お茶と書類とネコの山‥‥だけじゃない?
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:12人
サポート参加人数:8人
冒険期間:12月10日〜12月16日
リプレイ公開日:2007年12月18日
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●オープニング
「あの‥‥ねえ、どいて貰えませんか?」
とある領主様の執務室。大きな机のど真ん中に、大きな猫がどーんと乗っかっていた。いや、そこだけではない。山と積まれた書類の上にも、そして椅子の上にも、どこもかしこも猫だらけ。
「さっきまでベッドの上で寝ていたでしょう? どうして人が仕事を始めようとすると、そうやって邪魔をするんでしょうね、あなた達は‥‥」
まあ、それが猫というものだ。
そしてこの部屋は南に向いた広い窓のお陰で、晴れた冬の午後には温かい陽射しがふんだんに降り注ぐ。日向ぼっこが大好きな猫達にとっては、最高の寝場所だった。
「仕方がありませんね‥‥ここだけ、どいて貰いますよ」
猫好き領主様は椅子を占拠した一匹を抱き上げて座る場所を確保すると、大きくて温かく、ふわふわもこもこで‥‥そしてかなり重たいそれを自分の膝の上に置いた。
後は書類の上でどーんと寝そべっているトラ猫をどかせば、何とか仕事を始められるのだが‥‥猫は「こんなモノよりアタシを見てっ!」と言わんばかりに存在をアピールしている。
そこで彼は、引出から羽根ペンを取り出すと、その羽根の部分を猫の目の前でチラつかせてみた。猫はたちまち目を輝かせ、それに飛び付いて来る。彼の机の引出には、そうして遊んだ為に羽根がボロボロになった「元・羽根ペン」が何本も転がっていた。
暫くそうして遊んでやると、猫は満足したのか机から下りて、床に出来た日溜まりにでろんと寝そべった。
さて、これで漸く仕事が出来る。
しかし、背中に降り注ぐ午後の陽射しは余りに温かく、ついでに膝の猫も温かく、そして視界に入る猫達の寝姿は余りにも気持ち良さそうで‥‥
そして‥‥真夜中にふと目を覚ましたルルが窓の外を見ると、ちょうど反対側にある領主の執務室からは、まだ明かりが漏れていた。
「ちょっと、いつまで仕事してるつもり? もういいかげん寝なさいよ!」
そんな口うるさい母親か世話女房のような台詞に、ボールスは顔も上げずに答える。
「‥‥ええ、これが終わったらね」
これ、とは‥‥傍らに積まれた書類の山の事だろうか。目を通すだけでも2〜3時間はかかりそうな分量だ。
「夜が明けちゃうじゃない!」
「そうですねえ」
今、猫達は‥‥そして犬達も、暖炉の前で団子になっている。彼等に邪魔されずに仕事が出来るチャンスは今しかないのだ。
「だったら、部屋から追い出せば良いでしょ? ほら、こないだみたいに」
確かに猫達を追い出せば仕事は捗る。だがその為には何か、猫に代わる「ご褒美」が必要らしい。
「ワガママ言わないの、子供じゃないんだからっ! って言うかチビさんだってそんなワガママ言ってないわよっ!」
「う‥‥」
「それに、こうやって夜遅くまで起きてるから昼間眠くなるんじゃない!」
ごもっとも。
「でも、これを終わらせないと‥‥明日になったらまた、同じように積み上がりますから」
「だから、昼間きっちり働いてしっかり終わらせれば良いでしょっ!?」
だが、それが出来れば苦労はない。それに、何かの用事で城を空ける事にでもなれば、仕事はますます溜まる。更には猫屋敷でも書類の山が彼を待っているのだ。
そして今日も、朝からキャメロットに出掛ける予定になっていた。
東の空がほんのり赤く染まり始めた頃、暖炉の前の犬達がむくりと起き上がった。それに気付いて顔を上げた主人に向かって、立ち上がって尻尾を振る。
「運動の時間‥‥か」
ボールスも丁度仕事を終えた所だった。
犬達を引き連れて外に出た彼は、軽い準備運動の後、近くの森に入って行った。そして‥‥走る。下草や落ち葉、枯れ枝、木の根‥‥それに、まとわりつきながら共に走る犬達。そうしたものを避け、そして時折、ふいに悪戯心を起こして木陰から飛び出して来る犬の攻撃をかわし、森の中を自在に駆け回る。遊びと運動を兼ねたそれが、この城に滞在している時の彼等の日課だった。
散々走り回って腹を空かせた犬達に餌をやり、冷たい水で汗を流すと、ボールスは食事も摂らずに猫だらけのベッドに潜り込んだ。
仮眠を取ること、一時間。今度は共に起きた猫達に餌をやり、自らも軽い朝食を摂ると、ボールスは馬上の人となった。
まったく、忙しい。
「‥‥預言するわ」
後日、ボールスのそんな平均的な一日の様子をギルドの受付係に語って聞かせたルルは断言した。
「あの人、このままじゃ絶対、三年以内に過労死する!!」
「それは‥‥困りますね」
「でしょ? でしょっ!? だからね、ボールス様を少しでも長生きさせる為に、手伝って欲しいのよ!」
悪しき生活習慣を改善し、規則正しい生活と充分な睡眠時間を確保するにはどうすれば良いか‥‥それを考えて欲しい、とルルは言った。
「でも、あの人ってば、ああ見えてすっごい頑固なのよね。やる事が残ってる間は、誰に何を言われても絶対、笑いながら首を横に振るんだから!」
それは、そうかも。
「だから、能率アップも大事だけど、物理的に仕事の量を減らす事も必要よね」
方法は何でも良い。
「ほら、冒険者って、そのへん色々頭が回るんでしょ?」
‥‥ルルが自腹を切って、そんな依頼をギルドに持ち込んでいたその頃。
タンブリッジウェルズの城では、過労死寸前の領主を更に追い詰めるような事件が起きていた。
この城で保護している、自称セブンオークス領主ロシュフォードの妻(予定)、フォルティナ‥‥彼女が、事もあろうにボールスを訴えたのだ。
「私、この人に汚されたの!!」
‥‥と。
だが、目の前に指を突き付けられ、そんな名誉毀損とも言うべき台詞を投げ付けられても、ボールスは動じなかった。寧ろ悲しげな表情で相手を見る。
「‥‥何故、そんな事を?」
「ちょ‥‥っ、何でそんなに落ち着いてるのよ!? 私はあんたに‥‥っ」
「証拠は?」
「‥‥ないわ。でも、やってないって証拠もないわよね? こんな事ロシュ様の耳に入ったら、今度は決闘じゃ済まないわ。戦争よ!」
彼は自分の為ならそれ位してくれる。それが嫌なら、今すぐに自分を解放しろ‥‥フォルティナはそう言って勝ち誇ったように胸を張った。
「そうすれば、アレはなかった事にしてあげる。どう? 悪い取引じゃないでしょ?」
「‥‥なかった事も何も‥‥」
実際、何もない。ある筈がない。
ボールスは暖炉の前に置かれたソファに沈み込んだ。
「あの子も必死よね。どうにかして、あいつの役に立ちたいって思ってるんだろうけど」
城に戻り、事情を聞いたルルが言う。
自分は内部に潜り込む事でしか得られないような情報を掴む為に、ここに残された‥‥と、本人は信じているのだろう。だが、そんな貴重な情報など何処にもない。
「だから、デッチ上げてでも‥‥って思ったのかしら。で、どうするの? そんな噂、例え嘘八百でも誰かの耳に入ったら‥‥」
円卓の騎士の名と、その権威、そして信頼に傷が付くかもしれない。
「私個人の名誉など、地に堕ちても構いませんが‥‥それは困りますね」
しかし、彼女をロシュフォードの許へ帰す事は出来ない。この間の言動から見て、戻れば殺される可能性が高い。安全が保証されない限りは、一度預かった人の命を簡単に手放す訳には行かなかった。
それに、もし彼女を解放しても、噂は流されるのだろう。
‥‥厄介な荷物を抱え込んだか‥‥ボールスは静かに目を閉じ、小さく溜息をついた。
●リプレイ本文
●猫屋敷にて
「噂には聞いてたけど、すごい猫屋敷だなー」
友人のリデト・ユリーストと共にキャメロットの猫屋敷を訪れたウォル・レヴィン(ea3827)は、聞きしに勝る「猫屋敷」っぷりに目を見張る。
「犬もいるのか。ほら、フォーリィも挨拶。よろしくって事で、な?」
そう言って愛犬、セッターのフォーリィの頭を撫でていた所に、同じく大きなセッターを連れた少年が現れた。
「えっと、師匠は留守なんだけど‥‥あ、もしかして手伝いに来てくれたの?」
問われて、その方面は余り得意ではないのだと言いながら、リデトは傍らのエルフの背を押した。
「その代わり、助っ人を連れて来たであるよ。ウォルと同じ名前の騎士である」
「え、同じ名前?」
見上げたウォルに、エルフのウォルは手を差し出しながら言った。
「奇遇だな、よろしく、ウォル。君も騎士志望なんだって?」
「あ、うん‥‥えーと‥‥よ、よろしく、ウォル」
ウォルは赤くなりながらその手を握り返した。自分と同じ名前を呼ぶのは、どうも恥ずかしいらしい。
「エルフで騎士かあ。けっこう珍しいよね」
「ああ、でも体力なくて一人前と呼ぶにはまだ厳しくてさ。一緒に頑張ってけると嬉しいな」
「あ、オレも体力はないから‥‥って、オレはべつに、騎士なんか目指してないからなっ!」
相変わらず、素直じゃない。時々こちらに来ては図書館の本やギルドの報告書に目を通しているのは何の為だと言うのか。
「とにかく、イギリスは久しぶりだし、城へ行くのも初めてだ。案内して貰えると助かるな」
もうすぐ聖夜祭、故郷のイギリスで過ごすのも悪くない。それに、円卓の騎士の仕事を間近で見られる好機だ。
二人のウォルは、連れだって猫屋敷を後にした。
●潜入?
その日の午後、猫部屋と化した執務室に温かい陽射しが差し込む頃‥‥
七神蒼汰(ea7244)は足音を忍ばせ、ご丁寧に隠身の勾玉まで握り締め、あちこちに転がる猫達を起こさないように細心の注意を払いつつ、奥にいる部屋の主に近付いた。
――すっぱぁあん!!
「いたっ!!」
‥‥無防備すぎるよ、円卓の騎士。って言うかまた寝てたんですかい。
「‥‥何するんですか、いきなり!? ‥‥って、蒼汰さん?」
「お早うございます、ボールス卿」
ハリセンを手にした蒼汰はニコヤカに微笑む。
「何って、現実に引き戻して差し上げただけっスよ? そこの書類の山、しっかり直視しましょうね?」
「ああ、これですか?」
言われて、ボールスは書類の山‥‥と、その上に乗った猫を寝ぼけ眼でちらりと見る。
「大丈夫ですよ、朝までにはきちんと終わらせますから」
「そういう問題じゃねえ!」
――すぱぁん!
再び、ハリセンが炸裂した。
「ルル殿がどんだけ心配してると思ってんスかっ!」
蒼汰は自分が‥‥いや、自分達がここに集まった経緯を話して聞かせ、視界を塞いでいた体を脇にずらした。
そこにはドアの影から様子を見守る冒険者達の姿が‥‥
「ルル殿だけじゃない。少なくとも、こんだけの人数に心配かけてんですからねっ! 特にっ!」
と、蒼汰は心配そうにこちらを見ているクリステル・シャルダン(eb3862)に視線を向けた。
「心配しすぎて倒れたらどーすんですかっ!!」
蒼汰は三度目のハリセンアタックを仕掛ける‥‥が、流石に同じ攻撃を三度も食らう程、円卓の騎士は甘くない。ましてや彼女が見ているとなれば、尚更。
「へぶっ!!」
ハリセンのカウンターをまともに食らい、顔面を抑えて座り込んだ蒼汰の肩を、暫くジャパンに行っていたボールスさんちの座敷童子アネカ・グラムランド(ec3769)が溜息と共に「ぽむ」と叩いた。
「蒼汰くん、遊びに来たんじゃないんだからさ。ね?」
座敷童子に窘められるのも、なんか悔しいような。
「俺だって遊んでる訳じゃ‥‥っ」
だが、そんな抗議はあっさり聞き流し、アネカはボールスの前に進み出た。
「‥‥という事で、アネカ・グラムランド、ただいま戻りましたっ! これ、お土産の十手です!」
「お帰りなさい」
ボールスは差し出された物を手に取り、しげしげと眺めた。
「ありがとう。‥‥珍しい形ですね。武器、ですか?」
「ううん、武器にも使えるけど、盾代わりの方が良いかな? ええと、この鈎の所で相手の武器を引っかけて‥‥」
アネカの話は止まらない。十手の説明からジャパンの土産話に突入しようとしたその時‥‥
――ぺし。
「遊びに来てる訳じゃ、ないんだぞ?」
蒼汰が呆れたように笑いつつ、アネカの頭にハリセンを置いた。
「ボールス卿、ご所望のハリセン2個目、どーぞw」
●さて、お仕事
まだ人数も揃わない初日はボールスの仕事ぶり‥‥と言うか仕事しないっぷりを観察して過ごした一行は、翌日から本格的に仕事に取りかかった。
「これはやっぱり、猫部屋が必要ですね」
執務室を見渡したグラン・ルフェ(eb6596)が言う。
「ボールス様が仕事に専念できるように、です!」
「こっちも陽当たりが良さそうですよね。ここ、ペット専用部屋に改造しちゃっても良いですか?」
隣の部屋を覗いたアネカが言う。執務室と猫部屋を分けた方が良いというのは、全員の一致した意見だった‥‥ただ一人を除いては。
「部屋を分けるんですか? でも、そうしたら猫達の姿が‥‥」
見えなくなってしまう、と、ボールスは不満げに言った。仕事の合間に彼等の幸せそうな寝姿を見るのは良い気分転換になるのに。
「でも、ルルの話では寧ろ仕事の方が気分転換みたいだけど?」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が言った。
「やっぱり目の前にいたら、つい触ったり遊んだりしちゃうでしょ? 気分転換って言うなら、一時間に5分、猫さん達と遊ぶ時間を作るとかさ」
「そうだな、猫と遊ぶのは時間で分けた方が効率上がるんじゃないかな」
と、ウォル・レヴィン。
「ストレスが溜まってるのは分かるけど、そのせいで夜中になっても仕事が終わらないんじゃ余計にストレス溜まると思う。姿が見えなくて寂しいなら、絵を飾るのはどうかな? 猫でも‥‥好きな人のでも」
「‥‥本物の方が良いです‥‥」
猫も、人も。
ボールスは隔離政策に対して断固として反対するつもりのようだ。それに例え部屋を分けたとしても、姿が見えなければつい不安になって、わざわざ様子を見に行ってしまうだろう。見える所にいる、猫好きにとってはそれが重要なのだ。そして猫部屋に入ったら最後、出て来ないだろう事は想像に難くない。
「だったら、ここを猫部屋に改造して貰えませんか? 他に居心地が良い寝場所を作って貰えれば、猫達も机には乗らなくなるでしょうし‥‥」
効果があるかどうかは怪しいものだが、それがボールスが妥協出来るギリギリのラインだった。
「では作業の間、猫さん達には隣へ移動して貰いましょうか」
メグレズ・ファウンテン(eb5451)がマタタビをちらつかせ、猫達を誘導する。だが、猫も個性は様々。中には全く反応しない猫もいた。
「そんな猫様達は俺が♪」
グランが抱き上げ、いそいそと隣へ運ぶ。
「では、私も向こうに‥‥ここにいたら、邪魔ですよね?」
邪魔と言うか、ただ猫の後を追いかけたいだけ、のような気もするが。書類の山を抱え、ペンとインク壺をポケットに突っ込むと、ボールスは猫達を追って隣の部屋に消えた。
「さてと、じゃあ始めよっか!」
「木材を持って来ましたので、これで何か適当な物を‥‥」
「キャットタワーはどうでしょうか? 陽当たりが良くて、仕事の邪魔にならないような場所に‥‥」
「って事は、このへんか?」
‥‥等々。とりあえず環境作りは順調‥‥なのか?
●噂の女
城の中庭に、竪琴の音色が静かに流れていた。
「‥‥へえ、楽師なんて珍しいじゃない?」
音色に誘われて姿を現した女性は、竪琴を爪弾く吟遊詩人、カイト・マクミラン(eb7721)をじろじろと眺め回して言った。
「あら、こんにちは。アタシ、お疲れ気味の領主様を和ませるようにって呼ばれたんだけど、夜までは暇なのよね。あなた、一曲いかが?」
「そうね、何か適当に頼むわ」
面識はないが、恐らく彼女が噂のフォルティナだろう。乞われて、カイトは流行りの曲をいくつか披露した。
「‥‥ねえ、あんた吟遊詩人なら、あちこち旅をするのが仕事よね?」
暫く黙って演奏を聴いていたフォルティナが言った。
「まあ、そうね」
「私はここから出られないの。だから、私の代わりに‥‥」
「‥‥例の噂を広めて欲しいと?」
「ええ。自分の事だとは言ってなかったけど、ここの領主様は酷い男だって。アタシに任せてって言ったら、そりゃあもう喜んでたわ」
その夜、食後のお茶を楽しみながら、それぞれが昼間の成果を報告していた時。
「ああ、勿論広めたりしないわよ? 彼女に気を許して貰う為にね。もう少ししたら、もっと色々しゃべってくれそうな感じだから、何か掴めたらまた報告するわね」
「何ですか、例の噂って?」
まだ何も聞いていなかったらしいグランはカイトの話に首を傾げる。そして‥‥
「えーー!! やっちゃったんですか? やっちゃったんですか? ボールス様??」
――すぱんすぱぁんっ!!
ハリセンのダブルアタックが飛んだ。
「何をですかッ!」
「ま、まあ、浮気は男の甲斐性と‥‥」
――すぱぁん!
「‥‥え? 濡れ衣? そ、そうですよね。ええ、勿論! 俺は信じていましたっ!」
嘘つけ。
「嘘じゃありません! ほら、この目を見て下さい! この無垢な子犬のような目を‥‥」
言われて、ボールスは相手の妙にキラキラした瞳を覗き返してみるが‥‥
――すぱーん!
「何故ーっ!? ボールス様のドSぅ!!」
「‥‥仲、良いんだね」
アネカが撃沈したグランを見て呟き、次いで視線をボールスに向けた。
「執務室の改造はもうちょっとで終わりそうだから、明日は皆で書類整理の方をお手伝いしますね!」
そして今回も占い師として滞在しているネフティス・ネト・アメン(ea2834)‥‥ネティが、未来見の結果を報告した。
「ちょっと言い難いんだけど‥‥実は前と殆ど変わらなかったのよね、見えた物」
フォルティナが恋人と称するエルフと共にボールスに保護を求め、それを巡ってロシュフォードが決闘を挑んで来た、あの時。そこで見えたものは『森が燃えて、町が洪水に呑み込まれる』光景だった。
「‥‥変わらない、という事は‥‥」
自分達は何の役にも立てなかったのだろうか、と、クリスが目を伏せる。
「ああ、大きな流れは変わってないって事よ。少なくともあれで、彼女の死の未来は遠ざかった筈だし‥‥ボールスさんも生きてるし?」
ネティは微笑んだ。
「そこから考えて‥‥彼女には悪いけど、全体の流れには殆ど関わりがないように見えるわ。彼女がどう動いても‥‥動かなくても結果は同じって」
そして、彼女とロシュフォードの間にはどんな未来も見えなかった。
「関わりがなくなる、つまり赤の他人って事かしらね。今のままだと、彼女はあの男の妻にはなれない。問題は‥‥」
彼女がそれを絶対に認めないであろう事と、見えるものが「冒険者達が何もしなかった場合の未来」である事。事態が動けば、未来も変わる。確実な未来など、どこにもないのだ。
「それに、例の噂。実害は殆どないけど‥‥彼女、ほっとくと他にも色々ある事ない事バラ撒き始めるわよ?」
「えーと、それっていわゆるいいがかりで、ふーひょーひがいを狙ってるって事かな?」
と、アネカ。その頭を蒼汰がぐりぐりと撫でた。
「はい、良く出来ました」
「ちょ‥‥蒼汰くんまでボクをバカにして‥‥っ!」
いや、堪えて堪えて‥‥と、アネカはひとつ深呼吸してから続けた。
「じゃあボク、念の為に家事をしながら見張っておくね。変な動きしたら、すぐボールスさまに知らせるから!」
そして、同じ頃。
ディアナ・シャンティーネ(eb3412)はフォルティナの部屋を訪ねていた。
「あ、あの‥‥宜しければ案内して頂けますか? 一番このお城の中で星が綺麗に観られる場所へ 」
簡単な自己紹介の後そう切り出したディアナに、フォルティナは興味がなさそうに答えた。
「知らないわよ、そんなもん。どこでだって見えるでしょ?」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。あの‥‥ここの暮らしは、長いんですか?」
それを聞いて、フォルティナは疑わしげな目つきで相手をじろりと睨め付けた。
「‥‥私の事を探ってどうする気? あのボケ領主に頼まれたの?」
「探るだなんて、そんな‥‥それに、誰に頼まれた訳でもありません。ただ、お友達になりたくて‥‥」
「お生憎様。私はオトモダチなんか欲しくないの」
どうやら、最初の接触は失敗に終わったようだ。
●夜のお仕事?
「‥‥じゃあ、仕事の目途が立ったら合図を頂戴ね。ボールス様を寝かしつけるのがアタシのお仕事だから♪」
お茶とお菓子の用意をして執務室の前に立ったクリスにそう言い残し、カイトは控えの間に姿を消す。
今はもう真夜中だが、ボールスの仕事が終わる気配は一向にない。それもその筈だ。猫と共に避難した先で、夕方まで夢の世界で遊んでいたのだから。そして、こうして夜中‥‥いや、朝方まで起きていれば昼間眠くなるのは当然の事だ。
「あの‥‥一休みしませんか?」
そう言ってクリスが部屋を訪ねた時、その机にはまだ‥‥昼間見た量の半分程の書類が残っていた。
「ありがとう。‥‥ああ、あなたはもう、寝て下さいね?」
エル達と一緒に作ったという不揃いな形の菓子を口に運びながら言うボールスに、クリスは素直に「はい」と頷いた。
しかし、その二時間後‥‥
「まだ起きてたんですか!?」
再び差し入れに訪れたクリスを見て、ボールスは慌てて立ち上がった。
「だ、ダメですよ、こんな遅くまで‥‥! ああ、ほら、体が冷えてるじゃないですか!」
その手からトレイを取り上げ、暖炉の前に座らせる。
「夜はきちんと寝ないと、体を壊しますよ?」
「でも、ボールス様が仕事をしていると思うと気になって眠れませんもの」
クリスは微笑みながら穏やかに首を振った。
「ご迷惑で無いのなら、お手伝いさせて下さい」
それは嬉しいが‥‥書類の山は、まだまだ無くなりそうにない。終わるまで付き合わせる訳にはいかなかった。
「眠れないなら‥‥眠らせてあげましょうか?」
「え‥‥?」
ボールスはその体をひょいと抱き上げ、廊下に向けて叫んだ。
「カイトさん、スリープをお願いします!」
‥‥朝までぐっすり、お休みなさい☆
●書類の山
翌朝、執務室が未だに改造中の為、一同は食堂に集まっていた。
「見事にバラバラだね」
新たに積み上げられた書類にざっと目を通したデメトリオスは「これじゃ時間もかかる筈だよ」と首を振った。
「ここに上げる前に、誰かチェックする人はいないの? 補佐役の人とか‥‥」
それを聞いて、何人かが硬い表情で目を伏せた。
「前は、いたんだけどな」
蒼汰がボールスの方を気にしながら低い声で言った。
「今は、その‥‥」
「あのバカがいる時は、仕事も随分楽だったのですが‥‥必要な物だけを回してくれて、その判断も‥‥多分、私より正確でしたから」
ボールスは気を悪くした風もなく微笑む。
「彼が余りに仕事が出来たので‥‥」
部下が育っていないのだ。ボールスも暇を見て指導はしていたが、有能な部下は一朝一夕に育つものではない。
「じゃあさ、ボールスさんはどういう基準で判断してるの? そうした前例を書いて貰えば、効率は結構よくならないかな?」
「基準‥‥ですか?」
ボールスは首を捻る。
「なんとなく、です」
「え?」
「その、内容をぱっと見た瞬間の印象で、これは重要そうだ、とか‥‥」
具体的な政策については理詰めで考えるが、判断は直感で行うタイプらしい。そして、その直感は補佐役のロランが理詰めで判断したそれと、殆どの場合で一致していた。
「なるほどね、それじゃ指導は難しいか」
「でも、誰かが補佐をしないと‥‥減りそうもありませんし」
クリスが書類の山を見て言った。
「一人では難しいでしょうから、補佐役を何人かで分業してはどうでしょうか? ロランさんが戻ってきたら、ロランさんの補佐をして貰えますし‥‥」
補佐役を置かないのは、ロランの帰る場所を空けておく為‥‥?
「あのバカは多分、補佐など要らないと言うでしょうけどね」
ボールスはそっと目で問いかけてきたクリスに頷き返し、しかし口ではそんな事を言う。
「でも、その結果がこれ‥‥ですよね」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言った。
「いずれにしても、いくら円卓の騎士の仕事とはいえ、これは大変すぎます。補佐役を付けないと、このままでは倒れますよ?」
「そうそう、ボールスさまは長生きしなきゃいけないんですから、ね?」
アネカがクリスの方をちらりと見て言った。
「‥‥あの‥‥っ!!」
その時、先程から妙に挙動不審だった蒼汰がいきなり立ち上がった。いつ言い出そうかとタイミングを計っていたらしい。
「ボールス卿、俺を部下にしてくれ‥‥いや、下さい!」
「‥‥実は、私も‥‥」
続いてルーウィン。
「ボールス卿に対して仕官を考えています」
「え‥‥?」
驚いたように二人を交互に見比べ、ボールスは言った。
「それは、有難い申し出ですが‥‥でも、お二人とも他に仕事があるでしょう?」
「大丈夫です! 俺は今回、その為に来たんですから!」
蒼汰が胸を張る。しかしルーウィンは‥‥
「‥‥まあ、実家とか色々ありますけど‥‥」
迷いがあるなら急いで決める必要はない。もう暫く考えてみるのも良いだろう。
ボールスはとりあえず、やる気満々の蒼汰を仮採用する事に決めた‥‥例の直感で。
「ありがとうございますっ! まあ、ロラン殿の代わりにはまだまだ役者不足だけどさ‥‥」
大丈夫、そこまでは期待してな‥‥げふげふ。
「じゃあ仕事に戻ろうか?」
デメトリオスが言った。
「折角これだけの人数がいるんだし、とりあえずおいら達の判断で分けてみたらどうかな? それがボールスさんの直感と合ってれば正しい判断って事で、文章にして行けば良いんじゃない?」
「そうですね、私達は直感でという訳にもいきませんから、判断の根拠は明確になるでしょうし」
ルーウィンもそれに賛同した。最初は難しくても、数をこなして行けばそれなりに信頼性のある基準を作れるだろう。
「それでも判断に迷ったらボールス卿へ回す‥‥これだけでも仕事はかなり減ると思います。どうしてもという以外は、しないほうが良い。その分、他の事に時間を使って下さい。子供と遊ぶとか‥‥」
「似たような案件は纏めた方が処理しやすいな。まずはそこから行くか」
ウォル・レヴィンが言った。
「ランクも付けて‥‥箱に分けた方が良いかな。緊急の要件もあるだろうから、それはそれで箱を作って、分類を示す札でもつけるか」
「例えば動くお金がいくらまでなら部下だけで決めて良いとか、軍事が絡まない部分は事後報告だけで良いとか‥‥他にも分け方あるかな?」
かかる費用と増えそうな収入の予測もあれば判断し易いだろうと、デメトリオスは経理部門の改善も提案してみる。
「やはりこれは、徹夜スキルも必要でしょうか‥‥」
早くも時間内には終わらないと判断したのか、書類を眺めながらメグレズが呟いた。
「う〜ん、結構難しいな‥‥」
補佐役(見習)は、早速眉間に皺を寄せて考え込む。出発前、ウィンディオ・プレインに色々と教わっては来たが‥‥
「付け焼き刃じゃ厳しいか」
「あ、私も‥‥」
同じく出発前、リディア・レノンにイギリス語を教わってきたサクラ・フリューゲル(eb8317)が苦笑いを浮かべる。
「言葉が苦手なら俺が通訳しますよ? その代わり、誰か政治の事を‥‥」
と、グラン。
「では、お願い出来ますか? イギリス語は未だに未熟ですので‥‥その代わり書類の中身、政治等の貴族関係に属する知識については‥‥多分、お答え出来ると思いますわ。多分、ですけれど」
「ねえ、後でウォルくんも呼んで来ようか?」
彼もまた騎士修業中である事を思い出してアネカが言う。
「ええ、そうですわね。一緒に手伝って貰って、そこでどういうものかの感覚を掴んで貰うのも良いかもしれません」
ウォルはまだ町作りの資料整理で悩んでいるのだろうかと気にしつつ、サクラが答えた。後でこっそり様子を見に行ってみよう。相談に乗ると言っても、どうせ意地を張って断るのだろう、とは思うけれど。
●中庭の攻防
「慣れない場所での暮らしは大変でしょう。何かツライ事とかはないのかしら?」
今日も中庭で暇そうにしている‥‥と見せかけたカイトの所に、正真正銘の暇人フォルティナが現れて数時間。その歌とオシャベリですっかり和んだ彼女は、かなり打ち解けた様子を見せていた。とは言え、共に庭に出てきたディアナに対しては相変わらず「ツン」だったが。
「別に‥‥特にないわね。死ぬ程退屈だって事以外は」
「あら、そう? でもほら、例の噂‥‥あの、アレされたって、もしかしてあなたの事じゃないの? ねえ、良かったら話してくれないかしら? アタシ、ちょっとだけなら過去が見えるのよ。日時と場所がわかれば、ばっちり証拠を‥‥」
「ああ、アレね」
フォルティナは気のない様子で答えた。
「嘘よ。あいつにそんな甲斐性ある訳ないじゃない」
「え‥‥ウソ?」
「良いのよ、嘘かホントかなんて、そんな事はどうでも。どっちにしろ、流れた噂は真実になるんだから」
その声が、たまたま仕事の合間に休憩に出た冒険者達の耳に入る。
蒼汰とグランは顔を見合わせ、話の輪に近付いた。
「‥‥そのような作り話をして、貴女には噂を本気にされては困るお方はいないのですか?」
「変な噂の流れた女性を貴族が妻に迎えるかどうか、考えて行動した方が良いよ」
だが、相手は強気だ。
「ロシュ様はそんなみみっちい事を気にするような人じゃないわ。それに、全てはロシュ様の為だって、わかってくれてるもの」
「あの‥‥ロシュフォード卿のどこに惹かれたのか、どんな方なのか‥‥宜しければ御教え頂けますか、彼の善い所を」
ディアナの問いに、フォルティナは鼻を鳴らす。
「別に‥‥ないわね、善い所なんて」
「‥‥え?」
「卑怯で残忍で狡猾で‥‥目的の為なら家族も犠牲にするような男よ」
「どうして、そんな人に‥‥?」
カイトが尋ねる。
「惚れたかって? 恋愛は理屈じゃないのよ。詩人のクセに、そんな事もわからないの?」
フォルティナはそんな男が、何故か自分にだけは優しく誠実だと思い込んでいるらしい。これぞ恋愛フィルターの成せる技、か。
「あらヤダごめんなさい、そう言えばそうね。でも、歌でもお話でも、そんな恋は‥‥」
大抵、実らない。
「よ・け・い・な・お・せ・わ・!」
フォルティナは思い切り舌を出すと、城の中に引っ込んでしまった。
●一休み
客間の片隅で、女性二人が何かを企んでいた。
「では‥‥これを」
クリスが淡い緑色の毛糸玉をいくつか、サクラに手渡した。
「ウォルはこの色が‥‥?」
猫のオモチャを作るから好きな色を選んで欲しいと言われ、エルは淡いピンクを、そしてウォルはその色を選んだのだった。もっとも、その色が好きなのかと問われて即座に「違う!」と言いはしたが。
「ありがとうございます。では、頑張って編んでみますわね。‥‥ウォルは‥‥喜んでくれるでしょうか?」
「ええ、きっと。でも、口では正反対の事を言うかもしれませんね」
「そうですわね。嬉しくなんかない、とか、余計な事をするな、とか‥‥」
くすくすと楽しげな笑い声が漏れる。ウォルは今頃、どこかでクシャミを連発している事だろう。
一方、すっかりお猫様仕様に模様替えをした執務室を綺麗に片付け終えたメグレズは、余った端材を持って客間に戻った。
「さて、何を作りましょうか‥‥」
メグレズはそれで木彫りの人形を作るつもりだった。
「やはり、あの三人にはカワイイモノ系が‥‥」
ボールスにはどう考えても猫だろう。エルはいつも連れ歩いている子狐。となるとウォルには‥‥
「犬、でしょうね」
メグレズは黙々と手を動かす。出来上がったらクリスに頼んで、自分からのプレゼントだと言って聖夜に渡して貰うつもりだった。
「う〜ん、ボクはどうしようかな〜」
休憩時間、アネカは暇を持て余していた。
「猫さん達とはデメくんやグランくんが遊んでるし、リリムもそっちに行っちゃったし‥‥そうだ、ちょっとボールスさまに訓練させて貰おうかな」
そう言えばさっき、蒼汰に誘われて城の外に出て行った様だが‥‥と、アネカが立ち上がったその時。
「だ‥‥誰かーーーっ!」
その、蒼汰の声がした。
「た、大変だ、ボールス卿がっ!!」
●水馬
ケルピーの特徴に、こんなものがある。曰く『悪意のある水の精で、人間達を言いくるめて背中に乗せ、深い水中に飛び込んで殺してしまいます』
何が気に入らなかったのか、蒼汰が連れてきたケルピー、シルフィスは、首に手綱を掛けようとしたボールスを背中に乗せると、そのまま城を取り囲んで流れる川に‥‥
――ザッパーン!
「どうしたの、蒼汰くん!?」
叫び声を聞いて駆けつけたアネカに、蒼汰は目の前を流れる冷たい急流を指差す。
「俺のご褒美が、プレゼントで、ボールス卿がっ!!」
つまり、昼寝を我慢するご褒美に、誕生日プレゼントとして用意したケルピーで遠乗りをさせるとボールスを誘ったら‥‥
「ええっ!? あ、上がって来ないのっ!?」
騒ぎを聞いて、続々と人が集まって来る。だが、何分経っても彼等が沈んだ水面に動きはなかった。
「あの、ボールス様がどうか‥‥?」
心配そうに尋ねるクリスを見て、蒼汰が川に飛び込もうとしたその時。
――ザバァッ!
水色の馬が川岸に姿を現した。その首にはしっかりと手綱がかけられ、それを握っているのは‥‥
「ボールス卿!」
「‥‥けほっ、なかなか、跳ねっ返りの‥‥じゃじゃ馬‥‥」
全身ずぶ濡れになったボールスが青い顔で微笑む。ケルピーの首に手綱を掛けることができた者は、思いのままに従わせる事が可能となる‥‥シルフィスは今、ボールスに従順に従っていた。
「ま‥‥またそんな無茶を‥‥っ!」
しかし手綱を掛けなければ逃げられてしまう。
「そりゃ、そうだけど‥‥っ! いや、説教は後だ。早く、着替え! お湯! 毛布! ええと、それから‥‥っ!」
●占い師
その夜、ネティは例の燐光を従えた神秘的演出をもってフォルティナの元を訪れた。
「未だ迷いの淵を彷徨うそなたに‥‥」
「あら、こないだのインチキ占い師じゃない」
「‥‥そなたの首筋の刃は確かに遠ざかったが、まだ消えてはおらぬ」
ネティは低くくぐもった声で続けた。
「そなたの真の望みは何じゃ? 金か、地位か、権力か、それとも‥‥誰かの心か?」
「占い師なら、得意の占いで当ててみなさいよ」
「‥‥よかろう‥‥」
立ち上る香木の香りと、燐光の神秘的な光。その中に響く占い師の低い声。これは占いと言うより暗示と言った方が良いかもしれない。
「そなたの求めるものは‥‥決して手に入る事のない男の心‥‥そなたは知っておる‥‥その男がこれまでに何度も同じような手口で女を騙してきた事を‥‥それでも離れられぬのは‥‥その身に宿ったものか‥‥」
「‥‥出てって!!」
フォルティナは急に立ち上がり、憤怒の形相で叫んだ。その余りの剣幕に、逆らわない方が無難と判断したネティはさっさと退散する。
「‥‥図星だったみたい」
彼女が必死なのは、相手を想っての事もあるだろうが、それよりも‥‥
「お腹の子供の為、みたいね。これじゃ友達を作る余裕がないのも当然かも」
ネティは調べ物をしていたディアナにそう声をかけた。
「そう‥‥ですか。少しでも私達へ心を開いて頂けるようにと思ったのですが、根本的な原因はそれだったんですね」
アプローチの方法を変えた方が良さそうだ、とディアナは考える。
そして、彼女の調べ物‥‥イルカの紋章は、目録の中にいくつか見受けられた。いつか見た少年の胸に下がっていたペンダントに彫られたイルカ。あれは、その中のどれかである事は間違いないのだが。
「いつかまた、会えるでしょうか‥‥」
●そして翌朝
寒中水泳の後、無理矢理ベッドに突っ込まれたボールスは、陽が高く昇っても一向に起きて来る気配がなかった。
「すみませんっ! 俺のせいで‥‥っ!」
ベッドの脇で申し訳なさそうに頭を下げる蒼汰に、ルルが言った。
「ああ、良いの良いの、蒼ちゃんのせいじゃないから。不摂生してるからバチが当たったのよ」
日頃の不規則な生活のせいで抵抗力が落ちていたのだろう。今、ボールスの体の中では風邪のウィルスが大暴れしている最中だった。
「でもさ、おいら達がいる時で良かったじゃない?」
「そうですね、皆さん昨日で大体コツは掴めたようだし、ボールス様には最後のチェックだけして貰えれば」
デメトリオスの言葉にグランが頷く。
「じゃあ俺は、犬猫のお世話をしてきますね。あ、別に俺がデスクワークが苦手だとか、動物と遊びたいだけだなんて、そんな事はないんですからねっ!」
「では私は庭の手入れでもして来ましょうか」
妖精のアルカンシェルに頼めばグリーンワードで植物達の要望を聞いて貰えるから、と、メグレズ。
それぞれが仕事に散った後、残ったのは‥‥
「じゃあ、アタシは子守歌でも歌いましょうか」
カイトが静かに竪琴を爪弾く。
枕元ではクリスが淡い緑色の手袋を編んでいた。その手元をエルがじっと見つめている。
「かーさま、えりゅのはね、おかおつけて!」
エルは自分の手の甲を指差した。
「ここんとこに、くまさんのおかお!」
そう、もうすぐ聖夜祭。それまでには風邪を治して‥‥仕事もスッキリ片付けましょう、ね?