老人と海

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月07日〜08月13日

リプレイ公開日:2007年08月15日

●オープニング

「どうだ二人とも、俺の家に遊びに来んか? 海は良いぞ? 海は男のロマンだ!」
 キャメロットに住む孫達を久しぶりに訪ねた祖父は、陽に焼けた顔をキラキラと輝かせながらそう言った。
 彼は王都から徒歩2日ほどの小さな漁村で、細々と漁をしながら一人暮らしをしている。
 海こそが彼の生きる場であり、漁が彼の生き甲斐だった。
 しかし、息子はそれを少しも理解しようとせず、彼の後を継ぐことなく家を出て行ってしまった。
「でも、お父さんが‥‥海は危ないところだって。それに、お爺ちゃんのトコは魚臭くて汚いって」
 祖父の言葉に、二人の少年は困ったように生白い顔を見合わせた。
「それに、僕達は騎士になるんだもん。そんで、王様のお役に立つんだ」
 まあ、あれの言いそうな事だ、と、老人は溜息をついた。
「お前達の父さんは、小さい頃から俺の仕事を嫌ってたからなあ。だが、お前達は爺ちゃんの仕事、見た事ないだろ?」
「うん」
「好きも嫌いも、知らなきゃ決められないよな?」
「‥‥うん」
「見に来たからって、後を継げなんて事は言わん。騎士でもなんでも、なりたいものになりゃ良い。だが、何事も見といて損はない。それに、漁師だって立派に王様のお役に立てる仕事なんだぞ?」
「王様、お魚好きなの?」
「む、いや‥‥そうだ、王様も王妃様も、魚料理が大好きだぞ!」
 こらこら爺さん、何を適当な事を。

 ともあれ、こうして老人と二人の孫は海へと旅立ったわけだが‥‥。

「何故、止めなかった!?」
 仕事から戻った父親は、話を聞くなり妻を怒鳴りつけた。
「あのクソ親父、わざわざ俺のいない時を狙って来やがったな‥‥! お前もお前だ、親父が来ても子供達には会わせるなと言っておいただろう!?」
「でも、孫に会いたいと仰るのを、お断りするわけにいかないでしょう? それに、確かに子供の頃は色々な経験を積んでおく事も大切だわ」
 顔を真っ赤にして声を荒げる夫に対して、妻はあくまでも冷静だった。
「お前は親父の事をよく知らないから‥‥っ!」
 彼の脳裏に幼い頃の恐怖体験が蘇る。
 素潜りの訓練だと言って母の形見の指輪を海の底に沈められた事――それは未だに見つかっていない――遠泳の訓練だと言って海の真ん中に放り出された事、海と勝負するのだと言ってわざわざ嵐の海に船をこぎ出し、それに付き合わされて危うく命を落としかけた事。
「今度も、あの子達を化け物退治か何かに連れ出そうとしてるんだ。格好良いところを見せようと思って‥‥何が男のロマンだ!」
 二人を連れ戻す、と言って彼は家を飛び出した。
 しかし、老人の方もバレたら連れ戻しに来るだろう事は承知の上‥‥町に不慣れな老人、しかも二人の子連れとは思えないほどフットワークも軽く、息子の追跡は軽々と振り切られてしまった。
「さあ、孫達よ。邪魔の入らん所で、爺ちゃんの勇姿をたっぷりと見せてやるぞ! この季節にはな、角の生えたでっかいクジラが沖に現れるんじゃ。爺ちゃんがそいつを退治してやるぞ!」
 爺さんは、何だか色々とやる気満々だった‥‥。

 暫く後、キャメロットの冒険者ギルドには「暴走ジジイを止めてくれ」という旨の依頼が張り出される事となる。
 彼等の船出を未然に防ぐか、或いは予想される危険から二人の子供を守り抜く事‥‥爺さんの身の安全はどうでもいいらしい。
 必要な物や人手は「あの爺さんの暴走を止める為」と言えば、地元の人々が提供してくれるそうだ‥‥老人の暴走っぷりは地元でも知らぬ者はない程に有名らしい。
「‥‥退治が必要なのは、クジラか、それともこの爺さんなのか‥‥?」
 依頼書を張り出しながら、受付係がぽつりと呟いた。

●今回の参加者

 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3415 李 斎(45歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ マクシミリアン・リーマス(eb0311

●リプレイ本文

「や、あたしは李斎(ea3415)っての。よろしく」
 小さな漁港に繋がれた老人の船の前で、自慢の網髭をアピールしながらニッコリと笑う斎を、二人の子供は目を丸くして見つめていた。
「え‥‥と。お姉さん‥‥だよ、ね?」
 兄のロビンが彼女の胸の辺りと立派な顎髭を見比べながら、おずおずと訊ねる。
「あはは、ドワーフには女にも髭があるのさ。見たのは初めてかい?」
 目をまん丸に見開いたまま、二人は頷く。
「それから、この子は劉くん。よろしく‥‥犬は好き?」
 再び二人揃って頷いた様子を見て、斎は仲間達に目くばせをしながら言う。
「じゃあ、ちょっと向こうで遊んでこようか。お姉さん達がお爺ちゃんに話があるんだってさ」
 子供達も懐いているようだし、本人にも悪気はないらしい。孫達の目の前で祖父を悪者にしてしまうのは可哀想だ。
「まあ、私も海のロマンに魅力を感じなくもない。色々経験するべきだという意見自体も間違っていないと思う。しかし‥‥」
 何だかんだで子供好きなセオフィラス・ディラック(ea7528)は二人の注意が逸れた事を確認した後、とりあえず老人の意見に同調しつつ、説得を試みる。
「子供達は、別の船で安全な所から見学させてはどうだろうか?」
「そうですね、泳ぎもまだ出来ない子を退治の船に乗せるのは危険です。変にトラウマになって嫌われたら元も子もないでしょう。貴方の息子さんと同じように海嫌いになりますよ?」
 だが、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)の言葉は老人の逆鱗に触れてしまったようだ。
「あれの事は言うな!」
 老人は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「何を聞いて来たのかは知らんが、余計な世話だ。邪魔はせんでくれ‥‥さあ、隠した道具を返して貰おうか?」
 そう言われて、アクテは素直に隠した道具の在処を教えた。
「申し訳ありません、出過ぎた事を言ったようです‥‥。でも、お孫さんを漁に連れて行く事に同意した訳ではありません」
「そうだな、見せるのは構わないが、流石に同じ船に乗るのは拙いだろ。何があるか解らないしな」
 と、フレイア・ヴォルフ(ea6557)。
「すぐ横で見せるのも良いが、脇から見せる事も大事じゃないか? 子供達には別の船に乗って貰って、遠くから見せちゃどうだい? その方が客観的に見れて格好良く見えるぞ?」
 フレイアがおだててみるが、老人はあくまで同じ船に乗せて「戦う漢の背中」を間近で見せる気満々だった。
「‥‥譲って頂けないのであれば、止むを得ぬ。このまま子供達を連れ帰るまでだ」
「ご老人は縄で縛って討伐が終わるまで転がしときましょう。ああ、勿論クジラは私達がきっちり退治して差し上げますから、ご心配なく」
 エスリン・マッカレル(ea9669)が決然と言い放ち、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)が背後になにやら真っ黒なオーラを纏いつつ恐ろしげな笑顔で迫る。
「‥‥縄よりもアイスコフィンで固めてしまった方が、涼も取れて良いのではないでしょうか?」
 さらりと言うアクテを眩しそうに見つめるセオ‥‥は置いといて、老人は女性陣の迫力に押され、助けを求めるように男性陣の方を見た。
「職業柄、良質な海の幸を提供してくれる漁師達は感謝し尊敬すべき存在と考えておるが‥‥こればかりは、な」
「子供たちの安全確保が第一優先ですから」
 尾花満(ea5322)とルーウィン・ルクレール(ea1364)の瞳は「相手が悪い、諦めろ」と語っているような‥‥。

 その数時間後、三艘の船が洋上にあった。
 二艘には冒険者達が老人と供に、そして少し離れたもう一艘には子供達。斎が酒をおごって交渉したお陰で、いずれの船も老人の仲間の漁師が漕ぎ手を買って出てくれていた。
 冒険者達は近距離攻撃組は老人と共に、援護や遠距離攻撃を行う者はもう一艘に分かれて乗っている。
『ああ、鮮やかな夏の日差しの下、いつにもまして美人のアクテさん‥‥』
 当然別の船に乗る事になったセオは、声には出さずにそう呟く。
 彼は老人が言うところとは別の浪漫を、ひとり堪能していた。
 これで彼女がすぐ隣にいてくれれば申し分ないのだが、贅沢は言うまい‥‥同じ陽射しを浴び同じ海の上にいる、それだけで彼の浪漫心は充分に満たされているのだった。
 アクテの傍らでは、真っ白な衣装に身を包んだ黒エル‥‥いや、白くキヨラカなフィーナが、ブレスセンサーでクジラの探知を試みていた。
 だが、それよりも早く上空を待っていたフレイアの鷹、ラキが一声高く鳴き、殆ど同時に愛騎ティターニアに乗ったエスリンも波間に見え隠れする大きな影を見付けて合図を送る。
 クジラはまだこちらの存在に気付かないのか、ゆったりのんびりと波間に漂っているようだ。
「冒険者とやら、手出しはするなよ! あれは俺の獲物だ!!」
 老人が長年使い慣れた銛を手にすっくと立ち上がった。
 冒険者達としてはクジラが近付く前に遠距離から少しでもダメージを与えておきたかったのだが仕方がない、とりあえずは老人の希望が優先だ。
「まぁ、爺さんのお手並み拝見と行ってみようか」
 浪漫の方向を切り替えたセオが老人に言う。
「相手と自分の力量を読み取るのも実力のうちだ。勝てない相手にむやみに挑むのはロマンではなくただの自己陶酔でしかないぞ」
「青二才が、わかったような口をきくな! 俺を誰だと思っとる!?」
 老人はいきり立つが、仁王立ちした足元が何となく危なっかしいような気もする。
「さあ、見ていろ孫達よ、爺ちゃんの勇姿をっ!!」
 ‥‥しかし、肝心の孫達は‥‥
「き、気持ち悪い‥‥」
「おうち帰りたいよう‥‥」
 爺ちゃんの勇姿を見るどころではなかった。
「あー、そう言や船も初めてだっけ?」
 用心の為に二人と同乗し、その体をロープで繋いだ斎が、船縁に身を乗り出して苦しそうに喘ぐその背中をさする。
 だが、老人にはその姿は見えない‥‥と言うか既にクジラしかその眼中にはない。彼は孫達が自分の勇姿に釘付けになっていると露ほども疑わず、獲物の姿に気付いて近付いてきたクジラに向かって渾身の力を込めて銛を振りかざした‥‥!
 ――ぐきっ!
「‥‥今、何か嫌な音がしませんでしたか?」
 ルーウィンが恐る恐る傍らの老人を振り返る。
 爺ちゃん、張り切りすぎて腰をやっちゃったみたいです。
「大丈夫ですか? 無理をせずに、そこで休んでいて下さい」
 ルーウィンは老人の手から銛を取り上げると、クジラに向けて構えた。
「歴戦の勇者も寄る年波には勝てぬ、か。後は拙者達に任せるが良かろう」
 満は冒険者達の乗った二艘の漕ぎ手にクジラから離れるように指示を出す。
「これでやっと、当初の計画通りの戦いが出来ますね」
 少し距離が開いた所で、フィーナがライトニングサンダーボルトを見舞い、フレイアがその小さな目を狙って矢を放つ。
 ――バッシャアァン!!
 その攻撃が当たった瞬間、クジラはその巨体をのけぞらせ、海面に叩き付ける。
 衝撃で起こった波に小さな船は翻弄され、乗員は落とされまいと必死に船縁にしがみつく。
 何とかそれを乗り切った時‥‥クジラの姿は消えていた。
「下だ!」
 上空からエスリンが叫ぶ。
 だが、時既に遅し‥‥怒ったクジラは猛スピードで海中に潜り、二艘の船の真下でその体を浮上させた。
 ――ザバアァッ!!
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
 船はあっけなくひっくり返され、乗員は海に投げ出された。
 クジラはその無防備な獲物に向かって、角のように見える巨大な牙を向ける。
「アクテさんっ!!」
 この瞬間、彼女しか眼中にないセオは咄嗟にミミクリーで腕を伸ばし、波間に漂うその体を確保する。
 他の者達は自力で船に辿り着き、何とか這い上がったが‥‥
「爺さんは?」
 腰を痛めて泳げない筈だ。
 だが、彼の身柄はエスリンがティターニアの鉤爪で確保していた。
「少々痛いのは我慢して欲しい」
 との声は聞こえたのかどうか、老人はぐったりと動かない‥‥が、気を失っているだけのようだ。
 エスリンがクジラはと見ると、それは後方で待機していた子供達の船に向かってゆっくりと近付いていた。
「そちらに向かわせる訳にはいかない!」
 愛騎の鉤爪で老人を引っかけたまま、エスリンはクジラに向かって数本の矢を放つ。
 再び海中に姿を消したクジラが次に姿を現した時、それは沖に向かって逃げようとしているように見えた。
「逃がすか! 投擲なら任せておけっっ!」
 何とか体勢を立て直した船上からフレイアが銛を投げ、魔法が放たれる。
 そしてクジラの背に飛び乗ったルーウィン、満、セオの三人がそれぞれの武器をその背中に突き立てた。
「オトコの、ロぉーマぁーンっっっ!!!」
 そんな叫びが波しぶきと共に聞こえたような気がしたが、あれは誰の声だったのか‥‥。

「‥‥どれ、フレイア、少々味見をしてはもらえぬか?」
「え? あ、うん」
 浜に引き上げられたクジラを様々な料理に変身させた満の声にフレイアは振り向き、見ていた手紙を懐に突っ込む。
 出発前にとある人物から渡されたその手紙には、満との仲を思いっきり煽るような内容が書いてあったようだが‥‥まあ、今更煽る必要もないでしょ、この二人は。
「うん、運動した後のご飯は美味しいよなっ」
「‥‥運動の後だから、か?」
「馬鹿だな、満が作るご飯だからに決まってるじゃないか」
 ‥‥ほら、ね?
「浪漫を求めるのは構いませんが、お孫さんを巻き込んではいけません」
 その傍らでは老人がフィーナに軽く(?)お説教を食らっていた。
「お孫さんは安全な場所に。危険なことはお一人でやるように。実地研修はお子さんが無事に自分の身を守れるようになってからやりなさい。分かりました、ね?」
 その一見キヨラカな微笑みと、最後の「ね?」の前の微妙な間が不気味に怖い。
 だがニッコリ微笑みながら武器を振り上げたり、魔法をぶっ放したりはしないようだ。
「‥‥何かやるなら、あたしもこっそり参加するんだけど‥‥残念!」
 と、フレイアがこそっと呟く。
「子供達には何事もそれなりの段階が必要でしょう。いきなり沖に出るのは危険ですよ。それに遠出は両親の許可が必要です。ご両親、心配してますよ」
 アクテにそう言われても、老人は反論もせずに押し黙っていた‥‥孫達にカッコイイ所を見せられなかった事が相当堪えているらしいが‥‥まあ、カッコ悪い所も見られずに済んだのだから、良しとしなくては。
「漁師が人の役に立つ仕事なのは間違いない。何も派手な事をやって見せなくとも、子供達にそれを伝える事は出来よう。それに‥‥」
 家庭には其々の事情もあろうし、依頼で関わるだけの自分がが口を挟める事ではないが、と思いつつ、エスリンは付け加える。
「せめて少しはご子息の気持ちも慮って頂ければ、孫と会える機会も増えると思うのだが‥‥」
 これを機に親子がただ反発するだけでなく、互いに一歩ずつでも近づいてくれれば嬉しい。
 だがそれが叶うとしても、もう少し先の事になりそうだった。