Mr.ブルー
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月03日〜07月08日
リプレイ公開日:2007年07月10日
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●オープニング
どさり、と音を立てて新たな書類の山が机の上に積み上げられる。
「‥‥まだあるんですかぁ?」
それを見て円卓の騎士ボールス・ド・ガニスは情ない声を上げた。
「まだまだ、もう一山ありますよ」
楽しそうに言う部下のその言葉にボールスは盛大に溜め息をつき、天井を仰ぐ。
どうやら、予定を過ぎても帰らず何の連絡も寄越さなかったこの上司に、部下達も大いに迷惑していたようだ‥‥勿論、心配も。
「‥‥自業自得なのは、わかっていますけど‥‥ね」
まったく、あの程度の事で人事不詳に陥るとは。
決して揺るがないと信じていたものが全て、足元から崩れ去る。そんな経験は初めてではなかった。
だが、今回の出来事など遙かにマシだろう‥‥国を追われ、家族や親しい者達の殆どを失い、自分の存在さえ否定されたあの時に比べれば。
なのに‥‥
「そんなに、ヤワなつもりはなかったんだけどな」
ボールスは苦笑いを浮かべる。
「まあ、自覚が出来たって事は良い事よね」
開け放した窓から入って来たルルが、少しばかり棘のある口調で言った。
「ヤワなくせに強いと思い込んでるバカは始末に負えないから」
おいおい、そこまで言うか。
「ルル‥‥もうそろそろ、機嫌を直して貰えませんか?」
「なによ、あたしは不機嫌なんかじゃないわよ。全然、これっぽっちも、猫の額ほども!」
いや、それ絶対ウソだから。
彼女にも誰かいい人が現れてくれると良いのだが‥‥と思いつつ、流石の野暮天もそれは自分が言うべき事ではないと、その程度の事はわかっているようで、敢えて口には出さない。
だが、そんなボールスの心の中を見透かしたようにルルは言った。
「なによ、厄介払いしようったって、そうはいかないんだからっ! それに、シフールの男なんてロクなのいないし‥‥あたしの理想はそこの書類の山より遙かに高いんだからねっ!」
嗚呼、障らぬルルに祟りなし。
「そんな事より、頼まれてたアレ。よさげな仕事が入ったって、ギルドの目のないオッチャンが言ってたわよ」
そう言いながらボールスに向かって思い切り舌を出すと、ルルは再びどこかへ飛んで行ってしまった。
うーむ、これはこれで、前途多難?
「‥‥は‥‥くしっ!」
その頃、ギルドのカウンターの奥では受付係がクシャミを連発していた。
「誰かが噂してるのかな‥‥良い噂だと嬉しいんだけど」
だが、それから暫くして店に入って来た人物の姿を見るや、彼は「良い噂」に心の中でバッテンを付けた。
「こんにちは、ボールス卿。ルルさんの伝言、伝わったんですね?」
「ええ、それで‥‥どんな仕事ですか?」
数日間寝たきりだった上にこの所デスクワークばかりだったボールスは、体が鈍っている事を痛感していた。
そろそろ鍛え直し、戦いの勘を取り戻しておかないと、いざという時に困った事になる‥‥いや、困るなどというレベルの問題ではないだろう。
そこで、リハビリを兼ねて少し体を動かそうと、軽めの仕事を回してくれるように頼んでおいたのだ。
「軽めって言っても、ちょっと軽すぎる気もするんですけどね‥‥」
そう言いながら受付係が差し出した羊皮紙に書かれた内容に目を通したボールスの表情が、一瞬こわばったように見えたのは気のせいだろうか。
「‥‥ブリットビートル‥‥ですか」
「ええ、いくら大量に出たと言っても、円卓の騎士にとっては軽すぎる相手でしょう?」
「まあ、そう、ですね‥‥多分」
ボールスの返事は何だかとっても頼りない。
その様子を見ていた受付係は、急に何かに気付いたようにポンと手を打った。
「ああ、そうか。何かが足りないと思ったら‥‥」
「何ですか?」
ボールスが顔を上げる。
「十字架。どうしたんですか? いつも首から下げてるのに」
「ああ‥‥」
と、ボールスは軽く微笑んだ。
「まあ、ちょっとした心境の変化‥‥かな。ホーリーシンボルなら、剣に付いていますから」
「ああ、なるほど」
いつまでも亡くなった奥方の形見を身につけているのも具合が悪いという事か。
ニヤニヤと意味ありげな笑いを浮かべる受付係に、依頼書を読み終わったボールスが言った。
「あの、他には何か‥‥」
「ええ、いくつかありましたけどね、ルルさんに言ったらこれが良いだろうって」
‥‥ルルの陰謀か‥‥と、ボールスは大きく溜め息をついた。
「‥‥どうしました? 何か具合の悪い事でも‥‥?」
「あ、いいえ、何でもありません」
ボールスはかなり無理矢理に笑顔を作った。
言えない。
実は昆虫が苦手だなんて、苦手どころか怖いなんて、口が裂けても言えない。
「では、それでお願いします」
「わかりました。ええと、では‥‥お一人で充分かもしれませんが、決まりですんで、人数が揃うまでちょっと待ってて下さいね」
受付係はそう言って、その依頼書を掲示板に張り出す。
依頼の内容はまあ、単純なものだ。
キャメロットから伸びる街道の一本が通っている森に、巨大な甲虫が大量発生した‥‥そこを通る者達を見境なく襲うそれを、問答無用で全滅させてほしい、と、それだけ。
モンスターとしてはそれほどレベルが高い訳でも、特殊な攻撃を持っている訳でもない。
強いて言うなら暗闇でも問題なく行動が出来、そして素早いという点が少々厄介、という程度か。
だがしかし。
‥‥冗談じゃない、たった一人で虫退治なんて‥‥
ドラゴンの群に放り込まれた方がまだマシだ、少なくとも気分的には。
そんな事を考えながら、ボールスはギルドを後にした。
その背には、そこはかとなく哀愁が漂っているような‥‥?
●リプレイ本文
「虫ねえ、この時期じゃ増えるとは思うけど‥‥」
さほど急いだ風もなく街道を進みながら、馬の周囲にまとわりつく何かの虫を手で払つつ、マナウス・ドラッケン(ea0021)が誰にともなく言う。
「今まで無かったケースなのか‥‥途中に村でもあれば聞いてみるかね?」
その前方では先頭を行くボールスに、リ・ル(ea3888)が何やら熱心に話しかけている。
「いよいよ虫の出る季節か、猫が一番喜ぶ季節だな。卿の猫達も朝な夕なにいろいろな虫を捕ってくるんじゃないか?」
「‥‥ええ‥‥わざわざ家の中に運んで来て‥‥遊んでいたり、しますね」
ボールスの答えは何となく歯切れが悪い。
「あれはな、褒めて欲しいからわざわざ見せに来るんだよ」
「そのようですね‥‥。でも、うちでは見付け次第、取り上げてしまいますから‥‥余り見せには来ませんよ」
「なんだ、褒めてやらないのか? あれは飼い主への愛情と忠誠の印だ、そういう時は獲物を手にとって、しっかり褒めてあげないと」
「でも、放っておくと‥‥その‥‥」
「ん? ああ、食っちまう事もあるよな、バリバリと。そこらへんに足が1本ポロっと落ちてたり‥‥」
リルは同意を求めるように楽しそうに笑う。
だが、相手の顔は‥‥何かを必死に我慢しているような、思い出すまいと懸命に堪えているような。
「まあ、衛生上あまりよろしくなさそうだからな、取り上げるのも手かもしれん‥‥いや、猫好きの卿に言うまでもなかったか、失礼」
そんな相手の様子には‥‥そして、ボールスの隣を歩くクリステル・シャルダン(eb3862)が先程から何度も心配そうな視線を向けている事にも気付かないふりをして、リルは猫談義を続けた。
「俺なんか朝起きたら枕の周りが獲物で取り囲まれていたこともあるよ」
豪快に、わはは、と笑う‥‥が、そのリルの顔も心なしか引きつっているように見えるのは気のせいか?
「でもさ、足や羽がもげていたり中身が出ていたり、臭いのキツイ虫とかは辛いよな。その口で顔をなめられたりした日にはなぁ‥‥ん? どうしたボールス卿? 随分顔色が悪いぞ?」
そこで初めて気付いたように、リルはニヤリと笑う。
「調子が悪いならちょっと休むか?」
「あ、いや‥‥大丈夫です」
いや、とても大丈夫とは思えない顔色と声なんですが。
「あの、本当に少し休まれた方が‥‥」
クリスに言われ、どうやら本当に酷い顔色をしているらしいと気付いたようだ。
「‥‥この近くに村があるようですから‥‥聞き込みがてら休ませて貰ってはどうでしょうか?」
出発前に友人から手渡された地図を広げて指差すマイ・グリン(ea5380)の言葉に、ボールスは素直に頷いた。
「ボールス様、大丈夫ですか?」
村外れの木に寄りかかり――勿論、周囲に虫がいない事は確認済みだ――疲れたように座り込んだボールスの脇に膝を付き、クリスはその顔を心配そうに覗き込んだ。
「余り無理をなさらないで‥‥」
大丈夫だと言いかけて、ボールスは思い直した。
意地を張って、大切な人に無用な心配をかけてはいけない‥‥
「あの、笑わないで下さいね?」
そう前置きしてから、ボールスは他の者には聞こえないようにクリスの耳元で何事かを囁いた。
「え‥‥虫‥‥ですの?」
「恥ずかしいのですが‥‥あれだけは昔から、どうしてもダメで‥‥」
ボールスは顔を真っ赤にして言う。
特に甲虫の類の、あのツルっとした冷たい感触や、多くの足がうぞうぞと蠢く様子が‥‥思い出しただけでもトリハダが立つほど、嫌いなどという言葉では言い表せないほどに、嫌なのだ。
「他の人には、絶対に内緒ですよ?」
どんな強敵にも恐れず突っ込んで行きそうな‥‥いや、実際突っ込んで行っちゃうのだが、そんな円卓の騎士の、余りにも可愛らしい弱点。
まあ、個人的には可愛い弱点で済むかもしれないが、事は円卓全体のイメージにも関わる。
全ての騎士達の規範であり、人々の憧れの的でもある円卓の騎士には、弱点などあってはならないのだ‥‥例え現実はどうだろうと。
「はい、ボールス様がそうお望みなら‥‥」
クリスは心底ほっとしたように微笑む。
「でも‥‥よかった。体調が万全ではないのに、また無理をしているのではないかと心配で‥‥本当に、安心しました」
それに、そんな恥ずかしくてとても人には言えないような事を、自分にだけ打ち明けてくれた‥‥それが嬉しかった。
「ごめん‥‥ありがとう」
そんな彼女の表情に、はぁとを鷲掴みにされたらしい‥‥ボールスは愛おしくて堪らないという風にその肩を抱き寄せ、長く柔らかな髪を優しく撫でた。
んー、これはもう、押し倒すのも時間の問題?
しかし、そんなピンクの結界に果敢に踏み込む影ひとつ。
「どうやら気分も治ったようだな。余りのんびりしてもいられないし、そろそろ行くか?」
相変わらずニヤニヤ笑いを浮かべながら言うリルの言葉に、ボールスは立ち上がった‥‥勿論、クリスに手を貸して立たせる事も忘れない。
「ああ、そうですね。すみません、そういう事は私が仕切らないといけないのに‥‥」
「まあ良いさ、デスクワークで疲れが溜まってるんだろうし、無理するなよ。早く依頼を片付けて、家にかえって猫と獲物に囲まれて体を癒すとイイぞ」
リルは「獲物」の部分をさりげなく強調する。
「‥‥あぁ、今はもっと癒してくれる存在もあったな」
ニヤリ。
‥‥何を企んでますか、リルさん?
「村人の話じゃ、奴等は森に入ってすぐの辺りで襲って来るらしいな」
歩きながら、先程の村で話を聞いてきたマナウスが言った。
「暗くなるとこっちが不利だ。今日は森の手前で休んで、夜明け頃を狙って踏み込むのが良いかもしれん‥‥余裕があれば、囮用の獲物でも狩っておくんだが」
「‥‥入口からそう遠くない所に水場もあるようですね‥‥でも、囮はどうでしょうか」
マイが地図を見ながら言った。
「‥‥囮の餌だけを狙うとは限りませんし、何より他の肉食獣を呼び寄せてしまうかもしれません」
「ま、ダメだったら晩御飯にでもするさ?」
「虫と言えば‥‥」
後ろに下がったリルに代わって先頭に立ったメグレズ・ファウンテン(eb5451)がボールスに話しかける。
話題は、またしても虫。
まあ、虫退治の依頼なのだから、話題がそこに集中するのは当然と言えば当然なのだが‥‥虫嫌いにはたまったものではない。
実際、やはり虫が苦手なエスナ・ウォルター(eb0752)は、青ざめた表情でここぞとばかりに傍らのダーリン、ケイン・クロード(eb0062)にべったりと張り付いている。
「パリではリベラ村というところに、虫がわさわさ何百何千とやってきたこともあると聞きました」
メグレズは異国で聞いた昔話や、自分が実際に行った虫退治に関するアレコレを披露した。
彼女としては、ほんの暇潰しの他愛もない話題のつもりだったらしいが‥‥
「‥‥あれ、どうなさいました、ボールス卿? 顔色が悪いようですが」
「え、そうですか? 気のせいですよ」
ボールスは明らかに作り笑いとわかる微笑を湛えながら言った。
しかし先程よりは幾分マシなように見えるのは、ちゃんとわかってくれている人がいるという安心感のせいだろうか。
「地下池に虫の卵が何百何千と育っていたところを焼き討ちして退治した事もあるらしいですが‥‥。ボールス卿でしたらそういう場面でも真っ先に虫の卵の海の中に突っ込んでいけそうですね」
「まあ‥‥そうですね」
うん、卵ならまだマシだ。足はないし、飛ばないし、多分、黒くてツヤピカでもないし。
「しかし、自分のプライドからせっかく他の方が身を挺してかばってくれようとしたのを、自滅して怪我される円卓の騎士の強さであれば、虫程度どういうこともあるまい?」
メアリー・ペドリング(eb3630)の言葉に、ボールスは少し意外そうな顔をする。
あれは殆ど、ただの条件反射のようなものだ。
まあ、自分の為に誰かを傷付けたくないと思ったのも事実だが、どうやらその後に叩いた軽口をまともに受け取られてしまったらしい。
そんなボールスの心中など知る由もないメアリーは続けた。
「それなのに、他の方をこれだけ集めるとは何かがあるのではなかろうか? 数が多いということで過小評価していないだけと受け取ることも可能であろうが、その裏に何かあるのではないか?」
「別に‥‥何もありませんよ」
ボールスは苦笑いを浮かべる。
「この人数は最初から決められていたものですし‥‥私が関わるとは予想していなかったので、少し多めになったのでしょう」
「そうであろうか? 想像以上に凶悪な相手なのかもしれず、円卓の騎士でも対抗できぬ脅威である危険性もあろうかと思うのだが‥‥」
まあ、通常の10倍サイズはそれだけで確かに脅威ではあるが‥‥特に虫嫌いには。
更に問い詰めようとするメアリーとの間に入って、クリスがさりげなく話題を変えようとする。
「ボールス様、この間の事‥‥戻った後の周囲の方達の反応が聞きたいですわ。メアリーさんも気になりませんか?」
「うむ‥‥まあ、そうであるな。大方の予想は、付かぬでもないが」
「あの、怒られませんでしたか? 特にルルさん‥‥」
その問いかけに、ボールスは照れたように微笑みながら答えた。
「爺には皆さんの倍くらい、こってり絞られましたよ。ルルは‥‥まあ、いつもの通りですね」
そんなボールスの様子を後ろから眺めながら、リースフィア・エルスリード(eb2745)は含み笑いを漏らす。
「どうやら、ボールス卿の婚前旅行は順調のようですね。やはり今夜は二人用のテントを進呈して‥‥」
後はあの二人を組ませて、生暖かく見守ろう。
「なんだ、おぬしもそのつもりか」
脇を歩くリルが邪笑を浮かべながら声をかけた。
「おや、リルさんもですか?」
「まあ、さっき少しばかり虐めたからな。そのお詫びだ」
‥‥少しじゃないと思うんだけど‥‥。
「そう言えば、どうもボールス卿の様子が何か変でしたね。リルさん、何かしたのですか?」
「いや、何も? 俺はただ、猫好き同士で親睦を深めようとしただけだ‥‥季節の話題で、な」
ニヤリ。
「どうもあの人は、虫が苦手らしいぞ」
「ボールス卿が‥‥ですか?」
「ああ、あの反応は間違いない。本人はどうあっても認めないつもりらしいが、な」
かくして、ボールスの虫嫌いは野営の準備を始める頃には全員の知る所となっていた。
「さて、どうやって白状させましょう?」
と、リースフィア。
「皆で気が済むまで撫で回した後は、やはりきちんと白状して貰わないと‥‥それが原因で何かあったときに対する心構えが違ってきますからね」
「さりげなく貸しを作っておくのも良いかと思いますが」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言う。
「私は‥‥からかうのはやめておくよ。エスナも大の虫嫌いだし」
ケインがちょっとしたピクニック気分で夕食の準備をしながら苦笑する。
「‥‥私も、自立した女性は、ちゃんと目指してますけど‥‥でも」
嫌なものは嫌。うん、それはわかるよ。黒いのとか足が多いのとか、気持ち悪いよね。
だからあんまり虐めないで‥‥なんて言ったら、またケインがヤキモチ焼くかな?
そんなエスナとは反対に、マイはボールスをからかいたくてウズウズしてる様子だった。
だが、人付き合いが苦手な彼女には、ちょっかいを出したい気持ちはあっても、それをどう表現すれば良いのかがよくわからないようだ。
結局、マイはそれを諦め自分の得意分野に専念する事に決めたらしく、マナウスが獲ってきた獲物を慣れた手つきでさばくと、夕食用にスープを作り始めた‥‥。
「まあ、そういう事で」
何がそういう事なのかはよくわからないが、夜も更けた頃、リルはボールスとクリスの背中を押した。
「出歯亀連中は撤去するので存分にお楽しみください」
要するに二人きりで夜番をしろという事らしい‥‥まあ、夜番になるかどうかは疑わしいと言うか期待はしていないと言うか。
寧ろ期待は別の所にあったりして?
「あの‥‥徹夜は少し難しそうですけれど、出来る範囲でお手伝いいたしますわ」
クリスが頬を染めながら言う。
「それに、その‥‥二人でゆっくりお話できそうですし」
「そうですね。折角ですから‥‥お言葉に甘えて、楽しみましょうか」
二人は僅かな星明かりの中、野営地全体を見渡せるような場所に座り込み、時折二言三言、静かに言葉を交わす。
今はただ、こうして傍にいる事、互いの温もりを感じながら同じ時を過ごす事‥‥それだけで充分だった。
残された時間はそれほど多くないのかもしれないが、それならば尚更、今は体よりも心の結びつきを深めたい‥‥独りで過ごす長い時間にも、ずっと幸せを感じていられるように。
翌朝早く、一行は件の森の中に足を踏み入れた。
「結構でかいそうだし、羽音は誤魔化せないだろうからな」
かなり遠くからでも見付けられるだろうと、マナウスは音に対する注意を促す。
「木々が乱立している以上、遠距離からの突進は木々に邪魔されるはずだから一方的ってのは無いだろうし」
一行は森の中の道を、後衛を中心に円陣を組んで進む。
「しかし、せっかく円卓の騎士がおられるのだから‥‥ここはひとつ、ボールス殿を虫の真ん中に放り込んで戦ってみてはどうであろうか?」
メアリーの言葉に、ボールスはさほど動じた風もなく言った。
「つまり、囮になれと?」
「皆はボールス殿を援護するという形であるな。ボールス殿が強いからこそ提案できる戦術であるが」
「それは構いませんが‥‥それでは皆さんの活躍する場面がなくなってしまいますよ?」
‥‥おかしい、今日のボールスには何やら余裕すら感じられる。この人は虫が嫌いな筈ではなかったか?
「ボールス卿、何か私達に隠している事はありませんか?」
夕べは結局何もなかったらしい事を残念に思いながら、リースフィアが言った。
「何か苦手なものがあるなら、はっきり言って下さい。嫌々なら仕事をするなという訳ではなく、もしそれが原因で何かがあった時、知っていれば私達がフォローに回る事も出来ますし、心構えも違ってきますから」
「気遣って頂けるのは有り難いのですが‥‥」
ボールスもどうやらバレているらしい事は薄々感じているようだが、それでもあくまで隠し通すつもりらしい。
「何かが苦手だったとしても、それが原因で仕事に支障を来すような事は‥‥絶対にないとは言えませんが、起きないように努力はしています。これでも円卓の一員ですからね」
現場とされる森に足を踏み入れた瞬間から、ボールスは戦闘モードに切り替わっていた。
自分の弱点すら把握出来ず、それと上手く付き合う事も出来ないようでは円卓の騎士を名乗る資格はない。
確かに一度、猫に化けたデビルを取り逃がした苦い経験はあるが‥‥同じようなミスを重ねるなら、それもやはり円卓の騎士としては失格だろう。
だが、リースフィアは食い下がる。
「何だかんだ言って、ボールス卿は私達を全然信用していないみたいです」
と、傍らのクリスに泣きつくふりをしてみるが‥‥
「いいえ、そんな事はないと思いますわ」
やんわりとしたバリアに跳ね返されてしまった。
「何にしても、自分が一人ではなく互いに補完しあって生きていることを実感して頂けると良いのだが‥‥」
と、メアリーが独り言のように呟く。
だが、それはボールスもちゃんとわかっているし、だからこそギルドに依頼を出して力を借りるのだ。
しかし、それとこれとは別問題。
それに、からかい目的の輩には絶対に何も言うまいと意地になってもいるようだった。
‥‥と、その時。
遠くから何やらイヤ〜な感じの羽音が近付いて来た。
その音を聞いただけで、エスナの首筋にトリハダが立つ。
あっという間に距離を縮めてきたその巨大な虫達に向かって、エスナはケインの背中にしがみつきながらアイスブリザードを放った。
「あぅあぅ‥‥こ、こっちに来ないでーっ!」
突然の吹雪に見舞われ、何匹かの虫がボトボトと下に落ちる。
だが、大部分は無傷のまま、円陣を組んだ一行の周りをブンブン飛び回り、襲いかかる隙を窺っていた。
相手が様子を窺っているうちに、クリスはホーリーフィールドを張り、マイは後衛を取り囲むようにストーンウォールで壁を作り出す。
「‥‥樹木よりは頼りになると思います‥‥」
その中でしゃがみこんだエスナは、頭上にバキュームフィールドを発動した。
うん、これで後衛の守りは完璧‥‥多分。
後は前衛の出番だが、サイズが多少大きくなっているとは言え、素早く動き回る敵に対して攻撃はなかなか当たらない。
「やはり突っ込んで来るのを待った方が効率が良いか」
言いつつ、マナウスは鉄扇でそれを受け流す。
流石に鉄扇程度のダメージでは一撃という訳にはいかないが、受け流されて転がったそれは格好の的。
隣にいたルーウィンの前に転がされたそれは、さっくりと止めをさされた。
それに、ひたすら光源や熱源に向かって突っ込むしか能がないブリットビートルには、盾を構えている所は避けようとか、フェイントをかけて上空から、などという頭はないらしい。
真っ正面から盾にぶつかっては、面白いように地面に転がる‥‥いや、頭が潰れたり中身が出かかってたり、とても面白いとは言えないような光景ではあったけれども。
「流石はインセクトスレイヤー、よく斬れますね」
リースフィアは動かない‥‥いや、動けない相手に対してここぞとばかりにスマッシュEXを叩き込み、瞬殺。
「高速の攻撃への対処は、対夢想流の擬似訓練にもなる‥‥と思ったんだけどな」
防御に専念しつつ、動きに目が慣れてきたら攻撃に転じようと考えていたケインだったが、虫の動きは予想以上に早い。
しかも回避もそこそこに高いようで、目では追えても攻撃はなかなか当たらなかった。
「無理に当てようとする必要はないさ、こうして向こうから潰されに来てくれるんだからな」
「そうですね、後ろにさえ行かせなければ良いんだし‥‥」
リルに言われ、ケインはふと後ろを振り返る。
そこでは、エスナが壁の後ろで小さくなっていた‥‥フレイムエリベイションを使っても、やっぱり怖いものは怖いのだ。
「大丈夫だよ、ちゃんと護ってみせるから、ね」
「しかし本当に当たらないな」
攻撃は確信の持てる一点でのみ、と決めていたリルだったが、その「確信の持てる一点」というのはつまり転がってる所を狙い撃ち、な訳なんですが‥‥でも、鞭で叩くのは遠慮して頂いた方が‥‥ほら、中身とか色々、飛び散りそうだし?
一方、メグレズは転がった虫にコアギュレイトをかけ、数を集めた所で‥‥
「破刀、天昇!」
ソードボンバーで纏めて始末を付けようとする。
だが、大きさの分だけ耐久力も増しているようで、一撃では勝負が付かなかった。
「少し手を貸すといたそうか?」
丁度良い具合に集められた虫達に向けて、メアリーがグラビティーキャノンで追い打ちをかけた。
「‥‥そう言えば、ボールス殿はどうされているのか‥‥?」
目の前の敵に集中している間は気にする余裕などなかったが‥‥
大丈夫、宣言通りにちゃんと仕事してます。
返り血ならぬ、返り体液を頭から浴びても顔色ひとつ変えずに。
だが、それは苦手を克服したという事ではないらしい。
敵を全て片付け、戦闘モードが解除された途端‥‥ボールスは教えられた水場に向かって、顔面蒼白になりつつ、何も言わずに一目散にすっ飛んで行った。
「‥‥あー、あれは相当無理してたな‥‥」
呆れたように苦笑しながら、冒険者達はその後に続いた。
その日の残りはずっと、ブリットビートルの残党を探して歩いたが、どうやら先程の襲撃で全て出払ってしまったらしい。
少し開けた場所で、メグレズが鬼火のトリグラフにファイヤーウォールを出すよう命じ、ファイヤーウォールの熱でおびき寄せようと試みたが、普通の昆虫さえ寄っては来なかった。
「どうやら、討ち漏らしもないようですね」
「それにしても、どうして突然巨大化したのでしょうか‥‥?」
リースフィアの問いに、メグレズは暫く考えてから答えた。
「ノルマンの事件が何か影響を与えているのかもしれませんが‥‥わかりませんね。ただの偶然なら良いのですが」
「そうですね、何か原因があるなら、それを突き止めて排除しない限りはまた現れるでしょうし‥‥」
だが、聞いて回った範囲では、その特定に到るような情報は掴めなかった。
「ひとまず、この件は片付いたと考えて良いでしょうか?」
そうなると、残りの時間をどうやって過ごすかだが‥‥
マイは連れて来た愛犬ラビに狩りの訓練をしようと決めたらしい。
ボーダーコリーのラビは牧羊犬としてだけでなく、レトリーバーとしての才能も持ち合わせてるようだが、これまで本格的に訓練をした事はなかった。
狩りに成功すれば夕食のメニューが一品増える事になるが‥‥さて、結果はいかに?
翌朝、いつものようにケルピーのグライアを連れて来たルーウィンは、これまたいつものようにボールスを誘う。
「リハビリ代わりの乗馬でもいかがですか?」
しかし、ここは一般の街道でもあるし、周囲は森。
ケルピーのスピードを楽しむには少々不向きだ。
それに‥‥まあほら、今はケルピーよりも心を動かされてる存在がありますから‥‥ねえ?
ボールスは丁重にお断り申し上げ、その代わりにちょっとした手合わせに付き合って貰う事にした。
「ルーウィンさんには、余り手加減をする必要はなさそうですね」
相手の力量を計るように二度三度と剣を交え、ボールスが言う。
本気で打ち合ったら、恐らく力負けするだろう‥‥だが、元々ボールスは力で押すタイプではない。
例によって、ここは逃げるが勝ちだ。
そうして暫くルーウィンとのじゃれ合いを楽しんだ後、今度はケインが勝負を持ちかけてきた。
「江戸に戻る前に、貴方とは一度真剣に戦ってみたかったんです。‥‥お手合わせ願えますか?」
‥‥今度は真剣勝負か。
ボールスはその申し出を快く受けると、相手に合わせて武器をダガーに持ち替えた。
「では‥‥お願いします!」
勝てない相手なのは分かってるけど、男の意地があるからね‥‥と、ケインは右手の小太刀で牽制しつつ、外套に隠した左手の拳でブラインドアタックを狙う。
その様子を少し離れた所からエスナがちょと心配そうに見ている‥‥瞬殺される可能性のほうが高いが、みっともない負け方だけはしたくないと、攻撃をことごとくかわされながらもケインは食い下がった。
だが、負けられないのはボールスも同じだ。エスナのちょうど反対側でクリスが見てるし。
ケインは上半身に攻撃を集中させながら、相手の注意が下半身から逸れる機会を狙った。
しかし機を見て繰り出したローキックも、それに繋げた顔面へのハイキックも軽々とかわされ‥‥たと思った瞬間、ボールスの頬に鮮血が散った。
ハイキックと同時にソニックブームが来るとは予想せず、最低限の動きだけで攻撃をかわしていたボールスは避けきれなかったのだ。
「‥‥失礼、少し甘く見ていたようです」
攻撃を当てられた事で何かに火がついたらしい‥‥言うが早いか、ボールスはケインの背後に回り込み、その首筋に短剣を突き付けた。
「ははっ‥‥完敗ですね」
と、ケインは両手を上げる。
「そうでもありませんよ、冒険者に当てられたのは初めてですから」
己の慢心を諫めながら剣を引き、リカバーをかけようと胸元に手をやったボールスは十字架を外していた事を思い出した。
いつもの場所にホーリーシンボルがないのはどうも落ち着かないが‥‥まあ、そのうち慣れるだろう。
「お陰で色々と吹っ切れました‥‥ありがとうございます、ボールス卿」
そう言って去ろうとするケインの肩を、ボールスは軽く叩いて見送る。
あの二人も色々と大変だろうが‥‥それでもボールスにとっては少し羨ましかった。
自分もせめて冒険者だったなら、などと口には出せないし、言っても詮無い事ではあるのだが。
もしも彼等が望むなら、自分の領地にあるあの村を紹介しても良いのだが‥‥まあそれは余計な気遣いというものだろう。
彼等にはちゃんと、帰るべき場所があるようだし‥‥などと考えながら、ボールスはクリスの許へと戻って行った。
「‥‥大丈夫ですか?」
頬から血を流したままのボールスに、クリスがリカバーをかける‥‥そう言えば、治すのを忘れていた。
「ただのかすり傷ですよ。でも‥‥ありがとう」
そう言って腰を下ろしたボールスに、クリスは少し恥ずかしそうに言った。
「あの、休まれるのでしたら、肩をお貸ししましょうか?」
昨夜はケインやメグレズに夜番を代わって貰ったお陰で、それほど眠くはないのだが‥‥それでも「どうせなら、肩より膝の方が良いな」などと言ってみる。
その視線の先では、エスナがケインに膝枕をしてあげていた。
「‥‥あ、はい、その、お望みなら‥‥」
頬を真っ赤に染めて答えるクリスに、ボールスは「冗談ですよ」と嬉しそうに笑ってその場にひっくり返った。
「人の頭は重いんですからね‥‥そんな負担はかけられませんよ」
それも過保護に過ぎるような気がしないでもないが、まあ良いか。
それにまだ、そこまで甘えるには多少は遠慮があるらしい‥‥これでも。
一方の既に遠慮がない方のカップルは‥‥
「‥‥また、江戸に帰ったら‥‥お仕事、いっぱいだもんね‥‥。今は‥‥ゆっくり休んでいいよ‥‥」
いつもは撫でられる方の立場であるエスナが、膝に乗せたケインの髪を優しく撫でている。
彼と一緒の初めての冒険は、どうやら成功だったようだ。
今までの事やこれからの事など、色々と考えているうちに眠くなったらしい‥‥エスナは一緒になってうとうとし始めた‥‥。
「‥‥のどかだな‥‥」
そんな光景を眺めながら、リルが呟く。
彼は猫のお土産にと虫でも捕まえて、ボールスの目の前に突き付けてやろうかなどと考えていたようだが‥‥流石にそれは思いとどまったらしい。
「まあ、キレると怖そうだし?」
フロストウルフのサイラと一緒に、足を川の流れに浸けて涼みながらマナウスが言う。
彼等は昨日の夜中、こっそり水浴びをしていたようだが‥‥野郎のそんなシーンを描写しても楽しくないので(失礼な)、そこはカットね。
そのすぐ傍では、マイが川を堰き止めた水溜まりに、クーリングのスクロールで作った氷を浮かべて涼んでいた。
「暫くこうやってのんびりするのも良いかもね?」
依頼期間が無事終わるか、もしくは‥‥痺れを切らした部下達がボールスを連れ戻しに来るまで。