【ジューンブライド】天使に花嫁衣装を

■ショートシナリオ&プロモート


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:5人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2006年07月03日

●オープニング

 6月のイギリスは晴天が多い。今日もまた、小さな窓から見える空は青く澄みきっていた。
 風に乗って遠くの教会から鐘の音が聞こえる。
「私も着たかったな‥‥ウェディングドレス‥‥」
 青白い頬の少女がベッドの上でぽつりと呟く。
 その言葉に、傍らに控えた青年が顔を曇らせた。
「お嬢様、あまり風に当たると体に毒です。もう閉めますよ」
「うん、ごめんねアレフ」
「な、何も謝られる事など‥‥」
「じゃあ、ありがとう」
 少女が儚げに微笑む。
 アレフと呼ばれた青年は、いたたまれずに目を逸らした。
「礼など要りません。俺はただ、自分の仕事をしてるだけです。俺は、この家の使用人なんですから‥‥」
 言葉とは裏腹に、胸の内には少女への想いが溢れる。だが、どうしようもなかった。貴族の娘と使用人という身分の違いもあるが、それ以前に、少女には時間がなかった。
 彼女は、不治の病に冒されていた。
「‥‥少し休んで下さい。俺は隣の部屋にいますから‥‥」
 目を逸らしたまま出て行こうとする彼を、少女が呼び止める。
「お願い。もう少し、ここにいて‥‥」
 大きく暖かい手に、痩せて冷えた指が重ねられた。

「だから‥‥せめて最後に、願いを叶えてやりたいんだ。彼女に、ウェディングドレスを着せてやりたい!」
 意を決して訪ねたギルドの受付で、アレフは問われるままに事情を話し始めた。
 彼の両親は地方の小さな領主に仕える使用人だった。住込みで働く両親の間に生まれた彼もまた、幼い頃から主の子供達に仕え、特に末娘のポーレシアとは歳が近い事もあって、兄弟のように仲良く育ってきた。
 そんな彼女が病に冒されたのは去年の事。その頃彼女には親が決めた婚約者がいたが、病が不治のものだとわかった時、両家の同意の下に婚約は破棄されていた。
「何とかしてやりたいけど、俺の身分じゃ旦那様や、相手の両親に頼む事も出来やしない。だから、俺の代わりに‥‥」
「両家を説得して、結婚式を挙げさせてほしい、と」
 いつものように書類に必要事項を書き込みながら、受付係は目の前の青年を細い目でじっと観察する。
「それで、良いんですか、あなたは?」
「え?」
「その男、見舞いにも来ないんでしょう? そんな男と、形だけとは言え式を挙げさせてしまって良いんですか?」
「それは‥‥でもあいつは、セレウス様は本気でポーレシア様を愛していた。ただ、相手は貴族だし、俺達庶民とは感覚が違うんだよ。親がダメだって言えば、従うしかないんだ。それに、ポーラだってきっと、あいつと‥‥」
 ――ダンッ!!
 カウンターに拳を打ち付けると、くるりと背を向ける。
「とにかく、頼んだぜ。彼女がまだ少しでも動けるうちに‥‥!」

 帰り道。
 夕焼けに染まる天を仰いで、青年は自分に言い聞かせるように呟いた。
「‥‥仕方ないじゃないか。俺なんかじゃ‥‥!」

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3071 ユーリユーラス・リグリット(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea9537 ヴェルブリーズ・クロシェット(36歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ティズ・ティン(ea7694)/ 白岐 三叉尾丸(eb1635)/ ラーズ・ファリス(eb3687)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)/ フォックス・ブリッド(eb5375

●リプレイ本文

「こんにっちわぁ〜!」
 明るい午後の光が射し込む中、ベッドに起きあがって読書をしていたポーレシアは、唐突に現れた賑やかな集団に目を丸くした。
「あの‥‥どなたですか?」
「僕、蒼穹楽団のユーリって言います、宜しくなのです〜」
 竪琴を手にしたユーリユーラス・リグリット(ea3071)が元気に挨拶する。
「楽団‥‥?」
「はい、歌と音楽と、それからお話を楽しんで頂こうと思って」
 ヴェルブリーズ・クロシェット(ea9537)が愛用のオカリナを手に微笑んだ。
 バラの花束を抱えたフィーネ・オレアリス(eb3529)が枕元に進み出る。
「聖母の赤薔薇、フィーネ・リュースと申します。これは私達からの最初の贈り物‥‥」
「あ‥‥どうも、ありがとう‥‥」
 突然の出来事に戸惑いを隠せず、一行の後ろに控えるアレフに物問いたげな視線を送る。
「すみません、お嬢様。驚かれましたか?」
 アレフは慌てて彼女ののそばに飛んできた。
「お嬢様が退屈なさっているようだったので、その‥‥」
「アレフが呼んでくれたの?」
 黙って頷く。
「そう‥‥嬉しい。気を利かせてくれるなんて、らしくないけど」
 ポーレシアは悪戯っぽく微笑んで冒険者達を見渡すと、明るい声で言った。
「さあ、何を聞かせてくれるのかしら?」
「何でもおっけーですよ〜。ポーレシア様、何かリクエストあるデス?」
 こうして、窓際にベッドが置かれただけの小さな部屋で、小さな演奏会が始まった。

「そう、お二人は新婚さんなのね。とてもお幸せそうで‥‥ちょっぴり、羨ましいかな」
 微笑んだポーレシアの言葉に、竪琴を爪弾くギーヴ・リュース(eb0985)に寄り添うフィーネは頬を赤く染める。
「ポーレシアさんには思い人はいらっしゃらないのですか?」
 フィーネの言葉に、ポーレシアは悲しげに顔を伏せた。
「私には‥‥もう、時間がありませんから」
「本当に大切な心と思いがそこにあるならば、時間は関係ありませんわ」
「諦めない限り、夢を実現させる事は出来る‥‥私はいつもそう信じているんです」
 ヴェルブリーズが言った。
「ポーレシアさんも信じてみませんか?」
『‥‥‥‥揺れ動く思い‥‥引き裂かれる心‥‥差しのべられる優しい手‥‥‥‥それは‥‥誰の手?』
 小さな声で、ユーリが静かに歌い始める。その歌に勇気づけられたように、ポーレシアは顔を上げた。
「ユーリさん、もう1曲お願いして良いでしょうか? 題名はわからないのですが、こんなメロディの‥‥」
 記憶を辿りながら、旋律を口ずさむ。
 そこに、ユーリ、ヴェルブリーズ、ギーヴの3人が即興で伴奏を加えていく。
「これは、昔‥‥大好きな人と一緒に踊った、思い出の曲なんです。つまずいたり、足を踏まれたり、散々だったけど‥‥とても楽しかった‥‥」
 その曲は、アレフにも聞き覚えがあるようだった。
 彼女の足を踏んづけた覚えも。
 彼は、耳まで赤くなった顔を見られまいと、クルリと背を向け―――
「‥‥あ、あの、俺はまだ仕事が残ってますので‥‥っ」
 ―――逃げた。

「‥‥バレバレ、だな」
 それまで黙って様子を見ていたキット・ファゼータ(ea2307)が、苦笑まじりに呟く。
「では、そろそろ次の贈り物をお渡ししましょうか‥‥」
 大宗院透(ea0050)が、大きなオブジェのようなものを運び込む。被せてあった布を払うと、純白の光が部屋いっぱいに広がった。
「これは‥‥ウェディングドレス‥‥?」
「友人に見立てを頼んだのですが‥‥この花嫁『衣装』は『意匠』が凝っていますね‥‥」
「俺達は、あんたの願いを叶える為にここに来たんだ。今夜、秘密の結婚式を挙げる」
 透の駄洒落をスルーして、キットが事情を説明する。
「勿論、両親の同意は得られない。それに、身体にも負担をかけるし、社会的にも認められるものじゃない。あくまで2人と‥‥俺達だけの秘密の儀式だ。それでも構わないなら、俺達は協力を惜しまない」
「でも‥‥」
 戸惑いを見せるポーレシアに、ヴェルブリーズが純白ののドレスを眩しそうに見つめて語りかける。
「ウェディングドレスはやっぱり女の子の憧れですもの。でも、ドレスそのものより、それに伴うものこそが本当の願いなのですよね?」
「大丈夫、叶わない願いはないですわ」
「恋する乙女は強いのです♪ その想い、受け止められない男の人は僕がパンチなのです♪」
 皆の暖かい想いが伝わってくる。
「‥‥ありがとう‥‥。もし、叶うのなら‥‥私は‥‥」
 その先は、言葉にならなかった。


 ―――その数日前。
 透とギーヴ、そして通訳を兼ねたフィーネの目の前にセレウスが立っていた。
「‥‥なるほど、それで僕を偵察に来たという訳ですか‥‥」
 いかにも貴族のお坊ちゃまらしい端正な顔立ちに微笑みを浮かべ、彼は流暢なジャパン語で答えた。多言語を自在に操るのは貴族のたしなみ、という事らしい。
「しかし‥‥僕は彼女と結婚する事は出来ません。我々貴族にとっては家の存続と名声の獲得が第一なのです。結婚はその為の手段にすぎない‥‥」
「わかります‥‥私も、そんな世界で生きてきましたから‥‥」
 透の言葉に頷いて、セレウスは続けた。
「健康で家柄の良い娘だからこそ、両親も僕の望みを聞いて下さいました。でも、今は‥‥僕には両親に逆らってまで愛を貫く勇気はありません。それに」
 と、苦笑いを浮かべる。
「彼女の心の中には、僕の居場所はありませんから」
「では、ポーレシア殿の思い人は、やはりアレフなのだな?」
 ギーヴが念を押す。
「残念ながら。しかし、愛する人が幸せになれるなら、こんなに嬉しい事はありません。僕も、式には是非出席させて下さい。ただ‥‥夜中となると、家を抜け出すのは難しいでしょうね」
「それは、私にお任せ下さい‥‥」
 と、透。
「しかし冒険者さんに仕事を頼むとなると、報酬が必要ですね」
「これも依頼のうちですから‥‥」
 透が断ろうとした時、セレウスは有無を言わせぬ口調でこう言った。
「ドレスの仕立て代を払わせて頂きますよ」


「困りましたな‥‥」
 ポーレシアの家にほど近い小さな教会では、キットが神父の説得にあたっていた。だが、交渉は順調とは言えないようだ。
「だから、少しの間で良いんだ。夜の礼拝の後から翌朝までに全て済ませる。教会の機能には支障がないようにするから‥‥」
「いや、お使いいただくのは構わないのですが‥‥彼女のご両親はこの町の名士。我々も何かとお世話になっております。その意に添わぬ行為をお手伝いする事は、とても‥‥」
「‥‥そうか‥‥。わかった、手間をかけたな」
 これは、こっそり忍び込むしかない、と、背を向けたその時、神父がひとつ咳払いをした。
「教会は神への祈りを捧げる人々の為、いついかなる時も‥‥たとえ真夜中でも、その門を開いております。その祈りが誠ならば、神は祝福をお与え下さるでしょう‥‥」

 そして真夜中。
 花嫁は誰にも気付かれる事なく、無事に屋敷を抜け出した。
「皆さん、よろしくお願いします。ポーレシア様、どうかご無理をなさいませんよう‥‥お幸せに‥‥!」
 深々と頭を下げると、アレフはそのまま、静かに闇に呑まれていく荷馬車を見送る。彼は、花嫁の隣に立つのが自分であるとは知らされていなかった。
「ギリギリまで、秘密にしておきましょう」
 ポーレシアが悪戯心を起こしたのだ。
 肩を落として、ゆっくりと屋敷に戻ろうとする彼をフィーネが呼び止める。
「さあ、アレフさんも行きましょう。この子に乗れば、皆さんよりも早く教会に着けますわ」
 闇の中でグリフォンの鋭い目がギラリと光る。
「いや、俺は‥‥屋敷に残ります。万が一、旦那様がたに気付かれても俺が何とか誤魔化しますから‥‥」
「その時はその時ですわ。さあ、お乗り下さい!」
 ゴネるアレフをコアギュレイトで拘束すると、フィーネは彼をそのままグリフォンでかっさらっていった‥‥。

「あ? え? う?」
 白い礼服に着替えさせられ、乱れた髪を梳られても、彼にはまだ状況が飲み込めていないようだった。
 フィーネがオーロラのヴェールを差し出して微笑む。
「これを貴方の手で花嫁さんに渡してあげて下さいね、花婿さん」
「えええっ!? 俺がっ!? ちょ、ちょっと待って下さいっ」
 うろたえるアレフにキットがぴしゃりと言い放つ。
「あんたも、お嬢の気持ちはわかってるんだろう?」
「で、でも‥‥俺は、ただの使用人で、身分が‥‥!」
「これは、お忍びの結婚式です‥‥。家柄とか、身分ではなく、本人の意思が大切なのです‥‥」
 そう言う透の背後で、セレウスが軽く会釈をした。
「アレフ殿、ポーレシア殿はおぬしを選んだのだ。ただ一日の夢、愛する者の為に叶えてやってはくれまいか?」
 さあ、と言うように手を広げてギーヴが体をずらすと、そこにはユーリとヴェルブリーズに伴われ、純白のドレスに包まれたポーレシアが立っていた。
「‥‥ポーラ‥‥」
「久しぶりね、その呼び方」
 痩せた頬がピンクに染まっている。病気になる前と同じ、幸せそうな明るい笑顔だった。
「さあ、花婿さん。プロポーズの言葉は?」
 ヴェルブリーズの後押しに、彼はようやく決意を固めた。
「‥‥お、俺で、良ければ‥‥これからも、ずっと一緒だ。愛してる、ポーラ‥‥!」

 ギーヴがイリュージョンで明るい花畑の光景を作り出す中、二人は寄り添うようにして祭壇の前に進み出た。
 ティアラに花飾りを付け、野の花で作られたブーケを手にしたポーレシアの足取りは、病を得た身とは思えないほどしっかりしていた。
 冒険者達に見守られ、聖母の赤薔薇の祝福を受ける。
「六月の花嫁さんは幸せになるのですよ〜♪」
 ユーリが籠に入れた花びらを二人の頭上から振りまいていく。
 花吹雪の中、彼女は今、誰よりも美しく輝いていた。それが例え燃え尽きる前の一瞬の輝きだとしても、この幸福な一時は彼女の人生の支えとなるだろう‥‥。