●リプレイ本文
●お馬鹿さまの、おなーりー?
「ちょっとちょっとぉ、退屈だったじゃなーぃ」
家の前に集まった十五人の冒険者を前に真っ赤な唇を尖らし、不貞腐れる依頼人・シャンリン。
キツ過ぎる香水の香りが冒険者達、特に隠密行動を得意とし、嗅覚の鋭い式倉浪殊(ea9634)の鼻を直撃した。
「ノルマン迄の費用が稼げると思えば、この程度の面倒耐えてみせますよ」
くらくらと眩暈がしそうになるのをぐっとこらえ、シャンリンにバレないように深紅の鉢巻のように長く垂らした襟巻でこっそり鼻を覆う。
「‥‥すごい香水の匂いですね」
マクシミリアン・リーマス(eb0311)も、その凄まじい臭いにびっくり。
「退屈にさせちゃってごめんなんだよ。僕はユニ・マリンブルー。今回はよろしくだよ」
にこにこにこ。
香水の香りに引きつりそうになりながら、ユニ・マリンブルー(ea0277)はにこやかにご挨拶。
予め噂を聞いて、リボンと生花をあしらった簪をつけて匂い対策をしておいたのが功を奏したらしい。
生花の柔らかい香りがある程度シャンリンの凄まじい匂いをブロックしているようだ。
「ん〜、退屈にさせてすまなかったね。ぱぱっと終わらせて、キミをノルマンに送るんだよ。まずはお嬢様の荷物整理と積み込みから始めようか」
愛用のパイプをふかし、ツグリフォン・パークェスト(eb0578)は袖をまくる。
「そうー? じゃあ、早く荷物を運んでちょーだいってかんじぃ。あっちとこっちとそっちの部屋にあるのよーぅ」
自分で運ぶ気はかけらもないシャンリンは、冒険者達に屋敷の部屋を次々と指差した。
「ふむ、ちゃっちゃと片付けようかのぅ」
汀瑠璃(ea8026)は六尺棒を担ぎなおした。
●荷物の整理‥‥って、多過ぎっ!
シャンリンが数部屋を指差した時点で、その可能性は多いにあった。
けれど、全ての部屋にぎっしりと荷物が詰まっているなどとは、誰が想像しただろうか?
『無駄な物も多いのであろうな。と申すか殆どが不要品であろうが仕方あるまい、此れも仕事』
大量の荷物を前に、天宵藍(ea4099)は華国語で呟く。
ゲルマン語しか話せないシャンリンには、不用品云々の暴言はもちろん理解できていない。
「‥‥別に何も申しておらぬよ」
聴きなれない言葉に興味を持つ依頼人を、天はにっこりと笑顔でかわす。
そう、深く悩んだら負けだ。
「‥‥それにしても凄まじい量の荷物ですね。もしかしてお父様方へのお土産ですか?」
シクル・ザーン(ea2350)は部屋の中でひしめき合う荷物に気圧されながら尋ねる。
「これから買うに決まってるじゃないのぉ」
「‥‥え゛、お土産はこれから買うんですか?」
こんなに山ほど荷物があるのに、さらにまた?!
「ジャパンもそうだけどぉ、イギリスのお土産も買いたいしぃ、あなた付き合ってよね。ってゆーかぁ、命令?」
ぐいっ。
有無を言わさず、シャンリンはシルクの腕を引っ張って買い物に繰り出す。
(「そんなーっ」)
目じりに涙を浮かべつつ、シルクはずるずるとお嬢様についてゆく。
「荷物は、馬の背に乗せましょう」
普通馬と戦闘馬の二頭を連れてきていたエルリック・キスリング(ea2037)は、仲間達が仕分けだしたそれを馬の背に積み込みだす。
「あたしのエドくんにも乗せれるってカンジぃ。ってゆーかぁ、船旅用の食材厨房でもらっときたいでしょぉ☆」
うふっ。
こう見えても家事仕事は得意ってカンジぃと笑いつつ、鳳蘭花(ea6686)は厨房へ姿を消す。
「ロープと布、毛布なんかはある程度用意してありますよね?」
鳳の言葉に、ふと不安になった浪殊はざっと部屋の荷物を調べてみる。
「向こうの部屋を調べてこよう」
式倉析威(eb1007)は兄の言葉を受けて隣の部屋を調べにいく。
まさかとは思いたいのだが、生活必需品が少しも見当たらないのだ。
あるのは見るからに豪華な衣装に嗜好品。
これから長旅をするとはとても思えないものばかり。
「うーん、こっちにもないんだよ」
ハーリー・エンジュ(ea8117)はトンボ羽をはためかせながら別の部屋から戻ってくる。
「買い出しだな」
「ですね」
析威の言葉に浪殊が頷き、二人の馬には既に荷が続々と載せられていたから、
「ペットのドンキーちゃんをつかってだよ♪」
元気っぱいに飛び回るハーリーと一緒に三人は買出しに向かうのだった。
●船旅はどんぶらこっこ‥‥酔っちゃうってば。
みんなの力でなんとか月道開通日までに荷造りを終えた一行は、もっと買い物したーいと駄々をこねるお馬鹿様を説得しながらなんとか月道を越え、まったりゆったり船旅に出ていた。
貸切の船の看板に皆で輪になって座り、シャンリンを楽しませるべく冒険者達は努力する。
さりげなく浪殊はシャンリンより風上に座って匂い対策をしていたりもするのだが、既に船はシャンリンの匂いでいっぱいだった。
鼻のつぶれる香水と揺れる船旅に、冒険者達は根性を見せる。
「ちょっとちょっとぉ、すごいじゃなーい。あなたって沢山の冒険をこなしてきたのねぇん♪」
なぜか今回まだ酔っていないシャンリンは、エルリックの冒険譚に目を見開く。
ある時は貴族の護衛を、またある時は冒険者崩れに襲われた村を助けたり。
ここ二年ほどの冒険だけでも五十の依頼をこなしているエルリックの話しは戦闘だけに留まらず多岐に渡り、シャンリンだけでなく他の冒険者の興味もそそる。
「お気に召していただけたようで幸いです、お嬢様」
神聖騎士らしく礼儀正しいエルリックに、シャンリンはかなりご満悦。
「あれ? 天さんはどちらかな?」
ふと辺りを見回し、ユニは天がいないことに気づく。
『ここに』
「「「ええええーーーーーっ?!」」」
華国語で答え、甲板に戻った天に、一同は仰天。
それもそのはず、黒髪美青年だったはずの天が、華国の礼服を纏った美女に変身していたのだ!
「キャメロットでは少々知れた居酒屋『二丁目の女帝』梅紅の舞じゃ! とくと見るが良いわ、小娘!」
口調までさながら女帝のように変わり、天、いやさ梅紅は華麗な舞いを披露する。
武道家であり舞踏家でもあるのだろう。
その舞は見事の一言。
ツグリフォンが伴奏を買って出て、リュートの音色がより一層舞いの華麗さを増す。
「よーし、あたいも踊るぞー☆ やあやあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
ジャパンに花咲く牡丹かはたまたノルマンを彩る真っ赤な薔薇か?
火の玉ハーリーこと、このハーリー・エンジュの華麗なる舞い、そこのお兄さんもお姉さんも、とくとご覧あれー♪」
天が舞い終わると、次はハリーが前向上も滑らかに、情熱的な踊りを披露する。
シフール特有の小さな身体は愛らしさ抜群で、上へ下へ、空中を風のごとく軽やかに舞う姿は踊る火の粉。
天の時とはまた違う激しい曲をツグリフォンも奏で、気持ちのよい汗を流す。
「みなさーん、ご飯の準備が出来たでしょぉ!」
お昼を作っていた鳳が切りのよいところで声をかけた。
ノルマンは、もうすぐだ。
●やだやだ、かえるっ?!
それは、ノルマンに後もう少しで着こうかというときの事。
ついにシャンリンが船酔いしたのだ。
「やだやだ、もうこんなの降りるんだからぁっ!!」
手すりから身を乗り出し、シャンリン大暴れ!
「まあそう暴れるでないわ。ほれ、あそこをようみてみるのぢゃ」
酔い止めの薬を持っていた仲間からちょっぴり巻き上げ‥‥ごほんごほん、譲り受けていた汀は酔わず、暴れるシャンリンを軽々と抑えながら六尺棒を東にかざす。
「?」
海の中、汀が指し示す方角には、今までシャンリンが見たことのない愛らしい生き物が。
「あれはの、海豚というてな、猟師はもちろんのこと、誰からも愛される生き物じゃて。ちとこちらに呼び寄せてみようかのう」
声色を使い、汀が海豚の鳴きまねをする。
「うわわっ、ほんとによって来たんだよ」
汀の声に惹かれて寄ってきた海豚を手すりから見下ろし、ユニもはしゃぐ。
「ってゆーかぁ、触るわぁん♪」
暴れるのをやめたシャンリンから、汀が腕の力を抜いた瞬間だった。
今まで酔っていたことも忘れ、シャンリンはぐいっと身を乗り出しす。
「うおっ?!」
「あっ」
シャンリンは汀の手をすり抜け、海の中へ落ちてゆく。
「僕の腕に掴ってだよっ!」
即座にマクシミリアンがミミクリーを唱え、伸ばした腕でシャンリンを捕らえる。
「えぐえぐっ、お嬢様ご無事ですかっ?!」
泣き虫なシクルはボロボロと泣きながら引き上げられたお嬢様を覗き込む。
「これを使え」
丁度荷の様子を確認していた析威が騒ぎに気づき、毛布を手にもどる。
予めよく使う物を上に、あまり使わないお嬢様の嗜好品などは下のほうに積んでおいたから、毛布はすぐに取ってこれた。
「ああ、ああ、あんまり無茶するんじゃないよ。嫁入り前の身体に何かあったらどうするんだね」
がくがくと震えるシャンリンを毛布でくるんでやりながら、ツグリフォンはやれやれとパイプをふかした。
●ノルマンに到着☆
「やっと、ついたぁ☆」
ノルマンに着き、ユニは元気いっぱいに伸びをする。
「お父様、喜んでくださるといいですね」
シャンリンに無理やり付き合わされた土産を担ぎながら、シクルは微笑む。
「うむ、ノルマンの空気は美味いのう」
シャンリンの香水で完全に鼻の麻痺していた汀は新鮮な空気を大きく吸い込む。
「無事に着いてよかったんだよ♪」
途中危ない面もあったけど、無事に着けたとハーリーは喜び、マクシミリアンも頷く。
そしてみんなを振り回したシャンリンはといえば‥‥。
「あとはぁ、これぜーんぶお家に運んでね。ってゆーかぁ、命令?」
少しも懲りず、冒険者に命令し、冒険者は苦笑しながらも最後までしっかりと面倒を見たのだった。