その背を狙う者

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月16日〜10月22日

リプレイ公開日:2007年10月24日

●オープニング

「‥‥すまぬ。奴等が逃げた」
 久しぶりに訪れたエルフの村で、円卓の騎士ボールス・ド・ガニスは、先頃自分の命を狙った二人のエルフが自由の身になった事を知らされた。
 彼等は冒険者達に捕らえられ、外界とは隔絶されたこの村の外へは絶対に出ない事を条件に、元通りの生活をする事を許されていた。勿論、だからと言って自由に、野放しにされていた訳ではない。二人は互いに会う事を禁じられ、周囲には常に監視の目がある状態だったのだ。
「それが先日、外から人間が入って来てな‥‥」
 エルフの長イスファーハは、テーブルに肘をついたまま言った。
「この間の‥‥ロランと言ったか? 彼が率いていた者達と同じ匂いがする‥‥統率のとれた、戦慣れした者達だった。それが、突然この森に踏み込んできて‥‥それを追い返すのに手を取られ過ぎた」
 誰かの手引きがあったようだ、とイスは言った。そうでなければ、歓迎されざる者がこの村に入る事は不可能に近い。ましてや、監視下に置かれた者達を連れ出す事など‥‥
「‥‥確か、その二人の他にも、この村からいなくなった者がいると言っていましたね?」
「ああ‥‥恐らくそやつが、またどこかの馬鹿者と手を組んで、このような事を仕組んだのだろう」
「そうですか‥‥でも良かった。村に被害は及んでいない様ですし‥‥怪我人も出なかったのでしょう?」
「それはそうだが‥‥坊や、笑っている場合ではなかろう? そなたの命を狙う者が野に放たれたのだぞ?」
 だが、ボールスは他人事のように微笑んでいる。
「彼等の狙いは、この私だけなのでしょう?」
 家族に手を出さない相手なら対処は容易だ。自分さえ気を付けていれば良いのだから。
「大丈夫、まだまだ死にはしませんから」
 そう言って立ち上がったボールスの胸元で、十字架が揺れた。

 その数日後。
 エルフ達の住む森の外れにある村‥‥その住人も周囲の者も、ただ「村」と呼んでいる、エルフや人間、それにハーフエルフ達が周囲の偏見に晒される事なく平和に共存する集落‥‥そこに、一組の男女が駆け込んで来た。
 人間の女性と、エルフの男性。
 村の噂を聞きつけて来たのだろう‥‥周囲から認められず、孤立した恋人達が安住の地を求めて来るのは珍しい事ではない。来る者は拒まず、何も聞かずに受け入れるのがこの村の流儀だった。
 だが、彼等には歓迎されざるオマケが付いていた。
「その二人を引き渡せ。さもなくば‥‥皆殺しだ」
 そう言って剣を抜いた男の指には、イルカの紋章が付いた大きな指輪が光っていた。その背後には騎士達が‥‥ざっと見ただけで20人はいるだろう。
「誰か‥‥ボールス様を呼んで来い! 早く!」

「‥‥ロシュフォード卿?」
 知らせを受けて駆けつけたボールスが、男の顔と指輪を見て言った。
「ほう、こんな田舎貴族の紋章をご存知とは、光栄至極に存じますな」
 男は恭しく、馬鹿丁寧に頭を下げた。
「さよう、我が名はロシュフォード・デルフィネス‥‥デルフィネス家の当主にございます」
 社交の場には滅多に現れない為、その顔を知る者は少ない。年の頃は30代の半ばだろうか。砂色の髪に、色の薄い瞳。背はそれほど高くはないが、目の前にすると妙に威圧感を感じさせる男だ。
 彼の一族は、タンブリッジウェルズのすぐ北に位置するセブンオークスの地を治める古くからの血筋‥‥余所者を快く思わない者達の筆頭とも言える存在だった。
 だが、国王の後ろ盾もある円卓の騎士を相手に公然と刃向かっても益はない。それにセブンオークスは独立した所領であり、その意味ではボールスとは対等な立場だ。その為、彼はこれまでボールスの存在を渋々ながらも容認していた。
「それで‥‥これはどういう事でしょうか?」
 ボールスは相手が連れている騎士達を見て穏やかに言った。
「この村は私の管理下にあります。その住民を武力で脅す事は、理由の如何に関わらず侵略行為と見なしますが‥‥よろしいですか?」
 言葉は丁寧だが、要するに「さっさと帰れ、さもなきゃブッ殺す」という意味だ。
「いやいや、円卓の騎士様と事を構えるつもりはありません‥‥私はただ、私のものを返して欲しいと、そう申し上げているだけでございますよ」
 そう言って、ロシュフォードは村人達の背後に守られた女性を顎で示した。
「あれは私の妻でしてな。恥ずかしながら、事もあろうにエルフの男と駆け落ちを企みまして。ですから私にはあれを連れ帰る権利がある。違いますかな?」
 彼の妻にしては随分と若そうに見えるが‥‥事実を確認したボールスの問いに女性は頷く。その時、僅かに瞳が動いたように見えたのは気のせいだろうか。
 彼女は恋人の背に隠れるようにして叫んだ。
「戻ったら二人とも殺されます! お願い、私達を助けて!」
 騎士たる者、女性に助けを求められては断る事は出来ない。かといって、自分の妻を取り戻したいという夫の言い分は正当なものだ‥‥もしも、彼等が夫婦だという主張が事実ならば。だが、今ここでその真偽を確かめる術はない。
「おお、そうでした‥‥これは失礼、騎士様は女性の浮気には非常に寛大なお方でしたな」
 と、ロシュフォードはその顔に歪んだ笑みを浮かべる。
「では、こうしましょう。私も騎士のはしくれ、騎士は騎士らしく、決闘で決めようではありませんか。私が勝てば、妻は返して頂く‥‥よろしいですな?」

 ‥‥決闘は後日、互いの所領の境にある平原で行われる事となった。
 相手は二人、対するはボールス一人。円卓の騎士を相手に一対一では勝ち目がないからと、向こうが付けてきた条件だ。その代わり、得物とルールはこちらが決める‥‥そう、取り決めが交わされた。
「‥‥何よそのクソイヤミったらしいゲス野郎! 二対一だってボールス様に勝てる訳ないじゃない!」
 ルルの言う通り、確かに負ける気はしない。相手も恐らく勝てるとは思っていない筈だ。なのに勝負を持ちかけてきた‥‥
「罠でしょうね」
 ボールスは涼しい顔で答えた。
 相手が二人なら、必然的にこちらは手数を重視した軽装での戦いを選ぶしかない。決闘の最中に、何かを仕掛けるつもりなのだろう。
 それに、今は城内で保護されている恋人達にも不自然な点があった。その方面には疎いボールスの目にさえ、あの二人はとても駆け落ちといういわば最後の手段を選ぶ程に切羽詰まっているようにも、燃え上がっているようにも見えないのだ。
 それに、事実を確認した時の不自然な瞳の動き。
 恐らく、この二人はただの口実だ。
「それも含めて、少し内密に調べる必要がありますね。背後関係と‥‥逃げたエルフ達の行方も」
 恐らく例のエルフ達が絡んでいる事は間違いないだろうが、彼等がロシュフォードに保護されているとしたら、調べたとしてもそう簡単に尻尾を出すとは思えない。
「ならば、現場を押さえるのが確実でしょう」
 押さえたとしても尻尾を切られる可能性は高いが。
「‥‥って事はやっぱり‥‥自分を餌にするつもり?」
 ルルの問いに、ボールスはにこやかに頷く。
「わかった、ギルドに頼んで来るわ」
 止めても無駄である事は、長年の経験からよ〜くわかっていた。
「秘密裏の調査と、当日の警備、それに怪しい奴の捕縛ね?」
「ああ、それから‥‥」
 ボールスは出て行こうとするルルを呼び止めた。
「何人か、練習に付き合って頂けると有難いですね。勘が鈍っているといけませんから」

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

桜葉 紫苑(eb2282)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793

●リプレイ本文

 セブンオークスは、キャメロットから南へ1日半ほど歩いた所にある小さな町だ。
 町の真ん中には王国の南へと続く街道が通り、その両脇には宿や酒場などが軒を連ねている。
 だが、この町で足を止める旅人は多くなかった。王都まで1日半という半端な位置にある事も要因のひとつだろうが、それよりも、この町全体を覆う妙な暗さや、余所者を歓迎しない雰囲気が旅人達の足を早めさせているようだ。
 もう少し頑張れば、明るく開放的なタンブリッジウェルズの町がある。彼等の多くは、そこを目指して足早にこの町を通り過ぎて行った。
「‥‥昔、この町は余所者に酷い目に遭わされたらしいからな」
 旅人を装い街道筋の酒場に立ち寄ったルシフェル・クライム(ea0673)に、商人風の男が言った。
「10年‥‥いや、もうちょっと前か。何でも、その時に先代の領主が殺されたらしい‥‥今の領主は、その弟だって話だぜ」
「‥‥その領主殿というのは、どのような方なのだろうか? 外では余り評判と言うか‥‥噂を聞かぬのだが」
 ルシフェルが奢りの酒をもう一杯、男の前に差し出しながら訊ねた。
「それが、俺もよく知らねえのさ。商売の許可を貰おうってんで挨拶に行っても、本人は出て来ねえしな。領主館から出る事も、滅多にないらしいぜ?」
「奥方はいらっしゃるのだろうか?」
 少し突飛な質問だっただろうかと不安になるが、相手は気にする様子もなく答えた。
「さあな? まあ、多分いるんだろうぜ‥‥跡取りは必要だろうからな。生まれたって話は聞かねえが」

 同じ頃、同じように聞き込みをして回ったメアリー・ペドリング(eb3630)が得た情報も似たようなものだった。
 町の者は誰も、奥方の事はおろか、領主の名前さえ知らない者が少なくない。
「生活に支障がなければ、領主の名などに興味を持つ必要もない‥‥つまりは統治が上手く行っているという証拠なのかもしれぬが」
 ロシュフォード・デルフィネスという男、どうやら相当な秘密主義者らしかった。

 得られた情報は多くはなかったが、ルシフェルはそれを持ってタンブリッジウェルズへと向かった。
「‥‥なるほど、確かに町の雰囲気がまるで違うな」
 初めて目にする町並を興味深そうに眺めながら馬を進め、町から少し離れた場所にある城の門をくぐる。
 その前庭では、先に着いた冒険者達が剣戟の音を響かせていた。
「四日程度で勘を取り戻すって、結構無茶な事するなおい」
 ボールスの前に立ったマナウス・ドラッケン(ea0021)が言った。
「取り戻す必要がある程、鈍ってはいませんよ」
 片手に練習用の剣を持ったボールスは、そう言って微笑む。
「ただ、暫く実戦から遠ざかっていましたからね」
「OK、そういう事ならこちらも全力で行きましょうか」
 マナウスは右手にダガーofリターン、左手にナイフを持った。どちらも歯を潰すなどの加工をしていない、真剣だ。そして、自らにオーラエリベイションをかける。
「完全に貴方を敵として認識し、倒す」
「お手柔らかに」
 そう言いながらも、ボールスの目つきが変わる。こちらも手加減の必要なしと判断したようだ。
 合図と共に、マナウスは間合いを詰めながら両手の武器を相手に向かって投げた。当然、相手は避けるか、さもなくば防ぐだろうが、どちらにしろダガーは手許に戻って来る。戻るまでの間に肘撃ちを狙い、意識を肘に向けさせているうちにダガーを引き寄せ‥‥
 しかし、事はそう狙い通りには運ばなかった。
 ダガーの攻撃は避けられたものの、ナイフはそのまま、剣を持った右腕に突き刺さった。
「!?」
 ボールスは持っていた剣を捨て、左手で刺さったナイフを抜くとリカバーを唱えた。
「これは、お借りしますよ」
 手許に戻ったダガーで接近戦を仕掛けたマナウスの攻撃を避けざま、右手に持ち替えたナイフで素早く切りつける。それは何とかかわしたマナウスだったが、ボールスは「失礼」と言いながら相手の長い髪をひっ掴み、そのまま背後に回り込んだ。
「接近戦に持ち込むなら、これは弱点になりますよ。バッサリ切ってさしあげましょうか?」
 銀の髪に、ナイフの刃が押し当てられる。
「や‥‥やめろ、とりあえずやめろ!」
 バッサリ切ってイメチェン、というのも考えないではなかったが‥‥
「これが実戦なら、切られるのはここですよ」
 喉元に冷たい刃を押し当ててから、ボールスは相手を解放した。
「‥‥貴殿に本気を出させるには、やはり二人以上で挑む必要がありそうだな」
 その様子を黙って見ていたルシフェルが苦笑混じりに言った。
「あなたは?」
 そう言えば、初対面だったような。
「これは失礼‥‥」
 簡単に挨拶を交わし、ボールスは報告を聞くべく二人を城内に招き入れた。

「‥‥また何か変なのが来たわね。占い師かしら」
 その日の午後、自称ロシュフォードの妻、フォルティナと名乗る女性は、客間の窓から外を見て言った。
 昨日からこの城には妙な‥‥彼女の生活の中では出会った事のない種類の人々が集まって来ていた。
「奴等は皆、冒険者だろう。金さえ貰えばどんな事でもする‥‥気を付けろよ。ここの主人は意外に用心深いようだ」
 傍らに立つエルフが言う。彼等の護衛と称して、ドアの前には数人の見張りが常時張り付いている。城内では自由にして構わないと言われていたが、出歩く時にも何人かがこちらを見張っている気配がした。
「あれは、俺達を護衛しているのではない。俺達から城の人間を守っているのだろう」
 その時、ノックの音と共に現れた女性‥‥乱雪華(eb5818)は二人にお茶を勧めた。
「部屋に閉じ籠もってばかりでは退屈でしょう。お茶の後で、少し散歩でもしませんか?」
「いいえ、結構ですわ。私達、二人きりでいたいの」
 そう言いながら、やはり二人の間には微妙な距離が感じられるのだが‥‥。
「心配は無用だ。お二人の事はボールス卿が良きように計らってくれるであろう。さすれば、今後はいくらでも共に過ごせよう」
「ですから‥‥少しお話をいたしませんか? お二人の事が何もわからないのでは、どのようにして差し上げるのが良いのか、ボールス様もわからないと思いますの」
 雪華の後から続いたメアリーとクリステル・シャルダン(eb3862)が言った。
「男性には話し辛い事でも、私達だけなら‥‥如何ですか?」
 雪華がフォルティナの耳元で囁く。
「いいえ、彼に聞かれて困る事など何もありませんわ。何かお話があるなら、このままでどうぞ?」
 フォルティナは、わざわざ後ろに控える彼‥‥マルヴと名乗るエルフに聞こえるように言った。
「ただ、自分達の身の上に関わる事はお話ししたくありませんの。おわかりになるでしょう?」
 確かに、過去を捨てて駆け落ちをした身なら、その話題に触れたくない気持ちはわかる。
「でも‥‥ご家族は心配なさっていると思いますわ。居場所や事情は明かせなくても、せめて無事である事をお知らせした方が良いのではありませんか?」
 手紙を出してはどうかとクリスが勧めてみるが、相手の反応は芳しくなかった。
「私にはもう、家族はおりません。この人と一緒になると決めた時に、縁を切られましたの」
「例え縁を切ったとしても、貴殿の家族である事に変わりはあるまい?」
 と、メアリー。
「貴殿の行いに対して、ご家族が責任を問われる可能性もあるのではないか? いや、貴殿を責めるつもりはない。ただ、話して頂ければご家族にとっても助けになるのでは、と思うのだが」
 だが相手は大丈夫だ、心配ないの一点張り。今の所、これ以上崩すのは難しそうだ。
「話す気になったら、いつでも話してほしい‥‥ただ、なるべく早いほうが良いが」
 そう言い残して、冒険者達はひとまずその場を引き下がった。

「‥‥何だかごちゃごちゃしてるけど‥‥」
 先程、駆落ち組の二人が窓から姿を見かけた占い師、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)が言った。
「つまりそのロシュ何とかは、ボールスさんが嫌いで手の混んだ意地悪を仕掛けて来てるのね。前に命を狙った連中まで引っ張り込んで」
「そのようですね」
 ボールスは椅子の上に胡座をかき、その上に乗せた猫を撫でながら答える。
 その後ろでは主に背を向けられた書類の山が、雪崩を起こして自己主張をする機会を伺っていた。
「‥‥貴族様ってどうして、そんな面倒な事ばっかりするのかしら。もっと他にやる事がありそうなものよね」
 確かに。書類の整理とか、書類の整理とか、書類の整理とか。
 決闘の吉凶の為に雇われた占い師という触れ込みで城にやってきた彼女は水晶玉を取り出すと、早速決闘の勝敗などを占ってみた。
 書類の整理を手伝おうと集まった何人かの冒険者達も、その結果に聞き耳を立てる。
「‥‥勝負なし‥‥? どういう事かしら?」
「やはり、横槍が入って中止になる可能性は大きいようですね」
「ちょっと待って。今、太陽神のお告げを聞いてみるから」
 ネフティスは目を閉じ、フォーノリッヂの呪文を唱えた。ボールスとロシュフォード、決闘、陰謀、逃げたエルフ‥‥そして、ロシュフォードと決闘、陰謀、駆落ち組のフォルティナ、マルヴ。一通りの単語を組み合わせ、見えた光景から想像出来る未来は‥‥
「まず、狙われてるのはボールスさんで間違いないみたい。決闘中は背中に気を付けて」
 だが、他に見えたイメージは混沌としていた。
「これは、私達が何もしなかった場合の未来だけど‥‥フォルティナさんが殺されるわ‥‥ロシュフォードに。それに、エルフ達も。それから‥‥森が燃えて、町が洪水に呑み込まれる。場所はわからないけど」
「‥‥かなり、最悪な展開だな」
 一枚の書類を弄びながらマナウスが言った。
「ええ、でもいつの未来かはわからないし、それを防ぐ為に集まったんでしょ?」
 そうは言っても何となく重たい空気が漂う中、駆落ち組の様子を見に言っていた三人が戻ってきた。
「少しだけ休憩いたしませんか?」
 お茶の用意をするクリスに、マナウスが横から茶々を入れる。
「ああ、この人はさっきから休んでばっかりいるから」
「そうだな、先程から見ているに、仕事は少しも捗っていないようだ」
 ルシフェルまでがそんな事を言った。
「円卓の騎士は皆逃避しようとする傾向があるのが問題だな‥‥まぁ、書類から逃避しようとするのは円卓の騎士に限ったことではないか」
 それにしても、机に向かっているのは良いが、書類を読んでいる時間よりも、ぼんやりと膝の猫を撫でている時間の方が遙かに長いのはどういう事か。
 おまけに時々体を伸ばすフリをして、部屋のあちこちで寝ている猫達を撫でて起こしてはうるさがられ、引っ掻かれたりしている。
「なるほど、ボールス殿の仕事が捗らないのは猫のせいであったか」
 と、メアリー。
「ならば、原因を取り除けば良い訳だな」
「という事で、猫達は預からせて頂きます」
 マナウスはボールスの膝に乗った猫をひょいと抱き上げた。
「ええっ、そんな‥‥!」
 こらこら、情けない声を出すな円卓の騎士。
「それとも‥‥この期間中、クリステルを立入禁止にしましょうかね? それなら猫をお返ししますが?」
 それを言われては、返せとは言えない。
「‥‥わかりましたよ、追い出せば良いんでしょう?」
 ふてくされた子供のようにマナウスを上目遣いで見ながら、ボールスは嫌がる猫達を部屋の外に追い出した。
 この依頼期間中、彼の仕事はいつになく順調に捗ったらしい‥‥。

 その夜。
 ペットのメイフェ、ケペルラーをお供に、化粧と服で神秘的に演出したネフティスは、例の二人の部屋を訪れた。
「来し方行く末に迷いあらば、灯火を掲げて進ぜよう‥‥」
 目から下をヴェールで覆ったネフティスは背後からメイフェの不思議な光に照らされ、更に顔の下からは蝋燭の焔に照らされている。怪しさ満点のその雰囲気に、二人は否、とは言えなかった。
「ふむ‥‥見える、見えるぞ! そなた達の未来が!」
 その言葉に、エルフの男性‥‥マルヴはさほど興味を示した様子もなかったが、フォルティナはあからさまに身を乗り出してきた。どうやら、占いや預言を信じるクチらしい。‥‥カモだ。
「今の保護者は信頼出来る者ぞ。全て打ち明ければ未来は拓かれよう。しかし‥‥」
 ネフティスはフォルティナの目をじっと覗き込みながら言った。
「もし秘密を隠さば、二人の上には闇が落ちるであろう」
 そして、意味ありげな含み笑いを残し、ネフティスは部屋を辞した。
 もしも脅迫されているなら、恋人ではなくても其々幸せになって欲しい‥‥そう思いながら。占いはその為にあるのだから。
「事が片付いたら、ちゃんと相談に乗ってあげたいわね。特に彼女の方‥‥」


 翌日、城の中庭には朝っぱらから元気な男達の声と、金属がぶつかる鋭い音が響いていた。
「ウォル、これを差し入れてきて貰えないかしら」
 その音が気になるらしいウォルに、クリスが人数分のタオルと冷たい飲み物を手渡しながら言った。
「え、でもオレ、エルの相手しなきゃだし‥‥エルには見せるなって言われてんだよな」
 まだ小さいうちは、子供に荒っぽい事は見せたくないらしい。
「大丈夫、エルの相手は私が‥‥」
 などと言うまでもなく、エルはクリスにひっついていた。
「ウォルはボールス様の戦いを見た事が無いでしょう?」
「う、うん。ありがとっ!」
 ウォルはトレーに乗せた飲み物をひっくり返さないように慎重に、かつ最大限に急いで中庭に向かった。
「‥‥あの人は相変わらず不幸を持ってきますね」
 そんなウォルとほぼ同時に姿を現したのはエリス・フェールディン(ea9520)。
「呪われているのでしょうか‥‥?」
 などと、珍しく非科学的な感想を云う彼女だったが‥‥あの人って、やっぱりボールスの事だろうか。確かに一部‥‥クラウボロー辺りでは「疫病神」とも呼ばれているらしいが。
「それでは、私はサイコキネシスで不意打ち気味に矢を飛ばしますので避けてください」
 訓練が一段落した所で、エリスは男達に声をかけた。
「不意打ちって、ズルいじゃん!」
 ウォルが言うが、エリスは平然と言葉を返した。
「恐らく、決闘では背後から狙われる事になるでしょう。その訓練の為ですよ。それに‥‥当たるとも思えませんし」
 まあ黙って見ていろと言われ、ウォルは素直に従う。
 ボールスの相手はルシフェルとクロック・ランベリー(eb3776)の二人。いずれも腕に自信のある者達だ。得物は二人とも木剣だが、ボールスは刃を潰した短剣を両手に持っていた。左手の物にはホーリーシンボルが付いている。
 だが、開始の合図と共にボールスはそれを両方とも鞘に収める。その直後にルシフェルがカウンター封じのフェイントアタックEXを仕掛け、それに重なるようにクロックがソニックブームを放った。
 しかし、それさえもボールスは僅かな動きでかわしてしまう。
「ええっ!? なんで当たんないのっ!?」
 ウォルが目を丸くする。
「まあ、力で押すばかりが戦いじゃないって事かね」
 傍で見ていたマナウスが言った。
「てな訳で、俺も参戦っと」
 後ろに回り込もうとする二人の動きを封じ、常にその動きを視界に入れているボールスだったが、お陰で背中はガラ空きだ。その背を狙って、マナウスは駆け寄りざまにダガーを投げ付けた。
 その気配を察して、ボールスは前方に転がりざま両手の剣を抜き、それぞれの剣でルシフェルとクロックにソニックブームを放った。そして、二人の間を抜けてその背後に回り込む。
 これで三対一。しかしそれでも‥‥
「勝てる気がしないな」
 と、クロック。まあ、これでも円卓の騎士ですから、そう簡単に負ける訳にもいかないし。
 しかし三人を前に、相変わらず背中はガラ空きだ。そこを狙って、エリスの矢が飛んできた。
 今度はボールスも避けない‥‥が、その代わり、矢は見えない結界に当たって落ちた。
「ホーリーフィールドか」
 攻撃が当たらない上にそんな魔法まで使われたのでは、ますます勝てる気がしない。
 その時、いつの間にか背後に潜んでいた雪華がクロックの背後からスタンアタックを仕掛けた。
「!?」
 ふいを突かれたクロックはその場に倒れ込む。
「大丈夫ですか!?」
 駆け寄ったボールスが、すぐさまメンタルリカバーをかけた。
「相手が狙うのは、ボールス卿や仲間だけとは限りません」
 意識を取り戻したクロックに謝罪の言葉をかけると、雪華はボールスに言った。
「決闘相手も襲撃者から守る必要が出てくるかもしれませんから」
 可能性はゼロとは言えない。
「ま、最悪ロシュフォードが自分を襲わせて、その罪をボールス卿になすりつける‥‥なんて事もあり得ない話じゃないか」
「そうなると、かなりハードルが上がりますね‥‥」
 マナウスの言葉にボールスが答えたその時。
 ――コツン。
「痛っ!」
 ボールスの頭に、エリスの矢が命中した。
「‥‥あ、当たっちゃったよ‥‥」
 ウォルが呆れたように言うが、当てた本人の方がもっと呆れているかもしれない。油断した所に放たれた矢さえも避けられ、「さすが」と感想を言おうとしたのだが。
「‥‥当たりますか、ボールス卿‥‥」
「‥‥ほんとに、大丈夫なのかなあ、師匠‥‥」
 心配顔のウォルが見守る中、訓練は午前中たっぷり続けられた。

 そして午後、ボールスが執務室に閉じ込められている間、雪華、メアリー、クリスの三人は再びフォルティナの許を訪れた。
「まだ何かご用ですか? これ以上、私からお話する事は何も‥‥」
 微妙に固い笑顔で出迎えた彼女にメアリーが言った。
「昨日の話の続きを伺おうと思ってな。貴殿はまだ、緊張を解かれてはおらぬようだ。どうだろう、ご家族の事などを話して頂ければ、少しは気も晴れようと思うのだが」
「昨日も申しました通り、家族には既に縁を切られておりますのよ。私にとっては辛い記憶だという事を、ご理解頂けませんこと?」
「これは‥‥失礼致した」
 流石に、これ以上食い下がるのは無理なようだ。
「だが、これだけは伺っておきたい。貴殿のその言葉、本当に嘘偽りはないのだろうか?」
「疑っておいでですの?」
 沈黙をもって返す冒険者達に、フォルティナは呆れたように肩をすくめ‥‥
「‥‥ほんとに、疑い深い連中ね。どうだって良いじゃない、そんな事」
 突然、口調が変わった。
「わかったわ、認めるわよ。これはお芝居。でもそれが何だって言うの?」
「フォルティナ!」
 彼等とは距離を置いて話を聞いていたマルヴが叫ぶ。だが、彼女は意に介さなかった。
「バレた所で、どうって事ないわ。誰にも止められやしない」
「やはり、何か計画があるのですね?」
 雪華の問いに、フォルティナはその内に秘めていたものを全て吐き出した。
 駆落ちの芝居がロシュフォードの指示で行われた事、自分が彼の妻ではない事、そして、標的はボールスである事。
「ロシュ様は言ってくれたわ。この計画が上手く行ったら、あの女を殺して私を妻にしてくれるって」
 という事は、ロシュフォードには既に正妻がいて、この女性は愛人‥‥という事か。
「でも‥‥それは許されない事ですわ。誰かの命と引き替えに、などと‥‥」
 クリスが言った。
「他に何か方法はないのでしょうか? 私達はあなたを助けたいのです。お力にはなれませんか?」
「結婚しちゃった以上、別れるにはどっちかが死ぬしかない訳でしょ? 他の方法なんて、ある訳ないわ」
 フォルティナはクリスの胸元を睨み付けた。そこにあるのは、ボールスの紋章が付いたマント留め。
「あんたは良いわよね。上手い具合にライバルが死んでくれて。でも私は、自分で蹴落とさなきゃなんないのよ、ワカル?」
 ふん、と鼻を鳴らして、フォルティナは続けた。
「さあ、これであの占い師のお告げ通り、全部話したわよ。これで私の望みは全部叶うって訳よね?」

「‥‥そういう事でしたか‥‥」
 夕食後、仲間達の全員が顔を揃える中で報告を聞いたボールスは言った。
「明日は、あの二人にも監視を付けた方が良さそうだな」
 と、クロック。
「卑怯なまねをされないように注意を払っておこう」
「はい、よろしくお願いします。ただ‥‥」
 ボールスは少し言いにくそうに、一呼吸おいて続けた。
「私への初撃は泳がせて貰えませんか? 誰が誰を狙ったのか、証拠を掴みたいので」
「つまり、わざと受けるという事か?」
 ボールスは頷いた。
「一撃程度で死にはしませんしね」
「だが、この間のように二発同時‥‥或いはそれ以上だったら?」
 メアリーが訊ねた。以前の依頼ではそれを予測出来ずに怪我人を増やす結果になってしまった。
 だが、この間とは状況が違う。
「‥‥わかりました。ですが、少しでも危ないと思ったら初撃だろうが何だろうが、すぐさま介入します。それで良いですね?」
 マナウスが言い、ついでに肘でボールスを小突く。何とかしろ、という合図だ。その視線の先には、心配そうなクリスの姿があった。

「‥‥大丈夫、心配しないで下さい」
 夜の庭で、クリスを散歩に誘ったボールスはその手を取って歩きながら言った。
「ネフティスさんの占いは良く当たるそうですが‥‥彼女に言った事に関しては殆どデタラメですからね」
 ボールスの場合、当たると言われても占って貰う気にはどうしてもなれなかったのではあるが‥‥いや、寧ろ当たると言われると、余計に。
 本当は占って欲しい事、知りたい事は沢山あるのだが‥‥
「そう言えば、初めて会ったのは去年の今頃でしたね」
 ふと思い出して呟く。あの時は、まさかこんな未来が待ち受けていようとは夢にも思わなかった。
 そう、何も知らない方が人生は楽しい。良い事も、そして多分‥‥悪い事も。
 のんびりと並んで歩く二人の姿を、遅く昇った月の光が照らしていた。


 翌朝早く、冒険者達は決闘の現場へ向かった。
 周辺を丹念に調べ、隠れられそうな場所や遠くから矢を放てそうな場所を探すが、辺りは一面の何もない草原。見晴らしの良さは格別だった。
 これで人垣さえ出来なければ、隠れる事など不可能に近いのだが‥‥
「こいつらは、場所取りか?」
 草原のあちこちに、重石を置いた毛布やシーツなどが敷いてある。クロックはそれも丁寧に持ち上げ、下に何もない事を確認して回る。
「まるで見世物だな‥‥」
 まあ確かに、決闘は見世物でもあるのだが。領主同士の戦い、おまけに片方が円卓の騎士とあっては尚更、人も集まるだろう。そして、見物人が集まれば集まる程、警備は難しくなる。
「私達は隠れて警戒した方が良かろうな」
 ルシフェルが言った。隠れると言うよりも人混みに紛れるの方が正しいか。
「ああ、城の兵士達も監視に付くらしいからな。彼等に目立って貰えば、俺達も多少は動きやすいだろう」
 と、マナウス。
 そうこうしているうちに、見物人はどんどんその数を増す。
「ここから前には出ないで下さいね」
 会場の周辺にロープを張り巡らせながら、クリスが見物客に声をかけた。
「魔法も使うそうですし、当たったらきっと痛いと思いますわ」
 にっこりと微笑む。いや、多分、痛い程度では済まないと思うんだけど。
 一方、ネフティスと雪華はそれぞれの方法で、襲撃者や逃げたエルフ達の行方を探っていた。ネフティスはサンワードで、そして雪華はダウジングペンデュラムで‥‥だが、軍配はサンワードに上がったようだ。尤も、それとて大まかな距離と方角しかわかないものではあったが。
「この近くにいる事は間違いないみたいだけど‥‥」
 果たしてどこに潜んでいるのか。
「そう言や俺、奴等の顔を見た事なかったような気がするな」
 思い出したようにマナウスが言った。
「‥‥まあ、怪しい奴を探せば当たるだろ、多分」

 そして、決闘の開始時刻が近付いた。
 特設スペースに招き入れた例の二人に、クリスはホーリーフィールドを張る‥‥が、結界は完成しなかった。どうやらこの二人にとって、彼女は敵であるらしい。勿論、ボールスが試みても上手く行く筈がない。
「仕方がありません。お二人は私達がお守りしますから」
 雪華がクロックを仰ぎ見て言った。
「ここは、お任せ下さい」
「お願いします」
 確証はないが、相手が彼等を道具だと思っているなら計画が失敗した際には消される可能性が高い。
 そして、ボールスは少し離れて不安そうに佇むクリスの周囲にホーリーフィールドを張った。
「6分で片が付かなかったら、自分で張り直して下さいね」
 そして、足元の忍犬、瑠璃にも何やら話しかける。
「ワン!」
 ‥‥どうやら話が付いたらしい。
「必ず無事に戻ります」
 そう言うと、ボールスは二人の決闘相手が待つ戦場へ静かに歩み去る。
「‥‥御武運を‥‥」
 その背に、クリスは聞き取れない程の小さな声で呟いた。

「準備は出来ましたかな、騎士様?」
 ロシュフォードが相変わらず嫌味ったらしい微笑みを浮かべながら、ボールスを出迎えた。
「お約束通り、こちらは二人で挑ませて頂きますぞ」
 その手には槍が、そして後ろに控えた騎士の手には剣が握られている。
 ‥‥そして、決闘が開始された。
 訓練の時と同じく、ボールスの武器はダガーが2本。やはり二本ともまだ鞘に収めてある。そして今度も、ボールスは相手に背後を取らせなかった。という事は、背中も同じく無防備なまま。
 だが、冒険者達はそちらを見てはいなかった。彼等の目は不審な人物を探している。誰か怪しい動きをする者、見物客の集団から離れようとする者、もしくは遠くから近付いて来る者‥‥
「遠くから‥‥空?」
 ふと上を見上げたエリスの目に映ったもの、それは、まるで見えない足場に乗っているかのように空中に留まり、今まさに弓を引き絞らんとしている男の姿‥‥エリスには、その顔に見覚えがあった。
 だが、初撃には手を出すなとボールスに言われている。この距離ならば、通常の弓矢ならそれほどのダメージは受けないだろう。だが、魔法の弓だったら‥‥?
 迷っているうちに、他の仲間達もそれに気付く。
 だが、決闘場の地面に注目している者はひとりも‥‥いや、ひとりだけ、正確にはひたすらボールスの動きを追っていた者がいた。
「ボールス様、後ろ!」
 上空から矢が放たれるのと、ほぼ同時。ただならぬ声の調子に思わず振り向いたボールスの目の前に、それは飛び出して来た‥‥地面から。そして間髪を入れずに弓を構え、ピタリと心臓に狙いを付ける。その距離、ほぼゼロ。
 上空からの矢は、緊急事態と判断したメアリーがサイコキネシスで軌道を逸らした。
 だが‥‥
 ――バシュッ!
 音と共に、鮮血が散る。
 仁王立ちになった射手の影で、ボールスが倒れる姿が見えた。射手は、そこに止めを刺すべく次の矢をつがえる。
「くそ、間に合えっ!」
 だが、冒険者達が駆けつけるよりも早く、射手の体は動きを止めた。
「‥‥これは、どういう事かね?」
 ロシュフォードの声だ。そして、彼の槍は射手の腹部に深々と突き刺さっていた。
「神聖なる決闘の場を穢した罰を、甘んじて受けるが良い!」
 手首を捻りながら、ロシュフォードは臓物と血の糸が絡みついた槍を引き抜く。細身のエルフは既に事切れていた。
「どういう事だ‥‥?」
 冒険者達は顔を見合わせた。もう一人の襲撃者も、既にロシュフォードの部下によって手際よく始末されていた。‥‥手際が良すぎる程に迅速な仕事だ。
「残念ながら、この決闘は無効と言わざるを得ませんな」
 ロシュフォードは肩口を押さえながら起き上がったボールスに言った。何とか急所は外したようだ‥‥それでもかなりの重傷ではあるが。おまけに、ご丁寧に毒まで仕込んであったらしい。
 自分でリカバーをかけ、クリスが差し出した解毒剤を飲み干したボールスが言った。
「‥‥私が襲われたという状況から見て、あなたが仕掛けたのではないかと疑う理由は充分にあると思いますが」
「騎士様をお助けした、この私が?」
 確かに、彼が動かなければ手遅れになっていたかもしれない。だが、何故?
「私とて騎士のはしくれ、卑怯な真似は致しません。そして卑怯な真似を見過ごす事が出来ないのも騎士として当然の事でありましょう」
 それはそうなのだが‥‥この男に言われると何か釈然としない。
「とにかく、この決闘は無効‥‥という事は残念ながら、我が妻は今暫く騎士様にお預かり頂くという事になるでしょうな」
 言いながら、その表情は全く残念そうには見えなかった。
 という事は、彼女には可哀想だが、戻れば恐らく殺される‥‥あの予言のように。それがわかっていて、返せる筈がない。
 つまりは、それも読まれた上で、体よくスパイを送り込まれたという事か。

 結局の所、恩を売っておきたかったのか、それとも一撃で仕留め損なったのを見て手を切ったのか。
 釈然としないまま、一行は城に戻った。
「恐らく、彼等を利用はしても、最初から信用などしていなかったのでしょうね」
 取り調べが出来なかった事を残念に思いながら雪華が言う。
「自分の印象を良くする目的もあったかもしれない。事実、観客の中には奴を褒め称える者も多かった」
 と、ルシフェル。
「つまり、今後の為の布石と‥‥?」
「今回だけで終わらないだろうとは思っていたが」
 メアリーが言った。
 エルフの村からいなくなったという三人のうち、冒険者達が顔を知っている二人はロシュフォードとその部下に殺された。残る一人はどこにいるのか‥‥長にも確認を取ったが、マルヴと名乗っていたエルフは金で雇われた流れ者らしい。彼は既に解放されていた。
「今後、誰が何を企んで来ようと少しずつ対処するだけだ」
 そう、まだ先は長い。この件が今後どのような意味を持つのか、果たして事態は好転したのか‥‥占い師にも、その先は読めなかった。