●リプレイ本文
●まずは檜を探しちゃおう♪
「ふむ。やはり檜は手に入れづらいのだな」
ドレスタットの図書館で。
依頼人の求める檜風呂を作るべく、材料となる檜について調べるアレーナ・オレアリス(eb3532)。
どうやら檜はジャパン独特の木材らしく、檜自体がノルマンではとても貴重なようだ。
「ドレスタットの材木商や造船所を訪ね歩くしかないな」
アレーナは呟くと、パタンと本を閉じた。
「材木商人・月道商人、コストを度外視すれば不可能ではないだろう。だが現実的な範囲や期間で不可能であったり、領が傾く金額では意味がない」
材木商人を探しつつ、そう言い切るのは円 巴(ea3738)。
ジャパン出身の円にとって檜はとても身近な材木だったが、ジャパンですら高級木材。
ここノルマンに渡って来てからというもの、檜を使った製品を目にした数はいったいどれほどだったろう?
「ジャパンでは檜は丈夫で長持ちするうえに香りも良い上等の素材じゃからのぉ。ジャパン人の多いノルマンとはいえ、どれほど扱われているんじゃろうか」
円と同じくジャパン出身の青柳 燕(eb1165)も頭を悩ます。
「すまぬが、今回はちと厄介な注文を持ってきた‥‥」
いつも生業でお世話になってる材木問屋を尋ねるのは石動 悠一郎(ea8417)。
木彫師である彼は、他の者よりも木工に通じ、木材の調達ルートも確立している。
だが。
「ヒノキだってぇ?! おめぇさん馬鹿いっちゃならねえよ。あげな月道渡りの高級品、置き物作るのにだって足がでらぁな」
風呂を作れるほどの檜がほしいという石動に目を剥くオヤジ。
(「4軒目。ここでも駄目だったか」)
問屋のオヤジに頭を下げ、店を後にする石動。
愛馬の馬次郎と、愛驢馬の驢馬三郎を連れて、ヒノキが確保できたらすぐに運べるように準備も整えておいたのだが、行きつけの木材問屋はことごとく壊滅。
(「仕方ない。帰って仲間達と次の手を考えるか」)
思って、ふと、周囲を見回す。
「‥ここは‥‥何処だ? ‥‥」
見知らぬ場所で途方にくれる石動。
とんでもない方向音痴なのは以前からだが、今回は馬次郎が道を知っているからとすっかり油断していたのだった。
●檜は日の木
「全滅かのう?」
うーむと絵筆をもてあそびながら眉間に皺を寄せる青柳。
檜を調べ、捜し歩いた冒険者達のそのことごとくが全滅だったのだ。
「檜を使いそうな金持ちの人とあとは林業を営む方ならば、ジャパンから檜の苗木を植えて育てている可能性が高そうだったんだがな」
アレーナは石動のような独自のルートは持っていないものの、地道な聞き込みで何件かの林業者にあたりをつけて檜を探したのだがいかんせん、檜はやっぱり高級木材。
苗木を植えて育てている業者を見つけたものの、まだ木材として使うには若い檜が多く、また、十分に育った檜も譲ってもらうまでには至らなかったのだ。
「それはなんだ?」
アレーナの手にしている数個の丸い木の実を不思議そうに見つめる巴。
「これか? これは檜の実だそうだ。檜は売ることが出来ないらしいが、これならと。それと何枚か枝葉も譲ってもらうことが出来た」
そういってアレーナは荷物から青々とした鱗状で柔らかい葉の茂った枝を取り出す。
「おお、この香りはまさしくそうだ」
好奇心一杯に目を輝かせて檜の葉に顔を近づけて香りを楽しむ石動。
迷いに迷ってやっとみんなのいる場所に戻れた疲れも、檜の香りが吹っ飛ばしてくれそうだ。
「しかし、檜の香りは懐かしいのぉ。ジャパンを思い出すわい」
青柳も目を細めて昔を懐かしむ。
「檜は木材だけではなく、枝葉からも同じ香りがするものなのか?」
二人の様子を見て、首を傾げるアレーナ。
確かに枝葉や実からは独特の香りがしているが、アレーナの持つ植物知識にも、図書館で調べた本にも、枝葉に木材と同じ香りかどうかまでは分からなかったのだ。
「ふむ。どうやらそうらしいな。私もこの香りには覚えがある‥‥」
円も真顔で頷き、しばし思案する。
「枝葉と実があっても肝心の風呂を作る為の材木が手に入らないとなるとお手上げだ。代用品でも良いから材料さえ揃えば後は拙者の技術で風呂を作ることは可能であるのだが」
石動が肩をすくめる。
枝葉で香りが楽しめても、材木がなければ風呂は作れない。
「‥‥いや、まてよ?」
石動の言葉に、円がはっとする。
「それだ。代用品を用意しよう!」
「しかし依頼人が求めているのは『檜風呂』だし、檜が手に入らなければ代用しようがないだろう?」
「話をでっちあげて依頼人を満足させる事で果たすしかあるまい。ヒノキは『日』の木。太陽の香る如き木の事であると依頼人を説得しよう。幸い、檜の香りならあなたのおかげで入手できた。
檜の葉と実を湯船に浮かべるなど、風呂に入って愉しむ工夫があればそれでいいのではないかと思う」
「ふむ。確かに一理あるのぅ」
「それなら、拙者が今一度材木問屋に出向こう。檜でなければすぐに手に入るであろう」
青柳も頷き、石動がすぐさま愛馬にまたがり行動を起こす。
●トンテンカントンテンカン♪ 楽しい楽しいお風呂作り☆
「寸法を決めてしまわんといかんのぉ。一人用の小さい湯船じゃとして‥‥こんなもんかの。石動の、こっから必要な木材の寸法を起こしてくれ」
さらさらと絵筆を動かし、完成予想図を描く青柳。
「おお、情緒あふれるデザインだな。よし、ちょっくらまっていてくれ」
青柳の美麗なデザインに刺激されつつ、木材を手早く計る石動。
「ふむ。このデザインなら露天風呂でもいけそうだな? 『日の木』は『火の気』でも良いので、川に石で枠を作って焼き石を放り込んで露天風呂でも良いのではないか?」
「円殿はずいぶんと物知りだな。私には到底思いつかぬ発想だ」
円の提案に感心するアレーナ。
「きっとノルマンでは今後川に火石を投げ入れて温泉にすることがはやるに違いなかろう」
「‥‥それは、うん、どうだろうな‥‥」
真顔で川を見つめて言い切る円に、ちょっぴり額に冷や汗を浮かべるアレーナ。
そうこうしているうちに、石動の設計図が完成!
「そっちの加工は頼めるか? ‥‥ああこれは拙者がやろう」
石動がてきぱきと湯船を作るべく指示を出す。
材木を切るのはコツがいるし、それに力もかなり必要だったから、今回の依頼で集まった冒険者の中で唯一男性である石動の仕事。
けれどそのほかの、例えば石を川に並べたり、焼け石を用意したり、材木を運んだりするのは女性陣にも出来るわけで。
「うおっ、川の水は冷たいのぅ!」
着物の裾をたくし上げて川に入った青柳が叫ぶ。
「おや、川魚がいるようだな。これでムニエルを作ればよい酒の肴になりそうだ」
冷たくないはずはないのだが、青柳と同じく川に入った円が抑揚のない声で呟く。
「石はこれぐらいで足りるか?」
アレーナもざぶざぶと川に入る。
寒さで少し唇が青かったりする。
●エピローグ〜あったかいお風呂と美味しい食事☆
「おおっ、これが『日の木』風呂なのだな!」
檜風呂完成の報告を受けて、いそいそと館から出てきた酒好きの領主。
その手にはもちろんジャパンの銘酒を抱えている。
円を中心とし、ジャパン出身の青柳と石動も認める日の木風呂に、領主は何の疑いも持っていないようだ。
湯船に浮かべた檜独特の香りがあたり一面に広がって芳しい。
女性陣もいる為、程よく薄着で川の中に作られた檜風呂にそっと入る依頼人。
焼け石で熱された湯船は、熱くもなく温くもなく。
ちょうどいい温度になっていた。
「お背中を流して進ぜよう」
なぜかこちらも薄着になって、石動がおまけで作った桶でそっと領主の背中を流してあげるアレーナ。
「うおょうっ?!」
派手な顔立ちで色っぽいアレーナに背中を流されて、領主、もうまっかっか。
「い、い、い、いや、そんくらいはわしゃ一人で出来るんじゃ、うん」
ぶくぶくと湯船の中にもぐる領主。
「はて? 何かおかしなことをしたかのう。 ジャパンではこうするのが一般的だと噂で聞いたのだが」
「いや、それはどうかと」
すかさす突込みを入れる石動。
「おおっ、忘れるところであった。酒を飲まねばはじまるまい。みなのもの、存分に飲むのじゃ!」
領主が湯船から合図をし、使用人たちがいそいそと酒を領主に、そして冒険者に次いで回る。
円の作った川魚のムニエルも登場。
「虫の音を歌と、木々の動きを風を踊りと捉える。さすれば酒肴に欠く事も無い」
注がれた酒を傾けつつ、風情を楽しむ円。
檜風呂から上がった領主にアレーナがすかさず酒を注いでやり、またしても真っ赤にさせたり。
青柳はいつもどおり絵筆を動かして楽しげな風景をキャンパスに描き。
「檜の風呂ににごり酒か、たまらんなあ‥‥いやこういう形で木工の技能が役に立つとは思わんかったが」
と美味そうに酒を飲み干している。
そうして。
ジャパンの銘酒を飲み干した領主と冒険者は領主お勧めのワイン、シェリー・キャンリーゼにも手を出して。
これがまた日の木風呂に意外とあったりもして。
ご機嫌な領主に日の木風呂にいつでも入る許可と、シェリー・キャンリーゼをお土産にもらって、冒険者達はゆっくりと宴会を楽しんだのだった。