籠の鳥、空へ
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 95 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月23日〜06月29日
リプレイ公開日:2008年07月05日
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●オープニング
「ねえ、そろそろ準備した方が良くない?」
フォルティナ‥‥いや、ティナの今にも弾け飛びそうな腹部を見て、ルルが心配そうに声をかける。
助産婦は呼べばすぐに来て貰えるように手配済みだが、その他にも様々な手伝いや警備の為に人手が必要だ。
「ボールス様、ここんとこ忙しいみたいだけど‥‥来られるかな」
だがルルの心配を余所に、当のティナは涼しい顔で言ってのける。
「別にどうでも良いわ、あんなヤツ。私はロシュ様さえ傍にいてくれれば良いんだから」
「ちょっと、あんなヤツとは何よ!? だいたいアンタには感謝の気持ちってモノがないの!? アンタなんかまるっきり赤の他人なんだから、関係ないって突き放す事だって出来たってゆーか、それが普通なんだからねっ!? なのに、ボールス様はあんたを匿って、どんなに迷惑かけられても平気な顔して‥‥そこまでしてくれる人が他にいると思うっ!?」
女三人集まれば姦しいとはよく言うが、彼女達なら二人で充分‥‥いや、ルル一人でも充分かもしれない。タンブリッジウェルズの城は今日も朝っぱらから賑やかだった。
「余計なお世話‥‥とは、まあ、一応言わないでおくけど。でも、アイツを呼んだって何の役にも立たないでしょ? ってゆーか、男なんて皆役立たずじゃない‥‥ロシュ様以外は」
そのロシュフォードとて、結局は部屋の外でウロウロする他はないのだが。
それに、彼を呼ぶ為には万一の事態に備えて警備を強化し、余計な人手と経費を割く必要がある。確かに、その場に立ち会わせれば彼にも父親としての実感が沸き、事態が好転する可能性もある。その真意を確かめる好機でもあるだろう。危険で、分が悪すぎる賭けではあるが‥‥。
「‥‥わかってる。期待はしてないわ‥‥とっくの昔に」
ティナは他人事の様に、気楽な様子でひらひらと手を振った。
「‥‥ほんっと、あんたの相手は疲れるわ」
ルルが呆れた様に首を振る。
「とにかく、ボールス様にはいつでも戻れるように準備しといて貰って‥‥とりあえず人は集めとくから。良いわね?」
「ご勝手に。ま、暇潰しには丁度良いかもね」
――ひらひら。
しかし、その頃キャメロットでは‥‥
「ええ、師匠どっか行っちゃうの!?」
ボールスの話を聞いたウォルが情ない声を上げる。
「だって‥‥それじゃ何かあった時にすぐ戻って来れないじゃん!」
このところの相次ぐ海難事件。それとは別に、急を要する重大事件はこちらの都合などお構いなしに、時と場所を問わずに発生するものだ。
「でも、ギルドには依頼とか出てないけど‥‥?」
だがギルドには流れない、上層部だけで極秘裏に処理される任務というものも少なからず存在するのだ。ボールスがこれから赴こうとしているのも、そうした任務の一つだった。
勿論、何処へ行って何をするのか、それは誰にも明かす事は出来ない。本当は、そんな任務に就く事さえ極秘情報なのだが‥‥
「他言は無用ですよ?」
「う‥‥うん、わかった」
ウォルは緊張の面持ちで、こくりと頷く。
「でもさ、ティナはどうすんの? 師匠がいなきゃ、何かあった時に拙いんじゃないの?」
「大丈夫、ティナさんに必要なのは私ではありませんし、もし何かあっても‥‥」
ボールスはウォルの頭をぽんと叩く。
「任せましたよ?」
「へっ!?」
「予定通りに仕事が片付けば月末には戻りますから、それまで私の代わりにティナさん達を守って下さいね」
「で、でもオレなんか‥‥っ!」
慌てるウォルに、ボールスは柔らかく微笑んだ。
「なにも一人でやれとは言っていませんよ。どうすれば良いかは‥‥わかるでしょう?」
「あ‥‥う、うん‥‥はい。皆の力を‥‥借りれば良いんだよ、ね?」
ボールスの力が必要になるような「何か」とは、即ち「最悪の事態」を意味する。逆に言えば、それさえ防ぐ事が出来れば、冒険者達や城に残った者達だけで事態に対処する事は充分に可能という事だ。
想定される危険は、ロシュフォードによる何かしらの陰謀と‥‥それに、出産に伴うトラブル。だがもし冒険者達の力が及ばない様な万一の事があったとしても、すぐさま教会に運べるように手配をしておけば大事には至らないだろう。
「‥‥ねえ、師匠」
ボールスに頭を掻き回されながら、ウォルはふと思いついた事を口にしてみた。
「もし、生まれて来るのが‥‥師匠の子供だったら? それでも、命令通り仕事に行く?」
その言葉にボールスは手を止め、僅かに目を伏せると小さく溜息を漏らす。
「勿論‥‥と、言うべきなのでしょうね、国に仕える騎士としては」
それ以外の答えなど、あってはならない。だが‥‥
「‥‥そっか」
明確な答えは得られなかったが、ウォルは何となく察した様だ。そして、納得したらしい。
「うん、なんか安心した」
「‥‥え?」
何が安心なのかと問うボールスには答えず、ウォルは言った。
「じゃ、こっちは任されたから、師匠も気をつけてな! 無事に帰って来いよ!」
キャメロットの冒険者ギルドに、ティナの出産手伝いと護衛に関する依頼が貼り出された数日後。
セブンオークスの領主館、その薄暗い一室から話し声が聞こえる。片方は、領主ロシュフォードのものだ。だが、もう一人は‥‥?
「‥‥あの時、どうして何もしなかったんだ?」
若い男の声。
「あいつらは僕には手出し出来ない。僕が出て行けば奴等は絶対に混乱して、あんたは何でもやりたい放題だった筈だ。なのに、折角のチャンスを‥‥」
「あの場で事を起こしても益はない事くらい、お前にもわかると思うが?」
「それは‥‥そうかもしれないけど」
「まあ、焦るな。チャンスならまだ、いくらでもある‥‥それに利用価値も、な」
それを聞いて、もう一人の男は素直に引き下がった。
そして、その姿が部屋から消えるのと入れ替わる様に現れた黒い影。
『‥‥あれは、汝(なれ)の元へ来たのか。我から逃げたつもりだろうが、却って懐に飛び込むとは、愚かな‥‥』
「ああ、小物だな。お前が狙っていたとは驚きだが」
暗がりの影は、楽しそうに笑った。
『往々にして小物は化ける‥‥素材に手をかけ、育てるもまた一興。汝のごときは楽で良いがな』
「なるほど、苦労の末に得た喜びはひとしお、という訳か。悪魔にしては変わった考えだが‥‥まあ、どこの世界にも変わり種はいるものだ」
ロシュフォードは影に向かってニヤリと笑いかける。
「‥‥わかっている、受取りに来たのだろう? どうせ消すつもりの命だ、遠慮せずに持って行くが良い」
自分にとって、全てはただの駒だ。
だが、自らの手を汚す必要はない。自分はただ、悪魔にわが子を殺された悲劇の父を演じれば良いのだ。成功すれば、与える打撃は計り知れない。しくじったとしても‥‥それなりに、使い道はある。悪魔にとっても、自分にとっても。
「赤ん坊ひとりの命すら守れない円卓の騎士、か。世間はそれを、どう見るだろうな‥‥?」
口元から含み笑いが漏れる。
本人が不在であったとしても、それは守れなかった事の理由にはならない。
「さて、涙を流す練習でもしておくか」
涙など、とうの昔に枯れてしまった。だが、演技は出来る‥‥いや、自分の全てが、もはや演技でしかないのかもしれない。
かつての自分がどんな人間だったか、覚えていない。覚えている者もいない。
だが、ロシュフォードはそれを寂しいとも、悲しいとも‥‥何とも感じなかった。
●リプレイ本文
固く閉ざされたドアの向こうから、この世のものとも思えない阿鼻叫喚が聞こえてくる。
それは悲鳴だったり、罵声だったり、怒号だったり‥‥その度に、外で待機する男性陣はピクリと体を震わせたり、視線を宙に彷徨わせてみたり、落ち着かない事この上もない。
「べ、べつにあの声にビビってるとか、お産ってなんかちょっと怖いとか、そんなんじゃないんだからねっ! 勘違いしないでクダサイネッ!?」
グラン・ルフェ(eb6596)が虚勢を張ってみる‥‥が、まあ、ここはそう無理しなくても。いざという時の肝の据わり具合において女性に勝てる男など滅多にいないし、ましてやこれは想像も及ばない未知の領域なのだから。
「こういう時、男は無力ですよね」
周囲を警戒しながら、雀尾嵐淡(ec0843)が呟く。時折、水鏡の指輪を使って不審者の捜索を行ってみるが、今のところ特にこれといって怪しい気配はなかった。
‥‥いや、怪しいと言えば、先程からドアの前に用意された椅子に座り、じっと目を閉じて腕組みをしている人物‥‥生まれて来る赤ん坊の父親であるロシュフォード・デルフィネスがその最たる者なのだが。
その少し前。
メグレズ・ファウンテン(eb5451)は時が満ちた事を知らせる為に、セブンオークスへ馬を走らせていた。当初は馬車を手配しようと考えていたのだが‥‥
「いいよ、あいつにそんなサービスしなくても」
その是非を問われ、ウォルは一言の元に却下した。
「それにさ、そんな事したら帰りも馬車を出せって言われるだろうし‥‥」
馬車があるならティナと赤ん坊を連れて帰っても問題ないだろう、などと言われかねない。今、手の届かない所に二人を連れて行かれるのは拙い‥‥例えそれが正当な権利だとしても。
「‥‥確かに、馬車がなければ体力的に問題があると断る事も出来そうですね」
てきぱきと手際よく準備を進めながら、マイ・グリン(ea5380)が言った。
「‥‥ボールス卿が不在の今、許可なく二人を動かす訳にもいかないでしょうし」
「わかりました。では、ロシュフォード卿にも馬で来て頂くようにします」
メグレズが呼びに行っている間、残った仲間達は‥‥
「では、私はロシュ卿を迎える準備をいたします。裏があったとしてもお客様である事に違いありませんから‥‥それに、予期せぬお客様もいらっしゃるかもしれませんし、食事は多めに作っておきましょうね」
陰守森写歩朗(eb7208)は厨房へ、そして嵐淡は女性陣の手伝いをしようと申し出た。
「こんな時に必要なのは、乾いた布にお湯‥‥ですか。まずは水を汲んで、薪割りもしておかなくては。他に何か手伝える事はありますか? 力仕事なら大抵の事は‥‥」
「あの、そんなに急がなくても大丈夫だと思いますわ」
こういう時、男性に出来る事は限られている。少しでも役に立とうと意気込む嵐淡に、先に助産婦の所へ行って色々と話を聞いてきたクリステル・シャルダン(eb3862)が言った。
「おしるしがあっても、すぐに始まる訳ではないそうですし‥‥陣痛が始まっても5〜6時間以上はかかるそうです。初めての時はその倍以上かかるのが普通だとも仰っていましたし」
そして、不安げに横になっているティナをそっと起こし、その手をとって柔らかく微笑んだ。
「ティナさんも、まだ普通にしていて大丈夫ですわ。時々痛みが来たり、出血があるかもしれませんけれど、酷くなければ大丈夫ですから」
出産に必要な物は籠に纏めてある。赤ちゃんの服やおくるみ、オムツなども余分に揃えた筈だ。後は助産婦の到着を待つだけ。
「他に何か欲しいものがあったら言って下さいね。退屈なら何かおしゃべりでもしていましょうか?」
「そうですわ、赤ちゃんの名前はもう決まったのでしょうか?」
少しでも不安を和らげようと、サクラ・フリューゲル(eb8317)も努めて明るく声をかける。ただ、この場合は誰も自分の体験に基づいて「大丈夫」と言える訳ではない辺りが少々心許なくはあったが、まあ、それは仕方がない。寧ろ今回の体験で不安が和らぐのは世話をしている彼女達の方かもしれない‥‥無事に済めばの話だが。
マイなどは最初から、今後の為に経験を積んでおきたいと思って参加している様だ。もっとも、半分は護衛として張り付く為の名目だが。
今回はただお産の手伝いをすれば良いというだけではない。それよりも寧ろ、母子の安全を守る事の方が重要だった。
「‥‥長丁場ですから、私達も交代で休む事を考えないといけませんね」
やがてルルに連れられて来た助産婦が本物である事を確認すると、マイは言った。確かにお産そのものも長くかかりそうだが、それ以上に、敵は襲うタイミングも手段も自由に選べるのだ。無事に生まれてからも安心は出来ない。
「‥‥何かあった時に、少ない人数でも対応出来るように‥‥能力のバランスを考えて班分けをしておいた方が良いかもしれません」
勿論、杞憂に終わればそれに越した事はないが、そう楽観視出来るような材料は誰も持ち合わせていなかった。
「図り事は世の常とまでは何とか納得できますが‥‥」
サクラが呟いた。
「そこに女性や子供を巻き込むのは最も非道であると思うのは甘いのでしょうか‥‥?」
「まあ、非道である事は本人も自覚してるだろうな」
七神蒼汰(ea7244)が答える。
「しかし、ロシュフォードだけならまだしも‥‥」
「何か、他に不安な事でも?」
「ああ、サクラ殿は知らないんだっけ」
蒼汰は先日の依頼で近くにジャスティンの気配を気配を感じた事を伝えた。今はロシュフォードとつるんでいる可能性がある事も。
「あいつにはデビルが付きまとってたからな。もしかしたら、今も‥‥」
ここに来る途中、セブンオークスの上空で試しに使ってみた龍晶球には何の反応もなかったが、だからといって、それだけでデビルの影がないと判断するのは早計だろう。
「ジャスティンさんとは関わりがないとしても、その‥‥今回は状況が似ている様ですから‥‥」
ボールスの不在時に悲劇が起きた、あの時と。彼のトラウマを刺激して楽しむ為にデビルが何かして来るかもしれないと、クリスも不安を感じていた。
「考えすぎなら良いのですけれど」
「それが狙いだとしても‥‥いや、ボールス卿もそれを案じたからこそ、俺達を呼んだんだろうな」
と、蒼汰。
「任された以上、何が起きても無事に済まさないと‥‥絶対に、何もさせはしない。守りきってみせるぞ!」
蒼汰の言葉に、その場にいる全員がしっかりと頷いた。
「では、そういう事なら‥‥まずはウォル君の強化ですね!」
「ちょ、なんで!?」
真剣なのか、それとも弄り倒す気満々なのか‥‥指輪と衣装を手ににじり寄って来る楠木麻(ea8087)の様子に、ウォルは思わず後ずさる。
「なんでって‥‥ウォル君は明らかに他のメンバーより戦力的に劣っていそうだし、しっかりと護衛を務める為にはそれなりの強化が必要だと思う訳ですよ」
「で、でもオレ戦う訳じゃないし、見張りとか道具使ったりとか、そんなのが仕事だから大丈夫だよ。ほら、サクラにこれ借りたし、他にも色々‥‥」
と、ウォルは鳴弦の弓を見せる。しかし相手は一歩も退かなかった。
「そんな事を言って、ウォル君が僕達の弱点になったらどうしますか? デビルって、一番弱い所をしっかり突いて来るものだし」
「そ、それは‥‥」
理屈はわかるが、しかし。指輪の類はまだしも、麻が「ほらほら」と拡げている純白の衣装はペロプスだ。
「それ、女物じゃないかっ! オレに女装しろってのかっ!?」
「あ、僕の事は呼び辛ければ『あ〜さ〜』と呼んで下さい♪」
いや、それ余計に呼び辛いし‥‥ってか、はぐらかされた!?
「ウォル様、諦めましょう♪」
ぽむ、と右の肩を叩いたのはグラン。そして、左肩には‥‥
「そうだな、人間諦めが肝心だ」
と、蒼汰。
うん‥‥諦めようね。弄られたくなければ強くなろう。‥‥まあ、強くなったからといって弄られ属性がなくなるという保証もないけれど。
暫く後、メグレズに先導されて馬でやって来たロシュフォードを、門前に立った森写歩朗が呼び止める。
「失礼ですが、持ち物を確認させていただきます」
森写歩朗が手にした退魔の錫杖は沈黙を守ったままだ。という事は、目の前のこの人物がデビルではない事だけは確かな様だ。もっとも、本物かどうかまではわからないが。
ここに来る前、森写歩朗はジャスティンに向けて手紙を出していた。内容は、城で世話をしている女性が出産を迎える事。しかし、その肝心な時にボールスが不在である為に手伝いが欲しい事。
ただ、クラウボローの領主館に充てたその手紙が彼の元へ届くか、それは定かではない。何らかのルートを通じて届いたとしても、彼が素直に応じるかどうかは尚更‥‥何しろ、ロシュフォードに味方していると思われるフシもあるのだから。
「つまりこのロシュフォード卿は、そのジャスティンという方がミミクリーで化けたもの、という可能性もあるのですね?」
同じく門前で待ち構えていた嵐淡は、まずデティクトライフフォースで相手が命あるものである事を確認すると、水鏡の指輪で魔法の有無を調べる。
「‥‥どうやら本物の様です」
「当然だ」
ロシュフォードは短く鼻を鳴らすと、そのまま奥へ進もうとした。だが‥‥
「お待ち下さい。邸内での武器は控えて頂けますか。こちらは全て、預からせて頂きます」
森写歩朗は有無を言わせず武器を取り上げ、また、何か物騒な物を隠すのに都合が良さそうなマントや上着も脱がせてしまった。
「暫くはこちらを着ていて下さい。少し重いですが御勘弁を」
そう言って手渡したのは、わざわざ重くなるように細工を施したレザーローブだった。
「たいそうな歓迎ぶりだが‥‥」
ロシュフォードは渡されたローブに素直に腕を通しながら言った。
「わが子の誕生を見届け、祝いに来ただけの私が、一体何をすると言うのだ? それに、ここは私にとっては敵地も同然。この様な状態でもし私に危険が及んだ時には、どう申し開きをするつもりかな?」
「ご心配には及びません。僭越ながらこの私が警護役として常につき従う所存にございますので」
メグレズが言った。
「ロシュフォード卿の御身は代替なき重職なれば用心に重ねた用心を。万一生まれてくる命の場で何かあれば、それは不名誉な事でございますゆえ、多少の窮屈さはご寛恕の程を願います」
「‥‥まあ、良かろう。この程度の事なら、いくらでも我慢もしよう‥‥愛する者と、わが子の無事を見届ける為なら、な」
相変わらず、この人の口から出ると薄ら寒い台詞に聞こえるのだが‥‥
そう聞こえたのは、冒険者達ばかりではなかったらしい。彼の到着を待ちわびていた筈のティナまでもが心なしか浮かない様子だったのは、出産を間近に控えた不安のせいばかりでもない様だ。
「お父さんが見守ってくれるんですから、間違いがあろうはずがないですよねっ」
自分が側にいて母子に被害があったら、いくら腹黒ロシュでもボールスを責めようがない筈だと、グランはロシュフォードの目を睨み付けるようにじっと見据える。
「今は兎も角ティナさんを心から応援してあげて下さい。ほら‥‥こういう時は手くらい握ってあげるものですよ!」
「‥‥そういうものか」
グランに促され、ロシュフォードはティナに手を差しのべる。だが、ティナはそれを握り返す事もせず、大丈夫だと首を振った。
「ロシュ様が淡泊なのは、知ってるから。来てくれただけで充分」
‥‥まあ、愛にも色々な形があるものだ、とは思うが。
(「わざとらしい芝居をしても、その背から滲み出る冷たい無関心は隠し様もない」)
いや、無関心なだけならまだしも‥‥と、ロシュフォードの背を見つめながらメアリー・ペドリング(eb3630)は思う。
(「この男からは悪意すら感じられる。しかし、それがわかっていながら直接手を下せぬ現状が腹立たしい」)
戦いなど起きない方が良いのだが、悲劇を未然に防ぐ為に、事が起きる前に彼を排除してしまいたい。ただ、ここでそれを実行に移せば色々と拙い事になるだろう。或いは彼を泳がせておく事で起きる悲劇よりも、更に酷い事態にもなりかねない‥‥いや、寧ろロシュフォードはそれを狙っている様にも見えた。
「‥‥そろそろ、でしょうか‥‥」
やがて何度目かの痛みがティナの体を襲った時、マイが助産婦の様子を窺う。どうやら、いよいよ本格的に始まりそうだ。
「‥‥では、手伝い以外の方は、皆さん外へ出ていて下さい」
そして、記録係もろとも部屋の外に追い出され‥‥
「手伝いはできないけれど、母子の無事を祈る事は出来ますよ、ね? 二人を守るために鉄壁の警戒をしましょう!」
産室の前に陣取ったグランが隣で仏頂面をしているウォルに笑いかける。女装をさせられた事が余程気に入らなかったのか、ウォルは返事もしないが‥‥まあ、自分のやるべき事だけは心得ている様だ。黙ったままドアの手前にヘキサグラム・タリスマンを設置した。この位置なら、そう大きくはない産室の奥までも結界が届くだろう。
二人の足元に座る二頭の忍犬、にんたまくんと瑠璃が警戒する視線の先には、メグレズと嵐淡に両脇を挟まれた形でロシュフォードが座っていた。こういう時の父親というものは、落ち着きなく廊下をウロウロというイメージなのだが‥‥
「なかなかに、どっしりと落ち着いていらっしゃいますね」
その落ち着きっぷりが、ますます怪しさ満点だ。グランは手にした指輪、石の中の蝶をしっかりと握り締めた。
一方、館の玄関付近では麻が、城門ではテツを連れた森写歩朗が、そして城壁の上では蒼汰とメアリーが、外からの侵入を警戒していた。
「あちらは、手段を選ばぬところがある。魔獣やデビルを用いた派手な攻撃を行ってきても、なんら驚くに値せぬ故な」
自分は空も飛べるし、目もそれなりに良い。警戒し、最初の一撃を与える程度は出来るだろうと、メアリーは考えていた。
「これも手に入れた事であるし」
と、手にした指輪に目を落とす。そこに刻まれた蝶は、今の所ただの飾りにしか見えなかった。
だが、その効果範囲は狭く、しかし見張るべき範囲は広い。対角線上に位置した蒼汰も同様の手段を持っているとは言え、二人で全域をカバーするのはとても無理だった。
「道具類の死角から姿を消して入り込まれでもしたら、見付け様もないのではあるが‥‥」
しかし、便利な道具とてそう数がある訳でもない。余り頼り過ぎるのも問題だろう。
「もしここを抜けられたとしても、すぐに追えば良い‥‥それに、ティナ殿の周囲には仲間達がいる。まあ、抜かせるつもりはないが」
メアリーの呟きが聞こえた筈もないが、同じ事を考えていたのだろう。蒼汰は手にした龍晶球に祈りを込める。
「反応はなし‥‥か」
産室を追い出されたのは夕方近く。今は既に東の空が白み始めていた。それでも、眼下に見える産室の窓に動きはない。
「‥‥ほんとに、大変そうだよなあ‥‥」
産みの苦しみを想像して、蒼汰が思わず身震いをしたその時。
――うにゃあぁぁぁ‥‥
産室から、微かな鳴き声が聞こえてきた。
「‥‥ネコ?」
いや、これは‥‥
「う、生まれたっ!? 生まれましたかっ!?」
閉ざされたドアの向こうから聞こえる産声に真っ先に反応したのは、ロシュパパ‥‥ではなく、ドキドキしながら待ち構えていたグランだった。
「え、なに? 生まれた‥‥?」
隣でウトウトと居眠りをしていたウォルも目を覚ます。
やがて中の様子が落ち着いた頃、静かにドアが開き‥‥少し疲れた様子の、だが嬉しそうな表情のサクラが現れた。
「‥‥無事に生まれました。お二人とも、とてもお元気ですわ」
生まれたのは、女の子だった。
「ねえ、良いよね? もう入って良いよね?」
待ちきれない様子で尋ねたウォルに、サクラが笑顔で頷く。だが、ふらりと立ち上がったロシュフォードには‥‥
「まさか、父親である私が入れない事はなかろう?」
「‥‥ええ、構いません。どうぞ」
サクラは固い表情で道を空ける。途端、部屋の空気に緊張が走った。横たわるティナの額に滲んだ汗を拭いながら、クリスは十字架を持った片手に力を込める。これからが本番だった。人生において最も喜ばしい瞬間である誕生の時を、悲劇の色に染めてはいけない。その為には、今ここで気を緩める訳にはいかなかった。
「‥‥可愛い‥‥とは言い難いな」
ティナの枕元に寝かされた赤ん坊を見下ろし、ロシュフォードは率直な感想を漏らす。確かに誕生直後の赤ん坊を心の底から可愛いと思えるのは両親くらいなものだろうが‥‥って、あんた父親だろうが。
「抱かせて貰って構わんだろうな?」
赤ん坊にロシュフォードの手が伸びる。だが、流石にそれは誰にも止められなかった。少なくとも、この衆目の中で自らが手を下す事はあるまい‥‥そう願いつつ、冒険者達は武器を握る手に力を込め、いつでも呪文が唱えられる体勢を作る。
だがロシュフォードは赤ん坊をそっと抱え上げ、目の高さまで持ち上げると、うっすらと微笑んだ。
「お前の名はコーネリア‥‥コーネリア・デルフィネスだ」
赤ん坊に名前が与えられたその瞬間。
「‥‥蝶が‥‥!」
冒険者達が手にした石の中の蝶が、ゆっくりと羽ばたきを始めた。
その頃、城壁の上では‥‥
「‥‥ジャスティン‥‥」
鳥から人へと姿を変えたそれは、行方不明の元クラウボロー領主、ジャスティン・スタンフォードだった。
「この馬鹿野郎、何時まで俺等を心配させるつもりだ! さっさと戻ってきやがれっ!!」
しかし蒼汰の一喝にも、ジャスティンは眉ひとつ動かさなかった。
「相変わらずギャアギャア煩い奴だね。僕がどこで何をしようが、僕の勝手だろう?」
「そうは行くか! ボールス卿だってお前の事を心配してるんだぞ。なのに、何でよりによってロシュフォードなんかの所に‥‥あいつはボールス卿の敵なんだぞ!?」
「敵だから、さ」
ジャスティンはうっすらと微笑んだ‥‥かつてボールスが「嫌な笑顔」と評した、それと同じ表情。
「ねえ、僕なんかに構ってる場合かな? あそこを見てごらん」
「何‥‥!?」
指差されたその場所、朝の光が影を作る城壁の片隅‥‥蝶が反応する限界を超えた場所に、丸い穴が開いていた。
「‥‥しまった! くそっ、ボールス卿の留守に好き勝手やらせてたまるかっっ」
蒼汰はペガサスの御雷丸を駆り、慌てて産室の窓へと向かう。姿は見えないし、蝶の反応もないが、龍晶球を使っている余裕もない。
「来たぞ、デビルだ!」
そう言えば、城の中に内通者がいる可能性がある事を忘れていた。或いは城の外から穴を開けたのか‥‥いや、そんな事はどうでも良い。蒼汰は御雷丸にレジストデビルをかけて貰うように頼み、自らはオーラエリベイションで気合いを入れる。そして、鎧戸が閉じられたままの産室の窓に急いだ。
「御雷丸、ホーリーフィールドだ!」
窓全体を取り込む様に、透明な結界が張られる。
「これでひとまずは大丈夫な筈だが‥‥」
「どこだ‥‥!?」
蒼汰の叫びを聞いて、麻はじっと目を凝らす。だが、姿を消している相手は見えず、気配も感じられなかった。
「‥‥どこでもいいか、ここなら他に被害が出る事もなさそうだし‥‥」
麻はそう言うと、斜め上の方へ向けてグラビティーキャノンを適当にぶっ放した。
「吹っ飛べえぇぇっ!!」
だが‥‥
「たいそうな歓迎ぶりだ」
狙った場所とはまるっきり見当違いの方向から、男の声がした。
「そこかっ!?」
麻は声がした方向に向けて、七徳の桜花弁を思い切り叩き突ける。‥‥と、そこに現れたのは‥‥
片手にクサリヘビを持った、獅子のごとき形相の大男。
「そうか、お前をブッ飛ばせば良いんだな?」
麻は再び桜花弁を投げ付けるが‥‥今度は効果がなかった。気付かぬ間にエボリューションを使われていたのだ。
その時、城門の付近で爆発音が起こり、ほぼ同時に刀を手にした森写歩朗がデビルの背後に現れた。だが、背中から斬り付けようとしたその瞬間、デビルは宙へと舞い上がり難を逃れる。
「微塵隠れは大きな音が難点ですね」
折角フレイムエリベイションで気合いを入れても、攻撃が届かなくてはどうしようもない。
デビルはそのまま高度を上げると、産室の窓へと近付いて行く。
「とにかく中へ! あいつに手出しをさせるな!」
麻は叫び、森写歩朗と共に階段を駆け上がる。
一方、騒ぎを聞きつけたメアリーは‥‥動けなかった。デビルが侵入した事はわかっていた。しかし、これがデビル本体を囮に使った陽動である可能性もある。
今、地上の二人がデビルの相手をしている。それで手が足りているとは思えなかったが、この隙に何かが上空から侵入して来たら? 手段を選ばず、建物ごと破壊するという暴挙に出ないとも限らない。城が破壊されでもしたら、住民の間に不安が拡がるだろうし、厄介者の母子を追い出せと言う話が出始めるかもしれない。
「そうなっては、ロシュの揺さぶりがより容易になろう。例え空振りに終わろうとも、ここを動く事は出来ぬ」
メアリーはデビルへの対処は仲間に任せ、己にしか出来ない事をやり抜く決心を固めた。徒労に終わろうと、それは決して無駄ではない筈だ。
そうしている間に、デビルは眼下の産室の窓にゆっくりと近付いていく。
「‥‥うぬとは、何度かまみえたことがあったな、小童」
ペガサスに乗り窓の前に立ち塞がった蒼汰に、デビルは口の端を歪めて笑う。両者は互いに相手の攻撃が届かない程の間合いを取って向かい合った。
「多少は腕を上げたか。だが、未だ我の敵にあらず‥‥」
突然、蒼汰に向けて突き付けられた手の先から、吹雪が溢れ出した。
「うわっ!?」
魔法の吹雪は結界を破り、蒼汰とペガサスを直撃する。その攻撃が止む間もなく、今度は指先から鋭い爪が伸び、蒼汰の体を引き裂いた。装備と魔法のお陰で大した傷にはならなかったが、怯んだ隙に‥‥
――ドガァン!!
窓の鎧戸が破られ、破片が飛び散る。その破片がティナや赤ん坊を抱いたままのロシュフォードにも襲いかかる‥‥が、咄嗟にミミクリーで変身した嵐淡が、茶色いゼリー状になった体を伸ばして壁を作り難を逃れる。
その間にグランはヘキサグラム・タリスマンで結界を張り、クリスから聖なる釘を受け取ったウォルがティナの横たわるベッドの脇にそれを打ち付けた。
「動かない様にお願いします」
メグレズは結界の中にロシュフォードを引き込むと、背中から羽交い締めにし、赤ん坊をティナに返すように促した。
「ご自身と奥方、それに赤子の為です。お三方の安全は保証しますので」
有無を言わせぬ口調と締め上げる力に屈したのか、ロシュフォードは赤ん坊をティナに手渡し、窓を指差す。
「あれは、デビルではないのか? こう易々と侵入を許すなど、やはりここに預けておく訳にはいかん。事が済んだら二人とも引き取らせて貰うぞ」
「もしも守りきれず‥‥お二人に少しでも何かがあった場合には、どうぞご自由になさって下さい」
ロシュフォードに背を向けデビルと対峙したまま、サクラが言った。
「そうでない場合は、城主であるボールス様がいらっしゃいませんので、応じる訳には参りません」
ホーリーフィールドは、ロシュフォードが居る為に張る事が出来ない。だが、代わりの結界は充分に機能している様だ。デビルは窓の向こうに浮いたまま、部屋の中に入ろうとはしなかった。
「‥‥なるほど、備えは万全という事か」
デビルはニヤリと口の端を曲げる。
「だが、うぬ等に手は出さぬ‥‥我はただ、契約の証としてそこな赤子の魂を求むるのみ」
その言葉に、クリスはデビルの視線から母子を隠す様に、そっと体をずらす。
「嘘だ!」
ロシュフォードが叫んだ。
「私はそのような契約など‥‥いや、そもそも悪魔と取引などする筈もなかろう! これは罠だ! 私を陥れる為に、城主が仕掛けた‥‥!」
そう主張するロシュフォードを、デビルはじっと見つめていた。面白そうに、楽しそうに‥‥
「ボールス様は神聖騎士ですわ。例えどんな目的があっても、その為にデビルの力を借りる様な事は絶対にありません」
母子を背中に隠したままそう言い放ったクリスの表情に、緊張の色はない。いや、内心は張りつめた糸が切れそうな程に緊張し、恐怖を感じてもいるのだろうが‥‥母子を安心させる為か、そんなそぶりは全く見せなかった。
「それでも信じられないって言うなら‥‥!」
窓の外から声がした。
「こいつを倒せば文句はないだろう!?」
蒼汰が背中から斬りかかったその瞬間、その攻撃は漆黒の炎に阻まれ、弾き返される。
「くそっ、カオスフィールドか!」
という事は、この結界が消えるまではデビルの方も手出しは出来ない筈だが‥‥
「‥‥ひとつ、訊きたい」
デビルが言った。
「うぬ等は何故、その赤子を守ろうとする? 生まれたばかりの命など、何の価値もなかろうものを」
デビルにとっては悪事を重ねて穢れた魂や、堕落した魂、それに輝きを失い怨嗟に満ちた魂‥‥そのようなものにこそ価値があるのだ。まだ何にも染まっていない真っ白な魂は、デビルの間では価値のあるものとは見なされていなかった。
「未だ何も成さず、死んだとて何を遺すにもあらず。何も書かれていない紙と同じ‥‥破り捨てても何ら不都合はあるまいに」
「‥‥デビルには、死んでもわからないでしょうね。いや、わからないから、デビルなんでしょうかね?」
グランが呟く。そして、逆にマイが尋ねた。
「‥‥ならば、何故そのような価値のないものを求めるのですか?」
「そのものに価値はなくとも、利用価値はある」
デビルは意味ありげな視線をロシュフォードに送り、そして小さく首を振った。
「まあ良い。此度は少々分が悪そうだ‥‥いずれまた、多少なりとも価値が上がった頃を見計らい、取り立てるとしよう。その時まで、預けおくぞ」
そう言うと、デビルは姿を消した。結界の表面で燃え盛る漆黒の炎を残して‥‥。
「‥‥とりあえず、危機は去ったと見て良いのでしょうか?」
デビルと、そしてロシュフォードが去った後の産室を眺め渡しながら、森写歩朗が言った。
ロシュフォードには二人が無事だった事と、城主が不在である事を理由に帰って貰っていた‥‥勿論、渋々ではあったが。しかし、デビルと関係している疑いがある以上は、例え肉親だろうと赤ん坊の命を預ける訳にはいかない。
「送って行ったメグレズさんが戻ったら、これを直して貰わないといけませんね」
と、粉々に砕けた窓の鎧戸を見る。
母子は既に別の部屋に移されていたが、だからといってこのままにはしておけないだろう。
「‥‥でも、まだ油断は出来ません。‥‥使える手駒は限られているでしょうけど、いつ、どうやって狙うかは向こうの自由ですから」
床に散らばった木くずを片付けながらマイが言った。
「‥‥ボールス卿が戻るまでは警戒あるのみですね」
そして、その日の昼過ぎ‥‥
「ボールス様!?」
「え、師匠!?」
ティナと赤ん坊の周りを取り囲んで和気藹々と静かなおしゃべりに興じていた面々が顔を上げる。その途端、部屋の空気が冷たく張りつめた。
「だ、騙されませんよ!? そろそろ気が弛んだ頃だと思って、戻って来たんでしょうっ!?」
部屋に一歩足を踏み入れた所で思わず立ち止まったボールスに、グランが思いっきり疑いの眼差しを向ける。そしてマイはこっそりとムーンアローのスクロールを取り出した。
「‥‥仮の姿に変化している者」
ぼそっと呟くと同時に淡い光の矢が飛び出し‥‥
「‥‥あ」
戻って来た。
「どうやら何か‥‥誰かの変身ではない様ですが」
と、サクラがゲルマン語で2度目の依頼を受けた時に道中で話した世間話の内容を振ってみる。
「記憶も確かな様ですわね」
それはまあ、まだボケるには早すぎるし。
冒険者達が足元に引き連れている犬達も、特に騒ぎ立てる様な事もなく‥‥と言うか嬉しそうに尻尾振っている。
「あの‥‥ごめんなさい。もしデビルが化けていたりしたら、と思って‥‥」
かく言うクリスも、さっきこっそりとデティクトアンデッドを唱えていたのは秘密だ。
それを聞いて、ボールスは気にした風もなく普段と同じ笑顔を返す。
「構いませんよ、門の所でも森写歩朗さん達に色々と調べられましたが‥‥寧ろそれくらい用心深い方が良い」
「でも師匠、月末まで忙しいって言ってなかった?」
「ええ、でもどうしても気になったものですから‥‥」
ウォルの問いに、ボールスはほんの少しだけ仕事を抜け出して来たのだと言った。確かに急いで来たのだろう、珍しく息を切らしている。
「それで、ティナさんは? 赤ん坊は無事ですか?」
「あ、うん。今寝てるから、静かにね」
ベッドの前に立ち塞がっていた冒険者達に道を空けられ、ボールスはそっと母子の様子を覗き込む。
「‥‥良かった‥‥二人とも顔色も良いし、元気そうですね。ありがとうございました」
ボールスは見守る一同に向かって丁寧に頭を下げた。‥‥実の父親にも見習って欲しいものだが‥‥。
「名前は、もう決まったのですか?」
「‥‥コニーよ」
目を覚ましたティナが答えた。
「コニー・ミルトン」
ロシュフォードが付けた名はコーネリアだった筈だが‥‥それに、デルフィネスを名乗らせるつもりもない様だ。
「そう、ミルトンは私の姓よ」
そして、ボールスはコニーが無事に生まれた事を祝福すると、また慌ただしく飛び出して行った‥‥落ち着いたらきちんとお祝いをしましょう、と言い残して。
「‥‥まだまだ先はありますけど、取りあえず一区切りですね」
「ええ。新しい命に祝福あれ‥‥」