●リプレイ本文
●よろしくお願いします!
「私自身はそのような経験がないのですけど‥‥行きたいところに行けないというのは、困るという以上に不安なことも多いのでしょうね。
なんとかいい方法を見つけてあげられればいいのですけど」
極度の方向音痴スキルを身につけてしまった依頼人・マルグリットに、リューヌ・プランタン(ea1849)は深く同情の意を示す。
「ほんとにほんとに、不安なんです‥‥大切な本を間違った場所に届けてしまうかもしれませんし、どうか、一日も早く解決したいんです」
長い銀髪を後ろで束ねたマルグリットは、集まった冒険者に必死に頭を下げた。
「私は人の居る場所で道に迷った事ないけど‥‥」
道に迷ったことのないリリー・ストーム(ea9927)は、そんな必死な依頼人に首を傾げる。
「わざとではないんです。本当に、わからなくなってしまうんです!」
疑われていると思ったのか、マルグリットはしょんぼり。
本当にありえないぐらい方向音痴なのだ。
「ううん、違うわよ。マルグリット君の事情をいぶかしんでいるわけではないの。先ずは人に道を尋ねる事、問題は尋ね方とその後なのよ」
落ち込むマルグリットに、リリーは人が大勢いるところでのアドバイスを伝授する。
話だけでは良くわからないだろうということで、後ほど、外で実演してみることになった。
「方向音痴‥‥移動する物体を目標にしていたり、降雪したり夕暮れ時で雰囲気が変わると道がわからなくなったりするようですが、マルグリット様もそうですか?」
レティア・エストニア(ea7348)も迷うことのない人種らしい。
人づてに聞いた知識とマルグリットの状態を確認する。
うんうんと大きく頷くマルグリットは、けれど雪でも夜でも真昼間でも関係なく迷うのだが。
「でも、本を理解できるのだから、少し練習すれば改善できると思うわ。頑張ってね」
藁にもすがる思いの彼女にジェラルディン・ブラウン(eb2321)は励ましの声をかける。
文字の読み書きが出来る人間というのは、実は驚くほど少ないのだ。
一般人の中には、自分の名前すら書けない人もいるとかいないとか。
それを読み書きし、本を管理するマルグリットはそれなりの記憶力はあるに違いない。
なのに何故迷うのか?
「以前、このような話を聞いた事があるぞ。
その男は生来左利きだったが、『剣は右で持つ』と右利きに矯正された。
が、誰も見ていない時にはついつい左を使ってしまい、『剣を持っている方が右』と言う間違った覚え方をしてしまった。
そんな彼を方向音痴と知る者が『いいか、右だぞ、剣を持つ方だぞ』と言うと、『右、右は剣を持つ方だよな』と考えて左に行ってしまうらしい」
ウー・グリソム(ea3184)はターバンを巻きなおし、マルグリットに右左をきっちり覚えられるように訓練をしておこうと言い出す。
すちゃっ。
どこかから手に入れたのか、その手には白と赤の二つの小さな手振り旗が。
「8人もの冒険者が寄って集って直しにかかったら依頼人が混乱しそうじゃ。ほっほっほ」
みんなでいろいろな案を提案する状態に、ルーロ・ルロロ(ea7504)はほっほと笑う。
笑うと、口元の白い髭がふるるんと揺れた。
「道に迷わなくなれば、きっと配達も早くなるしみんなうれしいよね。‥‥うん、がんばろう?」
ちょみっと混乱し始めているマルグリットに、レア・ベルナール(eb2818)はにこにこと笑いかける。
「まずは、図書館ではどうしているか見せてもらおうか」
ゲイル・バンガード(ea2954)は鍛え上げた腕を組み、マルグリットを促した。
●図書館ではどうしてる?
「‥‥これは、その、なんというか」
ぽりぽりぽり。
無口で面倒くさいことが苦手なゲイルは、思わず頬をかく。
「『色取り取りの季節のハーブ』の本を右に、『効果的な治療法』を左に、ですか?」
マルグリットの仕事を手伝いながら、方向音痴の原因を探ろうとしていたリューヌも額に冷や汗が浮かぶ。
「本を目印になんて、それが移動されたらわからなくなってしまいます」
レアはある程度予想していたのか、そんなマルグリットにあまり驚かずに注意を促す。
どうやらマルグリットは手近に目に付く物を目印にしてしまうようだ。
「あとは、やはり左右をきちんとわかっていない感じだな」
ウーが指示する方向へ本を持たせてみるのだが、マルグリットは数回、間違った。
狭く、毎日のように勤務している図書館内で、だ。
「とりあえず、目的の方向の悉く反対に行ってしまうのよね。昔の人が言っていたわ。『的中率20%の占い師は、言う事を信じなければ的中率80%と同じだ』ってね。
つまり、マルグリットさんの悪魔の奇跡とでも呼べるほどに稀有な、どうしようもない、わざとやってるのかと思うくらい壊滅的な方向音痴も、逆手に取ればこれ以上無いほど正確な方角探知の才能になると思うの」
おいおいおい。
思わず誰もが突っ込みたくなる台詞をジェラルディンはきぱっと言い切る。
そして結構酷い事を言われているのに気づかずに、マルグリットはきらきらと瞳を輝かした。
「方向探知の才能が、私にあったなんて‥‥!」
「うんうん、思った方向と反対に行くのは辛いと思うけど、大事なのは貴方が自分自身の可能性を信じる事‥‥大丈夫、自信を持って!
貴方の方向感覚はいつだって絶対に、完璧に、完膚なきまでに間違っているわ! 私が保証する!」
「先生っ!!」
ひしっ。
感極まって、マルグリットはジェラルディンにしがみ付く。
一体全体、どうなることやら。
●訓練だって大事なんだよ? ‥‥たぶん。お散歩しながら地図を作ろうね♪
「右手を左に、左手を上に、両手を前に、右手を右に。赤上げて、はい、白下げないで赤下げる!」
チャッチャッ、チャッチャッ、チャッッチャッチャ♪
ウーの掛け声に合わせて、マルグリットは手渡された白と赤の旗を右に左に上に下に、一生懸命振ってみる。
途中、やっぱり何度も間違いえそうになるというか、むしろ間違えるような仕組みになっているというかなんというかな状態になったのだが、ウーが辛うじてOKを出す程度にはマルグリットは訓練をクリアした。
「じゃあ次は私と街へ繰り出しましょう。人がいる時の道の尋ね方を伝授するわ」
うふっとリリーが色っぽく笑う。
「それなら、ついでに周辺地図も作ってみましょう。マルグリット様みずからが作った地図なら、迷うこともなくなると思います」
「ピクニックですね」
レティアの言葉に、リューヌも頷く。
「うむ、良い案じゃの。わしはちと、用があるので別行動じゃが、頑張るんじゃぞ。ほほっ」
なぜか別行動を取るというルーロに見送られ、マルグリットと七人の冒険者達は町へと繰り出した。
「いまの角には、なにがあったかな?」
てくてく、てくてく。
みんなで町を歩きながら、レアがマルグリットに尋ねる。
「白い子犬が遊んでいましたわ。それに小鳥もいましたわね」
マルグリットはうきうきと答えるが、レアはそれですよ、と注意を促す。
「動く物を目印にしては駄目です。固定物を覚えて下さい。例えば、いまの場所だとパン屋さんとかです」
美味しい香りが漂うパン屋は、そうそう場所移動したりはしないだろう。
「ふふっ、ついでに買い物もしていきましょう。草原でみんなで食べたらおいしいわ」
ジェラルディンが提案し、お弁当代わりにみんなでパンを購入。
「あ、ちょうどいいところに実演しがいそうな人がいるわね。さっき話した道の正しい尋ね方を教えてあげるわ。
そこの素敵なお兄さん、ちょっといいかしら?」
リリーはマルグリットにウィンクして、通りすがりの青年に声をかける。
冒険者ギルドの万年独り身受付係のようなもてなさそうな青年は、美人でナイスバディのリリーに話しかけられてどぎまぎ。
「この辺に、ピクニックにちょうど良い草原ってないかしら? 日当たりが良くて、花も咲いていると最高ね」
うふっ。
ナンパ全開で尋ねるリリーの色香に青年はくらくら。
「折角素敵なお兄さんと出会えたのに、ここでバイバイってのも寂しいかも」
と呟くリリーにこくこくと頷いて、なんと草原までみんなを案内するはめに。
草原に着くと、リリーは投げキッスで青年に御礼をし、青年は真っ赤になって走り去ってゆく。
マルグリットだけでなく、リリーはかなり唖然とする仲間達にウィンクして、
「上手くいけば食事代が浮いたり、物を買ってもらえたりとお得よ♪ 場合によってはしつこい人や変な場所に連れ込もうとする人が居るから、武術の腕は磨いておいた方がいいかも」
と笑った。
もちろん、マルグリットがその言葉に青ざめていることにはまったく気づいていなかったり。
「地図は大分埋まったか?」
ふと、マルグリットが握り締めている羊皮紙をゲイルは覗き込む。
「あ、それが、その‥‥あんまり‥‥」
しゅん。
マルグリットはがっくりと落ち込み。
みんなに動かない目印を教わりながら書き込んでいるものの、絵心がなくてどうにも不恰好なのだ。
「上手に描こうなどとするな! お前さんに判ればそれでエエんじゃよ〜♪」
落ち込むマルグリットに、何処からともなく声がかかった。
振り返ると、そこには仮面を被り、着物ガウンをはためかせ、フライングブルームに乗ったルーロ‥‥じゃなくって、謎の老人が。
「また会おうぞ! ホッホッホ〜♪」
謎の老人はほっほっほと笑いながら去ってゆく。
「謎のお方、助言をありがとうございます!」
そんなルーロ‥‥じゃなくって、謎の老人にマルグリットは深く頭を下げた。
「ここは見晴らしが良くて、目印がありません。こういう場所には案内標識を立ててしまうのも良いでしょう」
目印がないということは、それだけ迷いやすい。
だからレティアは目印を作る事を提案する。
「適当な木は‥‥お、あったあった」
ゲイルがちょうど子供一人は入れそうな虚のある木を指差す。
周りにはキノコも生えていて、ちょっとしたメルヘン空間だ。
「マルグリット殿は本が好きだろう。なら、こういう話は知っているか?」
非力なレティアの代わりに、ウーと共に虚のある木を案内標識に加工し始めたゲイルが昔話を語りだす。
昔々、魔法の木があって、その木の下には小人が集い、満月の夜にはキノコと木の実で素敵なシチューを作るのだとか。
そしてその魔法の木はちょうど今目の前にある木の様に子供が入れそうな虚があったらしい。
「可愛いお話ですね」
レアが言い、マルグリットも頷く。
「得意な分野や好きなことと関連づけていくことができれば、スムーズに情報が入っていくと思うのです。楽しい思い出もそこに加えて、それらの『目印』をマルグリット殿自身の『言葉』で書いていけばきっと‥‥」
リューヌの言葉に、マルグリットは慌てて今の場所を地図に書き込む。
ただ場所を覚えるのは大変だが、童話など好きなものと関連付けて教えられてゆくと、信じられないぐらい良く覚えられた。
「太陽を目印にするのもよいですよ」
「人通りが無い場所で、空が曇り方角が掴めない場合もあります‥‥そんな時に有効なのが切り株の年輪を見て方角を知ることもできるのよ」
そう付け足すリューヌに、リリーも手近な切り株を指差して付け加える。
「年輪の狭い方が北、広い方が南なの」
リリーの雑学に、おおーっと歓声が上がる。
だが実は、結構アバウトだったり。
そしてとどめにリリーはなにを思ったか愛剣で標識じゃない木をずばっと切り倒す。
「だけど都合良く切り株がある訳じゃありません‥‥そう言った時はこうすればいいのよ、簡単でしょ?」
にこっ。
汗一つかかずにあっさりと木を切り倒したリリーは、けれど冷や汗を流しまくる仲間達にはやっぱり気づかないのだった。
●試験〜果たして上手くできるかな〜?
「うむ、この数日良く頑張ったな」
お手製の地図を握り締め、大分迷わなくなってきたマルグリットを、ウーは褒める。
「わしは試験を提案するぞい。いままではずっとわしらがついていたからのう。これからも一人で出来るかどうかが大事じゃて」
いつも持ち歩いているのか、何処からか取り出した花柄の茣蓙の上に座り、ルーロが提案する。
「万一迷っても、ご自分で造った地図があるから大丈夫ですよね? 常に一定の目標物を捕らえて自分の位置を把握する癖がついたら、迷うことはなくなるんですが。
そうそう、そう言えば方向音痴さんには地図がちゃんと見れない方も居ました。早速、造った地図を利用してみましょうか‥‥」
レティアが試験の前にマルグリットに地図の見方を確認する。
そうして、冒険者達の提案した場所へマルグリットにいってもらう事に。
「これだけ練習したのだから、きっともう大丈夫。これからは真マルグリッドとして、新たな人生を歩む気持ちで頑張ってね」
「行ってまいりますっ」
ジェラルディンに励まされ、地図を片手にマルグリットは気を引き締めてテストに挑む。
数十分後。
マルグリットは生まれて初めて、無事に目的の場所にたどり着いたのだった。