崖下の攻防
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月12日〜01月17日
リプレイ公開日:2008年01月19日
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●オープニング
その日は朝から雪が降り続いていた。
こんな日は馬車など走らせない方が良い。それはわかっていた。だが、家族の待つ家までは、あと僅か一日の行程だった。
「もう少しで、妻や子供達に会える‥‥」
その思いが、彼の判断を誤らせた。
雪の中、旅先で仕入れた商品と家族への土産を乗せて馬車は走る。
「こんな雪の中だ、賊の類もどこかに籠もってぬくぬくとしているだろうさ、なあ?」
男は傍らにちょこんと座ったパートナーに語りかける。それは、返事の代わりにふさふさの尻尾をふわりと振った。
だが、賊達は彼が想像‥‥いや、期待したほど甘くはなかった。
片側が深い森に、もう一方は切り立った崖になっている一本道。普段から最も賊に襲われる危険が高いその場所にさしかかった時、彼の行く手を馬に乗った一団が塞いだ。
「‥‥まさか、こんな雪の中‥‥!?」
「巣穴でぬくぬく冬眠でもしてると思ったかい?」
賊の一人がニヤリと笑う。
こんな雪の日には、そうして油断した者達が面白いように網にかかるのだ。
「た‥‥頼む、荷など好きなだけくれてやる。だが‥‥!」
その時。
――めりめり、みしっ!
崖下‥‥彼等のすぐ足元で鈍い音がした。崖に生えた一本の木が雪の重さに耐えかね、その根が自らを支える事を放棄したのだ。
木の根は、しがみついていた崖の土もろとも崩れ落ちた。その真上にあった馬車と、賊の馬達‥‥そして、乗り手をも巻き込んで。
「ワン!」
崖下に落ちようとする馬車から、犬が飛び出した。
「ワン! ワン!」
身軽に崖の上に飛び移った犬は、後に続けと主人に呼び掛ける。が、主人にそんな事が出来る筈もない。
「‥‥行け! 家に帰って‥‥家族に‥‥!」
それだけ言うと、男は馬車と共に崖下へと消えた。
彼と‥‥共に落ちた賊達はどうなったのか。舞い上がる雪煙に覆われ、そこには何も見えなかった。
●リプレイ本文
『さ、ご主人様と別れた場所まで案内してちょうだい』
テレパシーで呼び掛けたカイト・マクミラン(eb7721)の言葉に、一頭の犬が勢い良く走り出す。
現場までの道は、商人の家族が既に一度辿っていた。犬だけが戻った事に「何か不測の事態が起きたに違いない」と察した家族が犬と共に現場まで行き、とても自分達の手には負えないとギルドに依頼を出したのだ。
その家族は今、自宅で商人の帰りを待っていた。勿論、一緒に救出に行くと言い張ったのだが‥‥
「何が起きるかわからぬしな」
手にした槍に、商人の名と救助隊である旨を書いた大きな旗をくくりつけたアンドリー・フィルス(ec0129)が言った。
崖の上で待たせても残党やら他の何かに襲われる危険がないとは言い切れない。
着替えなどの必要な物を受け取ると、必ず無事に助けると言い残して冒険者達は商人の家を後にした。
「獲物ごと事故にあう山賊ってのは流石に聞いた事ねえな‥‥」
愛馬の手綱を引き崖沿いの雪道を慎重に歩きながら、閃我絶狼(ea3991)は呆れたように呟く。
「余り端に寄るなよ。地面がなくなってる可能性もあるからな」
マナウス・ドラッケン(ea0021)が仲間達に声をかけた。今、雪は降っていないが、昨晩のうちにまた新たに積もったようだ。時折どこからか、自らの重さに耐えかねた雪庇が崩れ落ちる音がする。
「あんなものに埋もれてなきゃ良いんだが」
剥き出しで寒風に晒されるよりは、雪に埋もれていた方が体温の低下が防がれ、助かる場合もある。だがそれも程度によるだろう。呼吸も出来ない程の雪に押し潰されれば元も子もない。
やがて現場が近くなったのか、早足で歩いていた犬が走り出した。
「ワン!」
雪の上からでも一見してわかる、崖崩れの跡。道の半ばほどまでが抉れるように崩れていた。
その少し前。
エスリン・マッカレル(ea9669)は愛騎ティターニアに食糧と薪、薬や着替えなどと共に仲間のアルフレッド・アーツ(ea2100)を乗せ、一足先に空から現場に向かっていた。
「あれは‥‥」
行く手の空にうっすらと白い煙が上がっているのが見える。そして、ちらちらと揺れる炎の暖かな光。その周りには三つの人影が見えた。
「良かった、無事か‥‥!」
だが、それで全員とは限らない。それに‥‥
「人相まではわからぬが、どうやら全員、賊のようだな‥‥どうする、アルフレッド殿? 一人で下りるのは危険やもしれぬぞ」
問われて、アルフレッドが答えた。
「でも‥‥行きます‥‥。もしかして‥‥商人さんの事、何か知っているかもしれないし‥‥」
最低限の荷物だけ持って、アルフレッドは賊達の前へと降り立った。
「あの‥‥助けに、来ました。食糧とか、少しだけど持ってますし‥‥」
「おお、そいつぁ有難ェ! だが‥‥おいおい、まさかお前さんが俺達を抱えて崖の上まで飛ぼうってんじゃねえだろうな?」
賊達は、がはは、と笑った。思ったより‥‥と言うか、助けなど必要なさそうな程に元気だった。
見れば傍らには肉を削ぎ落とされた馬の死体が転がっている。そして彼等が体に巻き付けているのは、色とりどりの織物‥‥燃やされているのは、恐らく解体された馬車だろう。流石に山賊などを生業としている連中、バイタリティがあると言うか何と言うか。
「救助の本隊は、もう少し遅れて合流します‥‥だから、もう少しおとなしく待っていて下さい。それで、あの‥‥商人さんは‥‥?」
「ああ? 知らねえな、どっかその辺に埋まってんじゃねえか? そうか、奴を助けに来たって訳か。ほらな、俺の言った通りだろ?」
再び、がはは‥‥と下品な笑い声。
アルフレッドは「その辺」と賊が顎で指した辺りを振り返る。何度か往復したのだろう、崖下のその場所まではいくつもの足跡が残っていた。
「‥‥まだ、あの下に‥‥?」
だが、場所はわかっても、アルフレッド一人の力ではどうにもならない。もどかしくても、仲間の到着を待つしかなかった。
「こんなもんで大丈夫かな」
七神蒼汰(ea7244)は崖上に立つ太い木の幹にロープをくくり付け、それを思い切り引っ張ってみた。どうやら大丈夫そうだと見て、そこに縄梯子を4本繋いで崖下に垂らす。
「絶っ太、俺達はここで見張りだ」
絶狼はモンスターや賊の襲撃に備えて、ペットの狼と共に周辺を見張る事に決めたようだ。
「下は任せた。何かあったら呼んでくれ。アルフレッドが飛んでも‥‥ああ、カイトのテレパシーでも良いか」
「わかったわ、そっちも気を付けてね」
カイトが縄梯子を下り、仲間達もそれに続く。
「ここ‥‥の、ようだが‥‥?」
崖下にある馬車の残骸の傍で、マナウスが首を傾げる。アルフレッドに聞いた話では、商人はまだこの下に埋もれているという事だった。だがアンドリーのグリフォン、ガルーダによって下に運ばれた犬は、その場所には反応せず‥‥
「ワン! ワン!」
賊達の元へ一目散に駆けて行く。
「おっと、その犬っころを近寄らせるんじゃねえぞ」
その時、賊の一人が言った。
「奴の命が惜しけりゃ、な」
その背後で、もう一人の賊が雪の下から何か‥‥誰かを引きずり出し、無理矢理に立たせると、後ろから羽交い締めにして首筋に刃物を突き付けた。
それは、手足を縛られた商人だった。手荒に扱われ、僅かにうめき声を漏らす。生きてはいるようだ。
「‥‥さっきは‥‥あそこに埋もれたままだって‥‥」
アルフレッドの言葉に、賊は鼻を鳴らした。
「切り札ってのは、必要な時まで秘密にしておくもんさ。こいつを盾にでもしなけりゃ、俺たちゃ全員お縄だ。そうだろ?」
確かに、冒険者達の大部分は彼等を然るべき所に引き渡すつもりでいた。
「さて、こいつを助けたいなら武器を捨てな。そして、お前らの持ってるロープで互いを縛るんだ。身動き出来ねえように、きっちりとな。その後で、あの縄梯子は有難く使わせて貰うぜ。勿論、使った後は引き上げる事も忘れねえさ」
賊達は勝ち誇ったように笑う。
だが、彼等は間違っていた。いや、見通しが甘かったと言うべきか。
「‥‥商人さんを人質に取られないように、気をつけなきゃって思ってたんだけど‥‥最初からやられたんじゃ仕方ないわね」
カイトが溜息をつきながら、何やら呪文を唱えた。
「‥‥!?」
人質を取った事で安心し、油断したのだろう。商人を羽交い締めにしていた賊は、カイトのスリープであっさりと眠ってしまった。
「‥‥おっと!」
崩れ落ちようとする商人の体を、こっそりと忍び寄った蒼汰が支える。
「さて、覚悟はいいですか?」
形勢逆転。と言うか最初から賊には勝ち目ないし。
各種オーラを身に纏い、強化完了したルーウィン・ルクレール(ea1364)が剣を抜いた。
それを見て、残った二人の賊は‥‥
逃げた。ソードボンバーを放ち、舞い上がる雪煙で煙幕を作って。一人は何もない雪原へ、そしてもう一人は崖に向かって。
雪原に逃げた一人は上空から追ったエスリンの弓に足を狙われ、崖の縄梯子に取り付いた方は懸命に崖の上へと登って行く。
冒険者達は、ただそれを黙って見ていた。何故なら、上には‥‥
「よう、ご苦労さん。上がるなら手伝おうか?」
顔を上げた賊の目の前には、牙を剥いた狼の姿があった。その後ろから差し延べられた手に気付く間もなく手と足を滑らせ、彼は落ちた。10メートル下の雪の上に、真っ逆さまに。
「それで、あんた達はこれで全部? 他に一緒に落ちた人は?」
連れ戻され、治療を受けた上で厳重に縛り上げられた三人の賊に、カイトが尋ねた。
「さあな、あと2〜3人はいたんじゃねえか?」
流石は賊と言うべきか。仲間さえ助けようとは思わなかったらしい。
『今の、聞いた?』
カイトは愛犬のチップにテレパシーで尋ねる。
『匂いも何もわからないけど‥‥埋もれた人を探せるかしら?』
「ワン!」
任せろ、と言うようにチップは駆けだして行く。
「よし、瑪瑙、お前も手伝え!」
蒼汰も自らの愛犬に命じた。
二頭の犬が嗅ぎつけた場所を、自らにオーラエリベイションとオーラボディを付与したアンドリーが掘る。スコップを借りる暇も惜しいので、とりあえず手で、豪快に。
やがて掘り出されたのは‥‥三人。だが、そのうちの二人は既に、どうやってもこの世へは戻らない状態だった。
「‥‥もう少し早ければ、助けられたやもしれぬな‥‥」
アンドリーは呟き、今度はスコップを借りて雪の下の地面を掘る。彼等を葬ってやる為に。賊達だけではない。一緒に落ち、助からなかった馬達も。喪われた命の凡てを弔い冥福を、彼は祈った。
「ともあれ、無事で良かった」
焚き火の傍に置かれたテントに運び込まれ、乾いた服に着替えた商人は、体が温まった為か、それとも助けが来た事を知って安心したのか‥‥恐らくその両方だろうが、今は安らかな寝息を立てている。その傍らには愛犬が寄り添っていた。
救出された賊の一人も、濡れた衣類を脱がされ、毛布に包んだ上で寝袋に入れられ、同じテントに寝かされていた。ただ一人無事だったその男は、死んだ馬と一緒に発見された。だが、馬はその直前まで生きていたのだろう、まだ僅かに暖かみを残していた。その体温によって、彼は命を繋いだのかもしれない。
「酒とか、何か暖まる物を飲ませた方が良いんじゃないか?」
蒼汰の言葉に、マナウスは首を振った。
「意識があればな。今にも死にそうな程じゃないし、薬も起きてからで良いだろう」
どちらにしろ、二人とも暫くは動かせない。長時間低温状態にあった者を急に動かしたり、温めすぎたりする事は死を招きかねないのだ。
「では、私達も夜営の準備をした方が良さそうですね」
ルーウィンが言った。
『‥‥明日の天候と、二人の状況次第‥‥命に別状はないんだな?』
崖の上でカイトからのテレパシーを受けた絶狼は答えた。
『わかった、一足先に家族に知らせておこう』