Holy Night ―聖夜―

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月22日〜12月27日

リプレイ公開日:2007年12月30日

●オープニング

「王子、今年はどちらで過ごされますかな?」
 久しぶりに城を訪れた執事が真面目くさった顔で尋ねた。
 キャメロットにある猫屋敷と、タンブリッジウェルズの城‥‥そのどちらで聖夜祭のパーティを開くか、という意味だ。彼はそれを聞く為に、わざわざここまで馬を走らせて来たらしい。
「今年はハロウィンをこちらで過ごしましたから、聖夜はキャメロットで。爺もたまには一緒に楽しみたいでしょう?」
「むう、わたくしめはそのような子供じみた事は‥‥」
 ボールスの問いに苦虫を噛み潰したような表情で答えた執事は、しかし途中でニヤリと口の端を上げた。
「大好き、で、ございますな」
 猫屋敷の留守を任されている以上は仕方がないとは言え、このところ執事はずっと蚊帳の外だった。顔にも口にも出さないが、実は寂しかったらしい。
「ではそのように手配を致しましょう。料理に飾り付け、楽師も呼んだ方がよろしいですかな? ああ、勿論ヤドリギの用意も、ですな」
 と、ボールスの顔を見て再びニヤリ。
「え、なになに? ヤドリギって?」
 何か楽しい事の相談らしいと、ウォルが話に割って入る。
「ああ、ウォルは去年の事は知らないのでしたね。ヤドリギというのは、ええと、その‥‥」
 何故か言葉に詰まったボールスの代わりに、執事が淡々と答えた。
「その下では例え恋仲でなくとも、男が女に接吻を要求する事が出来る、と言い伝えられておるようですな。拒んだ女は次の一年、良縁に恵まれぬとか」
「せっぷんって?」
 聞き慣れない言葉に、ウォルは首を傾げる。
「あのね、ちゅーのことだよ。ね、とーさま♪」
 このところいつもウォルの後を付いて歩いているエルが無邪気に言った。
「えりゅもね、かーさまにちゅーすゆの!」
「なんだ、キスか。オレには関係ねーな」
 ウォルがいかにもつまらなそうに言う‥‥が、あと数年もすれば、彼の態度も180度転換するに違いない。まあ、それはさておき‥‥
「ねえ、またパーティやるの? お金とか大丈夫?」
 先日の依頼でほんの少し大人の世界を垣間見たウォルが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ、その為の予算は最初から組んでありますし、それに、聖夜くらいは誰もが笑顔で過ごしてほしいですからね」
「左様、持たざる者に施しを行う事も、貴族の務めですぞ?」
「へえ‥‥そうなんだ」
 自分の家も貴族だが、そんな事をした覚えはない‥‥と思いながら、ウォルは頷いた。
「ねえ、とーさま、えりゅ、おねがいごとかくの! そんでね、さんたさんに、おとーともやうの!」
 まだ言ってる。しかも七夕と混同しているような。
「弟なら、こないだ誕生日に貰っただろ?」
 ウォルが足元の子狐を指差す。だが、エルはぷうっと頬を膨らませた。
「ふわちゃんはきつねだもん! えりゅ、きつねじゃないもん!」
 犬猫まみれで育ったエルだが、自分が彼等とは違うという認識はあるようだ。
「はいはい、わかったよ‥‥じゃあ、向こうでお願い書いて来よう、な?」

 ウォルに手を引かれて行く息子を見送りながら、ボールスは軽く溜息をついた。
「‥‥まったく、子供にはかないませんね」
 それを聞いて、執事が釘を刺した。
「王子、いくら御子息の願いとは言え、くれぐれも暴走はなさいませんように。ヤドリギの下ではあくまで紳士的な対応を‥‥」
「当たり前ですっ!!」
 執事の薄くなった後頭部をハリセンでひっぱたきたい衝動を懸命に抑えつつ、ボールスは言った。
「ご安心下され、王子。危なくなった際には、この爺が遠慮なく一撃見舞って差し上げますのでな」
 言いつつ、執事は傍らに置いてあったハリセンを没収した‥‥二つとも。そして、両手に持ったそれを目の前にちらつかせる。
「これでも昔は王の片腕と呼ばれた男。爺のお仕置きは、ちぃ〜とばかり痛いですぞ?」
「だから、何もしませんってば!」
 耳まで赤くなった主人に、執事は嬉しそうに目を細める。
 そんな彼の表情を見て、ボールスはふと気が付いたように尋ねた。
「そう言えば‥‥爺、反対は‥‥しないんですか?」
 執事、いや、家臣という立場上、仕える主人とその家の繁栄の為に好ましくない関係については異を唱えるのが当然だろう。本来ならボールスはとっくに‥‥執事が選んだ「相応しい相手」と再婚している筈だ。だが‥‥
「爺が反対すれば、聞き届けて下さいますかな?」
 その問いに、ボールスは即座に首を横に振った。
「ならば、この老いぼれが何も申す事はございますまい。お好きなようになさればよろしい‥‥お覚悟は出来ておいでのご様子ですしな」
 この国の貴族として、そしてまた円卓の騎士として相応しい結婚相手。かつてその相手としてフェリシアを勧めたのは執事だった。相手の希望もあり、そして家柄も‥‥外国から渡って来た者の相手として高すぎもせず、また、辺り一帯を統べる者の相手として低すぎもしない。その父が持つ領地クラウボローは田舎の小さな村とは言え、結びつきが出来れば政治的にも有利になる。
 だが、その結果は‥‥最悪とは言わないまでも、執事にとっては人生最大の大失敗だった。特に「事件」が発覚してからは、ボールスに辛い思いをさせたのは自分だと、そう考えるようになっていた。
 勿論、そんな事は口に出さないし、ボールスも彼を‥‥いや、他の誰を責めるつもりもないのだが。
 それに、全てはもう終わった事だ。
「王子。この爺、王子のワガママを全力で応援させて頂きますぞ。ですから、何もお気になさる必要はございません。前例がなければ、作れば良いだけの事でございます故な」
「ありがとう、爺」
 ボールスは心底嬉しそうに微笑んだ。
「でも、今はまだ‥‥環境が整わないうちに急いで事を進めても、迷惑をかけたり‥‥辛い思いをさせるだけですからね」
 神聖騎士である事も、円卓の一員である事も、そしてタンブリッジウェルズの領主である事も、捨ててしまえば事は簡単だ。だが、それで大切な人達を幸せに出来るとは思えない。それに、自分達だけが幸せになれれば良い、とも。
 戦いはこれからだ。戒律や慣習、それに、人の心。そうした見えないもの‥‥ある意味、どんなモンスターよりも手強い相手との戦いは。
 だが、今は‥‥今だけはただ、聖なる夜を楽しもう。
 大切な人と、そして大切な仲間達と共に。

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

七神 蒼汰(ea7244

●リプレイ本文

「メアリーさん、このラッキースター天辺にお願いしまっす!」
 グラン・ルフェ(eb6596)が陽光にキラキラと光る星型のメダルをメアリー・ペドリング(eb3630)に手渡す。メアリーはそれを受け取ると上空に舞い上がり、猫屋敷の庭にある大きな樅の木の天辺に飾り付けた。
「あと、これと、これも‥‥」
 グランは箱の中から次々に飾りを取り出し、樅の木の周囲を飛び回るメアリーに手渡す。人形や小さな靴下、様々な形に切り出された木のプレート。それは毎年この家で使われている、伝統の飾りだった。
「これも追加して頂いて良いでしょうか?」
 新たに作った飾りを持ってメグレズ・ファウンテン(eb5451)が現れる。
「うわ、メグレズさんの手作りですか? 飾りとか作るのうまいですねえ。有難く使わせて貰いまっす!」
 カラフルな彩色を施した木彫りの人形や、プレートの数々。伝統の飾りが、また増えたようだ。
「俺はダンスも料理もからきしなんですよ‥‥あ、見るのと食うのは大好きですよ♪ 」
 気にしない気にしない。存分に見て食べて、楽しんで貰えればそれで良し。

「後は室内の飾りと、料理かな。パーティは24日の夕方からだから、皆それまでに準備よろしくね!」
 順調に進む庭の飾り付けを見ながら、ウォルが集まった参加者からプレゼント交換に出す品々を回収して回る。
 グランとメグレズも暫し手を止め、用意したプレゼントをウォルに手渡した。
「男に渡るとわかっていれば思い切りネタに走った物をチョイスするのに」
 などと言いながらグランが用意したのは、くまのぬいぐるみだった。
「あ‥‥すっかり忘れていました‥‥」
 個別のプレゼントは用意したのだが、とメグレズが申し訳なさそうに言った。
「もう少し、待って貰っても良いでしょうか?」
「うん、隠すのはパーティの直前だから、それまでにね」
「ん? 回収するであるか?」
 箱に入れたプレゼントを取り出しながら、リデト・ユリースト(ea5913)が首を傾げる。
「洋服ダンスの中にでも隠そうと思っていたであるが‥‥」
「違う違う、隠すのはオレ達。お客さんは探す方だよ」
 ウォルが笑いながら言う。
「そ‥‥そうであったか‥‥」
 と、後ろで小さな声がした。それは、プレゼント用の品を馬に乗せて引いてきたメアリー。
「私も、隠す事しか考えていなかった故‥‥」
 しかもメアリーさん、プレゼントを3つも用意していた。
「大盤振る舞いも良いけどさ、余っちゃうし。いいよ、一個だけで」
 ウォルは何やら大きなふわもこした物を荷物から引っぱり出す。
「やっぱ一番ウケるのはコレだよな♪」
 そしてサクラ・フリューゲル(eb8317)もまた、プレゼントをすっかり忘れていた。いや、忘れていた訳ではないのだが‥‥もうひとつのプレゼントにかかりきりで、そちらまで気を回す余裕がなかったらしい。
 サクラは慌てて荷物の中から毛糸の帽子を引っぱり出した。
 色々とウッカリさんが多いようだが、それもまたご愛敬‥‥。

「‥‥うふふふふ‥‥」
 屋敷の厨房からは、不気味に楽しそうな含み笑いが聞こえて来る。
「‥‥存分に作れて、味わって貰える最高の機会ですから。‥‥腕が鳴ります」
 声の主はマイ・グリン(ea5380)‥‥厨房に籠もりきりになり、休む間もない程に料理の腕を振るえる事が嬉しくて仕方がないらしい。
「‥‥お菓子は全員に行き渡る量を‥‥プティングは満足な熟成期間を取れませんから、残念ながら断念するしかないでしょうね‥‥」
 パーティ会場の様子を頭に思い描きながらメニュー作りに没入するマイに、ケイン・クロード(eb0062)が声をかけた。
「私も手伝わせて貰って構わないかな?」
「‥‥あ‥‥はい、ありがとうございます。‥‥もとより、私一人では手の行き届かない部分も多いですから、是非お願いします」
「じゃあ、手伝わせて貰いますね。とは言っても、私はお菓子作りの経験は少なくて‥‥ケーキ作りを習得すれば、江戸の子供達に食べさせてあげる事ができるかもしれないし‥‥」
 それに、ウェディングケーキだって作れる、と、ケインは口の中でモゴモゴ。
「‥‥あ、いや、何でもないですよ。聞かなかったことにしてください」
 真っ赤に染まったケインの顔を不思議そうに見ながら、マイは言った。
「‥‥ケーキは‥‥クランセ・カーケを作ろうと思います」
 クリスマスツリーにも見える、18段重ねのケーキ。実は毎年この時期に作っている、マイの得意料理だった。
「‥‥多分、私の背丈よりも大きな物になると思いますので‥‥よろしくお願いします」

「よろしければ、これも使って頂けないでしょうか」
 パーティ用に片付けられた広間に、メグレズが天辺にラッキースターを付けた若木のツリーを運んで来た。
「ありがとうございます、室内には丁度良い大きさですね」
 片付けを手伝っていたボールスがそれを受け取り、広間の真ん中に設置した。
「ねえ、こえ、かざってもいい?」
 タイミング良く走り込んで来たエルが、手にしたクッキーを差し出しながら言う。猫の顔の形をしたそのクッキーには、ドライフルーツで作った目鼻と、吊す為の紐が付いていた。
「かーさまとつくったの! ね?」
 エルは遅れて入ってきたクリステル・シャルダン(eb3862)を振り向きながら言う。
 なるほど、目鼻のバランスが悪いのはエルが自分で付けたせいらしい。
 室内に飾るなら、後で食べても大丈夫そうだ。クリスが手にした籠には、様々な形をした紐付きのクッキーがぎっしり詰まっていた。
「よし、では‥‥エル、高い所は任せましたよ?」
 ボールスに肩車をして貰って、エルは大喜びで飾り付けを手伝う。いつの間にかツリーの周囲には、楽しげに飾り付けをする3人以外、誰もいなくなっていた。

 そして、いつの間にか猫屋敷から姿を消した陰守森写歩朗(eb7208)は、寒空の下をフライングブルームネクストで南へ急いでいた。
 目指すはタンブリッジウェルズの南、クラウボローにある領主館。ボールスの亡き妻の弟、ジャスティン・スタンフォードをパーティに招待しようというのだ。
「聖夜は関係ないけど、絆修復への一歩を踏み出せれば‥‥」
 館に着いた森写歩朗は、まず使用人に近付き根回しを始める。
「ジャスティンさんはいつまであの方を嫌っているつもりでしょうか?」
 あの方とは誰の事か、森写歩朗は言わない。あえて名前は伏せていた。さて、使用人達は一体誰の事と受け取るのか‥‥?
「あの方って‥‥誰だい?」
「そりゃ‥‥旦那様が嫌ってるって言ったら、ほら、ねえ?」
「ああ、こないだも一悶着あったなあ‥‥」
「いつまでって‥‥多分、いつまでも、じゃないか?」
 使用人達は口々に言う。
「ジャスティン様は母君を早くに亡くされたせいか、姉君にベッタリだったからねえ」
「大事な姉さんを取られただけならまだしも、ほったらかしにされて、見殺しにされた訳だろ?」
 ‥‥情報がねじ曲がって伝わっているらしい。
 良い答えは得られそうにないと思いつつ、森写歩朗は更に尋ねた。
「皆さんはあの方のことはどう思いますか?」
「どうって‥‥良い子だと思ったんだけどねえ」
 古株の雰囲気を漂わせたオバチャンが言った。
「最初にここに来た時は、若いのになかなか出来た子だって、フェリシア様が惹かれるのも無理はないと思ったんだけどねえ。あたしも、フェリシア様も、見る目がなかったって事かねえ」
「そうそう、まさかあんな男だったなんて、ねえ?」
「おまけに、今じゃほら‥‥!」
 一人が口に出すのも汚らわしいという風に、胸元で十字を切る。騎士道に於いては問題のない程度の付き合いであっても、一般庶民にとってはやはり忌避の対象であるらしい。
 どうやら、この話題は早々に切り上げた方が良さそうだ。森写歩朗は、ふと思いついたように「そう言えば」と切り出した。
「皆さんは聖夜のご予定はどうなさるのですか? 自分はキャメロットのパーティへ行くつもりですが、宜しければ皆さんもご一緒に行きませんか?」
「キャメロット? 冗談じゃないよ、何だってそんな遠くまで‥‥」
「そうそう、あたしらだって仕事があるんだ」
「それにここじゃ聖夜祭はね、毎年静かに過ごすんだよ。フェリシア様を想って、ね」
 ジャスティンは姿を現さない。森写歩朗は仕方なく、使用人達にパーティの招待状と、自分からのプレゼントである翡翠の香炉を預けた。
「甥っ子からの招待状です」
 確かに、羊皮紙の上には子供の手と思しき文字とも呼べないような何かがのたくっている。
「領主様に対しては色々あるかもしれませんが‥‥甥っ子にはプレゼントなど贈ってあげると喜ばれると思います。城もここから近いですし‥‥そう、お伝え下さい」

 翌朝、舞台は再び猫屋敷。窓を開けると、そこには一面の銀世界が広がっていた。
「夜のうちに降ったらしいな‥‥」
 寒さに身を震わせながら慌てて窓を閉めたクロック・ランベリー(eb3776)が呟く。そして空は、今にもまた降り出しそうな雲に覆われていた。
「良い具合に積もったであるな!」
 リデトがペンギンのマールムを連れて外へ飛び出す。
「エル、雪だるまを作るであるよ! ウォルも来るであるか?」
「お、オレはそんな子供っぽい事‥‥」
 しない、と答えようとしたウォルだが、庭を走り回っているペンギンや犬達、そえに不思議な雪玉を見ているうちに、体がウズウズと動き出す。
「や‥‥やるッ!!」
 ただし雪だるま作りではなく、雪合戦。ウォルは足元の雪を掴んで丸めると、リデトめがけて投げ付けた。
「うわ! 何するである!?」
 そう言いながら、リデトも雪を抱え込むと空高く舞い上がり、ウォルの頭上から降らせる。
「うわ、冷てっ!」
「ちょっと待って、ウォル」
 その様子を見ていたクリスが荷物から何かを取り出してウォルに手渡した。
「雪遊びをするなら、これを。少し早いけどクリスマスプレゼントよ。エルもいらっしゃい」
 呼ばれて、エルが子狐と一緒に転がってくる。
「あー、てぶくよ! ちゃんとくまさん、ついてゆね!」
 エルは淡いピンクの手袋をはめて貰った手を嬉しそうにパンパンと叩く。
「かーさま、あいがとー」
 そしてクリスの頬にキスをすると、また向こうへ駆けて行った。
「エルはクリステルやボールス似の雪だるま作るであるか?」
 向こうでリデトのそんな声が聞こえる。
 そしてウォルは‥‥硬直していた。
「え? あ? なんでオレにまで!?」
 だが、ウォルもまだまだ子供。雪遊びの誘惑には勝てないらしく、手袋を素直に受け取ると「あ、ありがとっ!」と言い残して走り去る。
「楽しそうですね。では俺もっ!」
「私も混ぜて貰おうかな」
 グランと森写歩朗が雪合戦に加わり、そして遠くで眺めていたクロックもそれに巻き込まれた。
「では、私は雪かき‥‥もとい、雪だるま作りに加わりましょうか」
「ふむ、私でもサイコキネシスがあれば作れるか‥‥」
 メグレズとメアリーも庭に積もった雪を転がし始める。
「じゃあ、私も‥‥雪だるま、作ろうかな」
 ケインの、と、そこだけは口の中で呟いたエスナ・ウォルター(eb0752)が、控え目に小さな雪玉を作り始めた。
 おいおい君達、パーティの準備はどうした?
 まあ、リデトに言わせれば雪だるまも立派な飾りのひとつ、という事らしいが。そしてマイとケイン、二人の料理人は朝から厨房に引き籠もり、全く姿を現さなかった。サクラは‥‥只今プレゼント作りに没頭中、らしい。
「あれでは、あっという間にびしょびしょですね‥‥」
 子供達の様子を見ながら、ボールスが苦笑混じりに呟いた。彼等には折角のプレゼントが勿体ないという意識はないらしい。
「ボールス様も参加されますか?」
 それなら早めにプレゼントを渡そうかと見上げるクリスに、ボールスは首を振った。お楽しみは後にとっておこう。
「それより‥‥今のうちに少し、買い物に付き合って貰えますか?」
 当日に着る衣装を、クリスに選んで貰うつもりだった。

 そしてパーティ当日。
 居間のツリーには緑の枝が見えなくなる程、色々な物が飾られていた。クッキーに靴下、リボン、猫に見せたら大喜びしそうな毛糸のポンポン‥‥中には願い事を書いた札まで下がっている。
「禁断の知識が欲しい‥‥これ、メアリーさんですね?」
「かく言うグラン殿も何か書いておられたようだが?」
「俺ですか? 俺は全ての依頼が良い結果を迎えますように、と」
 ‥‥それにままず自ら助けなきゃな、と、グランは気を引き締める。
 その傍らでは、エスナがツリーに最後の仕上げを施しながら祈りを捧げていた。
「ケインとずっと一緒に居られますように。神様にも祝福してもらえますように‥‥」

「サクラさん、進み具合はどうですか?」
 客間に籠もったきり姿を現さないサクラを心配したクリスが、お茶の用意をして尋ねて来た。
「あ‥‥クリステルさん。もう時間ですの?」
 顔を上げたサクラは窓の外を見る。パーティは夕刻から始まる予定だった。
「いいえ、まだ大丈夫ですわ。‥‥終わりそうですか?」
「はい、もう少しで‥‥」
 手元のマフラーは、後は最後にフリンジを付けるだけ、という所まで出来上がっていた。
「‥‥ウォル、受け取ってくれるでしょうか‥‥?」
 サクラはまだ心配している。まあ、相手がウォルだけに、不安になる気持ちもわからなくはないが。
「あ、ダンスの練習でしたわね。待って下さいな、すぐに‥‥」
 サクラは急いで仕上げに取りかかった。

「マイさんはそろそろ準備した方が良いんじゃないかな? ここは私が引き受けるから‥‥」
 厨房で料理の仕上げに取りかかったマイに、ケインが言った。
「ほら、女の子は着替えに時間がかかるだろうし、せっかくのパーティだからね」
「‥‥いえ、特に着替える予定は‥‥」
 ないらしい。と言うか、マイの場合はパーティへの参加よりも、その準備と給仕などの労働の方が楽しみなのだ。
「え、そ、そう? なら良いけど‥‥じゃあ、そろそろ時間だし、出来上がった物から運んでおくね」
「それなら、私も手伝いますよ」
 給仕姿の森写歩朗が助っ人に入る。
「このケーキ‥‥崩さずに運ぶのは骨が折れそうですね‥‥」
 出来上がったクランセ・カーケは、マイの身長どころか森写歩朗のそれさえも凌駕していた。

「さて、プレゼントはどちらが良いですか?」
 とある一室では、メグレズがエルにプレゼントを選ばせていた。
 新緑の髪飾りとマトリョーシカ人形‥‥
「両方欲しいなら、どちらも差し上げますよ?」
「んー、えりゅ、こっちがいい!」
 人形の中からいくつもの小さな人形が出てくる、その構造に興味を引かれたのだろう。エルはマトリョーシカ人形を選んだ。
「おっきいおねーちゃ、あいがとね♪」
 そしてウォルにはサンタクロース人形と、今後誰か意中の人にあげる為の純潔の花の二択。
「人形で良いよ、これならエルとも遊べるし‥‥ありがと」
 やっぱりまだまだ子供です。
「ボールス卿はどちらが良いでしょうか?」
「私にも、ですか?」
 並べられたのはローズキャンドルと、女性が填めると男性を遠ざける効果があるというジョシアンの指輪。
「女難避けに如何ですか?」
「いや、女難は‥‥アレですけど」
 どれだよ。
「これ、クリスさんに渡しても良いでしょうか?」
 ライバル避け、というより寧ろ‥‥自分の暴走抑止策として。
「お好きなようにどうぞ」
 メグレズがにこやかに微笑む。
 ボールスは真っ赤になりながらも、その指輪を有難く頂戴した。
「それから、執事さんにもこれを。これからもよろしくお願いいたします」
「わ、わたくしめにも、で、ございますかっ!? これはこれはご丁寧に、恐悦至極‥‥」
 フロストヴァインを受け取った執事は深々と頭を下げた。
「では、プレゼント交換にはこれを」
 メグレズがウォルに手渡したのは新緑の髪飾りだった。
「じゃあ、皆一旦外に出てくれる? プレゼント隠すからさ!」

 屋敷の庭は、既に一般客に開放されていた。夜の庭はあちこちに置かれた風除けをした蝋燭の明かりでぼんやりと照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出している。
 地面には雪が積もり、気温もかなり低い筈だが‥‥誰もそんな事は気にしない。聖夜のパーティは寒いのが当たり前。屋外にセットされた一般客用のテーブルには、大勢の人だかりが出来ていた。
 軽快な音楽が奏でられ、早速踊りに興じる人々の姿もある。足元の雪や泥で服が汚れるが、そんな事は気にしない。
「‥‥おひとつ、如何ですかな?」
 その光景をぼんやりと眺めるケインの背後から、ヤドリギの枝がぬうっと現れた。
「し‥‥執事さん!?」
「これから、玄関に飾って来ますので。お先に‥‥」
 執事は悪戯っぽく片目を瞑って見せた。
「あ、では‥‥お言葉に甘えて」
 ケインは白い実をひとつもぎ取ると、それをポケットに突っ込んだ。

「あれは‥‥何ですの?」
 暫く後、玄関先に人だかりが出来たのを見てサクラが不思議そうに首を傾げる。
「ああ、あれね」
 丁度屋敷から出て来たウォルが、いかにも興味なさそうに言った。
「あの下だと、男が女にキス出来るんだってさ」
「え‥‥そ、そうなんです、の?」
 サクラが頬を染めてそちらを見る。言われてみれば、その一帯にはピンクの靄がかかっているような。
「片思いとかでも良いらしいけど‥‥ったく、大人って下らない事に燃えるよな〜」
 そんな事を言ってられるのも今のうちだ、ウォル。と、それはさておき。
「準備出来たからさ、探しに来て良いよ。あ、玄関はあの状態だから、裏口からね」
 その声に、待ってましたとばかりに真っ先に走り出したのは「ボールス様の傾向と対策」と書かれたメモを手にしたグランだった。何が書かれているかは知らないが、それを元にグランが向かったのは‥‥猫達の寝床。
「おお、これはっ!?」
 猫達に埋もれた袋の中に入っていたのは‥‥まるごとせいけん。メアリーの提供品だった。
 そのメアリーが向かったのは‥‥
「やはりツリーの周辺が定番であろうな」
 その根元を探し、見付けたのは進化の干し魚と‥‥何故か恋愛成就のお守りのセットだった。
「ああ、それは私ですね」
 ケインが苦笑いを浮かべる。
「干し魚だけじゃ花が無いと思って‥‥やっぱり変な組み合わせかな」
 そんなケインは先程まで籠もっていた厨房の食器棚で、銀のネックレスを見付けた。
「それは俺だな。よく見てくれ。ちょっとした細工がしてあるだろう?」
 クロックが自慢げに言った。なるほど、よく見るとチェーンに付けられた小さな金属のプレートに、精密な天使の絵が彫ってある。彼が自分で細工を施した一点物、という事のようだ。
 そしてクロックがあちこちのテーブルの下を覗き込み、探し当てたのは毛糸の帽子。
「あ‥‥ご、ごめんなさい。選んでいる時間がなくて‥‥」
 サクラが申し訳なさそうに下を向く。
「いや、寒い時期だし、丁度良い。有難く頂いておくよ」
 頬を赤らめ、ずっと下を向いたまま、さてどこを探そうかと迷っていたサクラが見付けたのは、風雅の茶筅だった。
「サクラさんに当たりましたか。それで優雅にお茶でも楽しんで下さい」
 森写歩朗がにこにこと言う。そして何故か馬小屋に向かった彼が見付けたのは、馬ならぬ、くまのぬいぐるみだった。
「まさか、こんな所に隠してあるとは思いませんでしたが‥‥」
 こんな所に探しに来る人がいるとも思いませんでした。
 一方、今は外で陽気な音楽を演奏している楽師達が部屋に残した楽器ケースの中を調べていたエスナは、宝石のティアラを見付けた。
「そんな所に隠したであるか。それは私からであるよ」
 贈り主のリデトは、本来自分がそれを隠そうと考えていた場所‥‥洋服箪笥の中を調べた。
「こんな所に黄金の蜂蜜酒があるである!?」
「‥‥あ」
 どうやら、マイからのプレゼントらしい。そしてマイは既に人波も引いた玄関先で水晶のダイスを見付けた。
「あなたに幸運が訪れますように」
 クリスが微笑む。使い慣れた厨房に向かったクリスが食料庫の中で見付けたのは新緑の髪飾り。それは先程、メグレズがウォルに手渡した物だ。
 そのメグレズはボールスの書斎に向かい、机の周囲を探す。
「聖なるロザリオと、ブラック・リング‥‥こんな、高価な物を!?」
 贈り主はエスナだった。
「本当にありがとうございます。ちょうど欲しかったんです」
「良かった‥‥です。喜んで貰えて」
 エスナがにっこりと微笑む。

 さて、ここから先は個別のプレゼントタイム。
 いきなり、ウォルの周囲に人だかりが出来た。
「え? え? なんで?」
 驚きうろたえるウォルに、まずはリデトがスローイングダガーを差し出す。
「剣の勉強はしてるであるか? 身を守れるのに越した事はないである」
「‥‥村の事はまだ始まったばかりですから、この先も色々使う機会があるでしょうし。‥‥少しでも使い勝手が良くなるとよいのですけど」
 そう言いながらマイがくれたのは、高級羽根ペン。これを使えば少しは字が上手くなる‥‥かも?
 森写歩朗からは甘い味の保存食を貰った。
「エルと二人分、仲良く分けて下さいね」
 そしてサクラがおずおずと差し出したのは、淡い緑‥‥クリスに貰った手袋とお揃いの色のマフラーだった。
「メリー・クリスマスですわ。ウォル。これ私が編んでみたのです。‥‥うけとっていただけませんか?」
「へ? お、オレに‥‥って、長っ!」
 両端に犬の模様が入ったそのマフラーは、何だかやたらと長かった。
「あ、あの、マイさんに‥‥これからすぐに大きくなるから、大きめの方が良いと言われて‥‥」
「あのさ、大きくなるったって、首が伸びる訳じゃないんだから‥‥これじゃ二人で一緒に巻いてもまだ余るじゃん? ほら」
 と、ウォルは余った片方の端をサクラの首に巻いた。
「‥‥!!」
 サクラさん、真っ赤です。
 その隣で、リデトがボールスにバレンタインカップを差し出す。
「バレンタイン用に使うといいである」
 そしてルルにも。
「え、私に‥‥?」
「ルルは色々頑張ってるであるよな」
 アーモンド・ブローチを手渡しながら、くりくりと頭を撫でる。頑張っているとは、主にボールスに関する事らしい。
「ありがと‥‥って、なに子供扱いしてんのよっ!」
 元気なルルには、クリスからも元気な明るい黄色の手袋が贈られた。
「ま‥‥まあ、一応、貰っとくわ。それに、礼儀だからお礼も言っとく。‥‥ありがと」
 などと、口ではそんな事を言ってますが、大丈夫、ちゃんと喜んでるから。
 そして執事には落ち着いた茶色の手袋。
「こ‥‥この爺、本日は生涯で最高の日でございますぞぉっ!!」
 それは少し大袈裟な気もするが、執事は実際、涙を流して喜んでいた。さすが年の功、手編みの意味がわかるようだ。
「お嬢さん、この爺、力一杯応援させて頂きます! 王子をよろしく頼みましたぞっ!」
 そして王子様には淡い蒼‥‥ただし手の込んだ模様が入っている所が他とは違う。おまけに、獅子のマント留めとカード付きだった。
「ありがとう、随分手間がかかったでしょう?」
 クリスは微笑みながら首を振るが、手間がかかったに決まっている。勿体なくて使えなくなりそうだ。
「それから、これはメグレズさんから」
 先日の依頼で作った木彫りの人形が3人に渡される。
 そしてお返しは‥‥
「エル、母さまにプレゼントを渡してあげなさい」
「うん! あのね、こえ、えりゅととーさまかやだよ!」
 エルはクリスにしゃがんでくれと手真似をすると、その肩に真っ白なケープを着せかけた。
「とってもかりゅくて、あったかいでしょ?」
「防寒具は、少し重すぎますからね。それから‥‥これはメグレズさんから貰った物ですが」
 ボールスはジョシアンの指輪を手渡した。
「私が暴走しそうになったら‥‥これで、止めて下さい」
 自力で止まれる自信はあるが、念の為だ。
「‥‥ゲストは‥‥やはり来ないようですね」
 森写歩朗がぽつりと呟く。
「すみません、折角ご足労頂いたのに‥‥」
「いや、ダメもとでしたから」
 申し訳なさそうに言うボールスに、森写歩朗は正絹風呂敷を手渡した。
「使い方はわかりますか? いや、テーブルクロスじゃありませんから」

 一通りプレゼント交換が終わったら、後は食事の時間だ。広間にはマイとケインが腕をふるった料理の数々が運ばれて来る。
 マイお得意の材料を完全に煮崩して溶かしたスープや、鶏の丸焼き。前日から用意を始めた豚肉の紅茶煮込みは、薄く切り分けてサラダに添えたり、サイコロのように四角く切ったり。
 しかし何と言ってもメインはクランセ・カーケだろう。その「食べられるクリスマスツリー」は全員で頑張っても一日では食べきれないほどの大きさだった。
 他にはリデトが仕入れて来た大量の林檎のお菓子やジンジャークッキーが山のように‥‥

 ‥‥さて、そろそろお色直し。
 外の一般客達が帰り支度を始め、楽師達も屋敷の中へと演奏の場所を移した頃‥‥慣れない礼服に実を包んだケインは、エスナの部屋の前で彼女の支度が終わるのを待っていた。
「‥‥ケイン、褒めてくれるかな‥‥?」
 精一杯のおめかしをしたエスナは、ドキドキしながらドアを開ける。
「お、お待たせ‥‥」
 その姿にケインは絶句し、ぽかんと口を開けたまま‥‥
「やっぱり、変、かな‥‥似合わないよね‥‥背、低いし‥‥胸だって小さいし‥‥」
 大人っぽさを演出しようと、露出の多い深紅のドレスに、耳には魅了のピアス。そして胸元にはケインから貰った青いペンダント。髪にリボンを結び、ちょっぴりお化粧もしていた。
「‥‥え? いや、変じゃないよ! 本当に、全然!」
 エスナのしょんぼりと落ち込んだ様子を見て、真っ赤になったケインは慌てて言った。
「その‥‥あんまり綺麗だから、見惚れちゃったというか‥‥とても似合ってるよ。ただ‥‥その、ちょっと露出が多いし‥‥あんまり、人前でそういうの着て欲しくないというか‥‥」
 そして広間に戻る前に、エスナをヤドリギの下に誘う。
「あ、やっぱり‥‥ひとつも残ってないね」
 最初に取っておいて良かったと思いつつ、振り返ったその瞬間。ケインの唇はエスナのそれに塞がれた。
「‥‥!?」
 頬で我慢しようと思ったのに。だが、これも来る途中でグランに貰ったキューピッド・タリスマンの御利益だろうか。
 ちゃんと自制しないと危ないと思いつつ、ケインはその御利益を有難く頂戴した。
「‥‥今日くらいは‥‥ずっと、いっしょに居てもいいよね‥‥?」
「‥‥うん」
 ぎゅっと抱きついてきたエスナを、ケインは優しく抱き返す。
 そんな二人を、自称ヤドリギ警備員のグランが物陰から見守っていた。雰囲気が盛り上がったカップル達が思う存分イチャつけるようにガードするのが彼の使命‥‥覗きとは違うらしい。
 そして広間に戻った二人を社交ダンスの音楽が出迎える。
「‥‥それじゃあ、その、私と一緒に踊って頂けますか?」
 こほんとひとつ咳払いをして差しのべられたケインの手を、エスナはしっかりと握り返す。
「‥‥はい」
 一方、もう一組のカップルは‥‥
 音楽が流れ始めたのに気付き、クリスはそっとボールスを見上げる。
「‥‥踊りましょうか」
 クリスは嬉しそうに微笑みながら、差し出された手をとった。
 青いドレスの上に薄衣を纏い、耳には舞踏のピアスが揺れる。髪には宝石のティアラが光り、ドライフラワーの髪留めが仄かな香りを立てていた。そして勿論、ボールスの紋章も。一方のボールスは少し華やかなデザインの優しい青に染められた上着に、瞳と同じ茶色のズボン。白いマントは先程贈られたばかりの獅子のマント留めで留められていた。
 大丈夫、ちゃんとステップも覚えたし、去年よりはましな筈‥‥と、少し緊張気味に踊るクリスを、ボールスは相変わらず巧みエスコートする。
「お嬢様、お手をどうぞである」
 楽しげに踊るその姿を見て、リデトもルルを誘う。
「しょうがないわね、ブローチのお礼よ」
 ぶつくさ言いながらも、ルルは素直に誘いに応じた。
「足を踏む心配がないのがシフールの良い所であるな♪」
 そしてサクラは‥‥身長の事を気にしていたウォルを、ダンスに誘いかねていた。もっとも、ウォルの方は料理とお菓子に夢中で、身長が足りていたとしても、誘いには乗りそうもない気配ではあったが。まだまだ、色気より食い気のお年頃だった。
「俺は壁の花で寂しそうな女の子に話をふって盛り上げていこう‥‥と思ったけど、壁に咲いてるのは徒花ばかりですか?」
 と、グラン。マイは給仕で忙しそうだし、メグレズもそれなりに楽しんでいるようだ。
「仕方ない、徒花達には憐憫の情を込めて、お酌でも‥‥」
 そしてメアリーは石鹸を使ったシャボン玉作りでエルを楽しませていた。石鹸など一般家庭ではまだ珍しい存在だが、そこは流石に貴族という所か。
「父さまのいない所では、真似など試みぬようにな?」

 やがて世も更け、仲間達もひとり、ふたりと客間に引き上げ始めた頃‥‥
「ああ、俺が寝かしつけてきますから、どうぞお二人はヤドリギの下へ!」
 ぐっすりと眠ってしまったエルを抱き上げ、グランが言った。そして、ボールスの手にキューピッド・タリスマンを握らせる。
「無事にキスして貰えるとよいですね‥‥それとも、あげられる、かな?」
 グランに背を押され、ヤドリギの下に向かった二人の上に、庭先から吹き込んで来る風に乗ってきた雪が舞う。
「いつの間にか、また降り始めたようですね」
 白い聖夜に、一年分のキスを。
「‥‥神よ、人々を幸せにしていただきたい」
 そっと唇を重ねた二人の姿を遠くから見守りながら、メアリーが神に祈りを捧げる。
「残り少なき今年と来年以降を笑って過ごしたいものであるな‥‥」