Rest in Peace 〜安らかに眠れ〜

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 3 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月28日〜09月03日

リプレイ公開日:2007年09月05日

●オープニング

「白など何の役にも立たん。娘の命ひとつ救えんクズ魔法だ」
 50歳代前半にしては老け込みの激しいその男は、ベッドに半身を起こし落ち窪んだ目だけをギラつかせながら、目の前の気弱そうな息子に向かってそう言った。
「ジャスティン、姉の仇を討ちたいなら宗派を変えろ。黒の魔法ならお前にも勝ち目はある‥‥そうだ、奴の息子を殺せばいい。奴はそれを生き返らせようと魔法を使うだろうが、どうせ無駄だ。魔力がカラになった所であの魔法をかければ、奴は抵抗も出来ずに死ぬ‥‥どうだ?」
 その言葉に、俯いていた青年は弾かれたように顔を上げた‥‥が、父親の鋭い視線に射すくめられ、再び下を向く。
 老人の節くれだった手には愛用の杖が握られている。もうそれを使ってさえ立ち上がる事は出来ないが、腕の力だけはまだ充分に残っている‥‥下手な事を言えばそれが顔面に向けて飛んで来る事は間違いない。
「‥‥でも‥‥あの子は姉上の‥‥父上にとっても唯一人の孫で‥‥」
「何が孫だ!」
 父親は吐き捨てるように言う。
「あれを産んだせいで、娘は死んだんだぞ! そして、あの男は何もしなかった! ‥‥奴に思い知らせてやるのだ、我が一族の怨みと憎しみを!」
 姉の忘れ形見であるその子に手を出す事は出来ない、とは気弱なこの青年には言えなかった。
「‥‥でも、あれは奴の子ではないと、そんな噂も聞きます。ならば、その子を殺されても‥‥或いは平気な顔をしているかも‥‥」
 ――バキッ!
「お前は、あんな馬鹿げた噂を本気で信じとるのか!? 儂の娘は、そのようなフシダラな女ではないわっ! あれは奴が他の女に乗り換える為にデッチ上げた大ボラに決まっとる!!」
「僕だって、姉上の潔白を信じています」
 切れた唇から流れる血を拭いつつ、青年は言った。
「だからこそ、そんな噂を平気で流し、姉上の事を忘れて他の女に現を抜かす奴が許せない‥‥でも」
 殆ど聞こえないような小さな声で続ける。
「どんなに腐った奴でも、あれは円卓の騎士です。その席がひとつでも欠ければ、この国にとっては大きな損失に‥‥」
「国の事など知った事か!」
 再び、杖が飛ぶ。
「この腰抜けめ‥‥! お前がそんな事では、儂は死んでも死にきれんわ!!」
 ‥‥親子の間でそんな会話が交わされたのは、父親が亡くなる一月ほど前の事だった。


 タンブリッジウェルズのすぐ南に、クラウボローという小さな町がある。
 その地方の中心都市であるタンブリッジウェルズからの街道が通っている為に、町の中心はそれなりの賑わいがあるが、周辺には畑や牧草地が広がる典型的な田舎町だ。
 本来の統治者は円卓の騎士ボールス・ド・ガニスだが、その町では古くからの領主であるスタンフォード家の代行統治が認められていた。
 その当主であるハーマン・スタンフォードが先頃亡くなり、息子のジャスティンがその後を継ぐ事になったのだが‥‥


「ほんっと、あったまくる!! 門前払いって、どういう事よっ!?」
 クラウボロー領主、ハーマンの葬儀から戻る道すがら、ボールスの肩に乗った小さな相棒ルルは相変わらず怒っていた。
「仕方がないでしょう、故人の遺志だと言われれば‥‥無理強いする訳にもいきませんし」
 ボールスはその剣幕に苦笑いをしながら諦めたように言う。
 葬儀への参列は地方領主を統括する地位にある者としては当然の行為だろう。
 それに、ハーマンはボールスの亡き妻フェリシアの父親‥‥ボールスにとっては義理の父だ。
 だが彼女の死後、その家族とは断絶状態が続いていた。ボールスは妻の葬儀に参列する事さえ許されず、実家の敷地内にある墓に参る事も未だに叶わずにいる‥‥そして今日も。
「だって、フェリスが死んだのはボールス様のせいじゃないじゃない! なのにあの石頭のガンコジジイにバカ息子!!」
 そう、あれは事故だった。出産時の事故で産婦が亡くなる事は、この時代ではそう珍しい事ではない。子供が助かっただけでも幸運だったと言うべきだろう。
 だが、自分がその場にいれば彼女も助けられた筈だと、そんな思いがボールスにはあった。
 だから「お前のせいだ」という避難の声も甘んじて受け、彼自身も自分を責め続けていた‥‥彼女の忘れ形見の他に、大切なものを見付けるまでは。
 せめて一度で良いから孫の顔を見て欲しかったという思いはあるが、今となっては全てが終わった事だ。
「それよりも、後を継ぐというジャスティンの事が気掛かりですね。これを機に、少しでも関係を改善出来ればと思ったのですが‥‥彼も相変わらず、私を許してはくれないようですし」
 フェリシアの弟、ジャスティン。
 今年で20歳になる筈だが、彼とも妻の死後は全く会っていない。
 初めて会った頃は、姉のスカートに隠れてこちらを見ているような、体が弱くそして気も弱い子供だったが‥‥。
 ここ2年ほどは病に伏した父親を助けて政務にも携わっていたようだが、彼自身の手腕は未知数だった。
 今までは統括者であるボールス個人と断絶はしていても、統治に問題がなければ構わないとして領内の事は任せきりにしていたが、後を継いだ彼がもしも統治者として不適格なら領地の没収も考えなければならない。
「暫くは気を付けて見守る必要がありそうですね」
 ボールスは小さく溜息をついた。


 そして数日後。
 未だ父親の喪が明けぬとは言え領主の仕事は待ってはくれないが、ジャスティンは堪った仕事に手を付けようともせず、ボールスやその部下の介入をも拒み続けていた。
「彼は白の神聖騎士でしたが‥‥近頃、黒の宗派に宗旨変えをしたようです」
 と、様子を探っていた部下が報告する。
「それに、近くの住民に聞いた所によれば、彼はどうも人が変わったようだと‥‥彼の背後に何か青白い炎のような、人影のようなものが見える事があると、そんな話も聞きました」
「‥‥レイスか何かに取り憑かれているかもしれない、と?」
 心当たりはある。
 怨みや憎しみを抱いたままこの世を去り、そのまま現世に囚われて悪霊となりかねない人物‥‥元領主、ハーマンその人だ。
 息子に取り憑いて怨みを晴らそうと言うのか。
 だとしたら標的は‥‥
「‥‥決着を付けない事には、前へ進めそうもありませんね」
 自分も、そして彼も。
 父親の霊を弾き出し、消滅させる事は難しくない。
 だが、それだけでは終わらない。終わりにはならない。悪霊に易々と取り憑かれるような要素を排除しなければ‥‥。
 しかしそれは、簡単ではないだろう。
 それに彼が黒派に宗旨変えをしているなら、少々厄介な相手になる。彼は確か、自分よりランクは低いものの、ほぼ全ての神聖魔法を使えた筈だ。それが黒派の魔法に置き換えられたとすると‥‥ロブメンタルを数発食らってデスで即死の凶悪コンボが頭に浮かぶ。
「どうしましょう? 我々は命令があればいつでも動けますが」
 部下の言葉にボールスは首を振った。
「いや‥‥彼がこちら側へ戻った後の事を考えると、私達が表に出るのは拙いでしょう」
 悪霊に取り憑かれた故であるなら、ここは内密に処理する事が望ましい。
 それが叶わなかった時には、取り潰しも止むなし、だが。
「まずは彼等‥‥冒険者達にお願いしてみましょう。ですが、念の為にいつでも動けるように準備をお願いします」
 だが、自分はどうするか‥‥それをまだ、ボールスは決めかねていた。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ユキ・ヤツシロ(ea9342)/ カルル・ゲラー(eb3530)/ クロック・ランベリー(eb3776

●リプレイ本文

 タンブリッジウェルズにある円卓の騎士ボールス・ド・ガニス所有の城‥‥その会議室。
 調査の為に先行したマナウス・ドラッケン(ea0021)とフローラ・タナー(ea1060)を除く冒険者達全員が、そこに顔を揃えていた。
「‥‥振り子の動きが、なかなか止まりませんね」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)が手にしたダウジングペンデュラムは、地図の上で迷ったように揺れ動いている。
 ジャスティンが狙っている相手を指定したのだが、彼が未だその狙いを決めかねているのか、それとも狙いが複数あるのか、その動きからは読み取れなかった。
「今までに聞いた話や状況から考えれば、最終的な狙いはボールス卿という事になるのでしょうが‥‥」
 その為に身近な人間を標的にする事は充分に考えられる。
「ジャスティンは領主代行の仕事を放り出してでも『目的』を達成するため、自分の館を抜け出している可能性があります。もし狙われているのがボールス卿なら、私はここに残って卿の護衛に専念しようと思うのですが」
 クァイの言葉に、ボールスは苦笑いを浮かべながら首を振った。
「ありがとうございます。でも、狙いが私だけならかえって対処は楽です。流石に彼に負ける気はしませんからね」
「その油断が命取りになるかもしれないのだわ」
 ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)がボールスと傍らのクリステル・シャルダン(eb3862)を見比べながら言う。
「それに、こんな様子を見たら誰だって二人が仲良しさんだとわかるのだわ。傍目から考えると、ボールスくんの奥さんの実家の人としてはキレルかも知れないのだわ」
 そんなにあからさまにくっついているつもりはないのだが、と思いつつボールスが答えた。
「ええ、ですから彼が落ち着くまでは、私は姿を見せないつもりです。彼がどこまでこちらの情報を掴んでいるか、それはわかりませんが‥‥」
 名前や顔までは知られていない筈だ。ただ、相手がエルフである事は既に城下でもちょっとした噂になっている。彼の耳にも入っていると思った方が良いだろう。そして、メンバーの中に該当者は一人しかいない。
「きっとクリステルちゃんが狙われると思うから万が一に備えるのだわ」
「ありがとうございます。クァイさんも、出来ればそうして頂けると助かります」
 彼も騎士なら女性や子供に手を出す事はないと信じたいのは山々だが、今は尋常な精神状態ではない。用心に越した事はないだろう。
「私は大丈夫ですし、エルも私が自分で守りますから‥‥勿論、油断はしません」
「わかりました、ではそのように‥‥尽力させて頂きます。ところで、ひとつ伺いたいのですが、奥さんが生前よく歌っていた歌などはありますか?」
「私もそれが聞きたかったのだわ。それに、皆が仲良しだった頃の話も聞きたいのだわ」
 クァイとムージョに問われ、ボールスは困ったように首を傾げた。
「歌‥‥そう言えば、聞いた事がありませんね。子供が生まれたら子守歌を歌ってあげたい、とは言っていましたが‥‥」
 その前に、亡くなってしまった。
「子守歌なら、きっと昔、自分が聞いて育った歌なんでしょうね」
 と、陰守森写歩朗(eb7208)。
「マナウスさんが乳母を探してみると言ってましたから、もし見付かれば、その方に聞けばわかるのではないでしょうか?」
「そうですね‥‥」
 ボールスは生前の妻フェリシアの姿を思い返してみる。肖像画に描かれた天使のような容姿とは似ても似つかぬオテンバ娘‥‥歌やダンスばかりでなく、家事全般にも一切興味がなかった。彼女が好きだったのは、武術の腕を磨く事と、猫と、そして少々の庭いじり。
 そんな彼女に何故惹かれたのか‥‥今となっては自分でも不思議に思う。恐らくは相手の勢いに押され、押し切られた、という所なのだろうが。それでも、今でも大切に思っている事に変わりはないが。
「ジャスティンには最初から嫌われていましたね。まずは私が勝負に勝った事が気に入らないと言われて‥‥後は、私に姉を取られたと思ったのでしょう、一度も口をきいてくれませんでした」
「まさか、今までずっと‥‥?」
「ええ、相当な頑固者ですよ」
 苦笑いを浮かべるボールスに、サクラ・フリューゲル(eb8317)が訊ねた。
「それで、ジャスティン様の実力はどの程度なのでしょうか? 配下の方々についても伺っておきたいのですが‥‥」
「元々、白の神聖騎士として魔法の能力は高かった筈です。ただ、格闘能力は極端に低いので、魔法にさえ気を付ければ皆さんの敵ではないと思います。部下の方も、一般的な護衛程度ですし‥‥他に隠し球がなければ、ですが」
 レイスの事については出発前にユキ・ヤツシロに聞いて、大方の知識を得ていた。余程特殊な例でない限り、こちらも引き剥がしさえすれば苦戦するような相手ではないだろう。
 しかし、いずれにしろ油断は禁物だ。
 事前に得られるだけの情報を手にした冒険者達は、準備を整えると現場の町‥‥クラウボローに向けて城を後にした。

「ええ、坊ちゃまがお仕事をなさらず、皆が困り果てているという噂は聞き知っておりました。私も何かご助言をと思ったのですが、今は屋敷への出入りも禁じられている身でございますので‥‥」
 一足先に町へ向かい領主親子やその周辺、ボールスについての噂などを集めていたマナウスが探し当てたのは、二人の母親代わりとして身の回りの世話をしていたという女性だった。
 二人の母親も、それぞれの乳母達も既に亡く、ジャスティンにとっては彼女だけが心を許せる存在だったようだが、つい先頃‥‥先代のハーマンが亡くなって間もなく、突然その任を解かれてしまったらしい。
「何かご様子がおかしいとは思いましたが、まさか旦那様が‥‥」
 悪霊となって息子に取り憑いているとは。
「悪霊は俺達が何とかする。ただ、それだけで彼が素直に戻って来るとも思えないんでね」
 彼が上司であり義理の兄でもあるボールスの事をどう思っているか、その辺りの事は彼女も知っているだろう。
「ええ、それはもう、理不尽なほどに嫌っておられました。普段は真面目で大人しく、頭も良い子ですのに、お嬢様とあの方の事となると駄々をこねる赤ん坊のようになってしまわれて‥‥」
「どうだろう、一緒に説得してくれないか。俺達自身の話は聞けなくても、あなたの話なら聞くかもしれない。フェリスにとっても、恐らくあなたが一番近い存在だったんだろう。父親や弟には話せないような事を、あなたには話していたんじゃないか?」
 女性は俯いたまま、返事をしない。どうやら、何か秘密を抱えているようだが‥‥フェリスの事を持ち出したのは拙かったか?
「言いたくない事は言わなくていい。ただ、彼が少しでも心を開いてくれるように、最後の説得に、力を貸して欲しいんだ」
「‥‥わかりました。坊ちゃまが私などの言葉に耳を貸して下さるかどうかはわかりませんが‥‥」

「ボールス様には、くれぐれも手を出さぬ様にお願いします」
 領主館の門前、館からは死角になった場所で、九紋竜桃化(ea8553)が念を押した。
「物質が化合する時には必ずその影響がでて、その影響を変化させるには他の化合物が必要です」
 エリス・フェールディン(ea9520)も、また例によって錬金術的見解を述べるが、やっぱり意味がわからない。
「あの‥‥通訳をお願い出来ますか?」
「彼と仲直りするにはそのための準備が必要なので、会うのは後の方がいいのでは、という意味です」
「ああ‥‥そうですね。大丈夫、私はこの辺りで花でも摘んで待っていますから‥‥ね?」
 と、ボールスは肩車をした息子に向かって笑いかけた。
「大丈夫なのでしょうか、エルさんをこんな所まで連れて来てしまって‥‥」
 サクラが心配そうに言うが、ボールスは気楽に笑っている。
「置いて来るのも心配ですし、墓参りに行くなら連れに戻るのも面倒ですしね」
 確かに一緒にいれば人質に取られる心配もない。それに、これ以上に安全な場所もないだろう。本当はもう一人、安全な場所に置いておきたかったのだが‥‥
「大丈夫です、クリステルさんは責任をもってお守りしますから」
 ボールスの心配そうな様子を見て、フローラが微笑ましげにクスリと笑う。笑われた方は思わず頬を染めた。
「‥‥はい、皆さんを信じています。でも、どなたも無理はしないで下さいね。万が一の時は私が出ますから」
「出ると言っても‥‥子供はどうするのですか?」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)が訊ねる。まさかどこかに置いて来る訳にもいかないだろうし、かといって連れて来る訳にも‥‥
「勿論このまま連れて行きます。ですから、そんな事にならないようにお願いしますね」
「かーさま、いってやっしゃ〜い!」
 何も知らないエルディンの屈託のない笑顔に見送られ、連絡役のルルを連れた冒険者達は、鍵も掛けられておらず、見張りもいない門扉を開けて屋敷の前庭へと足を踏み入れた。

「しかし、領主の屋敷だというのに見張りもいないというのはどうなんでしょう?」
 正面から堂々と訪問すべく、興津鏡と宝手拭で身なりを整えた森写歩朗が周囲を見渡す。庭にも玄関先にも人影はなく、昼間だというのに屋敷は静まり返っていた。
「もしかしたら、罠かもしれませんね」
 フローラが周囲を警戒しながら呟く。
「ジャスティン様は、普段は真面目で思慮深く、頭の良い方だとの評判でしたから‥‥ただ、御姉様の事となると少々見境がなくなるようですね」
 レイスに取り憑かれるような事さえなければ、黒の宗派に宗旨変えをするような人物でもなかったという。
「長年の委任統治、義父や義弟への対応、事態のこじれ‥‥これは私の個人的な心象ですが、心の壁はボールス卿の側にこそあるような気がします」
 猫を被っているように感じる‥‥とは、流石に口には出さない。
「だって、しょうがないじゃない!」
 ルルがぷんすかと頬を膨らましながら言った。
「あのバカ親子、話も聞いてくれないんだから! フェリスが死んだ時だって遺体をさっさと連れて帰っちゃって、お葬式にも呼んで貰えなくて‥‥っ」
 お陰で妻の死が長いこと信じられずに、随分と苦しんでいたようだ。
「壁を作ってるのはお互い様なんだろうさ」
「ええ、これから少しずつでも歩み寄って行けるといいのですけれど」
 マナウスの言葉にクリスが相槌を打つ。
 そして‥‥正面から堂々と訪問した冒険者達を出迎えたのは、意外な人物だった。

「‥‥領民から苦情が出ているのです。領主様が仕事もせずに館に引きこもっている‥‥それに、どうやらレイスが取り憑いているらしいとの噂もあります。領主様‥‥ジャスティン様に取り次いでは頂けないでしょうか?」
 森写歩朗の言葉に、応対に出た女性は冷たく微笑み、ゆっくりと玄関を出て前庭に進み出る。
「隠さなくても良いわ。あの男の差し金でしょう?」
 柔らかな金色の髪に、青い瞳。目元がどことなくエルに似ている‥‥
「フェリス‥‥!?」
「フェリシア様‥‥!?」
 ルルと、肖像画を見た事のあるクリスが同時に息を呑む。
「亡くなった奥方‥‥ですか? まさか、生きて‥‥」
 ルーウィンの言葉にルルが即座に叫んだ。
「そんな筈ないわ! だって‥‥!」
 息を引き取る、その場に立ち会っていた。ボールスが何度蘇生を試みても成功しなかった‥‥それも覚えている。
「‥‥人遁の術‥‥いや、ミミクリー‥‥か?」
 森写歩朗が呟く。
 言われてみれば、その女性の顔立ちはどこか不自然な気がする。それに、ルルの記憶にある、亡くなった当時そのままの姿をしていた。生きていれば当然流れる筈の歳月が、そこには刻まれていない。
「それは、死者に対する冒涜なのだわ」
「死者の尊厳を踏みにじるそのような行為、断じて許せません!」
 飛び出したサクラが槍を閃かせる。だが、その攻撃は見えない幕に弾き返されてしまった。
 ホーリーフィールドの中で、フェリス‥‥いや、フェリスに化けたジャスティンが黒い光に包まれる。
「あの男を出しなさい。私を見殺しにした、あの人でなしを!」
 左腕が青白く光っている。デビルハンドだ。その腕に触れた者はズゥンビのようになり、まともな思考や行動、そして全てに対する抵抗が出来なくなってしまう。
 思わず距離をとった冒険者達とジャスティンの間に、彼の配下であろう十数人の騎士が立ちはだかる。
 クリスが騎士達に、ジャスティンがレイスに憑依されている事を知らせ、除霊に協力してくれるように頼むが、彼等は耳を貸す様子もない。
「出て来ないなら、引きずり出すまで‥‥そこにいるのはわかってるんだ! 危険な役目はこいつらに任せて、自分は高見の見物か、この卑怯者!」
 ジャスティンは空いている方の手を伸ばし、その先から黒い光‥‥ディストロイの魔法を放つ。
 が、それはクリスが展開したホーリーフィールドに阻まれた。
「それほどにボールス卿が憎いですか? 黒の宗派は人に成長を促すもの。復讐など、大いなる父の教えではありません!」
 フローラがその前に立ちはだかり、クァイがアンデッドに特効のある弓を構える。
「レイスに取り付かれた神聖騎士‥‥ぞっとしない話ね」
「『聖なる母』の教えを捨て、『大いなる父』の言葉を恨みを晴らす為に使うとは何事ですか! あなた方は、ご自身の娘を…姉を裏切っているとお気づきになられないのですか!?」
 サクラが鳴弦の弓をかき鳴らしながら叫んだ。
 ジャスティンの背後にゆらめく青白い炎が苦しげに揺れたように見えたが、憑依は解けない。ジャスティンの方にも自分からレイスを追い出そうとする意志はないようだった。
「ボールス様やエルは勿論ですが、私はフェリシア様も守りたいのです。ボールス様が愛し、エルを産んだ方なら、私にとっても大切な方ですわ。フェリシア様の名誉も家族も傷つけたくはありません‥‥ですから、その姿をとるのはやめて下さい。ジャスティンさんから出て行って下さい!」
 クリスはジャスティンに取り憑いたハーマンに語りかける。だが、レイスになった時点で彼に理性など残ってはいない。
「説得するだけ無駄ですか。滅ぼすしかないようですね」
 自らにオーラエリベイションをかけたルーウィンが前へ出る。
「騎士達は私が抑えます」
「出来るだけ傷付けたくはないんだが‥‥突破させて貰う」
 マナウスがオーラパワーを付与したのは手にした槍ではなく、右の拳。
 二人は同時に飛び出し、背後に控えるジャスティンに向かって切り込んで行く。
「タイムリミットは六分、六分以内に突破して強引にでも道を通す!」
 二人が薙ぎ倒した取り巻きの動きをフローラがコアギュレイトで封じ、ムージョがスリープで眠らせる。
 その間にも青白く光る腕を伸ばし、魔法を放とうとするジャスティンに向けてエリスが怪しげな粉末をぶちまける。
「あなたは魔法に頼りすぎです」
 その粉が目に入ったのか、慌てて目をこすったジャスティンの隙を見て、森写歩朗が微塵隠れでその背後に回り込み、後ろから羽交い締めにした。
「よーし、そのまま! 動くなよ!?」
 目前にまで迫ったマナウスが右の拳を握り締める。
「見た目は女性だが、中身は男だ‥‥遠慮なくやらせて貰う!」
 ――バキィッ!!
 ジャスティンの体が、後ろで押さえていた森写歩朗の体ごと吹っ飛び、フェリスを真似ていたその顔が粘土細工のようにぐにゃりと歪む。
「ただ思い込みだけで他人を傷つける資格があるのか! そんな事の為に神から与えられた力を振るえと教えられたか!」
 倒れたジャスティンに、フローラが手にした聖水の壺を突き付けながら迫る。
「我はセーラの御名において汝に厳命いたす。身体のいかなる場所に身を潜めていようと姿を現し、最早求めるなかれ。父と子と聖霊の御名により、聖なる身体は汝に永遠に禁じられたものとすべし!」
 その後ろから、クリスが遠慮がちに手を伸ばし、クリエイトハンドを唱えた。
 刹那、青白い炎のような、霧のような、人の形をしたものがジャスティンの体から弾き出される。
 憑り代を失ったそれは、手近な獲物に襲いかかろうとする‥‥が、待ち構えていたクァイの矢に射抜かれ、オーラパワーを付与した桃化の剣に引き裂かれた。
「ハーマン殿が目的を達すれば地獄へ落ちます。神の愛に抱かれることが最良の救いとなりましょう」
「‥‥妄執に取り憑かれ、忘れ形見である孫さえ殺そうとするクズにかける情けは余りありませんが‥‥死者を鞭打つのも酷でしょうか」
 せめて最後はピュアリファイで浄化してやろうと提案したフローラに、ルーウィンは異を唱えたものの、反対はしなかった。
「どうか安らかに‥‥」
 青白く弱々しい炎は、白い光に包まれ‥‥消えていった。

「もう、死霊のパパはいなくなったのだわ。本当の自分に戻っても大丈夫なのだわ」
 ムージョが竪琴を鳴らし、クァイが静かに子守歌を歌い出した。
 それに聞き覚えがあったのだろう、放心したように宙を見つめていたジャスティンが音のする方にゆっくりと顔を向ける。
「ばあやさんに教わったのだわ」
 竪琴を弾きながら、ムージョが視線を向けた先には一人の女性が佇んでいた。
「‥‥ばあや‥‥?」
「坊ちゃま、まずはそのお姿をどうにかして下さいませ。お嬢様のそのようなお姿、ばあやは見たくありません」
 その言葉に、ジャスティンは素直に変身を解いた‥‥が。
「‥‥子供!?」
 現れたのは、まだ十代半ばの少年の姿だった。
「でも‥‥確か今年で二十歳になると‥‥」
 ミミクリーの魔法は効果時間が切れるまで変身が解ける事はない。解けたように見えるのは、自分が「元の姿」だと思う姿に変身しているだけなのだ。
 ジャスティンにとっては、それが思い描く自分の姿なのだろう。
 彼の時間はそこで止まっていた。
「坊ちゃま、どうぞ仲直りをして下さいまし。お嬢様もきっと、それを望んで‥‥」
「やだっ!」
 ジャスティンが駄々っ子のように叫ぶ。
「あいつは僕から姉上を奪ったんだ! 姉上を無理矢理連れてって‥‥」
「坊ちゃま、それは違います。お嬢様は自分から望んで嫁がれたのですよ?」
「違う! それに、あいつは姉上を裏切って、見殺しにした! 僕は絶対に、あいつを許さない!!」
「それに‥‥こんな事は言いたくありませんが、裏切り行為があったと言うなら、それを最初にしたのは‥‥」
「聞きたくない!!」
 何かを言いかけたばあやの言葉に、ジャスティンは耳を塞いだ。彼にとっては、姉は神聖にして不可侵な存在らしい‥‥そんな彼女が裏切り行為をするなど、あってはならないのだ。
 ばあやは仕方なく話題を変えた。
「‥‥坊ちゃま、坊ちゃまもご存知でしょう? 毎年、お嬢様の命日が近付くと門の前に花束が置かれていますよね? あれは‥‥」
 ジャスティンは、ふんと鼻を鳴らす。
「命日の近く、だ。命日じゃない。ちゃんと命日に来た試しなんか、ないじゃないか!」
「それは‥‥」
 口ごもったばあやの後を、サクラが引き取った。
「きっと、抜けられないお仕事があったのでしょう。円卓の騎士とは、そういうものですから‥‥。それでも、日付をずらしてでも来られるという事は、誰か人任せにしない、それだけ大切に想われているという事ではないでしょうか?」
 だが、彼にはそんな理屈も言い訳も通用しないようだ。
「‥‥周りから見れば、単なる逆恨みにしか見えませんが、当人はそれが理解できない。いえ、判っていてもそれを信じようとはしないのでしょうね‥‥」
 ジャスティンには聞こえないように、森写歩朗が呟く。
「‥‥姉上を愛されており、ボールス様が姉上に対しての悲しみを見せないばかりか、忘れている様に見えるのが許せないのですわね」
 桃化が言った。
「ですがそれは間違いです。女性にとって子は一生の宝物、たとえ自分が死ぬ事になろうとも、愛する人との子を産む事は命を掛けるに値します。その子を見守り力強く育てる事こそ、夫に望む事で有り、子が母の愛情を求め、自分の代わりに与えてくれるなら、それも又幸せ。自分がそれを出来ない事に嘆きもしましょうが、子の幸せこそ母の幸せ、そして妻としては、墓参りに気持ちを伝えてくれる事こそ、報われる事になります。どうかボールス様と共に墓参りに行ってあげては貰えないでしょうか?」
 だが、返事はない。ジャスティンは目に涙を溜めながら、じっと地面の一点を見つめている。
「幸せとは人それぞれです。他人には理解できるものではないです。私の幸せは錬金術ですが、あなたには理解できないしょう?」
 確かにエリスが愛する錬金術は、一般人には多分に理解不能な代物だ。
「あなたの目にどう映ろうと、フェリシアさんは幸せだったのではないでしょうか?」
 しかしそれでも、ジャスティンは動かない。
「お父上がレイスとなってまで、貴方様が信仰を捨ててまで愛していた方なのでしょう?」
 サクラが切り口を変えて攻めてみる。
「‥‥お会いした事はございませんが、それほどまでに皆に想われていたその方は素晴らしい方だったのだと思います」
 返事はないが、否定はしていないように見える。
「‥‥では、信じられても宜しいのではないですか? その方が選んだ‥‥愛されたボールス様の事を」
「違う! 姉上は勘違いしただけなんだ! あいつが、ちょっとばかり自分より強かったから‥‥だからっ!」
「‥‥そうかもしれませんね」
 いつの間にかジャスティンの目の前に、花束を抱えたエルの手を引いて、ボールスが立っていた。
「キサマ‥‥っ!」
 その姿を目にした途端、ジャスティンは弾かれたように立ち上がった。しかし、それとは反対に今度はボールスが膝を折る。
「私はどう思われても構いません。でも、この子の存在だけは認めてやって貰えないでしょうか? この子にとっては、あなたが唯一の‥‥母親に繋がる存在なのです」
「‥‥‥‥‥‥」
 流石に小さな子供を前にしての子供じみた振る舞いはみっともないと思ったのか、ジャスティンは素直に「‥‥わかった」と言うと右手を差し出した。
「‥‥立てよ」
 その手をボールスが取った、その瞬間――ジャスティンの体が黒く淡い光に包まれ、ボールスの体も一瞬黒く光る。
「かかったな‥‥お人好しめ」
 ジャスティンがニヤリと笑う。その表情を見て、冒険者達は即座に事態を把握した。
 今の魔法はメタボリズム、体力を回復する代わりに、全ての魔力を一瞬にして奪う魔法だ。ならば、次に来るのは‥‥
「死ねっ!」
 ――だが、間一髪の所でその魔法‥‥デスは発動を免れた。
「少しでも動いたら、この剣が喉を切り裂きます」
 桃化がジャスティンを押し倒し、その喉元に剣の切っ先を突き付けている。
 森写歩朗が隠し持っていた十字架を取り上げ、マナウスとルーウィンが両側から腕を押さえ付け‥‥そしてクリスは、ボールスとエルの前に立ちふさがっていた。
「ボールス様を愛したのも、命がけでエルを産んだのも、フェリシア様の選んだ事ですわ! それを否定するのはフェリシア様をも否定する事になるのだと何故判りませんの!? フェリシア様は愛した方を、命をかけて産んだ子を、傷つけることを望む様な方でしたの!? そんな事をして、本当にフェリシア様が喜ぶと思われますの!?」
「‥‥そうか、お前が‥‥!」
 地面に押さえ付けられながら、ジャスティンはクリスを睨み付けた。
「奴の新しい恋人はエルフだと‥‥あの噂は本当だったのか。畜生っ! 姉上は、こんな変態野郎に騙されて、人生をメチャクチャにされたんだ!」
 まあ確かに、一般人の目から見れば異種族に惹かれるのは「マトモじゃない」という事になるのかもしれないが。
「お前さえ現れなければ、姉上は今もずっと‥‥っ」
「僕と一緒に、か? 勝手な思い込みも大概にしろ!」
 片腕を捻り上げたついでにマナウスが言った。
「ジャスティンくんやお父さんが、お姉さんを失った悲しみから抜け出せないでいるのに、ちゃっかり恋人をみつけたボールス卿に憤りを感じるのも無理はないと思うのだわ」
 でも‥‥と、ムージョは続ける。
「フェリシアさんがどんな人だったか、思い出してほしいのだわ。きっと、恨みを遺す人ではないと思うのだわ」
 その証拠に、彼女はレイスにもバンシーにも、その他どんな悪霊にもなっていない‥‥例えどんなに心残りがあったとしても。
「あなたの行為がお姉さんの誇りや愛を踏み躙ったことを知るのだわ。本当にお姉さんを大切に思うのならば、過去ではなく未来へ歩んで幸せを掴んで欲しい。それが思いを受け継ぐという事なのだわ」
「きっと、御姉様もあなたに幸せになってほしいと望んでいる筈ですよ」
 フローラが言った。
「人は誰しも憎しみや悲しみだけを抱えて生きてはいけません。その為に信仰があるのだと私は思います」
 と、サクラ。
「それで‥‥これはどうしますか?」
 まだジャスティンの腕を押さえつけていたルーウィンが、立ち上がったボールスに訊ねた。
「放してあげて下さい」
「しかし‥‥」
 彼はボールスの命を狙っている。そう簡単に放免してしまって良いのか?
「領地の運営さえ滞りなく進めば、何を企んでいようと構いません。それに、今はまだレイスの影響が抜けきれていないのでしょう」
「ま、本人がそう言うなら構わんけどね‥‥エルやクリステルを狙わないって保証はないぜ?」
「僕は女子供に手を出したりはしない! ‥‥例え、貴様の関係者だとしても」
 マナウスの言葉にジャスティンが反論した。
 いつのまにか、ミミクリーの変身が解けている‥‥そこにいるのは、痩せて弱々しい青年だった。
「‥‥その言葉、信じましょう」
「だが、貴様は許さない‥‥ただ‥‥殺しはしないが」
 その言葉に、ボールスは僅かに肩をすくめ、苦笑いを漏らす。
 本来の姿に戻ったせいか、それともレイスの影響が漸く抜けたのか‥‥ジャスティンの言動は随分まともになっていた。
 この分なら少し様子を見ても問題はないだろう。ただ、暫くは誰か補佐役を付ける必要はありそうだが。
「ボールスさんに復讐をしたいのなら、この街をボールスさんが羨むような街にすることです。それが最大の復讐になると思いますよ」
 それから、と、エリスは付け加えた。
「あなたの敗因は錬金術を学ばなかった事です。黒に宗旨変えをするよりも、よほど役に立ったのに」

 数刻後、屋敷内の墓地に三人の人影があった。
 クリスとエル、そしてもうひとりは森写歩朗だった。ジャスティンはやはり、ボールスが墓地に足を踏み入れる事だけはどうしても許さなかったのだ。
「ハーマンさんの愛娘を失った悲しみが皆の仲を引き裂いてしまったようですが、それまでは悪い方ではなかったはずですから」
 森写歩朗はハーマンの墓に手を合わせると、ひとり屋敷の方へ戻って行った。
「ハーブティーを入れてお待ちしていますね」
 と、言い残して。
 その後ろ姿を見送ってから、クリスはフェリシアの墓に向き直った。
 きちんと手入れが行き届いているようで、埃ひとつ付いていない‥‥いかに大事にされているかが伺える。
「フェリシア様のおかげでずっと憧れていた『家族』を持つことが出来ました。本当にありがとうございます」
 ボールスが言っていた。妻を亡くしてからの自分の落ち込み様が余りに酷かった為に、見かねたフェリスが自分達を巡り合わせてくれたのだろう、と。ただ、少しばかり意地悪をされたようだが‥‥相手を異種族から選ぶという意地悪を。
「かーさま、こえ、とーさまがおはかにかけてあげてって」
 そう言ってエルが差し出したのは十字架のネックレス‥‥あの形見の十字架だった。
 フェリスの霊を悪いものから守ってくれるようにと掛けられた十字架を見つめながら、クリスはいつか三人‥‥いや、ジャスティンも一緒に四人でここを訪れる日が来る事を願う。
 館の方から、誰が歌っているのか、あの子守歌のメロディが静かに流れていた。