女王様(?)の錬金術講座

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月10日〜01月15日

リプレイ公開日:2008年01月18日

●オープニング

 錬金術師、エリス・フェールディン(ea9520)は常日頃から感じていた。
 この世界では筋肉自慢の体力系の活躍ばかりが目立ち、本当は重要な働きをしている筈の縁の下の力持ち、錬金術師などの頭脳労働者が評価される機会が余りに少ない、と。そして、それに伴いそれら頭脳系のエキスパートを目指そうという冒険者も少なく、世界の神秘について思う存分に語り合えるような仲間も、そう簡単には見付からなかった。
 だが、何の刺激も与えなければ、水はいつまでも水のままで、凍り付く事も沸騰する事もない。それと同じで、ただ座して待つだけでは事態は好転しないのだ。

 そんな訳で‥‥やって来たのは冒険者ギルド。
「これは、理工系のすばらしさを感じてもらう依頼です」
 と、受付係を前にエリスは言った。
「縁の下の力持ちである理工系の技術者を育てるため、興味を持ってもらうために講習会を開きたいのです。協力して頂けますね?」
「は、はあ‥‥それは、仕事とあれば協力はしますが‥‥」
 しかし、講習会とは一体何をするのか‥‥?
 受付係の脳裏には怪しげな液体の入った大鍋を「クックックッ‥‥」などと不気味な含み笑いを漏らしながら掻き混ぜる、恐ろしげな妖女の姿が浮かぶ。もしくは実験が失敗して大爆発、とか。
 まあ、一般人の錬金術に対するイメージなど、総じてこんなものだろう。
「‥‥だからこそ、講習会を開いて人々を啓蒙する必要があるのです」
 例えば鉄は熱すると柔らかくなり、鍛える事によって強度を増すが、それが何故そうなるのか、きちんと仕組みを理解していれば応用も利くだろうし、技術力も上がるだろう。
「勿論、違う分野を目指している人が、他の分野の知識を得て現在の分野の糧にするために受講するのも歓迎です」
 そして、エリスは受付係の腕をがっしりと掴んだ。
 たちまちその髪が逆立ち、瞳が赤く染まる。彼女はハーフエルフ、狂化条件は異性と触れあうこと。そして狂化した彼女は‥‥
「よろしくて? 会場の確保から、宣伝、講義、必要なら実験器具の準備。それも全部、仕事のうちですわよ?」
 ご覧の通り、タカビーな女王様に変身するのだ。
「経費は報酬から天引きしますわ。さあ、このわたくしを満足させられるかしら?」
 ‥‥いや、そうじゃなくて。
 女王様が満足してもしょーがないだ。講習を受けた人々に満足して貰わなければ。
「まあ、興味をもってもらえれば成功、やる気を出してもらえれば大成功ですわね。せいぜい頑張る事ですわ」
 そう言った彼女の背後からは「ほーっほっほ」という効果音が聞こえたとか聞こえなかったとか‥‥。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ここも約一年ぶりですね〜うふふっ♪」
 黒い衣装を身に纏い、ヴェールで顔を隠したエルフの少女は、ギルドの受付でウィンディと名乗った。
 しかし、受付係はそれだけでは仕事の斡旋は出来ないと首を振る。
「ウィンディさん‥‥名字は? それに、きちんと顔を見せて下さい」
 相手が本当に登録された冒険者であるかどうか、その身許を確かめる義務がギルドにはある。
「いえ、あの〜、ちょっと理由があって〜、今は身許を明かす事は‥‥」
「では、仕事も諦めて下さい」
 身許詐称は犯罪行為だ。ギルドがそんなものに加担する訳にはいかない。
「仲間内では了承が得られるならどう名乗ろうと構いませんが、仕事を受ける際にはきちんと本名で、嘘偽りのないものをお願いします」
 そう言われて、少女は漸くその名を明かした‥‥シェリル・シンクレア(ea7263)と。
「ああ、シェリルさん‥‥」
 その名と、ヴェールの下から現れたとても御年19歳とは思えない童顔。
「確かに、お久しぶりです。でも、久しぶりすぎて色々とお忘れなのでは?」
「え? 何か‥‥忘れてましたっけ〜?」
「その子」
 と、受付係は足元にいる白い狼を指した。
「お客さんに吹雪を吐かれる前に、家に置いて来て下さいね」

 そして後刻。
 依頼人エリス・フェールディン(ea9520)の自宅には、本人を含め三人の錬金術師と、手伝い兼生徒の二人が集まっていた。
「ふふふふふ‥‥」
 錬金術師のひとり、メアリー・ペドリング(eb3630)が不気味な含み笑いを漏らす。
「ついに、錬金術に光が当たるときが来たか。至高なる存在に近付くために、人々を教化しようぞ」
 それは、仲間内だからこそ言える本音。
「皆さん、国を支えているのは、騎士ではなく、生産者であることを理解してもらい、技術を発展させましょう」
 主催者の言葉にメアリーも素直に頷く。
「勿論、一般人に興味を持って頂ける事が第一であるな。出来る限り協力させて頂こうぞ」
 そしてメアリーは、大宗院透(ea0050)に変装を手伝って貰い別人に生まれ変わった(本人談)シェリル‥‥いや、ウィンディと共に、会場と参加者を確保すべく町へと出て行った。
「では、私も生贄‥‥いえ、生徒さん達を集めに行って来ましょう」
 フィーナ・ウィンスレット(ea5556)がキヨラカに微笑む。
「今回の目的は錬金術の認知度を上げ、理解を示してくれる人を増やす事ですから、若く錬金術に興味を持ちそうな、鍛冶や彫金などを志す人達が良いでしょうね」
 それにはやはり、職人が多く集まる地域で宣伝するのが良いだろうか。
「錬金術ですか‥‥。手品とは違うのですね‥‥」
 ひとり残った透は、錬金術の何たるかが今ひとつ理解出来ていないらしい。主催者に暫しの個人教授を受けた後、仲間の後を追った。
 仲間達が出払い静まり返った部屋では、奇妙な装置にかけられたワインが少しずつ違う何かに生まれ変わろうとしていた。上手く行けば、そこからアルコール度数の高い蒸留酒が生まれる筈だった。

「いや、危険な事は何もない。異臭‥‥は、するやもしれぬ‥‥。爆発‥‥も、あるいは‥‥」
 空き家を借りたいと申し出たメアリーの精一杯の笑顔と、それとは裏腹に物騒な言葉に、相手は「とんでもない!」と首を振った。
「う〜ん、駄目ですよ〜、そんな怖い事言っちゃ〜♪」
 シェリルが余り「ダメ」とは思っていないような、のほほんとした口調でメアリーを窘めた。
「錬金術を知らない人でも解り易く、興味を持てるように、怖くないように説得しないと〜」
「うむ、出来るだけ余り重大事ではないと思わせ、気軽に貸して頂けるようにと配慮したつもりなのだが‥‥」
 それでも何軒目かの交渉で、会場は無事に確保する事が出来た。講義をする部屋と準備室。他には調理場など、道具を持ってきても十分スペースがあり、かつもし何かが起こっても隣近所に迷惑をかけないような場所。多少郊外にあるのが難点ではあるが、それは仕方がない。
 後は宣伝と人集めだ。

 その頃、透は実験器具や材料など必要な物を買い揃えつつ、店の者や客などに講習会の宣伝をして回っていた。そんな物を扱う店には、当然その筋の客も多い。中には興味を示す者も少なくなかった。
「元から興味のある人ばかり集めても、錬金術を広める事にはなりませんよね‥‥」
 透は下町に向かい、そこで昼間から井戸端会議に精を出すオバチャン達の輪にさりげなく混ざり、巧みに情報を流す。
 さて、これで何人の生徒が集まってくれるだろうか‥‥?

 講習会当日。
 教室には生徒が‥‥ちらほらと、10人ほど。30人は入れる会場を確保したのだが、まあ初回はそんなものだろう。
 集まった生徒を前に、まずは主催者のエリスが代表で挨拶をした。
「魔法はさておいて、物事にはその現象が起こる要因があります。それを知る事により、より技術力が向上する筈です」
 エリスは生徒達の職業を聞き出し、それに合わせて話を進めた。鍛冶屋には金属の組成や特性を、石工には様々な石に含まれる成分の特性を、そして陶器作りに携わる者には土の成分を話して聞かせ、それに応じた加工の仕方なども伝授する‥‥ただし、理屈だけだが。その理屈を知った上で、どう自らの技術に生かし、応用するか‥‥それは相手の腕次第だ。
 しかし、現に手に職を持ち、目的を持って受講している者にとってはそれも良いだろうが‥‥なんとなく興味本位で聞きに来た、特に若者達の頭上には「?」マークが盛大に飛び交っていた。
「先生、つまり錬金術ってわかりやすく言うとどういう事なんでしょうか〜?」
 そんな雰囲気を感じ取ったウィンディが手を上げ、エリスに質問する。
 それに答えたのはフィーナだった。
「錬金術とは、万物をより高い次元に導く為の知識を得る為の術です」
 ‥‥わかった?
「錬金術の目的はアルス・マグナ。大いなる秘法を体得する事です。物質を変質させ高次へと導く事の出来る森羅万象の知識を有する。それが錬金術の最終目的です。例えば‥‥」
 フィーナは用意してあった道具を取り出し、生徒達の前で実験を始めた。
「これは金とは似ても似つかない物ですが‥‥」
 と、何やら白い粉の様な物と金属の塊を見せた。そしてまず、粉の方を陶器の皿に載せて火にかける。何やら物凄い臭気が漂って来た。俗に言う、卵の腐ったような匂いだ。そこに今度は金属の塊を投入した。すると‥‥
「この様に、金を生み出す事が出来るのです」
 そう言って見せた皿の中には、大部分が灰色の物体に混じって、所々に黄金色の鈍い輝きがあった。
「うそ!?」
「マジ、これ金!?」
 猛烈な臭気に打ち勝って皿の中を覗いた生徒達は目を輝かせる。だが。
「残念ながら、これは金ではありません。モザイク金と呼ばれ、メッキなどに代用されている物体です」
 たちまち、生徒からは「な〜んだ」と落胆の声が漏れる。
「しかし、いずれはこのように金にあらざる物から本物の金を生み出す事も可能になるでしょう。錬金術では物質は硫黄、水銀、塩の三原質で出来ていると考えられています。万物はこの三つのバランスで成り立っており、その頂点に金があります。卑金属はバランスを欠いた未熟な金属であり、それらのバランスを正してやる事で金が作れます。如何にすればそのバランスを正せるのか、私達はそれを探る為に日々努力しているのです」
 しかし、と、フィーナは続けた。
「金や賢者の石を作るのは目的ではありません。それらはアルス・マグナに至る為の手段でしかないのです」
 ああ、また難しくなってきた。
 それを察し、今度はメアリーが教壇に立った。
「錬金術とは、ただ難しいだけではない。専門家の為だけの学問ではないのだ。実生活にも役立つ学問である事を、今からお見せ致そう」
 どこからともなく、皿に乗せられたチーズの塊が飛んできた。何も支えがないのに、皿は火の上で揺られ、熱せられる。
「物質は加熱する事によってその成分に変化が生じるのだ。食べ物もまた然り。生乳に適度な熱を加えるとやがてチーズが出来るように、チーズもまた熱を加えれば‥‥」
 先生、なんか油が浮いてきてますけど?
「いや、理論上はこれで新たなチーズが生まれる筈なのだ」
 でも分離したままだし、一向に固まらないし‥‥焦げてきてるし。
「ふむ、これは何かが足りないのか‥‥果たして何が‥‥」
 メアリー先生、ああでもない、こうでもないと、そのまま実験に没入してしまいました。
 まあ、このように‥‥上手くすれば、錬金術は食事などの日常生活にも役に立つ、かもしれない。
「いいえ、実際に役に立つのです」
 そう言ってエリスが取り出したのは、僅かばかりの茶色っぽい液体。
「これはワインから錬金術で作り出した、新しいお酒です」
 大人達に少しずつ配られたその酒は、アルコール分が濃縮された喉が焼ける程に強烈な物だった。
「す、すごい‥‥! 錬金術師になれば、毎日こんなすごい酒が飲めるのか‥‥!?」
 自分を弟子にしてくれと、一人の男がエリスの手をがっしりと握る。
 その途端‥‥
「このわたくしの弟子に、ですって?」
 女王様、ご降臨。
「ええ、よろしくてよ。職人として必要なのは、才能、頭脳、体力ではなく、探究心と継続する努力のみですわ」
 酒が飲みたいなどという些か不純な動機であっても、それが継続の為の力となるならば問題はない。まあ、毎日心ゆくまで飲める程に作れはしないだろうが。
「私達がいないと武器や城も作れませんのよ。さあ、あなた達! 英雄達は自分達が生み出していると誇りをお持ちなさい!」
 傍らで、透がぼそりと呟いた。
「‥‥この『講座』では『鋼材』を使用します‥‥」
 果たして、この講座によって一般人の錬金術への理解は深まったのだろうか‥‥?