その荷物、ナマモノにつき

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月24日〜09月29日

リプレイ公開日:2007年10月02日

●オープニング

「荷物を届けて欲しいのだが」
 一見して貴族とわかる出で立ちをしたその男は、そう言って背後に立つ仏頂面の少年を指差した。
「ナマモノだからな、取扱いには注意してくれ。だが、甘やかす必要はない。危険でさえなければ、どんな目に遭わせても構わん」
 その口調からして「荷物」とはどうやらその少年の事のようだが‥‥
「あ、あの、護衛でしたら、素直にそう仰って頂けないでしょうか? 人間は普通、荷物とは呼びませんし」
 受付係が言う。人間を荷物呼ばわりするのは‥‥そう、人買い連中くらいなものだ。
「人間‥‥か」
 相手の男は溜息をついた。
「この旅で、少しでも人間らしくなってくれれば良いのだが‥‥いや、責任は育て方を間違えた私達夫婦にあるのだが」
 聞けば、その子は彼の一人息子。長い間子宝に恵まれなかった所にようやく授かった大事な跡取りらしい。
「どこに出しても恥ずかしくないような立派な跡取りに育てようと、甘やかさず、躾は厳しく、私達なりに頑張ってきたつもりだったのだ。だが、気が付けばこの子は‥‥ああ、こら! 待ちなさい! アーノルド!!」
 アーノルドと呼ばれた少年は床に置かれた父親の鞄を開け、中身を盛大にぶちまけると、出口に向かって一目散に駆けだした。
「頼む、その子を捕まえてくれ!」

 ‥‥暫く後、暴れ回り泣き喚く少年を腕にがっしりと抱え込んで、父親は再びカウンターの前に立った。
「見ての通り、今ではどこに出すのも恥ずかしいシロモノに育ってしまったのだ」
 そこで彼等夫婦は、この手に負えない野生の獣のような生き物を、何とか人間と呼べるようなレベルにして貰おうと、厳格な堅物である兄の元へ預ける事に決めたのだ。
「私の兄は、既に5人の子供を立派に成人させている。この子も、彼の元でなら何とか人並み程度には落ち着いてくれるのではないかと思ってな。その道中の護衛を頼みたいのだ」
 ただし、と男は付け加えた。
「兄からは預かる為の条件が付けられていてな‥‥道中、乗り物の使用は一切禁止、自分の足だけで歩く事。その程度の事さえ出来ないような甘ったれは、誰がどう躾ようとまともに育つ見込みはないと言われてしまったのだ」
 そして、先程ぶちまけられた荷物の中から羊皮紙の束を拾い上げ、カウンターに置く。
 それは息子アーノルドの取扱い説明書だった。
「ここに、彼の普段の生活の様子や食事の好き嫌い、接する上での注意点などが書いてある。これも一緒に届けて欲しい‥‥ああ、勿論護衛の者達が見ても構わんが」
 そこに書かれている内容にざっと目を通し、受付係は軽い眩暈を覚えた。
『好きな食べ物:砂糖菓子、嫌いな食べ物:それ以外』
『食事は一日3回、ハチミツ入りのミルクと焼き菓子、間食に砂糖菓子』
 それは果たして食事と呼べるのだろうか?
『性格は粗暴にして我侭、気分屋。非情に無愛想でキレやすい』
『好きな物を与えておけば常に上機嫌で天使のように可愛らしい』
『言語能力が未発達のため意志の疎通は困難』
『就寝時は愛用の毛布必須』
 父親は厳しく躾たと言っているが、実の所は甘やかし放題だったようだ。
 だが、この旅には砂糖菓子も愛用の毛布も持って行く事は出来ない。
「どうも、大変な旅になりそうですね‥‥」
 羊皮紙から目を上げた受付係に向かって、少年が獣のような声で「ウ〜〜〜ッ」と唸った。

●今回の参加者

 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb5450 アレクセイ・ルード(35歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「食事が全部、菓子?」
 荷物を受け取りに来たギルドで取扱説明書に一通り目を通した空木怜(ec1783)は、それをバリバリと破‥‥ろうとしたが、束になった羊皮紙はそう簡単に破れる物ではない。仕方なく、思い切り床に叩き付けると受付係に食ってかかった。
「ええぃ、依頼人はどこだっ! 俺が一発、殴って修正してやるっ!」
「‥‥まあまあ、落ち着き給え。気持ちは分かるが」
 そんな怜の肩を、アレクセイ・ルード(eb5450)が深い溜息と共に軽く叩く。
「仮にも依頼人だ。殴るのは拙かろう‥‥まあ、殴られて然るべき理由はあるだろうがね」
「滅茶苦茶だ。自分の子供を殺す気か!?」
 とりあえず鉄拳制裁だけは思い止まった怜は、荷物の両肩をしっかりと押さえつけながら不安げにこちらを伺う父親に言った。
「これじゃ栄養失調で弊害が至る所に出るぞ。食事は即改善しないとマジに手遅れになる‥‥いや、もう手遅れかも‥‥」
 怜は目の前の小さな野獣に絶望的な視線を向ける。
「自腹を切ってでもここはちゃんと、まともな食事をさせよう。保存食も栄養は期待できないから‥‥」
「ああ、いや、金の心配は無用だ」
 父親は必要経費だと言っていくらかの金を手渡した。
「道中、何か欲しがったらこれで‥‥」
「それじゃ何も変わらんだろうがっ!」
 依頼に訪れた時は「甘やかす必要はない」などと言っていた筈だが、いざとなるとやはり不憫に思うらしい。
 用途はこちらで決めさせて貰うとして‥‥と、差し出された金を有難く受け取ったアレクセイは言った。
「優しさとは甘やかすことではない。彼を人にしたいのか、獣にしたいのか、どちらなのかな?」
 まあ、人にしたいに決まっているが。
「例え伯父の家でアーノルド君が生まれ変わっても、両親がこのままでは逆戻りだろうね。変わる覚悟はあるのかな?」
「それは‥‥この子が努力をしてくれるなら、私達も‥‥」
「その言葉、信じておこうか」
 そして、嫌がる荷物を引きずりながら冒険者達はギルドを後にした。

「‥‥おいらも子供のころは結構甘やかされていたと思うけど、ここまで酷かったとは思わないんだよね‥‥」
 ギルドを出てものの5分も歩かないうちに、路上にひっくり返って泣き喚き始めた荷物とロープで繋がれたデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)は呆れたように呟く。
「子供がかわいいのはわかるんだけど、このままじゃアーノルド君が不幸になるのはわかりきっているし」
 届け先の人物はしっかりした人らしいが、これを見たら匙を投げてしまわないだろうか。
「せめて、呆れて無理だと言われない程度にはしてあげたいな」
 まあ、5日でどうにかなる位だったら、両親は何をしていたのか‥‥という所だが。
「何事も初めが肝要だからね」
 これはナマモノというより、ナマケモノの類ではないかと思いながら、アレクセイはそれを見下ろす。
 泣き喚く荷物を、冒険者達は黙って見守っていた。誰も手を貸すつもりも、宥めるつもりもないようだ。
 そして、そんな一行の周囲には人だかりが出来始めていた。中には彼等の姿をあからさまに不審そうな目で見る者もいる。
「ああ、心配は無用じゃ」
 朱鈴麗(eb5463)は群衆に向かって精一杯の笑顔を作った。
「この子の両親に頼まれて、親戚の家に連れて行く所なのじゃ‥‥見ての通りの我侭小僧じゃから、少々難儀はしておるが、決して人浚いでも幼児虐待でもないでのう」
 やがて泣き喚くのに疲れたのか、それとも逆らっても無駄だと悟ったのか、兎にも角にもアーノルドは歩き出した。
「よしよし、良い子じゃ」
 ぐずりながら、そして足を引きずりながら歩くアーノルドの頭を、鈴麗はくしゃくしゃと撫でた。

 その日の夕刻、一行は少し早めに休む事にして、夜営の準備を進めていた。宿を取る事も考えたが、この荷物が一緒では他の客にも迷惑がかかる。
 だが予想に反して荷物は大人しく、静かだった。
 食事の準備を進める間、彼に繋がれたロープはデメトリオスの代わりに手近な木に結び付けられていたが、その木の傍で膝を抱え、上目遣いに睨み付けるようにして冒険者達の様子を見ている。
「お腹が空いたじゃろう? おいで、皆と一緒に食べよう」
 鈴麗がロープを解いて手を取ろうとしたその時。
「やだっ!」
 アーノルドは鈴麗に頭突きを食らわせると、そのまま夕闇の迫る街道へ走り出た。
 だが、日頃から運動不足で体力もない少年が、冒険者を振りきれる筈もない。
「ついでに少し走り回ってもらうか。適度な運動は新陳代謝を増進させるし、発汗による毒抜きは重要だしな」
 怜は適当に追いかける振りをしながらアーノルドを走り回らせ、力尽きた所を回収した。
「さて、良い具合に腹も減っただろう? これなら流し込むだけでいけるし、水分補給も出来る。栄養価も高いから一石二鳥だ」
 夜営地に戻った所で作っておいたスープを差し出す。だが相手はぷいと横を向いてしまった。腹の鳴る音が盛大に聞こえたが、意地でも食べるつもりはないようだ。
「アレクセイ、取り押さえておいてくれ」
 怜は本気で流し込むつもりらしい。だが、流石にそれは拙いだろう‥‥と言うより不味いのではないだろうか。一行の中に、料理自慢はいなかった。
 だが、アレクセイが町で調達してきた料理にも手を付けようとはしない。
「嫌なら無理に食べずとも良いが、他に食べる物はないぞ?」
 鈴麗が言うが、それでも顔を背けたまま。
「本当にお腹がすけば食べるであろう。好き嫌いを言えるうちは大丈夫じゃ」
 それでも水分だけは摂らせようと差し出した果汁入りの水を、アーノルドは手で払い除けた。
 その途端、厳しい言葉が四方から飛んでくる。だが、彼はそれに反抗するように落ちたカップを足で蹴飛ばした。
 ――パン!
「ごめんなさい、は?」
 アレクセイが、そのふくよかな頬を軽く叩き、両腕を押さえて上から目を覗き込む。
「悪い事をしたら、ごめんなさいだろう?」
 言い方は穏やかだが、何故か抗い難い威圧感がある。だが、アーノルドは暫く驚いたように目を見開いていたと思ったら、火が付いたように泣き出し、暴れ出した。訳のわからない事を喚き散らし、腕を掴んだアレクセイに噛みつこうとする。
「‥‥パニックを起こしたか‥‥仕方ない、少し眠って貰おう」
 背後から近付いた怜が首筋に軽く手刀を振り下ろす。その一撃で、荷物は大人しくなった。

「無理もないかのう。親から離れて不安な気持ちは判らぬでも無いからな‥‥」
 そのまま眠ってしまったアーノルドを厚めに敷いた毛布の上に寝かせ、靴擦れや転んで出来た擦り傷にリカバーをかけてやった鈴麗が言う。
 食事を摂らないのも、ただの我侭というより突然両親から引き離され、見知らぬ者達と共に過ごす事になったショックによるものかもしれない。
「こいつの不幸はあの親の元に生まれた事だ。その境遇には全くもって同情を禁じえないが‥‥」
 怜の言葉にデメトリオスも、そうだね、と相槌を打つ。
「両親の状況からして、悪いことをやったら不利益を受けるということをわからずにいると思うんだ。少しでもそれを知ってもらいたいよ」
「だから、俺達が代わりに教えてやらなきゃな‥‥恐怖で」
「ええ!?」
「いや、引くな引くな。基本的に子供ってのは親に対する恐怖的な感情から躾を身に着けるんだぞ。ぶたれたくない、嫌われたくない‥‥だから親の言う事を聞こうと思うようになる。刷り込むには一番、確実なんだ」
「それはそうだと思うけど‥‥おいらも、さっきはお尻をぶつつもりでいたしね」
「世の中が簡単に自分の思い通りに行かない物だと認識してもらわないと何も治らない‥‥まあ、取っ掛かりだけでもいい。後は目的地にいる人物が引き継いでくれるだろう」

 その夜は、幸い何事もなく過ぎた。賊もモンスターも現れず、そして荷物はぐっすりと眠ったらしい。
 翌朝、妙にすっきりとした表情で目覚めた彼は、温めてもいない夕飯の残りを飢えた獣のように腹の中に流し込んだ。
「空腹は食事を美味しくする何よりのスパイスだね」
 と、アレクセイ。
 ‥‥もう少し人間らしい食べ方をして欲しいものだが‥‥とは誰もが思ったが、とりあえずまともな食事をしてくれただけでも良しとしよう。
 食べ終わった彼に、昨夜と同じように鈴麗が果汁入りの水を差し出す。今度は素直に受け取り、カップに口を付けようとしたが‥‥
「ちょっと待ち給え、アーノルド君。人に何かをして貰った時には何と言うのだったかな?」
「‥‥?」
 この子は本気で、人として大切な事をこれっぽっちも教わっていないらしい。
「何かしてもらったらありがとう、自分が悪い事をしたらごめんなさい、だ」
「あ‥‥りがと?」
「よーし、良い子だ」
「じゃあ、ご褒美にこれ、あげるね。食べてごらん?」
 デメトリオスが小さな実を差し出す。
「‥‥あり、がと」
 アーノルドはちゃんとお礼を言ってからそれを受け取り、恐る恐る口に入れてみた。途端に、驚いたような幸せそうな表情がその顔に溢れる。
「甘いでしょ。お菓子だけが甘い食べ物じゃないんだ。気に入ったらもっとあげるよ。ただし‥‥向こうに着いてから、ね」
 デメトリオスは本当はリトルフライでの空中散歩をご褒美にするつもりだったのだが、この荷物は抱えて飛ぶには重すぎたらしい。
 その後は多少人間らしくなった荷物と共に、彼等の旅は順調に続いた。
 もっとも、歩きたくないとぐずるのは相変わらずで、今日はそこに少々えっちな悪戯が加わったりもしたが‥‥まあ、そこは彼が慣れて親しみを見せた証拠だと思って勘弁‥‥は、してくれないようで、鈴麗のハリセンが容赦なく飛ぶ。
 ともあれ、神様の気紛れか、それともちょっとしたご褒美か、街道の旅では危険な目にも遭わず、荷物は無事に届けられた。
 教育と矯正が必要なのは、この子よりも寧ろ両親の方である、との意見を添えて‥‥。