【リトルバンパイア】我が心の天使
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月08日〜10月13日
リプレイ公開日:2007年10月16日
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●オープニング
「‥‥アンジェ‥‥?」
誰かの気配を感じたのか、少年はベッドに横たわったまま、枯れ枝のような腕を窓に向かって伸ばした。
だが、そこには誰もいない。
「レナード、風が冷たくなってきたわ。もう閉めるわよ?」
母親が窓辺に歩み寄る。だが、レナードと呼ばれた少年は僅かに首を振った。
「閉めないで‥‥アンジェが、来るかもしれないから‥‥」
そこから少し離れた高い木の上で、ひとりの少女がそんなやりとりを冷ややかに眺めていた。
「‥‥人間って案外しぶといのね‥‥下等生物のくせに。それとも、下等だからしぶといのかしら?」
少女はクスリと笑った。
「‥‥面白いわ」
それは今から三週間ほど前の事。
とある町に、医師から天に召されるのも時間の問題だと言われ、ベッドに寝たまま、ただその時を待っていた少年がいた。
そんな彼の元に、いつの頃からか現れるようになった少女。
金色のふわふわの髪に、青く大きな瞳。天使のように愛らしく、柔らかな微笑みをたたえた少女は、ある時はただ黙って少年の枕辺に立ち、ある時は励まし、他愛もない話をして少年の心を慰めた。
名前も名乗らず、気紛れに訪れ、そしてどんなに長くても共に過ごすのは一時間。他の者の気配を感じると魔法のように消えてしまうその少女に、彼はアンジェと名付け、その訪問を待ちわびるようになった。
アンジェと出会ってから、少年は見違えるように元気になり、一時はこのまま回復するのではないかと思われた。
だが‥‥ここ一週間ほど、アンジェは姿を見せていない。
少年は以前にも増して痩せ衰え、今や誰の目にも死期が迫っている事は明らかに見えた。
「もう一度アンジェに‥‥僕の天使に会いたい」
それが、彼の最後の望みだった。
「‥‥その子を、探して欲しいのです」
冒険者ギルドの受付の前で、レナードの父は言った。
「金髪で、青い目。頭に黒い大きなリボンを付けて、ひらひらの黒いドレスを着ている10歳前後の少女‥‥と、息子は言っています。名前もわからないが、天使のような子だと‥‥」
手掛かりはそれしかない。だが、町で見かければ必ずわかる筈だと、レナードは言っていた。
「とても人間とは思えないほど、可愛い‥‥いや、美しい少女なのだそうです。本当に、天からの使いかと見紛う程に‥‥」
その子に会いたいという、その願いが叶ったら、息子はそのまま死んでしまうかもしれない。
しかし、その最後の願いを、両親はどうしても叶えてやりたかった。
数日後の夜。月明かりも殆どない中、窓辺に小さな人影が舞い降りた。
暗闇に赤い瞳が光り、口元からは大きな犬歯が覗いている‥‥だが、その姿が一瞬黒い光に包まれたかと思うと、それは天使のような愛らしい少女の姿に変わっていた。
「‥‥あーあ、干っからびちゃって‥‥不味そう。それに‥‥この死にかけたニオイ、たまんないわ」
少女は寝ている少年の顔を覗き込み、鼻の頭に皺を寄せる。
「でも、今日のあたしは機嫌が良いの。どう? こんな寝たきりのツマンナイ人生とはサヨナラして、あたしと一緒に夜の世界で生きてみない?」
少女は楽しそうにクスクスと笑った。
「あたしは下僕を縛り付けたりはしないわ。あんたは好きなように生きればいい」
その声に、レナードは目を覚ました。
「‥‥アンジェ? ああ、僕の天使、迎えに来てくれたんだね?」
真っ暗な筈の部屋の中で、何故かレナードには少女の姿がはっきりと見えた。
柔らかな微笑みが、彼の心を満たす。
「そうよ、レナード。あなたに永遠の命を‥‥」
翌朝。
いつものように、今朝は無事だろうかと不安を抱えながらドアを開けた母親が見たものは、高熱を出して苦しむ息子の姿だった。
●リプレイ本文
「‥‥なんてこった、この傷痕は‥‥」
少年の首筋を見たベアトリス・マッドロック(ea3041)は、思わず言葉を呑み込む。
天使に会いたいと言う少年、レナードに直接会って詳しく話を聞きたいと思い、依頼人の家を訊ねた冒険者達が目にしたものは、原因不明の高熱を出して苦しむ彼の姿だった。
先頃の依頼で同じような症状を目にし、それをただの熱病と見誤ったが故に起きた悲劇を目の当たりにした記憶も新しい彼等は、すぐさま吸血鬼の存在を疑ったのだ。
「旦那、奥さん。追撃ちを掛けたかァないが、聞いて貰わにゃなるまいよ」
ベアトリスは高熱の原因と、それをもたらした存在について両親に話して聞かせる。
「バンパイア‥‥?」
「まずは決めて貰う必要があるな。こいつを治療して人間として死なせるか、それともバンパイアとして俺達に滅ぼされるか‥‥」
クオン・レイウイング(ea0714)が言った。
「坊主本人に決めさせるのが一番だろうが、この状態だ。代わりにあんたらが決めるしかないだろう‥‥どっちを選ぶ?」
「ま、待って下さい。そんな、そんな事を急に言われても‥‥!」
両親はこれまで、バンパイアなどというものの存在さえ知らなかったようだ。
「この子はどうなるのですか? その、化け物になってしまうのですか!?」
「いいえ、一週間以内に適切な治療をすれば大丈夫ですわ。まだ充分に間に合います」
クリステル・シャルダン(eb3862)の柔らかく穏やかな‥‥悪く言えばのんびりと危機感のなさそうな微笑みを見て、両親も多少は安心したようだ。
「じゃあ‥‥ちょっとやってみるかね」
クリステルが念の為に張ったホーリーフィールドの中で、ベアトリスがピュアリファイの魔法を唱える。それと同時にクオンが清らかな聖水をふりかけた。
しかし‥‥期待したような効果は得られなかった。例え同時に使っても、複数のダメージが合計される事は残念ながらないようだ。
「やはり教会に運ぶしかないか」
閃我絶狼(ea3991)が溜息をつく。
「問題は、その旅に耐えられる程の体力が残されているかどうかだな」
熱を出している間は死ぬ事はないだろうが、浄化した途端にポックリ逝きそうな気がする。
「それについちゃ祈るしかないけど‥‥最悪でもせめて人のまま主に召されるよう、運ぶ事を許しちゃ貰えないかい?」
ベアトリスの言葉に両親は互いの顔を見合わせる。どうすべきか、迷っているようだ。
「厳密に言えば私達が受けた依頼はアンジェという子を探してレナードさんに会わせる事という、それだけです。その意味では余計な世話かもしれませんが‥‥」
状況に合わせた依頼内容の変更は可能だと、シエラ・クライン(ea0071)が言う。
「言いにくい事ではあるが‥‥この子が魔物となれば我々はそれを滅ぼさねばならぬ。わが子を討伐されたい訳ではあるまい?」
メアリー・ペドリング(eb3630)が言った。
「たとえ助からなくとも人として死なせてやる。天上でレナード殿が幸せになる事、それがせめてもの救いではなかろうか」
両親はその言葉に躊躇いながらも頷き、少年は荷馬車に乗せられてキャメロットの教会に運ばれる事になった。
「では私達はその間に、その天使を探しましょう」
「そうだな‥‥だがその前に確認しておきたい事がある」
九紋竜桃化(ea8553)の言葉を受けてマナウス・ドラッケン(ea0021)が言い、両親に向き直る。
「この数日レナードに会ったのは、お二人以外にはそのアンジェという娘だけ‥‥それは間違いないだろうか?」
「はい」
「‥‥となると、その娘が元凶‥‥つまりバンパイアである疑いが濃くなる訳だが。もしそうだったとして、それでもまだ、その子に会わせたいと思うか? 会わせても良いのか?」
「少女が吸血鬼だと伝えれば、レナードさんは心の支えを失ってしまうかもしれません。でも、伝えなければ再び現れる危険性が残ります‥‥どうなさるかは、ご意向を尊重しますわ」
個人的には伝えずに済ませたいと思いつつ、クリステルが訊ねた。
「それと知らせずに、会わせてやる事は出来ませんか?」
父親が言った。例え相手が何であろうと、それが息子の最後の望みならば‥‥
「それが危険なものであっても、あなた方がいれば守って下さる‥‥そうでしょう?」
レナードと両親が二人のクレリックと、空から警戒に当たるシエラに付き添われて町を出た後、残った冒険者達はそれぞれに「アンジェ」を探し歩いていた。
「まあ昼間は多分行動しないだろうからな」
絶狼は目撃情報の他に、誰も使っていない屋敷等が近辺に無いかを探る。
「それっぽいのが見つかったら全員で昼のうちに押しかけるのも手だが‥‥そう簡単には見付からんかね?」
桃化も依頼人から聞いた特徴を元に町で聞き込みをするが、黒いドレスに黒いリボン、それにとても人間とは思えない程に美しいと言われた、そんな嫌でも目立つであろう特徴にも関わらず、目撃情報は全く得られなかった。
「やはり、バンパイア‥‥昼間は活動しないという事でしょうか。何やら、嫌な予感がしますわ」
レナードが教会に運ばれたとは知らず、夜中に彼の様子を見に来るかもしれない。そこで網を張っていた方が簡単に見付かるだろうか‥‥?
一方、クオンは地元の者に聞いて周囲の地図を作り、その上にダウジングペンデュグラムを垂らす。
「先ずは坊主の所に通ってきた小娘のいる場所‥‥か」
だが、ペンデュグラムは所詮は占いの道具。例え地図や情報が正確だとしても、常にそこから正確な情報が得られるとは限らない‥‥ましてや占いの技術を持たない者が使えば尚更だ。
「‥‥まあ、駄目で元々だからな」
その2日後の夜。
家に戻ったレナードの元へ、それは現れた。
「‥‥あんた達、最近あたしの事を色々と嗅ぎ回ってるみたいね。ついでに余計な事もしてくれたみたいじゃない?」
外で見張りをしていたメアリーに、口元の犬歯を剥き出しにした少女が言う。
「アンジェ‥‥?」
「そうね、あの子はそう呼んでるわ。あたし、あの子に会いに来たんだけど、通してくれない?」
「会ってどうする?」
「決まってるわ。もう一度、あの子を助けてあげるのよ」
「それは‥‥残念だったな。レナード殿は、もう‥‥」
彼にはもう、回復するだけの体力は残っていなかった。教会で浄化を受けた直後、そのまま眠るように天に召されたのだ。
「なぁんだ、死んじゃったの? つまんない」
笑いながら言うアンジェの背に、背後の死角に身を隠したクオンが矢を放った。
「人の心を弄んだ報いだ。その心に恐怖を刻め。黒衣の死神の姿を!」
だが、それは予め張ってあったホーリーフィールドで防がれる。
「弄ぶ?」
すぐさま呪文を唱え直してからアンジェは言い、物音を聞きつけて部屋の中から姿を現した冒険者達を眺めた。
「あたしはあの子を生かしてあげたいと思った‥‥それのどこがいけないの?」
「自我を失い不死者として彷徨うものを、生きているとは言わないでしょう。人の魂を踏み躙るような真似は絶対に許しません」
シエラが言う。
「多くの人がいる中から、何故レナードさんが選ばれたのかは分かりませんし、問うつもりもありませんけど‥‥」
「いや、俺は聞きたいね」
マナウスが言った。
「何故レナードだけを眷属にしようとした? 他には手を付けずに」
「あたしは小食なのよ。それに‥‥誰かを好きになるのに、理由が要るの?」
「吸血鬼にそんな人間臭い感情があるとは初耳ですね」
自らにオーラパワーとオーラエリベイションを付与した桃化が剣を抜き放つ。
「でも、人間は大切な人の魂を穢してまで、命を引き延ばそうとは思いません!」
彼の両親がそう決断を下したように。
「‥‥で、結局のところ‥‥こいつは倒しちまって良いんだよな?」
絶狼も剣を抜く。彼女に会いたいと言っていた、その少年が亡くなってしまった今、倒す事に遠慮は無用だろう。
「ふ〜ん? あたしを倒そうって言うの? 何も悪い事してないのに?」
「してるだろうが!」
背後でクオンが弓を引き絞る。
「あの子を死なせない為にした事よ。あたしは、あの子を助けようとしたのよ? 手段は間違ってたかもしれない‥‥でも、あたしに出来る事はそれしかなかった‥‥」
アンジェは赤く光る両の目から、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「あんた達にとっては、あたしの存在そのものが悪なのかもしれない。でも、あたしは悪い事をする為に生まれて来た訳じゃないわ!」
「‥‥血を残して肉を食らう事も、肉を残して血を食らう事も、行為として大差は無い。俺はそんな事を悪とは言わない。俺達とお前達の差があるとすれば、それは糧となるモノに対する感謝だ」
マナウスの言葉に、アンジェは涙を浮かべたまま鼻を鳴らした。
「大きなお屋敷の裏には、いつも食べ物が捨ててあるけど? ‥‥まあ良いわ。そっちがその気なら、あたしも期待通りに暴れてあげる。楽しみにしてなさい」
けろりとした顔でそう言うと、アンジェは真っ黒いコウモリに姿を変えて飛び去る。
「待て!」
クオンが放った矢は空を切り、乾いた音を立てて地面に落ちた。
「‥‥ごめんなさい、何のお役にも立てなくて‥‥」
帰り際、目を赤く腫らしたクリステルが両親に頭を下げた。だが、見送りに出た彼等の表情は穏やかだった。
「いいえ、あなた方のお陰で、あの子は安らかに旅立つ事が出来ました。本当に、感謝しています」
彼等は知る由もなかったが、あの夜、アンジェに噛まれた時にレナードの願いは叶っていた。そして、彼が意識を失う直前まで感じていたであろう幸せな想い‥‥それを抱いたまま、逝く事が出来たのだから。
アンジェの言葉が本心から出たものか、それとも芝居なのか、それはわからない。
だが、いずれまた近いうちに彼女が姿を現す事は間違いない。その場所がどこなのか、それはまだわからないが‥‥。