●リプレイ本文
「‥‥へえ、そんなにあちこち旅をして来たのかい?」
「ねえねえ、もっと話を聞かせておくれよ!」
窮屈で退屈な避難生活を続ける村人達は、新しい刺激に飢えていたのだろう。偶然村に現れた旅人達の話に目を輝かせて聞き入っていた。
そんな中、ひとり彼等に厳しい視線を向けているのは‥‥
「リューさん、何をそんなに難しい顔を‥‥?」
村長が尋ねた。
「あの二人は怪しい者ではない‥‥あんた自ら調べて、そう言った筈じゃが?」
「確かに、今の所はな。どう見ても、ただの無害な旅人だ」
だが彼等が魔法使いだとしたら、どんな能力を隠し持っているか、その外見からは見当も付かない。用心するに越した事はないだろう。
もしも彼等が吸血鬼とグルで、今、襲撃を受けたら‥‥恐らく、ひとたまりもない。
だが、外はまだ明るい。
「明るいうちに、間に合えば良いのだがな‥‥」
その日の昼近く、気絶するように眠り込んだテリーが起き出した頃には、既に依頼を受けた冒険者達がギルドに顔を揃えていた。
「あれが何か仕掛けて来るだろうって事はわかってたんだ。皆、準備万端整えて待ち構えてたって訳さ」
例によってテリーの背中を大きな手でバンバンと叩きながら、ベアトリス・マッドロック(ea3041)が言った。
「頭さえ居りゃ幾らでも増えるのがバンパイアの一番厄介なトコって判っちゃいるが‥‥一回丸々で準備されちまうと、正直どうしようもないね。そんでも思い通りにゃさせないよ!」
「勿論、テリーさんにも一緒に来て頂きますよ。一緒に村を護りましょう!」
グラン・ルフェ(eb6596)が魔弓ウィリアムを差し出しながら言う。
「これ、差し上げます。使いやすいし、魔法の効果もあるし‥‥」
「え‥‥? い、良いのか‥‥?」
躊躇うテリーに、今度はクリステル・シャルダン(eb3862)がシルバーアローの束を手渡した。
「これも‥‥吸血鬼に対抗するには必要でしょうから。どうか、吸血鬼に向かって強くなるという決意を伝えて下さい」
「強く‥‥は、なりたい。けど‥‥」
自信がない。
「今は、テリーさんで遊ぶ為に村を狙っているのですから‥‥」
シエラ・クライン(ea0071)が言った。
「テリーさんを追いつめる為にはもっと他の何かを狙えばいいと思わせるか、遊び相手として不適切と思わせるか。何にしても、興味の矛先を逸らす対象が欲しいですね」
「不適切‥‥というのうは、遊びだなんて言ってられなくなる程、強くなれば良いのかな?」
と、グラン。
「ええ。そうなればきっと、村が襲われる事もなくなります。あなたにしかできない事なんです。どうかお願いします」
クリステルに言われ、テリーは照れたように頷いた。
「あ、ありがとう。頑張っては‥‥みるよ。でも、今すぐには‥‥」
「時間があれば練習もしたい所ですが、とにかく今は急がないと」
ここで村を守れなければ、吸血鬼の思う壺だ。グランは自分のセブンリーグブーツをテリーに渡した。
「あ、これは後で返して貰いますけどね。俺は馬で、途中色々調べながら行きますから」
「悪いな、色々と。でも‥‥なるべく急いでくれ。こうしてる間にも‥‥」
「いや、あの陰険吸血鬼のことだ。恐らくテリー殿や我等に、その無力さを痛感させ、意志を砕くのが目的なのであろう。とすれば、目の前で見せつけるのが最も効果的‥‥」
ならば、少なくともテリーが村へ着くまでは行動を起こさないのではないか。メアリー・ペドリング(eb3630)はそう考えていた。
「‥‥そうかもしれない‥‥でも‥‥」
「あァ、わかってる。坊主の心配も最もさ。出来るだけ急ぐからね、心配しなさんな!」
――どかん!
テリーの背中にまたひとつ、大きなアザが出来たような。
ともあれ、一行は装備を確認すると、村へ向けて出発した。
「‥‥ああ、それがねえ、毎年この時期には街道に出る賊どもが増えるモンなんだが‥‥」
今年は何故か、被害に遭ったという話を全く聞かないのだと、クリステルが尋ねた街道筋にある宿の主人は言った。
「それどころか、賊に襲われそうになった所を小さな女の子に助けられた、なんて話す客人もいてね。一人や二人なら、ただのホラ話だと笑い飛ばす所なんだが‥‥どうも、本当の事らしいんだ、これが。信じられるかい?」
アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が尋ねた別の町でも、似たような噂が飛び交っていた。
「それで、その賊達というのはどの程度の力量なのでしょうか?」
「この辺りに出るのは厄介な連中ばかりでね。時々ギルドにも頼んじゃいるんだが、その度に逃げられたり、返り討ちに遭ったり‥‥だが、今年は安心して街道を通れると、商人の連中も大喜びさ」
「そうですか‥‥」
街道ばかりではなく、町のゴロツキも最近は姿を見ないらしい。
「確かに、賊やゴロツキがいなくなったと喜ぶ人はいても、彼等の身を案じて捜索願を出す人はいないでしょうね」
先日、町で高熱を出した人間がいないかと尋ね歩いても、何の情報も得られなかったのも道理だ。
恐らく、あの吸血鬼は「ゴミを綺麗に掃除してやったのだから感謝しろ」などと言うのだろう。確かに、犠牲になったのが一般人ではないと考えれば多少は気も楽になるが‥‥それでも、人の命を弄んでいる事に変わりはない。
アクテ情報をくれた者達に礼を言うと、仲間達の後を追った。
「‥‥おかしいな‥‥確かこの辺りだって聞いたんだけど‥‥」
下町の怪しい酒場で聞いた、怪しい店。グランは恐らく吸血鬼が利用しただろう、金さえ貰えばどんな仕事でも引き受けるという、その店を探していたのだが。
「‥‥兄ちゃん、他人には言えない頼み事かね?」
路地の隅から声がした。
「それとも、お上の犬かい?」
見ると、ひとりの男が物陰からこちらを伺っている。
「答えによっちゃ、案内する場所が違って来るんだがね‥‥?」
つまり、怪しい店か、それとも地獄‥‥はたまた天国か。
「い、いや、俺は、あの‥‥ど、どっちでもありませんっ!! ちょっと好奇心旺盛な、人畜無害の野次馬ですから‥‥お、お構いなくっ!!」
グランはさっと踵を返すと、脱兎の如く逃げ出した。こんな所を一人で調べるのは危険すぎる。この手の店をのさばらせておくのも問題だが、それはまた別の機会に‥‥。
とにかく、怪しい酒場での聞き込みで、この近辺には金次第でどんな仕事も引き受ける人種が多数棲息している事はわかった。そして、その中の何人かが現在仕事中である事も。
「火と、土、それに月魔法の使い手‥‥か。どれも厄介だけど、月魔法が特に、かな‥‥」
村の中に送り込まれたのが月魔法の使い手なら、中の様子はテレパシーで筒抜けだろう。それに、チャームやメロディー、イリュージョン‥‥そんなものを使って、村人達を味方に付けられたら‥‥。
「とにかく、急ごう」
昼を少し過ぎただけでも影が長くなるこの季節。急がないと陽が暮れてしまう。
そして夜は、吸血鬼の時間だった。
「どうにか、陽が暮れる前に着いたな」
七神蒼汰(ea7244)は初めて訪れる村を子細に観察しながら呟いた。
「アンデッド系はゾンビとかレイス、グールなら相手にしたことあるけど‥‥バンパイアとかその下僕ってのは初めてだな‥‥」
話には聞いているが、一体どんな相手なのか。だがどんな相手だろうと、騎士としても冒険者としても、襲撃に怯えている村人達をそのまま放置するわけにはいかない。それに、と、蒼汰は村の様子を見ながら人々に声をかけて回っているクリステルにちらりと目を向ける。
「‥‥まだ見習いだけど、補佐役として、俺が代わりに守らないとな」
蒼汰は腰に差した刀の柄をぎゅっと握り締めた。
一方、集会所の中では‥‥
「ああ、ちょっと、そこの二人」
本多桂(ea5840)が村人達と談笑をしている二人の旅人達を手招きする。
「悪いんだけど、ちょっと顔貸してくれない?」
二人は素直に応じ、集会所の外に出て来た。一人は相変わらず足を引きずりながら。
「あんた‥‥その足、本当に怪我してるのかしら?」
疑いの眼差しで見る桂に、男は何故そんな事を聞くのかと首を傾げる。
「まあ良いわ、ちょっと調べればわかる事だから」
桂の合図で、どこからとこなく飛んで来た瓶が男の足元に落ち、中から熱い湯がこぼれ出た。
「うわ、熱っ‥‥!!」
だが、咄嗟に足をどけようとした男は「うっ」と呻いてその場にひっくり返った。
「な、何をする!?」
「‥‥あ、いや、済まぬ。本当に怪我をしているなら、咄嗟に避ける事は出来ぬだろうと‥‥」
メアリーが慌てて謝る。どうやら怪我は本物らしい。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
駆け寄ったクリステルが怪我と火傷に纏めてリカバーをかけ、治った事を確認して言った。
「今日はもう暗くなってしまいますから、仕方がありませんが‥‥明日になったら村を出られてはいかがですか? 旅の途中なのでしょう?」
「それは、そうだが‥‥気ままな旅だ、もう暫く世話になるのも悪くない。村の人達も、俺達の話を楽しみに聞いてくれてるんでな」
「‥‥彼女に、頼まれたからでしょうか?」
「彼女? 誰の事だ?」
クリステルは意味ありげに問いかけてみるが、相手は引っかからなかった。
足の怪我といい、この受け答えといい、周到に仕組まれた芝居なのか、それとも本当に無関係なただの旅人なのか?
「とにかく、あんたらには悪いけど‥‥今夜もここに泊まるつもりなら、それなりの対策はさせて貰うわ。疑いが完璧に晴れた訳じゃないし、万が一って事もあるしね」
桂はアクテと共に、何かを隠し持ってはいないかと二人の体を軽くチェックすると、後ろでロープを手に待ち構えていたグランにその場を明け渡した。
「お、おい! 何を‥‥!?」
「朝が来るまで、ガッチリ雁字搦めにして拘束させて貰うわ。些細な事でも中身オバサンの有利になる様な事はしたくないのよ」
「ちょ‥‥、ちょっと、待ってくれんか?」
少し離れた所から、不安げに様子を見ていた村長が割って入る。
「吸血鬼の仲間を警戒せにゃならん事は承知しとりますが、いくら何でも客人に対してそれは余りな仕打ちでは‥‥」
「わかってる。もし本当に勘違いだったら、その時はきっちり謝罪させて貰うわ」
桂がきっぱりと言った。少しでも甘い対応をすれば、吸血鬼は必ずそこを突いて来る。
「だから‥‥お願い、今は思い通りにさせてくれない? それと、村の人達には黙ってて貰えると嬉しいんだけど」
一方、入れ替わりで集会所に入ったベアトリスは村人達に差し入れを配って歩いていた。
「バンパイア相手にゃ、それ自身と同じだけ人の心の弱さが敵。下手すりゃ守るべき村が中から壊れちまうからね‥‥」
なるほど、避難生活が長い村人達の顔には疲れと不満が色濃く滲んでいる。彼等への心遣いも必要だろう。
「ほら、都で買って来た菓子だよ。この辺りじゃ滅多にお目にかかれないだろう? ああ、ほらほら、喧嘩するんじゃないよ! ちゃんと皆の分あるんだから‥‥」
お菓子を取り合う子供達に軽くゲンコツを食らわせながら、ベアトリスはお菓子を配って歩く。
「男衆にゃこの方が良いだろ? 潰れない程度に楽しんどくれ!」
男達にワインを何本か手渡し、ベアトリスは開いている場所にどっかりと座り込んだ。
「さて、あんた方、あの旅人達の話がえらく気に入ったそうだが、あたしの話も聞いてみちゃくれないかね?」
二人の旅人を縛り上げて納屋に隔離した後、外に出たアクテは村の三方を取り囲む森にフォレストラビリンスの魔法をかけた。
「気休めかもしれませんが、これで少しは時間が稼げるかもしれません。さあ、今のうちに残りの準備を済ませてしまいましょう」
「じゃあ、まずは炎対策ね。村中に水の入った桶を大量に準備しておかなきゃ」
「そうだな、火が使われる可能性が高い故‥‥」
桂が村じゅうから水のはいる容器をかき集め、水を入れたそれをメアリーがサイコキネシスで運び、要所に置いて行く。
「足りない分は村中総出で製作よ。厳しい冬を屋外で過ごしたくないでしょ?」
集会所の前では、シエラが不惑の三角頭巾と道返の石はテリーに手渡していた。
「使い方は先程説明した通りです。使用者と使うタイミングはお任せしますので」
「ここの護衛はお任せしますね。もし何かあったら、これを」
クリステルは呼子笛を手渡し、それが自然の風で鳴らされている間はアンデッドを遠ざける効果があるという魔除けの風鐸を軒下に吊した。更に、念の為にホーリーフィールドを張り、ペガサスのスノウに結界が破られたら直してくれるように頼む。
他のペット達もその周囲に集められていたが、二頭の戦闘馬だけはそこから離れた場所に待機していた。
「クリウス、前衛の方々の手伝いをしてまいれ」
メアリーが自分の馬に命じる。
「スティーブお願い、危険な仕事になるけど力を貸してね‥‥」
ディアナ・シャンティーネ(eb3412)は愛馬の鬣を愛おしげに撫で、グットラックをかけた。そして、星空を見上げて呟く。
「今夜の日課はお預けね‥‥」
「下僕に協力者‥‥厄介な手段を使ってきたな」
見張りについていたクロック・ランベリー(eb3776)が呟く。だが、その夜は‥‥
「‥‥来ないな‥‥」
アクテも時折ダウジングを試みてはいたが、近くにはいないのか、それとも使用者の力量に問題があるのか、明確な反応は得られなかった。
翌朝。
「‥‥なんだよ、結局なんにもなかったじゃないか‥‥」
避難所から出て来た村人達が不満げに呟く。そして、二人の旅人を一晩中縛り上げていた事も、彼等の感情を悪化させた。
「‥‥すまん、村長が村の連中にしゃべっちまったみたいで‥‥」
テリーが詫びたが、この状況では最早、彼等を再び拘束する事は難しいだろう。そして二人は、今日も村を出て行くつもりはないようだった。
「仕方がありません。後は見張りを怠らないようにするしかないでしょうね‥‥」
シエラが呟く。
「とにかく、昼間は襲って来る可能性が格段に減る訳ですから、私は今のうちにもう一度、避難経路を確認してきます」
アンジェの件で吸血鬼と対峙した時に得た感触は、暇潰しに人間で遊んでいる子供。今回も、村人を纏めて消すような真似はせず、じわじわ追い詰めて来ると、シエラは予測していた。下僕での力押しより搦手から村人を消耗させる手で来るなら、考えられるのは火計。恐らく逃げた先で追い詰めるつもりなのだろう。
「風向きによっても逃走路は変わってきますから」
「じゃあ俺は‥‥テリーさんの練習に付き合おうかな」
グランが言い、申し訳なさそうに項垂れているテリーの肩を叩いた。
「俺は‥‥やっぱり見張りか。アンデッド探知とか、とにかく役に立つ様な道具もないし」
あるのは体力だけだからな、と、苦笑しながら蒼汰が見張りに立つ。
そんな中、ベアトリスは村の女性‥‥オバチャン達に混じって井戸端会議に精を出していた。
「確かに昨夜は現れなかったさ。でもね、それが奴さんの計略なんだよ」
恐らく、不和を煽って中から崩すつもりなのだろう。
「でも、こんな時こそあたしら女の出番さ。確かに武器は持てないが、そんなのは男衆に任せときゃァ良いのさ。あたしらには、あたしらにしか出来ない戦いってモンがあるんだからね!」
ベアトリスは聖書の説話を引き合いに出したり、今までに経験した‥‥同じように吸血鬼に襲われた村での出来事などを話して聞かせた。
「たった一人の、しかも娘っ子の行動が村を救う事だってあるんだ。あたしらだって、吸血鬼なんかに負けはしないさ。大切な旦那や息子達を支えるのは、あたしら女の役目なんだからね!」
「テリーさん、ちょっと良いでしょうか‥‥?」
昼過ぎ、弓の練習を終えたテリーにディアナが話しかけた。
「テリーさんの望みは村人を救うことですか? それとも吸血鬼を滅ぼすことでしょうか‥‥?」
「‥‥え?」
テリーは、おかしな事を訊く、と首を傾げる。
「決まってるだろ、吸血鬼を滅ぼして村の皆を救う事だ」
「あの吸血鬼が憎いですか?」
「当たり前だ!」
「‥‥そう‥‥ですか。では、私が頂く筈の報酬は、全てお返しします」
「は?」
「あなたがが少しでも吸血鬼へ憎しみを抱き、滅ぼしたいと思っているなら、そのお金は頂く訳にはいきません」
「はあ?」
「何と戦うのか、私は私の信念に基づいて行動しますので」
「いや、あの‥‥言ってる事がよくわからないんだけど? だってさ、奴を滅ぼしたいと思うのは当然だろ? って言うか、あれはこの世に存在しちゃいけないんだ。そうだろ?」
「私は‥‥アンジェさんに対して敵意を抱いてはいませんから。例え相手が何であろうと、それに対して不の感情を抱く事を正当化してはいけないのです」
「‥‥あー、ダメだ。俺にはあんたの言ってる事、さっぱりわかんねえ。まさか、あいつの肩持つ気じゃないだろうな? 向こうの‥‥スパイとか?」
ディアナは黙って首を振った。
「‥‥まあ‥‥いいや、邪魔さえしなきゃ」
テリーは諦めたように首を振るとディアナに背を向け、首を捻りながらその場を離れた。
そして、その日も‥‥次の日も、吸血鬼は現れなかった。
ついには明日が最終日という、その夕刻。
「もう良いだろ? 吸血鬼なんて来る訳ないんだ」
「お前等が仕事欲しくて流したデマなんじゃねえの?」
「あんたの言う事もわかるけどねえ‥‥やっぱりほら、来ないものはねえ?」
村人達は既に、吸血鬼に対する警戒心を失っていた。
「いや‥‥頼むよ、もう一日、もう一日だけで良いから‥‥!」
だが、もう誰も‥‥ほんの僅かな人々を除いて、避難所へ行こうとする者はいない。村人達は安心しきったように、それぞれの家で家族と共に過ごしていた。
その時‥‥
――ズシン!!
地面が揺れ、近くにあった一件の古い石造りの家が音を立てて崩れた。
「‥‥地震!!?」
「いや‥‥魔法だ!」
「‥‥あの二人は‥‥!?」
冒険者達は二人の旅人の姿を探す。すっかり村の中に溶け込み、村人達に慕われている彼等の行動を見張る事は、最早不可能に近かった。
「いや、それより‥‥!」
崩れた家屋の下敷きになっている者はいないか。シエラは咄嗟にブレスセンサーの巻物を取り出し、それを読み上げた。だが、そうしている間に、今度は入口に築かれていたバリケードが粉々に砕かれた。
「今度はグラビティーキャノンか!?」
そして、その向こうから現れたのは‥‥青白い顔をし、赤い目を光らせた男達の一団。彼等はその手に、各々が生前愛用していたのであろう、様々な武器を携えていた。
「あれが、スレイブ‥‥か?」
初めて見る吸血鬼の姿に、蒼汰はごくりと生唾を呑み込んだ。
だが、今はそれよりも、村人の避難と崩れた家の下敷きになった人の救出が先だ。
「中に5人います!」
シエラの声に、蒼汰とクロック、そしてテリーが走る。三人は瓦礫をかき分け、下敷きになった人達を救出すると避難所へ運び込んだ。幸い命に関わるような怪我はなく、5人はクリステルのリカバーで回復した。
だが、その間にも敵の攻撃が止む事はない。耐久力のない建物は次々に壊され、更にはどこからともなく飛んで来た火球によって、木造の納屋や家畜小屋が燃え上がる。そして、村の外から迫り来るスレイブの一団も。
「大丈夫、避難所は頑丈に出来てるからね! さあ、早く逃げるんだよ!」
ベアトリスが村中を回って声をかけ、避難を促す。
「しっかりおし! うろたえるんじゃないよ! 自ら助かろうと努力する者を、主は決してお見捨てにゃならないよ!」
人々が避難所へと逃げて行く中、ディアナは二人の旅人‥‥いや、もう協力者と呼んで良いだろう、彼等を捜して愛馬を走らせる。魔法の射程から考えて、この辺りにいる筈だ‥‥と、見当を付けて馬から下り、武器をレイピアに持ち替える。
「やはり、あなたでしたか」
観念したように物陰から現れた男に、レイピアの切っ先を突き付けながら、ディアナは言った。
「もう一人は?」
「さあね、とっくに逃げ出してるだろうさ。奴の役目は、村の連中のハートを掴む事だからな」
やはり、チャームかメロディーか、何かしらの魔法を使っていたようだ。
「‥‥あなた方は、他人の痛みは感じないのでしょうか?」
ディアナの問いかけに、男は鼻を鳴らした。
「俺はただ、報酬に見合う仕事をするだけさ。あんたらもそうだろ、お嬢ちゃん? だが‥‥あんたの仕事は残念ながら失敗だ。あんた一人じゃ俺には勝てねえ。何事も連携ってモンが大事だぜ?」
「成程、それは良い事を教えて貰った」
ディアナの背後から声がした。
「では早速、実践してみるとしようか?」
その瞬間、男の体は至近距離からのグラビティーキャノンを受けて無様にひっくり返った。
「私からは、魔法は色々と御託を並べる前に、相手の隙を突いて使うものだ、と忠告しておこうか」
倒れた男をロープで縛り上げ、馬の背に乗せると、二人は仲間のもとへ戻って行った。
そこでは、シエラとアクテが次々と飛んでくる炎をファイヤーコントロールで制し、周囲への延焼を防いでいた。
「炎の掌握なら負けませんわ。でも‥‥流石にきりがありませんね。大元をどうにかしないと‥‥」
アクテが炎の飛んで来る方向を見る。魔法使いはスレイブ達に守られ、その後ろに控えているようだ。
「こちらも今は手が離せません。誰か‥‥」
と、シエラの声に応え、戻ってきたメアリーが上空に舞い上がり、スレイブ達に向かってグラビティーキャノンを放つ。
衝撃を受けて転倒した彼等に起き上がる間も与えず、手近な民家の屋根に陣取ったグランが次々と矢を放った。
「悪いけど、ここから先は一匹も通しませんよ!」
グランの矢筒には、テリーがクリステルから貰った矢も入っていた。やはり実戦で役に立てる自信はないからと、彼がグランに託したのだ。
「テリーさんには、もう少し自信を付けて貰わないと‥‥これが終わったら、また練習に付き合いますからね!」
避難所を守る彼には聞こえていないだろうが。
「よし、今だ!」
崩れた家から人々を救出し終わった冒険者達は、スレイブの集団の足が止まったと見てそちらへ走る。
向こうは8人、対するこちらは蒼汰、クロック、ディアナ、そして本来は剣の方が得意なのだというリューを入れて4人。数では劣るが、魔法や弓の援護があれば何とかなるだろう。
蒼汰は指輪に祈りを込め、コマドリのペンダントを握り締めると、スレイブの集団に飛び込んで行った。
「ここから先へは通さない! 夢想七神流抜刀術『霞刃』!」
居合いの要領で一体のスレイブに切りつける。だが、流石に同じアンデッドとは言え、ズゥンビなどとは訳が違う。何しろ相手は元盗賊やそれなりに腕の立つならず者ばかり。おまけに彼等は生前の能力を失ってはいなかった。しかも相手は倍の数、守りが手薄な蒼汰にとっては厳しい戦いだった。
「拙い、後ろを‥‥!?」
取られた、と思ったその時、馬に乗ったディアナがそれを切り伏せ、走り去る。
「このまま、やつに好きなまねをさせるのは悔しいし、痛手を負わせて行動を少し控えさせないとな‥‥」
自分の背丈ほどもある霊杖を巧みに操りながら、クロックが言う。
「その為にはまず、この下僕どもを何とかしないと‥‥!」
彼等が下僕達を相手にしている隙に、桂はその背後に控えた魔法使いにそっと近付いていた。周囲の遮蔽物を利用し、足音を忍ばせ、敵の背後に回り込み‥‥相手に気付かれる前に、渾身の一撃を見舞う。相手は魔法使い、接近戦に持ち込めば怖い相手ではなかった。
「魔法は封じたわ、今度はこっちの番ね」
それを聞いて、シエラとアクテは今まで消火に使っていたファイヤーコントロールを攻撃用に切り替える。
「皆さん、下がって下さい!」
声と同時に攻撃陣はその場を離れ、残った敵に左右から炎の帯が襲いかかった。
「吸血鬼の下僕はさんざん見てます。躊躇すると思ったら大間違い、容赦なく倒せます。ここで悲劇を止めてみせます!」
言葉通り、アクテの操る炎は容赦なく下僕達に襲いかかる。いかな強敵も炎に巻かれては抵抗のしようもなかった。
「では、止めは俺が!」
グランが弓を引き絞る。
「お、ずるいぞ、俺も!」
「では、俺も‥‥」
余裕が出来た蒼汰とクロックも、それぞれの敵に最後の一撃を見舞う。
力尽きた下僕達は炎の中に沈み、そのまま灰となって消えていった。
「‥‥あの、中身オバサンは‥‥?」
吸血鬼は絶対に近くにいる筈だと、桂が周囲を見渡す。
「あたし程度の実力の相手を恐れている訳は無いだろうけど‥‥美味しい御屠蘇を飲む為にも決着つけないと」
言われて、アクテは残ったMPでムーンアローのスクロール呪文を唱えた。淡く光る矢は藻等の奥に広がる森へ吸い込まれ‥‥戻っては来なかった。標的がいなければ、それは術者に命中する。という事は‥‥
「あそこにいるって訳ね、オバサン」
一行は矢が消えた場所に向かう。
「どうせ、ホーリーフィールドで防がれているのでしょうけれど‥‥」
アクテが呟く。
「出て来なさいよ、中身オバサン! 当分悪さが出来ない様の、心に恐怖を刻んであげるわ!」
桂の呼びかけに、頭上の枝がガサガサと揺れる。
「‥‥るっさいわね‥‥あたしは今、猛烈に機嫌が悪いんだから!」
その言葉と共に、黒い光が頭上から飛んできた。だが、それは見た目こそ黒いが、魔法そのものはホーリーと同じ‥‥邪悪な者以外はダメージを受けなかった。
「元が強けりゃ少しはマシかと思ったら、ほんっと役立たず!」
「‥‥アンジェさん、あの村は今回の件で疲弊し、今度また襲えば越冬は困難です。それで村の人が死んでしまったら、もう彼等では遊べない‥‥それは、つまらない、でしょう?」
「はァ? 何言ってんの、アンタ? あたしのオモチャは、そこの坊やよ?」
姿は見えないが、今彼女はテリーを指差しているのだろう。
「坊やで遊べるなら、あんな村どうなたって構わないわ。でも‥‥そうね。お腹もいっぱいだし、もう飽きちゃった。ねえ、なんか他に面白い事ない?」
「‥‥不死の命なんてなると人の痛みってやつも忘れてしまうんですかね?」
グランは最後の矢をつがえ、声のする方へ向けて弓を引き絞る‥‥が、ふと力を緩め、その矢をテリーに差し出した。
「これは、テリーさんの役目ですね」
「で、でも、俺じゃ当たらない‥‥」
「俺だって、当たりませんよ。何しろ見えないんだし。でも‥‥」
その矢は、テリーが射るべきだ。
テリーは矢を受け取り‥‥仲間達の顔を見る。異を唱える者は一人もいなかった。
「‥‥わかった」
どうせ当たらない。当たっても結界に弾かれるだけだろう。それでも、その一本の矢には意味がある。
テリーは渾身の力を込めて弓弦を引き絞り‥‥
――バシュッ!!
その瞬間、何か大きな鳥のようなものが空に舞い上がり‥‥闇の中に消えた。
「‥‥恐らくですけど、彼女は不死者としての生を持て余して、遊び相手を探しているのでしょうね」
シエラが呟いた。
「小動物を虐めたり、気紛れに遊んだりするのと同じノリで人に接しているように見えます」
哀れな存在だ。だが‥‥同情はしない。共感も。そして、共存も。
「‥‥本当に、何とお礼‥‥いや、お詫びを申し上げて良いか、その‥‥」
翌朝、帰り支度を始めた冒険者達に、村長が深々と頭を下げた。
いくつかの家が崩れ、小屋が焼けたりもしたが、人的被害もなく吸血鬼を追い払う事が出来た。彼女がこの村を再び襲わないという保証はないが、暫くは安心して暮らせるようになるだろう。
「気にしなさんな。あたしらのやり方も、ちょっとばかり強引だったしねぇ」
ベアトリスが笑った。
「まあ何にしても、これからは守って貰うんじゃなくて、大切な村を守るのは自分達ってェ意識を持つこったね」
「お二人はこれから、どうなさるおつもりですか?」
リューとテリーに、クリステルが尋ねる。
「私は奴の足どりを追う。何か掴んだら‥‥ギルドに知らせるつもりだ」
「俺は‥‥ここに残って、レンジャーの修行をしようと思う。リューにくっついて行っても、足手まといだしな」
「三ヶ月だ」
リューが言った。
「‥‥え?」
「三ヶ月で物にならなければ、今後一切、お前とは関わらない。良いな?」
あの約束はまだ有効だったらしい。
「わ‥‥わかったよ。何とか‥‥してみせる。多分」
何とも心許ない返事だが、まあ仕方がない。
「大丈夫ですよ、俺も時々、様子見に来ますから!」
グランがテリーの肩を叩く。
「‥‥どうやら、あの外道につまらないと思わせる事には成功したようだな」
そんなやりとりを聞きながら、メアリーが呟く。
「負の感情を弄ぶ者にはそれが一番だ。だが、次は何を狙って来るか‥‥」
今はお腹がいっぱいだと言っていたが、油断は出来ない。何か面白い物を見付ければ、またすぐにでも動き出すだろう。
「それまでに、テリー殿が何とか形になれば良いのだがな‥‥」
この平穏がいつまで続くのか、それは誰にもわからなかった。