凍てついた月

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2008年01月29日

●オープニング

 世界は白一色に染まっていた。
 いや、それを「色」と呼べるのだろうか‥‥ただ白いだけの、色のない世界。
 その中にひとつ、黒っぽい小さな点があった。点は僅かずつだが、動いていた。雪を掻き分け、白の中に灰色の影を落としながら。
 だが、やがて点の動きは次第に遅くなり、そして‥‥止まる。
 動かなくなった小さな点の周囲には、更に小さな点がいくつか、どこからともなく集まってきた。
 鮮やかな色が、白い世界に溢れ出す。
 その光景を、冷たく凍てついた月だけが見ていた。


 その数日後。
 ひとりの若い女性が冒険者ギルドを訪れた。
「兄が数日前から戻らないのです。捜して頂けませんか?」
 聞けば、彼女の兄は数日前、すぐに戻ると言って近くの町に出かけたまま帰らないという。
「黙って家を空けるような人ではありませんし‥‥何より、兄は母の為の薬を取りに行ったのです。途中で寄り道などする筈もないし、他に用事が出来たとしても薬だけは他の誰かに頼んででも届けてくれる筈なんです」
 だが、何日経っても兄は戻らず、薬も届かない。
「町の、お医者様の話では、兄は薬を受け取るとすぐに帰って行ったと‥‥」

 彼女は知らない。
 その日、彼女の村と町の間に広がる草原は何故か局地的に、晴れたかと思うと突然吹雪が吹きつけるような不安定な空模様だった事を。
 彼が町を出る時、空は青く澄み渡り一点の曇りもなかった。道を辿るよりも、草原を一直線に突っ切った方が早い。だが草原にさしかかった辺りで雲行きが怪しくなり、やがて一寸先も見えない程の吹雪に巻き込まれた。彼はその場をじっと動かずに吹雪をやり過ごしたが、それが収まった時‥‥一面の白に方向感覚を失ったのだ。
 元々目印になるようなものが何もない、雪に覆われた草原。空はどんよりと曇り、陽も月も、星も見えなかった。
 そして‥‥

「お願いします、兄を捜して下さい!」
 女性はそう言って深々と頭を下げた。
 その時。
 店の隅で話を聞いていた少年が、青い顔をしてこそこそと立ち去る姿を、受付係が細い目の端で捉えた。
「‥‥あの子は確か、先日冒険者になったばかりの‥‥」
 陽魔法使い。
 魔法が使えるようになった事が嬉しくて仕方ないのか、サンレーザーで服に焼けこげを作ったり、ダズリングアーマーで目くらましをしたりというイタズラをしては先輩冒険者に叱られている所を何度か見た事がある。しかし‥‥
「まさか‥‥ね」
 受付係は静かに首を振ると、新しい依頼書を掲示板に貼り付けた。

●今回の参加者

 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb8646 サスケ・ヒノモリ(24歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1110 マリエッタ・ミモザ(33歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

スティンガー・ティンカー(ec1999)/ アクア・ミストレイ(ec3682

●リプレイ本文

「ええ、町の中はもう探したんです」
 集まった冒険者達に、依頼人の女性‥‥エマは改めて詳しい事情を説明した。
「母の薬を持ったままですから、どこかで遊んでいるような事は絶対にありません」
「とてもお母様思いの、優しいお兄様なんですね」
 それを聞いて、マリエッタ・ミモザ(ec1110)が言った。目の前の疲れた顔をした妹もそうだが、母親もさぞ心配している事だろう。
「安心して下さい。お兄様は私達が必ず探し出します」
 とは言うものの、集まったのはぎりぎりの4人。正直、充分な数とは言えなかった。
「エマさん、お兄さんを捜しに町に来るまでの道では会わなかったんだよね?」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)の問いに、エマは黙って頷いた。
「じゃあやっぱり、途中の道で休んでいる可能性はないに等しいって事だよね。お兄さんがいたら見逃す筈ないもん」
「他に近道のようなものはないのでしょうか?」
 サリ(ec2813)が尋ねた。
「お母様の為に急いだとしたら、最短経路をとった事も考えられますね‥‥もし天気が良ければ、ですけれど」
「ええ、兄はよく草原を突っ切ると早いと言って、道もないような所を歩いていたようですが‥‥」
「草原、ですか」
 ならばその途中で何か起きたのか、とサスケ・ヒノモリ(eb8646)は考える。
「盗賊や、モンスターに襲われる危険性、狩猟用罠で身動きできないとか‥‥」
 いずれにしろ、生きているなら一刻も早い救助が必要だ。
「あちらの天気はどうなのでしょうか‥‥徒歩で一日かかるとなると、こちらとは違うかもしれませんね」
 サリの言葉にデメトリオスが頷く。
「雪が降ってたりしたら、気を付けないとおいら達が二次遭難するかもしれないよ」
「そうですね、もし天候が荒れていたりすると‥‥」
 そこまで言って、マリエッタはポンと手を打った。
「ウェザーコントロールを使える冒険者を紹介して貰うのはどうでしょうか?」
「そうですね、募集人員にもまだ余裕がありますし」
 紹介して貰うか、さもなくば自分で探すか‥‥
「マリエッタさんがどなたか雇われるなら、私も依頼金の半分を負担させて頂きますね」
 と、サリ。
 だが、ギルドは基本的に募集を終えた依頼には介入しない。例え人数がぎりぎりでも、戦力が足りなくても、成立した依頼に他の冒険者を紹介する事は出来ないのだ。
「ご自分で探して、どなたかを雇われるなら構いませんが‥‥ああ、そう言えば大抵その辺に」
 そう言って、受付係は店内を見渡した。
「陽魔法使いの少年がいるのですが‥‥今日はいないようですね」
「その子、ウェザーコントロール使えるかな?」
 デメトリオスの問いに、受付係は「その筈だ」と答えた。
「まだ駆け出しですが、役には立つと思いますよ。ただ、先日少し様子がおかしかったのが気にかかりますが‥‥」

「いや、今日は見てないね‥‥いつもはその辺でミルク飲んでるんだが」
「そうそう、周りの客に下らんイタズラをしながら、な」
 ギルドにいなければ酒場だろうと聞いて、早速そこへ向かった冒険者達だったが‥‥今日はここにもいないようだ。
「仕方がありませんね、のんびり探している時間もありませんし、皆さんは先をお急ぎ下さい」
「何かわかったら、知らせに行きます」
 残って引き続き情報収集に当たるアクア・ミストレイとスティンガー・ティンカーに後を任せ、一行は依頼人の兄が最後に立ち寄ったと思われる町へ向かった。

「おいらはまず、ちょっと聞き込みをしてくるね」
 依頼人エマを一足先に村へ帰らせてから、待ち合わせ場所にした酒場でデメトリオスが言った。エマも町の中は既に探したと言っていたが、素人の調査なら見落とす事もあるだろう。
「村に向かったのか、何らかの理由で村以外の場所に向かったのか、それともまだこの町にいるか‥‥それだけでも探す範囲を狭くすることができるからね」
「では私も一度、お医者様の所でお話を伺ってきましょう。それに、町の方々にも‥‥」
 依頼人の兄が最後に立ち寄った日時、当時の服装や身体的特徴、その日の天候など、サリも改めて尋ね歩く。
 その間に、マリエッタは上空から道なりに、更には村から町へ直線ルートを辿って手掛かりを探したが、本人の姿も、足跡などの痕跡さえ見付からなかった。
「遭難してルートを外れたのでしょうか?」
 幸い今日は空も晴れ、天候も安定している。そして草原の一部では雪が解け、枯草が顔を出している所もあった。
「こんな所で遭難というのも、考えにくい事ですが‥‥」

「お兄さんが町を出たのは確実みたいだよ。そして、その時は空も晴れてて‥‥」
 いくらイギリスの天気が変わりやすいとは言え、それほど急激に天候が崩れるとは誰も思わなかったらしいと、一通りの調査を終えて酒場に集まった仲間達にデメトリオスが言った。
「町の方のお話では、当日は天候がめまぐるしく変わっていたそうです」
 と、サリ。
「晴れから曇り、雪、大雪‥‥ほぼ1時間毎に変わっていたそうです。まるで誰かが悪戯をしているように」
「1時間毎‥‥それってもしかして‥‥?」
「はい、ウェザーコントロールの可能性が」
 デメトリオスの問いに、自らも陽魔法の使い手であるサリが言った。
「そう言えば、ギルドの受付係が言ってましたね。例の少年の様子が何かおかしかったと」
 サスケがその時に聞いた、その少年についての話を思い返す。
「確か悪戯好きで、覚えたての魔法を使ってみたくて仕方がないとか‥‥」
「まさか、その子がここで、魔法の練習を‥‥?」
 マリエッタが呟く。もしそうなら、そして、そのせいで遭難者が出たのだとしたら‥‥。
 だが少年を捜している暇はない。依頼人の兄が行方不明になってから既に数日が経過し、どこかで遭難したならば生存の可能性は低いが、それでも。
「行きましょう、陽が暮れる前に」

「まだ、少し遠いようですね」
 サスケは草原の上空をフライングブルームで飛びながら時折サンワードを試す。バーニングマップも試してはみたが、人々の話から大体の位置を適当に書き記した地図では、その指し示す情報の信憑性は低い。
「‥‥気のせいでしょうか‥‥先程から、誰かが私達の後をつけてきているような気がするのですが」
 ブレスセンサーで周囲を探っていたマリエッタが後ろを振り返る‥‥と、何かが咄嗟に小さな吹き溜まりに実を隠すのが見えた。
「‥‥子供‥‥?」
 その声に、とって返したサスケが見付けたのは‥‥
 見覚えはないが、聞いた覚えのある特徴。例の陽魔法使いの少年だった。
「丁度良かった、君を探してたんだよ」
「は、離せっ!」
 逃げようとした少年の背後に回り込み、その腕をつかんだサスケに少年は言った。
「ぼ、ボクは何もしてないっ!」
「何もしてないなら、どうして逃げるのかな? それに、どうしてコソコソと後を‥‥」
「コソコソなんかしてないっ!」
 だが、やがて駆けつけてきた冒険者達に囲まれ、少年は観念したようにその場に座り込んだ。
「‥‥この辺りは、この間とても気まぐれな空模様だったようですが‥‥何かお心当たりはありませんか?」
 なるべく責めたり問い詰めたりするような口調にならないようにと気を付けながら、サリが尋ねた。
「違う! ボクじゃない!」
「そうですか。誰かがここで、ウェザーコントロールの練習をしていたようなので、同じ陽魔法使いなら何かご存知かもしれないと思ったのですが‥‥」
「違う! 違う! 違う!!」
 少年は喚き、泣き出してしまった。
「‥‥きっと、自分がした事の結果を見に来たのでしょうね。見て、結果を知って‥‥それでどうするつもりだったのか、それはわかりませんが」
 ならば、とにかく見せよう。どんな結果であれ。
 マリエッタは泣きじゃくる少年を自分の馬に乗せ、一行は捜索を再開した。

 やがて‥‥
「‥‥嫌な予感がしますね」
 サスケが呟いた。
 白い雪原を、赤茶色の狐が走る。その行く手に、黒い鳥が群がっていた。
 近付くとそれは一斉に飛び立ち‥‥そこに残されたのは、半分雪に埋もれた人‥‥だったもの。
「‥‥妹さんにお見せするのは、忍びないですね‥‥」
 だが、報告しない訳にはいかない。きちんと確認して貰う事も必要だろう‥‥少なくとも依頼人には。確認とは言っても、顔かたちも既に分からない。辛うじて残った衣服の切れ端と、持ち物位だろうか、手掛かりになるのは。
 サリは跪いて祈りを捧げてから、サスケにバーニングソードを付与して貰ったスコップで丁寧に雪をどかしていく。
「これが、君がした事の結果だよ」
 デメトリオスの言葉に、少年はまだ下を向き、首を横に降り続けていた。
「誰にでも過ちはあります。けど、一番の過ちは、謝罪すべき時に謝罪しない事‥‥」
 目を背け続ける少年に、マリエッタが言った。
「あなた、一生みんなに嘘をついて生きられるの?」
「謝らないなら、それでもいいよ。苦しむのは君だからね。でも、これだけは約束してほしい。もう二度と、魔法は使わないって」
 思わず顔を上げた少年にデメトリオスは言った。
「何故かは、わかるよね?」

 そして遺体は町の教会に運ばれ、依頼人エマが呼ばれた。
 彼女は‥‥半ば生存を諦め覚悟していたのか、それともまだ実感が沸かないのか、或いは目の前に突き付けられた事実が大きすぎたのか‥‥物言わぬ兄と対面し、冒険者達の話を聞く間、表情ひとつ動かさなかった。
 遺品と呼べるようなものは、母親に届ける筈だった薬の袋がひとつ。
「‥‥母には‥‥どう言えば良いのかしら‥‥」
 それが、やっと口を開いた彼女がたったひとつ呟いた言葉だった。
 どう言えば良いのか、それは冒険者達にもわからない。それに、少年の事をどう伝えるか、或いは伝えないか。
 無邪気な子供の悪戯と、気紛れなお天気の神様の悪戯。果たしてどちらが、より救いのある事実と言えるのか。
 それは、誰にもわからなかった。