なくした宝物

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 46 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月28日〜09月04日

リプレイ公開日:2006年09月05日

●オープニング

「うわあ、キレイだなあ‥‥何、これ?」
 海原に浮かぶ小さな漁船の上で、色白の少年は青く光る薄板を陽にかざしてみる。
「竜の鱗さ」
 船の舳先に立ち、舵を取る陽に焼けた少年が得意気に言う。
「ウォータードラゴンのね。でっかいヘビみたいな竜なんだぜ。その鱗は船乗りのお守りなんだ。それ持ってれば絶対に沈まないんだってさ」
「へえ、そうなんだ‥‥」
 少年は船内に作りつけられたベンチに腰をかけ、手にした鱗をひっくり返したり角度を変えたりしながら、しげしげと眺める。
「海の色と同じだね。ねえ、僕も拾えるかな、毎朝砂浜を探したら‥‥」
「多分、無理だな。滅多に落ちてるもんじゃないし‥‥それだって、オレが見つけたんじゃない。父ちゃんが何十年も前に見つけたもんだ」
「これ、お父さんの?」
「まあな」
 今日は、父親の漁は休みだった。町育ちの友達に海を楽しんでもらおうと、漁船とお守りを借りてきたのだった。‥‥ただし、父親には黙って、だったが。
「そうだな‥‥鱗じゃなくて、本物だったらもう少し沖に行けば時々見られるぜ。行ってみるか?」
 少年はぷるぷると首を振った。
 彼にとっては船に乗るのもこれが初めてだ。静かな内海でさえ足が震えているのに、もっと沖なんてとんでもない。
「もうちょっと、船に慣れたらね」
 そう言って、お守りを持ち主に返そうと腰を上げた瞬間―――。
 ザアアッ!
 突風が吹いて、小さな船は大きく傾いた。
「う‥‥わあっ!?」
 少年の体は宙に浮き、水しぶきを上げて水面に叩きつけられる。
「おい、大丈夫か!? 掴まれ!!」
 泳げない少年は、差し出された腕に夢中でしがみつく。
 やっとの思いで船に這い上がったその時。
「‥‥ない‥‥」
 青い鱗は少年の手を逃れ、深い海の底へと還っていった‥‥。

 その3日後だった。友人ザックの、父の訃報を聞いたのは‥‥。
「お前のせいだ! お前が、お守りをなくしたりするから‥‥だから、父ちゃんが‥‥!」
 波の高い日だった。泳ぎの達者な海の男が、海に呑まれて死んだ。
「返せよ‥‥父ちゃんを返せ!!」

 更に数日後、ギルドの受付に目を真っ赤に腫らした色白の少年の姿があった。
 彼はしゃくりあげながら、途切れ途切れに事の次第を話す。
「‥‥僕‥‥お父さんは返せない、けど‥‥だ、だから、ひくっ、せめて、お守りだけで、も‥‥」
 ウォータードラゴンの鱗を取りに行く、その手伝いをしてほしい。
 それが、少年の願いだった。

●今回の参加者

 eb2235 小 丹(40歳・♂・ファイター・パラ・華仙教大国)
 eb2322 武楼軒 玖羅牟(36歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

ララーミー・ビントゥ(eb4510

●リプレイ本文

「皆さん、本当にありがとうございます」
 集まった冒険者達に、依頼人ハルは深々と頭を下げる。
「難しい依頼だから、誰も来てくれなくても仕方ないと思っていました‥‥」
「ふむ、確かに難しいがの‥‥」
 小丹(eb2235)が立派な付け髭を撫でながら、ふぉっふぉっと笑う。
「それだけに、やり甲斐もあるじゃろうて。ちと、ありすぎかもしれんがのう」
「ハル殿とザック殿の友人関係が回復するように全力を尽くすといたそう」
 メアリー・ペドリング(eb3630)が、大丈夫、と言うように頷いた。
「あの、ハルさん」
 初対面の相手に少し照れながら、ディアナ・シャンティーネ(eb3412)が少年に問いかける。
「あなたが危険を冒してまで鱗を採りに行くのは何故なのか、聞かせて頂けませんか?」
「だって、僕のせいだから‥‥」
「でも、事故は誰のせいでもない‥‥ましてや、あなたのせいでは‥‥」
「だって、ザックは僕のせいだって!」
「それは‥‥ザック殿にしてみれば、そう言うしかなかったのであろう」
 メアリーが静かに口を開いた。
「自分のせいで父親が死んだとは、誰しも思いたくないものだ」
「ザックのせい‥‥?」
「お守りを持たずに海に出たのが事故の原因だと考えるならば、恐らくそう思っているであろうな。勝手に持ち出したのは自分なのだから」
「持っていれば事故が防げたかどうかはわかりませんが‥‥それでも、採りに行きますか?」
 ディアナの言葉に、ハルは頷いた。
「ザックはお守りの力を信じてる。それに、僕に出来る事は他にないから」
「わかりました」
 ディアナは、少年の決意に優しく微笑んだ。
「私達も精一杯お手伝いさせて頂きますね」

 連れている動物達はハルの家で預かって貰う事になった。
「母さんが面倒見てくれますから‥‥あ、お代は要りませんよ」
 ハルの言葉にメアリーが愛馬の鼻面を撫でながら言う。
「それは有り難い。しかし、この馬は少々気が荒いのでな‥‥クリウス、きちんと家人の言う事を聞くのだぞ?」
「コハクも良い子にしててね?」
 ディアナが愛犬の首筋を撫でる。
「いい子にしているのだぞ。帰ったら、一緒に新鮮な魚でも食べよう」
 武楼軒玖羅牟(eb2322)は、いつもより少し和らいだ表情で愛猫の頭を撫でると、立ち上がった。
「では、そろそろ行くとしようか‥‥いや、その前に」
「え、えと‥‥な、何ですか?」
 自分の倍も身長がありそうな相手に上から覗き込まれ、少したじろぎながらハルが答える。
「出発前に、私達だけでザック殿に会いに行こうと思うのだが‥‥ハル殿、今の気持ちを手紙に書いて貰えぬだろうか?」
「手紙‥‥ですか」
「海は危険だ。言いにくいが‥‥万が一ということもある。ザック殿に気持ちの伝わらぬまま、二度と会えなくなるのは嫌だろう?」
「はい、でも‥‥ごめんなさい、僕、字が‥‥ザックも、多分、読めないと思います‥‥」
 一般人にとっては、それが当たり前だった。
「あ、いや、謝る事はないが‥‥そうか、すっかり失念していたな」
「言伝で構わなければ私達が聞いて伝えますけど‥‥?」
 ディアナが提案する。
「じゃあ‥‥一言だけ」

 ザックの家は、村の外れにぽつんと建っていた。海が目の前まで迫るその家は、家と言うよりも小屋と言う感じの佇まいだった。
「村人の話では父親を亡くして以来、家に閉じこもったままだという事でしたが‥‥」
「果たして、出てきてくれるじゃろうかのう、ザック坊ちゃんは」
 冒険者達の呼びかけに応えたのはザックの母親だった。
「あの、ザック君とお話は出来ますか?」
 ディアナの問いに、母親は疲れ切った表情で首を振った。
「そうですか‥‥ではせめて、これだけお伝え頂けませんか? ハル君からの言伝で‥‥『ごめんなさい』と」
「たった一言じゃが、坊ちゃん達にしかわからん思いが色々と詰まっとるんじゃろうな」
 固く閉ざされた扉の向こうで、何かが動く気配がした。
 その気配に向かって、メアリーが独り言のように言う。
「ザック殿も辛いだろうが、そうして閉じこもってハル殿を責めるだけでは何も解決はせぬ‥‥ハル殿は自分の出来る事で解決するであろう」

 港では準備を整えたハルが一同を待っていた。
「おや、船長の姿が見当たらんようじゃが?」
 小丹が辺りを見回すが、彼等以外に人影はない。
「ええ、僕が操縦しますから」
 ハルの言葉に、全員が驚きの声を上げる。
「ハル殿、貴殿は確か‥‥ついこの間まで海に出た事もなく、カナヅチだったのでは‥‥?」
 メアリーの問いに、にこやかに答える。
「はい、今でもカナヅチです。でも、船の扱い方は猟師さんに教えて貰ったし、腕が良いって褒められました。‥‥ただ、外海に出た事はないんですけど‥‥」
 最後の一言は蚊の鳴くような声で。
 どうやら、無謀な航海に同行を申し出る者は見つからなかったようだ。用意された船も、よく見ればボロボロで、今にも沈みそうな代物だった。
「‥‥これは、遺書を書いてきたほうが良かったかもしれん‥‥」
 クラムが呆然と呟く。
「と、とにかく‥‥航海の無事をお祈りしましょう」
 ディアナが冷や汗を浮かべつつ神に祈る。
「船にもグットラックは効くのかしら‥‥?」

 船は、おぼつかない足取りながらも、順調に沖へと進んでいた‥‥今の所は。
 だが、すぐ向こうでは海の色が変わっている。そこに入ればどうなるか‥‥神のみぞ知る、だ。
 その時、ふと後ろを振り返ったメアリーの目に、自分たちを追って来るらしい船影が映った。それは、見る見るうちに近付いて来る。
「ザック殿‥‥?」
 たちまち、船は横付けされた。
「こんなボロ船で沖に出るつもりか!? こっちに移れ、早くしろ!」
 怒鳴り散らす彼の剣幕に押されたのか、全員が黙って従った。その途端、舵を失ったボロ船は横波を受けてひっくり返る。
「‥‥間一髪だったな‥‥」
 今まで緊張の余りに固まっていた全身の筋肉を解しながら、クラムが安堵の溜め息をつく。
「ありがとう、ザック君。心配して来てくれたのね」
 微笑みながら手を差し出すディアナに、ザックは真っ赤になって横を向いた。
「オ、オレはただ、またあいつのせいで死人が出たら堪んねーから‥‥っ」
 すぐ側にいるハルのほうは見ようともせずに、ザックは言う。
「‥‥帰るぞ。鱗なんか、いらねえ」
「ダメだよ! 僕は決めたんだ、絶対に採って来るって‥‥」
「そんな事したって、父ちゃんは帰って来ない!」
「でも!」
「‥‥ザック殿、我々も受けた仕事を途中で放棄する訳にはいかぬ。手伝っては貰えないだろうか?」
 メアリーの言葉に、ザックは渋々頷いた。
「‥‥一度‥‥それでダメならすぐに帰るぞ。それに、嵐が来そうだ。長居は出来ない」
「こんなに良いお天気なのに?」
 ディアナが空を仰ぐ。水平線まで、真っ青な空が広がっていた。
「空気の匂いが違うんだ。シロートにはわかんねーさ」

 それから数十分後。
「いつもは、この辺りで見かけるんだけどな‥‥」
 しかし、辺りにはドラゴンの影も形もない。
「食欲が無いやも知れぬが、少しでも食べておかねば消耗するぞ」
 船の隅で膝を抱え青ざめているハルに、クラムが保存食を食べやすく調理した食事を差し出した。
「かく言う私も‥船は‥初めて‥‥で‥‥うぅ‥‥」
 言いつつ、目の焦点が少々怪しくなっている。
 その時、前方の海面が突然盛り上がったかと思うと、大波が押し寄せて来た。
 立ち上がっていたクラムはその衝撃に吹っ飛ばされ、船縁に背中を打ち付けた。同時に船酔いも吹っ飛んだようだ。
「こ、これが‥‥?」
 目の前に、濡れた鱗を輝かせた巨大な生き物が浮かんでいた。それは、首を持ち上げて小さな船を見つめている。
「敵とは見なされていないようじゃな‥‥まだ」
 小丹が間合いを計るが、鞭は届きそうもない。
 メアリーが舞い上がり、ドラゴンの背後に回った。
「剥がれそうになっている鱗は‥‥ないであろうな。これで剥がれれば良いのだが‥‥」
 グラビティーキャノンを放つべく、呪文の詠唱を始めた。
 その間に、ディアナはドラゴンに向かって必死に祈っていた。
「あなたを傷付けようとは思っていません。ただ、鱗を1枚だけ、あの2人の為に‥‥お願いします!」
「少々痛いかもしれぬが、我慢してくれ‥‥!」
 不用意に傷付け、怒らせてはならぬと威力を抑えた魔法が与えたのは、ほんのかすり傷。鱗は‥‥ビクともしなかった。
 ドラゴンはうるさい虫でも払うように、巨大な尻尾を持ち上げ、水面に叩きつける。
 その時、盛大な水しぶきを辛うじて逃れたメアリーの目に、水滴に混じって青く光る何かが落ちたように見えた。
「あれは‥‥!?」
「鱗だ! 僕、採りに行って来る!」
 船から飛び出そうとするハルを、ザックが止めた。
「バカヤロウ、お前カナヅチだろ!? それに‥‥見ろ!」
 こちらに向けられたドラゴンの口が開いている。大きく息を吸い込んで‥‥。
「来るぞ!」
 ディアナと小丹が2人の少年の前で盾を構え、4人を抱え込むようにクラムが背後からしっかりと支える。
 メアリーはその隙間に潜り込んだ。
 ―――ドォォォン!!

 ‥‥その後、どうやって逃げたのか、どうやって全員無事に岸まで辿り着いたのか、誰にも記憶がなかった。
 そしてその夜から、ザックの言った通りに海は荒れ、小さな村は嵐に呑み込まれた。
 翌日も、その次の日も嵐は続き、冒険者達はハルの家でただ嵐が過ぎるのを待つしかなかった。そしてようやく、帰路に就く日の朝‥‥。
「出発前に、少し浜辺を探して来る。あの嵐で、鱗が打ち上げられているかもしれん」
 クラムの言葉に、浜に出た冒険者達が目にしたものは‥‥朝日に照らされ、並んで歩く2人の少年の姿だった。
 2人は、ただ黙って波打ち際を歩いていた。
「私達が動く必要もなさそうであるな」
「ええ、宝物は取り戻せたみたい‥‥あら?」
 ディアナの足元で、何かが青く光っていた。