ノイシュバン家の50の家訓〜偽りの婚約者
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■ショートシナリオ
担当:霜月零
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:8人
冒険期間:11月24日〜12月01日
リプレイ公開日:2005年12月02日
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●オープニング
「結婚? あなた、本気でする気なのっ?!」
ノイシュバン家の庭で。
家訓の草むしりに励んでいたシュタイン・ノイシュバンに、双子の姉・シュレインがつかみかからんばかりの勢いで問い詰める。
「ええ。姉さん。手紙にも書いておいたはずですよ? 『わたくしが結婚しますから、戻ってきてください』と」
軽くスカートについた草を払いながら、数年ぶりに戻ってきたばかりの双子の姉を見つめる。
姉は、ずっとこの家の50の家訓を嫌い家出をし、つい最近まで行方知れずだったのだ。
冒険者たちが姉を探し出し説得し、連れ戻してきてくれたのはつい先日のこと。
「お父様とお母様にはもう、伝えてありますわ。この家に相応しい婚約者をきっと探し出してくださいます」
「っ、そうゆう問題じゃないでしょう?! 相応しいとか相応しくないとか、そんなことよりあなたの気持ちはどうなのよ?!」
バンッ!
家の壁を拳で叩いてキれるシュレイン。
(「ああ、本当に変わってない」)
赤い瞳を怒りでさらに赤くして自分をにらみつけてくるシュレインを、シュタインは懐かしい思いで見つめる。
姉が、家を出た日。
あの日も、シュレインはこんな瞳をして、愛のない結婚なんて真っ平だと言い切って出て行ったのだ。
そんな姉を自分はただただ困惑して引き止めることも出来ず、家出をさせてしまったことを何度後悔したことか。
また姉を失うぐらいなら、結婚ぐらいどうってことないのだ。
どうせいつかはしなくてはならないものなのだから。
怒鳴りつけても決して引かないシュタインに、シュレインは深くため息をつく。
「‥‥わかったわ。なら、こうしましょう。あたしが試験をするわ」
「え?」
「聞こえなかった? あたしが婚約者を試してやるの」
「でも、婚約者にはお父様とお母様が‥‥」
「関係ないわ。あたしが決めるといったら決めるの。それ以外は認めないわ。いいこと? ちょーっとそこで待っていなさいな。あたしが、いますぐ試験内容考えてくるから!」
言うなり踵を返してかけ去ってゆく姉。
「あの、えっと、ちょっと?」
呆然とするシュタインの抗議の声は、風と共に消え去った‥‥。
ところ変わって冒険者ギルド。
「ちょっとそこのあなた、そう、あなたよあなた。ちょーっと頼みがあるんだけど」
有無を言わせず、ギルドを訪れた冒険者達の腕を強引に引っ張って物陰に連れ込むシュレイン。
「いい? 妹の婚約者に勝ってほしいのよ。試験内容はあたしが決めることになっているけれど、貴方達が決めてくれてもいいわ。婚約者は20歳の若造よ。貴族のボンボン。剣と乗馬、紋章知識には長けていると思うわ。こてんぱんにやっつけてちょーだい。わかった?!」
強引に。
とことん強引に話を進めるシュレインに、不幸にもその場に居合わせた冒険者達は仕方なく話しに付き合ってみることにしたのだった‥‥。
●リプレイ本文
●婚約者の気持ち
「あなたに聞きたいことがあるのです」
婚約者の控え室で。
メルシア・フィーエル(eb2276)はシュタイン嬢の婚約者、アルフォンス・エテュアンに真剣な眼差しを向ける。
使用人たちはさくっとスリープで眠らせてある。
屋敷の中で魔法を使うわけには行かなかったから、外から頑張ったのだ。
アルフォンスは依頼人・シュレインの言っていたとおり、まだ若い青年で、海戦騎士団に入ったばかりだという。
エルフ特有の華奢な体つきは剣よりも楽器を持たせたほうがよさそうな繊細さで、正直、弱そう。
(「この婚約者と私達なら、私達のほうが余裕で勝てそうです。お互いの思いが無い結婚なんて認められない、絶対に破談にしてみせる。‥‥でもその前に」)
メルシアは、どうしても確認したいことがあって、シュレインに許可をもらってアルフォンスの控え室に来たのだ。
「アルフォンスさん。あなたは、シュタインさんのことをどう思っていらっしゃいますか?」
突然現れた見知らぬシフールの少女に問われ、アルフォンスは戸惑い、俯き‥‥けれど、もう一度顔を上げた時にはなにか決意のようなものが満ちていた。
「僕は、シュタインさんを‥‥」
●誘拐?
「あなたたちっ、いったいなんですのっ?!」
突然部屋に乱入してきた見知らぬ男達と樽を頭からすっぽりかぶった人達を見て、怯えるシュタイン。
「くくく‥‥俺達は大盗賊団‥‥『暁の樽』だ‥‥シュタイン嬢、観念してもらおうか!」
ビシイッ!
樽を被ったままキシュト・カノン(eb1061)が宣言し、
「おうよっ」
「あんたに恨みはないが、これも盗賊の定めだ!」
キシュト同様、樽を頭に被ったラガーナ・クロツ(ea8528)と、派手な顔を大胆にもさらしてルーク・マクレイ(eb3527)がノリノリでシュタイン嬢の両腕を掴んで捕獲する。
「おっと。無駄な抵抗はよしてもらおうか? 大人しくしていれば手荒な真似はしない」
叫ぼうとしたシュタインの口をすかさず塞ぎ、トール・ウッド(ea1919)が粗暴に見える悪役顔でニヤリと笑う。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
赤い瞳を怒りでさらに赤く染め、侵入者を睨み付けるシュタイン。
怒るとますます依頼人にそっくりで、キシュトは内心ビクビクしながら程よく後ろに下がってみたり。
(「流石に‥‥今回は蹴られないようにしないとな‥‥」)
依頼人のシュレインには、以前凄まじい恐怖を味合わされたことがあるのだ。
アレを妹のシュタインにまでやられるとはっきりきっぱり立ち直れない。
男には男の事情があるのだ、うん。
●裏事情
「ちょっとちょっと、シュタインに怪我はないでしょうね?」
無理やり部屋から冒険者達に引きずり出されるシュタインを見て、別の部屋からこっそり様子を伺っていたシュレインが青ざめる。
「大丈夫よ。彼らは冒険者だもの。本当の盗賊のように妹さんに手荒な真似なんて決してしないわ」
同じく様子を伺っていたセレスト・グラン・クリュ(eb3537)が声を潜めて答える。
本当なら、シュタインのことは殴って気を失わせたほうが早いのだ。
無駄な抵抗もされないし、運ぶのも楽。
けれど当て身とはいえ、殴ることは躊躇われたのだろう。
両手を後ろに縛られて、口に軽く猿轡をかまされたシュタインはキシュトに担がれてじたばたと元気に(?)もがいている。
「それよりもシュレイン。万が一のときは‥‥」
「ええ、分かっているわ。あたしが全責任を取るわよ」
ふふんとふんぞり返って自信満々なシュレイン。
嘘の誘拐騒ぎとはいえ、一歩間違うと犯罪だ。
ましてやシュタインはこれが姉の仕組んだ事だとは知らないし、婚約者はひよっことはいえ海戦騎士団の騎士。
きちんとシュレインに責任を持ってもらわねば、明日から冒険者として生活出来なくなりかねない。
というよりもしかしたら豚箱行きかも。
「二人ともっ、大ニュースです!」
ぱたぱたと羽音を響かせて、婚約者の部屋に潜んでいたはずのメルシアが窓から飛び込んでくる。
「アルフォンスさん、実は‥‥」
●一対一で勝負しろ!
「君達、これはいったい何の真似ですかっ、シュタインさんを返しなさい!」
アルフォンスが剣を構え、今まさに屋敷から立ち去ろうとしていた偽者盗賊団を睨み付ける。
「返せといわれて返す盗賊はそうそういないと思うが?」
トールはどんと構えて微動だにしない。
本当に盗賊のお頭の様だ。
「へっへっへっ、ト‥‥じゃなくてお頭の言うとおりだぜっ、彼女を助けたかったら俺達と1対1で勝負しろ!」
ルーク、雑魚っぽくアルフォンスを挑発してみたり。
何気に棒読みだったりトールと名前を呼びかけたり、顔立ちが整っていて、とても盗賊には見えなかったりとNG満載だったりするのだが、シュタインを人質に取られているアルフォンス、まったく気づく様子なし。
「シュタインさんを助ける為なら、なんだって受けてたちます!」
迷うことなく即座に宣言するアルフォンスに、内心ほくそ笑む冒険者達だった。
●vsルーク
屋敷の広大な庭で、決闘は始まった。
「俺に負けるようなら、名門ノイシュバン家の婿にはなれないよな? 全力でかかってきやがれ!」
「婿にはなれなくとも‥‥シュタインさんは僕が守ります!」
ガキィンッ!
2人の剣が激しく交差する。
(「うわー、こいつマジだな。剣の腕も俺より本当に強い、か?」)
アルフォンスの構えには隙がない。
入りたてとはいえ、海戦騎士団に入れる腕前は、中々のモノらしい。
剣を交えながら、シュタインの側に控えるメルシアの不安そうな顔が目の端に映る。
(「そんな顔しなくても大丈夫だって。ちゃんと負けるよ。だってこいつは‥‥」)
アルフォンスの繰り出す一撃で、ルークの剣が吹っ飛んだ。
第一の壁、ルーク撃沈!
●vsラガーナ
「貴様‥‥本当にシュタイン嬢に相応しい男なのか‥‥俺達が試してやる!!」
事前に用意しておいた酒樽をドンと掲げる樽かぶりラガーナ。
いや、だって、シュタインに以前の依頼で会ってるし、樽を脱いだらばれちゃうし。
「その様なふざけた格好で何の勝負をするんですか!」
「酒の酒飲み比べだ。こんななりだが、負けはしないぜ?」
「‥‥どうやって、飲まれるんですか?」
「そりゃ口に樽を当てて一気に‥‥あっ」
樽かぶってるから、飲めないし。
樽、脱ぐわけにいかないし。
「‥‥‥」
ぽりぽりぽり。
樽の上から頭をかくラガーナ。
「えっと。次に行っていいですか?」
律儀に尋ねるアルフォンスに、その場にがっくりとうずくまり断腸の思いでこっくりと頷く樽。
第2の壁、ラガーナ撃沈!
●vsキシュト
「貴方も酒の飲み比べですか?」
「‥‥『暁の樽』副団長‥‥参る!」
木剣を構えたキシュトは、アルフォンスの願いも空しくまさに強敵!
剣の腕もさることながら、ジャイアント特有の大きな身体はリーチが長く、どこにも逃れようがない。
樽をかぶったままという視界の悪さをものともせずに、アルフォンスの身体にキシュトの木剣が叩き込まれる。
急所は上手く外しているとはいえ、ダメージはそれなりのもの。
痛みに片膝をつくアルフォンス。
「‥‥お前の実力はこの程度か?」
くいっと親指で、トールに捕まっているシュタインを指差す。
シュタインは、いつもの勝気さはどこへやら。
いまやもう目に一杯涙を貯めて怯えていた。
「‥‥シュタインさんはっ、僕が、守るんですっ!」
「○×△∵*〜!」
アルフォンスの渾身の一撃が炸裂、声にならない叫びを上げて倒れるキシュト。
第3の壁、キシュト撃沈!
●vsトール
「良くぞここまでたどり着いたな。いいだろう。この俺様が相手になってやろう」
くつくつと笑い、マントを脱ぎ去るトール。
その姿は盗賊団を通り越して悪の帝王そのもの。
思わず事情を知っている冒険者達でさえも身が竦む様な壮絶な笑みを浮かべる。
いや、だからはまりすぎだから。
「‥‥たとえ誰が相手であろうと、僕はシュタインさんを諦めません!」
いま、命を懸けた戦いが始まる!
「ねえ、シュレイン。結婚って必ず先に愛がなければダメ?」
「当然じゃない。愛がない結婚なんて、絶対認めないわよ‥‥」
トールに赤子の手をひねるように弄ばれながら、それでも必死に立ち向かうアルフォンスを、微妙な面持ちで物陰から見つめるシュレインは、セレストに振り向くこともせずに言い切る。
「でも、ご両親が持参されたお話だって縁には違いないのよ? 男と女は星の数程いるけれど、出会わなければ意味ないわ。
いつもお屋敷にいる妹さんに貴女ほどそれがないのは当然。それとも二人で家を出る?」
「馬鹿を言わないで。シュタインはあたしと違って弱いのよ。魔法だって使えないし‥‥それにあの子はこの家を愛してるわ。こんな下らない家訓だらけの家をね!」
「シュレイン、一度でいい。貴女がいう馬鹿げた家訓の意味を考えてみて。ご先祖は必ず意味を込めてそれを作った筈。ノイシュバン家そのものというより、子孫が不幸な目に合わないように。例えば家の中で攻撃魔法を使ったら家具やなんかが台無しになるでしょうね」
「じゃあ馬鹿げた家訓どおりに好きでもない人間と結婚しろっていうの?!」
「いいえ、違うわ。そうは言っていないの。シュレイン、彼を見ても、なんとも思わない?」
アルフォンスは、もうボロボロだった。
立ち上がるのがやっとで、それでもトールに立ち向かってゆく。
対するトールはそれでもかなり力を抜いているのだろう、これといった技も使わず、けれど力の差がありすぎる。
シュレインは、唇をかんで俯いている。
「あっ‥‥!」
アルフォンスの剣が折れ、その剣先が腕を切り裂く。
「ふん。貴様はその程度の男か?」
剣をアルフォンスの首に突きつけ、冷たく言い切るトール。
だがその額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。
本気でアルフォンスを傷つける気など無かったのだが、剣が折れるのは予想外。
しかしいまさら演技をやめるわけにもいかない。
シュタインが見ているのだ。
「死ね」
トールが、その剣を大きく、ゆっくりと振りかぶり――もちろん、狙いは外しているのだが――アルフォンスに振り下ろす!
「もう、やめてーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
シュタインが、その間に飛び込んだ。
咄嗟に両腕を縛られたままのシュタインを抱きしめて庇うアルフォンス。
寸での所で剣を止めるトール。
「ここまで、だな」
ほっと肩で息をついて、剣を収める。
●ハッピーエンド〜でも怒ってるのよ?〜
「姉さんのばかっ!」
バシリッ!
情け容赦のないシュタインの平手がシュレインの頬に炸裂する。
「やっていいことと、悪いことがあるでしょう?! わたくしだけでなく、アルフォンス様まで巻き込むなんて!」
「‥‥ごめんなさい」
叩かれた頬にそっと手を当て、詫びるシュレイン。
『アルフォンスさん、実はシュタインさんを好きらしいの。以前、海戦騎士団に入る前、訓練で怪我をしたアルフォンスさんを通りがかりのシュタインさんが手当てしてくれたらしくて‥‥そのときから、ずっと彼女のことを思ってたって。運命の恋、だって』
隠れていた部屋でメルシアから伝えられた事実は、けれどシュレインの逆鱗に触れた。
『運命の恋なんて、ないわ。そんなの、ただの一目ぼれじゃない』
愛のない結婚なんて許さない。
でも、一目惚れも許さない。
‥‥だって、待っているのは悲しい結末なんだから。
失恋の痛手を抱えたシュレインにとって、一目惚れだの運命の恋だのは禁句中の禁句。
そんなわけで、アルフォンスにシュタインに対する愛があると分かったあとでも計画を止めなかったシュレインだが、トールの凶刃を前にシュタインを自分の身を挺して守るその姿に目が覚めたらしい。
すべての事情を自分から妹に話し、そうして、愛の平手を食らったというわけである。
「シュタインさん、僕なら大丈夫ですから、お姉さんを許してあげてください」
眠りから覚めた屋敷の治療師に応急手当を施されたアルフォンスが微笑む。
その優しげな笑顔に頬を染めるシュタイン。
「愛のない結婚は許さない‥‥でも、これならいいですよね?」
メルシアがシュレインに小首を傾げる。
「双子っていいわね‥‥片方が動けずとも、もう片方が目に耳になって世界の隅々を知る事が出来る。貴女が家を離れられない彼女のそれになればいいのよ。そうすれば喜びも感動も、きっと倍になって戻ってくるわ」
軽い口調で、ウィンクするセレスト。
「絶対に、彼女を幸せにいたします」
まだ痛む身体を床に擦り付けんばかりに折り曲げてシュレインに頭を下げるアルフォンス。
「幸せに、なるんだからね‥‥!」
シュレインはシュタインを抱きしめて、二人の結婚を認めるのだった。