●リプレイ本文
●まずは趣味を聞いてみる? ‥‥って、言葉通じないよ!!
依頼人・呉服屋の若旦那の願いを聞いて、集まった冒険者はなんと二十一人。
そのうち十一人は依頼初日で帰ることになるのだが、それにしても大人数だ。
沢山集まった冒険者を見て、若旦那はまだ着物作りは始まってもいないというのに「これでもう大丈夫」と安心しきっている。
「腕の振るい甲斐がある仕事受けれてホント嬉しいでやすよ♪」
きらびやかな着物が飾られた呉服屋の店の中で、仕立て屋を生業とする利賀桐真琴(ea3625))はご機嫌に腕まくり。
「異国から来た女の人‥‥お嬢様の着物を特別に仕立ててあげるんだよね? 私、前に仕立て屋さんを生業にしてた事もあるからお役に立てると嬉しいんだけどね」
家事や料理が大好きな早河恩(eb0559)も「頑張るよ〜」と笑う。
「はじめまして、紅谷浅葱です。依頼は総刺繍の振袖を作るということでしたが、帯や帯止めなどの小物は準備しなくて良いのですか?」
色白でよく女性に間違われる紅谷浅葱(eb3878)はまず依頼人に丁寧に挨拶をし、そして依頼内容をよく確認する。
見た目だけでなく、こういった細やかな気遣いがより一層異性に間違われやすいのだろう。
「見知らぬ土地であるジャパンに渡ってきて初めての仕事になりますが、同じく異国からこの地にやってきた方とご一緒なので、肩の力を抜いて仕事ができる気がします」
モサド・モキャエリーヌ(eb3700)は自分と同じ渡来人な冒険者達を見て、ほっとする。
「ジャパン文化を学びたいとは思っていたが、こういう形で関わるとは」
色とりどりの着物を手に取り、イリーナ・リピンスキー(ea9740)は思案顔。
西洋の衣服とは違い直線的な作りの着物はイリーナにとって珍しく、裏地や縫い目なども細かくチェック。
「ふっふっふー♪ 可愛い路線はおいといてー、めずらしくて派手な路線なら僕におまかせだよー♪
芸人さんは見た目も勝負っ! ばっつりご意見進呈するねぃ」
狗芳鈴(eb3258)はいつも持ち歩いている手品用のリングをくるくると器用に回す。
「そういえば、作った着物を着るお嬢様はどこなのだ? いろいろと聞きたいことがあるのだ」
ジャパン語とゲルマン語が得意なメリル・エドワード(eb2879)は自称・超肉体派。
白くて華奢な腕をぐぐっと構え、「通訳ならまかして欲しいのだ」と笑う。
けれど依頼人はなんだか浮かない顔。
「ん? どうしたのだ?」
「いえ、それが、そのぅ‥‥」
もじもじ。
若旦那、どうもはっきりしない。
「なんなのだ? 私は家事の類は全くダメだが、その他の事を手伝う縁の下の力持ちとなる為に来たのだ。何でも遠慮なく言うといいのである」
ぺちんっ。
メリルが任せろといわんばかりに薄い胸板を叩く。
その時、凄まじい香水の匂いが辺りに充満しだした。
「この香りは、一体なんですか?」
「凄い香りですわね‥‥」
花井戸彩香(eb0218)と花東沖槐珠(eb0976)、二人の僧侶は首を傾げる。
護摩壇のお炊き上げでも、これほどの香りはしない。
匂いはどんどん強くなり、
「そろそろ一着ぐらい出来たかしらぁん?」
元凶、店に到着。
バケツで香水を被ったような凄まじい匂いをさせて、派手で可愛くてお馬鹿なノルマンから来たお嬢様、シャンリン登場。
まだ一着も出来上がっていないと知ると、真っ赤な唇をぷうっと尖らして不貞腐れる。
冒険者の目が点になる。
「あ、あの‥‥こちらが、依頼主様のシャンリンお嬢様です‥‥」
だくだくだく。
額に流れる冷や汗を手ぬぐいで拭って、若旦那はひきまくりの冒険者達へ紹介する。
「お嬢様、なのか?」
イリーナが気が遠くなりかけた意識をなんとか現実へと引き戻し確認。
唇が赤いということ以外、これといってお嬢様の情報はわからなかったのだが、実際のお嬢様はお嬢様と呼ぶのがバカらしくなるほどにお馬鹿丸出し。
何をどうやって着たのかわからないが、ジャパンの着物に帯を二本結び、さらにその帯には簪を何本も刺している。
髪型もツインテールなのはともかく、これでもかと言うほどごてごてと簪だのリボンだのが巻きついているのは一体全体何の冗談なのだろう?
けれど周囲を思いっきり引かせている当の本人は「あたし以外にお嬢様がいるわけないじゃなぁい♪」と電波ゆんゆん。
「おぬしに、聞きたいことがあったのだ」
ぐぐっ。
握りこぶしを作り、勇敢にもメリルがお嬢様へ質問!
「なぁによぉう? 早く着物作ってよぉう!」
「うむ、その着物のことで質問なのだ。おぬしの好きな色彩と花は何なのだ? それと嫌いな色や嫌いな物も教えてもらいたいのだ」
「あなた好みの着物を作る参考にしたいのです」
「どういったものが好みですか? 絵におこしてみます」
メリルの勇気につられて紅谷とモサドも補足する。
ちなみにモサドはゲルマン語が話せないから、メリルが通訳。
「好きな色は赤と紫よぉん。真っ赤な薔薇なんて素敵じゃなぁい? 金とか宝石もいいけどぉ、可愛いモンスターも最高よねぇん。
でも退屈なことはだーいっきらぁい! 可愛くないものも超きらぁい」
早く作ってー作ってーと駄々をこねるお嬢様から何とか聞きたい情報を聞き出して、いざ、着物作り開始☆
●ちくちくちくちく、心を込めて縫いましょう☆
ちくちくちくちく。
呉服屋の一室を借りて、一心不乱に着物を縫う冒険者達。
「裏とか見えねぇ部分にこだわるのは、己をこう一目で綺麗だって見せるだけじゃなく‥‥奥ゆかしさってーか、さらに深みのある美しさを示す為なんでやす」
利賀桐が表の朱雀と薔薇の刺繍を終え、裏地に子犬や子猫の刺繍を施しだす。
夏を意識した振袖は、表面はひたすら派手さを、裏面はとにかく纏ってるのが嬉しくなるような可愛さを意識して作られている。
「どんなに綺麗な着物になるんだろうね〜」
神楽香(ea8104)は不思議なペット、うーちゃんを抱っこして皆が作る着物を見て回る。
神楽自身は裁縫はあまり得意ではないのだが、紋章知識や政治知識には長けている。
「うーん。派手な金使いや格好をしていると、お上から睨まれやすくなるんだよねー。
だから、一般庶民ではお咎めの無い色合や紋様・構図でも大店のご主人が派手にやりすぎると、叱責を喰らったりするからね」
そうゆう彼女の助言に従って、モサドが描き起こした図案の段階でそういった庶民が着てしまうと危険なものは排除してあったりするのだが、色の合わせ方によっては危険だから細かく見ているのだ。
特にシャンリンが好きだといった赤はともかく深紫は最高級の高貴な色とされており、使用不可。
しかも一言で紫といっても白に近い薄い色から、赤みがかったもの、黒に近い深い色合いの紫など様々で、使用が特に難しい。
「こんな感じでしょうか‥‥?」
花東沖がおずおずと自分の作った着物を広げる。
「うっわーっ、かわいいんだよっ」
早河がすかさず飛びついた。
花東沖が縫い上げた絵柄は桃源郷。
絵の得意なモサドに図案を起こしてもらい、元々愛らしい小動物に羽をつけ、さらに可愛さを増したそれは実は隠しポケットまでついた優れもの。
「お嬢様の手指のサイズを測らせてもらったから、サイズは完璧だよ」
狗が得意げに笑う。
隠しポケットの提案は狗がしたのだ。
神楽と同じく狗も裁縫は苦手なのだが、そこはそれ、自称・粋で派手な着物ご意見番。
こういった奇抜なアイディアはお手の物だ。
「早河様のお着物も素敵です」
半襟に刺繍を施していた花井戸は、花東沖の着物に見惚れる早河の着物を手に取る。
そこには、一面に小さな桜の花びら。
少し桃色がかった赤い生地に、和風でキュートな桜と、さらに白兎を刺繍。
兎の目の部分には、簪によく使われる赤い珠を刺し、神楽にみてもらいつつ金糸で可愛さと派手さを要所で強調付けてある。
背中に届く長い茶色の髪を花の簪でいつもまとめている早河らしい作り方だ。
「みなさん、少し休憩しませんか?」
「お茶をお煎れしました」
花井戸と紅谷が台所を借りてお茶とお茶菓子を用意してきた。
「作業に根を詰めすぎているといけませんからね」
ジャパン独特の緑茶は、疲れを癒す効果もある。
みんなでまったりと、休憩しましょう☆
●完成! 世界でたった一つの素敵なお振袖☆
「あーら、素敵じゃなぁい♪」
冒険者達が作った様々な着物を手に取り、シャンリンはうっとり。
「うむ、綺麗に仕上がってるのだ。それにしてもこの国の服というものは綺麗なものなのだな」
出来上がった着物を見て、メリルも満足げに頷く。
「着てみるといいだろう」
イリーナが試着を勧めてみる。
呉服屋の使用人たちの手を借りて、別室でシャンリンはお着替え。
「似合うかしらぁん?」
くるりん♪
裾に牡丹の花に戯れる蝶の刺繍が施された黒の振袖を着て現れたシャンリンはご機嫌に皆の前で一回転。
その着物を作ったのはイリーナで、本当は留袖の予定だったのだがシャンリンの意向で振袖に変更したのだ。
薔薇色と白、程よく金糸銀糸を使い、上品に。
シャンリンの好きな赤い着物が多い中、黒い着物は珍しくシャンリンの興味を引いたのだ。
「ねぇん? なんか変わった香りがするわぁん?」
シャンリン自身のキツイ香水に紛れてわかりづらいが、着物からほのかに香る香りにシャンリンは小首を傾げる。
「それは麝香だ。袖の中に忍ばせてある」
イリーナがシャンリンの振袖に手を入れる。
取り出したのは二匹の兎のぬいぐるみ。
シャンリンが香水が好きだと聞いて、イリーナが抱くたびに香るように香木を忍ばせて作ったのだ。
「いやん、可愛い☆」
ぬいぐるみの可愛らしさはもちろん、香りのする点が最高にシャンリンをご機嫌に。
そしてシャンリンは次々とお着替え。
「はい、タネと仕掛けは有るんだけどもそうは見えないこの袖口から‥‥じゃーん お饅頭が出てきましたー! はーい今日のおやつだよー♪」
花東沖の着物に着替えた時は、狗がすかさず手品を実演。
利賀桐の作った着物の時は、物を入れた際に服としてのラインを崩さないように目立ち難い部分であるにもかかわらず、ポケットの中にまで転地を表す刺繍が施されていることに一同感同。
英国仕込みの仕立て屋魂ここにきわまれり、といったところだろうか。
「ジャパンじゃ縁起が悪いってんで、ちぃとタブーになってやすが、服を逆さに裏返しても着られるでやんすよ」
皆があまりに褒めるので照れつつ、利賀桐は付け加える。
「とっても似合っているのだ。おぬしは美人だから、派手な柄も愛らしい柄も完璧に着こなしておるぞ」
「お嬢様に、少しでも気に入る着物になるよう、精一杯頑張らせて頂いた甲斐がありました‥‥」
喜ぶお嬢様をみて、花東沖もほっとする。
「こんなに喜んでもらえるなら、また仕立て屋さんの修行をし直そうかなぁ‥‥?」
シャンリンの帯止めに花のブローチを付けてあげながら、早河が小首を傾げる。
「もし良かったら、姿絵を描かせていただけないでしょうか?」
モサドの提案に、一も二もなく頷くシャンリン。
油絵による完全な姿絵は場所柄的に難しいことと、じっとしていると退屈で仕方がないシャンリンなので、羊皮紙にさらさらとモサドは姿絵を描き起こす。
そうして。
素敵な着物はもちろんのこと、素敵な姿絵までも手に入れてご機嫌なシャンリンは、
「ジャパンって気に入ったわぁん。とーぶんここにいるからこれからもよろしくねぇん♪」
とウィンク。
冒険者達は苦笑しつつ、今回の依頼は無事に成功を収めたのだった。