●リプレイ本文
「‥‥あー、ごめん。先に謝っとくわ」
先程から何事かを考え込んでいる様子の七神蒼汰(ea7244)が、煮詰まった様子で天を仰いだ。
その様子に、馬を並べて街道を進むマナウス・ドラッケン(ea0021)が「何の事だ」と言うように視線を向ける。
「いや、俺‥‥なんか説得どころか逆に怒らせるかも‥‥」
二人は教育係の息子を身代わりに処刑するという凶行を思い止まらせるべく、例の領主を説得しに行こうとしていた。
「俺らが真っ当な事を言うなら怒りはしないだろうし‥‥それで怒り出すようなら、その程度の人物だって事だろ」
と、マナウス。
二人は出発前にアポイントを取るべく領主宛にシフール便でその旨を伝えてあった。しかし果たして会って貰えるのか、会えたところでこちらの話を素直に聞き入れるような人物なのかは今のところ予測も付かない。
「‥‥怒り出したら‥‥やっぱ実力行使、かな」
蒼汰が言うが、子供を人質に取られている以上、下手な手出しは出来ない。仲間との打ち合わせでは、潜入して人質を救出するという話も出ていなかった。
「ま、とにかく情報が足りないやね。途中の村で領主の噂なり何なり、色々と仕入れておこうぜ?」
「そうだな。今から失敗した時の事、考えてもしゃーないか」
蒼汰の場合、それ以前に見習いとは言えイギリスの騎士であると相手に認めて貰えるかどうかがまず問題だったりするかもしれないが。
「あっちを立てればこちらが立たず。ややっこしい依頼だね」
ボーダーコリーの劉くんを篭に入れ背中に負った李斎(ea3415)はセブンリーグブーツで街道を急ぎながら呟く。
「ええ、こういう依頼はやりきれませんね‥‥」
並んで歩くメグレズ・ファウンテン(eb5451)も、僅かに溜息をついた。
「どうにもキナ臭い話じゃのう」
と、架神ひじり(ea7278)。
「馬の扱いに慣れた騎士、ましてや教育係を命じられる程の者が御せなかったというのはおかしな話じゃ。どうにも陰謀の臭いがするのう」
「そうだね。まあ、行き過ぎた領主は仲間に任せるとして、まずは旦那さんを見つけなきゃ話にならないか‥‥」
「わしは件の教育係の家を訪ね、その所有物を借りるとしようかのう」
ひじりはその匂いを忍犬の洸牙に嗅がせて探索するつもりだった。忍犬の嗅覚をもってすれば匂いを辿る事は容易だろう。
「あたしの劉くんも役に立てると思うよ」
だが、教育係の家に大人数で押しかけても仕方がない。
「あたしはその間に、酒場で腹ごしらえでもしようかね。領民に酒でも奢って話を聞いてみるよ。領主側の言っていることとズレがあれば何かの判断材料にはなるかもしれないしね」
その言葉通り、酒場に入った斎は料理を注文するついでに周囲の客達にも酒を奢った。
「何か凄いことになってるみたいだね?」
最近領主の身に起きた出来事について、話題を振ってみる。
最初は彼女を余所者と警戒していた客達も、その気さくなアネゴ肌と気前の良さに引かれたのか、少しずつ「事情」を話し始めた。
「まあ、ホントに可愛がってたからなあ‥‥ほら、末っ子ってタダでさえ可愛いもんだろ?」
「あの子は領主様がだいぶお年を召してから授かった子で‥‥孫みたいなもんだったからなあ」
「そうそう、実際、同じ年の孫もいるしな、女の子だけど」
彼等の話によれば、領主の子供は20代後半の長男を筆頭に4人。長男には末の弟と同い年の娘がいる。次男は既に独立し、長女もかなり前に他家に嫁いでいた。
領主としての仕事は長男が半分以上受け持ち、既に家督を継ぐ事も決まっている。
「ふうん‥‥じゃあ、その末っ子が兄弟の誰かに恨まれたりって事はないの?」
「ないない!」
斎の問いに、その場にいた全員が即座に首を振った。
「そりゃ、領主様のバカ親っぷりはここでも話のタネになる程だったがね、だからってヤキモチ焼くような歳でもないし、邪魔になる程のモンでもないだろ?」
確かに、同い年の娘を持つ長男あたりが弟をどうこうするというのも考えにくい。他の兄姉も既に独立して、この地とは無関係だ。
「おおかた、あの子が馬に悪戯でもしたんじゃないのか?」
それが酒場での意見の大勢だった。
「じゃあ、あの罪に問われてる教育係っていうのは?」
「ああ、あれはなあ‥‥」
運が悪かった、としか言い様がない。
「領主様も誰かのせいにしないとやってらんないってのも、まあ、わかるんだけどね」
「せめてクビにする位で良いじゃねえか、とは思うよ」
「でも‥‥言えねえよな、俺達にゃ‥‥」
「相手は領主様だしなあ‥‥」
その頃、一足先に領主の屋敷に向かったシルヴィア・クロスロード(eb3671)は教育係を探す手がかりという名目で、現場の様子を調べていた。
「え‥‥処分‥‥!?」
馬の世話係をしているという男の言葉に、シルヴィアは青い瞳を見開く。
子供を振り落とした馬は、その日のうちに処分されたという。
「そんな‥‥馬に罪はないのに!」
それに、もしその馬に何か具合の悪いところ‥‥病気だったり怪我をしていたり、何か突然暴れ出すような原因を見付けられれば教育係の罪も軽くなるだろうと考えていたのだが。
「だが、馬におかしなところはなかったよ。いつも世話してる俺が言うんだから、間違いはないさ」
世話係の男はそう言った。
「あの馬は一番気だてが良くて、絶対に暴れたりしないような奴だったんだ。坊ちゃんがタテガミを引っ張った位じゃビクともしないような、ね」
「あの、失礼ですが‥‥亡くなったお子さんは、よく馬のタテガミを引っ張ったりされたのでしょうか?」
「ああ、何しろ甘やかし放題のワガママ放題に育ったやんちゃ坊主だったからな。少しでも目を離すと何をしでかすか‥‥」
ここだけの話だけどな、と前置きをしてから、世話係は声を潜めて言った。
「だから、今度の事もみんな影じゃ、あの子が馬に何かしたんだろうって思ってるのさ」
「では、その子がわざと馬を脅かした可能性も‥‥?」
「まあ、証拠はないがね。馬はあっという間に殺されて土の下だし、坊ちゃんがナイフか何かを持ってたなんて話も聞かないし‥‥いや、聞かないだけかもしれないけど、さ」
彼の話によれば、その子は颯爽と馬で走る事に憧れを抱いていたようだが、危ないからと一向に許可が出ない事に不満を持っていたらしい。
ナイフで尻でも刺せば嫌でも走るだろうと考えた可能性も否定は出来ない。が、証拠もない。あったとしても消されている。
「それでは、教育係の方は無実の罪を着せられた可能性も‥‥?」
「まあ、否定は出来ないがね。だが、エド‥‥教育係が一瞬でも目を離したのは確かだろうな。だからって、それが死刑になる程の罪かって言われりゃ、アレだけどさ」
しかし、臣下にとって主の命令は絶対だ‥‥例えそれがどんなに理不尽なものであろうとも。
「ならば‥‥やはりご領主に考えを改めて頂くしかありませんね」
シルヴィアの言葉に、世話係は呟くように言った。
「あの方も歳のせいか、近頃めっきり頑固になっちまったからなあ‥‥そろそろ、隠居を考えてもいい頃合いだと思うんだが」
「ご領主にお会いする事は出来るでしょうか? 実はここへ来る前にも一度お伺いしたのですが‥‥」
誰にも会いたくないと、門前払いを食らってしまったのだ。
「何か話をするなら、爺さんより息子のほうがマシだろうな。それに、若様はエドと仲も良かったし、何とか取りなしてくれるんじゃないか?」
「たった7歳の子を失った悲しみは推し量る事も出来ないけど‥‥だからって教育係さんを、ましてその子供を死刑なんて」
絶対に止めなくては、とネフティス・ネト・アメン(ea2834)は町の一角にある広場で太陽神の加護を祈る。
「亡くした子を生返らせるのは無理でも、これ以上悲しみを広げないようにしなくっちゃ! 」
ネフティスはまず、ギルドで聞いた人相風体を元に教育係の行方を太陽に尋ねる。
しかし答えは「わからない」だった。
「うーん、人相の情報は合ってると思うし‥‥どこか日陰になるような所、建物の中とか‥‥森の中にいるのかしら?」
「家族の事が気になるなら、そう遠くへ逃げてはいない筈ですよね‥‥」
周囲で聞き込みをして来ようと立ち上がりかけたメグレズだったが、ネフティスの顔色を見て思わずその場に膝をついた。
「‥‥どうしました? ひどく顔色が悪いようですが‥‥?
「あ、ごめんなさい」
ネフティスは無理に笑顔を作ろうとするが、余り効果はなかった。
「‥‥嫌なものを見てしまって‥‥」
無残な姿になった子供に取りすがり、泣き叫んでいる母親。
それは、彼女がフォーノリッヂで見た、ひとつの未来‥‥冒険者達が何もしないか、失敗した場合に待っている結末だった。
「それだけは、何としてでも止めなければなりませんね」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)が静かに、だが決然と言う。
「子を失った親の気持ち‥‥重いですね。しかし、だからといって相手の家族を奪うのは‥‥」
領主だからといって許される事ではないだろう。勿論、人としても。
「すまぬ、遅くなったのじゃ」
「ゴメン、待った?」
そこへ教育係の屋敷へ行っていたひじりと、酒場で話を聞いてきた斎が合流した。
「どうも森の中へ逃げ込んだようだね。何人か、それらしい人物を見たってさ」
「教育係の靴を借りて来たのじゃ。これなら森の中でも容易に探せようぞ」
冒険者達は忍犬の洸牙とボーダーコリーの劉くんを先頭に、周囲に広がる森に向かって歩き出した。
犬達の鼻と土地勘を頼りに森の中を探すこと暫し‥‥
「待って!」
人の気配に慌てて逃げ出そうとした男に、ネフティスが声をかけた。
「あなた‥‥エドワード・ハミルトンさん、ですね?」
その声に振り返った男の表情に恐怖の色が見える。恐らく、領主の追っ手と思われたのだろう。
ここで逃げられては拙い‥‥メグレズは咄嗟にコアギュレイトをかけた。
「‥‥すみません、手荒な真似はしたくなかったのですが‥‥」
前置きをしてから、メグレズが告げた。
「貴方を領主のもとへ連れて行くようにという依頼を受けた者です」
「でも、領主さんに頼まれた訳じゃないわ。依頼人は、あなたの奥さんよ」
ネフティスは固まっている男に向かって、依頼内容をありのままに伝えた。
子供が人質に取られている事、その子を救う為に妻が彼を差し出そうとしている事。
「でも、恐らく本心からあなたを犠牲にしようと思っている訳ではないでしょう。ただ、彼女の周囲には監視の者がいて、思うように行動が出来ない状態です。それに‥‥あなたが逃げた事に対して、不信感を抱いてもいるようですが‥‥」
「‥‥そうですか‥‥皆さんのお仲間が、領主様の説得に‥‥」
数分後、体の自由を取り戻した教育係‥‥エドは、冒険者達の前で頭を垂れていた。
その服は汚れ、あちこち擦り切れ、破れている。
それに、暫くまともな食事もしていないのだろう、頬はこけ、無精ヒゲも伸び放題で、ギルドで聞いた人相とはだいぶ違っていた。
「まずは腹ごしらえと‥‥水浴びが先かねえ?」
斎が言う。
「ついでに着替えも借りて来たのじゃ。着替えてさっぱりするが良かろう。いや、それはそれとしてじゃ。まずは例の事件の状況を詳しく聞きたいのじゃが?」
ひじりの問いに、エドは今までに何度も思い出し、夢にも見たであろうその光景を語りだした。
「本当に‥‥一瞬の出来事だったんです。あれは大人しくて、それに小柄な馬だったので‥‥気が弛んでいたのかもしれません。馬の轡を取りながら、ほんの少し目を離した隙に‥‥」
「その場には、他には誰がいたのじゃ?」
「いいえ、誰も‥‥見える範囲には‥‥馬の世話係くらいしか」
「貴殿は個人的に恨みや嫉妬を受けている事はないかのう? 領主の息子が死に、貴殿が失脚すると得をするような者はおらぬか?」
ひじりの問いに、エドは全く心当たりがないと言うように首を振った。
「私など、誰かの怨みを買うほど目立った働きも、才能もありませんから」
「いや、わからぬぞ。人間、いつどんな事で人の怨みを買うかなど‥‥他人から見て羨むような何かを持っていても、案外本人はそれに気付いておらぬ事が多いものじゃ」
とは言え、全く心当たりはないようだ。
「ねえ、その子‥‥名前は知らないけど、随分なやんちゃ坊主だったんだって?」
と、斎が言った。
「酒場で聞いたんだけどさ、その子がわざと馬を怒らせようとしたって事はあると思う?」
「‥‥はい」
暫く考えた後、エドは頷いた。
「だからこそ、一瞬でも目を離してはいけなかったのに‥‥!」
「しかし、過ぎた事は仕方がありません。あなたは、これからどうしたいのですか?」
ルーウィンの問いに、エドは途方に暮れたように首を振った。
「‥‥わかりません。どうすれば良いのか、何が出来るのか、もう、私には‥‥!」
「今、私達の仲間があなたと息子さん、両方の命が助かるように領主を説得している所です」
メグレズが言った。
「ですから‥‥一緒に来て頂けませんか?」
「もし不安なら、説得が成功するまではここに隠れておっても構わんがのう」
「ええ、無理強いはしたくないわ。でも‥‥」
と、ネフティス。
「私は父親を知らないし、まだ夫もいない。でもどっちも強くて、暖かくて、頼れる人って憧れはあるわ。奥さんと息子さんだって、貴方がそうだと信じてる‥‥信じたいんだと思うの」
「‥‥‥‥‥‥」
「だからお願い、逃げないで。2人の気持ちを裏切らないで‥‥!」
「しかし、私に何が出来ると‥‥!」
「父親の貴方が命がけで自分の子供を守らないで、誰が貴方の子供を守れるというのですか?」
尚もゴネるエドに、メグレズが言った。
「貴方の職は失われるかもしれませんが、貴方がたご家族の命が全員助かるよう、全力を尽くします」
「勿論、あなたに死ねなんて言わない。説得が無理でも、貴方が息子さんを救い出すなら助けてくれる強い人達よ。息子さん達が無事なら、王様に訴えるとか出来る筈だわ!」
「ねえ、これを渡してくれた家族の気持ちがわかる?」
斎が綺麗に畳まれた着替えを手渡しながら言った。
「‥‥わかりました‥‥」
冒険者達の説得に、エドは漸く首を縦に振る。
「しかし、今私が出て行っては‥‥かえって領主様を刺激してしまうのではないでしょうか?」
「わかった。ここで潜伏を続けるなら、あたし達も協力するよ」
「じゃあ、私は奥さんの所へ行くわ。もしもの時の為に、荷造りはしておいた方が良いでしょうから」
「‥‥荷造り?」
ネフティスの言葉に、エドは首を傾げた。
「それはそうじゃろう、説得が上手く行ったとしても、貴殿がこのまま今の職に留まれると思うか? いや、留まりたいかのう?」
「そうだね、もしかしたら逃げる事になるかもしれないし」
確かに、こんな事になっては、このまま領主の下で働く事は難しいだろう‥‥例え無罪放免になったとしても。
「‥‥そうですね‥‥仕方がありません。では、私はここで待っていますので‥‥もし、説得に失敗したら、その時は‥‥息子の救出をお願いします。私も、戦いでは余り役には立ちませんが、屋敷の構造なら手に取るようにわかりますので‥‥!」
「わかりました、では、私達を信じて、ここで待っていて下さい」
出来れば共に来て欲しかったのだが、と思いつつ、メグレズはそうエドに告げた。
「この度騎士の末席に連なることになりましたマティナ・V・S・ドラッケンと申します」
「同じく、七神蒼汰と申します」
マナウスと蒼汰は事前にシルヴィアに教えられた通りに丁寧に挨拶をする。
「本日は騎士としての在り様、貴族としての在り様をお教え頂きたく参りました」
しかし彼等を出迎えたのは領主ではなく、その息子、長男のウィリアムだった。
「どうした、私では不満かな? これでも騎士としても貴族としても、この家を継ぐ者に相応しい教育を受けてきたつもりなのだが?」
どうやら不満が顔に出たらしい二人の様子を見て、長男は可笑しそうに笑った。
その笑顔‥‥笑い方を見る限り、この人物は信用しても良さそうだ。しかし、彼等には領主本人でなければ困る理由がある‥‥それをこの男に告げても大丈夫だろうか?
「恐れながら‥‥失礼かとは存じますが、お父上直々にお話を賜りたく願った次第。どうかお取り次ぎを願えませんでしょうか」
「何故、それほど父に拘る? 謁見にかこつけて暗殺でも企んでいるなら、無駄な事だ。父は既に名目上の支配者に過ぎん。消したところで、何の益もなかろう‥‥いや、そうなれば当然この私が疑われるな。私を陥れるつもりなら、尚更父に会わせる訳にはいかん」
どうやら、この人には奇策は通じないようだ。
マナウスは覚悟を決めた。
「申し訳ございません、あなた方を試したり、陥れるつもりはなかったのですが‥‥」
本来の用件を聞かされた長男は、暫くの間二人を交互に見つめ‥‥微笑んだ。
「なるほど、冒険者というものは面白い事を考えるものだな。だが、教えを乞いに来た者に逆に諭されるような事を、我々が甘んじて受けると思うか?」
「その‥‥指摘が正しいものであれば、苦言にも耳を貸し、行いを正すのが人の上に立つ者の有り様だと思いますが‥‥その、違うのでしょうか?」
蒼汰は恐る恐る口にする。
「確かにそれが理想だが‥‥騎士とはまた、名誉を重んじるものだ。下級の者に諫められたとあっては名誉に傷がつく‥‥それは我々にとっては生死に関わる大問題なのだ。まあ、これは生まれながらの騎士でなければわからない感覚かもしれないがね」
「では、騎士とはそれが正論であっても、自らの非は認めないものなのでしょうか?」
マナウスの問いに、長男は首を振った。
「そうではない。やり方に問題があると言っているのだ。例えば、今私が君達に騎士の理想を説いたとしよう。その直後、君達から私がその理想から外れている事を指摘されたら、どう感じると思う? 自覚があれば尚更、恥じ入る気持ちが強くなるだろう」
そしてこの「恥」という感覚がある限り、彼等はその指摘を素直に受け入れる事は出来ない。
「人前で恥をかく位なら死んだ方がマシだと、本気でそう思ってしまうのが騎士という生き物なのだよ」
「では、どうすれば‥‥?」
「策を弄さず、真っ直ぐにぶつければ良い。今の父はただの頑固ジジイだ」
長男は苦笑した。
「弟を亡くしてから、それがますます酷くなってな‥‥身内の言う事など、全く聞く耳を持たん。だが、無関係な第三者の言葉なら、少しは効果があるかもしれん‥‥待っていろ、親父に取り次いでやる」
急に口調が変わった。
どうやら、彼等をそれなりに認めたらしい。
「俺にとっても、あいつは大切な友人なんでね。こんな馬鹿な事で死なせる訳にはいかんからな。‥‥ああ、それから」
彼は可笑しそうに笑うと、ひとこと付け加えた。
「付け焼き刃はすぐに化けの皮が剥がれる。見習いなら見習いらしく、自然体でいることだ‥‥礼儀作法や立ち居振る舞いなどというものは、自覚が出れば自然と身に付くものだ。まあ、是非にと言うなら後で俺が教えてやらんでもないがな」
そして後刻。
随分と待たされた挙げ句に漸く奥の間に通された時には、冒険者達は全員がその場に顔を揃えていた。
「うわ〜、ホントにガンコジジイって顔だね、ありゃ」
しっかりとした足取りで部屋に入ってきた領主を見て、斎が小声で呟く。
「うん、ほんとに‥‥人の言う事なんて、まるっきり聞かなそう」
それを受けてネフティスがやはり小声で返事を返す。
その二人だけでなく、恐らく全員がそう感じただろう。
背筋をぴんと伸ばし、胸を張ったその姿には、長年人の上に立ち続けて来た者の持つ威厳が備わっていた。
既に白くなった太く長い眉毛の下からは、青い瞳が鋭い光を放っている。
説得は一筋縄ではいきそうにない。
だが、この説得にひとつの家族の命運がかかっているのだ‥‥やるしかあるまい。
「単刀直入に申し上げます」
マナウスが口火を切った。
「まずは御子息の不幸について、心よりお悔やみを申し上げます。ですが、あなたは‥‥この上に更なる不幸を積み上げようとしていると聞きました。それは本当の事でしょうか?」
「ふん、どこで何を聞いたか知らんが、余所者が口を挟むような事ではないわ。この領内で起きた事は、全てこの儂が然るべき責任を持って適切に対処しておるわい」
「しかし、その‥‥今回の件、聞いた話から考えると少々刑が重すぎる気がいたしますが」
蒼汰が老人の迫力に気圧されながらも言う。
「貴族とは不慮の出来事で身分の高い方を死なせてしまったら死刑が普通なのでしょうか?」
「儂がそう望めば、な。この領内では儂が法律じゃ、誰にも文句は言わせん!」
「‥‥確かに、貴族とは法を司る立場だと聞き及んでいます。ですが、その法は私意によって行われて良いのでしょうか?」
マナウスの言葉に、老人の眉がぴくりと動く。
「血を血で購えば最後には領内全てが血に塗れましょう、公平でない法は災厄を招きます。どうかもう一度ご再考の程を願います。貴方の一族の為に‥‥」
「今回の件、故意に行われたものならば死罪も相当かもしれません。だとしても、親の罪を何もしていない幼い子供に背負わせる。これは上に立つ者として正しいのでしょうか?」
「黙れ!」
蒼汰の言葉に、老人の怒りが爆発した。
「貴様のような青二才に、子供を亡くした親の気持ちなどわからんじゃろう!?」
「ああ、わからないさ!」
やっぱり怒らせたか、と、蒼汰は半ばヤケになって叫んだ。
「だが、これだけはわかる。他の誰かを殺したって、あんたの息子は絶対に帰って来ないんだ!」
「そうそう、教育係にも非はあるかもしれないけど、死刑ってどうなのよ?」
「‥‥それに、人質をとるなどと、騎士として‥‥いや、人間として恥ずべき行為だと思いますが。それでも貴方は、自分の行いに問題がないと仰るのでしょうか?」
ルーウィンの言葉に老人は僅かに動揺を見せた。イギリス王国最強のナイトの名声は伊達ではないという所か‥‥どうやらこの老人、権威には弱いようだ。
「俺は、イギリス王国に仕える騎士の立場になったとは言え、見ての通りジャパン人だ」
蒼汰が立ち上がり、老人を睨み付ける。
「イギリスに住んで8年経ちはするが、色々と考えの相違点などもあるだろうから、あんたに騎士としての模範的なモノを聞いて、納得した上で行動したいと思ってた。だけど‥‥イギリスの騎士ってのは、こんなもんか!」
「ふん、何とでも言うがいい、この儂に指図が出来るのは国王陛下くらいなものじゃ!」
開き直った老人に、マナウスが軽く溜息をつきながら言った。
「では、そうさせて頂きましょうか」
「‥‥何!?」
「貴方の行いを、ありのままに上に報告します」
「馬鹿な‥‥貴様らごときにそんな権限が‥‥いや、貴様らごとき者の言葉を、陛下が信じるものか!」
「まあ、陛下に直接は無理としても、円卓の騎士なら少々アテがありますので‥‥何人かは動いてくれるでしょうね」
「そうですね、私も頼めばすぐにでも動いてくれそうな円卓の騎士を知っています」
ルーウィンもそれに同意する。
駆け出しの見習い騎士の言葉は信じなくとも、イギリス王国最強のナイトの言葉は効果があるようだ‥‥もっとも、修行中でさえなければマナウスは「世界最強のナイト」なのだが。
「な‥‥なに‥‥っ!?」
ああ、やっぱりこの爺さん、権威に弱い。
「しかし、ここで手を引いて頂けるなら、我々の胸の内だけに収めておきましょう。‥‥如何ですか?」
老人はグウの音も出ない。
「‥‥領主の特権は領民を守る為のものであって、私利の為に使って良いものではありません」
シルヴィアが静かに口を開いた。
「ご子息を亡くされた悲しみに胸が痛む気持ちはよく分かります。ですが代償として彼や彼の息子の命を求めるのは間違っています! 失うことの悲哀を貴方はだれよりも知っているではありませんか!?」
思わず声を荒げた事に気付き、シルヴィアはひとつ大きく息をついてから続けた。
「貴方が本当にしたいのは、誰かの命を奪うことではないはずです。‥‥別れはいつも突然訪れます。愛するものを失った時には深い痛手を受ける‥‥ですがどんなに願っても過去を変えることは出来ません」
そんな例を、彼女自身いくつも目に、そして耳にしてきた。
「私達に出来るのはただ彼らに恥じないように生きて行くことだけです。いつかまた神の御元で出会った時に笑顔で迎えて貰えるように。ご子息もこんな処刑は望んでいないはずです」
シルヴィアは前に進み出ると、そこに跪いた。
「どうか命令をお取り消し下さい」
その姿を黙って見つめていた老人は、やおら踵を返すとそのまま部屋を出て行ってしまった。
「‥‥まったく、年寄りは頑固で敵わんな‥‥」
その様子を後ろで見ていた長男が呆れたように溜息をついた。
「ああ、心配しなくていい。後は俺が上手くやるから‥‥ご苦労だったな。ありがとう」
「‥‥すみません、結局、元には戻れそうもなくて‥‥」
すまなそうに大きな体をかがめて頭を下げるメグレズに、息子をしっかりと抱き締めながら依頼人が言った。
「いいえ、この子が無事に戻っただけで充分です。本当にありがとうございました」
夫が無事に戻った事に関しては、それほどの感慨もないらしい。
どうやら、踏み止まったとは言え、一度は家族を見捨てて逃げようとした彼に対する不信感は拭いきれないようだ。
だが、それは彼等の問題だ。このまま元の鞘に戻るなり、破局を迎えるなり‥‥いずれにしても時間が必要だろう。
「新しい仕事と住む場所は、ウィリアムさんが手配してくれるって」
と、ネフティスが告げた。
彼は「親父が死んだら戻って来い」などと、不謹慎な事も言っていたようだが‥‥。
「とにかく、皆が無事で良かったのう。どうじゃ、皆でどこかに美味いものでも食べに行かんか?」
「あたしはお酒の方が良いな」
ともあれ、ひとつの悲劇は更なる悲劇を生み出すことなく幕を閉じた。
同じような悲劇は、いつもどこかで際限なく起きているものだ。
たったひとつを止めたところで、どうにもならないと言う者もいるだろう。
だが、1はゼロよりも確実に大きいのだ。
小さなひとつの積み重ねが、やがては大きな‥‥全てを救う力になるかもしれない。
「あの、よろしかったら‥‥手料理をご馳走させて頂けませんか? 引越の準備で家の中も散らかっていますけれど、これでも料理は得意な方なんですのよ」
「母上のお料理は世界一だよ!」
母親の首に抱きつきながら、息子が冒険者達にとびきりの笑顔を見せた。