林檎の木の下で、永遠の愛を

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月27日〜06月01日

リプレイ公開日:2008年05月31日

●オープニング

 昔、ある小さな村の外れに小さな家を建て、庭に小さなリンゴの木を植えた恋人達がいました。
 リンゴは家を守り、その家に愛をもたらすと言われ、恋人達が新たな一歩を踏み出す際に記念樹として植えられる事の多い木。その木も二人の結婚を祝い、記念するもの‥‥に、なる筈でした。
 ところが、結婚式の前日。村は野盗の襲撃に遭い、殆ど全てのものが失われてしまったのです。
 失われたものは、家や畑、そして、人の命。
 新郎となる筈だった若者も変わり果てた姿となり‥‥奇跡的に燃え残った、あのリンゴの木の根元に埋葬されました。

 それから、長い歳月が過ぎ‥‥


「‥‥母さん、帰りたいって言ってたよな‥‥」
 キャメロットの郊外にある小さな農場で、年老いた母が亡くなってから一月。
 鉢に植えられた小さなリンゴの木を守るように、それが現れるようになったのも、丁度母が亡くなった、その頃からの事だった。それは‥‥純白のドレスを着た、若い女性の姿。
「やっぱりあれ、お婆ちゃんの幽霊‥‥?」
「ああ、多分‥‥」
 妻の問いに、男は頷いた。
 母が鉢に蒔いたリンゴの種から芽が出て来たのは、10年ほど前の事だったか。そう、あれは父が亡くなって2〜3年経った頃。その頃から、母はしきりに何処かへ帰りたがっていた。
「でも‥‥何処へって訊いても何も教えてくれなかったんだよな‥‥」
「私、知ってる」
 溜息をついた父親に、その幽霊らしき女性と瓜二つの娘が言った。
「そうか、お前は母さんのお気に入りだったな。母さん、何て言ってたんだ?」
「‥‥昔、住んでた‥‥お婆ちゃんが生まれた村。ここからずっと遠くの‥‥今はもう、無くなってしまったって言ってたけど」
 そこに植えた、リンゴの木が見たい。
 あの村に帰りたい。
 生前、祖母はよくそう言っていた。
「ねえ、お父さん。あのリンゴの木‥‥その村に植えてあげられないかしら?」
 彼女は知っていた。祖母が帰りたい理由も、その本当の望みも。
 だが、父には言えない。家族の、他の誰にも。

「‥‥昔の恋人の傍で眠りたいなんて、言える筈ないわよね‥‥」
 後日、父親に許可を貰って冒険者ギルドを訪れた少女は、そう言って溜息をついた。
 かつて、祖母が育った村を襲った悲劇。それを生き延びた者は少ないが、その数少ない知人によれば、自分は昔の祖母に生き写しらしい。そのせいか、孫達の中でも一番気に入られ、可愛がられ‥‥そして、秘密も共有していた。
「その村、今では何もない荒野になっていて‥‥そのリンゴの木だけが、ぽつんと立ってるらしいの。でも、花は付けるんだけど、一度も実がならないんですって」
 リンゴの木は、他のリンゴから花粉を貰わなければ実を結ぶ事はない。恐らく、風や虫達によって花粉が運ばれるような距離には、リンゴの木は一本もないのだろう。
「本当はお婆ちゃんのお墓を移してあげたいんだけど‥‥流石にそれは無理でしょう? だからせめて、お婆ちゃんが大事に育てたあの木を、隣に植えてあげたいの。そうすれば、リンゴも実も結ぶようになるだろうし‥‥結ばれなかった二人にとって、せめてもの慰めになるかな‥‥って」
 祖母のリンゴも、今年は何故かまだ花を咲かせていない。向こうのリンゴと開花が揃えば、今年の秋にはもしかしたら‥‥。
 ただし、かつて惨劇があった場所の故か、木の周囲には今でも生ける死者達がうろついていると言う。
 そして、リンゴの木の下に眠る「彼」もまた、そこに留まり、彼女を待ち続けていると。
「その彼は悪霊ではないらしいけど、とても私一人で行ける場所じゃないわ。だから、お願いします」
 道中の護衛と、リンゴの苗木の運搬。それに、出来れば木の周囲に現れる死者達の弔いも。
「大体の場所も祖母から聞いていますから、近くまでなら私が案内出来ると思います。祖母も‥‥あの、祖母の幽霊も、多分、一緒に付いて来ると思いますけど‥‥悪さはしませんから!」
 そう言うと、少女は丁寧に頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb0660 鷹杜 紗綾(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 草原は芽吹いたばかりの瑞々しい緑に覆われていた。
 その中心に立つ一本の大きな林檎の木には白い花が溢れ、そこから微かに甘い香りが漂って来る。
「こんなに綺麗な景色なのに‥‥」
 やはり何か居るらしいと背筋に冷たいものを感じながら、鷹杜紗綾(eb0660)が腰の剣に手をかける。
 そこに踏み込んだ時から、冒険者達は肩にのしかかる奇妙な重さを感じていた。
 それは、生者の気配を感じて蘇った死者達の放つ怨念か。かつてここが人の住む場所であった頃に起きた悲劇を考えれば、彼等が何者か、何故安らかに眠る事をしないのか、その理由は想像に難くない。
「ただ亡者として退治するのは心苦しいが‥‥」
 ヒースクリフ・ムーア(ea0286)が盾を構えつつ数歩前へ出る。
「恨みを抱いたままこの様な姿で地上を彷徨い続けて良い筈は無い。ならば、我らの手で払った方が彼等の為だろうか」
「ああ。魂は天に、肉体は土に‥‥在るべき場所に還って貰うぞ」
 空木怜(ec1783)は依頼人とその荷物の周辺にホーリーフィールドを展開し、ペガサスのブリジットに傍に付いていてくれる様に頼む。
 葉隠紫辰(ea2438)は、その反対側に忍犬の瑞姫を待機させ、自らは前衛としてその前に立った。
「案ずるな‥‥ここに集うのは、必ず護ると誓いを持つ者ばかりだからな」
 その言葉に、少女はしっかりと頷く。
 ここまでの旅の間に信頼関係は出来上がっている。彼等に任せておけば大丈夫だ‥‥襲い来る亡者も、祖母も、あの木の下に眠る見知らぬ‥‥けれど不思議に懐かしい誰かも。


 その数刻前。
 農場で借りた少しガタの来た荷車に依頼人の少女と林檎の鉢植え、それに大きなスコップを乗せ、冒険者達はかつては道だったらしい痕跡を辿る。
 街道から外れて随分経つが、野盗の類が襲って来る様な気配もない。
「まあ、荷物はこれだけだしね」
 荷車を引く馬の手綱を引きながらヒースクリフが微笑む。
「それもあるやろうけどな〜」
 荷車のすぐ脇を歩きながら、緊張感のなさそうな声で藤村凪(eb3310)が言った。
「強そうな人達にこんだけ守られてたら、悪い人達も手え出せへんと思うわ。ウチはあんまり役に立ってへんけど‥‥」
 確かに「強そうに見える」という点では犯罪抑止への貢献は出来そうもない。だが‥‥
「そんな事ないよ、凪さんだってちゃんと仕事してるじゃない」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が言った。
「それに、野営の時に出して貰ったお茶、すごく美味しかったし‥‥お陰で眠気も吹き飛んだよ?」
「さ、さよか〜? ほな、また煎れさして貰おかー」
 その反対側では、シャンピニオン・エウレカ(ea7984)と紗綾が少女と何やら楽しそうに話し込んでいる。
 初日は初対面という事もあって緊張していたのか口数も少なめだった少女も、今日は随分と口も滑らかに、問われるままに色々な思い出話を披露する。
「へえ〜、おばーちゃんとその人、幼なじみだったんだ?」
 シャンピニオンはついでに
「で、キミはどうなの? 誰かそんな‥‥気になる男の子とか、いないの?」
 などと、コイバナに花を咲かせようとする。
「え、私は‥‥うん、まだ‥‥いない、かな。その、お婆ちゃんを待ってる、その人には会ってみたいかな‥‥って思うけど」
 少女はほんのりと頬を染める。
 どうやらまだ恋に恋するお年頃なのか、それとも祖母の想いが乗り移ってでもいるのか。
「でも、幸せになろうとしてた矢先に、全てを失くすなんて‥‥ボクだったら立ち直れないかも。おばーちゃんは、本当に強い人だったんだね」
「うん‥‥死後でもいいから結ばれたいと願う程好きだったんだね。素敵だけど‥‥切ないの‥‥」
 これまで良く頑張ったねと、紗綾は林檎の鉢植えに向かって小声で囁く。
「ええと‥‥ここに、いるんだよね? 見えないけど‥‥」
「うん、ずっと一緒にいるわ。でも、案外恥ずかしがり屋なのかな。姿は見せてくれないみたい」
「そ‥‥そう」
 ちょっとだけ、背中に寒気が。
「あ、べ、べべ別にこここ怖くなんか‥‥綺麗な幽霊さんだし大丈夫っ! ‥‥あ、美人さん、なんだ、よね?」
「うん、私に似て♪」
 それは順番が‥‥と言うか以下略。

「‥‥爺さんが可哀想だと思うのは俺だけだろうか?」
 暫く後、ローテーションで守備位置を変えた閃我絶狼(ea3991)が、少女には聞こえないようにそっと呟いた。
「爺さんって‥‥亡くなった旦那様?」
 紗綾が尋ねる。
「ああ。まあ、そのおばあちゃんの心境も複雑なんだろうけどね」
「そうかな‥‥お婆様はきっと、結婚した旦那様や家族の事も心から愛してらしたのだろうと‥‥幸せだったから秘密を打ち明けたんだろうなと、あたしは思ったけど」
「その人は生きて、秘密を共有できる孫まで出来たならそれはそれで幸福と言えるのかもしれないけど‥‥割り切れないのも人間か」
 その気持ちはわからくもない‥‥と、怜。理解出来るからこそ、皆こうして協力を申し出たのだろう。
「そう言えば‥‥結婚式は、まだ、だったよな?」
 怜は少女に尋ねた。
「死が二人を分かつまでって言葉は聞いたことある?」
「え? あ、はい‥‥」
 突然の問いに意図を計りかねながらも少女は答えた。
「うん、結婚式で誓いの言葉に含まれる常套句だ。つまり、この人はただいま独身で‥‥想い人と結婚出来る権利を有してると言える」
 この人とは勿論、祖母の事だ。
「君はもし、彼女がそれを望むなら祝福する?」
「‥‥はい!」
「‥‥そうか」
 眩しい程に顔を輝かせ嬉しそうにそう答えた少女を見て、怜は少し恥ずかしそうに付け加える。
「まぁ、生憎と教会も何もなく、あるのは新人クレリックと見た目だけ立派な聖書が一冊。大層な事は出来ないけど、二人が幸せならOKってのが結婚式だ」
「わあ、結婚式かぁ。怜さん、良い事を思いついたね」
 デメトリオスが言った。
「二人とも、きっと喜んでくれるよ」
「ほな、ウチもお手伝いさせて貰うわ。うーん。普通に式場作ったりしよかー」
 そう言えば自分達も式は挙げていなかったと思いつつ、凪が言う。
「式場ね‥‥お花で飾ったりするだけでも良いかな」
 紗綾が言い、シャンピニオンが「うんうん」と頷く。
「素敵な結婚式にしようね!」


「‥‥それにはまず、会場の掃除が必要だよな」
 起き上がってきた死者達を前に、絶狼は馬に乗ったままヒースクリフにオーラパワーをかけて貰った薙刀を構える。
「式場は綺麗な方が良いだろうし‥‥お前らはお呼びじゃないんだ。どうしても参列したいって言うなら‥‥」
 まずは、遠距離からローリンググラビティー。
「その前に、行儀作法の躾が必要だな。とりあえずもう一度お寝んねしてから出なおして来な!」
「皆、頑張ってね! 怪我したら治してあげるから☆」
 多少の無茶は大丈夫と、シャンピニオンは仲間にグットラックをかけつつ自らもホーリーで攻撃を加える。
「絶えざる苦痛と共に、地上を彷徨うは哀れ‥‥いざや、黄泉路へ案内仕らん」
 紫辰が前列に飛び出し、落ちてきた死体を一刀のもとに斬り捨てた。
 紗綾は大事な林檎の木を傷付けないようにと注意を払いながら剣を振るう。
 その攻撃をかいくぐって来た敵には凪と怜が対処した。
「これ以上進めさせる訳にいかんのや。かんにんなー」
「ただのゾンビなら俺でも格闘でどうにかなるか」
 円陣の中心からは、デメトリオスがライトニングサンダーボルトを放ちつつ、時折リトルフライで空中に舞い上がっては敵の様子や数、それに死角から襲って来ないか‥‥それを調べて仲間に伝えた。
「ズゥンビにグール‥‥うわあ、レイスまでいる‥‥けど、大丈夫だよね」
 まあ、この面子なら恐れる相手ではない。ただ、いくら景気良く倒しても気分爽快とはいかないのは、彼等がそうなった経緯を知っているからだろう。
「私はこの様なやり方しか知らない。済まない‥‥」
 ヒースクリフは一度だけ、襲い来る彼等に向かって頭を下げた。

「もう、苦しいのは終わりだから‥‥今度こそ、ゆっくり眠ってね‥‥」
 シャンピニオンが簡素な墓に向かって手を合わせる。
 緑の草原に残る僅かばかりの痕跡。誰かの家があったのだろうその場所に、死者達は埋葬された。
 紫辰が立てた即席の墓標の前には、小さな花束と凪が供えたお茶。そこに死者の名はないが、安らかに眠って欲しいという想いはきっと通じた事だろう。

「ありがとう。本当に、こんなに良くして貰って‥‥」
 仲良く並んだ林檎の木で前に手を合わせると、少女は冒険者達に向き直った。
「お礼にもう少し、色々弾みたいと思ったんだけど‥‥」
 持ち合わせがないと謝る少女に、冒険者達は微笑む。もとより報酬を期待しての事ではない。
 肩に感じていた妙な重さも、いつの間にかすっきりと取れていた。
「無事に出来た思うけど‥‥おいら、時々様子見に来ようかな?」
 根を傷める事はなかった筈だけど、と植え替えの指揮を執ったデメトリオスが言った。
 固い蕾をつけていた小さな木には今、この時を待っていたかの様に白い花が溢れている。
「此処でこれから一緒に花を咲かせ実を結んで‥‥生前実現できなかった願いを叶えて下さい。お幸せに。そしてどうぞ安らかに‥‥」
「魂は空に還っても、想いはそれを知る者によって遺され受け継がれる‥‥この木が、死によっても分かたれる事のない絆の証であると‥‥幾度も巡る時の中で実を結ばんことを、心から、願っている」
「死してなお忘れられない想い、か。‥‥今なら少し、判る様な気がするかな」
「今度こそ、ずっと幸せにね!」
 冒険者達は、祈りの言葉と‥‥言葉に出さない祈りを捧げる。
 死者達の結婚式は、葬式でもあるのかもしれない。遺された者を慰め、安らぎを与える為の。
 幸せになってほしい。旅立った者も、これからを生きて行く者も。
 そんな思いで傍らの少女をちらりと見た怜に、笑顔が返る。
「秋になったら、また来たいな」