●リプレイ本文
「え‥‥えぇと‥‥テリーさん、ですよね?」
集合場所と決めたギルドの前。思わずそう尋ねたグラン・ルフェ(eb6596)に、青年は笑顔で頷いた。
「久しぶりだな。どうだ、俺も少しは逞しくなっただろ?」
「いや、少しなんてものじゃ‥‥」
彼の特訓に付き合ったのは、僅か2ヶ月ほど前の事だ。その時はまだ、どこから見てもごく普通の一般人だったものが。
「あの鬼のようなメニューを真面目にこなしていたのなら、この変化も頷けますね」
余分な肉が削ぎ落とされ、しっかりと筋肉の付いたテリーの体をしげしげと眺めながら、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が言った。技術はともかくとして、少なくとも体だけは一人前、プロのレンジャーとして通用しそうだ。
「まあ、頭の方はあんまり進歩してないけどな」
スクロールを使いこなすのはまだまだ無理だと、テリーは頭を掻いた。
「3ヶ月少々で出来た事など知れているでしょうけど‥‥。それでも本気で取り組んでいたなら、何らかの結果は出る筈ですから。後悔だけはしないようにして下さい」
「ああ、わかってる。リューのテストには絶対合格してみせるさ」
シエラ・クライン(ea0071)の言葉に、自信たっぷりに頷くテリー。
そんな彼を、クリステル・シャルダン(eb3862)はニコニコと嬉しそうに見守っている。もうすっかり、親鳥の気分が定着しているような。
「ええ、きっと‥‥落ち着いていつも通りにやれば大丈夫ですわ」
「間違えるなよ。今回の仕事は、賊の殲滅だ」
そんなのんびりほんわりムードに水を差す様なリューのお言葉に、七神蒼汰(ea7244)が呟いた。
「つまり、テストは合格して当然って事か。しかしリュー殿もまたえらく面倒そうな依頼見つけてきたなぁ」
「相手があの忌々しい不死者でないだけマシだろう?」
「そりゃまあ、そうか‥‥」
今回の相手は大部分が人間。不死者もいるようだが、あのバンパイアの様に悪知恵の働く者はいない。それに、上手く同士討ちを誘えば殆ど戦わずに済ませる事も出来そうだった。
「でも、盗賊に幽霊なんて、きっと近隣住民のみんなも不安だと思うの‥‥」
ルンルン・フレール(eb5885)が言った。彼女の周囲にほわほわとお花が舞っている様に見えるのは、きっと幻覚。
「それに、折角だからテリーさんの為にも一肌脱いじゃいます! 私も昔はレンジャーだったんですよ、先輩みたいなものだから、わかんない事は何でも聞いちゃってください。ジャパンで言えば、むしり取った衣笠です♪」
なんか違う。その場にいたジャパン出身の何名かは、そう思った。そうは思ったが、ここまで胸を張って堂々と断言されると‥‥間違いを指摘してはイケナイような気になってくるから不思議だ。
「‥‥とにかく、まずは現場を見てからだ。人数は揃ったか?」
そんな空気は敢えて黙殺し、リューはその場に集まった一同を見渡す。
視線を交わした尾花満(ea5322)が軽く頭を下げた。
「ふむ、挨拶がまだであったな。料理人の尾花と申す‥‥よしなに」
「それは、腕次第だな。戦いぶりが印象に残るなら、その名も自ずと脳裏に刻まれよう」
「心得た。では、そろそろ参ろうか」
「ええ、急いだ方が良いわよね。とりあえず現場の様子を見たいし〜。分からないからって適当につっ込むのもアホっぽくて好みじゃないわ」
レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が言った。ゴツくてデカいお兄さんの口から発せられたおネエ言葉には、とりあえず気付かなかったフリをしておくのが無難だろう‥‥主に精神衛生上。
元々足に自信のあるテリーはブーツを借り、リューはグランに借りた戦闘馬で現地へ急いだ。
「確かに難攻不落、なんて言葉が使えそうな屋敷ですけど‥‥、賊の根城としてここまで目立つ例は珍しいでしょうね、きっと」
沼の周囲に生えた丈の高い草の影に隠れ、屋敷の様子を窺う冒険者達。シエラの言う通り、夜明け前の暗闇の中でその屋敷はこれでもかと言わんばかりに存在を主張していた。
屋敷の外には煌々と松明が焚かれ、まるで昼間のように明るい。そしてこんな時刻だと言うのに、時折賑やかで下品な笑い声が沼を渡る風に乗って聞こえて来る。賊の何人かは起きて酒盛りでもしているらしい。
「あいつら、酒や食料をこの近くの町で買い込んでるらしいのよ」
レオンスート‥‥親しい者からはリョーカと呼ばれているらしい‥‥彼は近所の住民から聞いた話を仲間に伝える。
「でもきちんとお金を払った事は一度もないそうよ。大金持ちなんだし、ご近所さんに迷惑かけてるんだから、少しは地元の経済に貢献してあげれば良いじゃない、ねえ?」
まあ、盗賊が律儀に金を払って買い物をするというのも、何だか妙な光景ではあるが。
「お店の方のお話では、つい2〜3日前にも何人かでやって来て、大量のお酒や食料を買い込んで行ったそうですわ」
クリステルが言った。そのお陰で、店では在庫が底をついてしまったらしい。
「金を払わないなら、商品の補充もままならないでしょうね」
近場に物がなくなれば、遠くの町にも被害が及ぶ。その前にカタを付けなければと、陰守森写歩朗(eb7208)。ただ、キャメロットで手に入る限りの情報を集めてくれたシャノン・カスールの話によれば、連中はかなりの手練らしい。
「宝を守る為に、出来るだけ腕の立つ者を集めたのでしょうが‥‥」
それが完全に裏目に出たという事か。
「買い出しにはあの橋を降ろすらしいけど、色々買い溜めしてあるなら、もう当分外には出て来ないわよね。他に内緒の出入り口なんかはないのかしら?」
と、リョーカはテリーを見た。
「デビューするのはレンジャーさんだったわよね。そーゆーこと調べるのは得意じゃないの?」
「罠を見破るのは得意なんだけどな」
グランと森写歩朗も昼間のうちに周囲を偵察してみたが、それらしき物は見付からなかった。
「出て来る時は堂々と正面から、の様ですね。余程戦力に自信があるのでしょう」
と、森写歩朗。しかし、自信と油断は別物。賊達は常に屋敷の周囲に気を配り、橋の昇降機に見張りを付ける事も忘れてはいなかった。
「これでは橋を降ろす為に空から行ったとしても、途中で見付かってしまいますわね。どう攻めるべきか‥‥」
テリーはどう思うかと、アクテが尋ねた。実際の戦闘も大事だが、冒険者には段取りの作成も大事な事だ。
「橋を繋ぎ止めてるロープが見えれば、ここから落とす事も出来るんだけどな」
流石にそこまで明るく照らしてくれる程、賊達は親切ではない。
「やっぱり、あの魔除けの風鐸を止めて‥‥レイスに協力して貰うのが良いんじゃないか?」
レイス達には彼等に協力してやろうという意志はないだろうが、賊に襲いかかってくれればしめたもの。その混乱に乗じてなら、対岸への侵入も多少は楽になるだろう。
沼を渡る風は、どうやら止む事はないようだ。だからこそ、賊達はレイスに襲われずに済んでいるのだが‥‥
「ここから見える所にぶら下げてあれば、矢で射落とす事も出来そうなんだがな」
蒼汰が言った。だが、それも簡単に見付かるような場所にはなさそうだった。
「では、やはりこれで行くしかないか」
満がシエラにウィンドレス専門のスクロールを手渡す。風を止めてしまえば、風鐸の効果はなくなる。ただし、その場合はこちらの‥‥クリステルが持っている風鐸も機能しなくなるが。
「あ、そうそう、これを渡すのを忘れてました!」
楠木麻(ea8087)がポンと手を打ち、荷物から長弓「鳴弦の弓」を取り出してテリーに差し出した。
「これ、あげます。デビュー戦、がんばってください♪」
「あ‥‥ありがとう。でも‥‥良いのかな、初対面なのに」
「良いの良いの、持ってる物は有効に使わなきゃ!」
武器としても使えるのは勿論だが、弦をかき鳴らせばアンデッドやデビルの行動を制限出来る。風鐸が止まったら、それを鳴らせば多少の効果は望めるだろう。
「じゃあ、そろそろ行きますか?」
サウンドワードのスクロールを取り出し、ルンルンが言った。東の空も既にうっすらと色付いている。これ以上明るくなれば、こちらも戦いやすくはなるが‥‥それは相手も同じ事だった。
「ルンルン忍法音話の術‥‥昔からとおからん物は音に聞けっていうもの」
風に乗って聞こえて来る風鐸の音に、その距離と方向を尋ねる。‥‥が、ウィンドレス専門の効果範囲は直径100m‥‥わざわざ特定する必要があるようには思えない。だが、そこは気分と意欲の問題だ。ヤル気が伝わればそれで良し!
そして‥‥風が止んだ。同時に鈴の音も止まる。
「よし、この隙に‥‥!」
耳をすませていた蒼汰の合図で、奇襲をかけるメンバーが一斉に空へと舞い上がった。
その、少し前。
「う〜ん、高度はどうやら心配なさそうですね」
手持ちのロープに重りを付け、沼の深さを測っていたグランが言った。沼の岸辺から手が届く範囲でしか計れないのが難点だが、沼の中まで生えた草の様子から見ても、深い所でもせいぜい水深10m位だろうか。
「フライングブルームで飛んでも大丈夫‥‥だと思います、多分。俺は行きませんけどね」
「え、でも‥‥グラン殿も確か、ここまでブルームで来たよな?」
そのまま乗って行かないのかと問う蒼汰に、グランは言答えた。
「対岸に残って遠隔射撃で援護するメンバーも必要でしょう?」
それはそうだが‥‥折角のデビュー戦、そこはテリーに任せても良さそうな気がしないでもない。
「べ、べつに、箒が沈んじゃうかもしれないとか、狙い撃ちするのは良いけど、されるのは嫌だとか、そんな事を考えてる訳じゃないんですからねっ」
「冗談だよ、冗談。わかってるって」
そんな会話を耳の隅で聞きながら、リョーカが言った。
「沼の水をすこーんと凍らせちゃえれば、いろいろ楽だったのにね」
一発ですこーんと凍る程度の広さなら良かったのだが。
「そうねえ、飛行手段が確保できればオレは奇襲組でも構わないわ。その子、貸して下さる?」
その子とは、クリステルのペガサス、スノウ。
「ええ、勿論ですわ」
クリステルは快く頷き、スノウに言い聞かせる。
「リョーカさんの言う事をよく聞いてね。それに、もし危なくなったらホーリーフィールドを使って」
そして狙い通りに風が止まり、風鐸の音も消えたその時。
シエラにフレイムエリベイションを付与された奇襲組は、見張りの死角になるような位置から沼を渡って橋の昇降装置に近付く。魔除けの効果が消えた今、屋敷の周辺を漂うレイス達は自らの仇である賊達に狙いを定めていた。
「幽霊さん達も恨みを晴らせて、一石二鳥です!」
ルンルンが嬉しそうに言う。
だが、何しろ相手はお宝をどっさり抱え込んだ賊達だ。各種の魔除けアイテムには事欠かないようで‥‥
「お宝を狙ってネズミが来やがったぜ? お前等の相手は向こうだ!」
そんな声に従うように、レイス達はくるりと向きを変え、冒険者達に襲いかかった。どうやら賊達は、侵入者の排除をレイスに任せるつもりらしい‥‥と言うか、レイス達はこの屋敷の番犬だった。
「ここは拙者に任せ、早く橋を!」
箒を降りた満がその前に立ち塞がる。満は両手に持ったアンデッドスレイヤーで、レイス達に手当たり次第ダメージを与えて行った。‥‥だが、そんな見せ場も今ひとつシリアス感に乏しいような。
「むう、ハリセン装備はこの場にそぐわなかったか!?」
――スパァーン!!
‥‥まあね。雇い人に裏切られてレイスになった哀れな人達がハリセンで叩かれて昇天というのも‥‥哀れな境遇に輪を掛けているような気もするし。いや、良いんだけどね、効きさえすれば手段はどうでも。
「では、私もここで攪乱と足止めを」
「オレも出来る事って言ったら戦う事しかないし、橋はお任せするわね」
森写歩朗とリョーカに言われ、インビジブルで姿を消したルンルンは橋へと急ぐ。しかし‥‥
「う、動かない‥‥っ!」
手動式の昇降装置は、取っ手を回せば動く筈なのだが。
「か弱い女の子の力では、ビクともしませんね」
ならば、橋を繋いでいるロープを切るしかない。
「でも、どうやって切りましょうか?」
‥‥荷物にアイスチャクラのスクロールがある筈ですが‥‥?
「あ、そうか!」
――ブツッ!
――ギリギリギリ、どどーん!
地響きを立てて、橋が降りた‥‥と言うか、落ちた。
「‥‥漸く、私の出番ですね」
薄暗がりの中で、大きな影が動く。それは、わざわざ目立つように鬼火を従えたメグレズ・ファウンテン(eb5451)だった。
メグレズは対岸に残った者達の先頭に立つと、悠然と橋を渡り始めた。その後ろから蒼汰とリュー、そして犬達が続く。橋が落ちた時の衝撃で、周囲に潜むモンスター達もビビッたらしい。橋の上では水中から何かが飛び出して来るような事もなさそうだった。
「‥‥ちっ、役立たずめ!」
レイスだけでは侵入者を排除出来ないと悟った賊は、屋敷の中から仲間達を呼び出した。同時に屋敷を照らしていた松明の火は全て消され、周囲は夜明け前の薄暗がりに包まれる。
「でも、この位なら何とか見えますよ、ね、テリーさん」
「ああ、そうだな」
メグレズの後ろから、射手二人が弓を引き絞る。だが、何とか見えるのは相手も同じ事。屋敷の窓が開くと、そこから無数の矢が彼等を目掛けて飛来した。
「トリグラフ、ファイヤーウォールを!」
慌てず騒がず、メグレズは鬼火に命じる。目の前に展開された炎の壁で矢を燃やして防ぐつもりだったのだが。炎の壁を一瞬通った位では、燃え尽きるよりも寧ろ‥‥
――ドスッ!
炎を纏った矢が、橋に突き刺さる。
「ちょ‥‥このままでは橋が燃えてしまいますよ!」
グランが慌てて叫ぶ、賊達を逃がさない為には、それも良いかもしれないが‥‥
「流石にまだ、橋を落とすのは早すぎますね」
その炎を、アクテがファイヤーコントロールで処理する。
「す、すみません、逆効果だったようです」
その間にも次々と飛来する矢を自前の盾と頑丈な体で受け止めながらちょっとヘコんだメグレズに、グランが言った。
「ドンマイですよ。何事もやってみなければわかりませんしね!」
「くそ‥‥っ! 何だ、あのバカでかい壁は!」
そんな声が、対岸から聞こえて来る。そして弓矢では効果がないと悟ったのか、今度は魔法使いと思しき男が現れた。確か、賊の中には地の魔法使いがいた筈だ‥‥と、思う間もなく。グラビティーキャノンが飛んで来た!
しかし‥‥
「ストーンウォール!」
今度は射線上に飛び出した麻が作った、本物の壁に阻まれる。
「さぁ〜て、反撃! ぶちのめせぇぇ!」
グラビティーキャノンのお返しが屋敷の一角を直撃した。
「く、くそ! ここは死人どもに任せろ! 中に入るんだ!」
外に出ていた生身の賊達は、一斉に屋敷の中に避難する。神聖魔法を使う敵が、屋敷の壊れた部分を覆うようにホーリーフィールドを展開した。残ったのは、レイスと‥‥いつの間にか現れた、アンデッド達。
「こいつらも、ついこの間までは俺達と同じ冒険者だったんだよな‥‥」
蒼汰が呟く。だが、同情している暇はない。
「すまない、出来るだけ早く成仏させてやるからな!」
魔法で作られた動く死体は、耐久力はあるものの動きは鈍い。それにテリーが鳴らす弓のお陰で、多少は動きも制限されている筈だ。何人かでかかれば、そう苦戦するような相手ではないだろう。だが、何しろ数が多い。
「12人‥‥か」
前回も、今回と同数程度の冒険者が集められたらしい。だが、彼等はその任務を果たす事が出来なかった。ちょうど今、自分達が苦しめられているように、レイスの攻撃と‥‥そして屋敷の中からの賊達の攻撃に晒されて。
だが、彼等の二の舞にはならない。なってたまるか。
「そろそろ楽になれ‥‥!」
両手の武器にオーラパワーを付与した満が、死者達を片っ端から殴り倒す。
その隣では森写歩朗が、攻撃は忍犬のぶる丸に任せ、自分は専ら盾で攻撃を防ぐ事に専念していた。ぶる丸にはクナイの代わりに凍天の小太刀を装備させている。これならレイスにも対抗出来る筈だ。
そして、壁がもう一枚。
「妙剣、水月!」
ふらふらと寄って来る敵を時折そうしてあしらいつつ、橋を渡りきったメグレズは仲間の前に立ちはだかった。
「無理はしないで下さい。私の後ろへ」
「悪いわね。じゃ、遠慮なく」
盾を持たないリョーカがその後ろで剣を振るう。
「う〜ん、二枚じゃ足りないかな? パックンちゃんGO!」
三枚目の壁はルンルンが呼び出した大ガマのパックンちゃん。そこに麻のストーンウォールとクリステルのホーリーフィールドが加わり、守りは完璧、に見えたのだが。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
いきなり、天地がひっくり返った。直後、冒険者達はアンデッドもろとも地面に叩き付けられる。
「くそ、ローリンググラビ‥‥うわあっ!」
間髪を置かずに連続発動。立ち上がる暇もなく、範囲外に逃げる事も出来ない。落ちた衝撃で何体かのアンデッドがその動きを止めたが、所詮は死者。巻き添えを食っても、賊達にとっては痛くも痒くもないという事だろう。その直径15m。難を逃れたのは、前衛と距離を置いていたシエラとクリステル、フライングブルームで飛びながら遠くから攻撃の機会を窺っていたアクテ、それに弓使いのグランとテリーのみ。
「く‥‥っ誰か、あの魔法使いを! このままじゃハメ殺しだ!」
そう言われても、壁に隠れて姿が見えない。
「お任せ下さい」
そう答えたのはアクテだった。アクテはムーンアローのスクロールを広げると、敵の地魔法使いを指定する。
光の矢が建物の中に吸い込まれ‥‥敵の呪文を詠唱する声が止まった。
「‥‥やってくれたなぁあっ!!」
――ドガアァァン!!
ムーンアローが吸い込まれた場所に向かって、麻がグラビティーキャノンをぶっ放す。壁が崩れ、中の賊達が丸見えになった。
「そう言えば‥‥この家、壊して良いんだよね?」
そういう質問は壊す前に言って欲しいものだが‥‥まあ、良いだろう。どうせ壊すつもりだったし。
だが‥‥
「魔法使いが、いない!?」
消えた? 何処へ‥‥?
「‥‥アースダイブ‥‥ではないでしょうか‥‥?」
クリステルが呟く。あの魔法には嫌な思い出があった。
「壊して良いなら、燃やしても良いという事ですわね?」
アクテがマグナブローの呪文を唱える。この魔法は地中にも効果がある。ならば‥‥
「うわあぁっ!」
炎の柱に押し出されるように、敵の魔法使いが地中から転がり出た。その体に二本の矢がほぼ同時に突き刺さる。マグナブローで発生した炎を操り、シエラがその周囲を炎の輪で取り囲んだ。
「動いたらどうなるか‥‥わかりますね?」
「クレリック! 今のうちに治療を!」
今のはリューだろうか。その声に、クリステルがリカバーをかけて回る。その間さえ動きを止めないレイスや弱ったアンデッド達には、グランとテリーの二人がきっちり止めを刺していった。
「テリーさん、ほんとに上達しましたねぃ」
「そりゃ、あれだけのメニューを真面目にこなせば、これ位はね」
「これなら合格、ですよね。きっと」
「どうかな‥‥」
リューは厳しいから、と、テリーは女性騎士の背中を見て苦笑いを漏らす。
「でも、まずはこの依頼を無事に終わらせないと」
「ですね」
「せぇーのぉー! ぶっ潰れろぉぉぉぉ!!」
――ドガァァン!
「穿刀、剽狼!」
――ズガァァン!
賊の根城となった屋敷に、麻のグラビティーキャノンとメグレズのバーストアタックが容赦なく炸裂する。中に人がいようとお構いなしだ。
「こ、こいつらバケモンか!?」
そんな失礼な捨て台詞を残し、賊達は逃げて行く。だが、どこへ逃げようというのか。
「盗賊には逃げる通路は残しておいた方が良いでしょうね。退路を封じられると思いがけない反撃に出るかもしれませんし」
とか言いつつ、森写歩朗は唯一の逃げ道である橋の前に立ち塞がる。
「まぁ逃がす気はほとんどありませんが」
「そうね、レイスになっちゃった人達や死体を利用された冒険者さん達の事を考えたら、逃がしてあげる理由なんてこれぽっちもないわ」
「同感だな」
森写歩朗とリョーカの言葉に深く頷き、満は剣を抜く。
「もう遊びは終わりだ!」
必死の形相で迫り来る賊に剣で斬り付け、怯んだ所に蹴りを入れる。
「まあ、殺しても構わんのだがな」
それは然るべき所の判断に任せよう。
「殺さないのですか?」
ファイヤーウォールで賊達の逃げ道を封じつつ、アクテが涼しい顔で言う。彼女は殲滅する気満々だったようだが‥‥
「いや、流石にそれは拙いだろ」
自らも賊と渡り合いながら、蒼汰が苦笑いを浮かべる。実は自分も、捕縛する余裕がない時には全力で撲滅もやむなしと考えてはいたのだが。
「こいつらと互角にやり合うのはちょっと厳しいかもしれないと思ったけど‥‥俺も少しは腕が上がってきたのかな?」
しかし、油断大敵。
「後ろ!」
その声に振り向いた蒼汰は‥‥
「うわあぁっ!?」
――どさり。
抱きつかれてしまった。剣を振り上げた、ムクツケキ野郎に。
慌ててポイしたその背には、一本の矢が突き刺さっていた。
「大丈夫か?」
向こうでテリーが笑っている。
「あ、ああ‥‥助かった」
「しかし、見事に‥‥何と言うか、綺麗になりましたね」
逃げようとした賊達の捕縛を終え、仲間の元に戻った森写歩朗は感心した様に溜息を漏らす。罠の解除や情報収集、狭い室内で追い詰められた時の対処法など、色々と考えて対策を立てていたのだが‥‥
「もう、殆ど瓦礫の山ですよねぃ」
室内では小回りが利くようにと、弓から縄ひょうに持ち替えたグランが、その縄を弄びながら呟く。シエラに用意して貰う筈だったアイスチャクラも、どうやら必要なさそうだった。
「‥‥確かに壊しても構わないだろうと言った覚えはあるが‥‥」
リューが溜息をつく。
「ここまでやるとはな」
「宝物ももろとも、この瓦礫の下‥‥か」
満が言った。
「いや、拙者らが貰う訳にはいかぬが、それがあれば出来る事も多かろうと思ってな」
「うん、確かにちょっと勿体ないかも。掘っちゃいましょうか♪」
と、ルンルン。
「宝物は地下にあるんだったかしら?」
「地下までは壊していませんから、出入り口さえ掘り出せば‥‥」
リョーカの問いに、メグレズが答える。
「出来れば風鐸も探したいのですが‥‥これからバンパイアと戦うなら必要になるでしょうから」
この瓦礫の山のどこかに埋もれている筈だと、クリステル。
「ブレスセンサーには何も反応はありませんから、地下の入口を掘り当てても中から何かが出て来るような事はないと思います」
シエラが言った。
「そうだな。じゃあ‥‥探すか!」
蒼汰が腕まくりをして気合いを入れる。
「‥‥なんだか、思い出すな」
以前にも、こうして瓦礫の中で探し物をした事があった。
そんな独り言を聞きつけ、クリステルが小さく微笑む。
「でも今回は、燃えていないだけ楽ですわ」
「‥‥だな」
その時。
「あったー!」
誰かが地下への階段を見付けたようだ。
「ほんっとに、半端なく溜め込んでたわね‥‥」
地下の宝物庫を見て、リョーカが溜息をついた。
「これだけあれば、少しくらいガメちゃってもわからない‥‥って、冗談よ、冗談!」
リューに睨まれ、慌てて首を振る。
「だが‥‥食糧などは賊達が集めたものだ。商人にはこの中から代金を払うとして、消耗品はここで補充しても良かろう」
保存食やソルフの実、それに矢など。
「残りは運び出して、官憲の手に委ねるべきだろうな」
誰にも異存はなかった。
「あれ? 子猫がいない‥‥」
官憲に連絡し、その到着を待つ間。戦闘中は大人しく舞っているようにと命じて対岸の岸に残してきたペット達だったが‥‥
麻が連れて来た子猫の姿が見えなくなっていた。
「どこに行ったんだろ?」
思えば、まだ名前も付けていなかった。
「しょうがないな‥‥翡翠」
蒼汰がボーダーコリーの翡翠に命じて、子猫を探しに行かせる。ほどなくして、子猫は無事に見付かったが‥‥
「そのおかしな鳥も、よく盗まれなかったものだな」
リューがルンルンのペット、イワトビペンギンのジィヤを見て渋面を作る。子猫とは違い、勝手にどこかへ行ってしまうような事はなかった様だが、非常に珍しく、そして高価な鳥だ。賊が一人でも逃げていれば、捕まって売られていたかもしれない。
「あの、それで‥‥合格、ですよね? ね?」
何となく気まずくなった雰囲気を変えようと、気になっていた事を尋ねたグランに、リューはぶっきらぼうに「さあな」と答えた。なんか、ますます気まずい雰囲気になってるんですけど。
「さあなって‥‥だって、依頼は成功したし、テリーさんの活躍だってちゃんと見てたでしょう?」
「合格かどうかは、自分が一番よくわかる筈だ。そうだな、テリー?」
そう言って、リューはテリーを見た。が、その言葉には何か違和感があるような‥‥?
「‥‥あ!」
グランが叫んだ。
「今、名前呼びましたよ、テリーさんの名前!」
今まではずっと「坊や」だったのに。
「という事は‥‥合格ですよ、ね? ね?」
「まあ、おめでとうございます!」
近くにいたクリステルが、まるで自分の事の様に喜ぶ。
「ええと‥‥そう、なのかな」
「そうですよ! やりましたね、テリーさん!」
余り実感がなさそうなテリーの背を、グランが思いきりどつく。そんな騒ぎを聞きつけ、仲間達が寄ってきた。
「‥‥ありがとう。でも、喜ぶのはまだ早いよ。おめでとうは、バンパイアを倒してからだ」
もっと浮かれて騒ぐかと思ったが、意外に冷静な反応。三ヶ月の修業の成果は、色々な面で現れているらしい。
「裏切られた雇い主の家族に、全滅した冒険者達に‥‥。犠牲者の数を考えると、手放しでは喜べないですね」
その様子を遠巻きに見ながら、シエラが呟いた。
やがて犠牲となった者達の弔いも終わり、現場を官憲の手に引き渡した頃。
「今回は、世話になった」
珍しく、リューがそんな事を言い出した。
「私達はこれから、引き続きあのバンパイアの小娘について調査を続けるつもりだ。何かあったら、またギルドで募集をかける。その時は‥‥また、よろしく頼む」
その言葉に思わず耳を疑う者、数名。
去り際、一度はきっぱりと冒険者達に背を向けたリューは、何か言いたげな様子で僅かに振り向き‥‥暫し躊躇ってから、ぶっきらぼうに言った。
「私の名は、リュディケイア・オルグレンだ。だが‥‥今まで通り、リューで良い」
そして、テリーを促して歩き出す。
「あ、これ、ありがとな。有効に使わせて貰うから!」
後を追うテリーの手には、瓦礫の山から掘り出した魔除けの風鐸が握られていた。
‥‥その、更に暫く後‥‥
人気のなくなった屋敷の跡に佇む、小さな影があった。
「‥‥強くて美味しそうな男が20人‥‥せっかく狙ってたのに。何て事してくれたのよ、あのババア!」
金色の豊かな髪に、黒い大きなリボン。黒いドレスに身を包んだ、天使のように愛らしいその少女は、その外見からは想像もつかないような悪態をついた。
「あの子達、あたしの下僕になれば、もっと強くなれたのに」
人里離れた難攻不落の屋敷。しかも、下僕付き。こんな条件の良い物件は滅多に出ない。
「なのに、こんなにメチャクチャにして! あいつらには物を大切にしようって心はないのかしら?」
だが、壊れてしまったものは仕方がない。
「‥‥あのババアと遊ぶのもいいかげん飽きてきたし、久しぶりに、あそこに戻ってみようかな‥‥」
そう呟くと、少女はコウモリに姿を変えて、暗い夜空に吸い込まれていった。