれ取り除く楊とクワイエリッタ。
「基本は華国の料理と変わらないような気がするな」
 くるりとおタマでお鍋をかき混ぜてつぶやく。
 きちんと火が具材に通ったころには野菜の美味しい出汁が取れ、そこに先ほど半分炙った味噌と生味噌を加えて、今度は沸騰しないように仕上げたお味噌汁は、ほわんと心の温まる香りがした。
「これが、太一郎の好きな飲み物なのね‥‥温かくて、良い香ね」
 間近で手順を見ながら料理のコツやら何やらを石版に必死にメモしていたクワイエリッタも、その独特な香りに微笑む。
「お味噌汁できたのっ?!」
 匂いにつられて、太一郎がキッチンに駆け込んでくる。
「こらっ、太一郎。お家の中は走っちゃだめよ?」
「あっ、ごめんなさいお母さん。でもお味噌汁のにおいがしてる!」
「ええ。ちょうど今出来上がったのよ。‥‥飲んでみる?」
 クワイエリッタが、ちょっと緊張しながら作ったお味噌汁をお椀に入れ、太一郎に手渡す。
 おっかなびっくり、どきどきとお味噌汁に口をつける太一郎。 
 固唾を呑んで見守る冒険者たちと依頼人。
「うわーっ、お味噌汁だっ! ジャパンで飲んでいたのとは違うけれど‥‥でもこれ美味しいよ!」
 大きな瞳をキラキラさせて喜ぶ太一郎に、「よかった‥‥」と嬉し泣きするクワイエリッタ。
「人それぞれの味があるから家庭料理なんだろうな、愛情が一番大事かな」
 楊の呟きに頷く冒険者たち。
 幸せそうな親子を冒険者たちは温かく見守るのだった。