●リプレイ本文
「んーと、初めましてだな、エル?」
フレイア・ヴォルフ(ea6557)は、かーさまことクリステル・シャルダン(eb3862)と一緒に出迎えたエルの前にしゃがみ込むと、その金色のふわふわ頭をくしゃくしゃと撫でた。
「良く話を聞いてるから初めてって気がしないが、まあとにかく宜しくだ。ところで‥‥たばなたの事だがな」
と、フレイアはじっとエルの青い瞳を見つめながら言った。
「あれは『たばなた』ではなく『たなぼた』といって、棚の上から『ぼたもっち』成る恐怖の物体が落ちてくる怖〜いお祭りでなぁ‥‥」
「ぼたもっちー?」
フレイアの真剣な眼差しに気圧されながら、エルはまん丸い瞳でそれを見返す。
「そう、ちょうど‥‥ああ、あんなのだ」
と、フレイアはサクラ・フリューゲル(eb8317)が愛馬クロさんに乗せて運んできた「おもち」を指差す。
「あれの黒い奴だと思えばいい。あれが頭の上からど〜んと落ちてきてな、悪い子は押し潰されて‥‥」
「これこれ、子供に何をデタラメ教えておるか」
尾花満(ea5322)が妻の暴走に待ったをかけた。
「何もかもが違う‥‥エル、今の話は真っ赤な嘘であるからな、信じるでないぞ? ぼた餅はジャパンの菓子だからな。怖くはないぞ。‥‥まあ、何故棚から落ちてくるのかは誰も知らぬが」
「冗談だよ。あたしだって七夕くらい知ってるさ‥‥って、満に聞いたんじゃないか」
という事は、フレイアの知識が間違っていた場合は満の責任、という事か。
「私も『たなばた』なるものは初めてでして‥‥」
と、仲間に教授を乞いながら、メグレズ・ファウンテン(eb5451)は出来るだけ体を縮めるようにしてエルに挨拶をした。
「お久しぶりです、エルディンさん。神聖騎士のメグレズ・ファウンテンです。その後お変わりはありませんでしたか?」
「あー、おっきいおねーちゃ!」
エルは早速、メグレズに肩車をせがんだ。
どうやらこの子は高い所が大のお気に入りのようだ‥‥そう言えば先程、一足先に空の散歩を楽しんだ時も、落ちはしないかと気が気ではない大人達の心配を余所に楽しそうに大はしゃぎしていたっけ。
「本来は織姫と彦星が会えますようにと願う祭りだろ? 今じゃ願い事を書く祭りに変わってるみたいだが‥‥」
「七夕の事なら私が知ってるであるよ!」
フレイアの言葉に、リデト・ユリースト(ea5913)が胸を張って答えた。
「私はジャパン帰りであるからな!」
だが、実は七夕の飾り付けが始まる前に帰国してしまった事は秘密だ。
「確か仕事を怠けて遊んでたカップルを偉い神様が怒って、年に一度、七夕の日しか会えなくしたであるな」
「七夕は星祭りと呼ばれることもあるらしいですね」
正真正銘のジャパン人、陰守清十郎(eb7708)が付け加える。
「そのカップルを星に見立てたのが織女星と牽牛星で、その二人が天の川を渡って1年に1度会うことを許された日なのだそうですよ」
「でも、その日もその年真面目に仕事してないと、神様が天気を曇らせて会えなくするである。会えた時には、二人が願い事を叶えてくれるであるよ‥‥その二人も、偉い神様よりは下であるが、一応神様であるからして‥‥幸せのお裾分けであるな」
「短冊に願い事を書いて笹竹に飾ると良いらしいですね」
「形式は聖夜祭に似てるであるから、一緒の飾りつけでOKであるよ。木に色々飾るである。カップルの神様が空から見えるように綺麗に飾るんである」
「男女の関係などには興味はありませんが、願いを書くということはよいことです」
と、エリス・フェールディン(ea9520)が頷く。
「ふむ‥‥七夕とは、熊を白と黒に塗った際に食べる草に願い事を書いて、木の枝にくくりつけ、普段仕事をサボるカップルの幸せを祈る祭りであると思っていたのだが‥‥どうやら違うようであるな?」
そう呟くメアリー・ペドリング(eb3630)の背後で、七神蒼汰(ea7244)が苦笑しながら「違う違う」と言うように手をヒラヒラさせている。
蒼汰は面白がってウソを教える男共には容赦なくハリセンアタック‥‥しかも無駄にブラインドEX付きをかましてやろうと待ち構えていたのだが、どうやら嘘八百を教え込もうとしているのは女性陣だけのようだ。
ほぼノーダメージとはいえ、女性にハリセンアタックは出来ない。
「後で夜にでも、ちゃんとしたお話を聞かせてやるよ。でも子供の頃に聞いた御伽話だから、あんまりよく覚えてないかもしれないけどな」
まあ、その辺りは適当に脚色でもして‥‥と、蒼汰はエルの頭を撫でた。
「ところで、エル、とーさまは?」
ボールスに渡す物があったのだが、と、蒼汰は周囲を見渡す。
「あのね、とーさまおしごとおわんないと、あそべないんだって」
彼は相変わらず仕事が溜まっているようだ‥‥エルとクリス、3人で空の散歩を楽しんだのも束の間、帰るやいなや部下に引っ張られ、執務室に監禁されたらしい。
「皆さんが準備をしている間に仕事を片付けるそうですわ」
‥‥とりあえず今日の分は。
「なんだ、昼間はデートの邪魔しないようにエルを預かっとこうと思ったんだが‥‥パーティーの間はエルがクリステル殿を独り占めだろうからな」
「あの、でも‥‥エルが寝た後で‥‥」
と、言いながらクリスの頬が赤く染まっていく。
ちゃんと約束を取りつけてあるらしい。
「七夕は大切な方と星に願いをかける日だそうですものね」
何か微妙に勘違いしているっぽいが、この際そんな事は無問題。
「‥‥あー‥‥。ごちそーさま」
何故か蒼汰まで赤くなってそっぽを向いたり。
「じゃあ、俺はどうすっかな‥‥準備って言っても、特に何も考えてなかったしなあ‥‥まあ、適当に何か手伝うか」
「拙者は料理に腕を振るうとしよう」
満が襷掛けをしながら言った。
「流し素麺などをやると言う話だったが‥‥本当の素麺は冬の乾燥した時期に一旦乾燥させぬといかぬのだよな」
流石はその道の達人、よくご存知で。
しかし条件が揃わなければ揃わないなりに何とか形にしてしまうのが達人の腕。
「まぁ、小麦粉を練って作るのだから、細く切ったうどんでも同じようなものだろう」
「‥‥私はパスタのような麺をつゆに浸けて食べる料理程度にしか知りませんので‥‥どうせですから洋風にアレンジしてみましょうか」
大人数の料理を用意するのは結構な重労働だし、手間もかかるものだが、マイ・グリン(ea5380)はそれが楽しくて仕方がない様子だ。
料理関係が大好きと言うか生き甲斐と言うか、とにかく目がイキイキと輝いている。
「私はマイさんに指導いただきながら、お料理のお手伝いを致したく思います」
素人の趣味の域を出てはいないが、と前置きをしてからサクラが言った。
‥‥花嫁修業?
「ふむ‥‥じゃあ、あたしは料理を美味しく頂く為に、少し運動でもして来ようかね。エル、みんな大変そうだからあたしと遊びに行かないか?」
フレイアの問いに、メグレズの肩の上からエルが返事を返した。
「あそび? どこ?」
「水遊びに行こう。何ならクリステルも一緒にどうだ? ‥‥ほら、かーさまも行くってさ」
「じゃあ、えうもいくー!」
肩車から下ろして貰ったエルは、一目散にクリスに飛び付いた‥‥ゲンキンな奴だ。
「では、私も行くとしようか‥‥飾り付けまで出番はなさそうであるからな」
メアリーも七夕パーティー以外にも色々と楽しみ尽くすつもりのようだ。
「私も詳しくないので‥‥ご一緒しても良いでしょうか?」
知人に聞いて何となく知ってはいるものの、手伝いなどは出来そうもないからと、ルーウィン・ルクレール(ea1364)が申し出た。
「女性ばかりでは何かと物騒ですし‥‥」
しかし、その申し出は即座に却下された。
「残念ながら女性限定だ」
と、フレイア。
「男は3歳以下、あ、ペットは可な? ついでにペットシッターも引き受けるぞ」
まあ、この時代に水遊びと言ったら全部着たままか、何も着ないかのどちらかだし‥‥フレイアは短いズボンとシャツで代用するつもりらしいが。
「‥‥褌という手もあるが」
「却下だ、満」
「‥‥まあ、なんだ‥‥気をつけてな」
「笹の代用になる品‥‥ですか。このイギリスで探すとなると難しそうですね」
ロッド・エルメロイ(eb9943)は自らの植物知識と、独自に解釈した七夕の知識とをもって森の中を探して歩く。
西洋門松の竹で代用出来ないかという提案があっさり却下された清十郎も一緒だった。
「星を見て、祈りを捧げた後、願いを書いた葉を一晩吊るした後に川に流すのが七夕ですよね‥‥」
「そうですね、笹ごと川に流すものですが‥‥」
そうなると聖夜祭のツリーのように太くて大きな木では川に流した時に邪魔になりそうだし、第一、そんなものを切ったとしても彼には持てない。
「笹というのは細くしなやかで、細い葉が付いている木でしたね」
候補になりそうなのは‥‥
ロッドが目星を付けた木は、森の中に生えている事はあまりないようだ。
それに東の森はエルフ達のものなので、勝手に木を切ったりしてはいけないと言われている。
「川の方に行ってみましょうか」
いや、別に水遊びを覗くつもりでは‥‥!
「なるほど、願い事を書くための、紙の代わりとなるものが必要なのですね?」
昔はジャパンでも木の葉に文字を刻んでいた事があるらしいと、満から聞いたメグレズは近くの森へ行き、厚手の大きな葉をどっさり拾ってきた。
その、形や色合いも様々な葉を見てリデトが言った。
「これなら文字を書かなくても、ただ飾るだけでも良さそうであるな!」
「ジャパンの友人の話では、昔は紙の代わりとして『木簡』という細長い板に文字を書き込んでいた、ということなので、それも作ってみようかと思います」
「風に揺れて、カラコロと良い音がしそうである。私も音がする物を飾るであるよ」
その時、清十郎が大きな木の枝をフライングブルームにぶら下げて戻って来た。
「‥‥ふむ、柳か‥‥」
満が料理の手を止めてそれを見る。
「確かに細くしなやかではあるな‥‥それに、こちらの柳は枝が垂れていない物が多い」
「若木のツリーよりは、それらしいかもしれませんわね」
サクラもジャパン出身の母親から聞いた話でしか知らないようだが、それでも何となく、こちらの方がイメージに近い気がする。
「後はこれをどこに飾るか、ですね」
「星が良く見える丘で、近くに川がある場所が良いのですが‥‥」
清十郎とロッドは周囲を見渡す。
この城は川の中州に建っている為、条件にはぴったりだが‥‥
「城の前庭を使わせて貰っても大丈夫でしょうか?」
だが、許可を取ろうにも城の主人は当分外に出て来そうもない。
「ま、大丈夫だろ? ボールス卿だし」
と、蒼汰。
まあ、確かに余程拙い事でもない限りはダメ出しを食らう事もないだろうと判断して、一同は程良く傾斜の付いた城の前庭から続く川のほとりを選ぶ。
「力仕事なら任せて下さい」
ルーウィンが穴を掘り、そこに大きな柳の枝を突き立てた。
「じゃあ、まずはテルテル坊主でもぶら下げておきましょうか」
先程ェザーフォーノリッヂで調べた所では、今後も晴れの天気が続きそうではあったが、念の為。
「戻って来たらエル君にも手伝って貰おうかな‥‥これくらいは小さな子でも作れそうだし」
「ジャパンには1年いましたので、和紙でも作ってみますか」
エリスは錬金術の知識を元に和紙作りに挑戦していた。
繊維が強そうな木をイギリス王国博物誌で探して、皮を刻んで煮詰めてみるが‥‥う〜ん、紙作りと言うよりも、染色?
木の皮は、いくら煮詰めてもちっともそれっぽい様相を呈しては来なかった。
まあ、元々和紙とは原料からして違う物だし、それに、和紙作りには時間がかかるのだ‥‥煮込むだけで1日、水に晒すこと2〜3日、それを叩いて繊維をほぐし、紙を漉くだけで1日半、更に乾燥に1日。
材料と製法が正しかったとしても、行事に間に合わせるのはとても無理だった。
「‥‥紙作りは難航しているようですね」
と、清十郎が荷物の中から褌をとりだして眺めながら言う。
「これを切って短冊の代わりに‥‥は、なんとなくヤなので止めます」
どこからか「魔法用スクロールで作れば?」という声が聞こえたような気もするが、流石にそれは勿体ないし。
「お、良いじゃないか、これで」
水遊びから帰って来たフレイアが、メグレズの作った木簡を見て言う。
「厚さも丁度良いし、書きやすそうだ」
その頃になって、漸くボールスの仕事も片付いたようだ‥‥いや、片付いてはいないのだが、もう限界。
手伝っていたルルともども、疲れた様子でフラリとやってきた。
「お、やっとお出ましか」
それを見て、蒼汰が荷物から取り出した簗染めのハリセンをブンブンと振る。
「ボールス卿〜、約束してた『対カミナリ』用、持ってきたッスよ〜!」
ツッコミ武器を手に入れたボールスは、何やらとっても嬉しそうだ。
「ありがとうございます、お返しに何か欲しい物でもあれば‥‥」
「いや、いいって。どうせ余ってたもんだし」
「では、何か妹さんにでも‥‥帰りまでに見繕っておきますね。あまり大した物は用意出来そうにありませんが」
「そうっスか? じゃあ、お言葉に甘えておきます」
さて、面子と道具が揃ったところで‥‥お願い事タイム。
前庭に並べられたテーブルについたり、地べたに座り込んだり、思い思いの格好でそれぞれの願いを星に託す。
そして、エルのお願いはというと‥‥
「あのね、えう、おとーとがほしい! かみさまに、おとーとちょーだいって、おねがいして!」
まあ、そんなような事を言うんじゃないかと予想はしていたが。
それでもエルの願い事を代筆しようとしたクリスの手が止まり、思わず顔を見合わせたボールスともども真っ赤になって下を向く。
「あとね、かーさまがずっと、えうといっしょにいてくえますよーにって!」
まあ、どんなお願いでも、お願いするだけなら自由だが‥‥。
そんなエルの胸元には銀の鎖に通された金の指輪が光っていた。
フレイアに「大切な人が出来たらあげたらいい」と貰ったそれに、無くさないようにとボールスが鎖を付け、首にかけてやったのだ。
そして左手ではメグレズに貰ったアンクレット・ベルをしっかりと握り締め、時折シャンシャンと鳴らしては喜んでいる。
本来は足首に付ける物だが、エルにとっては手に持つのが丁度良い大きさのようだ。
「しかしエルは可愛いねぇ」
その様子を見ながら、フレイアが目を細める。
「うむ、子供か‥‥可愛いものだな」
と、満がぼそり。
言ってから「いや、他意はないぞ?」と、何故かうろたえている。
「‥‥よし、願い事、決まった」
フレイアは『エルみたいな可愛い子が欲しい』と、短冊代わりの木簡に記し、頬を染めながら笹代わりの柳の枝に結ぶ。
そんな妻の姿を見つめながら、満は『永く幸せな家庭を築いていけるように』と記した木簡を目立たない場所に吊した。
一方、メアリーは自分の体で覆い隠すように願い事を書いている。
その背後からルルが覗き込み、ちょっと意外な様子で声を上げた。
「え〜、なになに? へぇ〜」
「こ、これ! 覗き見などするでない!」
メアリーは短冊を抱えて上空へ逃げるが、時既に遅し。
「いいじゃない、隠さなくたって〜。どうせそこにブラ下げて晒す訳だし?」
「そ、それはそうであるが‥‥」
珍しく頬を赤らめたメアリーを、ルルが意地悪く微笑みながら肘でつつく。
「アンタってば錬金術にしか興味ないんだと思ってたけど、ちゃんとそっち方面も考えてるんだ?」
「い、いや、これは‥‥その、恋人のお祭りであるならば、恋に纏わる願い事の方が良かろうと考えただけの事で‥‥!」
そんなメアリーの願い事は『錬金術師を共に極めあえる素敵な運命のシフールに出会えること』だった。
共に錬金術を実践していく殿方と共に生活したい。
「二人を互いに高めあって、金に近づくことが出来ればそれ以上に嬉しい事もないが‥‥」
「んー、でも厳しいわよねー。ただでさえシフールの男って少ないのにさ」
「そうであるな。錬金術をされているシフールの方を見かける事すら殆どないのが悩みの種ではある‥‥しかし、それも錬金術の道を歩む障害の一つかもしれぬ。乗り越えてみせたいところだ」
「うんうん、やっぱりシフールは明るく前向きでなきゃね! あたしも応援するからさ!」
そう言って肩をバンバンと叩くルルに、訊くまでもないかとは思いつつ、メアリーは訊ねた。
「かく言うルル殿の願いは何であるか?」
「あたし? そりゃー勿論っ!」
と、ルルは手にしていた木簡を見せた。
気合いの入った字で書かれていたのは案の定‥‥『人間になってボールス様のお嫁さんになれますようにっ!!!』
‥‥この子の場合は前向きに過ぎるような気がしないでもないが‥‥まあ、願うだけならタダだし、誰にも迷惑はかけないし‥‥多分。
しかしルルは、背中に隠したもう1枚の木簡は何故か見せようとはしなかった。
恐らくそちらが本命の願いなのであろうと思いつつ、メアリーは深くは追求しない。
「‥‥お互い、道は険しそうであるな‥‥ところで、ボールス殿と言えば‥‥」
木簡を木の天辺近くに結び付けると、メアリーは含み笑いをしながらルルの耳元で何かを囁いた。
「あっ、それイイ!」
ルルが楽しそうにクックッと笑う。
「でも、それじゃ生温いわね‥‥どうせなら」
ゴニョゴニョ。
「おお、そうであるな」
二人のシフールは何か悪巧みをしているようだ。
そして、そのターゲットはというと‥‥
次から次へと願い事を言うエルと、それを代筆しているクリスの様子を、頬杖を付きながら幸せそうに眺めていた。
「‥‥クリスさん、あなたの願い事は?」
代筆ばかりしているクリスにボールスが訊ねるが、クリスは困ったように微笑んだ。
「今が幸せすぎて‥‥願い事が思いつきませんの」
いやー、男冥利に尽きますね、そんなコト言われたら。
それでも、暫く考えた末に書いた願い事は『ボールス様とエルが元気で幸せにすごせますように』そして『皆の願い事がかないますように』‥‥
「‥‥ボールス様は?」
「私ですか?」
問われて、ボールスは冗談とも本気ともつかない答えを返す。
「もう少し仕事が減りますように、かな」
「エル、とーさまがあんなコト言ってるぞ?」
と、蒼汰。
「サボってると彦星と織姫みたいに会えなくなるかもしれないからな。とーさまにちゃんと仕事する様にお願いしような♪」
「うん! かーさま、そえもおねがいかいて!」
そんな蒼汰の願い事は『大切な人を守れる強さが欲しい』だった。
一方、エリスはエルに対して真剣な眼差しで何事かを話しかけている。
「‥‥願いを書くということは、目標を決めるということです。ただ願うだけではなく、そうなる様に努力してください」
んー、3歳の子供にそんな事言っても、多分理解出来ないんじゃないかと思いますがー。
「錬金術は将来有望な学問ですよ。学んでみませんか?」
エリスは錬金術の素晴らしさをエルに教え説き、勧誘しようとするが‥‥それもまだ早すぎると思いますー。
「鉄は熱いうちに打った方が良いのですよ」
そりゃ、そうかもしれませんけどー。
そして、彼女の願いは勿論『世界の人々が錬金術の有能性を理解してくれますように』
その背後で、ボールスの声にならない悲鳴が上がった‥‥どうやら木簡を吊そうとした所へ、悪戯シフール二人組によって首筋に虫を落とされたようだ‥‥しかも黒っぽくてツヤツヤした奴。Gじゃないけど。
「さて、かなり良い具合に出来上がっていると思うのだが」
飾り付けも終わった頃合いを見て、料理担当班がテーブルをセットしていった。
満が粉から打ち、細く切ったうどんを茹でて、それを流水に晒す。
鰹節と昆布で出汁を取った関西風の付け汁も、出来上がったものを鍋ごと川の流れに浸けておいたのだが、それだけでも随分と冷えたようだ。
「流し素麺とは行かぬが、立派な冷麺には仕上がっておるぞ」
「うん、やっぱり満のご飯は最高だな」
雰囲気たっぷりの浴衣に着替えたフレイアが味見をして言う。
「‥‥本物とは全然違った料理になってしまう事も多いですけど、それも含めて他国の料理に挑むのは楽しいですね」
マイは伝え聞いた素麺のイメージを元に、それを洋風にアレンジしたパスタを作った。
他にも季節の果物のサラダや、肉と野菜を交互に刺した串焼き等、大人数でも各人気楽に、欲しいだけ取れるような料理を並べる。
それらの料理はサクラ持参の漆塗りの重箱に詰められ、まさに和洋折衷。
串焼きの櫛は、木簡のついでにメグレズに頼んで作って貰ったものだ。
「‥‥本当は竹で作るのが良いらしいのですが‥‥」
と、清十郎の門松をちらりと見たり。
「‥‥それから、調味料はお好きなものを選んで下さい」
と、刻んだハーブや香辛料などが、彩りも鮮やかに並べられる。
料理の解説をしながら、マイはついボールス達「家族」の方をちらちらと見ている自分に気が付き、苦笑する。
マイは家族水入らずな光景に憧れを持っているらしいが‥‥そんな家族が欲しいとか、そういった願い事はしないのだろうか?
「パーティは皆で準備してる時が一番楽しいですけど‥‥本番もやっぱり楽しいですよね」
清十郎は西洋門松を柳の根元に避難させながら言った。
そこには既に満の埴輪が鎮座している‥‥その二つが揃うと、何だか珍妙な光景だ。
「ボールス様、食後に梅干しは如何ですか?」
サクラがジャパン土産の干物「紀紅」を勧めてみる。
「でも、それ‥‥酸っぱいんですよね?」
ボールスは酸っぱい物も苦手らしい‥‥。
「ええ、でもジャパンでは一日一個の梅干しが元気で長生きの秘訣ですのよ?」
そう言われては食べない訳にもいかないような。少しでも長生きしたいし‥‥3倍は無理としても。
ボールスは思い切って、それを1個まるごと口の中に放り込んだ。
「‥‥う‥‥ッ!!!」
「とーさま、へんなかおー!」
エルが指差して笑ってるし。
「ごめんなさい、お口直しにどうぞ?」
サクラはリコリスのクッキーを勧めた。
「これはジャパンの夏の飾りであるな。風鈴と言うであるよ」
リデトは色とりどりのリボンやぬいぐるみ、木の葉や願いの書かれた木簡など、種々雑多な飾り付けが施された柳の枝に、更に鈴を結び付けた。
「こうして鳴らすであるよ」
と、鈴から伸びた紐を持ってチリンチリンと鳴らす。
それは風鈴とは呼ばない‥‥と言うか、何となくお賽銭でも投げたくなるような。
「この下でカップルがキスすると幸せになるである。聖夜祭のヤドリギと同じであるな」
そして二組のカップルの背中を押した。
だが、ボールスはそれを本物の聖夜祭までとっておくつもりのようだ。
「独り身の人は鈴を鳴らして願うである」
そしてリデトは、七夕の夜に葉っぱで舟を作って蝋燭を立てて流すのだと言った。
えーとそれは、精霊流し?
「ムード満点、デートに最適であるな!」
「いいですか、エル君。ここに書いてあるこれが、お空にあるあの星座ですよ?」
ロッドはお手製の星図をエルに手渡すと、それと実際の星空とを見比べてその名前や、それにまつわる伝説などを教えようとする。
だが、それもエルには少しばかり早いようだ。
エルは羊皮紙に記された、星々が線で繋がれた星座はわかっても、夜空にある無数の星々からその同じ星座を見付ける事は出来なかった。
「星座を見付けるのは、大人でも難しいですよね」
横からルーウィンが助け船を出した。
「それもそうですね‥‥。でも、これはエル君に差し上げますよ。いつでもお願い事が出来るように」
そしてロッドは今の時期に見守ってくれている星達を教えた。
「星は、はるか昔より人々を見守り、今は会えない人同士の思いを運んでくれる、とても素晴らしい守り神なんですよ」
七夕とは星に感謝し、一年の思い出を振り返り、思い人との再会を願う行事だと、ロッドはエルに教えた。
そして彼の七夕にかける願いは『今年こそ、良き人に巡り合える事を』
「‥‥エル君の生まれた月は、何座‥‥あれ?」
誰も占いを頼みに来てくれないので、エルの星座占いでもしてやろうかと思った清十郎だったが‥‥気が付けば、エルは傍らで寝息を立てていた。
「大人は大人で楽しまなくては損です。エルさんは冒険者に任せておいて問題ないと思いますが」
そう言ってエリスに注がれた天護酒を楽しんでいたボールスだったが、エルが寝込んでしまったのに気付いて早々に切り上げた。
だが‥‥
「ああ、いいよ、俺が連れてくから」
蒼汰がエルを抱き上げ、軽く目くばせをする。
‥‥さっさと楽しんで来いって事ですか?
「まあ、そういう事だな。エルが起きたら、おとぎ話でも聞かせてやるからさ」
‥‥そして。 漸く子供から解放されたボールスとクリスは、城の庭園の一角を歩いていた。
それは五ヶ月ほど前のある日と同じ状況だった。
ただ、違っているのは、今の二人はしっかり手を繋いでいる事と、もうひとつ‥‥
「あの時は、本当に感謝の気持ちを形にしたかっただけ‥‥だと、思っていたのですが」
ボールスは立ち止まり、はにかんだように微笑みながらポケットから何か小さな物を取り出すと、クリスの掌に乗せた。
「でも、今度は違います。なかなか返せる機会がなくて、遅くなりましたが‥‥」
「ありがとうございます。あれから、ずっと気になっていて‥‥」
しかし、自分からは言い出せなかったらしい。
クリスは嬉しそうに微笑み、そっと裏を返してみる‥‥そこには、こう彫られていた。
『我が安らぎクリステルへ この命ある限り、共に』
「すみません、その、気の利いた言葉というのが、どうにも浮かばなくて‥‥」
かといって余りストレートすぎても芸がないように思える。
これが、散々悩んだ末の精一杯の表現だった。
「それを‥‥私からの愛の証として、受け取って貰えますか?」
その言葉にクリスは瞳を伏せ、胸元でそれを大切そうに両手で包むと、微かに頷いた。
「‥‥はい」
それを聞いてボールスは安心したように微笑み、そっと両腕をクリスの背に回す。
「よかった。もう、隠す必要はありませんから‥‥それも堂々と付けていて構いませんよ」
やっぱりブローチにしておけば良かったと思いつつ、ボールスは言った。
「‥‥この間、知人と言われた事は‥‥正直、かなりショックでした。自分でも、どうかしていると思う程に‥‥」
やはりどう考えても自分には隠し事など出来ない。
返事を保留したままで待たせておくなどと、そんな事が出来る筈もなかったのだ。
確かに異種族間の恋愛は一般にはタブー視されているが、騎士道精神に基づく肉欲を伴わない愛情ならば、その忌避感はさほどでもない。公表したとしても問題はないだろう。
「もし誰かに何か言われても、私がちゃんと守りますから‥‥」
ボールスは背中に回した腕にそっと力を込めると、耳元で囁いた。
「‥‥クリステル、愛しています‥‥」
「‥‥起きないな‥‥」
寝てしまったエルを抱えてベッドに運んだ蒼汰は、枕元に座ってそのあどけない寝顔を眺めていた。
「まあ、昼間さんざん遊んだしな‥‥そう言や、夜中の洪水はまだ治らないのか?」
ついでだから、もう少し付いててやるか‥‥と、蒼汰はエルが起きている時にする筈だった七夕のおとぎ話を語り始めた。
「俺も結構うろ覚えなんだけどな‥‥えーと‥‥」
『昔、彦星という牛飼いと織姫と言う機織りの娘が出会い、お互いを好きになった2人はそれまで一生懸命やっていた仕事を全くしない様になりました』
『天の神様はそれに怒って2人の間に天の川という大きな川を作り2人が会えないようにしました』
『2人は悲しみで更に仕事が出来ません。天の神様は2人がキチンと仕事をする事を条件に1年に1度だけ会える様にしてくれました』
‥‥確か、そんな話だったと思い出しながら語る蒼汰の耳に、それを聞かせてくれた祖母の声が聞こえたような気がした。
「‥‥誰も、いないであるか?」
皆が寝静まった頃、こっそりと柳に付けた鈴を鳴らしに来たのはリデトだ。
彼は控え目に鈴を鳴らすと、ついでに皆の願い事を見て回った。
彼自身の願い事は『林檎のお菓子と平和』という、いかにも彼らしいものだ。
『この世界で暮らす生きとし生けるもの全てが、幸せに過ごすことができますように』とはメグレズ。
サクラは『皆が笑顔で過ごせますように』『どなたかステキな殿方とめぐり合えますように』
願いを書いていない者も結構いるようだ。
「勿体ないであるな、折角の機会であるのに」
そしてルルは‥‥例の叫びと、もうひとつ『今度こそ、ボールス様が幸せになれますように』
「‥‥‥‥」
リデトはもう一度鈴を鳴らした。
「これはルル嬢の分であるよ」
翌朝。
夜の間じゅう飾ってあった七夕飾りを川に流すべく、寝ぼけ眼の一同が川原に集まったその時‥‥
――バッシャーン!
エリスがいきなりサイコキネシスで七夕飾りを地面から引っこ抜き、川に投げ入れた!
「あーっ!」
大声を上げたのはエルだ。
エルはクリスに作って貰ったぬいぐるみや、きれいなリボン、それに自分で作った不細工なテルテル坊主がお気に入りだったらしい。
「やだー! すてちゃやだーっ!!」
「‥‥あれは捨てる訳ではありませんよ、神様にお供え物として差し上げるんです」
と、ロッドが言うが、エルは聞く耳持たない。
マイと清十郎がフライングブルームで、ルーウィンがグライアで、ボールスはクリスにフォルティスを借りてで追いかける。
他の者は川岸をひたすら走るが‥‥果たして七夕飾りの命運や如何?