●リプレイ本文
「お久しぶりです、イルカ団の皆さん。お元気でしたか?」
イルカ団の名付け親、マロース・フィリオネル(ec3138)が相変わらずどう見ても恐ろしい海賊にしか見えない、むさ苦しい男達に慣れた様子で歩み寄る。
「久し振りだな、壮健そうで何よりだ」
エスリン・マッカレル(ea9669)も彼等とは顔馴染みだ。
「しかし、イルカ団か‥‥」
マストにたなびく可愛らしいイルカの旗を見て呟いたエスリンの言葉に、コワモテのお頭が渋面を作る。が、その日焼けした顔がほんのり赤く染まっているような。
「言っとくが、俺達が選んだ訳じゃねえぞ。あのチビ共が、だな‥‥」
「ああ、いや。溺れた者を助けてくれる事もあるというイルカなら、旗印として相応しいのかもしれないと、そう思っただけだ」
別に似合わないとか、可愛すぎるとか、そんな事を考えていた訳ではないようだ‥‥多分。
「海に異常とは、いったい何が起こっているのだろう。大きな災禍の始まりでないと良いのだが‥‥」
ともあれ、今は頼まれた仕事をきっちり片付けるのが先だ。
「退治の際に使わせて欲しいのですが、小舟のようなものはあるでしょうか?」
雀尾嵐淡(ec0843)が尋ねた。
「貸して頂けるならそれで先行し、群の位置を探査して皆さんにお知らせしますが‥‥」
「そりゃまあ、あるがよ‥‥兄ちゃん、そんなもんで外海に出たらあっという間に鮫の餌だぜ?」
大丈夫、わざわざ探さなくても向こうで見付けて寄って来てくれるさ‥‥お頭はそう言って豪快に笑った。
「お〜い、そこの姉ちゃん!」
団員の一人が桟橋でひとり出航前の祈りを捧げるディアナ・シャンティーネ(eb3412)に声をかける。
「さっさと乗らねえと置いてっちまうぞー!」
「あ、はい。今行きます!」
こうして元海賊船に乗った元海賊達は、助っ人の冒険者達と共に海に出たのであった。
「やっぱ海は‥‥漢の浪漫! だよなあ?」
真冬の海を進む船上で寒風に吹きさらされながら、舳先に立った空木怜(ec1783)はどう見ても痩せ我慢にしか見えない引きつった笑顔を浮かべる。
「あー、それ。誰かが絶対言うだろうなと思った」
風の当たらない場所から七神蒼汰(ea7244)が茶々を入れる。彼はその手に船酔いを防止するという「船乗りのお守り」をしっかりと握り締めていた。
「いいんだよ、お約束なんだから。‥‥なんだ、船酔いが心配なのか? 船酔いっては船の揺れが俺達の感覚をおかしくしてバランスを取れなくなる事が原因だ」
相変わらず寒風に晒されながら、怜が医者らしく色々とアドバイスを与える。
「睡眠不足、空腹と食べ過ぎはよくない。後は心理的要素もチラホラ。お守りなんかはその類だな」
外海に出た船は、かなり激しく揺れていた。こんなに足場が揺れるのでは、いかな回避の達人でも慣れるまでは思い通りには動けないだろう。
「ま、俺達にとっちゃ揺れてるのが当たり前だがな」
船員の一人が言った。
「俺達は船縁から銛や斧を投げたり、小舟を下ろして槍で突いたりするんだがな。まあ、あんたらは戦闘はプロかもしれんが、船についちゃ素人だ。取りこぼしをフォローする程度で構わねえからな」
そうは言われても、仕事を受けた以上は期待以上の働きをしなければ漢が廃る。女性もいるけど。
「陸でも練習したが‥‥足場が揺れる事は考えてなかったな」
レイア・アローネ(eb8106)が怜と蒼汰を見て言った。イギリス語が出来ない彼女の言葉を、蒼汰が通訳する。
「すまない、今必死に勉強してる所なんだが‥‥」
「ああ、気にするなよ。練習の方は‥‥今のうちにもう一度やっておくか?」
「そうだな、それに‥‥合図も決めておくか。戦闘中にいちいち通訳も出来ないだろうし」
怜、蒼汰、レイアの三人は船の甲板を借り切ってコンビプレイの練習を始めた。
「これが上手く行けば、一網打尽‥‥なんだが」
「よ〜し、そろそろ例の海域だ」
港を出て半日ほどが過ぎた頃。
「野郎共、準備は良いか! 気ィ抜くんじゃねえぞ!」
お頭の声に、乗組員達は気を引き締める。今、船のマストにはイルカの旗の他に、ディアナから渡されたドラゴンバナーがはためいている。そして帆は全て畳まれ、錨も降ろされてていた。
「来るぞ!」
鷹のマッハの目を借り、自らも愛騎ティターニアに乗って海上を監視していたエスリンが上空から叫んだ。
ソードフィッシュの群は、大きなカラスに化けた嵐淡が囮にしようと付近にばらまいたゴールドフレークには見向きもせずに船へと向かってくる。しかも、四方八方から。
大宗院透(ea0050)が予め張り巡らしておいた網も、そのスピードと頭に生えた剣のような角で引きちぎられてしまった。
そしてここは外海、水深は当然フライングブルームの飛行高度である30メートルを軽く超える。それを使えば寒中水泳が楽しめること、請け合いだ。
「船から地道に退治するしかないようですね‥‥。射撃のよい修行になります‥‥」
透は見晴らしの良い場所に足場を確保すると、弓を構える。
「二人ともこれを着て‥‥私の後ろにいて下さい」
マロースはヨーとピッチ、二人の少年に皮兜とマント、それに防寒具一式を装備させ、自分の背後に守る。そして船縁をソードフィッシュの攻撃から守るようにホーリーフィールドをかけた。
その間にイルカ団の男達は命綱を腰にくくりつけ、船縁に固定された小舟に乗り移る。彼等はそこから直接、敵を狙うつもりらしい。
「私もご一緒して良いでしょうか?」
そんな彼等にディアナが声を掛ける。愛用のレイピアは勿論、長槍でさえ、船の上からでは届きそうにない。それに船縁から実を乗り出しての攻撃は危険でもあり、充分な威力も望めなかった。
「やめときな、姉ちゃん。俺らは慣れてるから何てこたぁねえが、落ちたら死ぬぜ? それより‥‥」
ほらよ、と投げて寄越したのは、大きな包丁。
「姉ちゃん、料理は得意だろ? 船に上がった奴をそいつで捌いといてくれよ。終わったら盛大に酒盛りと行こうぜ!」
「‥‥ソードフィッシュって食えるのか‥‥保存食の節約になりそうだけど」
美味いのだろうか、と蒼汰が呟く。まあ、カジキマグロだし。ただちょっと、いやかなり凶暴ではあるが。
「よし、今こそ練習の成果を‥‥我等三人の息の合った技を見せる時だな!」
レイアが漁網を手に立ち上がる。
その両脇に、怜と蒼汰が立った。
「行くぞ! サイキック一本釣りぃっ!」
怜は船体に攻撃を加えようと水面ぎりぎりまで浮上したソードフィッシュの一団に向かってローリンググラビティーを唱えた。これで魚達は問答無用で海上に放り出される筈だ。そこに網を投げれば、一網打尽‥‥の、筈だった。
だが‥‥
――ザバアッ!!
上がってきたのは魚だけではなかった。
「か‥‥海水も一緒に!?」
「いや、とにかく投げろ!」
「行っけえぇっ!」
――ざっぱぁああん!
手応えは‥‥ある。
「よし、引け!!」
蒼汰とレイアが網を引っ張り上げる。入っていたのは‥‥
「‥‥三匹、か」
一網打尽と言うには寂しい数だが、まあとりあえず効果はあるようだ。
甲板でびちびちと跳ねているそれを、マロースがコアギュレイトで拘束する。そして網からは外れたものの、魔法を喰らったショックで方向感覚を失った魚達は嵐淡がミミクリーで伸ばした腕で釣り上げた。
「ミミクリーで耐寒性まで得られるなら、魚になって直接攻撃も出来たのですが‥‥」
完璧に模倣出来ればそれも可能だろうが、そこまでの深い知識は持ち合わせていなかった。
一方海上のエスリンは、海面ギリギリに泳ぐ魚影に向かって矢を放つ。だがやはり水の抵抗を受けるようで、その矢はなかなか思った所に命中せず、威力も低い。
「接近するしかないか‥‥」
エスリンは他の仲間の邪魔にならないように高度を下げると、慎重に狙いを付けて皮膚の薄そうな部分を狙い撃つ。水面に赤い花が咲いた。
「‥‥鮫など寄って来なければ良いですが‥‥」
透が他の仲間の攻撃を逃れて船に近付いたものに片っ端から矢を射かける。船に何かしらの備え付けの兵器でもあればそれが使えたのだが、イルカ団の戦いは相手の船に乗り移っての白兵戦が基本らしく、特に武装はしていなかった。
やがて船の周囲がソードフィッシュの血で真っ赤に染まり、目視も難しくなった頃‥‥
「どうやら、片付いたようだな」
甲板に転がされた魚を数え、頭が言った。
「だが、二陣三陣と続くかもしれねえ。野郎共、港に戻るまで油断すんじゃねえぞ!」
「お‥‥おうっ!」
少し恥じらいながらも勇ましい返事を返したのは、大きな包丁を手にしたディアナだった。
そしてどうにか無事に仕事を終えた一団は、宴会の準備に取りかかる。
「捌くなら、私がやろう。前にいたキエフでは魚料理が多かったからな」
大きな魚を捌こうと頑張っているディアナに、レイアが話しかけた。
「では、私は他の料理を‥‥」
その場をレイアに任せ、ディアナは持参した食材を使って様々な家庭料理を作り始めた。疲労に負けずに働けるように、そして普段からきちんとした食事が摂れるようにと、イルカ団の男達にも教えながら。
そのむさ苦しい男達は、マロースにきちんと身なりを整えて貰い、多少は男前が上がったようだ。まあ、お頭の怖い顔はどうやっても修正不能ではあったが。
「これはやっぱり、焼いて食べるのが良いのか?」
解体の終わったマグロを持って調理場に現れたレイアの問いに、海の男は豪快に答えた。
「マグロはステーキに限るぜ! こう、分厚く切ってな!」
「マグロとは、正月にちょうどいいですね‥‥『ソード』フィッシュは『相当』おいしい『そうど』す‥‥」
などと駄洒落を言いながら顔を出した透のおかげで、調理場は極限まで冷たく冷えたとか‥‥。
結局、ソードフィッシュが大量発生した原因はわからなかったが‥‥まあ美味しかったから、良いか。(良いのか!?)