籠の鳥は空を夢見る
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月16日〜02月22日
リプレイ公開日:2008年02月25日
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●オープニング
「ねえ、あの子最近おかしくない?」
仕事の話を終えた所で、ルルが言った。
「おかしい‥‥フォルティナさんが、ですか?」
ボールスが首を傾げる。確かに最近、彼女は角が取れたと言うか、以前の刺々しさは影を潜めた様に感じられる。
「良い事ではありませんか、少しでも穏やかな気分で過ごせているなら‥‥」
「そりゃそうだけど、な〜んか、ねえ。ボールス様だって、あの時の報告書読んだでしょ? なんか怪しいって思わない?」
確かに、彼女の態度が変わったのはあの依頼の直後だ。子供は嫌いだと言って近寄りもしなかったエルに対しても近頃は積極的に遊びに誘い、エルもまたそれを喜んで懐き始めている。
「でも、それは‥‥そろそろ母親になるという自覚が出て来たせいではありませんか? フェリスも今頃の時期にはよく、近所の子供達と遊んでいましたし‥‥」
「まあ、フェリスもそれまでは子供とかあんまり興味なさそうだったから、そういうものかもしれないけど‥‥でもあの子は変わりすぎ。絶対何か下心が‥‥っ!」
「随分な言われ様じゃない?」
噂をすれば影。フォルティナだ。
「私だって、この子の為に一生懸命頑張ろうとしてるのに‥‥」
そう言って目を伏せ、フォルティナは自分の腹部に手を当てる。
「ちょっと、そんな言い方されたらまるで私がクソ意地の悪い因業ババアみたいに聞こえるじゃない!」
「あら、ごめんなさい。そう聞こえる程度の想像力は持ち合わせてるのね」
「な‥‥んですってェえっ!?」
「‥‥ま、まあ、落ち着いて下さい二人とも、ね?」
火花を散らす女性二人に挟まれて冷や汗を流す円卓の騎士‥‥。
「ええと、私に何かご用でしょうか?」
と、フォルティナに向き直る。
「ああ、そうだったわ。ちょっと頼みたい事があるんだけど」
先日の冒険者達をもう一度呼んで貰えないかとフォルティナは言った。
「あの人達が気に入ったの。まだ色々と教わりたい事もあるし、話もしたいから。それに、私も少しは外に出てみたいわ。出産準備の買い物は他人任せにはしたくないし、あの人達と一緒なら良いでしょ?」
その言葉に、ボールスは暫し考えを巡らせる。確かにこのタンブリッジウェルズの城下なら、彼女が誰かに狙われる事はまずないだろう。ここで騒動を起こせば政治問題に発展する事は間違いない。ロシュフォードもそこまでの危険を冒す事はない筈だ。
「‥‥そうですね、買い物位なら‥‥ただ、あの方達にも都合がありますから、全員が集まれるとは限りませんが」
「あ、良いの。それはわかってるから」
お人好しのカモが集まってくれれば、と、心の中で付け加えた事は勿論誰にも聞こえない。が‥‥
『ねえ、逃げる気じゃない?』
その表情の裏に何か不穏な気配を感じたルルがテレパシーでボールスに尋ねる。
『だとしても‥‥彼等なら上手く阻止してくれるでしょう』
ただ、相手は妊婦だ。力ずくでの阻止は出来ない。それに、ただ止めるだけでは彼女の心に傷を残しかねない。外に出たい、ロシュフォードの元に帰りたいという彼女の気持ちはわかるが‥‥
『私は、帰しちゃっても良いと思うけどな』
『‥‥何故?』
『だって、戻ったからって必ずしも殺されるって決まってる訳じゃないでしょ? そりゃ、ロシュの評判が悪いのは知ってるけど‥‥子供が出来た事を知ったら、また何かに利用しようとして生かしておくかもしれないじゃない?』
『命さえあれば良いというものではないでしょう? 確かに、彼も父親になれば人が変わる可能性もありますが‥‥それに賭けるのは危険すぎます』
彼女には可哀想だが、子供が無事に生まれるまでは。小さな命を陰謀の渦中に放り込むような事は出来ない。それを守る為なら、自分はいくら恨まれても憎まれても構わないと、ボールスは本気で考えていた。
『‥‥ほんっと、無類のお人好しよねぇ。自分の子供でもないのに‥‥って言うか、そんなに頑張って守ろうとすると、また口さがない連中に色々言われるわよ? やっぱり手を出したんだとか何とか‥‥』
『構いませんよ。寧ろそう思われていた方が安全かもしれませんし‥‥それに、他の誰にどう思われようと、どんな噂が流れようと‥‥』
『あー、はいはい、カノジョにさえ信じて貰えれば良いってワケね?』
少し頬を赤らめ満面の笑顔で頷いたボールスを見て、ルルは掌を団扇代わりにパタパタと自分の顔を扇ぐ。
「ごちそーさま、ってゆーかもう勝手にしてちょーだい。心配した私がアホだったわ、あー、アホらしっ」
大声でそう言うと、ルルはどこかへ飛んで行ってしまった。
「‥‥では、そのように手配しておきますね」
その背を見送り、ボールスは訝しげな表情でこちらを見ていたフォルティナに向き直る。
「私もまた暫く不在にしますし、ウォルも一緒に来る事になるでしょうから、その時にでも」
「あら、あの子守の子もまたいなくなるの? 良いわ、じゃあその間、エルの面倒も私が見てあげるから‥‥そうだ、一緒に買い物に行っても良い?」
フォルティナの言葉に、ボールスは暫く躊躇い‥‥笑顔で頷いた。
「ええ、よろしくお願いします」
大丈夫だ、彼女が何を企んでいようと、彼等なら必ず阻止してくれる‥‥そう信じて。
●リプレイ本文
「‥‥難しいな‥‥」
依頼を受けたルシフェル・クライム(ea0673)は開口一番そう言って唸った。
「『愛する』という、どうしようもない感情は私も知っている。故に、正直なところ、どうすれば彼女の想いを止められるのか分からない」
そもそも止められるものではなかろう。だが‥‥
「分かっているのは、ロシュフォード卿の元へ戻れば悲劇が訪れるだろうということ。見過ごすわけにはいかぬ」
「うん、そうだね‥‥生まれてきたと思ったらいきなり『しゅらば』なんて可哀想過ぎるもん」
子供には何も罪は無いのだから、と、アネカ・グラムランド(ec3769)。
「せめて子供が生まれるまではボールスさまの所に居て貰えるように、フォルティナちゃんを説得しなくちゃ。でも、どうすれば良いんだろ???」
「外出したいというのを止める訳にはいかないだろうな。私は皆が外出する際、離れて気付かれぬように監視しようと考えているが‥‥」
説得については上手い方法が見付からないというのが正直な所だと、ルシフェルは言った。
「だが、ここで考え込んでいても始まらんな。とにかく行ってみるか‥‥」
「そうだね。他の皆とも協力して、ちゃんと本気で考えてあげればきっと伝わるよ。‥‥多分」
最後は微妙に自信なさげだが、ともあれ。
「また来たで〜。今回もよろしゅーなー」
ふわり。
藤村凪(eb3310)はフォルティナの手を両手で包む。フォルティナは少し驚いた様子だったが、前回とは大違いの態度で親しみを込めてそれを握り返した。
「また来てくれたのね。ありがとう」
「‥‥お?」
握り返されたその手を、凪は優しく摩った。
「温いやろ? ウチ体温高いんよ〜。人間懐炉っちゅーやつやろか?」
「か‥‥かいろ?」
「そや。温めた石やら、灰に色々混ぜたもんなんかを布でくるんでな、寒い時に懐に入れておくと重宝するねんで? ジャパンの知恵やね〜」
「‥‥」
「‥‥あー。懐炉人間がええ?」
困惑顔のフォルティナを余所に、凪はあくまでもマイペースだった。
「フォルティナさんの手温いわ〜‥‥。ええ人は皆、身体が温いんやで?」
「‥‥そう。じゃあ、凪も良い人なのね」
「え? ウチ? そ、そないな事‥‥」
わたわたと慌てながらも、なんとなく認めてみたり。
「そ、そやろか〜?」
「ところで‥‥あなた達、私の外出を手伝う為に来てくれたのよね?」
フォルティナは一同を見渡す。
「ええ、前回は連れ出してあげられませんでしたからね。ボールス様の許可も取れたようですので、同行させて頂きます」
陰守森写歩朗(eb7208)が言った。
「ただし、あなたがもし人道的に反することを考えているのならば、例え実力行使であろうとも全力で阻止しますのでご容赦を」
「何よそれ。私が何か良からぬ事を企んでいるとでも?」
フォルティナは精一杯の笑顔を作り、自分の腹部に手を当てる。
「私はただ、この子の為に自分でも何かしてあげたいって、そう思っただけよ?」
「‥‥必要な物は何ですか? ‥‥リストに書き出しておけば、手早く済ませられると思いますが‥‥」
マイ・グリン(ea5380)のもっともな提案に、しかしフォルティナは首を傾げる。
「どうして手早く済ませる必要があるの? 良いじゃない、たまにはのんびり町を歩いてみたって‥‥それとも、私が途中で逃げ出すかもしれないとか、そんな事を思ってるの?」
はい、思ってます‥‥とは誰も言わないが。普段とは余りに違う彼女の態度、そこに下心が存在する事は見え見えだった。
そして翌日。
「良かった、夜の間はなんにもなかったみたいだね。エスナちゃんやルシフェルくんが見張っててくれたお陰かな」
エルと手を繋いで町を歩きながら、アネカが言う。
ルシフェルは前を行くフォルティナ達とは距離を置きながら、辺りを警戒しつつ歩いていた。
「‥‥エル殿の誘拐を企んでいるとしても、城内では難しかろう」
それに城内で何かするつもりなら、冒険者達のいない時を狙うだろう。ならば、真に警戒すべきなのは今‥‥この外出の機会だ。彼女の行動で予想されうるのは、「逃亡」「誘拐」「殺害」「噂の流布」「何者かとの接触」といった辺りかとルシフェルは考える。
「殺害や誰かとの接触という可能性は殆ど無いかと思うが、絶対というわけではないからな‥‥全ての可能性は考慮しておかねば」
フォルティナは今、凪と手を繋いで先頭を歩いている。マイが馬車を借りようかと提案したが、それは却って目立つだろうと城の者に断られていた。
「いいわよ、こないだも少し運動した方が良いって言われたし」
本人にもそう言われ、マイは仕方なく疲れた時に乗って貰えればと愛馬の手綱を引きながら彼女のすぐ後ろを歩く。
「‥‥ねえ、この手、離してくれない? みっともないじゃない」
言われて、凪は不思議そうにフォルティナを見返した。
「せやけど、フォルティナさん妊婦さんやし、転んだら大変やんか。‥‥あ、もう少し早く歩いた方がええ? ウチめっちゃ遅いねん、歩くの♪」
「だから、そうじゃなくて‥‥みっともないし、恥ずかしいでしょ!? 子供とならまだしも‥‥」
と、フォルティナはアネカに手を引かれたエルを見る。
「ねえ、交代しない? せっかく一緒に買い物に出たんだもの、私もエル君と仲良くしたいわ」
ほら来た。
「うん、でも‥‥ほら、一緒に転んじゃったりすると大変だし‥‥って、きゃあっ!」
アネカよ、自分が転んでどうするか。
「おねーちゃ、だいじょぶ?」
エルにまで心配されてるし。
その様子を見て、エスナ・ウォルター(eb0752)が微笑む。エスナは夕べ、エルに殆ど付きっきりで世話をしていた。
「エル君‥‥元気で、いい子ですよね。フォルティナさんの赤ちゃんも‥‥あんな風に、健やかに成長してくれるといいですね」
言いつつ、目に付いた店に彼女を誘う。
「あ、ほら。これなんかフォルティナさんに似合うと思います‥‥あ、あれも可愛い」
何かと機会を窺い買い物どころではない本人よりも、エスナの方が興味津々の様子だった。
「‥‥あ、ごめんなさい、わたしの方がはしゃいじゃって‥‥でも、羨ましいな」
「何が?」
「え、あの‥‥愛する人の子を宿せたってこと‥‥わたしは、産む事も出来ないかもしれないから‥‥」
「べつに、ヤればデキるのは当たり前でしょ?」
17歳の少女とは思えない冷めたお言葉。
「そっか、フォルティナちゃんってボクと同い年なんだ‥‥」
何やらショックを受けた様子でアネカが呟く。
「なのに、もうすぐお母さんになるなんて‥‥凄いなぁ」
その言葉は聞き流し、フォルティナは言った。
「とにかく何でも良いから適当に選んでくれない? 私、何が必要かなんてわからないし」
「‥‥では、そうします‥‥」
マイが手早く必要な物を見繕う。仕事柄、これからの時期にどんな物が必要になるか、その辺りの事は心得ている様だ。おかげで「のんびり買い物」の筈が、必要な用事は午前中だけで済んでしまった。
「このまま帰るのも勿体ないわよね。せっかく出て来たんだだし、天気も良いし、どこかでお弁当にしない? あんた、何か用意して来たんでしょ?」
フォルティナの言う通り、マイは出発前に手早くありったけの用意をしていた。休憩場所に決めた陽当たりの良い丘の上に、炙り肉や野菜を使ったサンドイッチに果物サラダなどが、まるで魔法のように並ぶ。
「ねえ、さすがに食事の時くらいは離してくれるわよね?」
言われて、凪はずっと握りっ放しだったその手を漸く離す。
「せやな。じゃあ‥‥今度は隣にいさせて貰おかー♪」
「‥‥まさかトイレにまで付いて来るとか言わないでしょうね?」
「あー、トイレも一緒がええ?」
「付いて来ないでって言ってるの!!」
フォルティナが立ち上がる。
だが、彼女が向かったのは用足しではなく‥‥
「あんた、こないだ逃げるなら手を貸すって言ったわよね?」
少し離れて見守っていた森写歩朗の所だった。
「‥‥お供しますとは言いましたが‥‥」
「何でもいいわ。とにかく、あんた協力してくれるんでしょ? まずは手始めに、あの子を浚って来てよ」
と、フォルティナはエスナとアネカに挟まれてサンドイッチを頬張っているエルをちらりと見る。
「手土産がなくちゃ、話にならないもの」
だが、森写歩朗は首を振った。
「エル君を連れて行きたいなら、ご自分でどうぞ。逃亡するなら、これからはご自身の力で生活していかねばなりません。護衛はしますが、手助けはしません。それに‥‥」
昨日も言ったが、人道に反する事は全力で阻止する。
「何でよ!? それを言うなら人道に反してるのは勝手に私を閉じ込めてるあいつの方でしょ!?」
「‥‥そうかもしれませんけれど‥‥」
いつの間に傍に来たのか、エスナが言った。
「時が来たら‥‥きっと、彼の元に帰れます‥‥わたしも協力します。だから‥‥無茶、しないでください。お腹の赤ちゃんに‥‥フォルティナさん自身に、もしものことがあったら‥‥わたし、悲しいです‥‥」
「私に何があろうと、あんたには関係ないでしょ!?」
「でも‥‥愛する人の為なら何でもしてあげたい‥‥その気持ちは痛いほど分かりますから。‥‥愛する人との赤ちゃんですから‥‥元気に、生まれてきてほしいですよね‥‥。愛する人に‥‥祝福、してもらいたいですよね‥‥。でも、だからこそ‥‥今は、もう少しだけ‥‥待ってもらえませんか?」
「そうだよ、元気に生まれて来てからだって、おとーさまには会えるじゃない」
アネカが言った。エルは、と見れば、今度はマイと凪が相手をしている。少し離れた所ではルシフェルが目を光らせていた。これでは、何も出来ない。
「やっぱり子供にとって、おとーさまと一緒に居るのが一番だもんね。フォルティナちゃんは子供の幸せを一番に考えて上げられる、良いお母さんになるね♪」
「子供の為なんかじゃないわ、私が会いたいのよ!!」
それはわかるが‥‥
「‥‥イタイノイタイノ、トンデイケー」
その場に座り込んだフォルティナの頭を、小さな手がそっと撫でた。
「とんでった? もう、いたくない?」
顔を上げると、そこには首を傾げて心配そうに覗き込むエルの姿が。
「‥‥ねえ、お腹の子もきっと、おかーさま思いの良い子だよ? だからもう少しだけ、我慢してみない?」
だが、アネカのそんな言葉にフォルティナは首を振る。
「期待薄ね。あの人は‥‥こんなに優しくもないし、親切でも、誰かを本気で大切に思ってくれるような人でもないわ」
そして、エルのぷにぷにの頬をそっとつまんだ。
「‥‥私も、あんたの父さんみたいな人を好きになれれば良かったのに‥‥でも、しょうがないじゃない!」
「確かに‥‥理屈でも理性でも、どうにもならぬ事ではあるな」
と、ルシフェル。いつの間にか全員が彼女の周りを取り囲んでいた。
だが、彼女を逃がすまいとする、そんな空気はもうない。
「じゃあ‥‥もう暫くここにおってくれるんかな?」
凪が言った。
「もしそうなら‥‥あんなー、ウチなー。もっと紅茶の事教えてもらいたいんやけど、偶に会ってもええかな?」
それには答えず、フォルティナは立ち上がった。
「ねえ、まだお金残ってるわよね? 買い物の続き、行くわよ! 折角だから、パーっと使っちゃいましょ、パーっと!」
必要な物は既に揃っている筈なのだが。
‥‥何やら吹っ切れたらしい‥‥色々と。
「新しい服に、アクセサリー、それに‥‥専用のティーセットも欲しいわね」
お嬢さん、逃亡を諦める代わりに、今度は財政を破綻させる作戦に出たのだろうか‥‥。