楽しい事はみんな一緒に

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月25日〜10月01日

リプレイ公開日:2007年10月03日

●オープニング

「えっと、サインってここに書けば良いの?」
 簡潔な箇条書きの文章が丁寧な字で書かれた羊皮紙を前に、ウォルフリード・マクファーレン‥‥ウォルは少し緊張した面持ちで羽根ペンを握り締めた。
 それは、彼が生まれて初めて目にする契約書という物だ。
 彼に与えられた仕事は子守。大人に対しては臍曲がりで天の邪鬼な所もあるが、小さい子に対しては面倒見が良く優しいお兄ちゃんである彼にはうってつけの仕事だ。
「子守かあ。エルも懐いてくれてるし、苦手じゃないけどさぁ」
 ウォルは手にした羽根ペンを弄びながら、目の前の雇い主にずけずけと言った。
「俺より適任な人、いるじゃん? 何で頼まないの?」
 そのぞんざいな言葉遣いを気にする風もなく、雇い主‥‥円卓の騎士ボールス・ド・ガニスは苦笑いを浮かべながら答える。
「大人の世界は色々と、不便で面倒で不自由なんですよ」
 その答えに、どうやら誘ってみた事はあるらしいとウォルは推測する。
「誘い方、下手くそだったんじゃん? 師匠ってなんか不器用そうだし、オレが代わりに誘ってやろっか?」
 ――ぺしっ。
 ボールスは何処に隠し持っていたのか、にこやかに微笑みながらハリセンでウォルの額を軽く叩く。
「サイン、お願いしますね?」
 どうやら、この話題は避けた方が無難らしいと察したウォルは素直に引き下がり、改めて書類に目を落とす。
 そこに書かれている雇用条件はただひとつ、少なくとも月に一度は親元へ帰り元気な姿を見せる事。それ以外は何をしていても、何もしなくても‥‥子守さえ、したくなければしなくても良いという緩いものだった。
「これ、ただの居候と変わりないじゃん。ほんとに良いの? オレ、何もしないで遊んでばっかいるかもしれないよ?」
「構いませんよ。誰も文句は言いませんから」
 と言うか、文句を言わせない為にその契約書を作ったのだ。それに、もし自分に何かあった時にも契約さえしておけば彼の身分と生活は保証される‥‥少なくとも当面は。
「ほんとに、良いんだね?」
 ボールスは黙って頷く。
 子守の仕事を与えたのは、ただの居候では居心地が悪いだろうと思っての事だ。それよりも、自分の手許に置く事によって彼が何かを学び、自信を付け、そして成長してくれる事をボールスは願っていた。
 それに、冒険者達も言っていた‥‥口では何を言おうとこの子はやるべき事をちゃんとやってくれると。
「じゃあ‥‥はい」
 ウォルは躊躇いながらも、お世辞にも綺麗とは言えない筆跡で自分の名前を書き入れた。
 契約完了。
 本当はもう一人、何かあった時の為に手を打っておきたい人物がいるのだが‥‥そちらはどうも、色々と難しいようだ。
「ところで‥‥ひとつ頼みたい事があるのですが」
 その契約書を机の引出に仕舞うと、ボールスは言った。
「エルの誕生パーティーの準備と‥‥それからギルドへお使いをお願い出来ますか?」
「いいけど‥‥準備って何すれば良いの?」
「それは、招待客の皆さんが何をしたいか、それによって色々あるでしょうね。私はこちらの仕事を片付てから行きますから、向こうに着くのは多分‥‥当日の昼頃になるでしょう」
「え、オレに丸投げ!?」
「私の代わりに皆さんときちんと相談して、皆が楽しめるような素敵なパーティーを作って下さいね。楽しみにしていますよ」
 必要経費は爺に言えば出してくれるだろうと言って、ボールスはウォルの背中を押した。

「‥‥それって‥‥結構責任重大じゃん?」
 独り言を言いながら、ウォルはギルドのドアを開ける。もう何度か来ているので、受付係とも顔なじみだ。
「ああ、いらっしゃい、ウォル君。居心地はどう?」
「え? ああ、師匠んとこ?」
「師匠?」
「あ、うん。なんかボールス卿って呼ぶのも改まりすぎてるって言うか、そんな雰囲気じゃないって言うか。でも、様っていうのも何か‥‥オレ、誰でも呼び捨てだし、一人だけ様なんて付けるのは不公平って言うか、でも呼び捨てには出来ないし」
 そこで落ち着いたのが「師匠」という事のようだ。
「あ、でもオレ、騎士になるって決めた訳じゃないから。勉強とかも教えて貰ってるから、そっちの師匠ね。職業は一応神聖騎士だけど、これはほら、何か決めないと勉強も出来ないから。べつに師匠に憧れてるとか目標にしてるとか、そんなんじゃないんだからね?」
 はいはい。憧れで、目標なのね。
「ところで、今日は何の用かな?」
 受付係の生暖かい微笑みには気付かずに、ウォルは答えた。
「あの、パーティーのお客さん、募集したいんだけど」
「ああ、エル君の誕生日だね」
「え‥‥何で知ってんの?」
「あ、いや‥‥ええと、ああ、そう。この間ボールス卿が言ってたからね」
 実は先程、ボールスから手紙を受け取っていたのだが‥‥ウォルには内緒だと書かれていた事を思い出し、受付係は慌てて取り繕う。
「ふうん? まあ、良いけどさ、何でも。それで、場所はここの猫屋敷じゃなくて、タンブリッジウェルズのお城。皆が集まったらオレも一緒に行くから。でも師匠は当日まで動けないって言ってた」
 パーティーは季節柄、屋内でも屋外でも構わない。森で何かを調達するならエルフ達の住む場所には立ち入らないように注意すること。その他ボールスから聞いてきた注意事項を依頼書に書き留めると、ウォルは「じゃあよろしく」と言ってギルドを後にした。

 暫く後、子供の字で書かれたその依頼書の隣に、先程の手紙と一緒に届けられたもう一つの依頼書が張り出された。
『ウォル(9月26日生まれ)の13歳の誕生パーティーも同時に行います。ただし、サプライズですので彼には秘密にしておいて下さい。去年の誕生日は入院中の事だったそうで、余り良い思い出ではないようです。それを吹き飛ばす為にも楽しく盛り上げて頂けると彼も喜ぶでしょう。参加者の皆さんの中にも誕生日が近い方がいらっしゃれば、一緒にお祝いしましょう』

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ウィンディオ・プレイン(ea3153)/ ティズ・ティン(ea7694

●リプレイ本文

「エルの誕生日であるか! めでたいであるな。お祝いするである!」
 リデト・ユリースト(ea5913)は勿論、その二日前に誕生日を迎えたウォルのお祝いも一緒に行う事を知っている。だが、それは本人には秘密の計画だった。
「パーティには勿論林檎のお菓子が必要であるな。今の季節に林檎のお菓子を食べずしていつ食べるのか、である。ウォル、一緒に買いに行くであるよ!」
 リデトは猫屋敷から出てきたウォルの袖を強引に引っ張る。
「ええ、で、でもオレ、子守の仕事が‥‥エルをちゃんと城まで送り届けないとっ!」
「それは、任せといて良いんじゃないか?」
 七神蒼汰(ea7244)がクスクスと笑いながら、少し離れた場所に張られたピンクの結界を顎で示す‥‥ちゃっかりと肩に乗ったルルが、ぷいっと横を向いた事は見て見ぬ振りだ。
「彼女がいる時は、仕事をサボっても文句は言われないと思うぞ」
「そうですね、それに‥‥」
 と、エリス・フェールディン(ea9520)。
「云われたことだけをしていては立派な錬金術師‥‥もとい騎士にはなれませんよ。これも修行の一環なんではないですか?」
「べ、べつに騎士になるつもりはないけど?」
 ウォルはちょっぴり赤く染めた頬を膨らませる。だが、子守は任せても大丈夫という部分には同意したようだ。
「では、行くである。どこの店が美味しいか私はちゃんと知ってるである。任せるである!」
 少年と二頭の馬、そして二匹の犬が小さなシフールに引きずられるようにして出て行く姿を見送りながら、陰守森写歩朗(eb7208)は見送りに出た執事達に訊ねた。
「皆さんはご一緒されないのでしょうか?」
「わしらはいつも、内輪で祝っておりますでな。それに、こちらの屋敷を無人にする訳にも参りますまい。お気持ちだけ、有難くお受け致しましょうぞ」
 執事は相変わらず結界の中にいる王子様を生暖かく見守りながら、王子と坊ちゃまをよろしく、と頭を下げた。
「お〜い、置いてっちまうぞ〜?」
 蒼汰に声をかけられ、クリステル・シャルダン(eb3862)はエルを戦闘馬の前に乗せると、慌てて結界を離れた。
「あれ? ペガサスは?」
 見ると、一緒に連れていたペガサスのスノウはボールスと一緒に大人しく主人を見送っている。
「ボールス様も途中で立ち寄る所がある様ですし、少しでも早く着いた方がエルも喜ぶと思いますの」
 確かに馬を使うよりも、空を飛んだ方が遙かに速い。
「ああ、なるほど‥‥預けて行く訳だ。流石に気が利くな。しかし‥‥」
 立ち寄る場所と聞いて、蒼汰はふと思い出した。
 エルの誕生日という事は先の奥方の‥‥
「いや、楽しい日に無粋な事は言わない方が良いか」
 同じ様に生まれて直ぐに母親を亡くした蒼汰は、せめてそれを知るまでは、誕生日は嬉しく、楽しいだけの思い出であって欲しいと願う。
「‥‥これから先、何があっても大丈夫なように、楽しい思い出をしっかり作ってやらないと、な」
 蒼汰は独り言のようにそう呟くと、懐に入れた子狐をエルに見付からないようにと、馬を急がせた。
「道中気を付けてな、蒼汰殿」
 そんな彼の背中を、兄貴分であるウィンディオ・プレインは目を細めて見送っていた。
「蒼汰殿ももう18か。初めて会った頃はまだ10になるかならないかだったのにな‥‥」
 そして、主人に一礼すると屋敷を後にする。しかし彼はまだ知らなかった。そのすぐ後に、再びこの猫屋敷を訪れる事になろうとは‥‥。

「はじめまして。クァイ・エーフォメンス(eb7692)と申します。よろしくお願いいたします」
 タンブリッジウェルズに着いて暫く後、全員が揃った所を見計らってクァイは初めて顔を合わせる者達に丁寧に挨拶し、ついでに連れていた小さなボーダーコリー、キルケニーも紹介する。
「パーティの準備が整うまで、この子をエルと遊ばせても構いませんか?」
 かーさまであるクリスに許可を求めてから、クァイは子犬の頭を撫でて、待ち構えているエルの方へと促した。エルはいつものように、子犬に向かってきちんと挨拶をしてから、触っても良いかと訊ねている。
「よし、じゃあ俺も‥‥」
 そんな様子を見て、蒼汰も懐から子狐を引っぱり出した。
「よっ、元気そうだなエル」
 ふわふわの頭をくしゃくしゃと撫でる。だが、エルはきょとんとした顔で見上げていた。
「おいおい〜、ま〜た忘れちまったのか?」
 まあ無理もない。最後に会った時とは服装も雰囲気も全く違うのだから。
 漸く思い出したらしいエルに、蒼汰は首にリボンを巻いた子狐を手渡す。
「ちょっと早いが‥‥ほーら、4才の誕生日のプレゼントだぞー」
「うわあ、ちっちゃい‥‥わんこ? じゃ、ないよね‥‥えと、そだ、きつねさん!」
「そうだ。仲良くな♪」
「うん! あいがとー! えと、おなまえは?」
「それはエルが自分で付けるんだ。この子はエルの弟分だからな」
 言われて、エルは一生懸命に名前を考える。
「えと、えと‥‥えとね、ふわちゃん!」
 ‥‥その名前が似合うのは今だけのような気もするが‥‥まあ良いか。
 そして、二匹の小さな犬と狐を引き連れて、小さなご主人様は庭へと駆け出して行く。
「皆様お久しぶりですわ」
 その姿を目で追いながら、サクラ・フリューゲル(eb8317)も改めて皆に挨拶をした。
「ウォルさんもお元気でしたか?」
「あ、うん。元気‥‥だけど。あのさ、いいから、オレの事は呼び捨てで。オレも皆の事、呼び捨てだし」
「え‥‥」
 サクラは「う〜ん」と困ったように、そして恥じらうように首を傾げた。
「承知しました。その方が良いのでしたら‥‥ウォル」
「うん、それで良し!」
 偉そうに言ったウォルは顔を綻ばせる。サクラが呼び捨てにするのは未来の旦那様だけと決めていた、などという事は知る由もなかった。
「でもさ、何してたの? 買い出ししてたオレ達より遅いなんて」
 サクラが到着したのは皆よりもだいぶ遅れての事だった。向こうで何か、用事でもあったのだろうか?
「それは、秘密ですわ」
 パーティの当日を楽しみに、と、サクラは微笑んだ。
「ところで‥‥エルさんのプレゼント選びに付き合って頂けますか? ウォルなら、エルさんが何を欲しがるかもご存知でしょう?」
「まあ、いいけど‥‥店の場所くらいは大体覚えたし。でも、オレに選べとか言うなよ? センスないんだから」
 連れだって出掛ける二人を見送りながら、メアリー・ペドリング(eb3630)が言った。
「では、ウォル殿のいないうちに、見られては拙い物の準備を進めておくとしようか」

「どうだろう、看板より垂れ幕の方が良くないか? 丸めて隠しておけるし‥‥」
 看板を設置してはどうかと言うメアリーに、蒼汰が言った。
「ふむ、看板だと重いし、もし落ちでもしたら危険でもあるか‥‥いや、私としては華やかに飾り付けが出来れば良い。蒼汰殿にお任せするとしようか」
 任された蒼汰は持参した長い布‥‥なんとなく、フンドーシに見えなくもないが、それよりも更に長くて大きな物‥‥に、インクで文字を書き、それを丸めて会場の一角に設置した。留めてある紐を外せば、一気に垂れ幕が降りる仕掛けだ。
 他の者は色とりどりのリボンや布で飾りを作る。それを飾るのは三人のシフール‥‥リデトにメアリー、それにルルの役割だ。
「‥‥ルル、元気であるか?」
 高い場所にリボンを結び付けながら、何となく不機嫌そうなルルにリデトが恐る恐る話しかける。
「勿論、あたしはいつでも元気よ? それともナニ? 何かあたしが元気じゃなくなるような事でもあるって言うの?」
 やたら突っかかるのは元気な証拠と喜ぶべきか?
 他には室内からテーブルや椅子を運び出したり、はたまた買い出しに出掛けたり‥‥錬金術で蒸留酒作りに挑戦している者もいるが、果たして望みの物が出来るのだろうか?
 そう言えば誰か一人、足りないような気もするが‥‥

 その「足りない一人」マイ・グリン(ea5380)は、いつものように城へ着くが早いか、厨房に籠もりきりで食事作りの準備に勤しんでいた。
 ケーキやお菓子、それにパスタを作る為にも、材料をこねて寝かせる時間が必要だ。そして、いつもの材料を煮崩したスープを作るのにも時間がかかる。とても仲間達に顔を見せている暇などなかった‥‥。

 一方もう一人の料理担当、森写歩朗は、フライングブルームで飛び回りながら猟師、漁師、農業などを営む人々の元へ直接食材の買い付けに出向いていた。
 その方が市場で買うよりもさらに新鮮な物が手に入るだろうという目論見だったのだが‥‥彼は行く先々で人々の物珍しげな視線に晒されるハメになった。キャメロットから比較的近いとは言え、外国人‥‥しかも遠くジャパンから来た者の存在は、町中ならまだしも、郊外で自然と共に暮らす人々にとってはやはり珍しいのだろう。中には話しかけられても返事さえしないような者もいた。
 だが、彼の目的を知るとその多くが態度を軟化させ、饒舌になる。
「何だい、領主様んトコの坊ちゃんのアレかい! それならそうと、早く言ってくれよ!」
 ボールスの評判はなかなか良いようだ。
「まあな、無駄な戦さえ起こさなきゃ、誰だって良い領主さ。あの人が来る前は、そりゃあヒドイもんだったからな」
 この土地は以前、相続権を巡る争いで内乱になり、統治者不在の状態が長く続いていたらしい。
「それにほれ、あの人はなんつーか、あんな感じだろ? 何となく世話を焼きたくなるんだよなあ‥‥っつーワケで、ほれ、持ってけ!」
 そんな調子で、材料の殆どがタダで手に入ってしまった‥‥しかも大量に。
「これは‥‥塩漬けや燻製もメニューに入れた方が良いかもしれませんね‥‥」

 そして、サクラとデート(?)中のウォルは、タンブリッジウェルズの城下町をあちこち案内して回っていた。
 町はキャメロットほどの賑わいはないものの、活気に溢れ、人通りも多い。距離も比較的近く、街道で直接結ばれているせいか、店の品揃えはキャメロットと比べても殆ど遜色がない程だった。
「ウォルだったら、何が欲しいですか?」
 あれこれと迷いながら、サクラがさりげなく訊ねる。
「オレに聞いてどうすんのさ? 選ぶのはエルのプレゼントだろ?」
「それはそうですが‥‥その、参考までに」
「べつに、欲しい物なんか‥‥うん、まあ、あるにはあるけど」
 今まで神聖騎士になる事など夢にも思わなかったウォルは、神学の勉強などまともにした覚えがなかった。勿論、聖書など真面目に読んだ事もない。
「今は師匠から借りてるんだけど‥‥うん、やっぱ自分のが欲しいかな。ちゃんと勉強しないと、オレまだ魔法も使えないし」
 やっぱり神聖騎士になる気は満々らしい‥‥本人は頑なに否定しているが。

 準備も殆ど整った、パーティーの前日。
 ウォルからポイントを教わったクァイは、サクラを釣りに誘った。
「この時期はマスがたくさん釣れるそうですね。ウォルに聞きましたが、ボールス卿は釣りが得意らしいですよ」
 確かに、ぼ〜っと釣り糸を垂れている姿が似合いそうだ‥‥まあ実際は非常時の食糧確保の為に、狩猟と共にいつの間にか身に付けてしまった技術なのだが。
「たくさん釣れたら、ジャパン風に料理してみましょうか‥‥」
「ジャパン風、と言うと?」
 クァイに問われ、サクラは考える。
「ええと、串焼き‥‥でしょうか。それに、塩焼き‥‥?」
 どちらも同じように聞こえるが。しかし、他の調理法は思いつかなかった。
 そのすぐ近くでは、クリスがエルと共に木の実を拾っていた。
 去年の今頃は、彼にとっては木の実は全て「どんぐり」だったが、今年はちゃんと見分けが付くようだ。しかも、どの実がどこに落ちていて、どれが美味しく食べられるか、そんな事までわかるようになっていた。
「えゆふのひとたちに、おしえてもやってゆもん」
 と、エルは言う。ここはエルフ達の森ではないが、彼等は今もどこかで、こっそりと見守っているのかもしれない。

「これは‥‥やはり塩をもう一樽、用意した方が良いでしょうか」
 城に戻ったクァイとサクラの、どう考えても一度には食べきれない収穫物を前に、森写歩朗が言う。
 城の備蓄には丁度良いかもしれない‥‥魚ばかりというのもどうかとは思うが。
 それを見てマイの目が光る。どうやら魚料理でもレパートリーを増やすつもりらしい‥‥。

 そして翌日。
「とーさま、おそいね」
 昼頃には着くと言っていたボールスは、まだ来ない。
 その頃、迎えに行ったクリスはクラウボロー領主館の門前にひとり佇んでいた。その手には花束が抱えられている。今日はエルの誕生日であると共に、その生母フェリシアの命日でもあった。
 暫く後、その目の前にペガサスの王子様が舞い降りる。
「すみません、遅くなりました」
 謝るボールスに、クリスは微笑みながら首を振った。
「でも‥‥」
 やはり、ボールスが墓前に行く事はジャスティンによって拒絶されたようだ‥‥勿論、エルの誕生パーティの出席も。
 だが、それは最初から予想していた事だ。
「私はここで待っていますから‥‥お願いします」
 ボールスは持っていた花束をクリスに手渡す。
「あの、ボールス様」
 クリスは花束を二つ両腕に抱えると、少し躊躇いがちに訊ねた。
「あの十字架を‥‥エルにあげてはいけませんか?」
 先日エルが母親の墓に掛けた、形見の十字架。
「あれを、もう一人のお母様からの贈り物としてエルに渡したいのです。フェリシア様の想いのこもった十字架ですもの、きっとエルを守ってくれますわ」
 だが、ボールスは首を振った。
「あの子には、守ってくれる人がいるでしょう?」
 と、クリスを見て微笑む。
「それに、そんな物がなくても‥‥フェリスはいつでも、あの子を見守っていますよ」
 エルにはいずれ、事実を話す時が来る。その時になって母親の形見が欲しいと言われれば、ボールスはそれを渡すつもりだった。母親の事が知りたいと言われれば、自分が知る限りの事‥‥あまり多くはないが‥‥を、話してやろうと。だが、今は‥‥正直、思い出したくなかった。
 フェリスの事を過去として忘れるのではなく、エルのもう一人の母として、家族として大切にしたい。クリスはそう考えていた。ボールスも以前なら‥‥「事実」を知る前なら、そう考えただろう。いや、今でも彼女の事を大切に思ってはいる。しかし、自分に非があると感じていても尚、信じていた者に裏切られたという思いは、彼の心に深い傷跡を残していた。
「忘れる事など出来ないし、許される筈もない事はわかっています。でも‥‥せめて、あなたといる時だけは忘れていたい。あなただけを想っていたいのです」
 例えその想いを遂げる事が出来なくても。
 それに、後ろを向いている暇などないのだから‥‥。

「おっそいな〜、何やってんだろ?」
 城門の前で、ウォルがウロウロと落ち着きなく歩き回っている。
 クリスが呼びに行った客人は、もうとっくに自前の馬で城に着いていた。
 と、何か白いものが上空でキラリと光った。
「‥‥もう! 遅いよ! 陽が暮れちゃうじゃないか!」
 そう叫ぶウォルの頭上を飛び越して、ペガサスは城の前庭に舞い降りる。
 その後を追って走るウォルの腰から、物入れの紐が解けてぽとりと落ちた。
「あれ?」
 拾おうとしたウォルの指先から、それはするりと逃げる。
「あ、コラ! 待て! ってか、どうなってんだよ!?」
 それは、メアリーのサイコキネシスで巧みに操られていた。
 夢中で追いかけたウォルが漸くそれを捕まえ、顔を上げると‥‥
「誕生日おめでとう!」
 周囲から声が上がり、同時に目の前の垂れ幕がばさりと下ろされる。そこには大きな字で『Happy birthday エルディン&ウォルフリード』と書かれていた。
「え‥‥オレ‥‥も?」
「一昨日だったよな? おめでとう」
 驚くウォルの肩に、蒼汰が後ろから巡礼者の法衣をばさっと掛けて、頭をぽふり。
「お前さんもちゃんと楽しめよ?」
「え? ええっ!?」
「驚くのはまだ早いですわ、ウォル」
 サクラの後ろにうるのは‥‥
「か、母さん、ウィル!?」
 母親と、弟の姿だった。
「な、なんで‥‥!?」
 未だに事態が飲み込めていない様子のウォルの頭を、ボールスが掻き回す。
「サプライズは上手くいったようですね。それに‥‥お疲れ様」
 呆然と立ちすくむウォルの手に、プレゼントが次々に手渡される。
 リデトからは柄にリボンを結んだシルバーナイフ。
「災いを断ち切る意味の縁起物であるし、普通に手に入る武器で対処出来ない相手の時に使うと良いである。ゴーストとか」
 エリスからは‥‥
「他の円卓の騎士も知っておいた方がいいですよ」
 可愛い色のリボンをかけた、アグラヴェインの肖像画を渡された。
「うわあっ! ナニコレ怖ぇっ!?」
 ‥‥失礼な。
 本当は錬金術で蒸留酒を作り、いつか将来、辛いと思った時に、楽しかった今を思い出しながら飲んで欲しいと渡すつもりだったのだが‥‥どうも、高度な物を作り出すには設備も時間も足りなかったようだ。
「勉学や料理に使っていただけるとありがたいのであるが‥‥」
 と、メアリーからはイギリス王国博物誌を渡される。
 クリスからは十字架のネックレス、森写歩朗からはふわふわぐろーぶ、クァイからはフィシオログスが贈られた。
 マイからは愛用の白やぎ黒やぎのデザートナイフが贈られた。
「え? 良いの? だってこれ、いつも料理に使ってた奴じゃ‥‥」
「‥‥お下がりのような形なってしまうのが心苦しいのですけれど。‥‥料理の道を選ばなくても、幅広く使って貰えるのではないかと‥‥」
 そしてサクラからは、聖書。
「ウォル、誕生日おめでとうございます♪」
「え‥‥と、あの、ありがと‥‥みんな‥‥」
 ウォルの両腕はプレゼントでいっぱい。意に反して目から溢れてくるものを拭う事も出来なかった。

 一方、主役のエルもプレゼントの山に埋もれてご満悦だった。
 可愛いやぎ手拭いに、解説付きの絵双六、スターサンドボトル、バタフライブローチ、フットボール、子猫のミトン、天使の羽飾り、そしてウォルの助言でサクラが選んだファー・マフラー。ふわふわのそれは、森写歩朗が贈った子猫のミトンにぴったりだった。これで「まるごとえんじぇる」でも着せて、クァイが贈った天使の羽飾りでも付ければキュート抵抗の低い誰かさんでなくても、その可愛さに骨抜きにされる事間違いナシだ。
 そして、ボールスが二人に贈ったのはパラのマント。じっとしていなければ効果がないとは言え、姿が見えなくなるのは子供にとっては魅力的だろう‥‥まあ、送り主の本来の意図は別の所にあるのだが。
 そこへマイが、まるでクリスマスツリーのような形をしたケーキを運んで来る。ヨーグルトとベリーのジャムを混ぜたソースでトッピングしてあり、その天辺には火のついた蝋燭が四本乗っていた。
 ボールスに抱き上げられたエルが、顔を真っ赤にしながらそれを吹き消す。
 隣のテーブルでは13本の蝋燭が一気に吹き消された。
「誕生日おめでとう!」
 改めて、祝福の声が上がった。
「おめでとうございます、何歳になられたのですか?」
「よっつー!」
 知っていながらわざわざ問いかけた森写歩朗にエルが元気に答える。
「メアリーさんも、おめでとうございます。少し早いですけれど‥‥」
 10月3日生まれのメアリーに、クリスが天使の羽飾りを差し出した。
「‥‥! 私に、であるか‥‥?」
 自分もプレゼントを貰えるとは思っていなかったのだろう、メアリーは驚き、うろたえる。
「あ、有難く頂戴いたすとしよう‥‥こ、この礼は必ずや‥‥!」
「な〜にカタいコト言ってんのよ!」
 ルルがその背中をバシバシ叩く。
「素直に貰っときなさいって! ほらほら、付けてみなさいよ似合うから!」
「い、いや、私はそのような物は‥‥っ」
「なによ、要らないならあたしが貰っちゃうわよ?」
「いや、誰もそのような事は‥‥っ!」
 賑やかなシフール達が飛び回る下では、お腹を空かせたウォルが料理に夢中だった。
「ウォルは好き嫌いはないのですか?」
 森写歩朗が訊ねる。
「うん、今はね。前はけっこう偏食っていうの? それだったけど」
 しかし病気で成長が遅れた分を取り戻すには、好き嫌いを言わずに何でも食べるしかない。
「それに、食べてみると案外何でも、それなりに美味しいんだな〜って‥‥うん」
 それに気付いたのはマイの料理のお陰だったが、そんな事は言えない。彼女に料理を習いたいとも秘かに思っていたりするが、それも言えない。その代わりに、猫屋敷の料理長‥‥と言っても料理人は一人しかいないが‥‥の仕事を時々手伝ったりして、ついでに色々教えて貰おうと目論んでいた。ただし、まだ皿洗いしかさせて貰えなかったりするのだが。
「‥‥それにしても、ボールス卿のトコに住み込みたぁ羨ましい奴め」
 蒼汰がウォルの首にがっしりと腕を回し、その頬を拳でうりうりとこねくり回す。
「なんだよ、羨ましいの? だったら、そーたも頼んでみれば? 師匠、いっつも忙しそうだし、きっとすぐ雇って貰えると思うけど‥‥書類の整理に」
「いや、俺はそっち方面は‥‥なあ?」
 なあ、と言われても、なあ?
「‥‥星の砂は、元々は生物の一部なんですよ」
 向こうでは、エリスがエルに絡んで‥‥いや、プレゼントしたスターサンドボトルの中身について解説している。
「せーぶつ?」
「生き物の事ですよ」
 だが、エルにとって生き物とは「ふわもこ」の事。固くサラサラした生き物など想像も出来ない。
 それよりも、エルの興味は後ろで妙な踊りを披露しているリデトと愛犬おにぎりの方にあった。リデトが適当に飛び回る後をおにぎりが追い、適当に飛び跳ね、回る。それだけの物だったが、動物好きにはそれだけでウケるのだ。
 そして「たばなた」の際にやっとの思いで回収した人形達を使ったメアリーの空中追いかけっこに笑い転げる。
 そんな無邪気な姿に目を細めるのは、フェリスの乳母だ。もう一人の母親の「母さま」として紹介された彼女を、エルはいつの間にか「おばーちゃ」と呼んでいた。もう一人の、という意味をどこまで理解しているのか、それはわからないが‥‥
「おばーちゃも、おにごっこしよ!」
 鬼ごっこに隠れんぼ、それに、リデトに貰った絵双六と、遊びのネタは尽きない。

 はしゃぎ回るエルが漸く大人しくなったのは、すっかり陽が暮れてからだった。
「エルって案外タフだね‥‥若いって良いなあ」
 などと、クリスの膝を枕に眠ってしまったエルを見て、13歳になったばかりのウォルが溜息をつく。
 エルを子狐やぬいぐるみと一緒にベッドに寝かしつけ、ここからは大人の時間‥‥と言っても、やる事は昼間と大して変わらないが。
 エリスはスウィルの杯で酒を飲みながら、相変わらず錬金術の話に花を咲かせている。
「でもさあ、錬金術って時間かかるじゃん? だったら魔法でぱぱっとやっちゃった方が良くね?」
 簡単な実験を見たウォルが、そんな感想を漏らす。
「あなたはまだまだ、錬金術に対する理解が足りません。錬金術は魔法よりも素晴らしいのです。あなたも弟子をしっかり教育してくれなければ困ります!」
「エリス‥‥酔ってる? ほらほら、邪魔しない!」
 ボールスに絡みだしたエリスを引き離そうとしたウォルは、彼女が異性に触れると女王様になってしまう事を思い出したが、時既に遅し。
 ますます手が付けられなくなった彼女とその周辺の惨事(?)を余所に、メアリーが呟く。
「エル殿もウォル殿もどんどん大人へ近づいておられるのであるな」
「まあ、ウォルはともかく、チビちゃんが大人に近付いてるっていうのは信じられないってうか、はっきり言ってこれ以上大きくなって欲しくないんだけど」
 ルルが茶々を入れるが、メアリーはお構いなしにシフールサイズの酒杯を傾ける。
「今は一生懸命修行や勉学を行い、大成していただきたい‥‥未来は輝いている」
 その背後では、クァイがアイの竪琴を奏で、歌を口ずさんでいた。
 静かな楽の音に誘われ、ウォルも眠気に襲われる。
 彼の幸せな一日も、もうすぐ終わろうとしていた。

 ‥‥翌朝、久しぶりの休みにいつまでも目を覚まさないボールスの枕元には、リボンをかけられた小さな箱が置かれていた。
 それを置いた人物の胸元から十字架のネックレスが消えている事には、まだ誰も気付いていない‥‥。