●リプレイ本文
いつもの様に猫屋敷前に集合した冒険者達。
「あれ? なんか見た事あるような、ないような人が‥‥」
と、ウォルが視線を向けた先には今回の主催者、七神蒼汰(ea7244)と‥‥
「ああ、俺の双子の妹だ」
蒼汰は控え目に後ろで待機している、面差しの似た女性の背をそっと押し、上司と引き合わせた。
「良い機会だから紹介しておこうと思って。もう此方に来る事も無いだろうし‥‥」
「いつも兄がお世話になっております。妹の斗織と申します」
深々と頭を下げ丁寧なゲルマン語で言う斗織に、ボールスもまたゲルマン語で返す。
「こちらこそ、とても助かっていますし‥‥感謝しています。今回の企みも、蒼汰さんが気を利かせてくれなければ実現出来なかったでしょうしね」
嬉しそうに微笑むボールスを見て、斗織もまた安心したように微笑みを返した。
「これからも兄をよろしくお願いします」
「へえ〜、妹かあ〜。どっちかって言うと姉ちゃんって感じだけどな」
会話の内容がわからないウォルが横から茶々を入れる。
「そだ、オレにも妹出来たんだぜ?」
はい?
「こいつ、オレの妹」
と、そう言って引っ張って来たのは、ラルフィリア・ラドリィ(eb5357)。
「僕‥‥妹?」
ちょっと待て。年上の妹ってアリか?
「それに、僕の方が背もちょっとだけ高いし‥‥」
「良いじゃん、どうせすぐオレの方が年上になるんだし、その頃には背だって追い越してるし。それにさ、妹になっとけば美味いもん一杯食わせてやるぞ?」
「妹‥‥ご飯‥‥妹‥‥‥‥ご飯くれるなら、妹で良い」
餌付け成功?
「よしよし、ちゃんと食わせてやるから‥‥まずはその熊、家に置いてこい」
「え? この子、大人しくて良い子だよ?」
だがしかし、連れ歩くには少しばかり絆が足りないのだよ、ラル。
「そいつを置いて来たら、オレの馬に乗せてやる。お前、ブーツとか持ってないだろ? 普通に歩くと2日かかるぞ?」
「うん、わかった‥‥」
「じゃあ、そろそろ行くか」
蒼汰がペガサスの首筋を撫でながら言った。
「俺はこいつで一足先に行って、色々準備しときますね。‥‥ああ、上司殿は‥‥そっち!」
――どーん!
「うわっ!?」
思い切り背中をどつかれ、突き出された先には勿論‥‥
「あ、えぇと‥‥」
「はい」
グリフォンのフォルティスを連れたクリステル・シャルダン(eb3862)は、ふわりと微笑んだ。
どうやら今の一言だけで会話が成立している様だ。まったく羨まし‥‥いや、その‥‥げふん。
「なんだ、思ったほど多くないな」
一足先に城に着き、ひとり黙々と毛虫取りの作業に勤しむ蒼汰。だが流石に手入れが行き届いているだけあって、毛虫の姿は殆ど見かけない。一通り薔薇園の中を見て回ると、もうやる事がなくなってしまった。
「しかし、まだ誰も来ないのか‥‥?」
陸路を選んだ他の仲間はまだしも、グリフォンで来る筈の上司達はどうしたのか。
「上司殿は出がけに少しやる事があるって言ってたけど‥‥」
そんなに時間のかかる事なのだろうか。
「まあ良いや、待ってる間にサプライズの方を少しでも進めておくか」
「‥‥来たよっ!」
薔薇園を出て客間に向かった蒼汰は、視界の端にちらりと動く赤っぽい影を捉えた。
「今のは‥‥アネカ殿か?」
来たとは自分の事だろうかと思いつつ、蒼汰は何故か半開きになった客間のドアを開ける。と‥‥
「補佐役就任、おめでとう!」
「おめでとうございます」
「‥‥へ?」
思わず間抜けな声を上げた蒼汰の目の前に、アネカ・グラムランド(ec3769)が孫子の書を差し出した。
「はいこれ、プレゼントだよ。色々考えたんだけど、これ位しか思いつかない‥‥って言うか、持ってなかったんだよね。まごこのしょ、蒼汰くん読める?」
「私からはこれを‥‥お茶会に呼んで頂いたお礼も兼ねて、お贈りしますわね」
サクラ・フリューゲル(eb8317)からは自作のレミエラ。そしてクリスからはイギリス紋章目録が手渡された。
思わぬ出来事に目を白黒させている部下の様子を楽しそうに眺めながら、三人の後ろに控えたボールスが言った。
「サプライズは大成功の様ですね」
「え‥‥あ‥‥う‥‥?」
「皆さんが、蒼汰さんに就任祝いの贈り物をしたいと仰って‥‥私からは、今後の働きぶりを見た上で、かな」
「今回が蒼汰さんの補佐役としての初仕事でしょうか?」
と、サクラ。
「そちらの方も出来るだけ協力させて頂きますわね」
「あ‥‥あの‥‥ありがとう、ございます、です‥‥」
プレゼントを両腕に抱え、しどろもどろに答える蒼汰の耳元でサクラが囁いた。
「サプライズその2も、頑張って成功させましょうね」
「サプライズの誕生パーティーか。そういう悪巧みは嫌いではないぞ」
その夜、秘密の相談をする為に集まった主賓二人を除く冒険者達。
ニヤリと笑った尾花満(ea5322)の言葉に、主催者が苦笑混じりに応える。
「悪巧みって、人聞きが悪いな。それで、皆はどうする? 俺はこれで、ちょっとした仕掛けを作ろうと思うんだが」
と、取り出したのは長い竿と、これまた長い布。
「あ、そのフンドーシみたいな布、オレの時も使ったよね」
「フンドーシ言うな。まあ‥‥そうだな。あの時と同じようにメッセージを書いて、今度はくす玉の中に仕込もうと思ってな」
「くす玉?」
尋ねるウォルに、丸い柳の籠を二つ、荷物から取り出したエスナ・ウォルター(eb0752)が答えた。
「あの、私も‥‥それ、作ろうと思って、持ってきました。あのね、この中に花びらとか、きれいな布とか入れて‥‥」
エスナは二つの籠を合わせて球形にすると、それを開いて見せた。
「ね? こうすると、中の物が綺麗な花吹雪みたいに‥‥なると、良いな‥‥って」
上手く行くかどうか、余り自信はない様だ。
「よし、じゃあエスナ殿と一緒に作るか」
「はい‥‥じゃあ、私は中に入れる物を‥‥色んな布に香りを付けて、小さく切っておきますね。あ、それと‥‥花びらシャワーも‥‥あった方が、良いかな‥‥」
野の花を少し乾燥させて、高い所から降らせてみてはどうか。
「花を摘んでくれば良いの?」
準備に時間をかけられず、さて自分には何が出来るのかと悩んでいたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)が言った。
「それなら私も出来そうね。手伝わせて貰って良いかしら」
勿論、手伝いは誰でも歓迎だ。
「後は‥‥ウォル殿が料理をするという事であったか?」
「殿はいらないって、おっちゃん」
「‥‥おっちゃんはやめろ‥‥」
「んー、じゃあ‥‥みっちゃん?」
ええー?
「‥‥まあ、とにかく‥‥だな。料理をすると言う事であれば、監督と言うか、裏方で手伝いをさせて貰おうか」
「お、手伝ってくれんの? ありがとっ!」
「余計な手出しはせぬが、な。誰かの為に料理を作ると言うその気持ちは大事な事だ」
「うん、そうだよな。オレもさ、誰かの命を救うような料理は無理でも‥‥」
と、ウォルはいつものように無表情に黙々と何かの作業に没頭するマイ・グリン(ea5380)をちらりと見て続ける。
「その、小さなきっかけになるような、それ位なら出来るんじゃないかな‥‥って。ただ、ここに来るまではそんな事考えもしなかったから‥‥」
「なぁに、拙者も今のウォル殿と同じ位から厨房に立ち始めたのだしな。早すぎる・遅すぎると言う事はあるまい」
そう言いながら、満はウォルの頭をくしゃくしゃと‥‥
「だからっ! 子供扱い‥‥すんなって言っても、しょーがないかぁ」
まあ、相手は明らかに「大人」だし。諦めろウォル。
「‥‥で、マイは何やってんの?」
「‥‥アネカさんの仮装用に、付け尻尾と肉球付きの手袋を」
赤い尻尾に、赤い手袋。
「うん、流石にそれをクリステル殿にやると、誰かさんに怒られそうだしな」
発案者の蒼汰が笑いながら肩をすくめる。
いや、怒りはしないと思うけど? 寧ろ可愛いと喜‥‥げふげふ。
その頃、その誰かさんは‥‥
夕食の折、料理に殆ど手を付けなかった事を心配したクリスが作ってくれた軽食にかぶりついていた。
「よかった、どこか具合が悪いのかと‥‥」
「あ、いや‥‥ごめん」
具合が悪い訳ではない。ただちょっと、とある依頼で受けた精神的なダメージが尾を引いているだけで。
「本当に、情ないですよね。あの程度の事で‥‥」
肩を落とすボールスに、クリスは首を振りながら微笑んだ。
「もう少し、作って来ますわ。今度は‥‥サンドイッチにしましょうか?」
「あ‥‥うん。この間のあれは‥‥美味しかったな」
言われてクリスは嬉しそうに頷き、あっという間に空っぽになった皿を取って立ち上がる。
「少し時間がかかりますけれど」
その背をぼんやりと見送るボールスは‥‥あーあー、幸せそうな顔しやがってコンチクショウ。
そして、その頃アネカは‥‥ぐっすりとお休み中でした。良い子は早寝早起きなのです。
‥‥って、明日には18歳になる立派な大人なんですが‥‥まあ、良いか。
「何だよ、これ‥‥」
翌朝早く薔薇園に赴いた蒼汰は、朝露に濡れた薔薇のそこかしこに見えるモノに我が目を疑った。
「昨日、ちゃんと取った筈なのに」
そう、それでも。たった一日で驚異的に増殖する、それが毛虫という生き物なのだ。
「仕方ないな、皆が来ないうちにざっと始末しておくか」
蒼汰は目に付いたそれを手袋をはめた手で掴み取り、片っ端から皮袋に詰めて行く。その手早い仕事ぶりのお陰で、仲間達が集まる頃にはそれは殆どが姿を消していたが‥‥
「一応、気を付けてくれな。葉の裏とかに隠れてるかもしれないから」
手袋を用意していない者にはクリスが手配し、さて作業開始。
「よぉし、頑張って摘み取るよ! 開きかけの花を摘めば良いんだよね?」
「うん、後でほぐすから花びらだけじゃなくて全体をね」
張り切るアネカにラルが得意の植物知識でアドバイス。小柄で童顔な二人が並ぶと幼い姉妹のように見えなくもない。
「うん、アネカは下の妹ってトコだな」
毛虫を無造作に掴んで袋に入れながら、ウォルがこっそりと呟く。その袖をちょいちょいと引っ張るのは‥‥
「何だよ、サクラ?」
「あ、あの、あそこに‥‥」
それを見ないようにして、その辺りを指差すサクラ。
「ああ‥‥女って何でこんなもんが嫌なんだろな? 毛が生えてるトコなんか猫の尻尾と同じじゃん?」
いや、違う。断じて違うっ!! それに女性でなくても嫌なものは嫌なのだ。
「エル、毛虫や棘に気を付けてね?」
「だいじょーぶだよ、えりゅ、やったことあゆもん!」
去年の秋にお茶にした花は、親子で摘んだものだった。
危なっかしい手つきで花を摘み取るエルの様子をはらはらしながら見守りつつ、傍らで作業をする大の虫嫌いに見付からないうちにと、クリスは目を逸らしつつそれを棒で挟む。しかし、挟んでどかしたのは良いが、その後は‥‥?
「ほれ」
そこに差し出された皮袋。袋の中身は‥‥まあ、見ない方が身の為だろう。
「ご苦労さん。‥‥本当は、クリステル殿も苦手なんだろ?」
上司には聞こえないように囁く蒼汰に、クリスは小さく頷く。
健気だなあ、とクスクス笑いながら、蒼汰はウォルにその袋を渡した。
「ウォル、これあっちに渡してきて」
薔薇園から離れた場所で、ルーウィン・ルクレール(ea1364)が火の番をしている筈だ。
「あ、あの、蒼汰さん‥‥ここには虫、いません‥‥よね?」
ここにもいました、大の虫嫌い。エスナは蒼汰に確認を頼むと安心したように溜息をつき、張り切って摘み取りを始めた。
一方、満は慣れた様子で二本の棒を箸の様に使い、毛虫を挟んでは捨てていく。
そしてマイはレジストプラントのスクロールを使い、棘も、そして毛虫さえ気にせずに手早く作業を進めていた。衛生面での問題さえなければ、毛虫や昆虫などは後で手洗いをしておけば大丈夫、という考えらしい。‥‥まあ、あのチョンチョンさえも真面目に食材として使おうとするような人ですから‥‥ね。
そう言えばトゥルエノは虫が苦手ではないのだろうかと、蒼汰が姿を探したその時。
「そーた! これ違うよ!」
ウォルが先程渡した袋を持って走って来た。
「え? 違うって‥‥あっちゃー‥‥」
中身を見て、蒼汰は天を仰ぐ。そう言えば途中から、毛虫取りと花摘みを併行して‥‥いつの間にか、毛虫用と花用の袋が入れ替わっていた、らしい。
「うっわー‥‥」
自分では花だけを入れていたと、そう思っていた袋の口を開け、蒼汰は思わず目を逸らす。そこには‥‥毛虫と花が、ごちゃ混ぜに詰まっていた。
「ど‥‥どうしよう‥‥どうする?」
「どうするって‥‥」
この花びら、ちゃんと洗って使うんだよな、と蒼汰。
「洗えば大丈夫‥‥だよな?」
「うん‥‥多分」
「よし、分けるぞ!」
「ええっ!?」
「このまま毛虫と一緒に燃やしちまったら勿体ないだろっ」
‥‥という事で。
ルーウィンも巻き込んで男三人、茣蓙の上にぶちまけた毛虫と花びらをせっせと仕分け。
「この茣蓙、こんな事の為に用意した訳じゃ、ないんだけどなあ‥‥」
「後はこれを用途別に仕分けすれば良いんだねっ♪」
両手で抱えた籠一杯に薔薇の花を集め、意気揚々と引き上げるアネカ。
「風通しの良い日陰に置いておけば半日位で少し水分が飛んで、しなっとしてくるから。大きめに刻んでクッキー生地に混ぜ込むと美味しいよ。後は乾燥したのとか、生とは又違った触感で美味しいの。味も濃くなるし、香りと色も色々楽しめるから‥‥期間限定で売れば名物になるかも」
「へえ〜、ラルフィちゃんって物知‥‥りっ!?」
――すてーん!
転んだ。何もない所で‥‥ご期待通りに。
「きゃあぁぁっ!?」
そして目の前には、トゲトゲの薔薇アーチ。果たしてアネカの運命や如何にっ!?
でも大丈夫。回復魔法の使い手には事欠きません。クリスにサクラ、それにボールスとウォル。さて、誰をご指名で?
「誰でもいいよぉ‥‥ハヤクタスケテ‥‥」
さて、そんな訳で‥‥今度は城の厨房が大賑わい。
「えと、ジャム作りは、火を扱わない所だけ‥‥」
エスナはどうも、火とは相性が悪いらしい。‥‥まあ水の魔法使いだから‥‥という事にしておこう。うん、それが良い。
「ジャムを使ったクッキーは焼く時の温度が高すぎると香りが飛んでしまうからな。釜の温度は拙者が注意して見ておこうか」
「あ、俺も‥‥クッキーとか、作ってみようか‥‥尾花殿、教えて貰って良いかな?」
「お? カノジョにプレゼントすんのか?」
うりうりと肘で小突いてきたウォルを羽交い締めにしながら、蒼汰は満に教えを請う。
やがてクッキーの焼ける美味しそうな匂いが漂い始め‥‥
――ぐうぅ〜。
誰?
「‥‥おなかと背中がくっつく‥‥」
「ラルかよ!?」
ウォルが焼き上がったばかりのクッキーを差し出す。
「ほれ、味見係」
「いいの!? ふ‥‥おいふぃい‥‥美味しくて‥‥幸せ‥‥」
「うんうん、ローズフレーバーのお菓子って、美味しいよね♪」
ごくり。隣でアネカが生唾を呑み込む。
「‥‥あー‥‥ほれ」
そんなアネカにも、味見をひとつ。
「ところで二人とも」
と、トゥルエノがクッキーを頬張るアネカとお菓子作りに勤しむクリスを見て言った。
「こんな所で手伝いしてて良いの? 二人ともおきゃ‥‥」
「あぁーーーっ!」
「わぁーーーっ!」
「しぃーーーっ!」
一斉に発言をもみ消しにかかる関係者達。
「あのね、今のは何でもないよ? 気にしないで、ね?」
ラルが必死に取り繕おうとする間に、サクラがウッカリな友人の袖を引いて厨房の隅へ。
『トゥルエノさん、サプライズなんですから‥‥』
『ああ‥‥ごめんなさい、すっかり忘れてたわ』
ひそひそ、こそこそ。
だが、当の二人は何か勘付いた風でもなく‥‥ああ、鈍くて良かった‥‥って、失礼な。
そして、仕事もサプライズの準備も順調に進んだ4日目の午後。
「そっか、今日はお茶会の日だっけ」
何も知らない、と言うか気付かないアネカとクリスは、昼頃から何故か立入禁止になっていた薔薇園へと向かう。
「薔薇園でお茶会なんて、お洒落だね〜♪」
「お、来たな、二人とも」
主催者の蒼汰が二人を手招きし、二本の長い紐の端をそれぞれに握らせる。
「それ、せーので引っ張ってくれるかな」
上手く行きますように‥‥と祈りつつ、音頭をとる蒼汰の掛け声に合わせて紐が引かれ‥‥
――ぱこん!
「誕生日おめでとう!」
「おめでと〜!」
くす玉から垂れ幕と共に色とりどりの‥‥微かに良い香りのする花びらを模した布が散り、更に背後のバルコニーからはエスナが振りまく花吹雪が、驚いて顔を見合わせる主賓二人の上に舞う。
「お誕生日‥‥おめでとうございます!」
「え? ええっ?」
「まあ‥‥!」
アネカには二日遅れ、クリスには一日早い、誕生パーティ。
「ハッピーバースデー♪ これ、俺と妹から」
と、蒼汰はクリスに銀の髪留めを手渡す。
「で、アネカ殿には‥‥これだ!」
問答無用ですちゃっと装着したのは獣耳ヘアバンドと、ついでにマイ特製の猫仮装グッズ。
「おお、似合う似合う」
大笑いしつつ、まぁ、これは冗談で‥‥と、手渡したのはレインボーリボン。
だが、当のアネカは‥‥放心してる? って言うか、泣き出した!?
「え? ええ? お、俺、そんなに酷い事‥‥ええと、猫にされるのが、そんなに嫌だった、とか‥‥?」
狼狽える蒼汰に、アネカは首を振る。どうやら、誕生日には何か特別な思い入れがあるらしい。
「ごめん‥‥なんか、触れちゃいけない事、だったか‥‥?」
「ううん‥‥ボクこそ、ごめんね。嬉しいよ。嬉しいんだけど‥‥」
「嬉しいなら素直に喜べ!」
――どさっ!
そんな事を言いつつウォルが手渡した‥‥と言うか、押し付けたのは、お手製の山盛りお菓子セット‥‥しかも三つ。
「オレと師匠から。食いしんぼのアネカには丁度良いだろ?」
「ボク、食いしんぼなんかじゃ‥‥」
ぐうぅ〜〜〜。
「‥‥あ」
腹の虫は素直だね。
「よーし、落ち着いたな?」
と、ウォルはアネカの頭をくしゃくしゃと掻き回す。
「んじゃ、落ち着いた所で‥‥皆からもプレゼントあるからさ」
「誕生日おめでとうございますね♪」
サクラからはケルティック・ハイクロス+1が、そしてマイからは‥‥
「‥‥お二方とも、お誕生日おめでとうございます。‥‥本当は、使う機会が無い方が良い品なのですけど‥‥、どちらもレミエラで軽くしていますから、ファッション感覚で使ってもらえれば」
二人に単鎧「散華」を差し出す。
「‥‥それから、もうひとつ」
籠一杯に詰まった造花の薔薇を。
「‥‥今回の参加者の皆さんにも、一籠にひとつずつ作って貰いました」
中にひとつ、ひときわ不細工な物が混じっているが、まあ気にしない。
「師匠、こういう事はホント不器用なんだよなあ‥‥」
と、ウォルが呟いた一言も聞こえなかった事に。
「えと‥‥私からは、これ、を‥‥」
エスナが差し出したのは、可愛い猫の刺繍が施された小さな香り袋。
「あの、刺繍‥‥あんまり上手に、出来なかった、けど‥‥」
なるほど、確かにあちこちに苦労の跡が忍ばれる。だが、こういう物は気持ちの問題なのだ。
「ありがとうございます。でも、こんなに頂いてしまって‥‥」
遠慮しようとするクリスにウォルが言った。
「良いじゃん、くれるって物は素直に貰っとけよ。オレなんかずっと貰いっぱなしだけどさ、こういうのはホラ、お返しとかよりも喜んで受け取ってくれる事の方が大事なんだから」
「そういう事ですわね。はい、クリステルさんにはこれを‥‥」
サクラが差し出したインドゥーラのお守りナワラトナを受け取ると、クリスは一同に笑顔を向けた。
「皆さん、本当にありがとうございます」
「ま、後は余り良い物じゃないが、このパーティの企画自体がプレゼントって事で‥‥な♪」
蒼汰の言葉と共に、用意されていた料理が運ばれて来る。
エチゴヤ祭の桜そばに触発されたらしい、マイの特製パスタ料理の数々に、満が作ったサラダや軽食。スープはウォルが作った物だ。
「ま、何のヒネリもないし、プロには敵わないけどな。味だけはそこそこイケルと思うぜ?」
ちらりとマイの顔を見ながらウォルが言う。
「それと、これ!」
テーブルの上にどさりと置かれたのは、平べったい三角形をした‥‥
「‥‥フリッター‥‥でしょうか」
「まあ、食べてみなって」
言われるままに、マイはそれを口にしてみる。外側はサクっとパリっと、中は‥‥もちっとべたっと‥‥?
「‥‥これは‥‥もしや、おにぎり、でしょうか‥‥」
「そう、おにぎりのフリッターだ!」
言われてみれば確かに、それはおにぎりの形をしていた。三角形のごはんに、海苔が巻いてある。大きさは、エルの手にちょうど収まる位のミニサイズ。
「何個か爆発したけどな。それ位の大きさと水分量なら大丈夫だろうって、先生がさ」
と、ウォルは満を見上げる。
「中の具は‥‥まあ、食べてのお楽しみだ」
以前、療養所にいる時に教えて貰ったジャパンの伝統食。口には出さないが、ウォルはかなり気に入っているらしい。
「普通のおにぎりも珍しいけどさ、こういうのも‥‥子供にはウケるかな、と思って」
受けてます、確かに。エルが喜んでるし。
「しかし、ウォル君も成長しましたね。若いから発想が柔軟ですし」
ルーウィンが感心したように言った。
「こういうところは、習うべき点ですね」
「そうか? オレはただ、自分が楽しいからやってるだけだけど」
「楽しいから‥‥そうですね。私も楽しむ事にしましょう」
「どうしよう、何も用意してないっっ!」
盛り上がるパーティ会場を余所に、ラルはひとり頭を抱えていた。プレゼントの準備をすっかり忘れていたらしい。
「‥‥そうだ、明日早起きして、朝露集めて‥‥っ」
「その話、私も乗せて貰って良いかしら?」
割って入ったのは、同じく準備の余裕がなかったトゥルエノ。
「あ、うん。二人で集めれば、早く沢山集まるもんね」
ひそひそ、こそこそ。
そして‥‥主賓の一人だというのにアネカはパーティを抜け出して、ひとり物思いに耽っていた。
「そっか、もうあれから一年になるんだ‥‥」
去年の誕生日、アネカは神聖騎士の叙勲を受けらたしい。
「そして、グラムランド家の壊滅したあの時から‥‥。実は、まだお祈りに行ってないんだよね‥‥現実を受け止めるのが余りにも辛かったから。ボクは今までずっと、おとーさまの教えやグラムランドの騎士道を絶やさない事ばかりを考えてきたけど‥‥」
「あのさ、色々あるのはわかるんだけど」
――びくっ!
驚いて顔を上げたアネカの目の前に、ウォルが立っていた。
「え‥‥ボ、ボク、声に出してたっ!?」
「まあな‥‥。あのさ、オレも上手く言えねーけど‥‥とにかく、お前は生きてんだから。生きてるってだけですごい事なんだからさ。楽しめる時には楽しんどかないと損だぜ?」
「うん、それは‥‥わかってる、けど」
「オレはさ、もし自分が誰かの為に死んだとして‥‥せっかく助けたそいつが楽しく生きてくれなかったら、オレの命返せって化けて出るだろうな」
「‥‥‥‥」
「それに‥‥笑って出来ない事は、多分、泣いても出来ないし‥‥泣いてちゃ誰も幸せになんか出来ないって、オレは師匠見ててそう思いました、マルっ!」
「‥‥はい?」
思わず聞き返したアネカにウォルは背を向ける。
「‥‥悪い、余計な事言った。つーかお前が物思いに耽るなんて有り得ねー!」
「あ、待って‥‥って、何よそれーっ!?」
ムキーッ!
「そうそう、その方が似合ってるぜ!」
まあ、いつもと違う自分になってみるのも、たまには良い事だと思いますけどね。でも、猫仮装をしたままで物思いに耽るのは‥‥やっぱり似合わないと思うな、うん。
「薔薇の紅茶か。拙者もちょっと調合してみるかな‥‥」
追加の料理を作る合間に、満は調理技能と優良嗅覚で適当な物を選び、ブレンドしてみる。
「上手く出来れば少々妻への土産に頂いてもよろしいであろうか?」
「うん、良いんじゃない?」
アネカの鉄拳制裁から逃げてきたウォルが答える。
「そう言えば、奥さん来れなかったんだな。赤ん坊まだ小さいから、遠出は無理か‥‥今度猫屋敷で何かやる時は一緒に来てお披露目してくれよな?」
「うむ、それも良かろう‥‥」
そしてもう一組、一緒に来れなかったペアの片割れ、エスナは‥‥
「火を使わない料理なら、大丈夫‥‥だよ、ね?」
危険なシロップ作りは二日前にウォルにやって貰ったらしい。
「後は、薔薇の色と香りを移したシロップに‥‥溶かしたゼラチンを加えて‥‥」
防寒服を着用し、フリーズフィールド発動。その中で気長に掻き混ぜ、凍った所でローズジャムを加え‥‥
「で、出来ました‥‥っくしゅん!」
さて、エスナの力作、評判は如何に?
「お、美味いじゃん!」
「うん、美味しい」
「色も綺麗だし、香りも良いし‥‥」
「ほ、ほんと‥‥?」
パーティ会場に運ばれたそれは、なかなか好評だった。
「おう、これなら安心して嫁に行けるぞ?」
これなら、と言うか、これ以外に手を出さなければ、と言うか。だが、流石のウォルもそこまでは言えない。
「そ、そう、かな‥‥」
彼も美味しいと言ってくれるだろうかと、何やら妄想モードに突入したらしいエスナ。
まあ‥‥頑張れ?
「これ、ローズヒップも入れるともっと美味しいかも。酸味があって良いアクセントになるよ?」
舌鼓を打ちながらラルが言った。
「薔薇の実を割って中の種を使うの。一緒に入ってる毛をきれいに洗い流して、からからになるまで乾燥させて‥‥」
「ああ、それなら‥‥」
去年のものがあると、ボールスが言った。
「ねえ、それ使って良い?」
許可を得て、早速試してみるラル。
「う〜ん、ほいふぃい〜♪」
そんな様子を微笑みながら見守るボールスは、先程からクリスが作ったお菓子とお茶にしか手を出していない。例の後遺症は相当深刻な様だ。
見かねたクリスが目の前で同じ皿から取り分け、一緒に食べようと勧めてくれた。どうやら毒見も兼ねて、という事らしいが‥‥こらこら、主賓にそんな気を遣わせて、と言うか、大事な人に毒見なんかさせてどうするかッ!
「‥‥いいなあ‥‥」
少し離れた所から肩肘を付きつつ羨ましそうに眺める蒼汰がぽつりと呟く。そしてエスナも、もしかしてサクラまで‥‥?
しかし、そんな目に毒なピンクの結界は翌日も続くのであります。って言うか、翌日が本番だし?
そしてパーティも無事に終わった翌朝。食事もそこそこにクリスを散歩に誘ったボールスは、薔薇園の真ん中で立ち止まった。
「あらためて‥‥19歳の誕生日おめでとう、クリス」
その首にかけたのは、何の変哲もないシンプルな銀の十字架。
「気休め程度ですが、魔法がかかっていますから‥‥その、これからの季節、ケープの代わりにと思って」
「あ‥‥」
ありがとう、と言おうとしたクリスの唇に指で軽く触れ、もうひとつ、とボールスは続けた。
「ここは、私がこの城を受け継いだ時には荒れ果てて見る影もなかったものを、フェリスが手入れをして蘇らせたものです。‥‥これを、あなたに」
「え‥‥?」
「この薔薇園を、あなたに受け継いで欲しい‥‥受け取って、貰えますか?」
「‥‥!」
クリスは驚いて周りを見回す。殆どの花を摘んでしまった今は緑一色の単調な景色だが、もう暫くすればまた新しい蕾が膨らみ、最盛期には体の芯まで薔薇の香りに染まりそうな程に咲き誇るのだろう。
「勿論、普段の手入れは庭師達がやってくれます。あなたは好きな時にここに来て‥‥花を楽しむだけで良い。名前も付けて貰えると、嬉しいな」
「あ‥‥ありがとう、ございます‥‥!」
思わずボールスに抱きついたクリスは、そっと抱き返されて‥‥
「‥‥あ!」
はたと我に返り、耳まで赤く染まった顔を隠すように慌てて離れようとした。だが。
「離しませんよ。今日は一日、ずっとこのまま‥‥誰にも邪魔はさせません」
「‥‥どうしよう‥‥あんな事言ってるよ?」
「今出て行ったら思いっきり邪魔よね‥‥」
「うん、馬に蹴られちゃうよ‥‥」
傍らの薔薇の影で、ひそひそと声がする。
薔薇水を取りに来て二人と鉢合わせ、咄嗟に隠れたラルとトゥルエノ、それに、プレゼントを渡そうとクリスを探しに来たアネカだった。
「でも、動きそうもないよね」
「だけどこのままずっとアレを見せつけられるのは拷問よ?」
「じゃあ‥‥特攻する?」
「そうだね」
「行ってらっしゃーい!」
「えええぇっ!?」
――どんっ!
そして、何故かひとり押し出されるアネカ。
「あ‥‥あの、えっと、お、お邪魔ですっ! じゃなくて、お邪魔しますっ!」
「アネカ‥‥さん!?」
突然現れたお邪魔虫(失礼)に、慌てて離れる二人。
「ごめんなさいこれクリスちゃんにプレゼント用意できなかったからこれでおめでとうさよならっ!」
マッパ・ムンディを押し付けて逃げるアネカと入れ違いに現れたのは、薔薇水のカップを持ったラル。
「これ、美肌に効くといわれてるのっっ。薔薇の香りして‥‥美味しいよ? 遅くなってごめんなさい‥‥おめでとうだよ」
脱兎その2。
残ったトゥルエノは‥‥
「あ、アネカにも薔薇水渡さなきゃ!」
脱兎その3。
「沢山の方に祝っていただいた上、ボールス様と一緒に過ごせるなんて‥‥こんなに嬉しい誕生日は初めてです」
嵐が去った後、クリスは再びボールスの胸に顔を埋める。
「私も、誰かの誕生日を祝える事がこんなに嬉しくて‥‥幸せな事だと、初めて知りました」
ボールスにとっては自分の誕生日を祝って貰う事よりも、数倍嬉しいらしい。
「機会を与えてくれた蒼汰さんに、精一杯の感謝を‥‥」
そして、幸運を祈る。
とりあえずは、主にピンク色が支配する方面で‥‥?