逃亡の果てに

■ショートシナリオ&プロモート


担当:STANZA

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月21日〜07月26日

リプレイ公開日:2006年07月29日

●オープニング

 淡い月明かりの中、初老の男性が家路を急いでいた。
 仕事帰りにどこかで一杯ひっかけてきたのだろう、上機嫌に鼻歌など歌いながら、前を歩く男を軽やかに追い越そうとしたその時。
 男が、振り向きざまに剣を抜いた。
 月が、紅く染まった。

「お願いします、犯人を捜して下さい!」
 翌日、冒険者ギルドにひとりの青年の姿があった。
「親父の仇をとりたいんです!」
 夕べの凶行の犠牲者‥‥その息子だという青年は、思い詰めた様子で受付係に迫る。
「捜すと言われても‥‥何か手がかりはあるのですか?」
 問われて、青年は悔しそうに首を振る。
「近所の人が悲鳴を聞いて飛び出した時には、もう相手の姿はなかったそうです。ただ‥‥」
「ただ?」
「『俺じゃない、俺がやったんじゃない』‥‥と、そう叫んでいたのが聞こえた、と‥‥」
「その、犯人が、ですか?」
 自分の手で目の前の相手を斬り倒しておきながら、自分ではないとはどういう事だろうか。
 どうも厄介な事件らしいと受付係が眉間に皺を寄せたその時、店の奥から若い女の声がした。
「失礼。その男、どうやら私の獲物のようです」
 黒ずくめの衣装に黒いフードで顔の殆どを隠した冒険者風のその女はカウンターに近付き、一礼する。
「あなたの獲物‥‥捜し人、ですか?」
 受付係の問いに、無言で頷く。
「あの、よろしければ事情をお話いただけないでしょうか‥‥?」

「‥‥彼は、私の兄ジードの仇なのです」
 アルダと名乗った女は、硬い口調と低い声で淡々と語る。
「5年前、彼は親友だった兄を手にかけ、それを目撃した私までも殺そうとしました。これが、その時の疵です」
 目深にかぶったフードを後ろに払いのけると、そこには顔の半分にも及ぼうかという火傷の痕が拡がっていた。
「‥‥なのに彼は、自分のやった事を否定し続けました。罪を認めようとしない彼に私は復讐を誓い、今まで追い続けてきたのです。‥‥でも、それがいけなかったのかもしれません‥‥」
「‥‥いけなかった、とは?」
「私は、彼に兄の幻影を見せつけ、責め続け、追い続けました。何故こんな事になったのか、兄との間に何があったのか、それが知りたくて‥‥。でも、その度に彼は否定し、沈黙し、逃げ、そしてまた追われ‥‥」
 今まで辿ってきた道を思い返すように目を閉じた。
「私が、彼を追い詰めたのです。最後に見た時、彼は背後から近付く者に対して異常なほどの恐怖心を抱くようになっていました。恐らく、彼にはそれが、自分を責めながら追いすがる兄の姿に見えたのでしょう‥‥」
「幻覚が見えていた、と?」
 彼女は頷き、続けた。
「彼の足取りが掴めなくなって半年、その間にあちこちのギルドで通り魔殺人の噂を耳にしました。その全てが、男の後ろを歩いていたら振り向きざまに斬られた、というものでした。そして、逃げる際には必ず『俺じゃない、殺すつもりはなかった、追ってくるな、消えろ』などと捨て台詞を残すと‥‥」

 受付係は重い溜め息をつくと、羊皮紙にペンを走らせた。
『通り魔殺人犯の身柄を確保されたし』
『年齢30歳前後、傭兵風。戦闘力高。精神を病んでいる模様』
 生死不問、と書きかけて手を止め、再びフードをかぶり直してカウンターに背を向けていたアルダに尋ねる。
「‥‥今でも‥‥復讐を望んでいるのですか?」
 彼女は、背を向けたまま静かにかぶりを振った。
「今は‥‥ただ、真実が明かされる事を望むのみです。そして、私自身も含め、犯した罪が償われる事を‥‥」

●今回の参加者

 eb2322 武楼軒 玖羅牟(36歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5195 ルカ・インテリジェンス(37歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)

●リプレイ本文

 夕暮れ時。
 町の酒場では早くも酔いつぶれた客達が、大声で語り、笑い、歌っている。
 その喧噪から離れた一角に、冒険者達が席をとっていた。
「では、昼間の調査結果を元に、今後の作戦を練るとしよう」
 隅の椅子に少し窮屈そうに腰掛けた武楼軒玖羅牟(eb2322)が口火を切る。
「その前に、アルダさんに改めて最初の事件の事をお伺いしたいのですが‥‥」
 ディアナ・シャンティーネ(eb3412)の問いに、フードの下に表情を隠したまま、アルダは頷いた。
「私の兄と、彼‥‥クラウスの間に何があったのか、詳しくは知りません。ただ、二人とも同じ騎士団に属する騎士で、事件があった時、二人は戦から帰ったばかりでした」
「その時、何か変わった事はありませんでしたか? 例えば‥‥その、犯人が持っていた武器など‥‥」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)はそう言うと、向かいの椅子の背に腰掛けたメアリー・ペドリング(eb3630)に視線を向けた。
 それを受けて、メアリーが言葉を継ぎ足す。
「そう‥‥何か、呪いの武器のような物を、持ってはいなかっただろうか?」
「呪いの武器‥‥ですか」
 アルダの視線が、暫し宙を彷徨う。
「いいえ、そんな物はなかったと思います」
「‥‥そうか。呪いのせいとなれば、多少は貴殿の気も休まるやもしれぬと思ったのだが‥‥」
「お心遣い、感謝いたします。‥‥でも、そうですね。呪いと言えば、確かに一種の呪いだったのかもしれません」
「それ、どういう意味かしら?」
 ルカ・インテリジェンス(eb5195)が片手に持った無骨なカップを弄びながら訊ねた。
 だが、アルダは自分の考えを打ち消すように首を振った。
「いいえ、ただ、そんな気がしただけです。真相は本人にしかわかりません」
「それを聞き出す為にも、そしてこれ以上罪を重ねさせない為にも、早く犯人を捕らえなければなりませんね」
 シルヴィアの言葉に、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)が、初めて口を開いた。
「もしかしたら、アルダさんにも何か思い違いがあるかもしれないですし‥‥例えば、本当は事故だった、とか」
「ありがとう‥‥もしそうだったら、どんなにか‥‥」
 アルダの口元が僅かにほころぶ。だが、フードに隠された瞳は暗い光をたたえたままだった。
「‥‥終わらせるぞ、今回こそ」
 重苦しい空気を振り払うように、クラムが腰を上げた。

「今までのパターンからすると‥‥」
 薄暗い路地に身を潜めたパールが、小声で作戦を確認する。
「犯行は真夜中。そして一度事件を起こしても、すぐにはその土地を離れないそうです。まるで捕まえて欲しがっているように、同じ場所に留まり続けると‥‥」
「でも、アルダさんが現れると逃げる‥‥一体、どんな心理状態なのでしょう」
 明かりが漏れないように布を被せたランタンを手にしたディアナが首を傾げる。
「どうであれ、逃げないのであれば好都合‥‥」
 と、言いかけたメアリーの耳が、近付いてくる足音を捉えた。
 僅かな月明かりに、背の高い男の姿が浮かび上がる。
「‥‥彼、かしら?」
 影にしか見えない男の様子を詳細に見て取ったルカが、その様子をアルダに伝える。
 彼は行く先々で、夜の闇を友とする組織の用心棒などをしながら暮らしていたらしい。だが、近頃はその世界でも『ヤバイ奴』という噂が広がり、彼を雇おうとする者はいなかった。
 痩せて頬がこけ、目ばかりがギョロリと光る。薄汚れ、破れたボロを纏う中、腰の剣だけが輝きを放っていた。
「‥‥間違い、ありません」
 獲物は、影に潜む冒険者達の脇を何も知らずに通り過ぎていった。
「クラムさん、気を付けて下さいね」
 ディアナにグットラックを付与されたクラムが、シルヴィアに借りたシールドを両手に持ち、大通りに滑り出た。
 同時に、メアリーとパールが上空に舞い上がる。
 男は、ふらふらと、あてもなく夜の町を彷徨っているように見えた。背後から近付くクラムの足音に、まだ気付いていないのだろう。時々立ち止まってはボンヤリと空を仰ぐ。
 やがて男は、広い辻にさしかかった。
 ここなら、存分に戦える。クラムは足を早め、追い越しにかかった。
 それに気付いた男は、ビクリと肩を震わせる。まるで何かにからみつかれたように、足取りが重くなった。
 背後から迫る足音が近付いてくる。あと、三歩、二歩‥‥。
 ―――ガイィンッ!!
 鈍い金属音が闇に響く。
 クラムは、初撃を辛うじて受け止めた。
 相手の予想外の行動に、男はとまどいを隠せないようだった。今までの相手は、全て一撃で倒してきたのに‥‥。
 男が呻く。
「何故だ‥‥何故、お前は死なない!? 何故、いつまでも俺を追って来るんだ!?」
 男の目には、この世のものではない何か‥‥誰かが、見えているらしい。
 動きが止まった隙をついて暗がりから飛び出したシルヴィアが、鞘に収めたままの剣でディザームを試みる。
 だが、錯乱はしていても、彼の戦闘力は少しも衰えていないようだ。
 苦もなくかわすと、剣の切っ先をクラムに向ける。
「クラムさん!」
 そこへ、上空からパールのビカムワースが飛んでくる。だが、全くダメージを与えられなかった。
「ならば、これはどうだ!?」
 メアリーのグラビティーキャノンが男を直撃する。
「ぐうッ」
 さすがにその威力には抵抗出来ず、よろめいた所にクラムがトリッピングをかける。
 たまらず倒れ込んだところにビカムワースの第二撃が命中した。
「そろそろ、おネムの時間よ」
 ルカが唱えるスリープに抗しきれず、男は剣をしっかりと握ったまま、安らかな寝息をたてはじめた‥‥。

「‥‥何とか、なりましたね」
 眠ったままの男を起こさないように、慎重にロープで縛り上げたディアナが、ほっと息をつく。
 そして、動いても解けない事を確認して、男にリカバーをかけた。
「犯罪者とは言え、傷ついたままにはしておけませんから‥‥」
「これは、どうしましょう」
 男が握ったまま離さない剣をどう処理すべきか、シルヴィアがアルダに訊ねる。
「これは本当に呪いの剣ではないのですか?」
「はい‥‥皆さんにとっては、ただの剣です」
 アルダの答えに、ルカが眉を寄せ、肩をすくめる。
「また謎めいた答えね。どういう事?」
「‥‥彼と、話しても良いですか?」
 ルカは、返事の代わりに黙って場所をあけた。
 アルダは横たわる男の枕元に跪き、優しく呼びかける。
「‥‥クラウス?」
 その呼びかけに、男がうっすらと目を開ける。
「‥‥アルダ?」
 その瞳には、正気の光が宿っているように見えた。
「その‥‥痕は‥‥あの時の?」
 黙って頷く。
「許してくれ‥‥君を‥‥巻き込むつもりはなかった。屋敷の中に君がいるとは思わなかったんだ! 君が‥‥見ていたなんて‥‥」
 次第に、目の焦点があやしくなってくる。
「あれは、事故だったと、君にはそう言うつもりで‥‥証拠を消す為に火を付けた。そうさ、俺じゃない。俺がやったんじゃない。お前が悪いんだ。お前は俺を‥‥野良犬か何かだと思っていたんだ!」
「違うわ、クラウス。何故、そんな風に‥‥」
「俺はこの剣が欲しかった。これは、戦場で最も功労のあった者に領主様が下さったものだ。だが、俺はいつもいつも、お前のせいで手柄を逃してきた‥‥いつもお前が、俺の一歩先にいた! お前がいる限り、俺は永遠に‥‥っ」
「それで、殺したと言うのか? 身勝手にも程があるな」
 メアリーの言葉には構わず、男は自分が殺した男の幻と話し続けた。
「俺が絶対に手に入れられないものを、お前は野良犬に餌でもやるように、俺にくれて寄越したんだ! さぞかし気分が良かっただろうな!」
 それが、呪いの正体。褒美の剣が、彼だけに与える特殊な呪い‥‥。
 男は、気がふれたように高笑いを続けた。
「‥‥もう、これ以上話しても、無駄なようです」
 アルダが立ち上がる。
 騒ぎを聞きつけ、夜中だというのに周囲には人垣が出来つつあった。
「‥‥まあ、とりあえず真実は聞けた‥‥の、かしら?」
 ルカの問いに、アルダは憑き物が取れたように穏やかな表情で頷いた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで‥‥」
 そこへ、抜き身の剣を下げた男が走り込んできた。
「は、犯人を捕らえたって!?」
 依頼主だ。
「親父の仇、覚悟!」
「待て」
 斬りかかろうとするその腕を、クラムががっしりと掴み上げる。
 シルヴィアも、両手を広げて立ちはだかった。
「悲しみの連鎖は此処で終わりにするべきです。誰もが不幸になる結末など、亡くなったお父様も望んでいないでしょう」
「‥‥あんたに何がわかる!?」
 青年は、血走った目で男を見据えている。説得の言葉に耳を貸す気はなさそうだった。
 その様子に、ルカが溜め息をつく。
「気持ちはわからないでもないけど‥‥あんまいいもんでもないわよ、殺人ってのは」
「今この人を殺したら、あなたもこの人と同じ、殺人犯になってしまいます。あなたの家族だって、そんな事は喜ばないでしょう?」
 パールの言葉に、腕に込められた力がほんの少し弛む。
 それを見て、シルヴィアは上げていた両腕を下ろした。
「理由はどうあれ、失われた命は戻りません。彼には法の手で相応の処遇が下されるでしょう」
「極刑になるかどうかは保障できないけど、私達に出来るのはここまでよ」
 ―――カラン‥‥。
 乾いた音をたてて、剣が手からこぼれ落ちた。
 クラムはその腕をそっと離すと、アルダに向き直った。
「‥‥同じ肉親を殺されたもの同士。アルダ殿なら、彼の辛さを和らげられよう。力になってはくれまいか?」
 その言葉に、アルダは静かに頷いた。
「それが、少しでも償いになるのなら‥‥」
 小さな町に、再び静けさと平穏が戻ろうとしていた。
 それはアルダと、そして恐らくはクラウスの心にも‥‥。