【美女(?)と野郎】夢見る少女に戻って
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月19日〜10月24日
リプレイ公開日:2007年10月27日
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●オープニング
吟遊詩人のガイ(ガイ・シンプソン)とレディ(レディアス・ハイウィンド)の二人組は、その夜もいつものように場末の安酒場で歌と演奏を披露していた。
店の中には見渡す限り、むさ苦しい男共がひしめいている。
しかしその一角にはそこだけ空気の色が違うような、場違いな空間が広がっていた。
そこは‥‥ファンの指定席。いつの間に、どこから噂を聞きつけて来たのか、近頃この店には少数だが若い女性達が出入りするようになっていた。勿論、目当てはレディだ。細身で華奢な体つきの、銀の髪を腰まで伸ばした女顔のエルフ‥‥まあ、要するに美形である彼の周囲には、黙っていても女性達が集まって来る。その席は、そんな彼女達の指定席だった。
周囲の荒くれ者達も、その席に座った女性にちょっかいを出す事はない‥‥いや、出せない。荒くれ者というのは、概して女性に対しては内気でハニカミ屋さんの、可愛い連中なのだ。
しかしその夜、そこに座っているのは、いつもの若いお嬢さん方ではなかった。
上品そうな老婦人が一人、静かに座って流れる曲に耳を傾けている。その視線はまっすぐに、小さな‥‥ステージとも呼べないような台の上に座ってリュートを爪弾くレディに向けられていた。
「このヤロウ‥‥」
曲の合間に、ガイは呟く。
レディの奴、若い子ばかりでなく、あんなバアちゃんまで虜にしやがって! その半分で良いから俺に寄越せっ!!
‥‥と、声には出さないが、そんな事を思ったその翌日。
レディが消えた。
暫く留守にすると、それだけ書かれた置き手紙を残し、所持金の大半を持って。
「あぁンのヤロオォォォ‥‥っ! ふっざけんなあぁぁッ!!!」
ガイがその手紙を力任せに引きちぎったその時。
彼等が住む幽霊屋敷のドアを、誰かが叩く音が聞こえた。
「‥‥昨日のバアちゃん‥‥?」
玄関を開けたガイの目の前に、夕べの老婦人が静かに佇んでいた。
「ごめんなさい、突然押しかけたりして‥‥びっくりなさったでしょう?」
老婦人は柔らかく微笑むと、丁寧に頭を下げる。昔はさぞかし美人だっただろう‥‥そう思わせる、綺麗な笑顔だった。
「でも、私もびっくりしているのよ」
老婦人はコロコロと笑った。
「お目当ての殿方の所へ押しかけるなんて、ほんの小娘の頃でさえ出来なかったのに‥‥歳を取ると図々しくなるのかしら」
「えと‥‥お目当てって言うと、やっぱり‥‥レディ?」
自分ではありえないな、と思いつつ問いかけたガイに、老婦人は頬を染めつつ「ええ」と答えた。
「レディ‥‥やっぱり、人違いじゃなかったのね。レディアス・ハイウィンド‥‥あの頃とちっとも変わってないわ」
「‥‥知り合い?」
「‥‥そう、私の‥‥」
老婦人は一呼吸置いて、にっこりと微笑みながら言った。
「昔の恋人よ」
――えええええっ!?
「でも、付き合っていたのは、ほんの1ヶ月位なの。私、あっという間に振られてしまったから」
ひとまず客間に通された老婦人‥‥キャスリーンと名乗った彼女は、お世辞にも美味いとは言えないお茶をすすりながら言った。
「ああ、キャシーで良いわ。あの人も、そう呼んでくれていたから」
そして、キャシーは話し始めた。レディがまだ歌い手だった頃、彼女の村に立ち寄った事。彼女にとってはそれが初めての恋だった事。そして、彼が再び旅に出るまでの間、1ヶ月限定で付き合った事‥‥
「でも、別れた事を後悔はしていないわ。私は人間、あの人はエルフ‥‥時の流れが、まるで違うのですものね」
そしてやはり、久しぶりに出会った彼は、その頃と少しも変わってはいなかった。
「いや、でもちょっと待ってよ」
ガイは言った。このご婦人の若い頃と言ったら、50年か‥‥或いは60年以上も前の事かもしれない。その頃と変わらないなど、いくらエルフでもそれは‥‥
だが、キャシーはきっぱりと言い放った。
「いいえ、私の記憶の中にいるあの人と、そっくり同じだったわ」
どんなバケモンだ、あいつは。
「だからこそ‥‥もう一度会いたいと思ったのかもしれないわね。噂を聞いて、ただ姿を見るだけで良いと思ったのよ。死ぬ前に、あの人の姿をもう一度この目に焼き付けたいって‥‥でも今は、会いたくてたまらないの」
老いた姿を晒す事に躊躇いを感じないではない。しかし、それ以上に会いたい、会って話がしたいという想いが募っていた。
「私、その後で結婚して‥‥曾孫までいるのよ。なのに‥‥もう忘れたと思っていたのにね」
やっぱりまだ、あの人を愛しているみたい‥‥そう言って、老婦人は少女のように微笑んだ。
「‥‥なのに! あのバカはどこ行きやがったんだ、この肝心な時にっ!!」
彼女が帰った後、ガイは誰もいない広い屋敷の中で、日頃のトレーニングで鍛えた大声を爆発させた。
「あのクソアンポンタン、オタンコナス、女ったらしのスケベ野郎っ! 俺も、あんな風に想われてみたいぞーーーっ!!!」
その姿を、物言わぬ少女の幽霊がじっと見つめている。
「ああ‥‥ごめん。今日はまだ歌を聞かせてなかったっけな。でも‥‥」
レディの伴奏がないと、どうも調子が出ないのだ。
あいつが帰って来たらたっぷり聞かせてやるから‥‥そう言って、ガイは冒険者ギルドへと向かった。
キャシーに事情を話したところ、彼女はレディ探しの依頼料どころか当面の生活費まで工面してくれたのだ。
「何としても、とっととあのバカを探し出して、バアちゃんに会わせてやるんだ!」
そしてその後、思いっきりブン殴ってやる‥‥色んな意味を込めて。
ガイは、拳を堅く握り締めた。
その頃‥‥レディは町外れにある古びた教会の屋根に登って、ぼんやりと空を眺めていた。
――まだ、生きていたのか‥‥
既にこの世にはいないだろうと思って、この町に戻ったのに。
そう心の中で呟いた声を聞く者は、誰もいなかった。
●リプレイ本文
「よ、元気かぁ?」
先日の仕事ですっかり顔馴染みになった空木怜(ec1783)が、出迎えたガイの肩を叩く。
「それに、騒霊も‥‥そういや、名前聞かなかったな」
怜はこの屋敷に取り憑いた幽霊にも律儀に声をかけた。
「聞いてなかったっけか? あいつはポルちゃんだよ」
ガイの言葉に、床に置かれた太鼓がタム、と鳴った。
「ああ、そうだっけ‥‥しかしまあ、振り回されてるな、ガイ。尊敬するぞ、大人だなぁ」
「あいつには、まだまだ子供だって言われるけどな」
ガイは振り回されるのにはもう慣れたと言いながら溜息をつく。
「ま、あいつに比べれば大抵の人間はヒヨッコだよな‥‥軽く100年以上生きてんだから」
「ねえ、キャスリーンはどこ?」
同じくガイとは顔馴染みのティズ・ティン(ea7694)が言った。
「ああ、客間にいるよ。皆、よろしくな」
「初めまして、うち藤村凪(eb3310)いいますー」
客間で出迎えた老婦人に丁寧に挨拶をしてから、凪は依頼の件を切り出した。
「‥‥昔の思い出を汚す行為やったら、堪忍してください‥‥そやけど、教えて貰えへんと調べられんような事もあるし‥‥」
「構わないわよ、何でも聞いてちょうだいな」
キャスリーンは柔らかく微笑みながら言った。
「じゃあ、遠慮せずに聞くね! 昔の出会いはどんなだったの? その時の事、聞かせてほしいなぁ」
コイバナには目がないティズが興奮気味に身を乗り出す。
「町の広場で歌声を耳にして‥‥でも、その時は綺麗な声だなあって、それくらいしか思わなくて」
「じゃあ、どうして?」
「あのね、私の家は宿屋だったの」
「そっか、レディがそこに泊まってて、お世話してるうちに‥‥って事だね!」
「ええ、そんなところね」
キャスリーンはコロコロと笑った。
「では‥‥思い出の場所はそのご実家の宿屋、という事になるのでしょうか?」
ハーブティーを淹れながら、フローラ・タナー(ea1060)が言った。
「ええ、そうね。でも、そこはずっと昔に取り壊されてしまったわ」
「では、他に‥‥どこか思い出の場所、レディさんが行きそうな場所にお心当たりはございませんか? 彼が町を離れていなければ、そういう場所にいる可能性は高いですわ」
「そうね…でも、どうなのかしら」
キャスリーンはふと、表情を曇らせた。
「自分で頼んでおいて、こう言うのもどうかと思うけれど‥‥無理に探さなくてもいいのよ。あの人は私の事なんか覚えていないかもしれないし‥‥もしかしたら、会いたくないから姿を消したのかもしれないわ。昔の思い出を壊したくないと、そう思ってくれているなら‥‥」
「恋に年齢なんて関係ないよ! キャスリーンは今でも美人だし!」
ティズが力説する。
「それに、女性はいくつになっても乙女だよ。こうなったらレディをもう一度、振り向かせちゃおう!」
「あらあらダメよ、こんなしわくちゃのお婆ちゃん、どうやっても見られたものじゃないわ」
そう言って飾り立てようとするティズを、キャスリーンはやんわりと拒絶した。嫌がっている風ではないが‥‥
「‥‥まあ、何だ。そのままでも充分‥‥その、アレだ」
充分に可愛いし、可憐だと来生十四郎(ea5386)は思う。とても「婆さん」とは呼べない程に。
「とにかく、やっこさんの居そうな場所を教えてくれねえかな。必ず引っ張って来てやるからよ」
「まだこの町に居るなら、キャシーさんを嫌って避けているのではないと思うのです。顔も見たくないのなら、きっと私なら一刻も早く町を離れてしまうと思いますもの」
言われて、彼女が口にした場所は‥‥町の広場と、郊外の古びた教会。
「今でも残っているのはそれくらいかしら‥‥誰もいない教会で、結婚式の真似事をしたのよ」
キャスリーンは少し恥ずかしそうに、そして懐かしそうにクスクスと笑った。
「‥‥60年前に歌い手やってたなら当時は喋ってたんだろな」
仲間達の会話を聞きながら、怜はガイに話しかけた。
「ガイと会った時はどうだったんだ?」
「ああ、最初に会ったのはオレが5歳位の時かな。村の広場で歌ってるのを聞いて、子供心にえらい感動したんだよな。それで歌が好きになったんだ」
だがそれから数年後、再会した彼は歌う事をやめていた。勿論、話す事も。
「その間に何かがあったんだろうけどな‥‥」
彼は何も言わない。テレパシーで会話が出来るようになってからでさえ。
「じゃあ、レディとはその頃から? けっこう長いんだな」
今度からディアスと呼ぼうか、などと思いながら怜が訊ねた。
「ああ、5〜6年になるかな。その割にはあいつの事、何も知らないんだけどさ‥‥気難しいし無口だし」
何か説得材料になりそうなのが無いかと思ったのだが、仕方がない。
「ま、何とかなるだろ」
二人から一通りの話を聞いた冒険者達は、話に聞いた思い出の場所と、それに普段の彼が行きそうな場所を中心に捜索を始めた。
「‥‥後は聞き込みしていけば大分、絞れるだろう」
怜はレディの普段の服装や外見の特徴などを仲間に説明しする。
「ああ、男って限定するなよ?」
寧ろ女性と見られる方が多いかもしれない‥‥いや、絶対に多い。
「綺麗なお姉さん風のエルフのお兄さん、だな?」
十四郎が苦笑いを漏らした。
一方、キャスリーンと共に屋敷に残ったフローラはのんびりとお茶を楽しみながら、彼女の話す思い出話に耳を傾けていた。
「不思議なものでねえ、楽しかった事しか思い出せないのよ」
彼女はそう言って微笑んだ。
「けれど‥‥別れは辛かったのでは‥‥悲しかったのではありませんか?」
フローラが訊ねる。エルフを夫に、ハーフエルフを子に持つ身として、彼女の気持ちに興味があった。
家族の中で1人だけ早く老いてゆく‥‥それでもいいと夫は言ってくれた。その言葉を信じているけれど、一緒に居られなくなるのは寂しい。
「そうね‥‥確かに、彼に付いて行く事も出来たわ。でも、私達は二人ともそれを望まなかった」
共に行く道と、別れる道。どちらも互いに相手の事を想って選ぶ道に変わりはないだろう。どちらが幸福か、それは当事者にしかわからない。いや、当事者にさえわからないのかもしれない。
「少なくとも私は、後悔してはいないわ。自分で選んだ道だもの。ただ‥‥神様も意地悪よね。そっとしておいてくれれば良いのに」
微笑む彼女の表情に、暗い影は全く見えなかった。
「男なら逃げるんじゃねぇ!」
開口一番、怜が叫んだ。これで揺さぶられない男はいないし、それでも逃げるようなら男じゃない。
探し回ること数時間、探し人を発見したのは思い出の場所でもいつもの場所でも、試しに使ってみたダウジングペンデュラムが指した場所でもなく‥‥町外れの一件の宿屋だった。
『よくここがわかったな』
同行したガイのテレパシーに、淡々とした答えが返ってくる。
「あんた、自分がどれほど目立つかわかってねえだろ?」
十四郎が言うように、目撃証言には事欠かなかった‥‥ただ、頻繁に居場所を変えてはいたようだが。
「逃げ回ってたって事は、俺達の用件は見当が付いてるんだろうな」
彼が「思い出の場所」に足を運んでいた事もわかっている。恐らく彼女の姿を姿を見て動揺し、迷っているのではないか‥‥十四郎はそう考えていた。
「ねぇ、何をためらっているの? それとも、会うのが怖いの?」
ティズが言った。
「だったら、それは間違いだよ。人を好きになるのに、種族や年齢なんて関係ないよ。大切なのはその気持ちじゃないかなぁ」
「心の中には、他人が絶対に踏み込んだらあかん場所があるもんやとは思う。せやから事情は聞かへんけど‥‥会わないっちゅーのはあかんちゃうのん?」
凪はレディにも丁寧に挨拶をしてからそう訊ねた。
「キャスリーンさんから、昔のお話いろいろ聞かせて貰たけど、話してる時の顔、ほんまに幸せそうやった。レディアスさんがどう思てるかはわからへんけど‥‥どんな思いでもキャスリーンさんは受け止めてくれる思うで?」
『‥‥彼女とは、もう二度と会わないと約束した。老いた姿を見られたくないと‥‥』
「その時はそうやったかもしれへんけどなー」
「人間は変わるもんさ。そして、変わらないものもある‥‥人間に取っては長い60年の間、彼女はずっとあんたを思ってたんだ。会ってやっちゃくれないか?」
十四郎が言った。
「彼女に残された時間は少ない。そして、あんたには長い時間が残されてる。どっちも、心残りや悔いを残したまま過ごすのは辛いだろう。‥‥あんたの気持ち次第じゃないのかい? 自分に嘘つくこたないと思うがね」
「腹括ってしまえ。誰だって永遠には生きられない。せっかくもう一回、会うチャンスを神様に突きつけられたんだ。そのままなんて勿体無いさ」
『突きつけられた‥‥か。確かにそんな気分だな』
怜の言葉に応えるレディの顔には諦めと、ほんの少し後悔の色が滲んでいた。
「レディさん」
夜も更けた頃、渋々ながらも屋敷に戻ったレディをフローラが呼び止めた。
「あなたの気持ちは私が抱いている気持ちと同じはず。好意を寄せる相手が自分の目の前から姿を消してしまう寂しさ‥‥生き残る分だけ、その悲しさは深いなどと思っていませんか? でも愛に時間は関係ないし、相手がいなくなったからといって失われることもないと‥‥私は思います」
そう言ってから、キャスリーンの待つ部屋のドアを静かに開けた。
二人がどんな話をしたのか、それはわからない。筆談用に渡された紙にも殆ど何も書かれていなかった。
しかし、頃合いを見計らってお茶を差し入れに来た凪が見たキャスリーンの表情は、とても楽しそうで‥‥幸せそうだった。
「いいなあ。私も、おばあちゃんになっても素敵な恋がしたいな」
ドアの隙間から様子を見ていたティズが、嬉しそうに呟いた。